Dr.STONE -Survival Evolved- 作:ゆずの木
「「コイツを、今からテイムするんだよ!」」
千空と輝竜はまさしく異口同音に驚くべきことを言い出した。呆気に取られる他の4人を他所に、2人はいそいそと準備を始めた。
「…ちょ、ちょっと! テイムって…そんな…ゲームじゃあるまいし…」
やはり心配が勝つのか慌てて輝竜たちを止めに入る燕だったが。
「あぁ! コイツもそうやって仲間になったんだぜ? 最高だろ?」
と、輝竜が親指で後ろを指すのでその方向を見やる。ガサガサと音を立てて何かが近づいてきたと思っと、巨大な頭が茂みから飛び出した。
「——ッ?!!」
即座に抜刀態勢に入ろうとした燕。対照的に、そのトリケラトプスは野生ではあり得ないほどに従順だった。フンフンと鼻を鳴らし、それ以上近づくこともなく何やら楽しげに準備をする千空と輝竜を大人しく見ている。
「………まさか…本当に…?」
「…うん…俺も、正直今も信じられない……けれど、これが現実だ…」
ショックを受けたように目を丸くする燕の言葉を、司は静かに肯定する。
文明が消えた原始の世界。それだけでも、訓練を受けたわけでもない現代人が生き残るのは至難の業だ。そこに恐竜をはじめとする、未だかつて人類が直面したことがないほど巨大な絶滅動物たちの脅威。激変した地球環境は容赦なく
「ん〜、餌って言っても何でもいいわけねぇよなぁ…トリケラにやったのは…確か紫の…メジョベリーだったかな…」
「あ゛ぁ、あのベリーなら糖度は十分だろうが…それだけなんざ100億%ありえねぇ、何らかの要因があるんだろうな…」
「あぁ…少なくとも、俺はあんまり美味しいとは思わねぇから、美味さじゃなさそうだよな」
「そりゃテメーの感想じゃねぇか」
軽口をたたきながらも千空と輝竜は手は止めず、イグアノドンの口にメジョベリーを少しずつ運び始めた。すると、少し意識がもどったのだろうか。イグアノドンは頭を上げると、千空たちが差し出した木ノ実を咀嚼しだした。と思ったらすぐに気を失い頭を下ろしてしまった。
「…コイツは長期戦になるな…途中で目が覚めたら襲ってくるかもしれねぇし、追加の麻酔薬も飲ませるか……」
「…あ゛ぁ…まだ『麻酔薬』じゃなくて『ナルコベリーの果汁』だが、少しは持ってる……最悪その辺で採取すりゃ100億%問題ねぇ…」
数分ほど経った頃、前触れなくイグアノドンがムクリと起き上がった。少し離れて様子を見守っていた燕はすぐさま木刀に手をやり警戒態勢に入った。司は杠や大樹と共にキャンプに戻っており、この場にいるのは千空と輝竜、そして燕の3名。あとは、輝竜が連れている小型恐竜のペゴマスタクスや、茂みから顔だけを出して座っているトリケラトプスがいるが、戦力として期待も信用もできない。この中でマトモに戦えるのは自分だけだ。
しかし、そんな燕の様子をさておいて、イグアノドンは随分と大人しい。訝しげにイグアノドンを見つめる燕の肩に輝竜が手を置いた。
「大丈夫だ…多分だけど…。少なくとも敵意はないと思う」
そう言って輝竜は少し身体を低くしながら四足で立つ恐竜に歩み寄る。イグアノドンの方も、近寄る輝竜に気がついたのか頭を輝竜に向け、静かに眺めている。
どうやら本当に敵意は無いようだ。にわかには信じがたいが、司や輝竜が言った通り、本当に大丈夫なのかもしれない。
「…クククッ、これでハッキリしたじゃねぇか…!」
と千空が腰に手を当てて笑い出した。
「今このストーンワールドを彷徨いてる恐竜どもは、おありがてぇことに餌をやって手なづけりゃ、犬や猫みてぇに仲間にできる…! 状況次第じゃ、眠らせなくても構わねぇ…! …新世界の科学…唆るじゃねぇか…!」
少し下を向いていた頭を、新発見による興奮で起こしながら、千空は自信たっぷりに言い放った。燕はそんな千空と、恐竜と触れ合って心底嬉しそうに笑っている
「…まったく…まさか本当にできるなんて…実際目にしていても信じられないわ…一体どういう原理なのよ…」
「あ゛ぁ、ソイツに関しちゃ甚だ疑問だがなぁ……何ともご都合いい話だが、今はおありがた〜く利用させていただこうじゃねぇか…なぁ、恐竜博士?」
千空は燕の問に一瞬真面目な顔で応えたが、すぐにニヤリと笑いながらいつもの傲岸不遜な態度に戻った。そして恐竜に顔をベロベロと舐められてなお無邪気に触れ合っている相棒に呼びかける。
ヨダレでベトベトになった顔を拭いながら、輝竜は千空の呼びかけに気づいて、あぁ!と笑っている。余りにも子どもっぽい。だが、積年の夢が叶ったも同然なのだ。無理もない。千空と燕は目を合わせると、呆れたように笑ってため息をつき、輝竜と恐竜たちを促して帰路についた。
〘トリケラトプスをテイムした!!〙
〘イグアノドンをテイムした!!〙
そうして、恐竜たちを仲間にして、司や燕たちとの日常に慣れてきた次の日。そろそろ奇跡の水が1人分溜まる頃だと踏んで、燕と大樹に洞窟へ向かってもらった。
しかし。
「みんなぁぁぁぁ!! 大変だぁぁぁぁぁ!!!」
大樹が血相を変えてキャンプに駆け込んできた。
「…大樹、落ち着いてくれ…何があった?」
冷や汗をダラダラと流しハァハァと肩で息をする大樹を落ち着かせるように、司は静かな声で大樹に話しかけた。大樹の声を聞いて、広場で作業をしていた輝竜や杠、ラボにいた千空も顔を出して大樹のもとに駆け寄ってくる。輝竜と杠は、先日テイムしたトリケラトプスとイグアノドン用のサドルや、荷物かごのクラフト、千空は引き続き麻酔薬などの実験に取り組んでいたのだが、只事ではない雰囲気に息を呑む。
「…つ、燕が…」
「…燕が、どうした…?」
燕の名前を聞き、司がグッと拳を握りしめ、杠が息を呑んで手を口で抑える。まさか。
「…お、俺を逃がすために、奇跡の洞窟で戦っている……」
4人の間に緊張が走る。だが続く大樹の言葉は、さらなる衝撃を与える。
「…パラサウロロフスの群れが…大きな肉食恐竜に追われて、洞窟に突っ込んできた……洞窟が崩れ始めて、燕が俺を外に逃がしてくれたんだが……入り口にいた…肉食恐竜に見つかって………」
大樹が言い終わるのを待たず、司と輝竜は武器を取りに行く。手早く支度を終わらせると輝竜は千空に話しかけた。
「俺と司が先行する。千空たちは、恐竜たちと一緒に後から来てくれ」
「…分かった…無茶はすんじゃねぇぞ…」
短くやり取りを交わし、司と輝竜は目を合わせると、阿吽の呼吸のように司が輝竜をおんぶする格好になった、かと思うと次の瞬間には司が駆け出していた。恐竜のサドルがまだ完成していない現状では、司が最速なのだ。
間もなく奇跡の洞窟が見えてくる地点を通過した頃、巨大生物が唸り咆哮する声が辺りに響き始めた。どうやらかなり激しくやり合っているらしい。
足元が恐竜の足跡でグチャグチャになってきたと同時に巨大な尾と背中が見えた。司は減速して輝竜を下ろす。
「……うん…辛うじて無事みたいだ……だが……」
しかしその顔は暗いまま、燕の無事を確認したことで明るくなるどころか、むしろより引き締まる。なぜならば。
「…あぁ……俺が当てるまでもねぇ…」
輝竜は顔を右の手の平で覆い、苦しそうな顔で呟くと、顔を上げた。
「……恐竜と聞いて誰もが最初に思いつく……生物史上最強の肉食獣…………ティラノサウルスだ……」
「ハァ…ハァ……ハァ……クッ…!!」
死。
一発でももらえば終わる。牙をズラリと並べた口が、ほんの僅かに身体から逸れてガツンッと音を立てて閉じる。
躱した勢いのまま横に走り抜け、足元から背後に回り込もうとするが、器用にその場で足踏みをしながら頭がこちらを追ってくる。
この前のイグアノドンとは比較にならない。躱し続けるほかない。
大樹は逃げられただろうか。そんな考えがよぎる。
「……助けて…なんて言ってもムダよね……」
崩れた奇跡の洞窟跡を背にしながら呟く。ティラノサウルス。輝竜がよく図鑑を見ながら特徴を教えてくれた。細かいことは覚えていないが、とりあえず『前足が2本指』で、『バカでかい口』を持った10m以上ある肉食恐竜。コイツはその特徴に丸ごと当てはまる。
「……最期はアンタの腹ン中か…踏み潰されて終わるか…それとも…」
下段の構え。ただで死ぬ気はない。今頃大樹がキャンプについて皆を逃がしてくれるはずだ。ここで時間を稼げば、少しでも安全に逃げられるはず。
そう思っていた。
ヒュンッと何かが飛ぶ音がしたと思うとティラノサウルスが吠えて背中を向けた。何かに唸っている。
「…走れ!!」
「……ッ?!! 輝竜?!!」
なぜ…?
この戦いに勝ち目などない。一瞬立ちすくんでいると、こちらに回り込んでくる司が視界に入った。司は輝竜の方を無言で指差すと、持っていた槍をティラノに向かって投げつけた。燕は意図を察し嬉しさと悔しさで顔を歪める。そして槍が刺さって怒りの咆哮を上げる暴君竜の足元から全速力で駆け出した。燕の離脱を確認して司と輝竜も踵を返して走り出すが、当然ティラノサウルスも追いかけてくる。
「…まぁ、そりゃ追ってくるよな…!」
「で! こっからどうするの!」
「うん、対大型生物用の仕掛けが向こうにある。そこまで辿り着ければ…あるいは…」
一か八かの賭け。それでも。3人は走りながら合流し、目的地を目指す。
以前、カルノタウルスに襲われてロロを喪った時、輝竜は徐々に息が浅くなっていくロロに寄り添いながらあることを考えていた。それは、カルノタウルスなどの肉食恐竜に共通する弱点。彼らは総じて獲物を仕留めるための巨大な頭を持つが、一方で二足歩行である。つまり、バランスを失えば巨大な頭のせいで転倒し大怪我を負うリスクがあるため、特に走行中は足元の障害物を嫌うのではないかという仮説だ。ラプトルほど小型だとそこまで効き目は無いが、カルノタウルスやケラトサウルスなどの中型肉食恐竜以上になれば話は別だ。実際、この『溝を連続して掘り、恐竜の足元を崩す仕掛け』は二足歩行型の恐竜には有効で、輝竜たち人間は溝の間に渡した板で減速せずに走れるが、恐竜たちは溝に躓いて減速してしまうのだ。
今回もそこに誘い込んだのだが。
「……クソッ…!! アイツ…無視して突っ込んできやがる…!!」
浅かった。ティラノサウルスほどの大きさだと、歩幅も足も大きく、人間サイズの溝では足りなかった。減速すらせずに強行突破し、仕掛けが無効化されてしまったのだ。
賭けには負けた。もう仕掛けはない。目の前には土の壁がそびえ立つ。崖の下に追い込まれたのだ。
土壁を前に呆然と立ち尽くす。
「…輝竜………」
司が静かに輝竜を呼んだ。司と燕は既に向き直り、こちらを睨む恐竜の王に武器を構えている。
輝竜は下を向いて唇を噛む。弓を握りしめる手が震える。勝ち目なんか無い。確実に死ぬ。ここまで頑張って生き残ってきたのに。ロロに生かしてもらったのに。こうならないために作戦を立ててきたのに。また危険に晒すのか。また失うのか。
「……ごめん………」
消え入るような声で口から漏れ出た。
司と燕は武器は恐竜に向けたまま、一瞬目を合わせる。言いたいことはどちらも一緒だろう。口を開く。
「うん…誰かが囮になって、残りの二人を逃がすしかないね」
「…ええ、……もしくは、一人を逃がすか」
「……ッ?!! 何言ってんだ?!!」
司と燕の言葉を聞いて、輝竜は思わず振り返って食ってかかる。そんなの受け入れられない。
だが、天は覚悟を決める時間すらもくれないようだ。ティラノサウルスは値踏みをするかのようにその場でで3人の様子を伺っていたが、やがて目標を絞ったのか、一気に突進してきた。
「…クッ…! 避けろ!! 輝竜!」
司が標的のようだった。輝竜を突き飛ばし、ティラノサウルスの顎をギリギリで躱す。しかし。
「……グハッ…!!」
ティラノサウルスの尾が鞭のようにしなり、輝竜に直撃した。数m以上ふっとばされ地面に転がる。
「輝竜!!」
燕がすぐに駆け寄ってくる。
「…ゲホッゲホッ……大…丈夫……骨は折れてない…けど」
「けど…?」
「…今ので…弓が……」
燕が身体を起こしてくれたが、衝撃で息が詰まっている。その上戦う手段も失った。矢だけでは戦えない。
司はティラノサウルス相手に大立ち回りをしているが、長くは保たないだろう。燕は、輝竜に背中を見せ、正眼に木刀を構えた。
「輝竜…上手くいけばアンタだけでも逃がせるかも…だけど…あんまり期待しないで」
燕も万全ではない。大樹を逃がした時の時間稼ぎでかなり消耗している上、さらにこの逃避行だ。体力的にはとっくに現界が近い。
だが輝竜も今は走れる状態ではない。息を整えつつ、この絶望的な状況の打開策を考えるが。
無い。何も無い。詰んだ。絶望感で視界が暗く狭窄していく。
と、ティラノサウルスの足が止まったのだろうか。地響きが止んだ。何かを見ている。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉあああああ!!!!!」
咆哮。ミシミシと何かが軋むような音がする。だがそれはティラノサウルスではない。
後ろからだ。輝竜はハッとして崖の上を見上げた。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!! 友だちを、死なせる、もんかぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!」
大樹だ。その咆哮と共に、大岩が飛んできた。ティラノサウルスが後ずさると、その場に隕石のようにめり込む。
「輝竜!! コイツを使え!!」
今度は千空の声だ。何かが投げ込まれた。
「…ッ?! これって…?!」
「今は時間がねぇ!! ソイツを使ってとっととこの状況を突破する!!」
輝竜は千空が投げてよこしたモノを見てハッとなるが、千空の顔をと交互に見て悲痛な声で訴えかける。
「だけど…! そんな…一か八かじゃねぇか!!」
「んあ゛ぁぁ!! 四の五のうるせぇ!! 俺らがサポートする! テメーらも手ぇ動かしやがれ!!」
「輝竜くん!! 私たちが作る!! だから! その
杠までいる。崖の上から輝竜に必死で呼びかけてきた。理解はできた。だが…そのためには司と燕に危険が及ぶ。この期に及んで輝竜は未だ決断できずにいた。
「迷うな! 信じろ!」
輝竜は千空の言葉で顔を上げた。
「科学は! 全てのものを平等にする!! 俺たちが積み上げてきた、科学を信じろ!!」
輝竜の目が揺れた。
しかし次の瞬間。ターゲットを絞り直していたのか、少し立ち止まっていたティラノサウルスが、咆哮を上げて輝竜に突っ込んできた。
「————————ッ!!!!!」
その威圧で輝竜の足は竦む。死。だがその瞬間は訪れなかった。
「う、ぉおおおおおおおぁぁぁああッ!!」
「は、ぁぁぁぁぁあああああああッ!!」
司と燕。二人が暴君竜の横っ面に突っ込んできたのだ。渾身の突き。火事場の馬鹿力とはこのことを言うのだろう。その踏み込みはティラノサウルスの攻撃を大きく横に逸らした。ティラノサウルスは突然の横からの奇襲を食らい、目標が逸れた挙句眼前に迫る土壁を避けようとして足を滑らせ、大きく転倒した。
激しく土ぼこりが舞う。立ち尽くす輝竜の前で司と燕が振り返りもせずに告げた。
「…大丈夫…」
「…任せて…」
迷いは晴れた。輝竜は2人の覚悟を受け取り、千空と目を合わせる。千空は隠しきれない焦りを見せつつも、しかしその目は未だに希望を見ていた。
輝竜は、千空から受け取った
「千空…やるぞ!」
「あ゛ぁ…!」
今度は誰も呆気に取られない。目標はただ一つ。
千空と輝竜は同時に口を開く。
「「ティラノサウルスを、テイムする!!」」
次回予告
司「うん…流石はティラノサウルス…一筋縄ではいかないね…」
燕「えぇ…でも、なんとかしてくれるんでしょ? あなたたちの科学で…!」
輝竜「……あぁ…絶対に成功させる…! これ以上…誰も失わねぇ…!」
司「次回『Dr.STONE-Survival Evolved-』」
燕「第一章、最終話『SCIENCE with WILDLIFE』」
輝竜「あぁ、滾るぜ…これは!」