Dr.STONE -Survival Evolved- 作:ゆずの木
病院の屋上。
未来が入院している病院だ。司の高校の入学式を終え、いつものように未来のお見舞いに訪れた3人は、司の連絡で屋上に集まった。
「すまない…急に呼び出して…。…伝えなきゃいけないことが…あるんだ…。…取り返しがつかなくなる、その前に」
「どうしたんだよ、ヤブから棒に」
「えぇ…まさか、高校の入学が取り消しになったなんてこともあるまいし…」
マジで?!、と驚く輝竜に、そんなわけないでしょ、と燕が呆れたように冷静にツッコむ。いつもの光景だ。
そう、いつもの日常だ。だからこそ、司は言わなければならなかった。覚悟を決め、口を開く。
「…俺が地下格闘技をすると言った時のこと、覚えているかい…?」
「…えぇ、…覚えてる…」
「……あぁ……忘れもしないさ…」
現代、再び2011年頃
司と輝竜、燕の3人が約束を交わしたあの日。支え合える友だちを得た司は、ふと疑問に感じたことを輝竜たちに問いかけた。
「そういえば…2人はどこで知り合ったんだい…? きょうだい…ではないでしょ…?」
「…えぇ、きょうだいじゃないわね。こんなチンチクリンとは」
ブスっとした顔をする輝竜の頭をグシャグシャとかき回しながら、燕は司の言葉を肯定した。
「お互いの親が知り合いなの。うち、古い道場をやっているんだけど、引きこもってばかりだから体力つけさせてくれって言って、うちの道場にコイツが預けられたのがきっかけね」
「あぁ! まるで才能なかったから1週間で辞めさせられたけどな!」
不満気なままの輝竜の頭を、今度は優しく撫でながら燕が輝竜に話しかける。
「えぇ、そうね。…でも、うちに入る前から結構根性据わってたし、辞めさせられなかったら結構いいとこまではいったんじゃない?」
「……才能が無くても、地道に努力はできるだろ…化石掘りと一緒だよ…最初はただの石だけど、地道に掘り出してみたら新発見のロマンがあるかもしれねぇってだけだ」
2人の話を聞いて、司は考え始めた。未来は今の科学では治せない。だから『未来の科学』まで命を繋げる。だが具体的にどうするべきだろうか。あまり専門的なことは分からないが、一つ確かなことがある。どんな方法、どんな計画を立てたとしても、確実にお金がいるのだ。子どもでも大金が稼げる方法…ならば…。
司は顔を上げて、燕に問いかけた。
「燕、俺を、道場に入れてくれないかな?」
燕は少し驚いた顔をしたが、すぐに少し眉をひそめて訝しげに司に答えた。
「……あなたがお金を稼ぐの…? 大人の力を借りずに…?」
「…うん…
そう…と呟き、燕は少し考え始めた。輝竜は不安そうな表情で2人の顔を交互に見上げる。ややあって燕が口を開いた。
「…えぇ…本気でうちの剣術を学びたいのなら止めないわ…。…でも、司、あなたが欲しいのは未来ちゃんを守るための強さだけじゃない、『お金を稼げる強さ』…でしょ…?」
司は燕の言葉に何も言わず、ただ首を縦に振ることだけで返す。
「…それなら…えぇ…まずは受け身から始めないとね?」
司はそれを聞いてより真剣な表情で頷く。しかし、黙っていられなかった輝竜が割り込んだ。
「待てよ! 確かにすごくお金は稼げそうだけど…そんなにすぐには稼げないだろ…?」
司の話によれば、未来ちゃんは脳死状態だ。悠長に金を稼ぐ準備をしている時間はない。
「えぇ、そうね…。でもね、強さなんて一朝一夕で身につくものじゃない。地道に一歩ずつ鍛えて、身につけていくものよ」
でも…と、輝竜は燕の返答に納得しきれず、まだ何か手が無いか探しているようだった。ふと思いついた。独り言のように口から小さく言葉がこぼれ出る。
「…もし…アレが本当なら…」
「何の話だい?」
「輝竜…?」
司が興味津々な目で食いついた。一方で燕は低い声で、警戒心を隠さずに目を細める。自分の失言と、2人の目に気圧されたようにしばらく言い淀んでいた輝竜だったが、観念したように思いついたことを2人に伝える。
「……昔…父さんの客が話してるのを聞いたことがあって…『強さ』に、金を出す奴らの話…」
「「——ッ!!」」
思いがけない輝竜の言葉に、司と燕はそれぞれ異なる反応を示す。燕はさらに険しい顔になり、どこで聞いたの、とまるで真剣のような冷徹な眼差しで輝竜に詰め寄る。一方で司は、腕を組んで真剣な表情で考え始めた。輝竜と燕は少しの間言い合っていたが、司の様子が目に入り、慌てて司の肩を掴んで制止する。
「ダメ…! 絶対にダメ! そんなとこ、絶対に危ない! 未来ちゃんを守りたいなら、そんなとこ行っちゃダメ!」
「つ、司…! ごめん…! 俺が悪かったよ…そんな話忘れてくれ! …言うつもりもなかったんだ…」
2人の必死の説得の甲斐もなく、コクリと頷き、司は静かに口を開いた。
「…うん…2人ともごめん…。…俺、そこに行くよ」
「「…………」」
燕と輝竜は絶句してしまった。互いの身の上を打ち明け、共に頑張ろうと約束したばかりの友だちが、よりによって一番危険な道に進んでしまう。
輝竜はなおも食い下がりダメだと喚いていたが、もう司の覚悟は決まってしまった。固い意志が込められた瞳を前に、燕は大きくため息をつき、口を開いた。
「………なら、なおさら受け身はしっかり身に着けないとね…」
「うん…よろしく」
そして月日は流れ…。
司は地下格闘技界において、駆け出しのルーキーから、絶対の王者へと飛躍的にその地位を高めていた。
燕の道場で叩き込まれた受け身だけでなく、司自身が血を吐くような思いで続けた独学の鍛錬が実を結んだのだ。
燕もまた、家門の古流剣術である「
もちろん、未来の治療費も問題なく稼げている。そんな順風満帆な司から今さら何の話だというのだろうか。
「……燕…あの時、道場に入れてくれて、本当に感謝している。…その後も、俺が稼げるようになるまで、未来の治療費に君が稼いだお金まで貸してくれて…本当にありがとう…」
「…どうしたの? 急に改まって…。そんなこと、今さらどうってことないでしょ? 今じゃ、剣無しの私にだって勝てるくらい強いんだから」
司は言葉を選びながら、ゆっくりと燕に今までのことへの感謝を伝えた。燕の返事を聞いて、少し嬉しそうに頷き、今度は輝竜の方へ向き直る。
「……輝竜…君が教えてくれた情報がなかったら、俺は治療費どころか、明日の食べ物にすら困っていたかもしれない…これまで支えてくれて、本当に感謝している…」
「……んだよ…今さら…? まるで不治の病でも見つかったみてぇな口ぶりだけどさ…」
輝竜と燕は戸惑い苦笑すると同時に、2人の胸の奥からドロッとした不安が湧き出る。コミックやドラマなんかなら、屋上に誰かを呼び出し今までのお礼を言うなんてベタなシチュエーションとくれば、その後は何か重大なことを言うと相場が決まっている。2人は不安に胸を苛まれながら、司が口を開くのを辛抱強く待った。
少しして、司が覚悟を決めたように顔を上げ、真っ直ぐに2人を見つめて言葉を発した。
「…未来が事故に巻き込まれた日……あの日の記録を調べていたら…見つけたんだ……もう1人…同じ事故に巻き込まれて…病院に搬送された人がいたと…」
燕が息を呑んで驚いてるのを目尻に捉え、司は深い悲しみに染まった瞳で、ゆっくりと輝竜と目を合わせた。
「……輝竜…君の足を奪ったのは……俺の父が起こした事故だ……。……本当に……すまない………」
そう言って司は深々と頭を下げた。言葉を失っている輝竜と燕の返事を待たずに、頭を下げたまま言葉を続ける。
「……おそらく…今後は俺も……燕と同じようにメディア露出が増えていく…。………そうなれば、過去のことが掘り起こされて…2人を巻き込むかもしれない…。……そんな風に知られてしまう……その前に……俺の口から…伝えたかったんだ…」
司の大きな肩が震えている。湧き上がる感情の波を抑えつけるように拳を握りしめる。こんな大事なことに、つい先日まで気づいていなかったことに。こんな時まで、のうのうと友だち面して2人と顔を合わせていたことに。不甲斐なさと後悔の念が押し寄せてきて司を苛む。重たい沈黙が3人の間に横たわる。
一体どのくらい時間が経っただろうか。しばらく口をつぐんでいた輝竜が、フゥー…と長く息を吐いた。
「……なんだ…そのことか…」
ハッと司と燕が驚き、輝竜の顔を見る。司は驚きをそのままに、輝竜に問いかけた。
「……輝竜…? ……まさか…知っていたのか……」
「………まぁな……フゥ…びっくりした…。…もっととんでもないこと言われるのかと思ったわ…」
十分とんでもないことのはずなのに、まるで肩の荷が下りてほっとしたかのようにしている輝竜に、司と燕は開いた口が塞がらない。
「……俺が言うのを…待っててくれたのか……?」
ようやく口を動かした司に、輝竜はフッと笑って返す。
「…別に待ってたわけじゃないさ…。…言うタイミングもなかったし…」
少し顔を下に向けて遠い目をしながら答えた輝竜は、顔を上げたかと思うと司に車椅子で近づき、腕を伸ばして
「…未来ちゃんを助けるって約束したろ…? 俺は忘れてねぇよ…お前はどうなんだ?」
輝竜を見つめる司の視界が霞んでいく。涙だった。司は笑って、涙を拭き取り口を開く。
3700年後
急に視界に光が差した。鼓膜に何か硬いものが割れる音が響く。まるで何時間も、ひょっとすると何日か寝ていたかのように身体が重い。というか、
「……状況は…?」
「……よぉ、司、燕…久しぶり」
応えたのは聞き慣れた声、久しぶりに聞いたような気がする。そしてその、
輝竜が、立っている。
あの時からずっと、足を奪われて車椅子になっても、挫けず司の隣にいてくれた、親友が、治るはずがなかったその足で、自らの足で立っている。
「……輝竜……? …え…ウソ…」
隣からこれまた聞き慣れた声が驚いているのが聞こえる。長い銀色の髪が視界をよぎり、輝竜に駆け寄った。燕は輝竜の側に駆け寄り、信じられないように全身を見回して恐る恐る口を開く。
「……身体は…? …どこも悪くないの……?」
「……あぁ…ピンピンしてるぜ…!」
輝竜は少し目に涙を浮かべながらニッと笑ってみせた。そんな姿を見るやいなや、糸が切れたように膝をついて、燕は泣き崩れてしまった。
「…あぁぁ…ぁああぁぁ…良かった…ヒグッ…良がっだぁぁぁ……」
「…泣くなよぉ…ったく…グスッ」
人目も憚らず号泣する燕にもらい泣きした輝竜は悪態をつくが、その顔はむしろ嬉しさでいっぱいだった。
その顔のまま、司に向き直る。
「……司…」
「……………うん…」
司はそれだけ言って膝をつき、その大きな手で顔を覆った。肩が小刻みに震えている。輝竜はそんな司を見て、しっかりとした足取りで司に近づき、肩に手を置く。と、そこに燕が駆け込んできて、司と輝竜を抱き寄せて強く抱きしめた。何も言わず泣き続ける燕に任せて、静かに涙を流す輝竜。そして司の手で覆われた目からは、光るものが確かに流れていた。
千空と大樹、杠は少し離れたところから、水を差さないよう見守っていた。大樹がもらい泣きして涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになり始めた頃、杠も目の端に涙を光らせて、ふと口を開いた。
「……輝竜くん……やっぱり、寂しかったのかな…?」
独り言のつもりだったのに、ん?と首を傾げて応える千空にアワワと慌てて、落ち着いてから杠は言葉を続ける。
「……ほら…輝竜くんの話だと、あの3人、ずっと昔からの友だちってか、幼なじみでしょ…? だから、やっぱり会いたかったんじゃないかなぁ…って」
「クククッ…かもしんねぇなぁ………じゃなきゃ、アイツが『2人同時に起こしてぇ』なんざ非合理的なこと、抜かすわけもねぇ…」
そして、千空は優しく微笑みながら、杠は涙を拭いながら、大樹は号泣しながら、三者三様に輝竜たちの再会を祝福する。
少しして、皆の気持ちも落ち着いた頃、輝竜が顔を上げて司と燕に話しかけた。
「……なぁ、司…燕……覚えてるか…? あの時の約束…」
一瞬2人は怪訝な顔をしたが、すぐに何かに気づき、息を呑んで表情を変えた。輝竜は自信ありげに頷き、再び口を開く。
「…このロクな医療技術も無いストーンワールドで、俺の足が治った…。…それに…俺たちの身体のヒビ…明らかに一度割れたのに繋がってる…」
自分の右頬あたりに拡がるヒビをなぞり、少し気持ちを落ち着かせるように目を閉じる。
「石化が解除される時、多少の損傷は修復される。…その修復効果には……傷ついた神経の修復さえも含まれるかもしれねぇ……!」
司と燕は驚いた顔のまま、しかし確かな希望を見いだして表情が明るくなっていく。その言葉を聞いた千空たちも息を呑んで輝竜の言葉を待つ。
「…そんなら石化は、現代医学すらも超えた未来の科学……医者代わりの命の石、『Dr.STONE』かもしれねぇ…!」
興奮してそこまで言い切った輝竜は、グッと拳を握りしめて最後に言い放つ。
「…滾るぜ、これは!!」
次回予告
千空「あ゛ぁ〜、どおりで復活直後にやたら戸惑ってやがったのか、テメーは」
輝竜「あの時は悪かったな…まぁ、歩けるようになったことより、ドードーと会った時の方が驚いたけどな」
千空「クククッ、テメーらしいじゃねぇか…」
大樹「ふむ…その修復作用とやらはそんなにすごいんだなぁ…ところで、『双葉』ってどこかで聞いたことあるんだが…」
輝竜「い、今は名字のことはいいだろ?! サバイバルに集中しようぜ…!?」
千空「次回『Dr.STONE-Survival Evolved-』」
千空「『遠い日の記憶』」
大樹「うぉぉ!! 唆るぞ!! これは!」