TS転生おせいそアラサー女教師がチャンプの夢女になる話 作:(・8・)
『タカナシ先生、凄まじい勢いでお怒りになられている方からお電話が入っておりますが』
キョウヤさんにキスしてもらっちゃった。
うへへ……なんて喜んで、浮かれている間に一週間近くが過ぎて、どこか夢心地の私は教頭先生から休日にもかかわらず、冷や水をかけられるように呼び出しの電話をもらっていた。
ええと……一体、どんな了見で。
『あなたのクラスの生徒が、一般の方にご迷惑をかけているのです! 早急に対処していただかなければ──』
ぼんやりと寝ぼけた頭で考えを巡らせていると、教頭先生の口から告げられたのは、私が担任を務めているクラスの生徒──平たくいえば、リクくんたちが一般人に迷惑をかけている、という内容のものだった。
原作の時系列から考えて、コーイチさんの住所にリア凸している回だろうか。
……警察じゃなくて学校に通報が入った辺り、まだ良心的だとは思うけど。
「はい……早急に対応させていただきます」
私は、怒り心頭といった風情の教頭先生からの話をひとしきり受け流して、対応を終わらせると、誰も聞いてないことを確認した上で、大きな溜息をついた。
「はぁ……リクくんたちの情熱が原作では偶然上手く行ってくれたけど、今回は失敗気味だったのかな……」
休日のだらけ切ったネグリジェ姿から、フォーマルな服装に着替えた上で、菓子折りを買って行かなきゃいけないのかな……とぼんやり頭の片隅で考える。
どっちにしても憂鬱なのは、コーイチさんに会いに行かなきゃいけない、ということなんだけど。
今でもGPD時代の繋がりがある、数少ない顔見知りの中でも、ナナミさんと並んでコーイチさんは私のことをよく知っているからだ。
彼が引退を決めたとき、私はなにも言えなかった。
なにかを言ってあげるべきだったと思うし、してあげるべきだったとも思っている。
だけど、できることなんて結局なにも浮かんでこなくて、自然消滅のような形で私たちはGPD時代を終えてしまった。
罪悪感は、当然ある。
この世界を知っていながら、問題からは目を背け続けてきたツケを払うときが来たのだ。
覚悟を決めるときが来たのだ、ついに。
「……コーイチさんが今の私を見たら、どんな顔をするんだろう」
怒るんだろうか。
悲しむんだろうか。
それとも、また……暗闇の中へ、逃げるように姿を消してしまうのだろうか。
答えなんて、会ってみなければわからない。
知るのが怖くて、少しだけ足が竦む。
だけど、私は、怯えを、恐れを踏み倒して先に進まなければいけない。
それが、大人になるということなのだから。
公共交通機関に乗って、ガンダムベースから程なく近い場所にある、コーイチさんが暮らしているアパートへと足を運ぶ。
菓子折りは、いつものデパートで買った某有名店の羊羹にした。
ガンプラビルダーは頭を使う仕事だから、脳の栄養補給に少しでも役立ててほしいという意味を込めて。
「大体どうなってるんだ君たちの学校は! いくらナナミが教えたからっていって、見ず知らずの他人の家に何回も何回も!」
「「「ごめんなさい……」」」
家の近くまで着くと、コーイチさんがリクくんとユッキーくん、モモちゃんを相手に怒りをぶつけていた。
ちょっと大人気ないとは思うけど、リクくんたちがやっていることも一線を超えていたから、仕方ないといえば仕方ない。
気が重いけど、仲裁に入らなきゃ。
「学校にご連絡くださった、ナナセ・コウイチさんですか? この度は、私が担任している生徒がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません」
「本当ですよ! 早く引き取って学校で指導……を……?」
「……お久しぶりですね、コウイチさん。それとも、『ケイワン』さんとお呼びした方がいいでしょうか」
「……ミナキ、さん……」
私の顔を見るなり、信じられないものと遭遇したかのようにコウイチさんは表情を歪める。
悔恨。怨嗟。あるいは、安堵。
色んな感情を綯い交ぜにして、唇を噛み締めながら、小さく項垂れる。
「タカナシ先生、コーイチさんと知り合いなんですか?」
「……昔、ちょっと。でも、リクくん。ユキオくん。モモカさん。相手が迷惑だと感じていることを繰り返してはいけませんよ」
「「「はーい……」」」
ごめんなさい、と声を揃えて私とコウイチさんに頭を下げるリクくんたちの姿からは、真摯な反省が伝わってきた。
本人たちもやり過ぎた自覚があるみたいだし、当然だろう。
あとの問題は、私のことになるんだけど。
「……ええ、と。タカナシ先生でしたっけ」
「はい。タカナシ・ミナキです」
「……どうして、あなたもGPDを捨てたんですか」
世界王者まで上り詰めたのに、と、コウイチさんはとても悔しそうに拳を握りしめて問いかけてくる。
ユッキーくんがなにかを言いかけたのをリクくんとモモちゃんが静止して、話を続けさせてくれた。
……ありがとう。これで、少しは私も私の罪と向き合えるから。
「GPD時代を、私が終わらせてしまったからです」
「そんなことはない! だって、あなたの……『ミナキ』のバトルは世界を熱狂させたんだ! あの伝説の一戦を……最後の世界大会を覚えてないGPデュエラーなんていない!」
アメリカ代表、「アーレス・マイト・ジャクソン」と、日本代表「ミナキ」の戦いはまさに、龍虎の戦いだった。
だから、GPDの公式大会は終わっても、時代はまだまだ終わらないって、信じていた。
コウイチさんは、絞り出すような声で、涙と共にアスファルトへと言葉を落とす。
「……私と彼の戦いは、『最後』に相応し過ぎたんです」
GBNという新たな世界に時代が流れていった原因は、結局のところどこまでいっても、ガンプラバトルにかかるランニングコストの問題が大きい。
実機でガンプラを動かして戦うGPD。
実機だからこそ、ガンプラが戦えば破損してしまう環境でしかできない楽しみがあったことも事実だ。
でも、それを享受できるのは、結局のところ──裕福な層に限られてしまった。
GPDはいつしか、子供や、学生の数少ないお小遣いでできる競技を超えてしまったのだ。
これでは、大衆向けとして開かれているとはいえない。
互いのガンプラを極限まで壊して、命を燃やして戦った最後の世界大会決勝戦で戦い抜いたことを私は後悔なんかしていないけど。
……そこで、燃え尽きてしまったのも事実だった。
GPDの限界点。対ビームコーティングが基本になって、重装甲高機動型、もしくは軽量でも一撃必殺の武器を持った機体に環境が絞られてしまって、多様性が失われた中で、あの戦いを「最後」として飾るという運営の判断は、妥当なものだったと、今は考えている。
「……確かに、GPDの環境は限界だった……使える予算だって限られてるのに、どんどん必要なリソースが増えていって、最後の方には無差別級の戦いにPGを持ち出してくるようなプレイヤーだっていた……でも、あなたが……僕たちに夢を見せてくれたあなたが、GPDを捨ててしまったら、僕は」
「……捨ててしまったわけではない、と言っても、言い訳にしか聞こえませんよね」
「……」
「でしたら、少しだけ……かつてGPDを戦い抜いた、『ミナキ』からのお願いだと思って、ほんの少しでいいので、未来に目を向けてみてください」
「未来……」
コウイチさんの問題は、過去に囚われてしまっていることだ。
かつての私と同じで、あの
……そんな私が今、生きる意味をGBNに見出しているのは、キョウヤさんがいてくれるからで、彼が「未来」にもGPDの頃と同じガンプラと、ガンプラバトルへの愛を繋いでくれたからで。
「少しだけ、リクくんたちのお話を聞いてあげてください。もしかしたら、この時代になっても、『ケイワン』の名は……GPDを戦い抜いたあなたの軌跡と、あなたのガンプラへの愛は、忘れられてないかも、しれませんよ」
「……ミナキさん……」
「それでは、失礼いたします。つまらないものですが、お詫びとしてお受け取りください」
私が差し出した羊羹を受け取って、コウイチさんは無言で去っていった。
彼がまだ、現実を受け止めるのには時間がかかるかもしれないけれど。
リクくんたちが、きっと繋いでくれる。
私にとってのキョウヤさんが、そうであったように──過去と未来は分かたれたものじゃないんだって、教えてくれる。
根拠はないけど、確信があった。
リクくんたちは、あえて私になにも聞かず、踵を返す。
彼らの歩く先が、コーイチさんの未来につながることを祈りながら、私もまた、ハイヒールの踵を鳴らして、この場を去ることにした。
過去は不意に後ろからやってくる