Dr.STONE -Survival Evolved- 作:ゆずの木
「…輝竜?」
司は輝竜がトリケラトプスの方にを見て止まったままなのを見て問いかけた。すると、輝竜がおもむろに歩き出し、トリケラトプスの腹側に回りこんで、その身体に触れた。司は一瞬身構えたが、トリケラトプスは動く様子はない。少し警戒を解くと、輝竜が少しはにかんだように笑った。
「…悪ぃ、ちょっと昔のこと思い出しちゃってさ…」
司は、トリケラトプスの腹を撫でながら、少し遠い目をして話す輝竜を静かに見つめていると、大樹がちょっと興奮気味に話しかけてきた。
「なぁ、輝竜! なんだか見覚えがあると思ったら、あの恐竜映画にそっくりじゃないか! ジュラなんとかパークだったか? 懐かしいなぁ!」
感傷に浸っていた空気が崩れてしまったが、無邪気なその笑顔に怒る気も起こらない。輝竜は少し苦笑しながら口を開いた。
「あぁ、マジで最高だよ…まさか、本当の意味で再現できる日が来るなんてな…」
いつだったか、あの映画で使われたトリケラトプスの模型を観たことがある。当然模型なので動くことはなかった。暖かさも感じない。それに、恐竜なんてこの1年近いサバイバルの間に見慣れている。なんならパラサウロロフスにサドルを載せて乗り回していたくらいだ。
だけど。
あの草原に横たわるトリケラトプスに、博士たちが初めて、自分の手で生きた恐竜に触れるあのシーン。まさか自分が、経緯は違えどあの時の博士と同じ立場になれるなんて、思いもよらなかったのだ。
感傷に浸っている輝竜を見て、大樹はそうかそうかとニコニコ笑っている。そんな2人を見て司も表情を緩ませて笑みを見せた。
「うん…確かに、あの映画のワンシーンみたいだね…。…だけど、そろそろ行こう。またあのラプトルや、このトリケラトプスの仲間がやってくるかもしれない」
司は優しく笑みを浮かべながらも、いつまでもこうしているわけにはいかないと場を引き締める。他の大型肉食動物が先ほどの戦闘の音や血の匂いを嗅ぎつけてやってこないとも限らないのだ。
あぁ、と言って立ち上がり、足についた土を払う輝竜だが、再び何かを考えているかのように動きが止まった。ピタリと手を止め、何かを思案している。
「…なぁ、大樹…ベリーを一房くれねぇか?」
「うん? 別に構わんが、腹でも減ったのか?」
話しかけられて素直に応えた大樹に、輝竜はトリケラトプスの方を少し物憂げな目で見つめて口を開く。
「……勢いで昏睡させちまったけど……コイツ、気が立ってただけで、別に俺たちを殺そうとしてきたわけじゃないからさ…。…ちょっと後味悪いっつーか…せめて起きた時に、飯が目の前にありゃ回復しやすいかなと思ってさ」
輝竜の言葉を聞いて、大樹と司は腕を組んで悩む。
「…うん…確かに、迎撃は仕方なかったけれど、命まで奪うのは俺も同意できないね」
「…うむ…そうだな…コイツには悪いことをしたかもしれん……。…これくらいあれば足りるだろうか?」
籠からベリーの房をいくつか取り出してくれた大樹に礼を言いながら、輝竜は眠ったままの角竜の口元に木ノ実を添える。肉食動物がやってくるまでに目覚めたらいいのだが…。輝竜はごめん、と呟いて立ち上がり、後ろ髪を引かれる思いで司たちと共にその場を後にした。
「なるほど…この素材か…。クククッ、そんなら話が早ぇ。ドンピシャの配合が見つかり次第、速攻で実用可能じゃあねぇか?」
拠点に帰った輝竜たちが、図らずも行った
〘麻酔薬(完成)を手に入れた!!〙
〘麻酔矢(完成)を手に入れた!!〙
「あとは復活液作る時とおんなじだ。ベストの配合濃度を調べまくる…クククッ、ようやくあのバケモノどもとマトモに渡り合えるっつーわけだ…。…科学は全てのものを平等にする……唆るじゃねぇか」
目を細め口の端を吊り上げて、およそ高校生とは思えない邪な笑顔でケッケッケと笑う千空を尻目に、司が輝竜を見やると、何やらソワソワしながら後ろを気にしている。わかりやすく目が泳いでいる輝竜だったが、司と目が合ったことで少し照れくさそうに笑う。
「……悪ぃ…やっぱし、あのトリケラトプスが気になっちまってさ……。…あんなところを肉食動物に襲われてたとしたら、後味悪いし…」
そう言って森の向こうを見つめる輝竜を見て、千空は肩をすくめて笑った。
「…ま、昏睡させてからの経過観察も、薬の効果を診るためにゃ必要だわな。…案内頼むぜ、恐竜博士?」
輝竜に連れられて、千空と司は先ほどの森の一角を目指して歩く。輝竜たちの毎日の採集経路にもなっているので、何ヶ月も歩き続けた結果しっかりと踏み固められた土の道になっている。何がいるかも分からない藪の中を歩くよりずっと安全だ。
「で? 結局何発くらいで眠りやがったんだ? そのトリケラは?」
と千空が口を開いて輝竜に尋ねた。トリケラトプスほどの大型生物を昏睡させる麻酔薬だ。強力には違いないが、何十発も撃ち込まなければいけないようでは実用性に欠ける。
「あ〜……大体10-12本くらいか…? 何発か外しちまったけど、矢の本数も足りなくなりそうだったし…」
「うん、大体合ってるよ。少なくとも10本以上は撃ち込んでいたし、大きな血管がありそうなとこにもいくつか刺さっていたね」
「…まさかそれ把握しながら戦ってやがったのか…? フッ、もはやスーパーヒーロー様じゃねぇか」
3人でそんな話をしながら土の道を歩いていると、司が不意に立ち止まって茂みの奥に鋭い目を向けた。司は、千空と輝竜が態勢を整えたのを確認すると無言で頷き、茂みを掻き分けて前へ進んだ。
茂みの奥は少し開けた空き地になっていて、木漏れ日が振り注ぐ。しかし何よりも目を引くのは、空き地の中心に鎮座する大きな背中。恐る恐る近づいた3人だったが、輝竜が何かに気付いたかのように小さく声を上げた。
「……あっ」
立ち止まった輝竜に千空と司が目を向けたその時。
じっとしていた恐竜が動き出した。
「「……ッ?!」」
一瞬で臨戦態勢に入った司とは対象的に、輝竜はまだ呆けた面をしている。司が珍しく焦りを顔に出して輝竜の名を呼ぶがどこ吹く風といった顔だ。
そんなことをしている間に恐竜が振り向いていた。顔の大きな2本の角、頭の後ろの大きな襟飾り。トリケラトプスだ。
司がどうやって2人を逃がすかを真剣に考え始めた頃、輝竜がまた一人でトリケラトプスに向かって歩き始めた。2度目はないとばかりに輝竜の手を掴む司。
「……輝竜…」
警戒心MAXの低い声で司に呼びかけられたにもかかわらず、輝竜は少し困ったような笑みを浮かべて応えた。
「…司…多分、大丈夫だ…
「…? 今は? ……まさか……」
「あぁ、その『まさか』さ」
輝竜は司の手を腕から離させると、腰の皮袋から道中で採取した木ノ実を取り出して角竜の目の前に差し出した。すると、トリケラトプスの方も少し歩み寄ったかと思うと、輝竜が差し出した木ノ実を食べ始めたのだ。
一連の流れを無言で見守っていた千空が、フッと笑って口を開いた。
「……あ゛ぁ…そういうことか…。輝竜…テメーが眠らせたトリケラってのが、コイツだな?」
トリケラトプスに餌を食べさせながら輝竜は頷いた。
「あぁ、多分間違いない。俺や司がつけた傷がある。妙に傷だらけだしまさかと思ったんだが…。普通なら怒り心頭で襲ってきてもおかしくねぇけど、なんでこんなに大人しいんだろうな…」
「うん。俺も驚いたよ。自分を傷つけた相手に、こんなにも早く警戒心を解くなんて…」
差し出された餌を美味しそうに食む恐竜を前に、千空たちの警戒心もかなり薄らいだ。
しかし、徐々に別の違和感が首をもたげてきた。何かがおかしい。少し考えていた千空が頭を上げると、輝竜と司と目が合った。目で分かる。どうやら同じ事を考えていたようだ。最初に輝竜が口を開く。
「…なぁ、やっぱり違和感あるよな…」
「うん、警戒心が無さすぎる」
「あ゛ぁ、牧場の牛や馬じゃあるまいし、100億%野生動物の挙動じゃねぇ」
と、意見を出してみたはいいものの、結論が出るわけでもない。う〜んと頭を悩ませても、結局それらしい仮説は出なかった。
ややあって千空が肩をすくめて笑った。
「……今は理由を考えても仕方ねぇ…。そもそも、生きた恐竜とご対面できてるだけでも十分ファンタジーだ…。…仲良くなってくれるっつーなら問題ねぇ。おありがた〜く利用させていただこうじゃねぇか」
「…ったく、合理的思考にもほどがあんだろが…。ま、恐竜が仲間になってくれるのは、ロマンありありで最高なんだけどさ」
「うん…。俺も今は立ち止まって考えるよりも、少しでも前に進むべきだと思う。…そろそろキャンプに戻ろう。燕には材料を渡したけど、出来上がるにはもう少しかかりそうだからね」
千空と輝竜の結論が出たのを確認して、司は2人をそう促した。先ほどトリケラトプスを昏睡させてから帰る道中、恐竜になぎ倒されたまま放置されたらしく、よく乾いた白樫の木を運良く採取できたので、そのまま燕に手渡していたのである。
司の言葉に軽く返事をした輝竜は、角竜の顔の前で木ノ実を揺らつかせ、トリケラトプスが釣られて足を踏み出したのに合わせて拠点へと歩き出した。
その頃、燕は一心不乱に木の削り出しに集中していた。千空が見つけてくれた黒曜石のナイフで形を削り出すが、その切れ味には内心かなり驚いていた。所詮石器と侮っていたが、黒曜石の刃は難なく白樫の硬い木目から刀の輪郭を削り出していた。
ある程度形ができてきたところで、刀身の反りや柄の太さを確認しながらの微調整だ。立ち上がって正眼に木刀を構える。息を整えて精神統一、上段からの素振り。重い。ここ数日ほど素振りはしていなかったが、これまで何千、何万と振ってきた感覚で分かる。燕は息を吐いてまた座り込み、再び微調整を始めた。
そして。
〘木刀を手に入れた!!〙
「ワァオ、コレはかなり形になってきましたな〜! …でも、木くずだらけになっちゃったね…」
杠が感嘆する声に釣られて顔を上げた。気づくと随分周りを散らかしてしまったらしい。木くずや粉塗れになってしまった。
「えぇ、中々上出来じゃないかしら? …ただ、少し散らかしすぎちゃったわね…ごめんなさい…」
「ううん! 大丈夫! だけど、髪にまで粉がついてるから、洗ってきたほうがいいかも…」
杠に言われて髪を触ってみる。確かに粉っぽい。髪に触れた後の掌を見て燕は顔をしかめる。
「うぅ…しばらく髪を洗えてないからかな……ちょっとやな感じ…。…ねぇ杠? 近くの川まで髪だけでも洗いに行かない? 最近は生活に余裕も出てきたし、どう?」
「賛成! ちょうど私もそう思ってたところなの!」
燕の誘いに杠は快く乗ってくれた。たった2人の女の子同士、男子の前では話づらいことの1つや2つはある。大樹にキャンプを任せて、2人は近くの小川まで足を伸ばした。
川は大きくは無いが、拠点の近くということもあり生活用水としても利用している。かつては千空が石器にする石を取りに来たこともある。千空が作ってくれた石鹸やベリー類から採った果汁をコンディショナー代わりに、あとは製作途中の木刀を持ってきた。今までは無かったから仕方ないが、木刀が"ある"というなら、今度は腰に無ければ逆に落ち着かない。ベルト代わりの腰紐に木刀を通し、腰紐の長さを調節しようとしていたその時。
「——きゃあぁ!!!」
「—ッッ?!!」
杠の悲鳴で燕は我に返った。杠のすぐそばに四足歩行の大きな恐竜がいる。鼻息荒く唸り声をあげている。輝竜がいればすぐに種類が分かっただろうが、今はこの状況をなんとかしなければならない。
咄嗟に川辺の石を拾って恐竜に素早く投げつけた。丸腰の彼女に恐竜を近づかせるわけにはいかない。燕の投げた石は狙い通り顔に当たり、恐竜は間髪入れずに燕を見留め、後ろ脚で立ち上がり咆哮を上げた。
「杠! 私の後ろに!!」
燕の声でハッとなり、杠は慌てて立ち上がって燕の背中に身を隠す。
親指だろうか。手についた大きな棘を振り回している。燕は木刀を抜き放ち正眼に構える。輝竜たちの護衛としてキャンプの外には何度か出たが、ここまで大きな生き物とまともに闘うのは初めてだ。尻尾の先まで含めれば7mはある。立ち上がった今の姿勢なら、頭の位置は優に2m以上。とても人がタイマンで相手をできるような生き物とは思えない。それでも。
「杠…私の間合いなら守れる。…けど、危なくなったらあの木の後ろに隠れて……私が合図したらキャンプまで走って、大樹を呼んで来て」
「……でも…」
恐竜からは目を逸らさずに、杠を逃がす算段を伝える。なおも不安そうに燕の背中から離れない杠だったが、燕は安心させるよう笑いかけた。
「…心配しないで…大丈ぶ…ッ?!」
突然恐竜が左腕を振り抜いた。咄嗟に杠の肩を掴んで伏せさせたが、すぐに右腕の追撃が2人を狙う。燕はその場で防御姿勢を取り、木刀で攻撃を受け止める。が。
「…くっ…!」
力の差は一目瞭然だ。しゃがんだ体勢で受け止めたが、攻撃を受け止めきれない。そのまま横に受け身を取って衝撃を逃がす。
重い。手に残る痺れで分かる。アレをマトモに受けてはいけない。幸い恐竜も二撃目で手応えがあったからなのか、数歩下がってこちらの出方を窺うように警戒している。杠も動けていないが、ひとまずは無事のようだ。
燕は素早く状況把握をすると、立ち上がって今度は木刀を顔の横まで引き寄せた霞の構えを取る。次は受け止めない。受け流す。
「杠、下がっていて」
短く告げ、杠が退避したのを確認して柄を握り直して恐竜と視線を合わせる。
刹那。恐竜が地を蹴って燕に迫り右腕を振り下ろす。躱す。続く左腕の二撃目。木刀の平で斜めに受け止めそのまま燕の左側へ流す。流れた巨体の懐に踏み込むと同時に、左脚の関節へ鋭く打ち込む。
二足で立ち上がっていたことが災いし、恐竜は支えを崩され倒れ込んだ。何が起きたかも分からないうちに地面が激しく頭を打ったかと思うと、次の瞬間、側頭に叩き込まれた一撃で恐竜は意識を失った。
それはまさに神速の太刀筋。恐竜の脚を打った次の瞬間には、燕の二の太刀が刀が霞むほどの速度で振り下ろされたのだ。一呼吸のうちに閃く、ツバメのごとき切り返し。それは……
「杠ーーー!! 大丈夫かぁぁぁぁ?!!」
騒ぎを聞きつけたのか、大樹が駆けつけてきた。先ほど帰ってきたばかりの千空や輝竜、司も合流し、男衆も川辺に揃った。
「えぇ、みんな無事。もう大丈夫よ」
燕は納刀して大樹たちに呼びかけると、杠に目配せをした。杠も慌てて土を払い、ピースサインで応える。
「う、うん!! なんかもう、本当に凄かった!! もうよくわかんなかったけど、めちゃくちゃ早かったよ!」
まだオロオロしたままの大樹を安心させるにはコレが一番効く。目論見通り、よかった……と膝をついた大樹を尻目に、輝竜が一歩前に出て恐竜の観察をし始める。
「…この腕からすると…イグアノドンか…? …気絶してる…へッ、流石道場の『師範代』なだけあるね…。タイマンで倒したのか?」
サバイバル生活が長い輝竜でも、このサイズの恐竜には一人では対処できない。なるべく一人で出くわさないように細心の注意を払ってきたのだが……。どうやら今まで慕ってきた友人たちは、猛獣すら下すバケモノばかりらしい。半ばドン引きしながら軽口をたたくと、燕がポニーテールにまとめた髪を払いながら応えた。
「…違うわね…『免許極伝』よ?」
「あ゛ぁぁ…んじゃあコイツは今昏睡状態っつーことでいいのか? 恐竜博士」
と、そんなやり取りをしている2人をまるで気にせずに千空が割り込んできた。恐竜の瞼を引っ張って瞳孔の開き具合を見ている。
「あ、あぁ…今は意識が無いだけだろうけどさ…」
「…クククッ…そんじゃあ、ここらで科学のドッキリ実験ショーといこうじゃあねぇか…唆るぜ? これは」
「ちょっ、ちょっと待って! 危なくないの…? まさか何かの試薬…? マウスじゃあるまいし…」
まるで悪役のような歪んだ笑みを浮かべて笑う千空を燕が慌てて止めに入る。これ以上危ない橋を渡るのはゴメンだ。
「あ゛? んあ゛ぁぁ…ま、実験ではあるがな。とある仮説の立証のためだ」
「…!! なるほど…確かにほぼ同じ状況ではあるな。もし成功したら、最っ高にロマンがあるじゃねぇか…!」
まだ怪訝な顔をしている面々に、千空と輝竜はニヤッと笑って告げた。
「「コイツを、今からテイムするんだよ!」」
次回予告
千空「クククッ、楽しい科学の実験ショーだ。テメーら、目ン玉かっぽじってよぉく拝みやがれ…」
大樹「あぁ! こうして立ち会うのは初めてだな! ところで千空…さっきからなんだか変な匂いが…まさか千空! お前おならを…!」
千空「違ぇわ! 腐った肉の匂いだ! 麻酔薬の調合に使ってんだよ、この雑頭!」
杠「大樹くん………」
千空「…次回『Dr.STONE-Survival Evolved-』」
大樹「『Assemble』!」
杠「ワァオ! 唆りますなぁ、これは!」