TS転生おせいそアラサー女教師がチャンプの夢女になる話 作:(・8・)
「どうだい、最近は。色々とGBNも大変なことが増えているけれど」
キョウヤさんは相変わらずオリジナルブレンドとセットで頼んだハムチーズトーストを切り分けながら、問いかけてくる。
最近……最近変わったことは、特にないといってしまえばそうなんだけど、それじゃあまりにもつまらない。
リクくんたちも原作通りなら今頃ペリシアで偽シャフリヤールを討伐している頃だろうし、ますます腕前を上げていくリクくんの姿に、キョウヤさんはご満悦といったところなのだろう。
……むぅ。
「変わったことはないですけれど、それよりも私はキョウヤさんの瞳の中にいる誰かのことが気になってしまいます」
「おや、君にはすっかりお見通しだったか」
肩を竦めるキョウヤさんは、勘弁してほしいとでも言いたげな表情だったけど、私は見なかったことにして追撃をかける。
「風の噂で聞きましたよ? 初心者向けの連戦ミッションで、アウターパーツを使ってまで初心者に擬態していたとか」
「ははは……耳が痛いね。本当のことだから仕方ないんだけど」
しかも、思いっきりダイバーネームを「キョウヤ」と名乗っておいて。
それなのに、背格好は全くいじってないのに気づかなかったリクくんたちにも問題はある。
ユッキーくんは気付きかけてたんだから、もう少し揺さぶりをかければよかったのに。
「なんだか機嫌がよろしくないみたいだね。新しい装いをしているというのに」
「……そんなこと、ないですよ」
「僕がリクくんのことを応援しているのは、昔の自分と重なって見えるからだよ」
「昔の、自分」
「そう。何百回、何千回と戦って……勝つ度に嬉しくなって、負ける度に悔しくなって試行錯誤する。本気でGBNという世界を、ガンプラを愛していないとできない打ち込み方だ」
そう。
キョウヤさんの胸の中には、大きな愛がある。
まるでそれは、劇場版機動戦士ガンダム00における刹那・F・セイエイのように。
GBNとガンプラを本気で愛して、本気で命を燃やして、今という時間を削って打ち込んだからこそ手にした、頂点という座。
しかも、そこで満足するのではなく更に先に行こうとする野心と気概をクールな佇まいの裏に隠しているのだから、敵わない。
私も昔はそうだったけど。
でも、それはそれとして、キョウヤさんがリクくんのことに限らず、ロンメル大佐だとか、エミリアさんのことだとか、他の女の子のことを口に出したり瞳に映したりしていると、どうしてか胸の奥がきゅっと真綿で締め付けられたような感覚になってしまう。
……おかしいな、私。
キョウヤさんとはあくまで連絡先を交換して、ゲームの中でよく遊ぶフレンドというだけなのに、変な感情を抱いちゃっている気がする。
ホットココアを一口啄んで、気持ちを整える。
そろそろ梅雨も近づいてくる頃だろうか。
梅雨はビルダーが最も忌み嫌う季節だから、憂鬱になってしまいそうで。
「……GBNへの愛、青春。キョウヤさんがいくつかはわかりませんけど、もしも私と同じくらいの年頃でしたら──青春に、期限なんてないし、探究心に年齢は関係ないんだってフレーズを思い出します」
「そうだね。僕の年齢はともかく、GBNには様々な人々が打ち込んで、常に自分の道を探し続けている。ただ遊びたくて遊んでいる人も、僕の背中を追いかけてバトルに邁進する人も──皆等しく、愛しい世界の一員だ」
「……私も、でしょうか」
私もキョウヤさんの世界にいる一員でありたい。
と、思う反面、そこから少し外れた場所に、それこそリクくんと同じか、もしくはそれ以上に目をかけてほしいと思っている自分がいることに気付かされる。
……だから、私とキョウヤさんはそんな関係じゃないし、親密な間柄でもないはずなのに。
でも、所作の一つ一つを気づいたら目で追ってしまう。
困ったような笑顔も、悩ましげな吐息も、礼儀正しくハムチーズトーストを食べる姿も、全部、この目に焼き付けて離したくなくなってしまう。
こんな感情、前世でも抱いたことなんてないから、どういう名前をつけて、どこに置けばいいのかわからない。
「……コトリくん、泣いているのかい?」
「えっ……? やだ、私……」
「そうだね……少し僕が意地悪なことをしてしまったかい?」
「……いえ、違うんです。ただ、私は」
「期待させるようなことを、言ってしまったかな」
火蓋を切ったのは、キョウヤさんだった。
いや、私が切らせてしまったとでもいうべきか。
でも、期待してしまっていたのは確かで、それで舞い上がって、勝手にジェラシーを抱いて。なんて、みっともない。
「……期待しちゃいますよ、私も……女の子、なんです……女の子って歳じゃ、ないかもしれないですけど……」
「そうか……いや、この手の話には悲しいことに割と縁があってね、その度に、申し訳ない気持ちを抱いてきたことを思い出してしまうね」
……きっと、キョウヤさんはモテモテだったんだろうなあ。
証言を信じるのなら、交際経験がないというだけで、こんなにイケメンなんだから浮いた話の一つや二つもない方がおかしいのだ。
一方、私は前世も含めて全くのゼロ。一応……なくはないけど、カウントするようなものでもないから、スタートラインにすら立てていない。
「私」
「その言葉を君に言わせてしまうのは、申し訳ない」
「……っ……」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちてくる。
整然とした笑みがしどけない雨に変わって、頬を濡らしていく。
……あぁ、やっぱり、私なんか。
「その……なんと言えばいいのかな。交友関係で、ここまで踏み込んだ話をするのは君が初めてだから、僕も戸惑っているんだ」
「……えっ……?」
「コトリくんを泣かせてしまった、それについては本当に申し訳ない。ただ……その、僕はあまり女性と踏み込んだ話をしたことがなくてね。本当なんだ。いつもガンダムAGEの話になって、逃げられてしまうか愛想を尽かされてしまうかで」
なんとなく、合コンに呼ばれたらトークタイムで延々とガンダムAGEのことを布教しているキョウヤさんのことは簡単に想像できて、思わずくすっと笑いが込み上げてしまう。
「……キョウヤさんらしいです」
「だから、話が合って、同年代で……かつ、それなり以上に親密な女性は君が初めてなんだよ、コトリくん」
柄にもなく慌てた様子で冷や汗をかいているキョウヤさんの震える指先が、ティーカップを摘む。
ぷるぷると黒い水面が揺れているのが、なんだか面白くて。
降ってきたはずの雨は、通り過ぎて乾いてしまった。
「許してくれはしないかな、未熟な僕のことを」
「……だめです。許しません」
「手厳しいな、君は」
「そうでしょうか? 女の子は嫉妬深いんです」
「君の新しいルージュを汚すことを、許してほしい」
「……んっ……」
コーヒーと、ハムチーズトーストの味がした。
これで合っているのかどうか、という不安がキョウヤさんの唇からは伝わってきたけど、私も合っているかどうかなんてわからないから、きっとこれでいい。
これが大人の清算におけるやり方の一つでしかないとしても、今は──頭の芯がじんじんと滲む熱を訴えかけて、くらりと目眩がしてしまいそうなほどに、火照っているから。
「君とまだ、正式に……付き合っていけるかはわからない」
「……いいんです、今は、それでも」
「ただ、そうなっていけるように、君に見合った僕になれるように、努力はするつもりさ」
「ありがとう、ございます」
「だから、君も少し頑なな心をほぐしてくれると嬉しいな」
「……はい。私も、キョウヤさんの愛する世界の一員ですから、頑張りますよ」
「はは、ありがとう」
……あれ、思えば私、衆人環視の中で痴話喧嘩してキスまでしてしまってる!?
キョウヤさんがてれてれと、珍しく顔を赤くして周囲に頭を下げてから着席したことでそれに気づいて。
私はもう、どんな顔をしていいか、全くもってわからなくて、目を回すしかなかった。
灼けるし溶けるぞ