顔合わせは、まだ終わっていなかった。
次に会った人は、人に囲まれていた。
「ダミルさん、これ補給班に」
「分かった」
「帰りに南側も見てもらえるか?」
「ああ、やっておく」
「悪い、これも」
「OK。いいぞ」
次々と仕事が増えていく。
「ダミル」
アリスさんが呼んだ。
男の人が振り向く。
「なに?」
「前に伝えてた、新しい子」
「ああ」
こっちへ来る。
「俺はダミル・ラドヴィク。よろしく」
「ルーシー・ミラーです。よろしくお願いします」
……普通だ。
ちゃんと名乗ってくれた。
悪い知らせも聞いてこない。
いきなり荷物も渡してこない。
……よかった。
この人はまともそうだ。
「ダミル」
「なに?」
「今日受けた依頼、何件目?」
「依頼じゃない。信頼だ」
……駄目だ。
こいつも何言ってるんだ。
「何件ですか?」
「…………6」
6件だった。
「ダミル!」
向こうから兵士が走ってきた。
「悪い、北側の観測班にこれも頼めるか?」
ダミルさんが笑った。
「任せろ。頼られたからには――」
「7件目です」
「ちょっ、最後まで言わせろ」
「増えてるんですよ!」
「ハハハ。同じ方向だ、ついでだろ」
「件数の話です!」
「目的地が近いなら一件だ」
「その数え方やめてください!」
出た。
この人の『ついで』は信用しない方がいい気がする。
◇◇◇
「よし、じゃあ行くか」
ダミルさんが荷物を持ち上げた。
「それで、何を引き受けたんですか?」
「なあに、ちょっとばかし戦線の奥まで」
「『ちょっと』の距離じゃないですよね、それ!?」
北側の観測班まで、荷物を届けるらしい。
また荷物だった。
私はアリスさんを見る。
「私も行くんですか?」
「顔合わせだからね」
「……どういう理屈ですか!?」
「ダミルと話せるでしょ」
確かに話せる。
話せるけど。
「アリスさんも来ますよね?」
「私はここにいるよ」
「また!?」
「あっち、重傷者がいるから。治療の手が足りないって」
そうだった。
この人、赤魔道士だった。回復魔法もできるんだ。
たまに忘れそうになる。
ダミルさんが私を見た。
「無理なら残っていいぞ」
初めて選択肢をもらった。
このコミュニティにも新人への配慮はあったらしい。
でも、さっきは何も知らずに一人で歩いて酷い目に遭った。
今度は、ボズヤを知ってる人が一緒にいる。
だったら、一緒に行った方がいい。
「……行きます」
「OK。分かった」
「でも、一つだけ」
「なんだ?」
「本当に荷物を届けるだけですよね?」
「ああ、そうだ」
この時。
私はちゃんと確認した。
ちゃんと確認したのに。
ウトヤ前哨地を出て、3分経ったかどうか。
レジスタンスの兵士がこっちへ走ってきた。
「ダミル!」
「ちょうどよかった。中継地点まで、これ持ってってくれないか?」
大きな箱だった。
「ハハハ。同じ方向だな。ついでだ」
嫌な言葉が聞こえた。
8件です。
「ちょっと待ってください」
「どうした?」
「今、いきなり一件増えましたよね?」
「ついでだ」
「たった3分でですよ!?」
少し歩いたところで、前から別の兵士たちが走ってきた。
まただ。
「すみません!」
嫌な予感がする。
「観測班のところに行くなら、この報告も持っていってもらえませんか?」
今度は紙を差し出された。
ダミルさんは躊躇なく受け取った。
「分かった」
9件。
「また増えた!」
「ハハハ。いいじゃないか、たった紙一枚だ」
「物理の重さじゃないんです!」
途中、中継地点に寄って、大きな箱を渡した。
「これで1件終わりましたね」
「今日受けた件数は減らないぞ」
「そこだけはちゃんと数えているんですね!」
それからしばらく歩いて。
ようやく、北側の観測班のところに着いた。
「ダミル!」
「おう、届け物だ」
ダミルさんが、持ってきた荷物を渡す。
途中で頼まれた報告書も一緒に渡した。
「助かった!」
これで観測班への届け物は終わった。
「じゃあ、これで帰れますね」
「俺の観測班への用事が片付いただけだがな」
「その言い方やめてください」
嫌な予感しかしない。
「ダミル」
聞き覚えのある声がした。
ミーシィヤさんだった。
「さっきの子」
「ルーシーです!」
「そうだった」
まだ名前を覚えてもらえていなかった。
「ちょうどよかった」
その言葉を聞いた瞬間。
私はダミルさんの前に立った。
「駄目です」
「え?」
ミーシィヤさんが止まった。
「まだ何も言ってないけど」
「この人、もう9件あります」
「9件?」
「増えるたびに『ついで』って言うんです」
「ちょっと待て、ルーシー」
「なんですか」
「頼み事は、内容を聞いてから断るものだ」
「その思想のせいで9件になってるんですよ!」
ミーシィヤさんがダミルさんを見る。
「……こいつ、また?」
「いま『また』って言いました!?」
「ダミル、昔からこうだから」
ダミルさんが肩をすくめる。
「頼られる男は辛いな」
「嬉しそうじゃないですか!」
常習犯だった。
「でも、これはちょっと大事」
「その『ちょっと』も信用できません!」
今日、ちょっと戦線の奥までと言われてここまで来た。
ミーシィヤさんが地図を開いた。
「北側の巡回がいつもと違うの」
ダミルさんから、さっきまでの笑いが消えた。
「数は?」
「分からない」
「いつから?」
「今朝」
「場所は?」
ミーシィヤさんが地図を指す。
「この辺」
「……近いな」
嫌だ。この流れ。
ものすごく嫌だ。
「今日、この先をミコトたちの調査隊が通るかもしれない」
「ミコトさんたちが?」
ミコトさんは、イヴァリース――
あの蘇生地獄の大規模戦闘で会った研究者だ。
「だから、道が使えるかどうかだけ知りたいの」
ダミルさんが頷いた。
「OK。分かった」
「……増えたぁ……」
10件目。私は天を仰いだ。
◇◇◇
ミーシィヤさんと別れて。
「ハハハ。道を見るだけだ」
「その台詞、今日何回目だと思います?」
「初めてだろ?」
「似たようなのを含めてです!」
本来なら、観測班に荷物を届けて帰るだけだった。
なぜか今は、私は帝国軍の巡回路を調べに行っている。
「止まれ」
ダミルさんが片手を上げた。
前に帝国兵がいた。3人。
私はすぐに隠れた。さっきの経験が生きている。
「どうします?」
「待つ」
「戦わないんですか?」
「いいんだ。俺達の目的は戦闘じゃない」
まともだ。
この人、根本はまともなんだ。
少し待っていたら、帝国兵が通り過ぎた。
ダミルさんが地面を見る。
「足跡が増えてる」
「分かるんですか?」
「ああ」
私も見る。
「私には土しか見えません」
「ま、こんなのは慣れだな」
便利な言葉だ。
ダミルさんが少し先を見た。
「もう少し行けば、その理由が分かる」
「行きませんよ」
「まだ何も言ってない」
「……顔に出てます」
「答えがそこにあるんだぞ?」
「私の安全はここにあるんです!」
ダミルさんが黙った。
「ミーシィヤさんの依頼は何でしたっけ?」
「道が使えるかどうかの確認をする」
「確認できましたか?」
「ああ」
「じゃあ帰りましょう」
「……そうだな」
勝った。
今日初めて、ダミルさんを止められた。
心の中でガッツポーズを取った。
ダミルさんがリンクパールに触れた。
「ミーシィヤ。北側に帝国兵が3人」
「足跡も増えてる。通れなくはないが、巡回は増えてる」
『分かった。ありがとう』
ダミルさんが報告を終えた瞬間。
近くで爆発音がした。
「何!?」
ダミルさんが振り向く。
向こうから冒険者が走ってきた。
「スカーミッシュだ!」
しかも、こっちへ来る。
「なんでこっちに!?」
「敵がこっちまで流れてきたんだ!」
「そんなことあるんですか!?」
「ある!」
「そういうことは早く説明してください!!」
帝国兵、冒険者、魔獣。
一気に周りが騒がしくなった。
「ルーシー!」
「はい!」
ダミルさんはナイトだ。
盾を構えて、私の前に出た。
帝国兵の一撃を盾で弾く。
私はその後ろから弓を構えた。
攻撃を避ける。
一射。二射。
さっきよりは動ける。
でも。
「ダミルさん!」
「なんだ!」
「私たち、なんで結局戦ってるんですか!?」
「俺に聞くな!」
今日いちばん納得できる答えが返ってきた。
スカーミッシュを抜けたら、息が切れていた。
ダミルさんを見た。彼は普通に立っていた。
ああもう、腹が立つ。
「……帰りますよ」
「ああ」
「寄り道はなしです」
「ああ」
「依頼追加もなしです」
「それは約束できない」
「してください!!」
その帰り道。
「ダミル!」
……もうやめて。
「ちょうどよかった」
「悪い、負傷者を一人ウトヤまで連れていってくれないか?」
足を怪我した兵士が座っていた。
一人では歩けるらしいけど、かなり辛そうだ。
ダミルさんが頷く。
「分かった」
……ハイ。11件目です。
「…………」
「どうした?」
「いえ。これは断れないなって」
「だろ?」
「でも11件目です」
「そこは数えるんだな」
「そこは数えます」
兵士を支えながら歩く。
すると、向こうからまた人が走ってくる。
嫌だ。来るな。こっち見るな。
「ダミル!」
見られた。
「悪い! ちょっと――」
「駄目です!!」
私が叫んだ。
全員止まった。
「今日はもう依頼は受けません!」
「ルーシー?」
「この人に新しい話を聞かせないでください!」
兵士が困った顔をする。
「でも、内容だけでも――」
「聞かせないでください!」
「なんでだ?」
「聞いたら依頼を受けちゃうからです!!」
ダミルさんが口を開く。
「内容くらい――」
「あなたも黙っててください!」
駆け出し冒険者。加入初日。
なぜか私は今、この人の仕事を増やさない係になっている。
何かがおかしい。
◇◇◇
ようやく。
本当にようやく。
ウトヤ前哨地へ戻った。
アリスさんがいた。
「おかえり」
「ただいま戻りました……」
「どうだった?」
私は答えた。
「顔合わせって何でしたっけ?」
アリスさんが首を傾げる。
「ダミルには会えたでしょ?」
「そういう話じゃないんです!」
後ろでダミルさんが荷物を整理している。
そこへ。
「ダミル!」
誰かが呼んだ。ダミルさんが振り向く。
私はその間に割って入った。
「今日の依頼受付時間は終了しました!!」
「俺の受付を勝手に閉めるな」
「受付だったんですか!?」
……そうだ。
私は冒険者だけど、依頼調整官でもあったっけ。
◇◇◇
【次回予告】
「悪い知らせだ」
「北側の観測班から、定時連絡がない」
サイラスさんが言った。
ダミルさんの顔から、笑いが消えた。
「さっき、帝国兵の巡回が変わってた場所だ」
アリスさんが立ち上がった。
「行こう」
「……私もですか?」
「うん」
『赤魔道士は今日も黙って蘇生する』
第6話――「ヒーラー枠は赤魔道士です」
「サイラスさん、腕……」
「ああ。これは折れてるな」
「脚もですよね!?」
サイラスさんは瓦礫にもたれ、脚を投げ出していた。
「こっちは派手に焼かれたな」
「大丈夫じゃないですよね!?」
アリスさんが近づいた。
「私が治すね」
「待て」
とても低い声だった。
「え?」
「アリス。待て」
アリスさんが、一歩近づく。
サイラスさんが上体だけ引いた。
「そのままじゃ帰れないよ」
「分かってる。でも、待て」
アリスさんが、もう一歩近づく。
サイラスさんの顔が引きつった。
「治さないと困るでしょ」
「それは分かってる」
アリスさんが、さらに一歩近づく。
サイラスさんの目の前まで来た。
「じゃあ、治すね」
「いや、やめてくれ」
意味が分からなかった。
ダミルさんが私の肩を掴んだ。
「ルーシー」
「はい?」
「サイラスを押さえるぞ」
……始まるのは治療なんですよね!?