赤魔道士は今日も黙って蘇生する   作:イカ姉

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【第2章 悪報歓迎編】
第4話「顔合わせは戦場で」


Misfits Liminal。

アリスさんが参加しているコミュニティの名前。

私がそこに加入して、最初の顔合わせの日。

 

私は、南方ボズヤ戦線にいた。

 

「アリスさん」

「なに?」

「メンバーに会わせてくれるって話ですよね?」

「うん」

「……なんで戦場なんですか」

「みんないるから」

「居場所の話をしてるんじゃないんです!!」

 

私は顔合わせのために、依頼調整官の仕事まで休みにした。

休暇の日に戦場へ来るとは聞いてない。

 

「せめて先に言ってください!」

「言ったよ」

「南方に行くって……南方ボズヤ戦線の『南方』のことだったんですか!?」

「そうだけど」

「そこ省略しちゃいけないところでしょう!?」

 

アリスさんはもう前を向いていた。

聞いてない。

この人、もう聞いてない。

 

ウトヤ前哨地では、思っていた以上に人が動いていた。

その中をアリスさんが普通に歩いていく。

少し先に、大柄なアウラ族の男性がいた。

かなりがっしりしている。

何人かに囲まれて、何か話していた。

 

「サイラス」

 

男が振り向く。

 

「なんだ」

「新しい子を連れてきた」

 

アリスさんが私を見た。

 

「ルーシー。できる子だよ」

「…………」

 

えっ。

紹介、これで終わり?

 

 

◇◇◇

 

 

「ルーシー・ミラーです。よろしくお願いします」

「サイラス・バートラムだ。よし分かった、悪い知らせは?」

「……何が『よし分かった』なんですか?」

「名前だ」

 

自己紹介で名前の次に悪い知らせを要求された。

初対面の相手に聞く内容としておかしくないですか?

 

「じゃあ紹介したし、私、向こう行ってくるね」

 

アリスさんが言った。

……は?

 

「あっちで負傷者いるみたいだから」

「え、待ってください」

「サイラスいるから大丈夫」

 

スタスタとアリスさんは行ってしまった。

悪報しか聞いてこない男の前に、ぽつんと私一人。

 

「…………」

「…………」

 

……アリスさん。

一人目からコレなんですか?

 

「ルーシー」

「……はい」

 

サイラスさんが足元にあった小さな鞄を持ちあげた。

 

「持てるか」

「……これくらいなら」

「なら、これをミーシィヤという人に届けてくれ」

「ミーシィヤ?」

「ルガディン族の女だ。前線の方にいる」

 

早い。話が早すぎる。

できるかどうかの確認が、物理的に持てるかどうかしかない。

しかもこのコミュニティ、新人研修が存在しない。

 

「今会ったばかりですよね?」

「アリスができる奴だと言ったからな」

 

信用の根拠、雑すぎじゃありませんか。

 

◇◇◇

 

帝国兵を見つけた。

一人だけ。距離はある。

こちらには気づいていない。

 

これなら、少し離れて通れば――

帝国兵がこちらに振り向いた。

 

「……!」

 

目が合った。

向こうが武器を構えて、まっすぐこっちへ向かって来た。

 

「一人なら……」

 

弓を構え、すぐに一射。

しっかり当たった。

 

「……え?」

 

なのに、敵は全く怯まない。

思わずリンクパールに触れた。

 

「サイラスさん!」

『どうした』

「帝国兵に見つかりました!」

『何体だ』

「一人です!」

『倒せそうか』

 

急いでもう一射。

当たった。それでも止まらない。

 

「無理です!」

『逃げろ』

 

逃げた。

でも、帝国兵も追いかけてきた。

さらに走った。

まだ追って来る。

 

「いつまで来るの!?」

 

普通の魔物なら、とっくに帰ってる距離なんだけど!?

帝国軍、勤務態度が真面目すぎるでしょ。

 

急いで塹壕を曲がったら、前に人影が現れた。

助かった――いや、帝国兵だった。

 

「あ」

 

向こうも気づいた。

追いかけて来る兵士が倍になった。

 

「もう一人、敵に見つかりました!」

『いいぞ』

「な、何がいいんですか!?」

『場所は』

「えっと、塹壕を曲がったところ!」

……普通に答えてしまった。

私も大概だった。

 

そのまま走った。前に女の人がいた。

ルガディン族の女性だ……たぶん、この人だ。

 

「ミーシィヤさん!?」

 

その人が振り返った。

よかった、この人がミーシィヤさんだ。

 

「え?」

「サイラスさんから!」

 

走りながら鞄を掲げた。

ミーシィヤさんの視線が、私の後ろへ動いた。

 

「待って、あんた兵士連れてきてる!」

「好きで連れてきたんじゃないです!!」

「逃げるよ!」

「はい!!」

「こっち!」

 

ミーシィヤさんが、崩れた壁へ走った。

 

「壁ですよ!?」

「その裏!」

 

あった。壕があった。

私にはただの壊れた壁にしか見えなかったのに、ミーシィヤさんには道らしい。

その後も、私には道に見えないところを通った。

しばらく走って、ようやく追っ手の足音が消えた。

 

「……もう、大丈夫」

「……」

「大丈夫?」

「……息は、大丈夫じゃ、ないです」

 

それでも、今度こそ逃げ切れたと思った。

 

「第IV軍団の兵士は、普通の魔物と同じ感覚で近づいちゃ駄目だよ。遠くから気づくし、結構追ってくるから」

「今、身をもって知りました」

 

できれば最初から教えて欲しかった。

 

「ここ、初めて?」

「はい」

「そうなんだ」

「あ、そうだこれ……サイラスさんから」

 

頑張って持ってきた鞄を渡した。

 

「ありがとう」

「これを届けるだけだったんです」

「うん」

「本当に、それだけだったんです」

「……大変だったね」

 

初めてまともに労われた。

この人、好きだ。

 

「あなたがミスフィッツ・リミナルでよかったです」

「私、違うけど?」

「……え?」

 

嘘でしょ……

まともな人だけ所属が違った。

 

◇◇◇

 

ようやくウトヤが見えた。今度こそ帰れる。

その時、一人の冒険者が、私たちの横を走り抜けた。

私たちが戻って来た反対方向へ。

二人、五人、十人。

どんどん増える。

全員、私が死ぬ思いで逃げてきた方へ走っていく。

 

「……なんで?」

「スカーミッシュが始まった」

「なんでみんな戻るんですか?」

「戦うため」

 

私が必死で逃げてきた場所が、集合場所になった。

壕の向こうから、巨大な植物が跳ねた。

 

「……植物ですよね」

「クラリシーの魔獣」

 

植物まで戦力扱いなんだ。

 

「とにかく、今はウトヤに戻るよ」

 

ミーシィヤさんとともに走り出した。

その途端、目の前に何かが落ちて、地面が弾けた。

 

「うわっ!」

 

さっきまで通れた道が、魔獣と冒険者で埋まった。

 

「こっち!」

 

攻撃が飛んでくる。避ける。

一射。次の矢。

……ちゃんと動けた。

 

「ルーシー!」

「はい!」

 

ミーシィヤさんの後を追って、戦場の端を抜けた。

ようやくウトヤ前哨地まで戻った。

サイラスさんは、まだそこにいた。

 

「よし。戻ったか」

「戻りました」

「悪い知らせは?」

「……三つあります」

「言え」

 

なんで私までこの形式に慣れてるんだろう。

 

「帝国兵は思ってたよりずっと遠くから見つけてきます」

「知ってる」

 

その情報、出発前に欲しかった。

 

「二つ目は」

「しかも、ずっと追いかけてきます!」

「それも知ってる」

 

重要事項が全部、事後なんですけど。

 

「三つ目」

「私、冒険者としてはまだ駆け出しです」

「…………」

 

サイラスさんが初めて黙った。

 

「悪い知らせだ」

 

それは最初に知っておいて欲しかった。

 

◇◇◇

 

「アリスから、ここについて何を聞いた?」

「何をって……南方に行くよ、と」

「それだけか」

「あと、みんながいる、と」

「…………」

 

また黙った。今日二回目だ。

どうやら私は、この人を黙らせる才能があるらしい。

サイラスさんがリンクパールに触れた。

 

「アリス」

『なに?』

「戻ってこい」

『いま?』

「今だ」

『……分かった』

 

数分後。

アリスさんが戻ってきた。

 

「どうしたの?」

 

サイラスさんが私を指した。

 

「こいつ、冒険者としてはまだ駆け出しだそうだ」

「うん」

 

うんって。

知ってたでしょ?

 

「ボズヤも初めてだ」

「うん」

 

知ってたでしょ!?

 

「俺に言ったか?」

「言ってない」

「なんでですか!?」

 

アリスさんが私を見る。

 

「サイラス、最初に悪い知らせを聞くから」

「はい?」

「最初に、ルーシーから言うと思ってたんだよね」

「自己申告制だったんですか!?」

 

サイラスさんが額を押さえた。

この人でも疲れるんだ。

 

「アリス」

「なに?」

「本人が、それを悪い知らせだと思ってなかったらどうする」

「…………」

 

アリスさんが私を見る。

きょとんとした顔だ。腹が立ってきた。

 

「……そこは考えてなかった」

 

考えてください。

 

「ごめん」

 

短く言って、アリスさんが頭を下げた。

謝罪が早い。反省もたぶん本物だ。

でも私は今日、帝国兵二人に追いかけられている。

 

「じゃあ、今説明するね」

「今からですか?」

「うん」

 

遅い。ものすごく遅い。

アリスさんが指を一本立てた。

 

「まず、第IV軍団の兵士は遠くからでも気づくことがある」

「さっき知りました」

 

指が二本になる。

 

「一度見つかると、結構ずっと追ってくるから気を付けて」

「それもさっき知りました」

 

三本。

 

「無理そうなら戦わないで逃げる」

「やりました」

「できてる」

「そうじゃないんですよ! 実地試験だったんですか!?」

 

アリスさんは少し考えた。

 

「あと、スカーミッシュというのが始まると――」

「人がいっぱい集まってきます」

「うん」

「巨大な植物も出ました」

「それは毎回じゃない」

 

そこだけ訂正された。

サイラスさんが口を挟んだ。

 

「もういい」

 

珍しく私と意見が一致した。アリスさんが黙った。

 

「次から、分からないことがあったら先に言ってくれ」

「分からないことを、ですか?」

「ああ」

「でも、何を聞けばいいのかも分からない時は?」

「それこそ一番先に言ってくれ」

「どうやって?」

「『何を聞けばいいかも分からない』でいいから」

 

雑だ……

でも今日聞いた中では、一番役に立ちそうだった。

 

「悪い知らせは、早い方がありがたい」

「敵が増えた。物が足りない。人が来ない。何も分からない」

「全部、早く分かった方がいい」

「早く分かるほど対処のしようがあるからな」

 

……ああ。だから「いいぞ」なのか。

じゃあ、もう一つある。

 

「ミーシィヤさん、ミスフィッツ・リミナルじゃなかったんですけど」

「そうだな」

「知ってたんですか!?」

「当然だ」

 

またこのパターンだ。

 

「……今日、誰に会いました?」

 

アリスさんがサイラスさんを指す。

 

「サイラスさん一人ですよね?」

「うん」

 

今日やったこと。

仕事を休んだ。

戦場へ連れてこられた。

初対面の大男に荷物を持たされた。

帝国兵に追いかけられた。

知らない人と一緒に逃げた。

巨大な植物にも襲われた。

 

これだけあって。

会えたメンバーは、たった一人。

 

「顔合わせって、こんなに命懸けでしたっけ?」

「今日はちょっと忙しいから」

「その情報も先に言ってください!」

 

アリスさんが頷いた。

 

「次からそうする」

 

本当に分かってるのかな。

ものすごく不安だった。

 

「ところで」

 

サイラスさんが言った。

 

「もう一つ、悪い知らせがある」

「まだあるんですか?」

「ああ」

 

サイラスさんは、前線の方を見た。

 

「今日の顔合わせは、まだ終わってない」

 

アリスさんが頷いた。

 

「あと何人ですか?」

「近くにいる人から順番に」

「人数を聞いてるんです!!」

 

最悪だ。こんな顔合わせがまだ続くのか。

……今日はもう帰れると思ってたのに。

 

◇◇◇

 

【次回予告】

 

「俺はダミル・ラドヴィク。よろしく」

「ルーシー・ミラーです。よろしくお願いします」

 

普通だ。

ちゃんと名乗ってくれた。

悪い知らせも聞いてこない。

いきなり荷物も渡してこない。

 

……よかった。

この人はまともそうだ。

 

「ダミル」

 

アリスさんが呼んだ。

 

「なに?」

「今日受けた依頼、何件目?」

「依頼じゃない。信頼だ」

 

……駄目だ。

こいつも何言ってるんだ。

 

 

『赤魔道士は今日も黙って蘇生する』

第5話――「依頼じゃない。信頼だ」

 

 

「で、何を引き受けたんですか?」

「ちょっと戦線の奥まで」

「『ちょっと』の距離じゃないですよね、それ!?」




第2章『悪報歓迎編』が始まりました。
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