翌日の朝九時。
千穂と千夏は車で目的地であるハヨピラ公園に来ていた。
そこには多数の退魔師が居た。
「ほう、そちらが例の悪魔憑きかね」
そういうのは白峰家の当主、白峰誠だ。
外見年齢は六十代程に見えるがその実七十代後半の老人で、白髪だ。
どこか好々爺の様な雰囲気を出している。
当然のように和服を着ており、腰には霊装である刀を差している。
誠以外にも白峰家所属の退魔師が数人着ている。
「は、初めまして。佐野千穂です」
千穂はそう誠に向かって頭を下げた。
「……ふむ。よろしく頼む、佐野殿、儂は白峰誠だ」
今回白峰誠が来たのは北海道の管轄が白峰家だからだ。
そのため自身の領域内でサタニストが何かしている、となれば白峰家から人を出す必要がある。面子の為に。
だがその程度では普通当主は出てこないはずだが、今回は訳があった。
それは佐野千穂という悪魔憑きの存在だ。
千穂はいまだ人類の敵なのか味方なのか議論されている。今だに即殺せと言う奴も居る。
だから今回、サタニストというある種千穂の同類が起こした事件に介入させ、それでの結果を見て千穂に対する評価を決めようというのだ。
何かあっては不味いから当主という最高戦力も持ち出したという訳である。
「では各自二人チームで探索をしよう。佐野殿は儂と共に行動してもらおうか」
「わ、わかりました」
そうして探索が始まった。
千穂と誠は横並びになってハヨビラ公園内を歩く。
「悪魔だな」
そしてすぐ悪魔と遭遇した。
真っ黒な体に角と翼を持つ人型の異形。
体からは瘴気が発せられている。下位の悪魔だ。
「……では佐野殿にここはやってもらいましょうか」
「わ、わかりました」
千穂はそう言い刀を持って突撃した。
悪魔モードは使わず素の能力だけでの突進。だがそれでもオリンピック選手などを超えた速度を叩き出す。
今の千穂のレベルは十九。千夏に迫るレベルだ。と言ってもその千夏も少しレベルアップしているが。
悪魔は反応すら出来ず斬られ、死体を残した。
(うむ。一人前以上の力を持っている……そして今の攻撃に悪魔の力は使ってないな)
誠はそれを見抜いた。
これがもし味方ならば、強力な者になるだろうと期待を込めた眼差しを千穂に向けるのだった。
そうして暫く探索し、数度悪魔を斬り捨てていくと奥の祭壇に到達する。
「なにあれ?」
千穂が思わず疑問を口にしてしまった。
そこには奇妙な物が三つあった。
二つは黒いトーテムポールだ。左右に間がある様に置かれている。
そしてその間には黒い亀裂があった。まるで無限に広がる闇に繋がっているのではないかと思えるほどに暗い。
『ありゃ魔界に繋がるゲートだな。何でここにあるんだ?』
パトリツィアが疑問を口にした。
「ふむ。佐野殿。あれが何かわかるかね?」
誠が薄々察しながら問いかけた。
「え、えっと。悪魔さんはあれを魔界に繋がるゲートって言っています」
「やはりか……さて、どう破壊したものか」
誠はうーむと考える。
退魔師はアンデッドや悪魔との戦闘に特化しており、魔法などにはさほど詳しくない。
だからゲートがあるとわかってもそれを破壊する方法というのがわからないのである。
頭を悩ませているとトーテムポールの後ろから二人の男女が出て来た。
奇妙なほどに顔のパーツが似通っている男女だ。あるいは中性的とすら言えるかもしれない。
顔つきから見るに人種はヨーロッパ系だろう。金髪碧眼の容姿をしている。
「あれ、例の悪魔憑きだ」
「何でここに居るんだろう」
男女の双子はそう二人して屈み合わせのように同時に首をひねった。
「私を知っている……サタニストの方ですか?」
千穂が刀を構えながら問いかけた。
その問いに対し双子は答える。
「そうだよ」
「私たちは七罪卿『怠惰』担当」
男が名乗る。
「アクディア」
「ピグリティア」
男がアクディア。女がピグリティアだ。
「怠惰? 称号があるというのか」
ふぅむ、と誠が考える。
その問いにアクディアが答える。
「そうだよ。君たちが会ったスコルピウスは『傲慢』でカプリコルヌスは『暴食』担当だよ」
「なるほどな。まぁ、能力に関係しているかは後で考えるとして……サタニスト共。ここで何をしている?」
答えが来るとは思っていなかったが、それでも誠は問いかけた。
だが、あっさりと返答が来た。
「私たちはここで境界門、ゲートの実験をしている」
「これが成功すれば、魔界へのゲートが開くようになる」
魔界へのゲート、という言葉に二人は気を引き締める。
パトリツィアが口を生成し喋る。
「んなもん開いたらこの世界が悪魔に覆われるぞ。世界の破滅の引き金を引く気か?」
「そうならないための実験検証をしている。世界の終わりはこちらにとっても望むところではない」
「人間程度に制御できるとは思えないがねぇ」
パトリツィアはそう言う事で誠と千穂は気合を入れた。
悪魔が言う事に嘘は殆どない。人間に制御できない代物を創り出そうとしているサタニストはやはり悪なのだと一層気を引き締める。
臨戦態勢になった二人を見て双子は戦闘態勢を取った。
「
男の方、アクディアが魔法を唱えた。
召喚されるのはモンスター、戦闘能力に特化したトロールであるトロール・チャンピオンが召喚された。
三メートルほどの巨体。身の丈ほどもある大剣。
薄青い色の肌をしている。体の筋肉は引き締まっている。まさに戦闘特化と言った体つきだ。
口には牙が生えている。
レベル二十四というレベルの高さから召喚主であるアクディアのレベルの高さがうかがえる。
アクディアはカプリコルヌスの弟子で、
それは師を超え、より上位の魔法を唱えられるようになっている。
魔法は十一段階にわけられる。
環魔法と呼ばれ、第一環から第十環。更に上の無環魔法まである。
数字が上の方がより強力な魔法だ。
アクディアは第四環魔法までの使い手であり、この世界では強力な魔法使いである。
「行け」
トロール・チャンピオンとピグリティアがレイピアを抜き突撃してくる。
トロールの方を千穂が。ピグリティアを誠が相手する。
このトロールはトロールの中でも戦闘に特化した変異種であるウォー・トロールという種族だ。
トロールは種族的に再生能力を持つ。炎と酸以外の攻撃ではすぐ再生される。
だが致命傷まで治るレベルではなく、心臓を貫くか頭を壊せば死ぬ。吸血鬼レベルの再生力はない。
だが、この相手と千穂の相性は最悪である。
退魔師はそのクラスの関係上アンデッドと悪魔特化であり、それ以外の相手には滅法弱い。
トロールの大剣で斬り飛ばされ、千穂は地面を転がった。
『ほら、俺使え』
パトリツィアがそう言い悪魔憑依モードになる。
パトリツィアの力を行使できる状態だ。
更にパトリツィアが魔法を唱える。
『
唱えたのは武器に属性を乗せる魔法だ。
炎や冷気、雷など多数の属性を一種類だけ付与できる。
今回設定したのは炎属性。これでトロールの再生能力を阻害出来る。
急激に高まった身体能力により千穂はトロールと切りあえる。
「
そこにアクディアがバフ魔法をトロールに唱え、強化させる。
悪魔の魔法効果のついてない攻撃を突破するために武器を一時的に
ウォー・トロールは種族的に戦闘に特化している。故に千穂では苦戦する。
近接戦闘能力も磨いているが、それでもまだ駆け出しの退魔師。ステータス上では上回っていても経験不足による技量差は埋めがたい。
パトリツィアが近接特化の悪魔だった場合は一撃で斬り飛ばせただろうが、パトリツィアは
千穂は後ろに飛び距離を取る。
「
パトリツィアの能力である魔法を唱える。
火炎級が飛んで行き、トロールに命中し爆炎を上げた。
トロールは痛みに悶えながらも召喚主の命令に従い突撃する。
「
アクディアが魔法を唱えた。
荒れ狂う小さな──それでも人よりはよほど大きい竜巻が生まれ千穂に向かって突っ込んでくる。
千穂は回避しようとするがトロールが剣士の遠距離攻撃
飛ぶ斬撃だ。威力射程は使用者のステータスに依存する。
千穂はそれを刀で受け止めるも、そのわずかな時間で竜巻が千穂に命中した。
「わぁぁぁぁ?!」
千穂は風で皮膚を裂かれながら空高くに舞い上がった。
「死んじゃう?! 死んじゃうよ?!」
『落ち着け、悪魔は魔法効果のない攻撃に無敵だ。落下死はせん』
ただの落下に魔法効果なんてものはないので高所からの落下……それこそ大気圏突入からの落下であっても悪魔は死にはしない。
だがそれはそれとして普通人間は空を飛ばないので千穂は空高く舞い上がったことに恐怖していた。
『ていうか飛べるから飛べ』
そう。千穂は既に一度飛んだことがある。カプリコルヌスとの戦闘時に空を飛んでいた。
だが、自力で飛ぶのと飛ばされるのは違うと千穂は発狂した。
そして当然、地球には重力があるので落下していく。
その落下先にはトロールが剣を構えていた。空から串刺しにする気だ。
「あわわわのわ!」
千穂はそう叫びながら串刺しになる直前で飛行をし、どうにか地面に着地した。
「し、死ぬかと思った……」
そう一息つく間も無く、トロールが斬りかかってくる。
千穂が回避しようとした瞬間──横から誠が飛ばされてきて、それを受けてしまい体勢を崩した。
「白峰さん?!」
そう声を上げると同時にトロールの大剣で胸を斬られた。
退魔師の霊装、
故にまともな防具として機能せず、鎧を着られ胸が露出した。
だが千穂は羞恥心に駆られる事無く、誠を左手で抱え後ろに大きくジャンプしその場から離脱する。
「白峰さん、無事ですか?!」
千穂が大声で問いかける。
「……息は、あります。だが、体がもう……」
そういう誠の体はボロボロだった。
胸を大きく斬られ、利き腕であるはずの右腕はずたずたにされている。
退魔師とて人間であり、生物だ。だから老いには勝てない。
しかしそれでも白峰誠は白峰家最強の退魔師だった。しかし所詮は退魔師で、悪魔とアンデッドに特化したクラスだ。
悪魔でもアンデッドでもないピグリティアを相手にするには辛い物があったのだ。
余談だが千穂はパトリツィアが憑依した時点で不老になっている。生理も来ない。妊娠は出来るが。
千穂はごめんなさい、と謝りながら誠を地面に置いた。仰向けで。
「思ったより弱かった」
そういうのはピグリティアだ。レイピアを振るい、着いた血を飛ばしている。
「……三対一……」
千穂は顔を歪める。
先ほどまで碌に攻撃してこなかったアクディアが加わり、ピグリティアが千穂に攻撃してくるとなると勝機は薄いだろう。
勿論パトリツィアに変われば勝てるだろうが、それだと千穂が有能な存在──退魔師にとっての味方であるとアピールする事には繋がらない。
「ん?」
さてどうするか、と三人が考えているとゲートに異変が起こった。
巨大な手がはい出て来た。それは無骨な大きな手だ。
手から考えるとその者のサイズは五メートルほどになるだろう。
ゲートをこじ開けながら、異形が──悪魔が出て来た。
「おぉ、ここ現世か? 始めてくるぜ」
そう言うのは序列千位内の悪魔、ブネだ。
五メートルという巨体。頭は山羊と人をくっつけたような異形の顔。体は人で手には毛皮があるゴリラの手。足は羊の物だ。
特徴的なのは前進を被う鎧だ。この鎧は多数の死者の骨を使って作られている。
「……想定外」
そう言いながらアクディアがブネの方を見た。
「おぉ、これが人間か。初めて見たぜ……ん? こういうのは俺は召喚されたってことになるのか?」
ブネは頭を捻った。
ブネがこの世界に来たのは単純で、魔界に妙な
悪魔は刹那的で享楽的だ。己の死すらどうでもいいのでいろんなことに頭を突っ込む。
召喚された、という言葉にアクディアは希望を抱いた。
「……そう。私たちが召喚した。だからしたがって」
その言葉にブネは顎に手を当てながら考える。
「……嘘だな。俺とお前に繋がりを感じない。おりゃぁ嘘つきが嫌いなんだ。死ね」
そういうとブネは見たことない高速移動──今の千穂を超えた速度でアクディアに接近し、蹴り飛ばした。
アクディアがはるか遠くへ吹き飛ばされていった。
「……強い」
そのことに対し双子の片割れ、ピグリティアは激昂するでなく警戒をしたまま構えている。
「初めての現世。さて、どう楽しもうかね」
大多数の悪魔にとって人間はどうでもいい奴らだ。死のうが生きて居ようがどうでもいい。
積極的に人間を襲う理由すらない。だから人間の街に行って積極的に虐殺をするという事はないだろう。
だが、それはそれとして人間世界での金や食料を得るために人を殺して奪う、程度はするだろう。悪魔にとって死は身近なものでどうでもいい物であるがゆえに。
「あの、対話をしませんか?」
そう千穂がブネに話しかけた。
「ん、なんだ人間。俺と何を話すっていうんだ?」
ブネは少し楽しそうな表情をしながら問いかけた。
「はい。悪魔の方であっても、仲良くなることは出来ると思うんです。ですから、こちらである程度生活基盤を整えるので、私たちの味方になってくれませんか?」
千穂は期待を込めた眼でそう提案した。
それに対しブネは「いやだね」と答えた。
「俺はてめぇらの仲間になんかならねぇよ。人間の下に着くなんてごめんだね。逃げれば一つ、進めば二つ、奪えば全部だ。弱者は奪われて当然、俺の略奪を受け入れろ」
「……なら、私が──」
『お前じゃ勝てん。俺に変わるぞ』
パトリツィアはそう言い千穂から体の操作権を奪った。
雰囲気が変わったことをピグリティアとブネは感じとる。
「……お前同族か?」
「そう、オレオレ、俺だよ、悪魔だよ……ここは俺の領域だ。外様のお前が来るんじゃねぇ。とっととそこ潜って魔界に帰りな」
しっしとパトリツィアが手を振り返るよう促す。
だが当然ブネがそれを受け入れるわけがない。
「いやだね。決めた、俺はこの世界で好きに生きてやる。まずはてめぇをぶち殺してやるぜ! 死ね同族!」
そう叫びながらブネが突撃し、パトリツィアを蹴り飛ばした。
パトリツィアは空中で体勢を直しながら魔法を唱える。
「
唱えたのは対個人最強の炎魔法だ。
ブネの体が勢いよく太陽のごとき炎で焼かれていく。
それを意にも留めずブネは背中の大剣を抜いた。
「はは、とことんやりあおうぜ!」
ブネが吹っ飛んで行くパトリツィアを追い、飛んで行った。
「……今のうちに」
そう言いピグリティアは吹っ飛ばされたアクディアを回収に動いた。
ブネは燃えながら大剣でパトリツィアに斬りかかる。
剣が当たる寸前にパトリツィアは魔法を唱える。
「
この魔法は一定時間効果を発揮するタイプの魔法で相手の攻撃を弾くことが出来る魔法だ。
と言っても軽減できるだけで無効化には至らない。しかし多少のノックバックがあるので連続攻撃を喰らう事はないだろう。
発動地点はある程度決められるのでパトリツィアは両手を起点にした。
ブネがよろめいた隙に更に魔法を唱える。
「
唱えたのはまさしくブラックホールを創り出す魔法だ。
ブラックホールによってブネの腹が抉られ、暗黒空間に消える。
「痛ってぇなぁおい!」
そう叫びつつブネは体を再生さえ、斬りかかる。
パトリツィアは悪魔の飛行能力で空を自在に飛び回避しながら更に魔法で攻撃する。
風邪の刃。のたうち回る炎の龍。炎の華に氷の槍などだ。
パトリツィアが習得している魔法は三百と少し。これは一般的な
多数の攻撃魔法でブネのHPが大きく削られていく。
パトリツィアは攻撃を専門にした
だから多数の魔法を使える代わりに一撃の火力が低い。
しかしそれでもこれだけの魔法を与えれば己と同格には至らぬ雑魚──レベル七十程度のブネのHPを瀕死にまで追い込むには充分だった。
「そら、もう死ぬぞ? 最期の言葉はあるか?」
ニヤニヤ笑いながらパトリツィアが問いかけた。
「んなもんねぇよ。魔界に戻ったらてめぇをぶち殺してやる! 覚悟しな!」
ブネも己が死ぬというのに威勢よく言った。
「そうか──
空間事斬り裂く魔法でブネの体が縦に真っ二つにされ、ブネは死亡した。
「さて、戻るか」
そう言いパトリツィアは誠の元まで降下し、地上に戻った。
そして体を千穂に移す。
「も、戻った……誠さん! 無事ですか?!」
千穂がそう駆け寄る。
誠は瀕死ではあるが、すぐ死ぬと言った様子ではなかった。
「儂は、無事です……しかしサタニストたちが……」
そう誠は奥のオブジェに視線を向ける。
千穂もそちらに目を向けるが黒いトーテムポールと亀裂──魔界への門は無くなっていた。
更にはピグリティアとアクディアの姿は無かった。
「千穂ちゃん!」
そこに千夏の声が聞こえた。
「千夏さん! ──白峰さんが大けがを!」
「わかったわ! すぐ救護班を呼ぶわ!」
そうして事件は死者を出すことなく、終わった。