第10話
中国北京郊外のあるビルの会議室にて。
「戻ったよ~」
そこにスコルピウスが帰還した。
「戻ったか。どうだった、例の女は」
そう返答するのは女だ。
妙齢の女だ。どこか毒婦を思わせるような美女である。
スーツを着ているさまは敏腕秘書のようにも見える。
しかし顔の左目の部分が火傷でただれているのがその美を損なわせている。
「いい感じだよ。あれならすぐにでも鍵として使えるんじゃない?」
そうスコルピウスは気楽に女──レオンに言う。
その言葉にレオンはニッと笑みを見せた。
「なるほど、だが、今連れていないという事は……抵抗されたという事だろう?」
その言葉にスコルピウスは苛ついたような表情を見せた。
「……まぁ、ね。正直あれでも全力じゃなかっただろうから、捕らえるなら搦め手じゃないと無理そうだよ」
「そうか……となると、家族を人質にでも取るか?」
「それがいいんじゃない? ただ、退魔師共が邪魔するだろうけど」
「……それが一番の問題か。なら、各地に散っている同胞を中国に集めるとしようか」
「りょーかい。だけどあいつら来るかねぇ?」
「来させるさ。何せこれでようやく我らの本願──魔界へのゲートが開くのだから」
そうニヤリ、とレオンは笑みを見せた。
■
翌日。
千夏はフル装備で奇妙な場所に居た。
真っ黒な空間だ。そこには幾つかの白い板が浮遊している。
「天城千夏、ただいま参上しました」
千夏が浮遊している板に向かって話しかけた。
ここは異空間。五百年前天才魔法使いによって作り上げられた場所だ。
入るには一定条件があり、それを満たせない限り何者であっても侵入は出来ない。
……まぁ、パトリツィアクラスなら力技による侵入は可能だが。
「悪魔を召喚する者に遭遇したそうだな」
機械音声で白い板は話し始めた。男の老人の声だ。
「はい。魔法を行使し、強力な悪魔を召喚。更に本体の戦闘力も非常に高いようでした」
「……ついに動いたとみるべきか」
悪魔を召喚する者──サタニストの存在自体は千年前、世界に悪魔がやって来た時と同時に生まれた。
正確には悪魔を崇拝する者だけでなく、アンデッドに関わろうとする者もサタニスト呼びされている。
何せ、悪魔やアンデッドは異形で、不老不死に近い存在だからだ。
寿命が無く、病に強く怪我もしにくい。人間がそれになり替わろうとする欲を抑えきれないのは当たり前だった。
だから悪魔に接近し自ら悪魔に成ろうとする者、アンデッド化の禁術を作ろうとする者などが居る。
それらは一様にサタニスト、悪魔崇拝者と呼称し人類の敵認定している。
それはどこの国も変わらず、敵だ。悪魔やアンデッドを使う術は生贄を求めるなどの犯罪行為が含まれているので国家の敵、テロリストである。
それらに対し対策出来るかというと、あんまりできてないのが現状だ。
何せ国は各地に出現する悪魔やアンデッドに対する対処で精いっぱいで、ちょろちょろ動くサタニストに対し有効打を撃てていない。
勿論サタニストとて所詮は人間。悪魔と違い物理攻撃が普通に効くのでマシンガンでもぶっ放せば死ぬが、存在を秘匿するため自衛隊や国軍は使えない。
厄介にも程があるテロリストなのだ。
「相手は自身を
「……ふむ。七人の幹部、と言ったところか。更に上などは居ないと思いたいが……それに七に罪。七大罪に合わせているとみるべきか」
それらに対しどう対処するか、という意見交換が白い板同士で行われる。
この白い板は日本の上層部の裏側──国を裏で操る者たちだ。
日本の有力な政治家だったり、資産家だったりする。
勿論表の政治家も複数いる。
「しかし、何故君たちが襲われた?」
上層部にとっての疑問はそれだ。
確かに千夏は若手でも有力な退魔師だが、言ってしまえばそれだけだ。単独で国家転覆できるような力はない。中国の者と違って。
千穂も珍しい一般家庭出身の退魔師だがそれだけだ。
「……わかりません」
上層部にも千穂に悪魔が憑りついている事は隠している。バレれば千穂を殺せ、と言ってくるからだ。
勿論中には人の心があり、保護すべきだという者も居るだろうがそうなったとしても千穂はもう普通の生活を送る事は出来なくなるだろう。
監禁、あるいは軟禁されてしまう。それは千夏としては嫌だった。
だからわからないと嘘をついたのだ。
「……そうか。しかし、今後も君たちを狙う可能性はあるな」
「ならば護衛でもつけるか?」
「しかしそれだとコストがかかりすぎるだろう」
「ならば監視でもつけるか?」
「そこまでするほどではなかろう。それに所詮はただの退魔師。サタニストがそこまで狙う者でも無かろうて」
「うむ。恐らくは退魔師であるから狙われた、であろう。その個人……佐野千穂というのが特別という訳ではないだろうな」
「ではすべての退魔師に警戒を強めるよう注意をしておこう」
こうして会議は終わった。
■
「おーい、無事かー?」
パトリツィアは真っ白な世界で千穂の頬をぺちぺち叩いた。
パトリツィアは本来の姿であり、ここは千穂の精神世界だ。
「……頬が痛くなるからやめて」
そう言って千穂は立ち上がった。
「お、元気だね。初めて人を切った気分はどうだい?」
からかうようにパトリツィアが言った。
「……最悪」
悪魔や異形を斬る覚悟はあっても人を斬る覚悟なんてなかった千穂はそうとしか言えなかった。
「だが見た限り今後もあいつら来るっぽいぞ。人を殺す覚悟ぐらいは決めといた方がいいぞー」
「……人を、殺す」
ただの女子高生だった千穂には辛く、現実離れしたことだ。
とてもできるとは思えない。
だが──相手は己の命を奪おうとしてきた。
ならば、殺さなければならない。
パトリツィアは若いころに人殺し──と言っても悪魔殺しの経験を積んでいる。
体が異形になったからか、大したことは思わなかった。
だが人間である千穂には辛いことである。
「……無理そうなら俺が殺してやろうか?」
パトリツィアは頬をかきながらそう言った。
「だい、じょうぶ……私が、殺すから」
それははたから見れば無理をした台詞だった。心で繋がっているパトリツィアも当然それを感知できている。
だが、深くは言わず「そうか」とだけ返した。
「それじゃあ、そろそろ起きるか。丸一日寝てたからな」
「え、そんなに?」
「初めての俺との同化だったから体に負担かかったんだろ。知らんけど」
そして意識が浮上する──
「……知らない天井だ」
何気言ってみたかった台詞を千穂は言った。
千穂はベッドに横になっていた。病院のベッドで、自身は患者衣を着ている。
「ここは……一人部屋、かな」
『金かけて貰ってんなぁー』
部屋は広く、一人部屋の個室だった。
ベッド横の棚には花が飾ってある。
取りあえず人を呼ぼう、と千穂はナースコールを押した。
「スマホとか無いかな……」
そう思いベッドから降りようとするがパトリツィアが止めた。
『やめとけ、病み上がりだ。下手に動くと体が危ないぞ』
「そう? ならやめとくけど……」
そうして五分ほど待つと看護師が来た。女性の看護師だ。
「佐野さん! 起きたんですね。体は大丈夫ですか? 痛くないですか?」
「えっと、どこも痛くないです。元気です」
「よかった。それじゃあすぐ先生呼んできますね。ご家族にはこちらから連絡しますね」
「わかりました、お願いします」
そうして看護師は去っていった。
退魔師の格好のまま倒れたのならスマホとかは全て異空間の中。今なら出せるが連絡してもらえると言われたので連絡せず待つ。
千穂は左手に繋げられた点滴を見る。
入院なんて初めての事だ。どこも体は悪くないので入院はしたことが無い。
そうして暫く待つと医者が来た。
その後軽い診察をし、退院の許可を得た千穂は家族が来るのを待つことになる。
『暇だし売店行こうぜ』
「お金ないから無理だよ……」
パトリツィアがそう提案するも無駄使いは出来ぬと拒否した。
そうして異空間からスマホを出し漫画を読んでいると部屋に千夏がはいって来た。
「あ、千夏さん!」
「千穂ちゃん! よかった、目が覚めたのね……大丈夫? 怪我はない?」
「はい、大丈夫です。怪我も病気もありません!」
えっへん、と千穂は薄い胸を張った。
「ごめんなさいね、私が居ながら危険な目にあわせちゃって……」
「大丈夫です、退魔師の仕事に就く事が決まってからは、覚悟はしてたので」
千穂を退魔師にすることで身を守らせるという考えは今も間違っては無い。
力をつけねば己の身を守ることも出来ないからだ。
全てを捨てて逃げても見つけ出され殺される可能性が高い。ならば己の身を守る為に力をつけるしかないのだ。
「そう……」
そこに千穂の両親、澪と健一が来た。
「千穂! 無事か?!」
健一が千夏を気にもせず千穂に近づき肩を掴んだ。
「大丈夫だよ、私は怪我もしてないから」
千穂はそう笑顔で言った。
だが、親しい者から見れば無理をした笑顔だとわかった。
「……すまない。俺が弱いばかりに……!」
「お父さんは悪くないよ、悪いのは……悪魔を召喚しちゃった、私が……」
「はいはい、暗い話はここまで。さ、千穂着替えて、どっかいいところにご飯でも食べに行きましょ」
そう澪が言い、千穂は「うん」と笑顔で頷いた。