TS転生おせいそアラサー女教師がチャンプの夢女になる話 作:(・8・)
「すっかり日が暮れてしまったね。本当に楽しい時間だったよ」
キョウヤさんは話を締めくくると、会計のため、卓上に置いてあるベルを鳴らして店員さんを呼んだ。
本当にガンプラやガンダムのことを愛しているんだな、とわかる話ばっかりで、子供みたいに目を輝かせて語ってくれたガンダムAGEへの愛と熱量は凄まじいものだった。
そうでなければ、Xラウンダー対応装備のFファンネルを持っている、「if」の存在としてのAGEⅡマグナムを、作らないだろうから。
「あっ、あの」
「コトリくん?」
「お時間があれば……お嫌でなければ、ディナーもご一緒できないですか? はしたないかもしれませんが……」
「僕からも切り出そうと思っていたのに、女性の君から話を出してもらって申し訳ない。コトリくんがよければ、是非」
「ありがとうございます」
タダ飯にありつきたいとか、そういう話じゃなくて、私はもっと、キョウヤさんと話がしてみたかった。
原作では、彼の内面描写はほとんどGBNへの愛に向けられていて、「個人」としての考えもそこに集約されていた気がするから。
だからもっと、日常的な、他愛もない話を聞きたかったのだ。
「支払いはこれで頼むよ。ああ、コトリくん。今、店の予約をするから待っていてほしい。お気に入りの場所があるんだ」
「ありがとうございます、楽しみに待っていますね」
キョウヤさんは、店員さんへと当然のようにブラックカードを提示して支払いを済ませると、スマートフォンをポケットから取り出して、曰く、お気に入りのお店へと電話をかけた。
か、格好いい。
スマートな大人の仕草って感じで、未だにドジが抜けないし、なんなら外食なんてお安いチェーン店にしか行ったことがない。
ドレスコードとか、大丈夫だろうか。
今日は仕事だったからちゃんとした服は着ているつもりだし、ハイヒールも履いているけど。
だ、大丈夫だよね? 下着は3枚で1000円のものだけど、本当に大丈夫だよね?
「待たせたね、空いているみたいだったからすぐに予約が取れたよ」
「それは幸運でしたね、ところで、その……ドレスコードとかは」
「大丈夫だよ、今日のコトリくんはフォーマルな服装をしているし、そこまでドレスコードの厳しい店ではないからね」
「キョウヤさんも、フォーマルな格好をしていますけど……お仕事だったんですか?」
「いや? これは私服だよ。似合っていなかったかな」
キョウヤさんは小さく苦笑する。
原作でもなんだか弁護士風だとか言われていた、サスペンダー付きのズボンに縦縞のシャツ、そして首元にアクセントとして臙脂色のネクタイという格好だ。
イケメンはなにを着ても似合うという前提はさておくとしても、似合っていないはずがない。
「とんでもないです、とってもお似合いですよ」
「ありがとう。コトリくんも、素敵な服装だ」
「……お、お仕事でしたからっ」
ナチュラルに褒めてくるのは心臓に悪いというかなんというか。
サッカー部の応援に行かなきゃいけなかったのは憂鬱だったけど、思ってもいないところから幸運が転がり込んできたから差し引きプラスってところかな。
私は、キョウヤさんのことをもっと知りたい。個人として彼がなにを考えて、どんな風に育って、どうしてGBNをあんなに愛しているのかだとかを、じっくりと。
「それでは、行こうか。タクシーも手配してあるよ。僭越ながら、エスコートをさせてほしい」
「……よ、喜んで。私なんかでよければ」
「……君だからだよ」
「えっ……?」
「いや、なんでもない。それでは、行こうか」
キョウヤさんから差し伸べられた手を取って、私は喫茶店を出た。
……男の人の手って、本当に骨張ってて大きいんだなあ。
ガンプラを作っているのに、肌が荒れていたり、塗料の残りがついたりしていないのもポイントが高い。なんのポイントかはわからないけど。
そんなことをぼんやり考えながら、私はキョウヤさんに手を引かれるまま、タクシー乗り場へと歩いていた。
隣り合ってタクシーの後部座席に腰掛けると、車内が少しだけ狭かったせいで、つい伸ばした指先が触れ合ってしまう。
き、気まずい。いや落ち着け私、思春期か。
「すまないね、少しくつろいでしまったようだ」
「いえ、私も……気が抜けてしまって」
「ははっ、お互いに緊張しないで話していたつもりが、そうでもなかったね」
「やっぱり、GBNとリアルは違いますから……そ、それに、私、男の人と二人きりでお話したことなんて、ほとんどないですから」
「そうだったんだね。緊張させてすまなかった」
「そ、そんな。キョウヤさんが謝るようなことじゃないです。私が……慣れていないせいなので」
学生時代とか、GPDに熱中していた時代は異性相手でも臆することなく話しかけに行ったり、話題に混じったり、交流したりしていたけど、思えばあれは若気の至りだ。
私が「ミナキ」だったことも含めて、黒歴史。
埋もれてしまえ、マウンテンサイクルに。
「む、そろそろ店が近いようだね」
「どんなお店なのか、楽しみです」
「隠れ家的なところだから、あまり人目を気にしなくていいのがいいところさ」
なるほど。
キョウヤさんが予約したっていうのがレストランなのかバーなのかはわからないけど、隠れ家的なところであれば、お客さんの数も少ないだろうし、ガンダムトークもできるか。
この世界だと市民権を得ているけど、本来なら、ガンダムの話題というのは政治と野球と並んでデリケートなものなのだ。
「えっと、ここって……」
気づいたらお店の前に着いていて、タクシーからキョウヤさんに降ろしてもらった私は、既視感のある風景から、思わず尋ねていた。
「バー、『アダムの林檎』さ。店主がガンダム好きでね。それに、アルコールを見る目も確かだから、お気に入りなんだ」
そっか、原作では最終回に訪れていたから、てっきり、あのとき初めて来店したものだと思ってたけど、行きつけのお店だったんだ。
アダムの林檎といえばマギーさん。
GBNの有名人だから私のフレンド欄にも名前があるけど、マギーさんと話したことはあんまりなかったかもしれないし、そういう意味でもこれ以上ないチョイスだった。
「楽しみです、エスコート、お願いできますか?」
「喜んで。さあ、行こう」
キョウヤさんに手を引かれて、私はドアベルの音に出迎えられた。
「いらっしゃーい! あら、キョウちゃん! 女の子と一緒なんて珍しいじゃない!」
「彼女はコトリくんですよ、GBNで個人ランキング3位の」
「まあ、そうだったのね! コトリちゃんとはあんまりお話ししたことがなかったけど、噂は聞いてるから。ささ、座ってちょうだいな。今日は貸し切りにしておくわね」
マギーさんは、気を利かせて貸し切りの札を表に掲げてくれた。
店内を見ると、どうやら本当に私たちしかお客さんはいなかったらしい。
これでキョウヤさんと、思う存分ガンダムトークができるぞー、と思ったけど、ガンダムトークならマギーさんにも入ってきてほしい。
なんだかんだで、マギーさんもミステリアスで日常が想像できない人だったから。
「早速で悪いけれど、はい、お冷。ご注文は?」
「お任せで頼むよ」
「はぁい、マスターの気まぐれフルコース2名様、ご案内♡」
注文を受けたマギーさんは、バックヤードに向かって、改めて「アダムの林檎」の店内は、私とキョウヤさんの二人だけになった。
「さて……なにから話したものか。チャンピオンという肩書きがある以上、どうしても色眼鏡で見られてしまってね。そういう意味では、コトリくんと同じようにフラットな目で僕を見てくれる子がいるんだ」
「そうだったんですか……やっぱり、チャンピオンって肩書きは重いですよね」
「慣れれば心地いいものでもあるけれどね。その子は諦めずに何度も僕にぶつかり合ってきて、戦う度に成長を重ねていく。いつかは僕に届きうるんじゃないかな」
「……女の子、ですか?」
キョウヤさんが嬉しそうに語っている中で、私はどういうわけか、無意識にちょっとだけささくれ立った疑問を投げかけていた。
「女の子ではあるけれど……まだ小学生の子供だよ。彼女の申告を信じるならね」
「そう、ですか……」
──今、私、小学生にジェラシーを感じていた?
いや、どうしてジェラシーを感じていたのかの方が重要なんだけど。
そもそも私とキョウヤさんはそういう関係じゃないはずで。
恥ずかしさで、顔が耳まで真っ赤に染まっていくのを感じてしまう。
「すまないね、小学生とはいえ、コトリくんがいるときに他の女性の話をするなんて、マナーと配慮に欠けていた」
「い、いえ……私も変にジェラシーを感じてしまって、ごめんなさい。大人として、失格ですよね」
「大人、か。コトリくんはとても意識しているようだけど、それなら僕はまだ子供のままだね」
「……そう、でしょうか?」
「大人はかくあるべし、と思ってフリット・アスノやブライト艦長の背中を追いかけてきたけれど、未だにガンプラバトルに夢中で、交際経験もない」
キョウヤさんは、自嘲するように笑った。
こ、交際経験がない。
そのイケメンで!? 流石に無理があるでしょ、と思ったけど、キョウヤさんが嘘をつくような性格じゃないのは知っている。
「……わ、私と同じですね」
「だから本音を言うと、僕も緊張していたのさ。情けないと思うかい?」
「いえ。親近感が湧きました」
なんだか、私たちの間にあったわだかまりが、解けていったような気がした。
「はーい、お通しのウェルカムドリンクよ。ここらで一つ、乾杯はいかが?」
「気を利かせてくれてすまないね。それでは、コトリくん」
「はい、キョウヤさん」
私たちは、マギーさんが持ってきてくれたグラスを天に掲げて。
「「乾杯」」
なにに乾杯するのかはわからないけど、乾杯を交わしていた。
君の瞳に、なんていうのは冗談だとして。
友情が深まったことに乾杯、だろうか。
こいつら乾杯したんだ!