マコラマコマコ 異戒神将ミサカ!   作:モリーマ

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転生初日が死亡予定日でした

 目が覚めた瞬間、自分が今日死ぬのだと分かった。

 

 正確に言えば、目覚めたこと自体には何の異常もなく、それ以前からこの身体は呼吸をし、食事を摂り、研究員から与えられた指示に従い、必要であれば最低限の会話も行っていた。ただし、その脳裏を占めていたのは「ミサカ」として生産された後の知識と記憶だけであり、今この瞬間、そこへ一〇数年どころでは済まない別人の人生が堰を切ったように流れ込んできたことで、それまで疑問すら抱かなかった自分の境遇が、突然、理解可能であるがゆえに途方もなく理不尽なものへと変貌したのである。

 

 視界にあるのは無機質な白い天井と、無駄という概念そのものを削り落としたような研究施設の一室だった。空調によって均一に管理された空気には薬品と機械油の臭いが薄く混じり、壁際には実験前の身体状態を確認するための計測装置が並んでいるが、それらを見ても新しく蘇った記憶側の自分には馴染みなどなく、むしろ胸元へ視線を落としたときの方が遥かに重大な衝撃を受けた。

 

「…………」

 

 一〇〇三一号は、自分の胸を見下ろした。

 

 それから両手を確認し、腕を見て、身体の線を確かめるように視線を下へ落としたあと、もう一度だけ胸へ戻した。

 

 前世は男だった。

 

 名前や家族、どこで暮らしていたのかといった細部にはところどころ霞が掛かっているものの、自分が別の世界で一人の人間として生き、少なくとも生物学的には男性だったという記憶については、疑いを差し挟む余地がない。それに対して現在の身体は、鏡を見るまでもなく少女のものであり、しかも記憶の中にあるある人物の姿と恐ろしくよく似ている。

 

「……ミサカは、とりあえず性別の問題については後回しにするべきだと判断します、とミサカは優先順位を設定します」

 

 口から出た声が完全に少女のものであり、そのうえ台詞回しまでミサカシリーズ特有のものになっていることへ、一〇〇三一号は一瞬だけ頭を抱えたくなった。しかし、今さら性別が変わっていることや妙な口調について悩めるのであれば、むしろどれほど幸せだったかもしれない。

 

 視界の隅に表示されている時刻。

 

 端末に記録された本日の実験予定。

 

 割り当てられた実験番号。

 

 そして、自分自身に付与されている識別番号。

 

 前世で得た知識と現在の情報を順番に照合していけば、導き出される結論は残酷なほど明快であり、一〇〇三一号はしばらく端末を凝視したまま固まったあと、乾いた声で呟いた。

 

「今日、死ぬ日じゃねえか、とミサカは重大な事実に気づいてしまいます」

 

 最後までミサカ口調を維持できなかったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 

 絶対能力進化計画。

 

 学園都市第一位の超能力者、一方通行。

 

 二万体の御坂美琴のクローンを殺害させ、その膨大な戦闘経験を利用して第一位をレベルシックスへ到達させるという、前世の自分であれば画面や紙面の向こう側にあるフィクションとして眺めることのできた狂気の実験。

 

 そこまで思い出してしまえば、この身体がこれからどこへ連れていかれ、そこで誰と対峙し、その結果どうなるのかも概ね理解できる。そして何より問題なのは、前世で持っていた知識をどれほど引っ繰り返したところで、「一〇〇三一号が華麗に一方通行を倒して生還した」などという都合のいい記憶は一片たりとも存在しないことだった。

 

「…………逃げます」

 

 結論だけは早かった。

 

 転生者には世界を救う使命があるだとか、原作を知っている以上は悲劇を防ぐ責任があるだとか、そういった高尚な発想は一〇〇三一号の中には一切浮かばなかった。そもそも、自分が転生者だと自覚してから十分も経っていない人間へ、いきなり命を懸けて世界を変えろと要求する方がおかしいのであり、まずは自分が生き残ってから、その後に世界なり妹達なりについて考えればいい。

 

 ところが、部屋を出ようとしたところで足が止まった。

 

 ミサカネットワークを介して流れ込んでくる情報を意識すれば、研究施設の管理状況、実験対象である自分の現在位置、指定区域までの移動経路、そして計画へ関与している研究者達が妹達を交換可能な実験動物程度にしか見ていないことまで、嫌でも理解できてしまう。ここから単純に逃走したところで追跡される可能性は高く、逃げ切るための金も身分証もなく、学園都市外へ出る手段さえ分からないうえ、頭の中には便利であると同時に自分の存在を完全に隠せるのか怪しいミサカネットワークまで存在している。

 

「…………詰んでませんか、とミサカは転生初日の難易度設定について運営への抗議を検討します」

 

 もちろん、どこからも返事はなかった。

 

 神も女神も現れず、視界に半透明のステータスウィンドウが出現することもなく、頭の中へ「ユニークスキルを獲得しました」などという親切な機械音声が流れ込むこともない。その代わりに届いたのは、無機質な電子音とともに端末へ表示された実験開始時刻の通知だけだった。

 

 一〇〇三一号は、その表示を長いこと見つめた。

 

「…………転生チート」

 

 その言葉が口から漏れた瞬間、彼女の中で死にかけていた希望が、実に往生際悪く息を吹き返した。

 

 そうだ。まだそれがある。

 

 異世界転生ならばチート能力の一つや二つくらい付属しているのが普通ではないのか、という前世由来の甚だ偏った常識が脳裏を駆け巡る。何の説明もなくクローン少女へ転生させられ、しかも前世の記憶が蘇ったその日のうちに学園都市最強の怪物と殺し合えなどという理不尽極まりない状況へ放り込まれた以上、その程度の救済措置が用意されていなければ収支が合わない。

 

 一〇〇三一号は自分の内部に眠っているかもしれない何かへ意識を集中し、両手を握り締めた。

 

「……ステータス・オープン」

 

 何も起きなかった。

 

「オープン・ステータス」

 

 壁も床も沈黙したままだった。

 

「メニュー……スキル……鑑定」

 

 視界にも脳内にも変化はない。

 

 一〇〇三一号はしばらく立ち尽くし、自分の人生へ唐突に追加された異世界転生要素が驚くほど仕事をしてくれないことを確認すると、最後には肩を落としたまま、実験区域へ向かった。

 

     ◆

 

 夜の操車場には、まともな人間の気配がほとんどなかった。

 

 広大な敷地を走るレールと無数のコンテナは白々しい人工照明によって切り分けられ、鉄骨が落とす濃い影のあいだでは、実験記録を収集するために配置された監視装置だけが規則正しく稼働している。これから一人の少女が殺されるというのに、その光景を止めようとする者が誰もいないことの方が、一〇〇三一号にはむしろ現実感を奪うほど異常に思えた。

 

 指定地点へ到着した彼女は、自分へ渡された装備を改めて確認した。

 

 軍用ゴーグル、アサルトライフル、予備弾倉、そしてミサカシリーズ共通の電撃系能力。個体による多少の差はあっても、せいぜいレベル二から三相当の能力しか持たない自分に対し、これから戦う相手は学園都市に七人しか存在しないレベルファイブ、その中でも頂点に位置する第一位である。

 

 対象は一方通行。

 

 自らへ接触する力の向き――ベクトルを演算によって制御し、銃弾も爆風も電撃も反射してしまう、少なくとも今の一〇〇三一号が正面からどうにかできる相手ではない。

 

「…………運営はバランス調整という言葉を辞書で引くべきです、とミサカは改めて主張します」

 

「さっきから何ブツブツ言ってンだァ?」

 

 背後から聞こえた声に、一〇〇三一号の全身が反射的に跳ねた。

 

「ヒィッ!?」

 

 勢いよく振り返った先に立っていたのは、白い髪と赤い瞳を持つ、華奢と言ってもいいほど細身の少年だった。前世では何度も知っている姿であり、物語の登場人物として見ていた頃ならば特徴的なデザインだとでも思ったのかもしれないが、現実の夜気の中、自分を殺すために歩いてきた本人を目の前にすると、そうした鑑賞者としての感覚など跡形もなく消え失せる。

 

 怖い。

 

 その感情だけは、余計な説明を必要としないほど鮮明だった。

 

 赤い瞳はこちらを見ているものの、そこに同じ人間へ向ける躊躇や関心があるようには思えず、何千回と繰り返してきた作業の対象を確認しているだけのように見える。その視線を受けた一〇〇三一号は、頭の中で逃走、降伏、土下座、原作知識を利用した交渉といった選択肢を片っ端から並べたが、どれも確実に生き残れる保証などなく、最後には朝から一度も役に立っていない「転生チート」という希望へ再び縋りついた。

 

 ここまで追い込まれれば、見えない神の良心を信じるしかない。

 

 むしろ、信じなければ精神が持たなかった。

 

 一〇〇三一号はアサルトライフルを抱えたまま無理矢理胸を張り、可能な限り威勢よく一方通行を真正面から指差した。

 

「ミサカは転生チートの恐ろしさを知りやがれと白髪モヤシを挑発します! エロイムエッサイム! エコエコアザラク! アブラケタバラ! 渇かず飢えずハゲになれ!」

 

「…………あァ?」

 

 一方通行の表情が止まった。

 

 その反応は怒ったというより、理解できないものを見せられた人間のそれに近く、遠隔地で監視映像を確認していた研究員達の間にも、一瞬だけ同じ種類の沈黙が落ちた。

 

 一方で、渾身の呪文を唱えた一〇〇三一号の身体には何の変化もない。

 

 頭上に神々しい光輪が現れることもなければ、身体能力が上昇した感覚もなく、未知の魔力が湧き上がることもない。期待と現実の落差に冷や汗を浮かべる彼女の前で、一方通行はやがて興味を失ったように片足を僅かに動かした。

 

「まァ、いいか」

 

 靴底が地面へ触れる。

 

 直後、足元に散らばっていた砂利が猛烈な勢いで跳ね上がり、散弾のような速度で一〇〇三一号へ殺到した。

 

「ヒィィィィィィィィッ!?」

 

 先ほどまでの威勢は跡形もなく消えた。

 

 一〇〇三一号はミサカシリーズに与えられた戦闘知識へ半ば身体を任せるように横へ跳び、そのまま頭を抱えて転がった。直後まで自分の胴体があった空間を無数の石片が通り抜け、背後のコンテナへ突き刺さって金属板を派手に歪ませる轟音が響き渡る。

 

「ちょっ、待っ、待ってください! 話し合い! 文明人なら話し合いという便利な制度を利用すべきだとミサカは提案します!」

 

「実験で話し合ってどォすンだよ」

 

「そこを何とか!」

 

「ならねェ」

 

「ですよねェェェェ!」

 

 一方通行が地面を蹴った瞬間、一〇〇三一号もほとんど同時に走り出した。

 

 頭の中では戦闘用に与えられた知識が射線や遮蔽物の位置、次に取るべき回避経路を機械的な速度で算出しているにもかかわらず、前世の人格はそれらすべてを押し退ける勢いで「死にたくない」と絶叫している。その結果、彼女の動きだけを見れば合理的な回避行動であるのに、口から出てくるものだけは命乞いと悲鳴ばかりという、これまでの妹達とは似ても似つかない戦闘になっていた。

 

「なんなンだァ、今日のは」

 

「今日のミサカは特別仕様です! 具体的には自我が強めです! なので実験中止を強く要求します!」

 

「知るかよ」

 

「人権!」

 

「ねェだろ、オマエら」

 

「知ってましたけど、言われるとすごく傷つきます!」

 

 一方通行の口元が僅かに歪んだ。

 

 面白がっているのか、それとも単に呆れているだけなのか、一〇〇三一号には判別できなかったが、少なくとも彼がこれまで相手にしてきた妹達とは違う何かとして、自分を認識し始めていることだけは分かる。しかし、それによって攻撃の手が鈍るわけでもなく、次に飛んできた金属片がコンテナの角を抉り取ったことで、一〇〇三一号は慌てて物陰へ身体を滑り込ませた。

 

 荒れた呼吸を押し殺しながら、冷たい金属壁へ背中を預ける。

 

 駄目だ。

 

 戦闘知識はあっても勝算がない。

 

 相手の能力も、その原理も、どういう相手に敗北するのかという前世知識まで持っているにもかかわらず、今の自分にはそれを実現する手段が一つもない。幻想殺しなど当然持っていないし、超能力者としての出力も圧倒的に足りず、先ほどまで必死に期待していた転生特典に至っては、ステータスと叫ぼうが魔術らしき言葉を唱えようが完全な沈黙を貫いている。

 

「そんな後世の歴史家が喜ぶだけの正史遵守なんか要りません、とミサカは切実に生存ルートを要求します……!」

 

 その瞬間だった。

 

 これまで存在しなかったはずの言葉が、不意に脳裏へ浮かび上がった。

 

 誰かに教えられた記憶ではなく、ミサカシリーズへ入力された知識でもなく、まして前世で意識的に覚えていた何かとも違う。それなのに、その音だけは最初から自分の一部だったかのように奇妙な馴染み方をしており、一〇〇三一号はコンテナへ背を預けたまま眉を寄せた。

 

 ――マコラ。

 

「…………は?」

 

 意味は分からない。

 

 由来も分からない。

 

 それでも、口にしなければならないという確信だけが、理屈を置き去りにして胸の奥からせり上がってくる。

 

 そのとき、コンテナの端から一方通行が姿を現した。

 

「鬼ごっこは終わりかァ?」

 

 一〇〇三一号の喉が引き攣った。

 

「マ――」

 

「あ?」

 

「マ、マコラ……」

 

 何を言っているのか自分でも理解できないまま、それでも頭の中へ浮かぶ衝動へ任せ、一〇〇三一号は半ば破れかぶれに声を張り上げた。

 

「マコラマコマコオォォォォ!!」

 

 絶叫が夜の操車場へ響き渡った直後、どこか遠くで巨大な金属を打ち鳴らしたような低い音が空気を震わせ、一方通行が初めて明確に足を止めた。

 

 一〇〇三一号もまた、何が起きたのか分からず頭上を見上げる。

 

 そこには先ほどまで存在しなかった何かが浮かんでいた。

 

 複雑な幾何学模様を組み合わせた円環状の構造物であり、複数の突起を備えたそれは巨大な方陣にも、異様な車輪にも見える。物質として存在しているのか、能力によって生じた現象なのかさえ判断できないが、少なくとも錯覚ではないことは、一方通行が同じものを見上げていることからも明らかだった。

 

 遠隔監視していた研究員達の間でも、複数の計測値に同時に異常が現れている。

 

「…………来た」

 

 一〇〇三一号の口元が震えた。

 

 一方通行が眉を寄せる。

 

「何だァ、そりゃ」

 

「来た……来ました……!」

 

 先ほどまで恐怖で引き攣っていた顔が、見る見るうちに明るくなっていく。

 

 転生者。

 

 原作には存在しない未知の現象。

 

 頭上へ突如として現れた、明らかに通常の電撃系能力では説明できない謎の方陣。

 

 ここまで揃えば、前世で数多の創作物を読んできた一〇〇三一号にとって結論は一つしかなく、その能力が何をするのかも、どう使うのかも、そもそも本当に自分へ有利に働くのかさえ分かっていないという重大な問題を、彼女は高揚感のまま綺麗に無視した。

 

「転生チート来た! これで勝てる!」

 

 物陰から勢いよく飛び出す。

 

「死ねぇぇぇ白髪モヤシィィィ! ミサカはさっきまでの恐怖を棚に上げて華麗なる逆襲を開始します!」

 

 アサルトライフルを構え、一方通行へ照準を合わせると、そのまま迷うことなく引き金を引いた。

 

 連続する銃声が夜気を切り裂き、銃口から吐き出された弾丸が一直線に一方通行へ殺到する。頭上には謎の方陣、手には銃、相手は先ほどまで自分を追い回していた白髪の怪物という状況の中、一〇〇三一号はほとんど根拠のない確信とともに笑みを浮かべた。

 

 これで勝てる。

 

 そう思った理由は、転生チートだからという一点だけだった。

 

 そして、その希望は一秒も持たなかった。

 

 一方通行へ触れる寸前、飛翔していた銃弾が不自然なほど綺麗に向きを変え、一〇〇三一号自身へ牙を剥いた。

 

「へ?」

 

 最初の衝撃が肩を貫いたとき、痛みよりも先に身体が後ろへ持っていかれた。

 

 続いて胸元、さらに脇腹へ立て続けに衝撃が走り、自分で撃ったはずの銃弾によって一〇〇三一号の身体は大きく弾かれる。受け身を取る余裕もなく背中から地面へ叩きつけられ、肺の中に残っていた空気が一気に押し出されたあとで、ようやく焼け付くような痛みが遅れて神経を駆け上がってきた。

 

「――っ、ぁ……」

 

 息を吸おうとしても胸がまともに動かない。

 

 肩から腕へ熱いものが流れ、胸元を濡らしている液体が何なのかは確かめるまでもなかった。視界の端が薄暗く滲み始め、耳鳴りの向こうから一方通行の足音だけが妙に鮮明に聞こえてくる。

 

 それでも頭上を見れば、先ほど現れた謎の方陣は消えていない。

 

 消えてはいないのだが、何もしてくれていない。

 

 一方通行の反射を無効化することも、自分の身体を守ることも、自動回復で傷口を塞ぐこともなく、ただそこへ意味ありげに浮かんでいる。

 

「……て、転生チートはどこに迷子に行ったんでしょうか、とミサカは世の無常を噛み締めます」

 

 一方通行が歩いてくる。

 

 その足取りに焦りはなく、今までの実験と同じように、倒れた実験体へ最後の処理を施すための距離を淡々と詰めているだけだった。

 

「オマエ、今までの連中よりワケ分かンねェな」

 

 その言葉に、一〇〇三一号は痛みに顔を歪めながらも僅かに目だけを向けた。

 

「褒め言葉として受け取っていいでしょうか……」

 

「好きにしろ」

 

「では、その流れで見逃していただけると……」

 

「そりゃ無理だ」

 

 期待するだけ無駄だとは分かっていたが、即答されるとやはり絶望する。

 

 一方通行が目の前で立ち止まり、片足を僅かに持ち上げた。

 

 何をするつもりなのか、一〇〇三一号には聞く必要もなかった。前世の知識などなくとも、自分がここで殺されることだけは十分に理解できるし、実験開始前に端末で確認した予定も、今まで何度となく共有されてきた妹達の記録も、その結論を否定してはくれない。

 

 転生した初日だった。

 

 女の身体になったことへ驚く時間さえなく、前世で知っていた世界へ来られたと喜ぶ暇もなく、誰かを救うどころか自分一人の命さえ守れないまま、最後にやったことといえば学園都市第一位へ「白髪モヤシ」「ハゲになれ」と喧嘩を売り、謎の方陣が出たことに舞い上がって自分から撃った銃弾を反射されただけである。

 

 あまりにも酷い。

 

 これで死ねば、転生という大事件の意味が何一つない。

 

「ヒ、ヒイイ!」

 

 一〇〇三一号は、まだ僅かに動く片手を必死に持ち上げた。

 

「事、事案です! お巡りさん! 凶暴な白髪モヤシがミサカにトドメをさそうとしています! ミサカは最後の力を振り絞って、公権力に助けを求めます!」

 

「最後まで何言ってやがンだ、オマエ」

 

 一方通行の足が動いた。

 

 その瞬間だった。

 

 頭上に浮かんだまま沈黙していた方陣から、巨大な歯車が噛み合ったような異様に重い音が落ちてきた。

 

 ガコン――!

 

 一方通行の動きが止まる。

 

 赤い瞳が初めてはっきりと見開かれ、それまで瀕死の実験体しか存在しなかったはずの足元から、一〇〇三一号の頭上へ視線が移る。

 

 一〇〇三一号自身も、痛みと失血によってぼやけ始めた視界の中で、何とか首を傾けるようにして上を見た。

 

 そこにある謎の方陣は、確かに先ほどまでとは違っていた。

 

 ほんの一つ分。

 

 しかし、見間違えようもなく。

 

 車輪にも見えるその巨大な方陣が、初めて回転していた。

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