赤魔道士は今日も黙って蘇生する   作:イカ姉

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第2話「もう一回」

『Alice Ecarlateからの蘇生を受けますか?』

 

 映像の中の私は起き上がった。

 身体にはまだ、蘇生された直後の淡い光が残っている。

 私は、すぐに弓を構えた。

 矢をつがえる。

 引く。

 

 その瞬間、身体を包んでいた光が消えた。

 同時に、次の攻撃が来た。

 死んだ。

 

「ここね。ちょっと覚えてて」

 

 アリスさんが映像を止めた。勘弁して。

 結局、この日の午後は休暇を取った。

 理由は、昨日の私の死亡記録を見直すため。

 

 ……何なんだ、この休暇。

 何で自分の死んだ瞬間を。

 仕事を休んでまで、覚えなきゃいけないんだ。

 

「……私、また死んでますけど」

「うん。そうだね。じゃあ次」

 

 そうだね?

 ……この人はどこまでも、人の気持ちを汲もうとしてくれない。

 

『Alice Ecarlateからの蘇生を受けますか?』

 

 また起こされた。

 今度の私は、すぐには弓を構えなかった。

 いや。

 構えなかった、というより。

 構えられなかった。

 また死んだことが恥ずかしくて、身体が動かなかった。

 その間にも、敵の攻撃は来た。

 

 大きな衝撃が戦場を走る。

 

 けれど。

 私の身体には、何の衝撃も届かなかった。

 残っていた淡い光が、それを受け止めていた。

 私は、倒れなかった。

 

 その直後、ヒーラーさんから癒やしの魔法が届いた。

 傷ついた身体に力が戻っていく。

 

「これ、よかったよ」

 

 何が。

 私はまだ、何がよかったのか分からなかった。

 恥ずかしくて、動けなかっただけなのに。

 

「これね」

 

 アリスさんが映像を少し戻した。

 蘇生された私の身体に、淡い光が残っている。

 

「この光の加護は、蘇生してから数秒だけ残るの」

「その間は、敵の攻撃から守ってくれる」

「……数秒?」

「うん。ヒーラーが回復を入れるまでの時間くらいはね」

 

 アリスさんが、一つ前の映像を指した。

 

「でも、自分から攻撃すると、その時点で加護が消えちゃう」

「……え?」

「2回目は撃たなかったから加護が残った。だから回復も間に合った」

「…………」

 

 つまり。

 

 頑張ってすぐ戦おうとした私は死んで。

 恥ずかしくて何もできなかった私は、生き残った。

 ……なんだそれ。

 

「……撃っちゃ駄目なんですか」

「ううん」

 

 アリスさんは首を振った。

 

「起きた直後だけ。回復が来るまで無理に撃たなくていいよ」

「…………」

 

 それなら、昨日の私は。

 起きたら、一秒でも早く役に立たなきゃと思って。

 自分で、自分を守っていたものを消していた。

 

「……知らなかったです」

「うん」

 

 アリスさんは、それ以上何も言わなかった。

 少しして、口を開いた。

 

「あと、もうひとつ確認していい?」

「……まだあるんですか」

「うん」

 

 嫌な予感しかしない。

 

「いつも戦う時みたいに、的を攻撃してみてもらっていい?」

「……今ですか?」

「うん。昨日、撃ってる時も気になったから」

 

◇◇◇

 

 弓術士ギルドの射場には、いくつかの的が並んでいた。

 遠くで、時々弦の鳴る音がする。

 矢が的に刺さる乾いた音もする。

 私は、その一つの前に立った。

 

「じゃあ、一回だけ」

「……はい」

 

 私――ルーシー・ミラーは、冒険者としては一応、吟遊詩人だ。

 弓だって、昨日から突然持ち始めたわけじゃない。

 だから、いつもの攻撃くらい、別にどうということはない。

 

 一回だけ。

 この人は多分、どれくらいちゃんと矢を当てられるかを見たいのかな。

 だったら、せめて真ん中には当てたい。

 

 弓を構える。その時。

 アリスさんが、じっとこっちを見ていることに気づいた。

 

「…………」

 

 うう。

 さっきまで、私の気持ちを察してよって思っても全然通じなかったのに。

 矢を撃つところは、すごく見てくるんだ。

 

 何この人。

 急に緊張してきた。

 足の位置、これでよかったっけ。

 弓の持ち方は。

 矢をつがえる位置は。

 

 真ん中。ちゃんと当てなきゃ。

 

 矢筒から矢を抜く。

 弦につがえる。

 左手。肩を上げない。

 指をかける。

 弦を引く。

 

 重い。狙いを的に合わせる。

 少し右にずれた。

 左へ戻す。いや、戻しすぎた。

 今度はまた右。

 

 ……いつ放せばいいんだろう。分からなくなってきた。

 今? まだ?

 

「ルーシー。息」

「…………」

 

 はっ。

 いつから息を止めていたんだろう。

 一度、弓を下ろした。

 ゆっくり息を吐く。

 もう一度、静かに吸う。

 それから弓を上げた。

 

 弦を引く。

 的の中心に狙いを合わせる。

 

 今。

 弦が鳴った。矢が的に刺さった。

 真ん中ではない。

 でも、そんなに外れてもいない。

 

 よし。矢筒へ手を伸ばす。

 二射目は、さっきとは違う技。

 

 ……何だっけ。

 一瞬、手が止まった。

 

 順番を頭の中でたどる。

 ああ。そうだ。次はこっちの技。

 慌てて矢をつがえる。足の位置を半歩ずらす。

 でも今度は、技のことを考えていたせいで、狙いが少しずれている。

 戻す。

 肩。これでいい。

 指。合ってる。

 呼吸を整える。

 弦を引く。

 よし、放つ。

 

 次は――。

 また、考える。

 

 次に使う技。

 その次の順番。

 矢をつがえる手。

 狙いを定める。

 呼吸。

 

 一個終わるたびに、次の一個を頭の中から探している。

 

「…………」

 

 一通り、技を出し終えた。

 ……よかった。

 矢は全て、的に当たっていた。

 私は、安堵して思わずアリスさんを見た。

 ところが。

 アリスさんは、的を全く見ていなかった。

 

「…………え?」

 

 見ていたのは、私だった。

 的、見ないんだ。

 

「二射目の前、ちょっと止まったよね」

「……はい」

「何考えてた?」

「次、何をすればいいんだっけって」

「その次は?」

「……その次に何をするかを」

「そう」

 

 そこなんだ。

 それから、少し迷ってから、付け足した。

 

「あと……真ん中に当てなきゃって」

「なんで?」

「…………」

 

 なんでって。

 

「見てもらっているので……」

「今はそこ、見てないよ」

「…………」

 

 じゃあ、何をそんなに見てたの?

 アリスさんは少し考えてから、まったく別のことを聞いてきた。

 

「普段、考えなくてもできることってある?」

「……普段?」

「うん。何でもいいけど」

 

 何でも……

 そんなこと、突然聞かれても困る。

 考えなくてもできること。

 

「…………料理、とか」

「料理するんだ」

「上手じゃないですけど」

 

 本当に上手ではない。

 初めて母と一緒に台所に立った時なんて、玉ねぎ一個で固まった。

 

「これって一個使うの? 半分でいいの?」

「どう切ればいいの? 薄く切るの? みじん切り? どのくらい細かく?」

「これ、頭から切ればいいの? 根っこから切ればいいの?」

 

 包丁を持ったまま次々聞いていたら、母に言われた。

『もう、ルーシー。そんなの適当にやってちょうだい』

 

「たぶん、普通にはできると思います」

「普通って、どのくらい?」

「どのくらい……」

 

 今なら、母が鍋を見ていたら、その間に皿を出す。

 次に使いそうな道具を用意する。

 玉ねぎを切りながらでも、鍋を見る。

 邪魔にならないように、立ち位置も変える。

 

「最初は、一個ずつ聞いてたんです。でも今は、見ればだいたい分かるようになって」

「どうして?」

「…………」

 

 それは。

 

「玉ねぎ、いっぱい切りました」

 

 自分で言っていて、ものすごく地味だった。

 でも、本当にそれくらいしか思い当たらない。

 

「最初は、玉ねぎを切るだけで頭いっぱいだったんです」

「でも何回も切ってるうちに、そこはあんまり考えなくてよくなって」

 

 アリスさんの視線が、私の手元へ落ちた。

 弓。

 

「たぶん、それ」

「…………」

 

 私も弓を見る。

 ……なるほど。

 どうやら私は今。

 玉ねぎ一個の前で、立ち尽くしている昔の私と、同じだ。

 

「もう一回、やってみる?」

「……はい」

 

 最初から。

 一射目。

 矢をつがえる。

 撃つ。

 

 二射目。

 また少し止まった。

 

 三射目。

 やっぱり、一度考えた。

 

 最初から、もう一回。

 

 射場に、弦の音が響いた。

 一通り終えたら、的から矢を回収する。

 戻って、また最初から。

 

 そのうち、何回繰り返したか、分からなくなった。

 

「私、ちょっと用事あるから」

「え?」

 

 振り返ると、アリスさんはもう荷物を持っていた。

 

「続ける?」

「……はい」

「分かった」

 

 それだけ言って、行ってしまった。

 

「…………」

 

 行くんだ。

 私は、また的を見る。

 一射目。

 二射目。

 三射目。

 

 また射る。

 水を飲む。

 少し手を休ませる。

 

 それから、また立つ。

 

 いつの間にか、射場を横切る影が長く伸びていた。

 

 弦の音。

 矢の刺さる音。

 また、弦の音。

 一回。

 もう一回。

 

「……まだやってたの?」

 

 声に振り向いた。

 アリスさんが立っていた。

 

「……はい」

「ずっと?」

「途中で休みました」

「そう」

 

 アリスさんは、一度だけ射場を見回した。

 的には、いくつもの矢の跡が残っていた。

 

「もう一回、いつも戦う時と同じように撃ってもらっていい?」

「はい」

 

 すっと、的へ向く。

 矢をつがえる。

 引く。

 放つ。

 

 弦が鳴った。

 一射目を放した瞬間には、もう次の矢へ手が伸びていた。

 二射目。今度は別の技。

 でも。

 次は何だっけ、とは思わなかった。

 矢をつがえる。

 引く。

 放つ。

 

 次。

 さらに次。

 弦の音が、途切れず続いた。

 

 気がつけば、一連の流れを最後まで撃ち終えていた。

 

「…………」

 

 アリスさんが聞いてきた。

 

「今、足の位置、考えた?」

「……いえ」

「矢をつがえる時は?」

「それも……」

「次に何の技を使うかは?」

「…………」

 

 思い返す。

 

 一射目のあと。

 二射目のあと。

 その次も。

 

 さっきまでは、一つ撃つたびに頭の中から次を探していた。

 今は。

 

「……考えてませんでした」

 

 なのに。

 ちゃんと、次の矢は出ていた。

 

 そこで気づいた。

 さっきまで。

 足。

 肩。

 指。

 呼吸。

 次の技。

 その次の順番。

 

 一つ一つ、全部、確認していたのに。

 今は、ほとんど考えていなかった。

 

「…………」

 

 アリスさんが的を見る。

 今度は、ちゃんと的を見た。

 ほんの一瞬、目を向けただけだったけど。

 

「じゃあ、行ってみる?」

「…………どこへ?」

「昨日のところ」

「もう、ですか?」

 

 思わず聞き返した。

 

「まだ、全然――」

「ここだと、相手は動かないから」

「…………」

「誰も攻撃してこないし」

 

 それは。

 そうなんだけど。

 さっきまで、技を一通りこなすだけでも精一杯だった。

 やっと少し慣れてきたところなのに。

 もう実戦。

 

「…………」

 

 ものすごく行きたくない。

 でも。

 私は、弓を握り直した。

 

◇◇◇

 

 前回と同じ、大規模戦だ。

 人が多い。敵も多い。

 飛び交う魔法も、響く武器の音も、昨日と同じ。

 

「…………」

 

 帰りたい。

 ものすごく帰りたい。

 

 でも。

 弓を構える。

 敵が動いた。

 まだ攻撃は来ていない。

 けれど、数秒後に危なくなる場所だけが、先に分かる。

 

 そこから一歩出る。

 矢をつがえる。

 放つ。

 次。

 もう次の矢へ手が伸びている。

 放つ。

 その次。

 

 横を走る仲間が、視界に入った。

 

「…………」

 

 敵が大きく腕を振り上げる。

 数秒後に危なくなる場所が分かる。

 

 それでも、弓は止まらない。

 次の矢。

 さらに次。

 

 ――その時だった。

 

 頭の上に、前回も見た光が現れた。

 

「…………」

 

 黄色い光。

 何本もの光が、私だけを指している。

 

 何だっけ。前の時も見た。

 でも前回は、見えたと思った時には、もう死んでいた。

 周りを見る。

 仲間が、こっちへ走ってくる。

 

「…………え?」

 

 一人じゃない。何人も。

 私から逃げるわけじゃない。

 近づいてくる。

 

 ……ということは。

 これ、みんなで集まるやつ?

 

「あ」

 

 分かった。

 たぶん、分かった。

 

 でも。

 

 分かった時には、もう私は動いてしまっていた。

 反射的に、人のいない方へ逃げていた。

 

 止まる。

 慌てて戻る。

 仲間たちも、こっちへ来る。

 

 待って。

 

 間に合って。

 あと少し。

 

 光が弾けた。

 大きな衝撃。

 

 私は、また一人で死んだ。

 

「…………」

 

 視界が落ちた。

 

『Alice Ecarlateからの蘇生を受けますか?』

 

 来た。

 前回、嫌というほど見た名前。

 

 1回目。蘇生を受ける。

 身体が起き上がる。

 淡い光が身体を包んだ。

 

 反射的に弓へ手を伸ばしかけて。

 止めた。

 

 待つ。

 

 敵の攻撃が来た。

 光が、それを受け止める。

 その直後。

 ヒーラーさんから癒やしの魔法が届いた。

 身体に力が戻る。

 

「…………」

 

 よし。

 今度は、回復を確認してから、弓を構えた。

 矢をつがえる。

 放つ。

 

 次。

 さらに次。

 

 少しして。

 今度は、何人もの周りに円い光が同時に現れた。

 私にも。

 

「…………」

 

 さっきとは違う形。

 周りを見る。

 光をまとった人たちが、互いに離れていく。

 

 なるほど。

 今度は逆なんだ。

 集まるんじゃない。

 離れるんだ。

 

 分かった。

 右。私は走った。

 

 同時に。

 私のすぐ隣にいた人も、右へ走った。

 

 えっ。

 

 近い。

 まずい。

 慌てて左へ逃げる。

 

 でも、相手もこっちに逃げてくる。

 

 ……えっ?

 

 もう一回、右に行く。

 相手も右に来る。

 何でこっちについてくるの!?

 ――光が大きくなる。

 

 待って待って待って。

 

 間に合わない。

 二つの光が重なった。

 

「…………」

 

 死んだ。

 

『Alice Ecarlateからの蘇生を受けますか?』

 

「…………」

 

 2回目。早い。

 本当に早い。

 死んだと思った次の瞬間には、もう来てる。

 

 アリスさん。

 ……あなた、どこで見てるの?

 

 蘇生を受ける。

 起き上がる。

 淡い光。

 今度は、迷わなかった。

 

 撃たない。

 待つ。

 敵の攻撃。

 光の加護。

 その直後に、回復。

 そこまで待ってから弓を構える。

 矢を放つ。

 

 次。

 さらに次。

 

「…………」

 

 2回死んだ。

 死んだ、という結果だけなら、昨日と同じだ。

 でも。

 

 1回目。

 集まるものだと分かった。

 

 2回目。

 離れるものだと分かった。

 

 分かった。どっちも。

 ただ、間に合わなかった。

 

「…………」

 

 分からないのと。

 分かったのにできないのは。

 きっと、同じじゃない。

 

 敵が、また動いた。

 私は、戦場を見る。

 前の敵。

 横の仲間。

 次に危なくなる場所。

 

 矢筒を見なくても。

 もう次の矢は、指の間にあった。

 

◇◇◇

 

【次回予告】

 

 今日の目標は、一つだった。

 死なない。

 もう少し正確に言うなら。

 

 Alice Ecarlateに、蘇生魔法を使わせない。

 絶対に。

 

◇◇◇

 

 

 ――その日の戦いが終わったあと。

 

 

「今日は2回だったね」

 

 アリスさんが言った。

 毎回、そこまで正確に覚えてなくてもいいと思う。

 

「減ったね」

「…………」

 

 減った。

 確かに。

 前回は、何が起きているのかも分からないまま死んでいた。

 

 今日は。

 集まるものだと分かった。

 離れるものだとも分かった。

 間に合わなかったけど。

 

 それでも。

 

「……アリスさん」

「なに?」

 

 少し迷った。

 でも。

 

「もう一回、行きたいです」

 

アリスさんが私を見る。

 

「今?」

「今じゃないです」

 

 さすがに。

 

「明日です。もう一回、同じところに」

「うん。いいよ」

 

 あっさり返ってきた。

 

「今度は、もう少しできると思うので」

「そうだね」

 

 アリスさんは、少しだけ間を空けた。

 それから、本当に何でもないことみたいに言った。

 

「もしまた死んでも、私も蘇生の練習ができるし」

 

 ……

 …………は?

 待って?

 

「……私、蘇生の練習台だったんですか?」

「違うよ」

 

 即答だった。

 なんだ、よかった。

 

「死なない方がいいに決まってる」

 

 うん。

 それなら――

 

「でも死んだら、誰かが起こすでしょ」

「…………」

「その時は、私の練習にもなる」

「…………」

 

 ……よくなかった。

 

 この人。本当に。

 どこまでも。

 

 私は、弓を握り直した。

 

「次は絶対、アリスさんに蘇生魔法を使わせませんから」

「うん」

 

 アリスさんは普通に頷いた。

 

「頑張って」

「…………」

 

 分かっていない。

 この人、絶対分かってない。

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