TS転生おせいそアラサー女教師がチャンプの夢女になる話 作:(・8・)
僕──キスギ・キョウヤが生まれて初めて、我を忘れるほどの熱狂に打ち震えた日のことを覚えている。
まるで手綱を解き放たれたかのように熾烈な戦いを繰り広げる、ガンプラとガンプラの戦い。
GPDと呼ばれ、一世を風靡したそれは、プラネットコーティングという技術によって、実際に本物のガンプラを戦わせるものだった。
それ自体は広く知られていたことだし、僕自身もなんとなく、日常の一部として認知こそしていたけれど、生憎、GPDが稼働していた頃はトライエイジの方にハマっていてね。
だから、僕がガンプラバトルに真の意味で触れたのは、GBNからになる。
おっと、話が逸れてしまったね。
僕が生まれて初めて熱狂という感覚を抱いたのは、たまたま──GPDにおける最後の世界大会で、一人の女性が優勝した試合を見ていたときだった。
テレビをつけたらなんとなく映っていて、ガンプラを作るときのBGM代わりにでもしようと思ったのがきっかけだったけど、とても作業どころではなかったね。
画面の向こうで咆哮し、相手のガンプラを喰らいつくさんと襲いかかる日本代表の女性──エントリーネームは確か「ミナキ」だったか──の試合に、僕はすっかり魅せられていたのだから。
赤と紺色のツートンカラーに染められたガンダム・バルバトスルプスのカスタムモデルが、同じく決勝まで勝ち上がってきたアメリカ代表のスーパーザクカスタムF2000のカスタムモデルと、互いに一歩も退かない戦いを繰り広げる光景に打ち震えて、僕が思ったことはただ一つだった。
──あの戦いの中に、どうして僕がいないんだ、と。
当たり前ではある。GPDそのものに触れてこなかった僕がそこにいないのは。
でも、考えて、感じてしまった。
自分だけのガンプラで、自分の「大好き」を詰め込んだガンプラこそが、「世界で一番強いんだ」と主張できたら、どんなに清々しいことだろうと。
それを証明するように、「ミナキ」さんは、激闘の果てにアメリカ代表を下した後、天に向かって叫んでいた。
『完・全・燃・焼ッ!!!!』
自分の全てを出し尽くして、「大好き」を証明できたのだから、さぞかしそれは気持ち良かったことだろう。
だから──僕も、目指したのだ。
頂点に立つことを。強くなり、僕が世界で一番ガンプラバトルが上手いんだと、僕が世界で一番ガンプラを愛しているんだと、心の底から叫ぶために。
なんてこともない、昔の話だ。
GBNの頂点に立ったら、きっと満足するのだろうとばかり思っていた頃の、青い感情。
実際に頂点に立ったとき、嬉しくなかったかと聞かれて首を横に振るならそれは嘘になるのだろう。
だけど、こうして頂点に君臨し続けていても、僕はまだ足りないし満たされていない。
あの「ミナキ」さんのように、全てを燃やし尽くせたわけではないのだ。
戦いを続けていたら、いつかこの渇きが癒える日がくるのだろうか。
時折、意味もなく考えてしまうことがある。
もちろん、チャンピオンの座を引退するつもりも、誰かに譲るつもりもなければ、僕の背中を追いかけてくる後進たちとの戦いだって楽しんでいるつもりだ。
それでも、「完全燃焼」に至らないのはどうしてだろう──と、頭の隅で考えながら、アーセナルコマンダーで手に入れたカードを整理しようとしていたときだった。
「きゃっ……」
「すみません、お怪我はありませんか?」
不意に、女性とぶつかってしまった。
アッシュブロンドの長髪に、琥珀色をした垂れ気味の瞳が印象的な、僕と同じぐらいの年頃だと思われる人だ。
グレーを基調としたモノトーンファッションに身を包んでいて、それがあどけなさを残した顔立ちに反し、ぐっと大人びた印象を与えている。
──だけど、そんなことはどうでもよくて。
「はい、ごめんなさい。私も寝不足で少しぼーっとしていましたから……」
GBNで聞いたことのある声に、GBNで見たことのある容姿。
目の前で遠慮がちに微笑んでいる女性は、もしかして。
僕は疑念を晴らすためにも、問いかけてみることにした。
「僕の勘違いだったら大変申し訳ないのですが……『コトリ』という名前に心当たりはありますか?」
「えっ? それ、私がGBNで……えっ?」
「やはりでしたか……僕はキスギ・キョウヤといいます。恐らくは『クジョウ・キョウヤ』の方が通りはいいでしょうが」
苦笑しつつ、コトリさんの手を取って立ち上がるための支えにする。
「えっと……それだと、昨日ぶりになるのでしょうか?」
「はい。僕の記憶違いでなければ」
「あはは……まさかこんなところで、チャンピオンに会えるなんて、思いもしませんでした」
「リアルイベントにも結構顔を出していますから、珍しいものではないですが」
思い出すのは、この前ガンダムベースお台場本店で行われたエキシビジョンマッチだろうか。
あの場所にコトリさんがいなかったのは、きっとリアルが忙しいからなのだろう。
僕としてはこのまま少し、コトリさんと話してみたかったものだけど、忙しそうなのに引き止めるのもよくない。
「あっ、その……これもなにかのご縁ですから、カフェでお茶でもしませんか?」
「喜んで……と、言いたいところですが、お忙しいのでは?」
「今日はもう、サッカー部の応援で用事は終わりましたから」
「先生をなさっているのですね、似合っていますよ」
「あはは……教頭先生に怒られてばかりのダメダメ教師ですけどね」
向こうからお茶の誘いをかけてくれるとは、思ってもいなかった。
機会があれば、コトリさんとは一度リアルでも話がしたいと思っていたのだ。
まさか昨日の今日でそれが叶うとは、全くもって人生というものはわからないね。
◇
まさか、リアルでチャンプにエンカウントするなんて、全くもって想定の範囲外だった。
今日はサッカー部の顧問をやっている先生が風邪で倒れたとかで代わりに応援に行かされたりして、散々だと思っていたけど、よもやこんなことになるなんて。
私は緊張でガチガチになりながら、頼んだホットココアへと控えめに口をつけた。
うぅ、GPDをやっていた頃や、GBNの中ならいざ知らず、リアルで男の人と二人きりでお茶するなんて、緊張するなって方が無理筋だ。
とはいえ、私から言い出したんだから、なにかしら話題を切り出さなければ。
愛想笑いを作りながらチャンプの顔をまじまじと見ていたけど、本当にイケメンって感じがする。
我ながら語彙がないけど、なんで前世でアニメやってたときに、観測範囲で夢女が大量発生してなかったのか不思議なぐらいだ。
対して私は……美人、なのだろうか。
この世界顔面偏差値の平均が高いせいで、自分の容姿に対する評価がフラットにできない。
他の人から美人とか可愛いとか言われたことは結構あるから、少なくとも釣り合ってないと見られてはいない──と、思いたい。
「やはり、僕といるのは息苦しいですか?」
「そ、そんなことないですっ! 私からお誘いしたのに、ごめんなさい!」
「はは、謝ることじゃないですよ。気を遣ってくださるのは嬉しいですが……GBNではフレンド同士なんですから」
「そうですね、でしたら……いつものように接してくれると、その、少し緊張もほぐれると思います」
「わかった。それじゃあフランクに行こう、コトリくん。もののついでに、僕のことも『キョウヤ』と呼んでくれると嬉しいな」
チャンプ──もとい、キョウヤさんは優雅に店のオリジナルブレンドを口にすると、柔らかくはにかんだ。
イケメンにしか許されない笑顔だ。
ガンプラバトルに青春を捧げたせいで社会不適合者一歩手前の私には眩しすぎる。
「はい。では改めてよろしくお願いしますね、キョウヤさん」
それでも、曲がりなりにも教師をやっていることで培われた営業スマイルで、私は緊張を踏み倒してみせた。
「君に下の名前で呼ばれると、なんだかこそばゆいね。『キョウヤ』というのは、先ほどぶつかったときも名乗った通り、僕のリアルネームでもあるから」
「そうだったんですか? 緊張で覚えてなくて……あはは。それに、私は名字からもじっただけで、なんの面白みもないです」
「GBNは自由だからね。公序良俗に反する名前でなければ問題はないさ」
「ふふっ。リアルネームをそのままつける勇気が私にはなくて……」
……嘘だ。
でも、キョウヤさんはそんな私の嘘を見抜いているのか見抜いていないのか、GBNで見かけるのと変わらないイケメンスマイルを維持している。
じっと見つめていると、飲み込まれてしまいそうだった。
「君と会ったら話したいことは山ほどあったんだけどね、こうして話しているうちに、なにから話していいか迷ってしまうよ」
「恐縮です。私もキョウヤさんとお話ししたいことはたくさんありますけど、緊張でほとんど飛んじゃって」
「では、そうだね……好きなガンダム作品、なんて定番の話題はどうかな?」
「ふふっ、人によっては戦争になる話題じゃないですか」
キョウヤさんの冗談で、心が少しほぐれた気がする。
あー、イケメンってすごい。
大概の冗談は笑顔で許してしまいそうになるんだから。
「では少し趣向を変えて……コトリくん、君はどうしてガンプラを?」
あっ、本当に好きなガンダムについて語り合いたかったんだ。
冗談だと切り捨ててしまったけど、心なしか残念そうなオーラが出ている。
キョウヤさんのことだから、十中八九AGE語りになるんだろうけど。
「これなしじゃ生きられないから、ですね」
「それは……大分尖っているね」
「はい。社会人に……大人になったら自然とガンプラなんてやめてるものだと思ってたんですけど、どうしてもやめられなくて」
「なるほど。それなしでは生きていけないほどの『好き』という感情……まさに、愛だね」
キョウヤさんは、急にミスター・ブシドーみたいなこと言い出したけど、まあまあ間違ってはいないから困る。
私の場合、愛というよりは執着に近いんだろうけど。
前世から好きで好きで仕方ないから、こうして今世でダメな大人になるとわかっていても、捨てられなかったから。
「愛……」
「ガンプラは箱から出して組み立てるものだからね。自分だけのイマジネーションを形にしようとする。それを愛と呼ばずして、なんと呼ぶんだい?」
確かに、言われてみればそうだ。
流石はGBNのワールドチャンピオンだ。
言うこと一つ一つに重みがある。
「……ありがとうございます、私自身は、あまり前向きじゃない理由だと思っていましたから」
「感謝するほどのことじゃないよ。時間は大丈夫かい? 可能なら、語らいを続けたいが」
「ぜ、全然大丈夫ですっ!」
必殺のEXカリバーもといイケメンスマイルに直撃した私の情緒は、完全におかしくなっていた。
あぁ、うん。
この優しさと懐の深さに脳を焼かれないはずがない。
……やっぱり前世で夢女が大量発生しなかったのは、なんかのバグだったんだよ、多分。
こいつら互いに脳を焼き合ってんな