「何でこいつがここにいんのよォォォォォォ!!」
第四位の絶叫が響いてから、およそ十分。
アイテムの拠点では、まだ事態がまったく収束していなかった。
「ですから先ほどから説明しております通り、本日付でこちらへ臨時配属となりましたミサカ・アナザーです! 第零位です! 今後ともよろしくお願いします、とミサカは円滑な職場環境を構築するため改めて丁寧な挨拶を――」
「零位零位うるせェんだよ!!」
「正式な管理番号なのですから仕方ありません」
「絶対わざと強調してンでしょうが!」
「そのような事実は一切ございません、第零位として断固否定します」
「また言ったァ!!」
麦野のこめかみへ浮かんだ青筋が、先ほどより一本増えた。
ミサカ・アナザーは本気で悪気がないような顔をしていたが、少なくともフレンダには、その無表情の奥で本人が面白がっていることくらいは分かり始めていた。
昨日一日でフレンダが学んだことは多い。このクローンは、危険なうちは驚くほど素直に怯えるくせに、自分が安全だと理解した瞬間には信じられない勢いで調子へ乗る。現在の麦野は殺意だけなら昨日より遥かに高いものの、『原子崩し』そのものはすでにミサカ・アナザーへ通用しない以上、本人にとっては少なくとも「撃たれる」という意味での恐怖がなくなっており、そうなれば結果など最初から決まったようなものだった。
「まあまあ麦野」
フレンダが両者の間へ入る。
「結局、いきなり一緒にいろって言われたって慣れるまで時間も必要な訳よ。ほら、この子も今日来たばっかりなんだし、とりあえず少し外に連れ出して――」
「連れてけ」
「え?」
「今すぐ連れてけ」
麦野はほとんど即答し、ミサカ・アナザーの顔を見ることすら嫌になったらしく、片手で玄関を指差した。
「私の目の前から消して。最低でも一時間。できれば夜まで」
「いや夜までは結局私が困る訳――」
「フレンダ」
「はい」
「連れてけ」
「はい」
これ以上の反論を諦めたフレンダの横で、絹旗は露骨にほっとした顔をし、滝壺も「それがいいと思う」と小さく頷く。
一方、自分が事実上追い出されようとしているミサカ・アナザーだけは、まったく気にした様子もなく首を傾げていた。
「これはつまり、先輩隊員による新人向け市内研修ということでしょうか」
「違う訳よ」
「では親睦を深めるための歓迎行事」
「違う訳よ」
「福利厚生」
「だから違うって」
「まあ細かな分類はどうでもいいです。ミサカは学園都市観光に興味があります」
そう言って彼女はさっさと玄関へ向かい始め、その頭上では、昨日から一度も消えることなく存在し続けている正体不明の方陣が、本人の移動へ合わせて何事もないようについていく。
フレンダはその背中を見送ってから、最後の希望を探すように麦野を見た。
「……結局、私が面倒見る訳?」
「嫌なら私とここに残る?」
「行ってきます」
どう考えても、選択の余地はなかった。
◆
ミサカ・アナザーにとって、昼間の学園都市を目的もなく歩くという経験は、これが事実上初めてだった。
製造されたクローンとしての記憶なら、施設内の通路や訓練区画、移送経路といった情報は持っている。前世の記憶にも、アニメや漫画を通して見た学園都市の風景は断片的ながら残っている。
だが、実際にその中へ立つことはまるで違った。
整然と並ぶ高層ビルの隙間を風力発電用の巨大なプロペラが回り、歩道には制服姿の学生が途切れることなく行き交い、道路の上では運転手の姿がない清掃ロボットが人間を避けながら黙々と移動している。店頭のディスプレイには見慣れない新製品が並び、電子広告は通行人の流れに合わせて次々と表示を変えていった。
「おお……」
「何よ」
「本物です」
「何が?」
「学園都市が本当に学園都市です」
「意味分かんない訳よ」
フレンダが呆れた顔を向けても、ミサカ・アナザーは気にしなかった。
右を見ては足を止め、左を見ては看板を読み、上空を飛ぶ小型警備機を見つけてはしばらく追いかける。
フレンダからすれば、生まれてからずっとここで暮らしてきた人間なら一々注目するほどでもないものばかりなのだが、ミサカ・アナザーにとっては、穴の開いた前世の記憶に残る画面の向こうの架空都市が、欠落していた部分まで補うように目の前で立体化していく感覚に近かった。
「おお! フレンダさん!」
「今度は何な訳?」
「あそこにクレープがあります!」
「あるね」
「食べたいです」
「そう」
「…………」
「…………」
ミサカ・アナザーがフレンダを見る。
フレンダも見返した。
数秒間の沈黙。
「買ってください」
「嫌な訳よ」
「即答!?」
「当たり前でしょ。何で会って二日目のクローンにクレープ奢らなきゃいけない訳?」
「同じ職場の先輩として、新人へ多少の福利厚生を提供する義務があるのでは?」
「ない」
「親睦を深めるための必要経費として」
「自腹じゃん」
「では第零位への就任祝いとして」
「さっきから都合のいい時だけ零位を使うな!」
フレンダはきっぱり断り、そのまま歩き続ける。
ミサカ・アナザーは少しだけ不満そうな顔をしながら、自分の検査着ではなく今朝与えられた簡素な私服のポケットへ両手を突っ込んだが、右にも左にも当然ながら金銭らしいものは入っていない。
「……ミサカは重大な問題へ直面しました」
「何?」
「お金を持っていません」
「知ってる訳よ」
「財布もありません」
「それも知ってる」
「口座もありません」
「たぶんね」
「戸籍は?」
「私に聞かれても困る訳よ」
レベル5、第零位――学園都市でも極めて限られた者しか到達できない分類へ一夜にして認定されたにもかかわらず、ジュース一本すら自力で買えないという事実は、考えてみれば思った以上に深刻だった。
「……社会的弱者です」
「急に重いこと言うな」
そのとき、ミサカ・アナザーの視界へ一台の自動販売機が入った。
何の変哲もない飲料用の自動販売機だったが、それを見た瞬間、穴の開いた前世の記憶の中から、オリジナル、自販機、蹴る、飲み物――という極めて危険な連想だけが妙に鮮明な一続きとなって浮かび上がってくる。
「……あ」
「何?」
「思い出しました」
「だから何を?」
一〇〇三一号――今はミサカ・アナザーと呼ばれる少女は、自動販売機へ向かってゆっくり歩き出した。
「この街には、お金がなくてもジュースを購入できる裏技があります」
「そんなのある訳――」
フレンダの言葉が止まった。
ミサカ・アナザーが自販機の前で半身になり、片足を僅かに引いたからである。
「ちょっと待つ訳よ」
「大丈夫です。前世で見ました」
「何を!?」
「確かオリジナルは、こうやって――」
蹴った。
ズガァンッ!!
金属同士が正面衝突したような、とても飲料自販機から鳴っていいはずのない轟音が街角へ響いた。
筐体中央が大きく陥没し、そこまではまだ原型を留めていたものの、次の瞬間には内部の棚がまとめて歪み、前面パネルが留め具ごと外れ、側面が裂けるように開いた。何本もの缶とペットボトルが内部から勢いよく飛び出して歩道を転がり、最後には自販機全体がゆっくりと傾いて、重い音を立てながら横倒しになる。
フレンダが声もなく固まる隣で、ミサカ・アナザーも自分の足と完全に沈黙した自販機を交互に見比べており、少し離れたところを歩いていた学生達まで一斉にこちらを振り返っている。
その視線を浴びながら、ようやくミサカ・アナザーが口を開いた。
「……オリジナルより少々出力が高かったようです」
「少々!?」
「ですがジュースは出ました」
「それ購入って言わない訳よ!!」
ミサカ・アナザーは転がってきた缶を一本拾った。
「戦利品です」
「盗品!」
「自販機側から自主的に排出されたものです」
「今その自販機死んでるじゃん!」
「機械に生死の概念を適用するのはいかがなものかと」
「そういう問題じゃない!」
フレンダは頭を抱えかけて、ふと止まった。
視線が陥没した自販機へ向かい、次にミサカ・アナザーの脚へ落ち、最後には無意識のうちに自分の腹部へ移る。
昨日、『窒素装甲』を突破した拳が絹旗へ届く寸前で止まり、「絹☆旗」なる意味不明な未来を辛うじて回避した場面が脳裏へ蘇ったうえ、今度は金属製の自販機まで蹴り一発でこの有様である。
「…………」
「フレンダさん?」
「何?」
「顔色が悪いですが」
「何でもない訳よ」
フレンダは即答した。
暗部で仕事をしていれば危険人物を見る機会など珍しくないが、目の前の少女は危険人物としての自覚があまりにも薄い。そのうえ、主要な攻撃はすでに効かず、本人は安全だと理解した相手には際限なく調子へ乗る。
ここで機嫌を損ね、あの蹴りが何かの間違いで自分へ向かう可能性は本当に零なのか――そこまで考えたフレンダは、それ以上の想像を自発的に打ち切った。
「……クレープ」
「はい?」
「買ってあげる訳よ」
ミサカ・アナザーの顔が明るくなった。
「本当ですか!」
「うん」
「先ほど断ったのでは?」
「気が変わった訳よ」
「では飲み物も」
「買う」
「アイスも」
「一個だけね」
「フレンダさん」
「何」
「急に優しくなりましたね」
「気のせいな訳よ」
気のせいではなかった。
◆
数十分後、ミサカ・アナザーは片手にクレープ、もう片方に買い直してもらったジュースを持ち、非常に満足そうな表情で街を歩いていた。
「素晴らしいです。アイテムは想像以上に福利厚生の充実した職場です」
「⋯⋯」
「先輩が新人へクレープとジュースを支給」
「⋯⋯」
「さらにアイス購入権まで付与」
「⋯お願いだからそれ以上言わないで」
フレンダの声からは、すでにかなりの力が失われていた。
最初は単なる時間潰しのつもりだったのに、今ではミサカ・アナザーが何かへ興味を示すたび、「それは蹴らないよね?」という確認を心の中で挟むようになっている。
雑貨屋、ゲームセンター、アクセサリーショップ、ファストフード店と、幸いにして今のところ破壊されたのは自販機一台だけであり、この程度なら暗部の仕事で発生する損害としては誤差の範囲――そう思うことにした。
「あ」
ミサカ・アナザーがまた足を止め、フレンダの肩が反射的に跳ねた。
「今度は何!?」
「人です」
「人は蹴らないで!」
「蹴りませんよ!?」
思わず叫んだフレンダに、ミサカ・アナザーが心外そうな顔をする。
その視線の先、小さな公園のベンチ付近に二人の少女がいた。
どちらも茶色い髪で、どちらも同じ顔をしている。一人は常盤台中学の制服を着た御坂美琴、もう一人は彼女とほとんど同じ姿をしながら軍用ゴーグルを額へ載せた少女――ミサカ一〇〇三二号だった。
フレンダも二人の姿へ気づいた途端、今度は別の意味で身体を強張らせる。
昨日、施設へ侵入してきた第三位を追い回し、最終的には止めきれず施設を破壊され、その結果として麦野の機嫌が悪化し、一〇〇三一号との実験へまで繋がった。
「フレンダさん」
「帰ろう」
「なぜです?」
「いいから帰ろう!」
「しかし知り合いです」
「私は知り合いたくない訳よ!」
しかし、すでにミサカ・アナザーは片手を上げていた。
「おーい!」
美琴と一〇〇三二号がほぼ同時に顔を上げ、その視線がこちらへ向いた瞬間、美琴の表情が目に見えて変わった。
最初に目へ入ったのは、自分と同じ顔をした少女だった。
妹達特有のゴーグルに加え、頭上には意味不明の方陣まで浮いている。そのうえ片手にはクレープ、もう片方にはジュースを持ち、まるで休日を満喫している普通の学生のように歩いている。
そして、その隣にいるのは昨日戦ったばかりのフレンダだった。
「…………は?」
美琴の額に青白い火花が散る。
「何であんたと、その子が一緒にいるのよ?」
「結局、色々あった訳よ」
「色々で済ませるな!」
「ヒィッ!」
昨日は施設側として戦った相手であるため、フレンダは反射的に両手を上げた。
「待つ訳よ! 今日は仕事じゃない! というか私は今ほぼ付き添いだから!」
「付き添い?」
美琴は改めてミサカ・アナザーへ視線を向け、そこで一つずつ違和感を拾い始めた。
同じ顔、同じ髪、妹達特有のゴーグル。しかし雰囲気は明らかに異なり、何より頭上に浮かぶ方陣が、普通の妹達とは別の何かであることを強烈に主張している。
「あんた……」
「初めまして、オリジナル、とミサカは以前から存在だけは把握していた本人との初対面に際し、まずは友好的な挨拶を試みます」
「初めましてって……あんたも妹達なの?」
「元はそうです」
「元?」
美琴の顔が早くも引き攣り始める。
「ちょっと待って。何がどうなってんの?」
その問いへ答えたのは、目の前で得意げにしているミサカ・アナザーではなく、それまで美琴の傍らに立っていた一〇〇三二号だった。
「説明します、とミサカは混乱しているオリジナルに対し、ミサカネットワーク上で共有されている情報を提示します」
一〇〇三二号は一度アナザーへ視線を向けてから、淡々と説明を続ける。
「当該個体は旧識別番号ミサカ一〇〇三一号。予定されていた絶対能力進化実験から離脱した後、未知の能力発現が確認され、現在は通常の実験個体番号による管理から外されています」
美琴が目を見開いた。
「一〇〇三一号……?」
「現在の管理呼称はミサカ・アナザー。能力名は
美琴はしばらく言葉を失った。
頭の中で情報を並べ直そうとしているのは表情を見れば分かるが、一〇〇三一号が生き残っているだけでも想定外なのに、その個体がレベル5へ認定され、しかも聞いたこともない第零位を名乗り、昨日戦った暗部の人間と一緒にクレープを食べながら歩いているのである。
理解できる方がおかしい。
「…………はあ!?」
ようやく公園中へ声が響いた。
「レベル5!? 第零位!? 何それ! そんなの聞いたことないわよ!」
「昨日決まりました」
ミサカ・アナザーが胸を張る。
「ちなみに第四位の攻撃は完全攻略済みです」
「余計なこと言わなくていい訳よ!」
フレンダが即座に止めた。
一〇〇三二号も淡々と補足する。
「第零位という呼称は第一位を上回る戦闘能力を意味するものではなく、既存の能力評価序列へ単純に組み込むことが困難であるため設けられた暫定的な管理符号です、とミサカは誤解を避けるため追記します」
「いや、そこじゃない!」
美琴が頭を抱えた。
「何で私の知らないところで、私のクローンがレベル5になって暗部に就職してんのよ!?」
「人生とは何が起きるか分からないものです」
「元は実験に使われる側だったんでしょうが!」
「キャリアアップです」
「そんなキャリアアップがあるか!」
ミサカ・アナザーはまるで気にした様子もなくクレープを一口食べ、その横でフレンダは可能な限り自分の存在感を消そうとしていた。
だが、美琴が本当に抱えていた問題はそこではない。
ひとしきり驚きが表へ噴き出したことで一時的に薄れていた重苦しさが、再び彼女の顔へ戻ってくると、一〇〇三二号もそれに合わせるように口を閉ざした。
その空気の変化に、ミサカ・アナザーもようやく気づく。
「……どうしました?」
美琴はすぐには答えなかった。
代わりに、一〇〇三二号が淡々と告げる。
「絶対能力進化実験は継続中です」
その一言で、ミサカ・アナザーの口が止まった。
「…………はい?」
「研究施設の一部が破壊された後も、実験計画は他施設へ分散され、継続されています。ミサカ一〇〇三一号が予定実験から離脱したことによって計画全体が停止した事実も確認されていません、とミサカは説明します」
クレープを持ったまま、ミサカ・アナザーは固まった。
実験当日に蘇った前世の記憶は、自分がかつて別の世界で一人の男として生きていたことや、現在の自分とは異なる人生を送っていたという自己認識を取り戻すには十分だった。しかし、その人生のすべてが映像記録のように欠落なく保存されているわけではない。
家族、学校、仕事、日々の何気ない出来事には、ところどころ綺麗に抜け落ちた部分があり、覚えていても輪郭が靄に包まれている記憶も少なくなかった。前世で娯楽作品として触れていた『とある』シリーズについても同様で、強烈に印象へ残った人物や場面は思い出せても、細かな話数、時系列、誰がどの時点で何を知っていたかとなれば、その間にいくつもの穴が開いている。
だからこそ、一〇〇三二号から「実験は継続している」と聞かされたことで、離れていた記憶の断片がようやく結びついた。
御坂美琴が研究施設を潰しても、絶対能力進化実験は終わらなかった。そして最終的には、別の人物がこの事件へ深く踏み込んでいく。
「……あ」
「何よ」
美琴が顔を上げる。
「思い出しました」
「何を?」
「そういえば、ここで終わりじゃなかった気がします」
「何の話?」
「こちらの話です」
ミサカ・アナザーは残っていたクレープを一気に口へ入れ、包み紙を握ると、先ほどまで完全に観光客だった顔へ根拠の乏しい自信を戻した。
「なるほど」
「何がなるほどなのよ」
「状況は理解しました。ここは第零位の出番ですね!」
「何でそうなるの!?」
「第一位とも曲がりなりにも渡り合い、第四位を完全攻略し、アイテムを攻略済みコンテンツへ変えたミサカが来た以上、もはや解決したも同然です!」
「待って待って待って」
美琴が両手を上げた。
「自信の根拠が全部昨日一日じゃない!」
「十分な実績です」
「全然十分じゃない!」
「大丈夫です。ミサカには転生――」
一瞬だけ言葉を止める。
「……いえ、非常に強力な謎パワーがあります」
「今何言いかけた?」
「気のせいです」
美琴が疑わしそうに目を細めた、そのときだった。
「……御坂?」
公園の入口側から少年の声が飛んできた。
美琴の肩が跳ね、一方でミサカ・アナザーだけは、その声を聞いた瞬間に表情ごと固まった。
ゆっくりと振り向くと、そこにはツンツンした黒髪の少年――上条当麻が立っていた。
この時点では、まだ妹達が何のために作られ、何の実験へ使われているのか、その全容を知らない少年である。そしてミサカ・アナザーにとっては、穴の多い前世の記憶の中でも顔と名前がはっきり残っている、この世界における紛れもない原作主人公だった。
一方の上条は、公園の中を見たまま完全に足を止めている。
御坂美琴がいるところまではいい。しかし、その横には御坂美琴と瓜二つの少女が一人いて、さらにもう一人、頭上に訳の分からない方陣まで浮かべた同じ顔の少女がいる。
上条は一度目を擦ってから、もう一度確認したが、どう見ても御坂美琴の顔が三つ存在していた。
「……御坂が三人?」
「違う!」
美琴が即座に叫んだ。
「いや違うって言われても顔同じだろ!?」
「事情があるのよ!」
「どういう事情だよ!?」
「説明すると長いの!」
上条が一〇〇三二号を見て、次にミサカ・アナザーを見て、最後に美琴へ視線を戻す。
「お前、いつの間に三つ子に――」
「三つ子じゃない!!」
「じゃあ何なんだよ!」
そのやり取りを眺めるうち、ミサカ・アナザーの中では、穴だらけだった前世の作品知識と目の前の光景が再び一本の線として繋がり始めた。
この男が上条当麻である以上、このまま原作に近い流れが続けば、やがて彼は妹達の存在と絶対能力進化実験の真相を知り、美琴を止め、一方通行との戦いへ向かう。
つまり、原作主人公として事件の中心へ入ってくる。
それは困る――とミサカ・アナザーは即座に判断した。こちらは今日までに何度も死にかけ、右手を消され、爆破され、腹を殴られ、ようやく第零位という大層な肩書きまで手に入れたのである。
ここで突然現れた原作主人公に全部持っていかれてたまるか。
「上条当麻!」
「え?」
突然フルネームで呼ばれ、上条が目を丸くする。
ミサカ・アナザーは一歩前へ出ると、頭上の方陣を堂々と浮かべたまま右手を彼へ突きつけた。
「原作主人公一号!」
「は?」
「略して原主一号!」
「何?」
「あなたの出番はありません!」
「何の!?」
「ここからはオリ主のターンです!」
「誰だよオリ主って!?」
「ミサカです!」
「何言ってんだお前!?」
美琴もフレンダも、完全に話へ置いていかれた顔をしていた。
一〇〇三二号だけは表情を変えないまま、
「ミサカネットワーク内にも該当する語彙の使用例がありません、とミサカは報告します」
と冷静に告げる。
「ネットワーク検索しなくていいです!」
ミサカ・アナザーが叫んだ。
上条はなおも困惑しながら、改めて彼女を上から下まで見た。
「いや、本当に何なんだよお前……御坂っぽいけど御坂じゃないし、その頭に浮いてるやつも何だ?」
「これは」
ミサカ・アナザーはそこで得意げに表情を変えた。
「ミサカの転生――」
また途中で止まる。
「……最重要装備です」
「装備?」
「はい」
上条は興味を引かれたように少し近づき、ミサカ・アナザーの頭上で静かに浮遊する方陣を見上げた。
幾何学的な模様と複雑な線が組み合わさり、物理的な支えもないまま空中へ浮かんでいるが、科学技術も能力も異常なほど発達した学園都市なら、妙な新製品や能力を利用したアクセサリーが存在していても、彼にはそこまで不自然には思えなかった。
「へえ。最近のファッションか何かか? ずいぶん凝ってんな」
「ファッションではありません。これはミサカがあらゆる理不尽を攻略するために与えられた――」
「ちょっと触っていいか?」
「え?」
ミサカ・アナザーが問いの意味を理解するより早く、上条の右手が伸び、その指先が方陣へ触れた。
パキン――。
鳴ったのは小さな音にすぎなかったが、それを聞いた瞬間、ミサカ・アナザーの背筋へ理由の分からない冷気が走り、何か非常に大切なものに決定的な異常が起きたという確信だけが、理解より先に脳裏へ浮かんだ。
恐る恐る視線を上げる。
それまで当然のように頭上へ浮かんでいた方陣の中央へ、一本の亀裂が走っていた。
「…………え?」
亀裂はそこから枝分かれしながら急速に広がり、複雑な幾何学模様を次々と横切っていく。
「ちょ、待っ――」
光の線が細かな破片へ分かれるように崩れ、次の瞬間には、昨日から何度損傷を受けても一〇〇三一号を修復し、適応を成立させてきた方陣が、跡形もなく空中から消失した。
誰も、すぐには言葉を発しなかった。
上条自身も自分が触れたものが何だったのか理解できていないらしく、行き場を失った右手を中途半端に持ち上げたまま固まり、美琴もフレンダも一〇〇三二号も、先ほどまで確かに存在していた方陣が消えた空間を見上げている。
その中で、最も遅れて現実を理解したのはミサカ・アナザーだった。
恐る恐る両手を頭上へ伸ばしてみても当然ながら触れるものはなく、視線を何度上へ向けても、これまでずっと自分に付き従っていた方陣は戻ってこない。
顔からみるみる血の気が引いていき、ようやく震える声が喉から漏れた。
「ミ、ミサカの……」
そして次の瞬間。
「ミサカの転生チートがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」