【十二月二十八日・夜】
「ちょうど四人いますね!」
昼間の掃除のことなど忘れたように、萌花がテンション高めでそう言った。
「ええ、ずっとそうでしょう。特殊な精神構造をしていないと五人と数えないと思うわ」
酔っている萌花に対し、いつもの調子でソラが言った。
「大学生が四人そろったらアレをやるしかないでしょう!」
「乱交? ふ、大学生なんて年中盛っているものね。でもそういうのはアルファ雄共のサークルでやってほしいのだけれど。それにここには童貞と処女しかいないわ。多分上手くいかないわよ」
「何言ってやがるんだ馬鹿」
渚が呆れてそう言った。
僕はテーブルに缶ビールを並べながら三人の様子を確認する。
ソラと渚はまだ酒を飲んでいないようだ。出来上がっているのは部屋に来る前から酔っていた萌花だけ。
「大学生が四人そろったら! 麻雀でしょう!」
またろくでもない煽り合いを始めようとした二人をよそに、萌花がおもむろにプラスチックケースと緑色の卓上マットを出した。ケースには麻雀牌や点棒などが入っていた。麻雀セットは一通りそろってるらしい。
いや、思いだした。それは今日の掃除でどうにか掘り起こしたものだ。せっかくだから使いたい、というところだろうか。
「やりません?」
「つってっもな」渚が困ったように言った。「オレはルールわかんねえしよ」
「あら、麻雀はチンピラの必須教養だとおもっていたのだけれど」
「私のことヤンキー漫画のキャラだと思ってんのか? そういうお前はできんのかよお嬢様」
「ええ、もちろん。東西南北を三枚集めると勝ちなのでしょう?
「ルールわかんねえなりに何かおかしいのはわかるぞソレ」
大四喜はダブル役満。たしかに作れればほぼ勝ちだ。作れるなら。宝くじのあたりだけ狙って買えるならみんなやってる。大四喜を作ると言うのはそういう次元の話だ。
「ともかくやってみませんか? やり方教えますから」
さてどうだろう。ソラと渚は悩んでいるようだ。
僕は二人に先んじて答えることにした。
「折角だしやってみてもいいんじゃないかな。僕もやり方知りたいし」
「……そうね。教えてくれるなら、せっかくだしさわってみるのも悪くないかもしれないわね」
「ま、日本一知名度のあるゲームって言われるくらいだしな。知っといて損はねえか。オレも乗った」
ソラと渚がそう続いた。
三人には申し訳ないけどちょっとだけ嘘をついた。本当は麻雀のやり方は知っている。勝負事としての駆け引きはともかく、ゲームに参加できる程度には。
どうして嘘をついたのかといえば、僕が教えを乞う体で二人を巻き込みたかったからだ。これはどうも三人は本当にこれからも僕の部屋に居座るつもりらしいから、それならそれで四人で出来ることは増やしておいた方がいいという打算だ。
「それでは酒で頭がパーになるまえに説明しましょう。といっても、麻雀って遊び方自体は結構簡単なんですよ。ざっくり言えば順番に山から牌を引いて行って決められた型……麻雀的には『役』ですね。それを作ればアガリっていうゲームですから」
「手作りを競うって意味じゃポーカーみたいなモンか」
「イメージ的にはそういう感じです。ただし麻雀は一対一対一対一で、一番最初に役を作った人だけがその点数を得られます。厳密にはダブロンとかありますが、まあそれは例外です。スピード重視で点数が低い代わりにすぐ作れる形を目指すか、点数重視で遅い代わりに高い点数の形を目指すか。そういう駆け引きの中で持ち点二五〇〇〇点を奪い合うゲームです」
「それで、その点数がつく形っていうのは?」
「ま、それはやりながら。今回はボクが点数計算するので安心してください」
「なんだか難しそうね」
「ああ、できる気がしねえ」
それはそうだろう。萌花は結構簡単と言ったけど、それは既に遊び方を知ってる人間の感想だ。やったことの無い人間からすれば全く想像ができない。
「滝菜は今ので分かったのか?」
「なんとなくは」
「マジか。こっちは頭がこんがらがってるってのに」
渚が手慰みにジッポーをかちん、かちんと開閉させる。
「ねえ萌花、もう少しわかりやすく説明できない? 例えば私たちにとって見知ったもの……そうね、スクールカーストとかに例えたりして」
なにその要求。
「牌の三種類の絵柄を学校として、そこに書かれている九までの数字を学年、内申点を役としましょう。同じ学校の同級生三人組、もしくは同じ学校で違う学年の連番で三人組で四グループ。それと同じ学校の同級生ペアを一つ。合計十四人をぼっちを除外しながら選んでいくゲームです。その生徒たちが大人たちの勝手に決めた型に当てはまれば点数ゲットです」
説明できるんだ。
「なんだか出来る気がしてきたわ」
「ああ、ムカつくが」
それで二人も理解できるんだ……。
「まあ百聞は一見に如かずというヤツです。実際にやってみましょうよ。とりあえず三人はタンヤオを目指してください。タンヤオの条件は手牌が二から八で構成されていることだけです。なんか文字が書いてあったりなかったりするヤツとかは全部捨てればおっけーです。タンヤオは鳴き……アレです。ポンとかチーとかしても成立するので作りやすいしスピードも速いしでぶっちぎりで強いんですよ。鳴きっていうのはですね……」
そう説明しながら萌花は麻雀セットをローテーブルに並べる。ソラと渚は大人しく萌花の説明を聞いている。
僕は萌花の説明を聞きながら首をひねる。
タンヤオがぶっちぎりで強い、て言った?
確かにわかりやすくて成立しやすい役だけど、別に強いわけじゃない。単に点数だけでいえば、タンヤオは一飜しかつかないから点数としては低い役だ。
それに、初心者に鳴きを教えている点についても疑問だ。初心者、それも麻雀未経験なら鳴きは意識しなくてもいいというのが一般論のはず。僕だったら使わないように言う。ポンだのチーだのカンだの宣言した瞬間に作れなくなる役は多いし、必然的に役が複合しにくくなるから点数が下がる。
「……」
指摘しようと思ったけど、僕なんかよりもずっとゲーム慣れしてる萌花がいうのだから何か意図があるはずだ。
とりあえず様子見するしかない。そう思いながら一口だけ酒を口に含む。
◇
「ゴメン渚! それロン!」
ソラが渚の捨て牌を見てそう宣言した。
「やれやれ、当たってしまったか。萌花君、点数計算を頼むよ」
「はいはい。タンヤオ……おや、赤ドラ二枚ですね。三九〇〇点。ザンク
「やりぃ! じゃああたしがトップね!」
「これは参ったね。やっぱり難しいゲームだ」
こうして東風戦の三回目はつつがなく終了した。
ゲーム自体は正常に回ってる。ソラも渚も素直にタンヤオを目指し、面前やトイトイホー、各種ドラが複合したりしながらそれなりにゲームっぽい形にはなってはいる。
酒も回って来たらしい。ソラはギャルモードになってるし、渚も口調の柔らかいマニッシュモードだ。
あいかわらず現時点において萌花がタンヤオと鳴きというやや偏った教え方をした理由がわからないけど、三人が楽しそうでゲームが回ってるならそれでいいやという気分になってきたた。
「みなさん慣れてきたようですね!」おもむろに萌花が言った。「ということで、そろそろやってみたいことがあるんですよ」
「なになに?」
「半荘戦かね。また違った判断が要求されそうだ」
「いえいえ、もっと刺激的なルールですよ」
三人の会話を聞きながら、僕はお冷を煽る。
「脱衣麻雀やりましょうよ!」
むせた。
「待て待て待って」僕は抗議する。「一体何を言い出すんだ」
「いやいや滝菜さん。この部屋には美少女が三人も揃ってるんですよ。だったら脱衣麻雀やらないとダメでしょう。まあ普通の脱衣麻雀は四人だとできませんからね。フツーに麻雀してビリは上半身、下半身、下着の順で最短三回で全裸というふうにしましょうか」
「意味が分からない。全く。全然。一つも話が分からない」
「いいじゃん! やるしかないでしょ脱衣麻雀!」
「ああ、せっかく盛り上がってきたところだ」
困惑する僕をよそに、ソラと渚は乗り気だった。酒で頭がパーになってるんじゃないだろうか。考えるまでもなかった。パーになってる。
「だいたい僕は男だよ。男に肌を晒していいのか君らは」
「おやおや~? 滝菜さん、もしかして自分が勝つと思ってるんですかあ~? 自分の心配した方がいいんじゃあないですかあ~?」
「そう言う意味じゃ……」
「まあまあ滝菜」ソラが言う。「一回やってみよ? 脱ぐのはトップスからでいいから、ね?」
「ソラ!」
「ハ、まるで野獣だなソラ君。もっとも、オレとてお行儀の悪い遊びは嫌いじゃあない。チンピラなのでね。全員ひいひい泣かせてやろう――逃げるなよ、滝菜君」
「いいですねえ。みんなやる気じゃないですか。それじゃあ準備しましょうか。とりあえず東風戦でいいでしょう」
そう言って萌花が牌を混ぜ始めた。ダメだ、もう三人ともやる気だ。萌花は一体何を考えているんだ。タンヤオ、それも鳴きで作ったタンヤオが強いと信じている二人を入れて脱衣麻雀なんて――そう思ったあたりで萌花の狙いがわかった。
そういうことか。
さすがにそれは看破できないかな。
僕は麻雀のルールを知っているだけで、勝負としての駆け引きは全然だ。けど、ちょっと一矢報いたくなってきた。
萌花が牌を並べ、ゲームが始まる。
「今回はボクからですね。始めましょうか」
萌花が手配を切る。この期に及んで彼女は涼しい顔をしている。
僕は順番を待ちながら手牌を眺める。
「お手柔らかに頼むよ。私は見て嬉しい色気のある下着など着ていないのでね」
渚が牌を切って、僕の番だ。萌花に悟られないよう、静かに牌を切る。
「えー。じゃあ今度あたし達で買いに行こうよ。滝菜も来る? 来るよね? だって滝菜はえっち♡ だもんねー」
「誤解を招く言い方はやめてね」
「ごめんて。じゃあこれ切ろっかなー」
そう言ってソラが牌を切り、また萌花の番。
そうして一巡。
二巡。
三巡。
四巡とゲームが回っていく。
そして五巡目。
「今回は皆さんおとなしいですねえ」
「何、ここからだ。萌花君、チーだ」
そう言って渚が萌花の捨て牌を得る。
渚が牌を切り、僕の番。
「そうだね、ここからだ」
僕は千点棒を手に取る。
「
僕はそう宣言し、千点棒を場に置いた。
僕の立直宣言にソラと渚は目が点になっている。教わってないことを目の当たりにしたのだから当然だ。一方の萌花は、初心者のはずの僕に教えていないことをけしかけられて困惑している様子だ。
「ねー萌花? 滝菜は今なにやったの?」
「……あ、ハイ。とりあえずゲーム続行で大丈夫です」
「あ、そう?」
腑に落ちなさそうな様子でソラが牌を切った。
「え、ええ。あとでちゃんと説明しますよ」
そう言って萌花が牌を切った。
「ロン。立直、一発、平和(ピンフ)、ドラ二枚」
そう言って手牌を開示する。ソラと渚は初めて聞く単語の羅列に首を捻っている。萌花と言えば、信じられないような目で僕を見ている――それはそうだ。僕は今致命的なルール違反をしたから。それはまあ、後で萌花の方から指摘するだろうから今は通常のフローでゲームを勧める。
「立直で上がったから裏ドラを確認――一枚乗った。合計六翻だから
「いちまっ……!?」
今日初めての五桁点にソラが驚愕する。
「滝菜君、デタラメは言っていないんだな?」
「もちろん。スマホで調べてもらっても構わないよ――立直(リーチ)とは麻雀で
要するに作るのが簡単で、しかも上がった時に運次第でボーナス点が乗ることがあるローリスク・ミドルリターンの優等生な役ってところ。
「成程、確かに初心者向けだ。ところでまさに初心者のオレ達はそんなもの教わってないが」
「一度も言及してないからね」
僕は萌花の方を見て言う。
「つまり萌花は嘘のセオリーを教えたんだ。脱衣麻雀を有利に進めるためにね。今ので分かったと思うけど、萌花は二人に高打点を狙えない戦い方を教えてた。その上で脱衣麻雀なんてしかけてきたんだから悪質極まりない。酒で酔ってパーになった二人ならどうせ同意するし、僕も勢いに飲まれるだろうってことは見越してたんじゃないかな」
「ちょっと萌花!? さすがにそんな盤外戦術はひどいんじゃないの!?」
ソラが責めるように萌花に文句をぶつけた。一方の萌花はあくまで僕の方を見ている。
「滝菜さん、本当は麻雀できる人ですね?」
「ルールを知ってるだけだよ。駆け引きは全然」
「だったら!」萌花が僕を指さした。「今のロンが無効なのも分かるでしょう! 典型的なフリテンですよそれ!」
抗議する萌花をよそに、ソラと渚の顔に疑問符が浮かんだ。
「滝菜君、フリテンとは?」
「狙い撃ちとだまし討ちを防ぐためのルールだね」
僕は渚の問いに答える。
「自分があと一枚で上がれる時、誰かが上り牌を捨てたタイミングでロンを宣言しなかった場合、例え他のプレイヤーが上り牌を捨てたとしてもロン上りはできない。また、自分が捨てたことのある牌でロン上がりをすることもできない。今回は前者」
「成程。今の場合ではソラ君と萌花君が同じ牌を捨てたのだから、順番が先のソラ君の時にロンを宣言しないといけなかったわけか」
「そういうこと。だけど――」
「滝菜はあたしの裸見たくないの!?」
返答に困るツッコミはやめてほしい。
「つまり僕が何を言いたいかって言うと――」
僕はビールをソラのグラスに注ぐ。ソラは笑顔でそれを飲み干した。満足したらしい。
「これが脱衣麻雀であるなら、狙い撃ちのフリテンは許容すべきだ」
「……は?」
意味不明、と言った表情を浮かべる萌花をよそに僕は続ける。
「考えてもみなよ。脱衣麻雀は通常、男女の一対一で行われる麻雀だ。けど今回は男一人と女の子三人の変則系。君らが誰の服を剥きたいかどうかはわからないから、試しに男女比を逆にしてみよう。男三人、その内一人は僕。それと女の子一人。服を脱がせるという行為の倫理的な是非はおいておいて――僕は男の服を剥きたいとは思わないな」
「成程」渚がぱちん、とジッポ―を閉じる。「フリテンは麻雀を公平に行うためのルールだが、これが四人の脱衣麻雀になるとゲームの建付けを崩す。なぜなら脱衣麻雀の最終目標は特定ターゲットを脱がせることであり、その目標はフリテンによって阻まれてしまう。したがってゲームとしての公平さよりもゲームの本質、つまり脱衣させやすいルールを整備すべきである。そのためにフリテンは適用すべきでない。そういうことかね」
「そういうこと」
「詭弁ですよ! そんなのゲームとして成立してません! ボクは看破しませんよ!」
「あたしは正論だとおもうなー」
ソラがグラスを揺らしながら言った。
「話聞きながらスマホで調べてたけど、麻雀って結構ローカルルールあるんでしょ? ならそれくらいのルール変更を受け入れる素地はあるんじゃない? 試しに採用してもいいと思うけど」
「ちょっとちょっとソラちゃん――」
「ああ、オレもそう思う」
「渚ちゃんまで!」
萌花が拒否するのも無理はない。彼女はゲームの公平性について言及したけど、彼女にとって本当に問題なのはそこじゃない。現在、僕達三人のヘイトが萌花へ向いている。もれなくターゲットは萌花になる。そういうことだろう。
麻雀は運が絡み、その上それぞれの手牌が上がるまで開示されない不完全情報ゲームだ。いくら僕らが初心者で、いくら萌花がゲーム慣れしてるとしても、手を完全に読み切るのは難しいだろう。それに二人は立直を覚えた。となれば、運が味方して萌花が沈む可能性は高まる。
ただ、二人には勘違いしないで欲しいけど、僕の目的は萌花を追い詰めることじゃない。僕の狙いはその先にある。
「だから脱衣麻雀なんてやめよう。罰ゲームで服を脱ぐなんて僕の趣味じゃない」
僕の狙いは、萌花が圧倒的に不利な状況を作ってこんなゲームを撤回させることだ。
はっきり言って僕にはリスクしかない状況だ。酒に酔って女の子三人と脱衣麻雀とか僕はいったいどんな人間なんだという話だ。それに、酔いが醒めた後の彼女らに何を言われるかわかったものじゃない。特にソラ。お得意の毒舌で徹底的に僕を詰り倒すことは目に見えている。
「え、やだ」
その当のソラが即答した。
「……何で?」
「だってそーゆーペナルティ付きのゲームは面白そうだし? じゃあこうしない? チーム戦」
「どういうことですか?」
「よーするに滝菜は一対一対一対一の状況だから狙い撃ちが必要って言ったんでしょ? じゃあ二チームにわけて実質一対一の状況にすれば狙い撃ちする必要はなくなるでしょ。それで同チーム内でのみフリテンはナシ。どーせ狙われるのは滝菜か萌花だけなんだから、そこだけは別チームにすればいいでしょ?」
「今のは聞き捨てならないけど? ソラ?」
「まあ待ってって。で、滝菜は女の子の服は剥きたくない。だったらこんなのはどう?」
そう言ってソラは押し入れを開け、中をまさぐり始めた。僕の部屋の押し入れはすっかり彼女達の服やらなんやらで埋まってしまっている。何かのタイミングで持ち込んでいいと言った気がするけど、こんなにモノが増えるとは思わなかった。
「じゃーん!」
そう言ってソラが取り出したのは、エナメル質でやたらとテカテカしている服のようなものだった。
「バニースーツ! 負けた方はバニーガールのコスプレ!」
絶句した。渚も萌花も固まってる。
「ママの友達がバニー居酒屋始めたんだって。それで貰ったらしいんだけど、なんか面白くてもらってきちゃった。でも着る機会なんて無くてどーしよっかなって思ってたけど、使い時でしょこれ!」
「……それ僕も着るの?」
「負けなければいいじゃん?」
無茶を言う。
「……ま、脱がされるよりマシですかね。いいでしょう! ボクはやります!」
「やれやれ、どうなることかと思ったが」
「決まり! じゃあ場をリセットして最初からね!」
そして僕はまた三人の勢いに飲まれてしまった。
「じゃ、あたしは滝菜チームね♡ あたしのこと守ってね♡ 滝菜♡」
「その甘ったるい言い方どうにかならない?」
「なんだ、ソラ君はそっちか。てっきり滝菜君を剥きたいのだと思っていたがね」
「それでは渚ちゃんはボクのチームで」
「何を言うのかね」渚が不服そうに言った。「今回のゲームでキミの味方をする理由がまるで無いのだよ」
「渚ちゃん? え? 渚ちゃん?」
「じゃあ渚も滝菜チームね!」
「それじゃ何も変わらないじゃないですか!」
萌花が当然の抗議をする。それに対し、ソラは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「なーに言ってんの。別に二チームになれば人数なんてどーでもいいじゃん? むしろちょうどいいんじゃない? 初心者チーム対経験者って感じで。萌花にはちょうどいいハンデでしょ? それとも萌花はあくまでイーブンじゃないと初心者に勝てない?」
「……いいでしょう!」
萌花が口角をあげながらそう言った。あれは間違いなくなにか企んでいる顔だ。
「東風戦。ボクは二五〇〇〇点、そちらは三人で二五〇〇〇点を共有してください。味方へのロンは無効。もし宣言したら場合は敵チーム……つまりボクに満貫の八〇〇〇点支払いにしましょうか。そのかわりフリテンは同チームメンバーのみ見逃しを認めます。それと、そちらはチームなので味方の手を見ても構いませんが、見てもいいのは隣の席のプレイヤーの牌だけです。いちいち席を立たれては鬱陶しいですから。それでいいですね!」
萌花が「びしっ」と僕達を指さした。「びしっ」の部分は萌花が言った。
「さあ、覚悟の準備はできていますか? ボクが負けたらバニーガール、そちらが負けたら三人とも裸エプロンで晩酌させてやりますよ!」
「ちょっと待ってひどくなってないか」
「乗った!」
「乗るな!」
「ではゲーム開始です!」
そう言って三人は再び麻雀牌をかき混ぜ始める。しぶしぶ僕も参加する。
しかし――萌花の自信は何だ?
麻雀はどうあがいても運が絡む。そこを複数人で遊ぶからこそ駆け引きや判断が生まれるゲームだ。このゲームのように僕達チーム対萌花、つまり実質一対一では引きが強い方が勝つゲームになってしまう。その上で、僕達は味方の手牌が覗けるので戦略の立てようがある。これではあまりに萌花が不利すぎる。そんな僕でもわかるようなこと、ゲーマーの萌花なら考えずともわかるはずだ。
釈然としないまま混ぜた牌を並べる。今回の起家はソラ、つまりソラの親番からゲームスタートだ。親決めの後はそれぞれ完成した山から手配を取った。
僕は手牌を整理しながら考える。僕が萌花の立場でかつ、ゲームに一言あるプレイヤーだとして、バニー服がかかっている状況でこのような運ゲーに臨むだろうか。絶対にイヤだ。僕だったら不利になる遊び方ばかり教えたことを素直に謝罪してどうにか許しを得る方法を考える。その方が生産的だ。いかに自分に有利に運ぶかという目で見れば、そっちの方がまだ戦略的ともいえるかもしれない。
それでもゲームをするしかないなら――選択肢は一つだ。卑怯と誹られるのを覚悟して盤外戦術を仕掛けるしかない。だがその盤外戦術とはなんなのか僕には見当もつかない。運以外に頼る方法が無い中で一体何をどうすればいいのかという話だ。
僕は三人の様子を見た。ソラと渚は慣れない手つきで手牌を整理している。
萌花は山を手で掴んで目の前に置いたところだった。
待った。
待ってくれ。
本当に待った。
「萌花」
ぎくり、と萌花が体を強張らせた。
「……やったね?」
「しょ、証明はできませんよね?」
ソラと渚は僕と萌花のやりとりをよくわかっていないようだ。しかし僕の考えを話したとして、萌花の言う通り証明する手立ては無いのも事実だ。
「たとえば僕が場のリセットを要求したとして、萌花は要求を飲む?」
「拒否しますよ。滝菜さんが手牌の悪さを誤魔化すのに
萌花は堂々とそう言った。反論の余地もなく正しく、僕は何も言い返せない。
僕は焦る。なぜなら萌花がイカサマをしている可能性があるからだ。
麻雀は全プレイヤー共通の山から一枚牌を引き、手牌から一枚捨てるというのを繰り返して手牌を所定の形にするのを目指すゲームだ。
その山がどこにあるのかといえば、プレイヤーの目線から見た時、まず自分の手牌があって、その奥に山が並んでいる。
山の数は十七枚の牌を二段に積んだ三十四枚。それが各プレイヤーの前に置かれるから合計百三十六枚。まず最初に各プレイヤーはそこから手牌分とり、ゲームスタート後は一枚ずつ引いてゲームを進行する形だ。
つまり、一度山を作った後はプレイヤーがその三十四枚の牌をまとめて掴んで持ち上げることなど無い。しかし萌花はなぜか三十四枚の山を器用に持っていて、それを置いた。
考えられることは一つ。あらかじめ自分が有利になるよう山に仕込んだ牌と、配られた手牌を入れ替えた。具体的には僕らが自分の手牌の整理に夢中になっている隙に、萌花は手牌十三枚と二段になってる山の下段十七枚の内十三枚の入れ替えを行った。
入れ替えのためには手牌と山を近づける必要がある。必然的に、牌の入れ替え後は山と手牌を所定の位置に戻す必要がある。おそらく僕が見たのは、萌花が入れ替え後に三十四枚の山を所定の位置に戻す場面だ。
燕返し、と呼ばれる立派なイカサマである。
もちろん発覚すれば二度と麻雀を打ってもらえなくなるレベルのイカサマだ。なにせ自分だけが有利になるよう操作したのだから。
しかし証明が難しいのも事実だ。イカサマの証明にはその現場を抑えるしかないが、僕は萌花が入れ替える瞬間を目撃していない。
やられた、と思った。間違いなく萌花はあと一枚必要な牌を手に入れればあがれる状態になっている。それもゲーム終了にできるレベルの高い打点の役を作っているだろう。麻雀はプレイヤーの一人がゼロ点未満になったらその場でゲーム終了。僕達は裸で萌花に晩酌。
悪夢だ。
もしかするとテーブルひっくり返してノーゲームにした方がマシかもしれない。
「さあさあさあソラちゃん! ゲームはもう始められますよ! 今回はソラちゃんの番からです! はやく牌を切ってください!」
どうする? どうすればいい? せめて萌花が何を狙っているのか分かればソラと切る牌を相談できるけど、ゲームスタートの段階ではそれを判断する材料は全くない。
くそ、と僕は心の中で舌打ちをする。万事は完全に窮した――
「えっと、ツモ……だよね?」
しかしソラは渚の期待を裏切り、パタンと手牌を倒して開示した。
「あ、え? ちょ、ええ?」
萌花が気の抜けた声をあげる。僕もソラの手配を確認し――震えあがった。
萌花が明らかに焦っている。かくいう僕も言葉を失った。ソラの手は、それはそれは信じがたいものだった。
「ごめん! 多分なんか役できてるんだと思うんだけどあたしわかんない!」
「ふむ。滝菜君、任せても?」
「……
「てんほー?」
「自分が親で、かつ牌が配られた時にもうアガれる状態が完成していると成立する役」
「へー。点数は?」
「役満だから三二〇〇〇点、ソラは親だから一・五倍の四八〇〇〇点。まあ天和自体、親であることが条件だから必ず四八〇〇〇点になる。一応補足すると役満は麻雀における最高打点。狙って出せる役じゃない」
「ヤバくない?」
目を点にしたソラがそう零した。
「ヤバいよ。もっと言えば天和は役満の中でもかなり出にくい。確率は確か三十三万分の一。死ぬまで麻雀やっててもお目にかかるか分からない、そういう役」
「じゃあゲームセット?」
「そ……そうだね。僕達チームはは25000+48000=73000点で、萌花は25000-48000=-23000点。萌花の点数がゼロ点未満になったから僕達の勝ちでゲーム終了だよ」
どうにか平静を保とうとしている僕。
理解が追いつかないソラ。
とりあえず煙草に火を点ける渚。
言葉を失い呆然とする萌花
僕の部屋は静寂に包まれた。
「あー……通常は四八〇〇〇点で処理するけど、採用率の高いローカルルール含めて最大打点まで計算すると今回はちょっとおもしろい形になっててね。ソラ、気になる?」
「そんな風に言われたら気になるに決まってんじゃん」
僕はともかく、にぎやかしのため――そしてイカサマ(疑惑)に手を染めた萌花への当てつけのために、ソラの手配について補足の説明を入れることにした。
「今回のソラの手配は【東東東 南南南 西西西 北北北 中中】で最初からあがりの形になってたけど、これはルールによっては……つまり役満の複合を認めるルールではちょっと面白いことになるんだ」
僕はソラの手牌を何度もまばたきしてから見る。どうやら酔いが回って見えた幻覚ではないらしい。
顔面蒼白の萌花に哀れみを向けながら僕は解説を続ける。
「東が三枚、南も三枚、西三枚で北も三枚。この場合は……最初にソラが話してたの、覚えてる? ソラ、東西南北揃えたら勝ちって言ってたはずだけど」
「え、あたしそんな話した?」
「ああ、アレか。ソラくん、自分で話したこと忘れたのかね。東西南北が集まれば
「……あ、あはは。そうだっけ?」
「やれやれ、ついさっきのことを忘れられては困る。それで滝菜君、その大四喜は何点かね」
「ダブル役満。役満の二倍で六四〇〇〇点」
「笑いどころかね?」
「それと」
僕は出来るだけ冷静を装って続ける。
「雀頭――二枚ペアのことね。ここが『中』って書いてある牌で出来てるでしょ。ソラの手牌は東南西北中だけ。この場合、ソラの手には字牌――数字じゃなくて文字が書いてある牌のことだけど、それだけで完成してるから
「何点?」
「役満。三二〇〇〇点」
「……」
「……さらに、ポンせずに三枚同じ柄の牌を集めたのを暗刻っていうんだけど、ソラの手には東南西北で四つの暗刻が作られてて、しかもこの場合は単騎待ちと見なすべきだろうから……
「あ、あ、ああああぁぁぁぁ……」
萌花のメンタルが限界を迎えようとしている。わかるよ萌花、解説してる僕もどうかしそうだから。
「今回もしもダブル役満有り、役満の複合有りのルールだと……
ダブル役満二つと役満が二つ。実質役満が六つ。32000×6=192000
ソラは親だから一・五倍のボーナスをつける。192000×1.5=288000
今回はツモあがりもロンあがりと見なすから、ソラは萌花からこれを徴収する。萌花の点数は25000-288000=-263000
当然、これはゼロ点未満だから萌花のトビでゲーム終了。
で、僕達チームの点数を計算すると 25000+288000=313000
まとめると最終的な点数は、
僕達…313000点
萌花…-263000点
になる」
ふう、と僕は一息ついてから言葉を続ける。
「なにこれ」
「奇跡、だ」渚が煙を吐く。「だが計算方法がどうあれ結果は一つだ。オレ達の圧勝でゲームセット」
「オーバーキルすぎて引くわ。あたし明日死ぬの?」
「今一番死にたいのは萌花だと思うよ。」
「はああああああああああああああああああああああああああ!?」
ギリギリのところで耐えていた萌花のメンタルがついに崩壊した。頭をひどく掻きむしりながら叫び声をあげている。まさに発狂といった様子だ。
「どどどどどどどどどーなってんですか!? どんなラッキーなんですか!? 僕が何をしたんですか! 誰を呪えばいいんですか!? 自分ですか!? 鬼! 悪魔!
「因果応報じゃないかな」
「ま、普段の行いと言うものだな」
「公正世界仮説はハリウッドの専有物だと思ってたんだけど、こういうことってあるんだね。じゃ、萌花♡」
「ひっ」
ソラがバニースーツを持って萌花に迫った。萌花の顔はすっかり青ざめている。
「バニー♡」
「嫌です嫌です嫌ですウソですこんなのお!」
ふと萌花が僕の方を見た……必死の形相で。
「たたったったたたた滝菜さん! 麻雀が分かるならこんなのノーカンでいいですよね! 滝菜さんはいい人ですからこんなクソみたいな運ゲーで罰ゲームしたりしないですよね!」
「あー……」
まあその。
かわいそうだとは思うけど。
正直な気持ちとしては、あんな卑怯な状況をセットされてムカついたっていうのはある。一方で、萌花が可哀そうだという気持ちもある。
けど、それはそれとして、それにここで萌花の味方をしたら今度はソラと渚が怖い。今回の一番の被害者になりえたのは二人だから。
「……僕はちょっとシャワーでも浴びてくるから、
「滝菜さァん!」
「あ、そう? お酒飲んでるから気を付けてねー」
「ああ、飲酒後の入浴はあまり推奨されないのは知っての通りだ」
「気を付けるよ」
そして僕は彼女たちに背中を向ける。何やら萌花の喚く声が聞こえたけど、僕は振り向かないようにした。
「ちょっと萌花! でっかいと思ってたけど本当におっぱいでっかいじゃん! え? これ大丈夫? こぼれない?」
「おやおやおやおや萌花君!
「ひいっ、ひ、ひいいいいいい!!!!!!」
ユニットバスのドアを閉める直前、そんな声が聞こえた気がしたけど、多分聞こえた気がしただけだと思う。
そういうことにしておいた方が萌花のためだ。
うん。
とりあえず明日の朝どうフォローするかだけは考えておこう。
【夜野ソラの手帳】
萌花のバニー姿はむちむちしててめっちゃエロかった。また着せたい。
あたしが萌花チームに入らなかった理由?
滝菜を脱がせたくないのかって?
ツッコまれそうだからここに書いておく。
滝菜の裸なんて、彼があたしのものになればいつでも見れるでしょ。
◇
きっと扉の向こうでは萌花にバニースーツを着せようと大騒ぎだろう。
僕はユニットバスで一人鏡を見る。
そこに映っているのは誰だ。
言うまでも無く僕だ。
「…………」
僕に問う。僕は笑えているか。
僕は無言で答える。鏡に映るのは僕の笑顔。
すう、と一呼吸。
僕は問う。僕はまともか。
僕は何も答えない。
まともかどうかなんて試してみるしかない。僕は上着を脱いだ。
僕は僕に問う。僕はまともか。
そうでもなさそうだ。
打撲傷。切り傷。青なじみ。三種類のアソートが僕の上半身を飾り立てている。びっしりと。傷の無い肌の方が少ないくらいに。
やれやれ、自分に対して試し行動なんてするものじゃないな。
これは幻覚だ。
これはもう終わったことだ。
傷は治っているはずだ。
こんなものもう存在しないんだ。
暴力を振るわれ続けたのはもう過去のことなんだ。
「……くそっ!」
僕はその光景に心臓が跳ね、自然と後ずさりをしいていた。
ばん、と結構な音を立てて背中がドアにぶつかった。僕の呼吸は絶え絶えだ。ゆっくりと深呼吸。僕のことを傷つける人間はもういない。もう終わったことだ。大丈夫だ。大丈夫……。
『ちょっと滝菜! 大丈夫!? 結構おっきな音なったけど!? 滝菜! 滝菜!』
ドアの向こうではソラがドアを叩きながらそう叫んでいる。
『渚、コイン貸して! 何でもいいから! 鍵開けるから!』
確かにこのユニットバスの鍵はコインで開けられるけど、その必要はないよソラ。
「大丈夫だよ」
僕はドアの向こうにいるソラにそう言った。
「虫がいてびっくりしただけ」
『本当に? 倒れたりしてない?』
「大丈夫。本当に大丈夫だから……」
『ならいいけど……』
ドアの向こうからソラの気配が消える。
僕は改めて鏡を見た。身体には打撲傷や青なじみは無い。それはそうだろう。なにせ昔の話、打撲傷なんてとっくに直っている。つまりさっきのあれは、認めたくないけれど、過去のトラウマが見せた幻にすぎない。
切り傷は残っているけど、これは元カノの梨奈が付けたものだ。そう、梨奈が。
僕が他の女の子と喋った時、
僕の帰りが遅くなった時、
梨奈の機嫌が悪い時、
梨奈は僕に刃物を向けた。
『I L◇VE Y◇∐』
『I L◇VE Y◇∐』
『I L◇VE Y◇∐』
本来OとUが来るべきところが崩れているのは、梨奈がカッターで刻んだために直線しか使えなかったからだ。
僕の腹にはそういう呪詛が刻まれている。
なんで別れなかったんだろうな、と今更になって思う。結局僕は、どうしようもなく男なんだろう。女の子に好かれると嬉しい。僕を肯定してくれる人を好きになってしまう。それが例え、普段の行いに問題のある人間だとしても。
「……消えるかな、これ」
なんにせよ、僕が脱衣麻雀なんてやりたくなかったのはこれのせいだ。傷を見せびらかす趣味は無いし、ソラ達もこんなもの見せられたら興ざめだろう。
僕は自分の裸体を見るたびに過去の傷を思い出してしまう。麻雀中に僕がトラウマで突然狼狽え、呻き始めたら? 三人は困惑するに違いない。
過去の話だ
終わった話なんだよ、僕。
分かってる?
鏡の中の僕は何も答えない。
ああくそ。そんなの当たり前だ。何を鏡に話しかけてるんだ僕は。酒で頭がやられたのか。きっとそうに違いない。
全く。
酒なんて大っ嫌いだ。