掟の底食い 作:ちわわのちくわ、
一時間前。
オーナールームに連れて来られたオドは顔面蒼白で、脂汗を滴らせていた。
重厚なマホガニーのデスク、革張りの椅子に腰掛けるオーナー、サー・クロコダイルの視線は、それだけで人を殺せそうなほどの重圧を放っていた。
同室のローテーブルを挟んだソファには、我関せずといった態度の支配人ミス・オールサンデーと、沈痛な面持ちの副支配人が控えている。
「ずいぶんと気前がいいじゃねぇか」
クロコダイルが葉巻の煙をゆっくりと吐き出し、低くい声を響かせる。
「てめえの金じゃねぇからって、いい気なもんだな。ぇえ? ……なんとか言ったらどうだ」
ここで死ぬのだと、オドは理解した。口の中はカラカラで、声も出ない。わかるのだ。ただのミスで10億4000万の損失を出す訳が無い。プレーヤーと手を組んで金を稼ごうとしている疑いを持たれている。自分だってそう考える。
そして目の前の怪物は疑いだけで人を殺すだろう。
「お待ちください」
イブンが平坦な口調で割って入る。
「数百万ベリーならともかく、10億近い金をプレーヤーと共謀して手にしようとするのは無謀すぎます」
「俺だってそんなバカがこのカジノでディーラーやってるとは考えたくねぇ」
威圧的に煙を吐き出し、イブンを睨む。
「が、世の中にはそんなバカで溢れてるからな。仕方ねえさ」
「今は10億4000万べリーの対応の方を優先すべきです」
「……能力者か?」
視線を向けられた副支配人がテーブルの上の調書に目を配る。
「セキュリティはプレーヤーの能力者らしき現象や不正を見つけられませんでした」
実はクロコダイルの疑義にあまり意味は無い。プレーヤーとは別の協力者が能力を使って不正を働いた可能性は常にあり、あの場ではカジノのほぼ全員がモアに注目していた。その中の誰が協力者か判別する事は不可能なのだから。
ただ、計画的にそうなるように振舞ったと思われる。だからつまり、プレーヤーの不正は濃厚なのだ。
「10億は必ず回収しろ。俺がテーブルに着けば文句は出ねえだろ。能力者対策の海楼石の椅子がある、それを使え」
能力者の数は世界的に見れば少ないとはいえ、イカサマに使われるとカジノは立ち行かない。対策として、座るとゲームの進行には影響が出ない程度に脱力するよう、純度の低い海楼石の椅子が用意してあった。
「その条件でゲームをするとなると、オーナーも同様の条件を飲んでいただく必要があります」
「あぁ? てめえ何言ってんだ」
イブンの言葉に、クロコダイルの目が剣呑に細められた。が、顔色一つ変えずに事実を告げる。
「海楼石の椅子を使う理由は、能力がゲームに影響を及ぼしかねないからです。つまりカジノ側のプレーヤーが能力者かつ、一方的に海楼石の椅子を使わない場合は、カジノ側が能力を使ってゲームに影響を及ぼすと公言しているようなものです。公開勝負において、不公平な条件は当カジノの沽券に関わります。また、件のプレーヤーは個室のVIPルームのような第三者のいない密室での勝負は受けないでしょう」
副支配人とイブンの視線が一瞬だけ交わされる。これは、周到に計画された不正行為だ。
クロコダイルが海楼石で脱力した姿を衆目に晒すはずがない。海賊を殺し、力で得た英雄としての格が落ちる。
剣でその地位を得た者は、地位を失う事無く剣を下ろす事が出来ないのだ。
かといって、フロアの熱狂具合からしてオーナー以外の非能力者の代打ちはレインディナーズの看板に傷がつく。
「……じゃあどうするってんだ? さっきからあれこれ注文を付けてるが、カジノマネージャーとしての責任がねぇとでも思ってんのか?」
クロコダイルは立ち上がり、無造作にイブンの首を掴んで軽々と持ち上げる。
「てめえも死ぬか?」
「がッ……!」
イブンの足が床から浮き、気道が軋む。だが彼は一切の抵抗をせず、苦悶に顔を歪めながらも懸命に釈明した。
「か、必ず10億4千万ベリーは回収します」
「オ、オーナー! お待ちください!」
副支配人が慌てて声を荒げる。
「オドが潰された今、大勝負を任せられるディーラーはイブンの他にいません!」
「いえ、ディーラーは……オドです」
絞り出すようなイブンの言葉に、オドは愕然とした。すべての重責を自分に押し付けたのだと。
「責任を全て擦り付けるつもりか? そこでガキみてぇに震えてるだけの弟に」
「弟が負ければ、わたしの命を持って責任を取ります」
その覚悟に、オドは息を呑む。
クロコダイルはつまらなそうに鼻を鳴らすと、イブンを床へ乱暴に放り投げた。
「げほっ、ごほっ……オドは、本物です……わたしの数段は上、でしょう。おそらくグランドラインでも勝る者はいない。完成しています」
「……いいだろう。おまえらごときの首に10億の価値もねえが、そこまで言うなら案はあるんだろうな」
「少し、二人で話させてください。必ず、回収します、10億4000万ベリーは」
オーナーと支配人が去った後、副支配人が心配そうに口を開く。
「大丈夫か……」
「問題ありません」
「あのモアとかいうプレーヤーはイカサマをしている。われわれには感知できないやり方で、計画的に」
「わかっています」
「必要な物や条件があれば言え、必ず用意する」
それだけ言って、副支配人もオーナールームを後にした。
イブンは小さく溜息を着くと、座れよ、とオドをローテーブルを挟んだ対面に着かせた。
ジャケットの内ポケットからシガレットケースを取り出し、一本口に咥えてマッチで着火し一服する。
「……イブン、おれ」
「まあ吸え」
うつむいたままのオドに勧める。まだ震えが止まらないおぼつかない指で、言われるがままに火を付ける。味なんかわかりっこない。
白いくぐもった何かかが肺に満ち、現実感を伴わずに口から出て行く。
生きてはいるが今はただ偶然、イブンの一言があったから死んでいないだけ。やりきれない。
依然として状況は絶望的なままだ。相手のサマは見えないまま10億4000千万の回収。無理だ。無謀だ。死ぬしか、ない。
「どうすりゃ、いいんだ。相手は1/50000を当てられるんだぞ」
絞り出すように言った。
「それに本当にあいつが未来を視る事が出来るならおれは……おれたちは」
「それは無い」
「どうしてそう言い切れる」
「やつは必ずスピン前にベットしている。それが理由であり、また、イカサマを紐解くカギであるはずだ」
通常、大金を賭けるならノーモアベットぎりぎりまでビジュアル バリスティクスで粘るのが自然。
ましてやある程度のディーラーなら、おおよその狙ったエリアに投げ込む事など造作もない事くらい客も暗黙の了解。ましてやハイリミットテーブルでスピン前にベットする事自体がおかしいのだ。(カジノによってはスピン後ベットを禁じている所もある)
つまりスピン前にベットする動きは極めて不自然で、また、イカサマにはそうしなければならない理由があったはずなのだ。
本当に未来を予知できるのだとしたら、スピン後にベットして不自然さを消し疑いの芽を潰すのだから。
「……てことは、ウィルやボールへの直接的な細工の線も消えるか……それが出来るなら、やはりスピン後にベットして、ボールを自分のベットした番号に操作すればいいんだからな」
「ああ、スピン前にしかベット出来ない理由があるんだろう。ボールやウィルを物理的に干渉できない事実の裏返しというわけだ、仮に能力者だったとしてもな。ヤツのイカサマのプロセスはつまり、スピン前でのみ有効に働き、ゲームが動く直前までに完了しなければ、それ以降は例え能力を使っても手が出せない。そこに秘密がある、制約に似た何かが」
オドの震えは不思議と収まっていた。濃霧に包まれたかのような倒錯感は消え失せ、一筋の希望の光を手繰り寄せている気さえする。
スピン前にしかベット出来ない理由は? おそらく能力を、どこに使っている。
イブンはシガレットケースを弄びながら逡巡して言った。
「……物理的にゲームに影響を及ぼしていないのだから、影響を及ぼしたのは非物理的現象ということになる」
「は? どういう……」
「これはおまえがプロのディーラーかつカジノを裏切っていないという前提によって立つが」
イブンは静かに口を開いた。決して、クロコダイルの前では言う事の出来なかった事実を。
「俺が見ていたのは一度目の的中後の第二投目からだが、お前のスピンはヤツのベットしたポケットに落とす動きだった。俺にだってそれくらいはわかる」
「バカな! あんな舐めたベットをむざむざ勝たせるような真似はしないッ」
ディーラーとして認めがたい屈辱に、オドは片手で顔を覆った。
「おれを、信じろ。事実はそうなんだ。つまりお前にはその自覚が無いんだ。二投目に、3番と本来落としたかった番号を錯誤した、あるいは何らかの手段で無意識的に、3番に落とすよう誘導されたがその事実を認識できなかった。おれが確認した現実とお前が認識した主観の齟齬から考えるに、十分妥当だ」
「そんな……ありえない」
「おれも納得はしてないがそう理解している。ヤツのイカサマは物理的なものではないし、未来視はブラフ……実態は暗示の類いか幻覚か、そんな所かもな。それならばスピン前のベットの問題も説明は付く。スピン後にお前に暗示をかけても走り出したボールを操る事は誰にも出来ないからだ」
「そ、それをオーナーたちに言えばおれへの疑惑も!」
垂らされた蜘蛛の糸に縋る弟を、冷たい言葉で制す。
「いいか、先の推察は二つ要素で構成されている。一つは暗示や幻覚の類いがあった事、もう一つはおまえが3番に落とすよう投げた事だ。これは両方とも事実だと信じて貰えて初めておまえに有利に働く。おまえが第三者だとして、一つ目の要素を信じるか?」
「……いきなりは、というかまだ完全に信じきれねえ」
「では二つ目の要素は?」
オドは言いようのない怖気で口を詰まらせた。
オーナーから詰められたのは、まさにそれを疑われたからだ。あの目、虫ケラを見るかのような。機嫌次第で殺されても不思議ではない。
「おまえがプレーヤーの望む出目を出したという要素だけが残りかねない。それはすでに共謀を疑われている状況をより深刻に圧縮するだけだ」
3番に投げる意図は存在しなかったが、現実としてはそうスピンした。
オドにとっては、兄のイブンが「3番に落とす動きだった」と言うから信じられる事柄で、他人が言ったところで相手にしないだろう。
イブンにしても、弟のオドが「その意図は無かった」と言うから信じられる事柄で、同じく他人ならカジノに対する裏切りと考えるだろう。
これは兄弟にのみ通ずる確固たる信頼の上にのみ成り立つ仮説であり、冷血なクロコダイルには到底聞かせられる話ではない。
「そ、そうか……わかってきたよ。少しだけ。全体的な話が」
オドは改めてイブンの思慮深さに内心で首を垂れた。
いつもはスカした野郎だと思っていたが、その視座の高さが今になってわかった。
拳を握りしめる。
(こんな事になるんなら、もっとイブンの話を聞いときゃよかった。そうすりゃどん詰まりに陥ることも無かったかもしれない。なのにおれは、いつも煙たがってばっかで……)
「なあ……ディーラーはイブンがやってくれないか。認める、なんて言い方は偉そうだが、お前は俺に無い視点がある。それがよくわかった。その結果、俺はどうなろうと構わない」
イブンは煙草の灰をわざと机の上に落とす。
「オド、おれはな、クロコダイルをクソだと思ってる。所詮は海賊野郎だ。なんだ七武海って、正義ぶったアウトローを気取りたいんだったら、そんな役職を捨てて無頼のまま海賊を狩ればいい」
「お、おい、いきなりなんだよ、そんな事をもし聞かれでもしたら……」
「支配人にもしても気に入らねえ。お高くとまりやがって、何がミス・オールサンデーだ。裏で何をやってんのか知らねえが名前通りの年中有給のあの女は、仕事を副支配人に丸投げだ。共通して言えるのはな、二人ともカジノなんて大して興味ねえんだよ。とどのつまり、金が稼げりゃここがホテルだろうが工場だろうがなんだっていいのさ」
オドは、初めて聞くイブンの剝き出しの感情に声が出なかった。いつも落ち着いていて、自己を表に出す事なんて無かった。
それにてっきり、オーナーたちには従順な飼い犬だとばかり……
「プレーヤーだけ海楼石の椅子に座らせようってのがその本性さ。カジノは不公正、不公平を表に出すべきじゃない……そもそも、前オーナーの不審死からの代替わりなんて、俺は認めちゃいないがね」
冷めた目で悪趣味なオーナールームの調度品を眺めて続ける。
「そんなオーナーや支配人みたいなやつらにここを任せてられねえよな。あいつら、金が消えてカジノが立ち行かなくなるのを心配してるんじゃない、金が消える事だけを心配してるんだ。だから俺たちで守る為だったら、おれは別に死んでもいい。行けるところまで行こう」
「おれ無理だ。そんなん背負いきれねえよ」
「……昔、おれにポーカーを挑んできたろ」
「あれは」
オドは過去の醜態に目を背けた。
「あん時、必死でポーカーフェイスを演じてたが背中に嫌な汗がだくだくでさ。おまえが降りてくれて心底ほっとしたんだ」
震える弟を安心させるように、小さく笑って言った。
「おまえは本物だ、おまえだけが」
オドは目元を拭う。
「……けど、どうやって勝つ」
「ゲームはポーカーでいこう。クラシカルなドローポーカーだ。カジノ側のプレーヤーは、本当はおれが出るべきだが状況的にはオーナーしかいない。イカサマをしているのがヤツの仲間で、客に紛れている可能性を排除できない以上、セッションが長引けば俺たちが圧倒的不利だ。参加料が10億4000万ベリーのワンゲーム。イカサマ野郎が公開勝負を望むのならこれくらいは飲ませる。ギリギリうちの看板に傷がつかず、客も盛り上がる、と信じたい」
イブンは立ち上がり、バーワゴンからウィスキーデカンタとグラス二杯を手に取る。
「イカサマが物理的な干渉が出来ないのなら、
「
「もちろん。相手が先にイカサマを使ったんだ、こっちが下手に出る必要は無い。おまえの考案したイカサマで、ケリを付けてやれ」
オドは顎髭を撫でながら思案する。
「……おれがロイヤルフラッシュを積み込めることを、ヤツは知らないはずだが……それでもヤツはおれに暗示か幻覚をかけ、自身に有利なハンドを作らせるかもしれない可能性はある」
「可能性はあるが、おれたちが必勝するにはカットデックを使うしかない。リスクを取ろう。それに向こうのイカサマも万能じゃないさ。これまでの考察からしてイカサマのプロセスはゲームが動く前に完了させなくてはならない。カードを配ってからじゃ遅いんだ」
ソファに腰掛け、二人分のグラスに注ぐ。美しい琥珀色に透過した光の紋様がテーブルに揺らめいた。
「問題はそのプロセスがわからない事だろ?」
「だからその疑わしいプロセスを丸ごと消し去る。ゲーム開始前から不要な動作、言動を全て禁止する。億単位の勝負だ、それくらいの制限は副支配人に言えばルールとして認めさせられるだろう。怪しい行為を禁じるのは自然な事だしな」
イブンは目線のあたりまでグラスを掲げる。オドもそれに習い、一息で飲み干した。
気品あるピート香が鼻を抜ける。スモーキーさの奥からふくよかな甘みがじんわりと喉を通り、腹に落ちた熱が身体に広がっていくのを感じた。不思議と力が湧いてくる。
「クロコダイルにはもったいない」
「はは、お前も言うようになったな……行こう」
イブンは立ち上がり、磨き上げられたオーナールームの床に吸殻を投げ捨て踏みにじり火を消した。カッコ良かったのでオドも真似する。なんだか懐かしい。子供の頃から、自分にとって憧れの手本はいつだってイブンだった。
「……けどよ、ヤツのイカサマが俺に向かず、クロコダイルが無自覚にフォールドするよう仕向けたらどうするんだ?」
イブンは笑って言った。
「そんときゃ俺がワニ野郎のハンドを公開してやるさ。ロイヤルフラッシュで降りたんなら、俺たちの責任じゃねえ」
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フロアの客はクロコダイルの登場に沸き立っている。しかし、ステューシーだけは別だった。クロコダイルの後ろに影のように付き従う女へ視線が止まる。
長身に黒髪。豊満な胸を強調するコルセット風の装いにミニスカート。白のコートを羽織っている。表向きはめったに姿を現さないレインディナーズの支配人。だが、世界中のあらゆる情報を網羅するステューシーの目は誤魔化せない。ビビの時も誤魔化されない。
念のためもう一度確認する。大丈夫そう。
(……まさか)
彼女の脳裏に浮かんだのは、世界政府が長年血眼になって行方を追い続けている一枚の手配書。7900万ベリーの賞金首。
『オハラの悪魔』ニコ・ロビン。
(あらあら……オハラの生き残りがこんな所に……ふうん、王下七武海の陰に身を寄せていたわけ)
禁止されているポーネグリフの解読を組織的に進めているとされ、世界政府の手により考古学者の聖地オハラは消滅した。その唯一の生き残り。
モアの荒稼ぎを念のため見守るつもりだったが、世界を揺るがすほどの劇物を見つけてしまった。
捕縛するのは簡単だが……
「……ふふっ」
ステューシーの瞳が細められる。リップグロスで艶やかに彩られた唇に笑みが浮かんだ。
(本当に、モアくんといると運命が私に味方してるのかと思っちゃう)
副支配人の先導により、一行は狂騒のルーレットからポーカーテーブルへと移動する。勝負の行方を一目見ようと、ギャラリーたちも固唾を呑んで伴い、二人を何重にも取り囲んだ。
テーブルを挟み、モアとクロコダイルが対面に着いた。片や王下七武海、片や何者でも無い若者。いや違う、10億4000万ベリーを勝ち取った男だ。
「俺はお前のような小悪党の遊びに付き合っている暇はねェ。さっさと片を付けようや」
葉巻の煙を吐き出しながら見下すクロコダイルに、モアは頷いた。
副支配人が、よく通る声で告げる。
「ルールをご説明します。参加料は10億4000万ベリーのワンゲームとし、従って今回限りのハウスルールとして全ての役にスペード、ハート、ダイヤ、クラブの順に強弱を付けさせていただきます」
フロアがざわつきだす。観衆が期待していたのは、ブラフとレイズが飛び交う身を切るようなチップの駆け引きだったからだ。それに例外的なルールも飲み込めない。
だがモアたちには想定内だった。
ナミが見破ったカットデックは無敵だが弱点がある。それは、確実にスペードのロイヤルフラッシュを作れるが、約0.000153%の役を連発するのは人為的な介入を確信させるからである。
つまり一撃必殺を是としなければならないが、ルール上、逃れられない欠点も抱えている。一般的なポーカーでは、成立した役のスート*1に優劣が定められていないのだ。
ここでカジノ側が危惧する唯一の可能性は、モアが作為か無作為かでスペード以外のロイヤルフラッシュを成立させた場合の引き分け。それによるネクストゲームの発生、これは何としても避けねばならない。
本来、カットデックは個室でゲームを続け、賭け金を引き上げたところでロイヤルフラッシュを成立させる運用なのだが、衆目の前ではモア側のイカサマを警戒せねばならなず、長期のゲーム自体がカジノ側にとって不利なのでハウスルールは必定であった。
「通常、当カジノではハイリミットテーブルを超えるレートのゲームはフロアとは分断されたVIPルームで行います。これはプライバシーの保護と第三者の関わる不正を防ぎ、プレーヤーの利益を確保する為でありますが、この勝負はモア様の強い要望により皆様に公開されます」
副支配人はぐるりとギャラリーを見回した。
「従って当カジノといたしましてはあらゆる不正を防ぐため、この説明が終了してからゲームが終了するまでの間、両プレーヤーにはゲーム進行に不必要な発言と行為の禁止と、ギャラリーの皆さま全員の発言や身振り手振りなどを禁止させていただきます。禁止行為を行った場合は、その大小を問わず掛け金の三割を違反者合同で負担していただきます。お支払いは難しいかもしれませんが、
そう説明されると、非を唱える者はいない。異常な掛け金とこの状況の前では、カジノ側の言い分は筋が通っている。
「以上の理由から、カジノ側のセキュリティの負担が大きく、長期セッションは外部介入のリスクが累積しますため、本ゲームはワンゲームでの決着とさせていただきます。立ち去りたい方はいらっしゃいますか」
誰一人として、身じろぎ一つしなかった。嘘のように静まり返っている。
危険だとわかっていても、この勝負を最後まで見届けたいというギャンブラーたちの業が、広いカジノを水を打ったように静まり返らせていた。
「以上で説明を終了いたします」
沈黙が支配する中、ディーラーのオドが静かに前へ出た。真新しいトランプの封を破り、テーブルの上に美しい半円状に広げる。すべてのカードが揃っている事を二人に示す。
定められた手順でシャッフルを繰り返した。
緊張はあったが、それは正常だとオドは思った。だからいつも通りにやるだけだ。
(おれはあの時、オーナールームで死んでいた。けどイブンが、俺を再び勝負の場に蘇らせてくれた)
モダンカットとトラディショナルカットの僅かな違いを絶妙な指運びで探る。
一枚僅か1.5gの重さ。配る計五枚で7.5g程度。同量の水の方がはるかに価値がある。そんな紙切れで10億4000万もの金と命が動く。
(だからにいちゃん、今度は俺が助ける番だ)
美しいピッチングで二人の前に五枚のカードを配った。
葉巻を咥え直したクロコダイルは手札を確認する。
「チェンジ」
手筈通り、三枚のカードを交換する。
そっとカードの端を捲り、その表情を僅かに緩めた。完璧だ。仕込みに一切の狂いはない。最強の剣は、すでに手の中に揃っている。
(しかし……)
クロコダイルの鋭い視線が、対面のモアを射抜く。
(このガキ、10億の大勝負だってのに、こうも表情が変わらねェのが不気味だ)
対するモアは、手札を見た後も何の反応も示さなかった。安堵も、焦りも、その顔からは一切読み取ることができない。
(なんも考えてねえのか、それとも本物の博徒か……どっちにしろ終わりだがな、俺の店で舐めた真似しやがるからこうなる)
どのような奇跡が起ころうとも、このルールにおいて敗北の可能性はゼロだ。相手がどんな引きを見せようが、スートの優劣によって勝利する。
クロコダイルは盤上のすべてを支配した者の笑みを内に秘めていた。
カジノ全体を、針の落ちる音すら聞こえそうな静寂が包んでいる。
不用意に一言喋れば、あるいは不自然に動くだけで約三億ベリーのペナルティ。客たちは冷や汗を流しながら息を殺していたが、誰一人としてこの場から立ち去ろうとはしない。恐怖以上に、10億4000万ベリーの命運と決着を見届けたいという野次馬の業が、彼らをテーブルへ縛り付けていた。
モアのターンが終わればショーダウン。
祈りの手すら握る事が許されない中、夫人が噛み締める。
そして──
xxxxxx
xxxxxx
「それで、どうなったんだ。そのあんちゃんとクロコダイルの賭けは」
レインディナーズのバーラウンジで、当日居合わせなかった客が一部始終を目撃した男の話に固唾を飲んた。
ふらりと現れた田舎者が、一夜にして二十憶ベリーを手にするか否か。
興奮気味に話していた男だったが、そこに来て急にテンションを落として言った。
「……フォールドだ」
「はあ?」
「だから降りたんだよ、チェンジも無し、勝負から」
「なんだよそれ」
「参加費に全額突っ込んでるんだろ? 意味あるか?」
「じゃ手札がなんだったか永遠の謎かー」
「ハンドを見たっていうやつはいるが、ブタだのロイヤルフラッシュだのツーペアだのみんな適当な事抜かすから、どれが本当かわからん」
揶揄する言葉がラウンジに響く。一斉にビールを呷ったり、つまみをパクついた。
「しかもその後、
「なんだそりゃ、まあクロコダイルのお膝元で10億単位の金を奪おうってんだから、恐怖を覚えてもしょうがねえか」
「よほどハンドが悪くて冷静になったんだろ、降りた上で命乞いは当然さ。数千万ベリー程度で我慢しときゃよかったのによ」
あれやこれやとケチを付けだすが、ただ一人、いつものカウンター席でグラスを傾ける夫人だけは別の事を考えていた。
彼は確かにあの日、言ったのだ。ここの最後の賭けの結果はもう決まっている、と。
強がりや保険で言ったのではない。そう確信していた。敗北は織り込み済みで、別の思惑があったのだ。
夫人の確信を別のギャンブラーが代弁する。
「……けど一つ、どうしてもわからねえ事があってだな」
「なんだ」
「あいつは降りる時に言ったんだ。スペードのロイヤルフラッシュには勝てないって。どうしてショーダウン前にクロコダイルの手がわかったんだ? スートまで言い当てられたんだぜ」
相手のフォールドで勝利した場合、勝利プレーヤーのハンドの公開は自由だ。クロコダイルはモアの予知にも似た言動に小さな苛立ちを見せたが、期待するオーディエンスに対して手の内を悠然と晒した。
高いプライドと、圧倒的な勝者としての風格を誇示するか如く。
一同は沈黙する。あの場では可能な限りのイカサマが封じられていたはずだ。
納得できるだけの理由が思い浮かばない。
「ルーレットの時に誰かが言ってたが、ホントに未来がわかるのかね。ホントに」
「だったら、勝負なんて受けなきゃいいんだよ。負けるって未来を知ってるんなら」
「んまあ、そりゃそうだがよ。それはそれでつまらんだろ」
「おれは、たいしたやつだと思うがね。相手のハンドを読んで勝てないと判断したら降りる。ポーカーの神髄だろ。フォールドでハンドを伏せたのも味な真似だよ」
夫人は薄く笑い、グラスの縁をなぞる。
そう。ここでの最後の賭けは終わり。きっと彼は別の場所でゲームを続けているのだろう。それをクロコダイルは知っているのだろうか? いや、きっと金を守れて一安心といったところか。ルールもレートも知らないままにゲームテーブルに着かされているという非対称的状況なら、勝ち目など無いというのに。
面白い事はまだ続いている。もっと規模を大きくして。
(あの子はお金が欲しくてカジノに来たんじゃない、だからクロコダイルとの勝負はどうでもよかった。きっとここへ来たのはーー)
雨を降らせるために。
その期待に満ちた気分に針を刺す輩が隣の席に腰掛けた。
「聞いたぜ。昨日のポーカー、災難だったな。お気に入りだったんだろ、あのボウヤ。調子に乗ってクロコダイルさんに10億全額巻き上げられるとはな」
男の鼻につく態度にも、夫人は眉ひとつ動かさない。ただ、冷めた目線で一瞥をくれるとそれきりだ。
おっ、と目ざとい常連のテーブルでいつもの賭けが始まる。
「俺と組まないか、取り分はあんたが七でいい。損はさせない」
要するにパトロンが欲しいのだ。
夫人は一万べリー紙幣をカウンターに置くと、無感動に言った。
「わかったから、これで遊んでいらっしゃい。ママがお迎えに来たら帰るのよ」
男は苛立ちを滲ませる。
「……おい、あんたみたいに金しかない女に」
「この程度でお顔を真っ赤にしてるようじゃ、クロコダイルを前にお漏らしかしら?」
遠巻きに見ていた常連たちが吹き出す。
夫人はようやく博徒を気取る男を見やる、興味の欠片も無い冷たい瞳を向けて。
「少なくともあの子は10億4000万を背負って、クロコダイルを相手に顔色一つ変えなかったわよ」
そーだそーだと、氷の薔薇の毒舌がまた見れたと満足げな客たちが次々と野次を飛ばす。
「レインディナーズの氷の薔薇をなびかせたいなら、もっと器をデカくしてからにしな」
「負けはしたが、あいつはテーブルに着いたぞ!」
「てめえで種銭こさえてから来やがれ! モアは自前だぞ」
男はバツが悪そうにもごもごと何かを呟きながら、逃げるようにバーを立ち去っていった。
これこれ。これが見たかったんだよな。と客たちは満足そう。酒が美味い。
夫人は小さく溜息をつき、飲みなおそうとして辞めた。
カジノを出て、久々に辺りを散歩でもしてみる事にした。案外、面白い事は自分でも探せばあるかもしれないと思ったので。
事の顛末は当然のように地方紙に取り上げられ、後日、島全土が知ることとなる。無論、クロコダイルの大勝利の見出しだが、流浪の博徒の予知にも似た大立ち回りは格好のネタとなった。
当日の夜、砂漠をカルガモに乗ったモアたちが駆ける。目的は達した。レインディナーズに用は無い。
モアがナミを見やった。
「けど意外だな、最後に10億を捨てる案がナミから出るなんて」
「当然でしょ。最後の勝負で勝つ為の布石は打とうと思えば打てたけど、相手はクズ中のクズの海賊よ? あそこで勝って20億8000千万ベリーを持ったまま内乱を止める作戦なんて出来ないわ。バロックワークスを仕向けて回収するに決まってるもの。最後は負けなきゃいけなかったのよ!」
カジノで荒稼ぎする事はクロコダイルを釣る為の手段であり、目的ではない。むしろ最後の勝負では、モアは必ず負けなければいけなかった。ハンドを言い当て、未来を視れるという噂を立てて。
命乞いという形で、モアを殺せない掟を立てるため。
また、あれほどの大金をキャッシュアウトしてカジノから離れれば、実力行使で回収されるだけなのだから。
それでもナミは悔しさを噛み潰すように言った。
「アラバスタの一件が片付いたら、わたしが直々に荒稼ぎしてやるわよ」
ステューシーがいじけながら口を挟む。
「バロックワークスの幹部くらいならわたしが相手出来るって言ってるのに、ナミちゃんが信じてくれないんだもの……とはいえ、返り討ちにしてクロコダイルの関心を買いたくないしね。それより──」
少し陰鬱が滲んだ。その身を削るような作戦について。
「それよりこの後の王家の介入手段についてだけど、ビビちゃん、覚悟はいい? 後には退けないわよ」
「……ええ。大丈夫。心苦しいけど、お父さまもきっとわかってくれるはず。だけど、モアさん、本当に大丈夫なの? こんな作戦……」
「おれなら大丈夫」
ビビもナミも、胸を痛めて心配の目を向ける。
およそ常人には耐えられないだろう。
しかしモアには可能なのだ。クロコダイルによって緻密に計画された、遅延も停止も不可能と思われる国王軍と反乱軍の衝突に、例外的に停滞を設けられる存在。
ステューシーは私情を捨ててモアを計画に組み込んだ。
きっと耐えられる。
底であった事を知っているから。
;;;
:::
レインディナーズの地下深く。壁一面に巨大な水槽が広がる会議室で、クロコダイルは深々と革張りのソファに腰を沈めた。
葉巻の端を切り落とし、火を点ける。煙を口の中で転がし、ゆっくりと吐き出しながら、もう片方の手で琥珀色の満ちたグラスを傾けた。ウィスキーが喉の奥を灼く感覚を味わいながら低く息を吐く。
彼がこの国で動かしている莫大な資金の総量からすれば、先日争った10億ベリーという額は致命的なものではない。だが、それはあくまで流動的な総体として見た場合であって、みすみす取りこぼしてよい金額ではない。
あの生意気なガキから即座に資金を回収できたのは、些事といえば些事ではあるが、間もなく幕を開ける大計の前に片付いた好ましい結果だった。
例え負けてもバロックワークスに襲わせて回収するつもりだったが。
クロコダイルはグラスを置き、静かに椅子を回転させて背後に広がる巨大な水槽を見上げた。
分厚いガラスの向こうでは、獰猛なバナナワニたちがゆったりと影を落としながら水中を泳ぎ回っている。
理想国家建国、ユートピア作戦。
それは、長年にわたりダンスパウダーで国から雨を奪い続け、国民の不満を極限まで高めた上で、反乱軍と国王軍を潰し合わせるという惨絶な計画だ。膨大な死体の山の上に、新たな国を築く。
そして、宮殿のどこかにあるポーネグリフを解読し、古代兵器プルトンを手に入れる。
試算では数十万規模の死者が出るだろうが、クロコダイルにとって他人の命など構うことではなかった。海賊とは、圧倒的な恐怖と混乱の中にこそ真価を発揮するのだ。
計画を実行する幹部たちへの招集命令も終え、彼らがこのレインベースへ集結するのを待つばかりだった。
マネマネの実の能力を持つMr.2がコブラ国王に変装し国民の感情を逆撫ですれば、それがこの国の崩壊の合図だ。反乱軍を武装蜂起させるための武器も用意してある。王都アルバーナで国を二分する大規模な紛争が起こることは、もはや避けようのない運命にあった。
周到に根回しされ、緻密に計算し尽くされた国の乗っ取り。もう、誰にも止められない。
目前に迫った成功を予期し、水槽を見上げるクロコダイルの口元に薄く残酷な笑みが浮かんだ。
だがその静かな歓喜の時間を打ち砕くように、デスクの上の電伝虫がけたたましい音が鳴り響く。
「なんだ」
「ボ、ボス! 緊急連絡です! 行方不明だったビビ王女がコブラ王と合流し……現在、国王軍を率いて反乱軍の拠点へ向けて南下中とのことです!」
クロコダイルが怪訝に眉をひそめる。
あの平和ボケした国王自らが軍を率い、行方不明だったはずの王女と共に反乱軍を鎮圧する。そんな真似は、決して出来ない性格のはず。
緻密に描き上げた王都での衝突というシナリオには一切存在しない一手。
「大人しく王都で民の憎悪を受けていればいいものを、なぜ動く……!?」
苦々しく舌打ちをしたクロコダイルの瞳に、焦りと殺気が混じる。
何かがおかしい。奇妙な事態が起きている。あずかり知らぬ別の場所で、誰かが敵対している。
だがそれが何なのか、誰が糸を引いているのかがまったく掴めない。まるで四方を深い濃霧に包み込まれたかのような不快感に、クロコダイルは忌々しげに葉巻を灰皿に押しつぶす。
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クロコダイルは冷徹で、計算高い完璧主義者だ。海賊的行為でもってして物事を強引に進める辣腕家でもある。バロックワークスという大規模組織は情報網においても人海戦術においても有利だ。
そんな男が数年かけた計画を正面から遅延させたり破綻させる事は難しく、ましてや数十日で解決など不可能に近い。
だが、ステューシーは常に受け身な国王側が主導権を握る唯一の方法を提案した。
計画の遅延も破綻も無理なら、早めてやればいい。
反乱軍の拠点であるオアシス、カトレアの町外れ。
砂煙を上げて地平線を埋め尽くすように現れた国王軍の姿に、反乱軍の兵士たちは騒然となった。ついに国王が武力鎮圧に動いたのかと、怒号とともに武器を取る。
だが反乱軍リーダーのコーザは、ゆるやかな砂丘の向こうで足を止めた国王軍の陣形を双眼鏡で見据え、兵たちを制した。
「待て! 早まるな! ……見ろ、盾しか構えていねェ。装備が軽すぎる。あれは交戦する気で来た軍隊じゃねェ」
コーザの判断通り、国王軍はカトレアから一定の距離を置いて陣を張り、ただ静かに身を守る為の盾を持ち並んでいるだけだった。
とはいえ、いくら国王軍が武器を持っていないとしても反乱軍は対処の為に陣地を形成する。
互いに武器を持たず、誰も踏み込まない。巨大な二つの軍勢が、灼熱の砂漠を挟んで無言で睨み合う奇妙な膠着状態が生まれた。
国王軍は何のために派兵したのか。その疑念の先、緊張が支配する両軍の中央。軍事的緩衝地帯をモアが歩いていた。
兵たちの視線がいっせいにその一点に集まる。両陣営のちょうど中心で足を止めると、頭に被っていたマントのフードをバサリと脱ぎ捨てる。
モアは大きく息を吸い込み、静まり返った戦場によく通る声を響かせた。
「俺は、ビビ王女に頼まれてこのアラバスタに雨を降らせに来た!!」
その突拍子もない宣言に両軍の兵士たちがどよめく。
「一週間後、アラバスタ全土に三日三晩続く大雨が降る! 」
静寂ののち、反乱軍からは怒声が、国王軍からは少なくない困惑の声が漏れ出た。
「狂人か!?」
「雨が降るだと!? ふざけるな、なんでそんな事がわかる! 神にでもなったつもりか!」
「信じられない気持ちはわかる、あんたたちが受けた干ばつの苦しみも。国に対する不満は、俺にはわからないけど踏みにじるつもりはない。だからもし一週間後に雨が降らなければ俺を殺せ」
モアは焼け付くような砂の上に胡坐をかき、座り込む。
「逃げて約束を有耶無耶にするつもりは無いし、おれはここから動かない」
両軍の兵士たちは顔を見合わせた。日中の気温は五十度近くまで上がり、夜は氷点下まで冷え込むこの過酷な砂漠のど真ん中で、水も持たずに一週間座り続けるなど自殺行為以外の何物でもない。
「放っておけ……どうせ数日で音を上げる」
誰もがそう高を括り、男の狂言として処理しようとした。
だが本格的な内乱勃発を望まぬコーザとしては光明に思えた。
国王に対する反乱軍の不平不満は高まるばかりで、なにかの切っ掛けでいともたやすく爆発するだろう。そうなれば反乱軍のリーダーとして、王都進攻の旗を振らざるを得ない。
故にこの膠着状態が本当に雨が降るまでの時間稼ぎなら、いかに突拍子が無くとも甘受する。
ビビが直々に連れて来た男というなら、その目算があるはずだ。
一日が過ぎ、二日が過ぎても、モアは微動だにしなかった。
照りつける太陽の下でも、凍えるような夜風の中でも、岩のように座り続けていた。周囲の者たちが呆れ果てる中、じっと耐えていた。
飢えと渇き。
それは底にとって生れ落ちた瞬間からその背に突き立てられた掟であり、あの狭い世界を動かしていた規則なのだから。