飯炊きの翁   作:調理チーフ

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 時計の秒針が嫌に響く。

 

「…………つまり、この子はあの赤ん坊って事か?」

「多分?」

「……近頃の子は、成長が早いって話だが本当なんだな」

「いや、そこじゃないでしょ」

 

 彩葉からのツッコミが飛ぶが、意に介さず北斗はテーブルに着く小さな子共へと目を向ける。

 年の頃は、五歳程か。黒く丈の長いロンTを着ており、サイズが合っていないせいで肩が出てしまっている。

 

「で、腹が減ってると」

「お腹すいた!ミルクー」

「まあ、待て」

 

 騒ぐ子供に、北斗は眉間を人差し指で叩く。

 その動作に眉を上げたのは、彩葉だった。

 

「ちょ、杜部。別に良いって。飴でも食べさせるか、最悪コンビニに行くから……」

「んな夜中に女子一人出歩かせられるか。そもそも飴どころか、菓子の一つも無いだろこの部屋」

「べ、べっこう飴とか……?」

「……兎に角、一品作る位なら問題ない。おい、ちびっ子」

「なに?ごはん?」

「俺は、ご飯じゃねぇ。杜部北斗だ」

「もりべー?」

「……もう、何でも良いか。とりあえず、口開けろ」

「くち?」

「ああ。ほら、真似してみろ。あー」

「あー」

 

 子供に口を開かせて、北斗はその中を覗き込んだ。

 少し観察し、そして閉じさせる。

 

「とりあえず、歯は生え揃ってるな。硬すぎなけりゃ、噛めるだろ」

 

 待ってな、と言って北斗は子供の頭を撫でると立ち上がる。

 同時に、腹の虫が鳴いた。

 出所は子供――――ではなく、そっぽ向いた同級生。

 

「……ま(・)た(・)、食わずに寝てたのか?」

「ね、寝落ちしちゃって……」

「…………まあ、大変だったのは分かるけどよ。とりあえず、消化に良いもの持ってくるな」

「ごめん………」

 

 しおしおと萎れる彩葉を尻目に、北斗は部屋を後にした。

 考えるのは、献立。といっても、時刻は二時を過ぎたころ。あまり重たい内容だと、朝に尾を引いてしまう事になるだろう。

 因みに、胃もたれなどは考慮しない。食べ盛りの高校生であるので。

 部屋に帰りつき、狭い台所に立つ北斗。

 

「………オムライスでも作るか」

 

 子供が好きなメニューで、且つ割と簡単で手早く作れる。勿論、本格的に作ろうと思えば他の料理と変わらず手間暇がかかるが。コレに関しては他料理でも言える事。

 

「酒寄は……おじやとかで良いか」

 

 食べやすく、消化に良く、身体を確りと温めてくれる。

 電子レンジで冷凍ご飯を解凍しつつ、片手鍋で出汁を温めながら玉ねぎやソーセージを細かく刻む。電子レンジが鳴けば冷凍ご飯の解凍状態を確認し、二口コンロの片割れでフライパンを火にかける。因みに、このコンロは北斗が自費で賄ったものだったりする。

 フライパンでバターを一欠け溶かし、十分にフライパンが温まった事を確認して玉ねぎを投入。

 木べらで混ぜながら、止まった電子レンジから冷凍ご飯の片割れを手に取りラップを解いて温まった出汁の中へと投入。

 杜部北斗は、両利きだ。左右で全く違う作業を同時並行で行う事が出来た。

 右手でフライパンを操り、左手で鍋をかき混ぜる。因みに、この鍋の出汁はシイタケと昆布の混合出汁。

 ご飯が解れた事を確認して、北斗は鍋を混ぜていたお玉を鍋の縁に凭れかからせる様に置いて一気にオムライスの作業を進めていく。

 火がある程度通った玉ねぎにソーセージを投入し炒め合わせ、更に火が通った所でご飯を投入。

 だまが出来ない様に炒め合わせ、塩こしょう、ケチャップを投入。

 満遍なく味が行き渡ったかを確認して、フライパンを火から降ろし出来上がったケチャップライスを別皿へ。この時、米粒の一つも残さずに皿に移す事が肝要。

 フライパンを洗わずに、再びバターを溶かしこの間に鍋の方には冷凍の野菜を数種類放り込む。

 昨今は便利なもので、冷凍野菜は使い所を間違わなければ時短に持ってこいの商品ばかり。

 鍋を横目に、溶けたバターを確認して卵に少々の牛乳を混ぜた卵液をフライパンへ。

 焦げない様にしつつ一気にかき混ぜ、穴が出来ない様にフライパンは前後に揺する。卵がある程度固まったら、鍋に溶き卵を投入。軽くお玉でかき混ぜて、蓋をする。

 そして、ケチャップライスをフライパンへ。ある程度の形を整えたら卵で包んで、先程ケチャップライスを乗せた皿へと盛りつけた。

 因みに、薄焼き卵のオムライスにしたのはデミグラスソースを作る暇が無かったから。

 鍋を火から降ろし、蓋を開けてネギを散らした。

 この間、だいたいニ十分前後。右手で鍋の取っ手を掴み、曲げた前腕と肘のスペースにオムライスの皿を載せる。

 大荷物を揺らさず持っていくのにも慣れたものだった。

 部屋を出て、階段を登り二階へと足を踏み入れる。

 瞬間、目的地の扉が勢いよく開いた。

 

「ご飯、来た!」

「ちょ、こらっ!勝手に飛び出すな!」

 

 喜色満面に目を輝かせた子供が飛び出し、その後から焦った表情の彩葉が小さな体を抱き込んでいた。

 ただ、諫める事を言う彩葉の視線は、北斗の持つ片手鍋に向けられており心なしか口の端に涎が見える気がした。

 騒がしい様子の二人に、北斗は首を振る。

 

「遅い時間だからな、そんなに騒ぐんじゃねぇよ」

「うっ……ごめん」

「ちびっ子も、部屋に入れ。外じゃ食えん」

「はーい!」

「あ、ちょ、走るな!危ないから!…………はぁ」

 

 ばたばたと部屋へ飛び込んでいく子供を注意しながら、彩葉は溜息を一つ。

 そして、扉を肩で押さえると片手を前へと差し出した。

 

「どうした?」

「持つって事。大変でしょ?」

「……んじゃ、頼むわ」

 

 人の親切は素直に受け取るもの。口を突いて出ようとした言葉を飲み込んで、北斗は頷いた。

 オムライスの皿を渡し、二人は部屋の中へ。

 テーブルに料理が乗せられ、子供の目が輝く。

 

「ほぁああああ~~~!いい匂いー!」

「バタバタすんな。ちゃんと座らねぇとやらねぇぞ?」

「!座った!」

 

 元気いっぱいだが、同時に素直。目を輝かせる子供に対して、北斗はそう内心で評価を下す。

 オムライスの皿を置き、ケチャップを一掛け。木製の匙をその傍らに添える。

 速攻で喰いつこうとする子供だったが、匙を手に取った瞬間ピタリとその手が止まった。

 その目が気にするのは、目の前でおじやを鍋から器によそっていた彩葉。

 彼女が右手で木匙を持てば、その動きを真似するように子供は左手で木匙を持ち替えていた。

 

「「いただきます」」

「?」

「ほら、やってみろ。こう手を合わせてな」

 

 自然と北斗と彩葉が手を合わせて一礼をする姿に、子供が首を傾げる。

 その様子に気付いた北斗は手を伸ばして、その小さな手を合わせさせると自身の真似をする様に促した。

 

「いた、だきます?」

「よし。食って良いぞ」

 

 北斗がGOサインを出せば、子供は速攻で匙をオムライスへと突き立てた。

 大きく口を開けて、一口。

 瞬間、瞳に星が宿る。

 

「んまーーー!コレ、なに!?」

「オムライスだ」

「オムライス!これ、すきー!」

 

 喜色満面にオムライスを食べ進める子供に、北斗は頭を掻くと自身の前に置かれていたお椀を手に取った。

 割と出来合いのもので作ったが、それでもここまで喜んで食べてくれるのならば作り甲斐があるというもの。作り手としては、“美味しい”の一言があるかないかでモチベーションは大きく変わる。

 その点で言えば、彩葉は彩葉で作り甲斐があったりする。

 

「…………」

(花が散ってんな)

 

 北斗のお陰である程度食生活が改善しているとはいえ、極貧生活を経験した彼女にとって暖かなご飯というものはただそれだけでご馳走だった。

 そんな彩葉の顔は、端的に言えば解けていた。

 一口含めば、それだけで喜色が滲む。オムライスにがっつく子供ほどではないが、それでも一目見れば食事を楽しんでいる事が分かる、そんな表情。

 椀を片手に今日の食事も上手くいった事を確信する北斗は、ふと気づく。

 

「おい、ちびっ子」

「んむ?」

 

 既にオムライスの三分の二を完食した子供は、匙を咥えて首を傾げた。

 北斗が見咎めたのは、そんな子供の口の周り。

 

「この辺も教えるか……」

「んむむむむ!」

 

 左手に付けたままだった手袋で、ケチャップに汚れた口の周りを拭う。

 この行動にギョッとしたのは、彩葉だった。

 

「ちょ、良いの……?」

「何枚もあるしな。一枚二枚ダメになって困るもんでもねぇよ」

 

 言いながら手袋を外し、汚れた面が内側になる様に丸める。

 当然ながら、その下に隠されていた全く色味の違う左手が露になる訳で。

 

「?」

 

 もぐもぐと頬一杯にオムライスを詰め込んだ子供は、北斗の左手を見て首を傾げた。

 そのまま口を開くためにどうにか中の物を飲み込む。

 

「色が違うね」

「ん?まあな。見てくれが悪いんで、いつもは隠してるんだ」

「ふーん…………触って良い?」

「別に構わねぇよ」

 

 好奇心の塊か!そんなツッコミが彩葉の口から飛び出そうとしたが、それを彼女は鋼の理性で抑え込んだ。

 内心、気が気ではないのだ。古傷など、況してやここまで酷い火傷痕などその過去を夢想するだけでも血の気が引いてしまう。

 一応、今までの付き合いから鑑みて北斗が子供に対して怒鳴り散らすなどはないかもしれないが、それでも見えない地雷に脅えなければいけない状況というのは精神に悪いというもの。

 

「杜部、あんまりその宇宙人を甘やかさないで」

「宇宙人?何か分かったのか?」

「月から来たってさ」

「月、ねぇ」

 

 窓の外に臨むのは、満月。煌々と輝く月輪は、無言で空に佇んでいる。

 

「…………まあ、月の裏側もまだまだブラックボックスが多いって話だからな。月面人が居てもおかしくない、か?」

「受け入れ過ぎじゃない?………って、こら!」

 

 月から視線を戻した北斗に、彩葉は呆れた目を向けた。直後に、何かに気付いたのか短く叱責が飛ぶ。

 見れば、北斗の前に置かれていた椀に小さな手が伸びているではないか。

 左手に飽きたのか、子供の目は椀へと向けられておりその口からは涎が一筋溢れていた。

 

「人の盗る様な事しない!」

「だってぇ~」

「何だ。足りなかったか?思ったより、食べるな」

「ほくとー、食べて良い?」

「あ?あー…………まあ、良いぞ」

「ホント!?いっただきまーす!」

 

 横から掻っ攫う様に、椀を持っていく子供。その小さな体のどこに入るのか、ガツガツと食べ進めていく辺り宛ら欠食児童の晩餐だ。

 その様子を微笑ましそうに見ていた北斗だったが、ふとうなじに鋭い視線を覚えた。

 

「…………甘すぎ。もうちょっと厳しくしても罰は当たらないと思うけど?」

「んー、まあ、なんだ……一応、俺はもう夕飯は済ませてたからな。食べれねぇ事はねぇけど、食べたい奴が居るならそっちが食った方が良いだろ?」

「そういうもん?」

「そういうもんだ」

 

 鍋から残りのおじやをお代わりしながら、彩葉は訝しむ。

 どうにもどこか煙に巻かれているような感覚を覚えての事だが、しかし下手に踏み入るような事でもない。

 

 そんなやり取りを経て、夜は更けていく。

 そして、灼熱の二ヶ月が始まろうとしていた。

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