【十二月二十七日・夜】
僕らはブルーレイプレイヤーとピザと寿司フライドチキンと酒とジュースを抱えてアパートに戻った。もちろん注文は全部僕がやった。
こんなの消費しきれるのか、なんて思ったけれど結構な勢いで食べ物が無くなっていく。最悪寿司だけは僕が片付けて、あとは冷蔵庫に入れておこうと思ったけれど杞憂だったようだ。残るにしても本当に少しだろう。
僕の考えを察したかのように萌花が寿司をつまみながら言う。
「女子だから食べない、なんてのは大間違いですよ。女子がメシを食べるコンテンツはいつの時代も数字を稼げますし、逆説的に女子は男の想像よりメシを食うことができるということです。そのような幻想はゴミ箱に捨ててゼロフィルして物理的に穴開けしてから捨ててください」
「ごめん萌花、最後の方何言ってるのかわからないや」
「ストレージを復元不能な状態にするってことです。パソコンって初期化しても簡単に復元できますからね。もしも滝菜さんのパソコンにエッチな画像やビデオが保存されてるなら覚えておいた方がいいですよ。将来滝菜さんが古いパソコンを捨てる時、ボクみたいな悪いオタクが復元しちゃうかもしれません」
あとで調べておこう。詳しく。完璧に実行できるように。
「そう言う滝菜君はあまり食べてないようだが。実家ぐらしのオレやお金があるソラ君、少々筋肉の割合が小さい萌花君はともかく、君は食べておいた方がいい」
すっかり酒で酔った渚がそう言った。
「そうですよ滝菜さん。一人暮らしの大学生はこういう場でカロリーをストックしておくべきですよ。……ん? ボク今ディスられました?」
「おや萌花君。グラスが空いているようだ。飲むかね?」
「まったくヤニカスは煙に巻くのが上手いですねえ。それじゃあ日本酒ください日本酒」
とは言うものの、萌花に不快感は特になさそうだ。軽口だ、と理解しているんだろう。客観的に見て萌花をデブと言うには無理があるし。ソラから言わせればエロいらしいし。僕の感想を述べることは拒否する。女性陣の前であえて野郎のスケベ心出す必要は無い。
「ところでソラちゃんは食べないんですか? 冷めちゃいますよ?」
「んー?」
そう問われたソラはというと、早速ブルーレイプレイヤーの設置を行っている。結局萌花に押し付けずに自分でやることにしたらしい。
「すぐ終わるから大丈夫。赤い食べ物は全部あげるからちょっとだけ残しといてー」
「赤い食べ物ですか? あ、クリスマスの日になんか言ってましたね。イチゴ食べれないとかどうとか」
「なんか見た目がダメなのよね」
「珍しいものだな」渚が言った。「赤は食欲増進色のはずなのだが」
僕もソラの嗜好について気になって来た。試しにいくつか質問をしてみることにする。
「ソラ、トマト食べれる?」
「絶対ダメ」
「黄色いトマトは?」
「それは食べれる」
「肉は?」
「ウェルダン」
「マグロは?」
「生は無理」
「サーモンは?」
「ギリ」
「ニンジンは?」
「ギリよりのギリ」
「コカコーラは?」
「ペットボトルならラベルを剥がしてから飲む。缶は無理」
「ピザは?」
「トマトソースが隠れるくらいチーズがかかってれば食べれる」
「だからプレーンピザを頼んだのか。渋いチョイスだなって思ったけど」
「そ。それだけは残しといてね」
話を聞いていると、本当に色だけが問題らしい。食感や味、香りが問題ではないとなると過去に赤い食品でトラウマになるような目にあったとかかもしれない。とはいえオレンジや黄色の近い色を許容するなら僕らからそこまで気を使わなくても大丈夫かなとは思った。
「……っと。設置作業おーわり」
「お疲れ様。大変じゃなかった?」
「ぜーんぜん。録画機能があるわけでもないからHDMIケーブルと電源プラグを挿すだけだし、テレビ台が無いから配線隠しとか考える必要もないし。……ね、今日はあたしがテレビ独占してもいい? てか映画みたい。」
「もちろん。ソラが買ったものだし。二人もいいよね」
僕の問いかけにまぐろの握りとペパロニピザを熱心に食べている渚と萌花が頷いた。赤い食べ物から消費しているらしい。
「そう言えばまだ『ファイト・クラブ』を見てなかったな」
ソラにレンタルビデオ屋で押し付けられてそれっきりだ。あとで見よう、と僕は頭の中でメモをする。
「あ、それあたしも好き! いいわよね、自分の中の狂気的な欲求がくすぐられる感があって。なんていうか、人間の中を見透かされてる感がハラハラするって言うか」
「前にソラはタイラーが好きって言ってたね。ブラッド・ピットだからって」
するとソラは「えー」と言って不満げな顔を浮かべる。
「あたしタイラー嫌いよ。ブラッド・ピットは好きだけど。嫌いなところ言うとネタバレになっちゃうから言わないけどさぁー。あたし好きなんて言ったっけ? ブラピが好きって話と混同してない?」
そうだっけか、と僕は自分の記憶力に自信がなくなる。まあいいか。ソラはタイラーが嫌い、と頭にメモをする。
「ところで何を見るの?」
「今日はお気に入り持ってきたからそれ見よっかなーって」
ソラがどこからか映画のパッケージを取り出して並べる。
「『グッドフェローズ』『ショーシャンクの空に』『ユージュアル・サスぺクツ』『トゥルーマン・ショー』『パルプ・フィクション』あと……」
僕はソラの並べる映画を見ながらどこか引っかかりを覚える。並べられた映画はどれも評価の高い素晴らしい作品だ。僕も好きな作品群だし、何も文句のつけようがない。
けど何だろう。引っかかる。
「滝菜今ちょっとニワカっぽいって思ったでしょ! 言っとくけど、あたしはマイナー作を好んでこそ『ツウ』、なんて考え方には屈しないからね!」
「別にそんなこと思ってないよ」
「あ、そう? ごめんね? お詫びにお寿司挙げる。はい、あーん♡」
「ソラ、キミは少し男に対する振る舞いを考えた方が……」
「滝菜さん! お嬢様ギャルJD、まして夜野家ご令嬢の『あーん♡』を拒否するんですか!?」
「やれやれ。そういうところで節度のある男のフリをしても無駄なのだよ。どうせ男はこういうのが好きなのだ、と我々はちゃんと見透かしているのだからね」
「……」
僕は口にホタテの寿司をねじ込まれながら考える(当然ソラは箸を使って寿司を運んでいる)。
僕もソラの発言に同意だ。どれも知名度が高い作品ではあるからニワカっぽいと言う気になれば言えるかもしれないけど、今はソラの好きな作品の話をしているのだからそんなことは関係無い。
だいたいメジャー作を軽視してマイナー作をたくさん見ていてこそ通などという考え方はそれ自体がニワカっぽいのだ。メジャー作ばかり見てようがマイナー作ばかり見てようがそれ自体はどうでもよくて、どちらにせよ前提は『映画が好き』であるのだからメジャーであるというだけで『映画作品』を軽視してしまうのは本末転倒だ。
思考がそれてしまった。酒をセーブしてるつもりだったけど結構回ってるかもしれない。
それにしても何かが引っかかる。僕も映画はそこそこ好きだ――浅く広く安くが僕の主義だからあくまでそこそこ――だからこそうっかり見落としてしまうか、あるいは軽く流してしまうポイントが何かある。
「ところでソラちゃん」
萌花がフライドチキンをかじりながら言った。
「古くないですか? 全体的に」
「あ」
それだ、と思った。ソラの挙げた映画は全て九十年代の映画だ。なにせ僕らが産まれる前の作品である。
どれも名作で一度は見ておいて損はない作品だけど古いものは古い。現代において映画はもはや娯楽の王様ではない。とどのつまり、これらは映画好きなら『押さえておくべき名作』だけど、そうでない人間にとっては多分『なんか名前だけは聞いたことある古いヤツ』『ショート動画で紹介されてるやつ』『SNSではなぜか有名らしいやつ』くらいの価値しかない。萌花や渚が映画にどの程度関心があるかは分からないけど、古いという感想が出てくるのは不自然ではない。
「ああああああああぁぁぁ゛!!」
そしてソラは窓を割ってしまうんじゃないかってくらいの金切声をあげていた。
「そう! あたしはどーせ昔の映画ばかり見てるふっるい人間なの!」
どうも萌花の放った何気ない一言がソラの逆鱗に触れてしまったらしい。
「しょうがないじゃん小さい時からママとお父様のコレクションばかり見てたんだから! 気が付いたらゼロ年代ないしそれ以前の映画ばかり見てる! ポール・ウォーカーが亡くなったことを未だに認められない! サブスクで流行ってる独占配信作の話ついていけない! 映画館は人が多くて行きたくない! 知らない人と映画見るのがイヤすぎてシート全部買ったら映画館の人とママに怒られた! こんなだから最新の映画の話ができない! 流行りがわからないから会話に混ざれない!」
「萌花君、君は地雷を踏み抜くのがお上手なようだ」
「ぴいいぃぃ……」
発狂するソラに煽る渚、委縮する萌花。眩暈がするほど鮮やかな三馬鹿トークだ。私見を述べるなら、別に映画の専門家を標榜するでないなら好きなものを見ればいいと思う。そういうわけで、隣室から壁を殴られるかもしれないから静かにしてほしい。
「だから」ソラが酒を煽る。「サークルにもうまく馴染めなくて辞めちゃってぇ……」
「そう言えば映画サークルあったねこの大学。自主映画作るところなのか見て評論するとこなのかは知らないけど」
「見る方よ見る方。だから敷居は低いかなって最初は思った」
パンフレットのサークル紹介的なコーナーに書いてあった気がする。僕はあまり興味がなかったけれど、ソラはかつて所属していたらしい。
「でもさっき言った通り、最新の映画ほとんど見てなかったから話しについて行けなくて……」
「そもそも素面では人当たりの強いソラが会話に混ざれたのかが疑問だけど」
「……努力はしたわ」
苦虫を噛みつぶしたようにソラが言った。努力は実らなかったらしい。
「まあ別にそれは想定できたことだし? 最悪『なんか古い映画ばかり見て我が道を行くサブカルないしオタクサークルに一人はいる変なオタクポジション』に収まろうかななんて? 思ったりして?」
「ソラちゃんはオタクを何だと思ってるんです? 現代のオタクはもっと社交性ありますけど?」
「しかしそういうサークルには大体そういうのがいるイメージだが」
「いますね実際」
いるんだ。
「だからあたし! せめて自分の領分くらいちゃんと話せるようにしようって思ったわ!」
「……まあきっかけは大切だし」
「それでね、そのサークルに将来映画評論家になりたいって言ってる人がいて、古典映画について蘊蓄垂れてたけど……ウィキペディアに書いてある間違ったあらすじで偉そうに『市民ケーン』を語ってるからボッコボコに批判してやったわ!」
「どうなった?」
「その人泣いちゃった!」
「気まずくならなかった?」
「すごい気まずくてその日のうちにサークル辞めたわ……」
頭痛が痛い。僕は鎮痛剤代わりに新しい酒をグラスへ注いだ。ソラも空のグラスを差し出してきたので注いでやる。そのまま乾杯。何に? 何もかも悪い方に転ぶコミュニケーション弱者へ乾杯。日本酒は不思議だ。アルコール度数の割に口当たりが良い。酒に慣れない人が飲み過ぎて倒れるのも納得だ。
「ウィキペディアの知識で知ったかぶるのもどうかと思いますが、コミュニケーションのつもりで揚げ足取りも結構キツいですよソラちゃん」
「なによもー」
ソラが不服そうに頬を膨らませた。僕も同じ感想だ。どうにか会話のきっかけをつかみたかった、というのは痛いほどわかるがやり方がマズい。
「失敗したって言ってもあたしはちゃんと友達を作る努力をしたの。そーゆー萌花はそのへんどーなってるワケ? 人と会わず部屋に引きこもってゲームやってそうだけど?」
「失礼な。ボクだってゲームのサークルに入ってましたよ。居づらくなってやめましたけど」
「同じじゃない」
「同じじゃないですよ。サークルメンバー全員ゲームでボコした後、プロゲーマー志望の先輩にゲームのコーチング頼まれたのでダメなところ全部洗いだして『競技者としてはあまりに自分を客観視する才覚に欠けているから諦めた方がいいですよ。それより就活は上手くいってるんですか? ぽっと出の女子大生に負けるという、ちゃんとプロゲーマーを諦める理由が出来たんですからそちらにリソースを割くべきでは?』と断腸の思いで指摘したんです。そしたら出てけと言われたのでやめただけです」
「同じじゃない!」
「同じじゃないですよ。プライドだけは一人前の雑魚に現実を教えて差し上げただけです」
「てか萌花がそんな饒舌に喋れるなんて正直思えないんだけど。酒入ってた? 酒の勢いで本音が漏れちゃった感じ?」
「……滝菜さん! 酒!」
ここでは余計なこと言ってくれるなよ、思いながら酒を注ぐ。ソラの財力を考えればなんだって出来るし、渚は平気で他人の家のドアを蹴り飛ばす程度には粗野だ。萌花が酒の勢いで余計なことを口走った時、一体何が起きるか分かったモノじゃない。
「やれやれ、キミたちはなぜそこまで人間関係に向いていないのだね」
「あのね渚、あたしあなたのこともちゃんと同類だって思ってるからね」
「そう言えば渚ちゃんの改造車見て思いだしましたよ。どこかでみたことあると思ってましたけど、入学式で見たんですよアレ。やたら個性的だから記憶に残ってたみたいです」
昼間に乗った渚の車、デッパツ自動車のエッセイのことでだろう。確かこの大学には自動車部なんてのがあった。どんな活動をしているかは知らないけど、渚なら興味を持つんじゃないだろうか。
「にゅ、入学式?」
ところで渚はどうしてそんなわかりやすく狼狽えているんだろうか。
「入学式の時に駐車場の方通ったんですけど、あの車の前で喧嘩……というか男子を一方的にボコボコにしてる女子がいましたけど、アレ渚ちゃんだったんじゃないですか?」
萌花の言葉を聞いて、渚は僕のポンコツパソコンみたいにフリーズした。
「ボコボコって……それは物理的に?」
「物理的に。パンチとキックで」
僕の問いに萌花は空中にパンチをしながら答えた。
「失礼、オレは煙草を吸ってくるので……」
「この流れで自分だけ逃げるのはナシだけど?」
「……はあ」
観念したように渚がため息をついた。
「入学式の日に自動車サークルから勧誘を受けたのだがね、その内の一人がエッセイのボンネットに座って勝手に自撮りをし始めたのでね……まあ……引きずり降ろしてシメたのだよ。それ以来自動車部と関わりは無い」
話を聞いたソラがゲラゲラと大声をあげて笑った。
「さすが渚ね! 暴力沙汰で逮捕されたら出所後にあたしのボディーガードにしてあげるわ!」
「やれやれ、犯罪者に職を与えるとはとんだ社会奉仕だ」
「笑ってますけど、本当に大丈夫だったんですか? 本当に警察沙汰ですよ?」
やや引き気味に萌花が言った。
「車に傷は無かった。それに自動車部側も非を認めた。それで終わりだ」
渚はそう言い、「はあ」ともう一度ため息をついた。
「所詮はオレは田舎のチンピラなのだよ。オレはもう二十歳だ。萌花の言う通り、こんなこと本来は許されない。大人なら言葉を重ねてケリをつけなければいけないのだがね。中学の頃から口は悪いし喧嘩上等。荒っぽいやり方以外がわからんのだよオレは」
「こうして話してると別にフツーな気がするけどね。酒で口調までが変わるのはすごい気になるけど。二重人格?」
「言ってくれるな。それはキミたちも同じだろう」
渚は苦笑してそう言った。
「……確かに?」
「……そうかもしれません? いや二重人格ではないですけどね」
自覚なかったのかよ。
「思うに」僕は言った。「酒を飲むと心に余裕ができて、いらない緊張をせずに話せるのかもしれないね。なんて言えばいいのかな、素面の時の三人はおしゃべりを頑張ろうと力んで喋ってるような感じだし。結果として口調が変わってるのかも」
「一生酔ってようかなあたし」
「ソラ君、その考え方は黄色信号だ。アル中になる人間の思考だよ」
「つまりボクたちは、社会に出るまでにコミュニケーション能力を身に着けるか酒でドーピングし続けてアル中になるかの二択ってことですね」
はあ、と大きなため息が三人から漏れた。僕は余計なことを言ってしまったかもしれないと思い、どうにかフォローする言葉を探す。
「ま、まあ今はいいんじゃないかな。ほら、実利も大切だけど楽しい思い出も大切だと思うよ。こうして飲むの僕は楽しいし」
「……確かに! こんな風におしゃべりするのは社会人になったらきっと難しいでしょうからね!」
ソラが満面の笑みでそう言った。
「それもそうですね」
「そうだな」
二人も納得したらしい。僕はほっとする。
「だから次は滝菜の番ね!」
「何が?」
「とぼけないで、滝菜はあたしたちと会話が成立するような人間なんだから、一つくらいコミュニティでやらかしたエピソードあるでしょ?」
ソラが畳みかけるようにそう言った。
「無茶苦茶だ」
僕は曖昧に笑みを浮かべるしかなかった。とりあえず酒を一口飲む。
「見ての通り僕は地味な人間だよ。荒波をたてないように生きてきた小市民。みんなに聞いてもらうようなエピソードは無いよ」
「ふーん? 本当?」
「本当だって」
「…………」
「…………」
「…………」
「本当だよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「……僕もサークルに入ろうとしたけど、サークル棟でたまたま高校の同級生を見つけちゃってね。高校時代の僕を知ってる人間がいると思うとなんだか虚しい気持ちになってきてさ。それにその人は現役で僕は一浪って思うとああ、僕は一年無駄にしたんだなって虚しくもなって……そのまま逃げかえっちゃってさ」
突き刺さる三人の視線に耐えられず、僕はついにゲロった。
静寂。
渾身のやらかしトークを披露したのに三人は言葉は何も言わない。ただ呆然としている。なんだろう、暖房はついているはずなのに微妙に寒い気がする。
「……あ! ごめん! えっと……ね!」
とソラが何かを言おうとしていたけれど、結局続きの言葉は出なかった。
代わりに三人はなぜか取り皿に寿司とチキンとピザを並べ、僕に差し出した。
「ドンマイ」
「惨めだ」
【夜野ソラの手帳】
滝菜もちゃんとあたし側の人間で安心した。