ほんとに助かります
学校からの帰り道。千穂、千夏、蓮司の三人は談笑しながら帰路についていた。
退魔師の術──
ごめんね、と一言言ってから千夏は電話に出た。
電話の相手は達也だ。
「もしもし?」
『申し訳ありません、千夏様。佐野さんの母親が誘拐されました!』
その言葉に千夏は「はぁ?!」と大声を出した。
千穂と蓮司がびくっとした。
「ゆ、誘拐?! ──サタニストね!」
『はい。七罪卿を名乗る老人と戦闘し……敗北。私を殺さずメッセンジャーにし、佐野澪を誘拐しました』
「相手の目的は?」
『不明です。ですが佐野千穂一人で愛知県の豊橋市、大塚遊園地跡地に来るようにと』
「愛知県……遠いわね」
「な、何かあったの?」
千穂が心配そうに問いかけた。
ふぅ、と息を吐いてから千夏は答えた。
「……落ち着いて聞いて。千穂ちゃんのお母さんが攫われたわ」
「えぇ?! 誘拐?!」
「そうよ。相手はサタニスト。護衛もやらわれたわ」
「そ、そんな……」
千穂の顔からサーと血の気が引いて行く。
『落ち着け、まだ誘拐だから死んでない。相手の目的は……お前との人質交換だろうな』
パトリツィアがそう落ち着かせるように言う。
「な、なんで私を……」
『悪魔が憑いた人間は魔法の儀式の重要なファクターになる。それが狙いだろうな。まぁ何の魔法儀式を行うのかはわからんが』
「……私の、せいで」
そう千穂が落ち込む。
それに対しパトリツィアが異を唱える。
『それは違う。悪いのは悪人だ。悪しきことを成す者が悪いのであって、お前は被害者だ』
「……そう、なのかな」
そう言われても千穂は実感がわかなかった。
だが、決意は決めた。
「千夏さん。相手はなんて?」
電話を終えた千夏が答える。
「……十九日の午後一時に愛知県豊橋市、大塚遊園地跡地に来るようにって……千穂ちゃん一人で」
「わかりました。行きます」
「……相手は何をしてくるかわからないわ。ここは精鋭部隊を持って──」
「私が行かなきゃ、母さんが何をされるかわからない。だから私一人で行きます」
「……本気なの?」
千夏は鋭い目で問いかけた。
「はい」
「……わかったわ。作戦を立てる」
蓮司はそれを見て、やれやれと肩を竦めた。
■
十九日一時。
愛知県豊橋市の大塚遊園地後にて。
この遊園地は二千五年に閉園した遊園地で、今ではネットで心霊スポット扱いされているが、何か事故があったとかはない。
千穂は退魔師の装備で園内に入った。
そうして少し進むと其処には老人が居た。白衣を着た者で七罪卿の一人、カプリコルヌスだ。
「あなたがお母さんを攫った人ですか?」
そう言いながら千穂は刀を構えた。
「そうじゃが、少し落ち着いて欲しい。危害を加えてないし、ぬしに怪我をさせるつもりもない」
そうカプリコルヌスは両手を上げ無害ポーズをする。
『奴の言う事はほんとだな』
パトリツィアが肯定した。
「……何故、母を攫ったんですか?」
千穂が問いかけた。
「佐野千穂、ぬしと協力関係を結ぶ為じゃよ。さて、歴史の話をしようか」
そうカプリコルヌスは銀歯を光らせた。
「歴史?」
千穂は怪訝な顔をした。
「うむ。アンデッドや悪魔は千年前に突如としてこの世界に現れた。だが、その原因を知る者は少ない」
少ないとは言ったが、退魔師側にそれを知る者は居ない。
何故なら研究のしようがないからだ。
人がなぜ生きるのかという問いかけと同じ、ある種の哲学で答えのない物だと認識しているからだ。
何故世界が存在しているのか、という問いの答えを探そうとするのは狂人だ。ビックバンで世界が生まれたとしても、じゃあそのビックバンが起きた現象は何故起こったのか? ではそれを仮にAとした場合、そのAはなぜ起こった? という無限ループに入る。
だから誰も探さない。
しかしサタニストは違った。
いや、ある種では同じだった。別の研究の副産物だったのだ。
「この世界は、別の世界と紐づいてしまった。それこそが悪魔の世界である魔界じゃ。魔界とこの世界の紐が絡まった結果、世界に悪魔とアンデッドが生まれたのじゃ」
「……そうだとして、それに何か関係があるの?」
千穂は疑問を口にする。
「うむ。世界のつながりは絡まった糸の様なもの……それは千切るには固く、だが解くは簡単……だが、それにはその絡まった先を引っ張る必要がある。手繰り寄せる訳じゃ」
それに対しカプリコルヌスは答える。
「故、その先──魔界とこの世界を近づける必要がある訳じゃ。そのためには魔界と縁深い物が居る……それがぬし、魔界の悪魔憑きである佐野千穂という訳じゃ」
「……私を利用するために、お母さんを誘拐したと?」
「うむ。無論ぬしの母には接待をさせて貰った……それでどうじゃ、此方に付かないか?」
カプリコルヌスは誘うように手を出す。
「終わりなき戦いを終わらせるのだ。不毛なアンデッドと悪魔退治を終わらせ、世界をあるべき姿に戻すのだ」
そう力強い言葉でカプリコルヌスは言う。
千穂は少し考えた後、口を開いた。
「お断りします」
その言葉に予想出来ていたかのようにカプリコルヌスは二ヤ付きながら問いかける。
「何故じゃ?」
「あなた達は、私を襲った。そして、母を攫った。貴方達の目的に大義があって、それが正しい事なのだとしても、それを私は許せない……だから、ここであなたを倒します!」
その言葉に仕方がないな、とカプリコルヌスはため息を吐いた。
「ならば力づくで連れて行くとしようか!」
「やってみなさい! 行くわよ!」
千穂が刀を手に突撃する。
左目が赤くなり、悪魔の瘴気が放たれる。最初から本気だ。
カプリコルヌスに急接近──する直前地面から巨大な異形の手が生えて来た。
思わずそれに驚いて止まってしまう。
「なにそれ?!」
地面から異形がはい出て来た。
全長十メートル程。人の死体が老若男女問わず歪にくっ付かされた生理的嫌悪を感じさせる姿。中にはそれこそ生まれたての幼子の死体すらある。
「ぬはははは! これこそ我が最高傑作! ギガンテスよ! やれぇい! 血祭りにしろ!」
「やっぱ悪人じゃない!」
千穂はそう叫びつつギガンテスの猛攻を避ける。
千穂はギガンテスが放つ死臭とその外見を前に臆するも、どうにか回避だけはしていた。
(強い!)
そして感じるギガンテスの強さ。
今の千穂は退魔師レベル十に加え悪魔レベル百のステータスが合算されている。その状態でも見切れぬ素早さに殴る度に地面がへこむ圧倒的パワー。
「ふふ、更に駄目押しじゃ。
そしてカプリコルヌスが召喚魔法を使う。
召喚されたのは三体のアンデッド。スケルトン型のアンデッドで名をスケルトンメイジという。
「
そして四人でバフ魔法をギガンテスに向けて唱えていく。
バフ魔法は同じ魔法だとしても術者が違えば重複する。そのため多人数でかければより効果は大きくなる。
と言ってもステータスの上昇量は術者の技量──レベルなどに依存する為格下であるスケルトンメイジのバフ魔法による強化は微々たるモノだが、ないよりは会った方が良いだろう。
更にギガンテスの攻撃が激しくなる。
どうにか刀を使って凌ぐも、刀が傷ついていく。
ギガンテスのレベルは驚異の三十五。術者側であるカプリコルヌスのレベルが二十なのでそれを十五も上回っている。
ではどうやって使役しているのかというと、強力な死霊系の
この指輪は一体だけ術者の技量を超えたアンデッドを使役できるという物でこれを使いギガンテスを創造、使役しているのだ。
「ひひ、ほれ、スケルトンメイジ共、やれ」
そこにスケルトンメイジの
三発の魔法の矢が飛ぶ。絶対命中の特性の関係上回避は出来ず、千穂はギガンテスとの戦闘中の為防御も碌に出来ない。
そのまま喰らい、体勢を崩したところをギガンテスの蹴りがさく裂。防御は間に合ったが刀が折られ、大きく吹き飛ばされた。
「ほれ、大人しく此方に来い。痛いだろう? 苦しいだろう? それから解放してやろうではないか」
カプリコルヌスが嘲笑うように言った。
「ま、だ……! まだ私は、戦える!」
しかし闘志の炎は消えていなかった。
刀を失ってもまだやれると、折れた痛みに悶えながらも立ち上がろうとする。
「よく言うた。それでこそ退魔師や」
そこに第三者──神代蓮司が現れた。
手には青銅で出来た剣を持ち、格好は書生の様な和服を着ている。
「蓮司さん……!」
「選手交代や。ここからはうちが戦ったる」
蓮司たち退魔師は遊園地内に待機していた。
一人で行かせて無事である保証など無いのですぐさま駆けつける距離に居たのだ。
戦闘音が聞こえたので走って来ていたのだ。
その言葉にカプリコルヌスは笑う。
「ひひ、ギガンテスの霊威は百を超える。霊威九十程度のぬしが勝てる相手ではないぞ」
その言葉にやれやれ、と蓮司は肩を竦めた。
「誰もかれも霊威やらレベルやらを比べる。現実の戦いでそんなもん比べて何になるんや。ここは現実、格上に勝つ方法など幾らでもあるさかい」
蓮司が指を鳴らした。
すると背後から更に六人の退魔師が現れた。全員フル装備をしている。
その中には千夏の姿もあった。
「人類最強の戦法で祓ったる。覚悟せぇや、サタニスト」
そう蓮司は笑みを浮かべた。
「天に居られる神々よ。どうかわが身に──」
急に蓮司はエセ京都弁を辞め、詠唱を始めた。
「何をするのか知らんが、やらせると思うてか! やれぇいギガンテス!」
カプリコルヌスが命令を出しギガンテスが蓮司にむかって突撃する。
それを退魔師六人が<退魔符>の
その中で頭一つ抜けて強い千夏が突撃し、回避タンクとしてギガンテスのヘイトを集める。
ギガンテスに口は多数あるが発声機能は無い。声がもしあったら怒りに震えた声を出していただろう。
それほどまでに苛烈な攻撃を繰り広げる。
それだけの猛攻、千夏では回避しきれず、殴られ飛ばされた。
「千夏さん!」
千穂がどうにか立ち上がって叫んだ。
「だい、じょうぶよ!」
だが千夏は死んでなかった。骨も折れていない。罅は入っただろうが。
そこでようやく蓮司の詠唱が終わる。
蓮司が光輝いた──と思った次の瞬間、蓮司は女に成っていた。
「なにぃ?!」
カプリコルヌスが突然のTSに驚きの声を上げた。
蓮司は美女になっていた。
金髪は長髪の黒髪に。目は太陽の様な色をしている。
身長は少し縮み百七十五センチ程度に。右手には太陽を思わせる色の剣を持っている。
そして露出が多い。千夏にも負けず劣らずの大きな胸に細い腰にでかいケツ。そして太陽の炎が陰部と胸を隠している。
「さぁ、行くよ!」
そして当然声も可愛らしい女の物に変わっていた。
神代蓮司の習得しているクラス、カミガカリのクラスは一レベルごとに一種類の神をその身に宿すことが出来る、というクラスだ。
だが実際に神を宿している訳ではなく、パブリックイメージを元にそれっぽい外見と能力を一時得るという物に過ぎない。
しかし実在しない神の力を使っていると言っても、神の力に似てはいるのは確かだ。
蓮司は太陽の剣でギガンテスを斬った。
傷口からギガンテスが燃える。
「な、なんじゃと?!」
支配者であるがゆえにある程度支配下のモンスターの状態を把握できるカプリコルヌスが叫んだ。
ギガンテスは大ダメージを受けた。
今の蓮司の攻撃は日属性の攻撃だ。
日属性は聖属性と炎属性が合わさったような物で、アンデッドや悪魔に対し大ダメージを与える。
「ま、まずい!」
カプリコルヌスはスケルトンメイジ三体を送還し、再度「
それによりワイトが召喚され、蓮司に向かって突撃する。
「させないわ!」
それに対し退魔師二人と千夏が相手になる。
残る三人は蓮司と共にギガンテスの相手だ。
蓮司が言う人類最強の戦術とは『囲んで棒で殴る』である。
人間は肉を素手で斬れない。だが鉄の刃で斬れる。
人間は獣の牙で容易く折られる。だが鉄の鎧で守れる。
人間は犬一匹に勝てない。だが三人で囲んで蹴れば勝てる。
人類の強みとはそれだ、と蓮司は考える。
力が足りないなら重機を使えばいい。速度が足りないなら車を使えばいい。
足りないところは道具で補い、一人で出来ないのならば人を集めて協力すればいい。
そうすれば人類は何物にも勝てるのだと、蓮司は信じている。
「……凄い」
千穂はそれを見て、呆気に取られていた。
今の自分はまだ退魔師の世界に踏み入れて浅いのだと思い知らされた。
自分を圧倒していた相手を蓮司は手玉に取る様に相手している。
勿論それは仲間がいるからこそでもあるが、今の千穂にはそこまでわからなかった。
『思ったよりやるねぇ、あいつら』
パトリツィアはのんきにそんなことを言っていた。
「私も、行かなきゃ!」
そう叫び千穂は千夏たちと対峙しているカプリコルヌスに突撃する。
「く、ここでぬしが来るか!」
カプリコルヌスは辛そうな声を出した。
三対二の状況だが、状況はカプリコルヌスが不利だ。
霊威はほぼ同格。となると死霊術師であるカプリコルヌスが召喚できる手数のアンデッドは退魔師との相性は最悪だ。つまり数の不利があまり覆ってない。
更にそこに千穂が加わる──となると勝機は薄い。
「ぬぅん!
火球が千穂に向かって飛んで行く。
『
だがパトリツィアが防御魔法を唱え、盾に防がれ火球のダメージは届かなかった。
「
物理的な攻撃魔法が届かぬならばと弱体化の魔法をカプリコルヌスは唱える。
だがこれは純粋なレベル差で防がれた。
「ぎ、ギガンテス! こっちに来い!」
思念で指示を出せるというのにカプリコルヌスは慌てて口で指示を出した。
ギガンテスは三対一で戦っており、そのHPは大きく削られていた。再生能力も無いので殆ど瀕死だ。
その状態でで戦闘を中断し主のもとに駈けだそうとすれば当然──そんな馬鹿みたいな隙を蓮司が見逃すわけがなく大技でやられ、消滅した。
「ま、まずい!」
今カプリコルヌスは転移の
というか転移の
「えぇいよるな!
今度は飛行の魔法を唱えた。
この魔法は時速六十キロで空を飛べるようになる魔法だ。ちなみに飛びながら攻撃魔法を放つのにはコツがいる。
魔法の制御にコツがいるのではなく単純に飛んでいると狙ったところに魔法を飛ばすのが難しいだけだが。
カプリコルヌスが飛び上がり、天井の隙間から逃げようとする。
しまった、と千夏は<退魔符>を飛ばす。
カプリコルヌスに命中するもカプリコルヌス自身はアンデッドでも悪魔でもないので大したダメージにはならず行動を阻害出来ない。
しかし千穂がそれが許さない。
悪魔の種族特性による飛行能力で千穂は飛び上がり、カプリコルヌスに急接近。
「ひぃ?!」
カプリコルヌスが間抜けな声を上げるもそれを無視し──顔面を全力でぶん殴ることでカプリコルヌスの意識を奪い、気絶させた。
「おわった……」
千穂は気絶し落下するカプリコルヌスを抱え、地上に降りた。
「千穂ちゃん! やったわね!」
「はいっ! やりました!」
そう千穂は笑顔を浮かべた。
「あとは、お母さんがどこに居るかだけど……」
「今、退魔師がこの遊園地を捜索してるわ……ただここにいるかはわからないけど──」
そこに第三者の退魔師の声がかかった。
「千穂!!」
そして、千穂がよく知る声も。
「お母さん!」
澪はこの遊園地の廃墟のレストラン内で待機させられていた。護衛のアンデッドも居たが退魔師に祓われていた。
千穂は悪魔モードを解除し、母の澪に抱き着いた。
これにより、誘拐事件は解決された。