TS転生おせいそアラサー女教師がチャンプの夢女になる話 作:(・8・)
……昨日は、キョウヤさんに慰められてばっかりだったなあ。
昔のことになるとついつい涙が出てきてしまうのは、情けないとわかってはいるんだけど、半ば反射的なものだからどうしようもない。
仕方ない、と甘えたいわけじゃないから、なんとかしないといけないんだけど。
そんなわけで、私は一念発起してちょっとだけいい服を買いに行くことにした。
仕事柄、フォーマルな服装としていいものは複数持っているけど、私服に関してはその辺のファストファッションで済ませているから、まずはそこから抜け出してみよう、という具合だ。
メタなことをいうと、時系列的にリクくんたちは今頃、タイガーウルフさんにみっちり修行をつけてもらっている頃合いだろうから、息抜きも兼ねてだけど。
そんなわけで早起きして、私服の中でも比較的見栄えがいいものを選んで、ちょっと念を入れてメイクをして。
うん、鏡に映る私はいつもよりグレードアップしている……気がしないでもない。
例えるなら、ABS関節だったキットがKPS関節に置き換わったぐらいの進化だ。
「デパートのいいアパレルブランドかぁ……予算足りるかなぁ」
オタクというのは、HGUCデンドロビウムやHGUCネオ・ジオングは安いと思って買ってしまうくせに、夕飯のお刺身は600円でも高いと思ってしまう性質がある。
だから、服にデンドロビウムとネオ・ジオングを組み合わせたくらいの値段を出すとなると、途端に躊躇してしまうのだ。
塗装ブースの5万円は安いのに、服にかける5万円は恐ろしく高い──哀しきかな、オタクの金銭感覚。
とにもかくにも、行動に移さなければ、なにをやっても変わらないから、私は鏡の前でいつもの「おまじない」をする。
「五つ数えて目を開いたら、私は一般女性のコスプレをした女の子……!」
ご、よん、さん、に、いち──ぜろ。
これで目を開いて、覚悟を決める。
女の子って歳じゃないのは自覚してるけど、アラサーまでは女子だからセーフ。きっとセーフだと信じたかった。
そんなわけで公共交通機関を利用してやってきたお台場のデパートは、相変わらず私が場違いな存在であることを突きつけてくる、オシャレな雰囲気で満ち溢れていた。
ここにある喫茶店──キョウヤさんと一緒に語り合ったお店はお気に入りだから、休日出勤の帰りに寄ったりはしてるけど、やっぱり百貨店というのはどこか冷たい空気を纏っている気がする。
そう、私みたいなオタクという名の日陰者に対して。
「恥を忍んで、まずは店員さんに聞く……聞くのは一時の恥、聞かぬは一生の恥……!」
深呼吸をして緊張を誤魔化しながら、私はデパートのフロアに軒を連ねるハイブランドのアパレルに足を踏み入れる。
わからないことがあったら、素直に知っている人へと尋ねる。これは何事においても基本中の基本だ。
ガンプラにしたって、今日の献立にしたって変わらない。
だから、私は恥ずかしい気持ちを抑え込んで、店員さんへと尋ねることにした。
「あの、すみません。予算これぐらいで、清楚な印象の服装って、ございますか?」
「はい、もちろんです! お見計らいしますので、少々お待ちください!」
店員さんは、私なんかからの質問を嫌がることなく、笑顔で快諾してくれた。
よ、よかった。
これで私もオシャレ中級者──の、一歩手前ぐらいには来れただろうか。
どきどきと早鐘を打つ心臓を諌めるように、左胸の下に手を当てながら、小さく、深く、気づかれないように息をつく。
「お待たせしました、こちらのコーディネートはいかがでしょうか──」
戻ってきた店員さんが持っていた服を一通り試着室で確かめさせていただいた後、私は一番気に入ったものをそのまま着せてもらって、アパレルを後にした。
はぁ、緊張で死ぬかと思ったけど。
ショーウィンドウのガラスに映り込む私を見て、少しだけ頬が緩んでくるのを感じる。
明るめなブルーグレーのブラウスに、ニュートラルグレーの膝丈ほどあるタイトスカート。
これだけでPGUνガンダムが買えそうな金額が飛んでいったのには目眩がするけど、必要な犠牲だと割り切る他にない。
だって、このデパートに寄ったのには──
「本当にアルティメットレアとノーマルのAGE-2、交換してもらっていいの!?」
「ああ、大丈夫だよ。僕はAGE-2が欲しいからね」
「わーい! ありがとう、お兄さん!」
ゲームコーナーを通りかかると、あつらえたようなタイミングで、よく知っている声が聞こえてくる。
声のした方に振り返ると、そこには自引きしたアルティメットレアのストライクフリーダムを、ノーマルのAGE-2と交換するキョウヤさん(リアルのすがた)があった。
なんて器の大きさだろう。たとえストライクフリーダムが目当てじゃなかったとしても、アルティメットレアなんて、持っているだけで満足するのに。
カードを交換してもらって、満足げに去っていく子供に手を振りながら微笑みかけるキョウヤさんも、どこか満足げだ。
多分、キョウヤさんはAGE-2が純粋に好きだっていうのもあるんだろうけど、行き渡るべきものが行き渡るべき人のところに行くのが嬉しくて仕方ないタイプなのだろう。
うーん、懐があまりにも広くて固定資産税取られそうだなぁ。
「おや、コトリくん。偶然だね」
「はっはい、偶然ですね。キョウヤさん」
私に気づいてくれたキョウヤさんが、穏やかな微笑みを維持したまま呼びかけてくる。
偶然。
偶然といえばそうなんだろうけど、私が抱えている事情は少々違っているというかなんというか、必然狙いで偶然を試したというか。
「いつもとは感じが違うね。よく似合っているよ」
「ありがとうございますっ」
やった。服を変えたのに気づいてもらっちゃった。
私は年甲斐もなく舞い上がってしまいそうになるのを抑えながら、楚々とした微笑みにはち切れそうな喜びを隠す。
早い話、私が今日、このデパートを訪れたのは、ここがキョウヤさんのいわゆるホームだと見込んでのことだった。
……舞い上がってるというか、我ながら一歩間違えば危険なことしてるなぁ。
でも、会いたい……会って、お話がしたいという気持ちが抑えきれなくて。
本当のことを言ったら、キョウヤさんは怒るだろうか。
嘘と本当を曖昧に微笑みへと綯い交ぜにして、私は小さく首を傾げた。
「おっと……ちょうど今日のアーセナルコマンダーにかける予算もなくなってしまったか。コトリくん、よければランチでもどうだい?」
「ありがとうございます。でも、今日は割り勘で大丈夫ですよ?」
「なにを言っているんだ、それでは僕の沽券にかかわる。僕を立てると思って、支払いは任せてくれると助かるな」
「ありがとうございます……これじゃ、私がお昼ご飯をご馳走してもらいにきたみたいですけど」
「友と語らいながら昼食を共にするなら、大歓迎さ。一人寂しいランチよりも遥かに楽しいからね」
キョウヤさんは、相変わらずのイケメンスマイルで断言する。
そっか、受け身な私といてもキョウヤさんは「楽しい」と思ってくれるんだ。
その言葉だけで、十分救われた気がした。
「そうだ、一つ提案なんだが……連絡先を交換しないかい、コトリくん?」
「いいんですか?」
「どうやら住んでいるところも近いようだし、フレンドと連絡先を交換していないというのもおかしな話だからね」
メッセージアプリのQRコードを提示しながら、キョウヤさんは持ちかけてくる。
や、やった。
私は小さくガッツポーズしたくなるのを堪えて、キョウヤさんへと微笑み返す。
「そうですね。では……お言葉に甘えて」
QRコードを読み取って、メッセージアプリのフレンド登録をすると、私は連絡先に追加された「キスギ・キョウヤ」の文字列に頬が緩んでいくのを感じる。
「おや、タカナシ・ミナキ……コトリくんのリアルネームか」
「えっ……と」
ヤバい、そういえば業務でも使う関係でプロフィールネームを本名にしたままだった。
もしかして、過去がバレてしまわないだろうか。
お願い、気づかないで──祈るように目をきゅっと固く瞑る。
「素敵な名前だ。コトリ、というのは『タカナシ』から取ったんだね」
「は、はい。あはは……」
よかった、バレてなかった。
冷や汗をだらだらと流しながらも、本名を深掘りしてくることもなく立ち上がったキョウヤさんと共に、私はいつもの喫茶店へと向かう。
……小さな嘘と大きな嘘をついているという罪悪感を、胸の内側に秘めながら。
タカナシは漢字表記だと小鳥遊なので「コトリ」です、うへ〜