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精密検査区画から飛び出した一〇〇三一号は、生活・調整区画へ向かうための経路を頭の中で必死に辿りながら、裸足のまま白い廊下を駆け続けていた。
背後では警報が鳴り響き、研究員や警備担当者の声が幾重にも重なっているが、本人にとっては知ったことではない。今の一〇〇三一号が求めているのは、研究上重要なデータでも、自分の頭上に浮かんでいる正体不明の方陣についての説明でもなく、暖かい食事とシャワーと、その後に身体を横たえることのできる寝床だけだった。
「ミサカは帰宅するだけです! なぜ帰宅するだけの人間を総出で追い回すのですか、とミサカはこの施設の警備体制に重大な疑義を呈しますぅぅぅ!」
もちろん、施設側から見れば事情はまったく違う。
一〇〇三一号は、つい先ほどまで絶対能力進化計画の実験対象だった。その途中で予定外の現象を発現し、第一位の攻撃へ次々と適応し、最終的には反射すら突破して本人を地面へ転がし、回収後の検査では注射針と刃物まで通用しなくなった挙げ句、今度は精密検査区画から脱走している。
到底、「帰宅するだけ」で済ませられる存在ではなかった。
「前方通路を閉鎖!」
「対象を傷つけるな! 刺激を追加するな!」
「どうやって止めるんだ!」
「知らん!」
研究員達の間では、すでに指示そのものが矛盾し始めていた。一〇〇三一号を止めなければならないが、傷つければ、その方法そのものが次から通じなくなる可能性がある。ならば拘束すればいいのかといえば、それも一度失敗した後にどうなるのか誰にも分からず、施設側は「確保しなければならない個体に、迂闊に確保手段を使えない」という、かなり意味不明な状況へ追い込まれている。
「右、右、次の角を左――とミサカはミサカネットワーク由来の施設情報へ最大限の感謝を捧げます!」
角を曲がった瞬間、正面の防火隔壁が重い駆動音とともに降下し始め、一〇〇三一号は慌てて足を止めた。直後には後方からも別の隔壁が落ちてきて、逃げてきた通路まで完全に塞がれる。
一〇〇三一号は正面と背後、さらに左右を順番に確認した末、心底うんざりしたように眉を寄せた。
「またこのパターンですか?」
返答の代わりに、天井のスピーカーから研究員の声が響いた。
『ミサカ一〇〇三一号。その場で待機しろ』
「嫌です」
『検査区画へ戻す』
「もっと嫌です」
『抵抗しなければ危害は加えない』
「その言葉を信用するには、つい先ほどまでミサカの身体から組織サンプルを採取していた事実が大きすぎます!」
周囲を見回しても逃げ道はなく、数秒遅れて側面の扉が開くと、そこから現れたのは白衣姿の研究員ではなく、防護装備を身につけた複数の警備担当者だった。
一〇〇三一号は警備員達が距離を詰めてくるのに合わせてじりじりと後退しながら、口だけは必死に平和的解決を主張する。
「ちょっと待ってください。ミサカは話し合いを希望します。暴力反対です、とミサカは極めて平和的な解決を要求します」
しかし身体はすでに完全な逃走姿勢へ移行しており、唯一の問題は、その逃げ道がどこにも存在しないことだった。
「いや、あの、本当にちょっと――」
数人が一斉に動いた。
「ヒィィィィィ!!」
一〇〇三一号は腕を振り回して抵抗したが、警備側も今回は慎重だった。殴らず、蹴らず、電撃も使わず、複数人で手足と胴を押さえ込みながら、関節へ無理な力が掛からないよう注意してそのまま持ち上げる。
「離してください! ミサカは成人男性複数名による女子中学生の強制連行について社会的問題を提起しますぅぅぅ!」
「暴れるな」
「暴れます!」
「危害は加えない」
「それを言いながら運ぶ方向が検査区画と同じなのが信用できないんです!」
「隔離室だ」
「もっと駄目な単語が出てきました!」
◆
数分後、一〇〇三一号は目の前で分厚い金属扉が閉まり、それに続いてガシャンという重い施錠音が響くのを聞いていた。
収容されたのは白い隔離室であり、窓も家具もなく、床、壁、天井のすべてが通常の研究区画より明らかに頑丈そうな素材で作られている。完全な密室ではないものの、天井近くには監視カメラ、壁にはスピーカーと換気口が設けられており、どう見ても休息のための部屋ではなかった。
一〇〇三一号はしばらく無言で扉を見つめた後、ゆっくり監視カメラへ顔を向け、こちらの動きに合わせるようにカメラが僅かに動いたことで、完全に監視下へ置かれたことを理解した。
その瞬間、彼女の表情が盛大に歪んだ。
「出せぇぇぇぇぇぇ!! とミサカは不当な監禁に抗議しますぅぅぅぅぅ!!」
両手で扉を叩けば、ゴン、ゴン、と鈍い音が室内へ響いた。
『落ち着け、一〇〇三一号』
「落ち着ける要素がどこにあるんですか! ミサカは今日一日だけで死亡予定、第一位との殺し合い、人体検査、そして監禁までフルコースで経験しています!」
『身体状態が安定するまでの一時隔離だ』
「その説明で安心するには、研究員に対する信頼残高がすでにマイナスです!」
一〇〇三一号は今度は横の壁へ向き直り、扉よりもさらに硬そうな表面へ拳を叩きつけた。ゴン、ゴンと殴るたびに強い反作用が手首から肘へ伝わってくるが、怒りが収まらないためやめる気にはならない。
「出してください!」
ゴン。
「暖かいご飯!」
ゴン。
「シャワー!」
ゴン。
「布団!」
さらに一発殴りつけ、一〇〇三一号は半ば涙目になりながら監視カメラへ向かって叫んだ。
「ミサカはその三点セットを要求しているだけなんですぅぅぅ!」
監視室では、複数の研究員がモニター越しにその様子を見ていた。
「……隔離室の強度は?」
「通常個体が素手で破壊できるものではありません。第一位クラスを想定した設備ではありませんが、少なくともミサカ個体の身体能力なら問題なく収容できます」
「電気系能力への対策は?」
「済んでいます」
「なら、しばらく放置する」
研究員の一人がそう判断したものの、隣にいた別の研究員はモニターを見たまま、どうにも落ち着かない表情を浮かべていた。
「……本当に大丈夫でしょうか」
「何がだ」
「壁を叩いています」
「見れば分かる」
「さっきから、ずっとです」
「それがどうした」
問い返された研究員は、一〇〇三一号の頭上へ浮かぶ方陣を指差した。
「……今までのパターンと、少し似ていませんか」
その言葉を境に、監視室の空気が止まった。
モニターの中では、一〇〇三一号が事情など知らずに壁を殴り続けており、拳の皮膚はすでに赤くなり、関節には鈍い痛みが蓄積しているはずなのに、それでも意地になって右、左と交互に叩きつけている。
「硬い! 何でこんなに無駄に頑丈なんですかぁぁぁ!」
さらに拳を打ち込みながら、一〇〇三一号は監視カメラへ向かって声を張り上げた。
「ミサカは出せと言っています! これは不当監禁です! 法務部を呼んでください! この施設に法務部が存在するかは知りませんが!」
そして、次の拳を振り上げた瞬間だった。
ガコン――!
一〇〇三一号の拳が、壁へ触れる寸前で止まった。
監視室でも、研究員達が同時に固まる。
一〇〇三一号はゆっくりと顔を上げ、頭上にある方陣が一つ分回転したことを確認すると、今度は監視カメラへ視線を向けた。カメラの向こうから研究員達がこちらを見ているのだと思うと、妙な沈黙だけが数秒間続いた。
「……回りましたね」
監視室で誰かが呟いた。
「ああ」
「どうします?」
即答できる者はいなかった。
一方、一〇〇三一号も自分なりにこれまでの出来事を思い返していた。銃弾を受けた後に方陣が回れば、次から銃弾が通じなくなり、一方通行の反射で酷い目に遭った後に回れば、なぜか次には拳が届いた。針と刃物で傷つけられた後にも回転し、それ以降はどちらも皮膚を破れなくなっている。
そして今回は、壁を殴り続けて拳を痛めた直後に回った。
一〇〇三一号は先ほどまで赤く腫れていたはずの右拳が綺麗に元へ戻っていることを確かめ、そのままゆっくり壁へ向き直った。
「……まさか」
『待て』
スピーカーから即座に声が飛んだ。
一〇〇三一号はぴたりと止まり、壁と監視カメラを交互に見比べた。
『一〇〇三一号。何もするな。その場から離れろ』
「研究員さん」
『何だ』
「今、ミサカに壁を殴ってほしくないんですね?」
『…………』
返答がないこと自体が、一〇〇三一号にとっては十分な答えだったらしい。口元がゆっくりと持ち上がる。
「つまり、いけるんですね?」
『待て!』
「必殺!」
腰を捻り、右拳を大きく引いた。
「ミサカパァァァンチ!」
拳が壁へ叩き込まれた瞬間、隔離室全体を揺さぶるほどの轟音が響いた。
「…………は?」
一〇〇三一号自身が、一番驚いていた。
先ほどまで何度殴っても鈍い反作用しか返してこなかった壁が、拳の接触点から大きくひび割れ、蜘蛛の巣状の亀裂を周囲へ一気に広げている。一〇〇三一号は恐る恐る拳を引き、自分の手に痛みがないことを確認すると、今度はまだ人が通れるほどには崩れていない壁へ視線を戻した。
そして、もう一度拳を握る。
「もう一発です!」
『やめろ!』
「嫌です!」
「ミサカパァァァンチ!!」
二度目の轟音とともに亀裂が大きく広がり、壁材が崩れて内部の補強材まで露出する。
「出してくれない方が悪いんです、とミサカは正当な脱出行為を主張します!」
三度目の拳が叩き込まれると、ついに壁の一部が完全に崩れ、大小の破片が向こう側へ落下して、その奥にある管理通路が露出した。
一〇〇三一号は開いた穴を見つめ、監視室の研究員達もモニター越しに同じ穴を見つめたまま、数秒間誰も言葉を発しなかった。
やがて、一〇〇三一号は両腕を腰へ当て、胸を張った。
「ふ」
『…………』
「ふふ」
『…………』
「ふははははは!」
完全に調子へ乗っていた。
「見ましたか研究員さん! ミサカを止められるものはもはや何もありません、とミサカは勝利宣言を行います!」
『待て、一〇〇三一号!』
「壁、突破! 拳、無敵! ミサカ、自由!」
『最後どころか途中から全部飛躍している!』
「細かいことはどうでもいいです!」
一〇〇三一号は壁に開いた穴をくぐり、反対側の管理通路へ裸足で降り立った。
「ミサカは今度こそお家へ帰ります!」
『その場で待機しろ!』
「待機しません!」
『前方隔壁を閉鎖!』
今度は研究員達も躊躇しなかった。
一〇〇三一号が管理通路を走り始めた直後、数十メートル先で警報灯が赤く点滅し、天井から厚い隔壁が降下して床へ噛み合う。先ほど破壊した隔離室の壁とは構造も厚みも異なる、防火・防爆用の本格的な区画封鎖だった。
一〇〇三一号はその手前で足を止め、床から天井まで完全に通路を塞いだ金属板を見上げた。
監視室では、研究員達が食い入るようにモニターを見つめている。
「隔離室とは構造が違う。こちらは防火・防爆対応だ」
「同じようにはいかないはずです」
「……本当に?」
「少なくとも試すしかない」
そんな会話が交わされていることなど知らない一〇〇三一号は、しばらく隔壁を眺めた後、軽く首を傾げた。
「…………壁ですね」
監視室の研究員が揃って嫌そうな顔をした。
「その認識でいいのか?」
「俺に聞くな」
一〇〇三一号は右拳を握り、壁を破壊したときの感触を確かめるように指を一度開閉してから、隔壁へ一歩近づいた。
『一〇〇三一号。待て』
「ミサカは学習しました」
『何をだ』
「壁とは、殴れば壊れるものです!」
一歩踏み込み、そのまま拳を振り抜く。
轟音とともに隔壁の中央部が大きく凹み、固定機構の奥から耳障りな金属音が響いたことで、監視室にいた研究員達は一斉に息を呑んだ。
「壊れた!?」
「まだだ、変形しただけ――」
「では二発目です!」
『待て待て待て!』
「ミサカパァァァンチ!」
二撃目が同じ位置へ突き刺さると、隔壁を固定していた機構の一部が耐えきれずに破断し、巨大な金属板そのものが斜めに傾いた。
一〇〇三一号は僅かに開いた隙間へ身体を押し込み、検査着を引っ掛けながらも強引に反対側へ抜けると、両腕を上げて叫んだ。
「突破ぁぁぁぁ!」
監視室で誰かが頭を抱えた。
「防爆隔壁だぞ……」
「知ってる」
「何で拳で抜けるんだ」
「知るか!」
「次の隔壁も閉めますか!?」
「閉めろ! このまま生活区画へ行かせるわけにはいかない!」
「でも――」
「閉めろ!」
命令が飛び、一〇〇三一号が次の交差路へ差しかかった瞬間には、今度は前後二方向から隔壁が作動した。正面と背後の巨大な金属板が同時に降下し、彼女を短い区画の中へ再び閉じ込める。
一〇〇三一号は一度だけ正面を確認し、それから背後にも同じ隔壁が降りたことを確かめたが、先ほどまでのような悲鳴は上げなかった。
むしろ、少し呆れたようにスピーカーを見上げる。
「研究員さん」
『……何だ』
「同じ問題を二回出しても、答えは変わりませんよ?」
監視室が静まり返った。
「調子に乗ってる……」
「ものすごく乗ってるな」
「さっきまで泣きながら逃げてた個体と同一個体だよな?」
一〇〇三一号はそんな会話など聞こえていないまま、胸を張って正面の隔壁へ近づいた。
「ミサカを止められるものはありません!」
『一〇〇三一号、その結論はまだ早――』
「ミサカパァァァンチ!」
最後まで聞かずに拳を叩き込み、金属の隔壁を大きく歪ませる。続けて二発目を同じ位置へ入れると固定機構が軋み、三発目でついに隔壁そのものがレールから外れ、凄まじい音を立てて反対側へ倒れ込んだ。
一〇〇三一号は舞い上がった埃の中から堂々と歩き出し、数歩進んだところで思い出したように生活・調整区画へ向かって再び走り出す。
「ふはははは! 誰にもミサカを止めることはできません、とミサカは高らかに自由を宣言しますぅぅぅぅ!」
その姿を見ながら、監視室では次の対応を巡って再び議論が爆発した。
「もう一枚閉めますか!?」
「閉めたところで壊される!」
「閉めなければ普通に通ります!」
「警備員を向かわせろ!」
「拘束方法そのものに適応したらどうするんですか!」
「ではどうやって止める!」
「だから分かりません!」
別の研究員が施設図を拡大し、進行方向にもう一枚隔壁があることを指差した。
「この先にもあります!」
「閉じるな!」
「え?」
「いや、閉じろ!」
「どっちですか!」
「少し待て!」
「もう対象がそこまで来ています!」
その瞬間、モニターの向こうから一〇〇三一号の声が聞こえた。
「そこにもう一枚あるんですね!?」
「何で聞こえてるんだ!?」
「スピーカーが開きっぱなしです!」
「切れ!」
「もう遅いです!」
一〇〇三一号が次の隔壁へ到達したとき、巨大な金属板はまだ閉鎖の途中だった。
その下を滑り抜ければ間に合うかもしれない。
最初はそう考えた一〇〇三一号だったが、途中で速度を落とし、自分の拳と降りてくる隔壁とを見比べるうちに、口元へ妙に悪い笑みを浮かべた。
「……避ける必要、なくないですか?」
『ある! 普通はある!』
「ありません!」
隔壁が完全に閉じるのを待つように足を止めると、一〇〇三一号は自分から数歩距離を取り、そのまま勢いよく駆け出した。
「どいてください! ミサカは帰宅中ですぅぅぅぅ!」
拳が叩き込まれ、轟音とともに隔壁が歪む。
一撃。
さらにもう一撃。
固定部が軋み始めたところへ三発目を叩き込むと、それまで施設側が頼りにしていた堅牢な区画封鎖は、もはや彼女を止める壁ではなく、数十秒程度の時間を稼ぐだけの障害へと変わった。
一〇〇三一号は崩れた隔壁の脇を乗り越えながら、自分の拳へ視線を落とした。
つい少し前までは、壁へ殴りかかるなど自分の手を痛めるだけの無意味な行為だった。それが今では、隔離室の壁も、防火隔壁も、少なくともこの施設内で彼女の進路を物理的に塞ぐため使われる同系統の構造物であれば、拳を重ねるだけで突破できている。
その事実を正しく理解しているわけではない。
だが、「壁はもう怖くない」という極めて単純な結論だけは、一〇〇三一号の中で急速に確信へ変わっていた。
「ふふふ……!」
先ほどまでの疲労も、検査室から逃げ出したときの恐怖も、成功体験を重ねるたびにかなりの割合で薄れていき、代わりに危険な種類の万能感が膨らんでいく。
「壁も!」
走る。
「針も!」
角を曲がる。
「刃物も!」
さらに加速する。
「白髪モヤシも!」
スピーカーから即座に研究員の怒声が飛んだ。
『第一位を隔壁と同列に並べるな!』
「全部突破済みですぅぅぅぅ!」
一〇〇三一号本人は、まだ肝心なところを理解していない。何にでも勝てるようになったわけではなく、何をされても通じない身体を手に入れたわけでもないため、未知の攻撃や、これまで経験していない現象ならば、今でも普通に傷つく可能性が残っている。
ただ、一度経験して方陣が回転した対象については、同じ方法で再び彼女を止めることが急速に難しくなる。
そして今、その対象には、施設側が進路を物理的に封鎖するため使用している頑丈な壁や隔壁まで加わっていた。
監視室では研究員達が施設図を開き、警備担当へ連絡を飛ばし、閉じるべき隔壁と閉じてはいけない隔壁を巡って互いに矛盾した指示を出しながら、一〇〇三一号がモニター上で一枚、また一枚と封鎖線を越えていく様子を見せつけられている。
「次の区画へ入ります!」
「隔壁はどうする!」
「閉じたら?」
「たぶん殴ります」
「開けておいたら?」
「普通に走って通ります」
「警備員は?」
「拘束方法への適応が怖くて近づけません!」
一瞬の沈黙の後、誰かが両手で頭を抱えた。
「……何なんだ、あの個体は」
モニターの中では、一〇〇三一号がこちらの混乱など知る由もなく、生活・調整区画を目指して全力疾走している。
「お家! ご飯! シャワー! 布団! ミサカは今度こそ全部手に入れますぅぅぅぅ!」
その叫びが施設の廊下へ響き渡り、追う側が右往左往する一方で、逃げる側だけは隔壁を破壊するたびに自信を深めていった。
絶対能力進化計画の研究施設で、その夜初めて、研究員達は一〇〇三一号をどうやって止めるべきなのかという問題から、さらに一段後退して考え直さなければならなくなっていた。
止めるために新しい手段を使えば、その手段まで次から通じなくなるかもしれない。
かといって、何もしなければ逃げる。
その矛盾へ誰も明確な答えを出せないまま、モニターの向こうでは、一〇〇三一号がまた次の隔壁へ向かって拳を振り上げていた。