マコラマコマコ 異戒神将ミサカ!   作:モリーマ

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ラ、ランキングがとんでもないことに…!
圧倒的感謝…!


今のは痛かったですよぉぉぉ!

 実験室から厚い壁を何枚か隔てた監視室には、正面いっぱいに複数の大型モニターが並べられており、その中央に映し出された一〇〇三一号と麦野沈利の姿を、研究員達に混じってフレンダ=セイヴェルン、絹旗最愛、滝壺理后という『アイテム』の残る三人が眺めていた。

 

 彼女達が今回の仕事について知らされている内容は、実験室にいる麦野と大差なかった。第三位・御坂美琴の体細胞を利用して製造されたクローンの一体に、本来想定されていたものとは異なる能力が発現した可能性があり、その性質を調べるため、高位能力者による刺激へどのように反応するか確認したい――研究側から聞かされたのは、その程度である。

 

 少女が何のために造られたのかも、なぜ研究側がここまで厳重な設備を用意しているのかも、まして今日すでに何が行われたのかについても、まともな説明は受けていない。

 

 そんな状態でモニターを眺めていた三人の耳へ、実験室から拾われた麦野の怒声が盛大に叩き込まれた。

 

『誰がおばさんだァ! クソガキが!!』

 

 監視室の空気が一瞬だけ止まり、フレンダが口に含んでいた飲み物を吹き出しかける横で、絹旗は頭痛でも覚えたように眉間へ手を当て、滝壺だけが普段とほとんど変わらない眠たそうな顔で画面を見つめ続けていた。

 

「……結局、あの子、自分の死刑執行書に自分でサインした訳よ」

 

 呆れと面白がる気持ちを半々にしたような声でフレンダが言うと、絹旗は画面から目を離さないまま即座に同意した。

 

「よりにもよって今の麦野にあれを言えるなんて、超自殺志願者ですね。私でも絶対に言いませんよ」

 

「むぎの、すごく怒ってる」

 

「それは画面を見れば超分かります」

 

 モニターの中では、一〇〇三一号が自分の失言を棚へ上げ、「緑ビームの部分には異論がないのでしょうか」などという余計な追撃まで行い、麦野の怒りをさらに一段階引き上げている。

 

「うわぁ……これ、麦野が実験始まる前に殺しちゃったりしない訳?」

 

「それでは私達が呼ばれた意味が超ありませんよ」

 

「でもちょっと見たいかも」

 

「フレンダは超不謹慎です」

 

「結局、そこが私のいいところって訳よ」

 

「自分で言います?」

 

 そんな緊張感のない会話を交わしている三人の横で、白衣姿の研究員は端末へ視線を落とし、各種計測機器から送られてくる数値を確認していたが、やがて実験室側の準備が整ったのか、手元のマイクを取って事務的な声を流した。

 

『能力検証実験を開始する』

 

 監視室にいた三人の表情が、ほんの少しだけ変わった。

 

「始まるみたい」

 

「結局、何を調べる実験な訳?」

 

「さあ。麦野をわざわざ呼ぶくらいですし、超能力への耐性でも見るんじゃないですか?」

 

「それ、耐性がなかったらどうする訳よ」

 

「知りませんよ」

 

 研究員達から返答はなく、代わりに実験室のスピーカーへ次の指示が流れる。

 

『第四位。初回は出力を制限する。被験体の右手を狙ってくれ』

 

 その声を聞いた一〇〇三一号の表情が固まった。

 

『…………はい?』

 

『右手だ。手首より先を標的にする』

 

『いやいやいやいや待ってください』

 

 一〇〇三一号は十字架状の拘束具へ固定されたまま、唯一自由に動かせる首をぶんぶんと振った。

 

『何を当然のように人体欠損を前提とした指示を出しているんですか!? ミサカの右手は実験用の交換部品ではありません、とミサカは極めて常識的な倫理観に基づいて抗議します!』

 

「交換部品って」

 

 フレンダが少し笑った一方、絹旗は笑うことなく、研究員へ疑わしそうな横目を向けた。

 

「これ、本当に撃つんですか?」

 

「必要な検証だ」

 

「超ざっくりした説明ですね」

 

 研究員はそれ以上答えなかった。

 

 一方の麦野は、研究員からの指示を聞いても特に驚いた様子を見せず、むしろ面倒そうに片手を持ち上げる。

 

『右手だけでいいの?』

 

『初回はそれでいい』

 

『はいはい。さっさと終わらせるわよ』

 

『ちょ、ちょっと待ってください緑ビーム――』

 

 麦野の眉が動いた。

 

『今、何て言おうとした?』

 

『第四位さん! 第四位さんと呼ぼうとしました! とミサカは迅速な訂正を――』

 

 緑色の閃光が走り、一〇〇三一号の言葉が途中で途切れた。

 

 視界の端を焼くような鮮烈な光が、一瞬遅れて轟音を連れてきた次の瞬間、一〇〇三一号の右手首から先は、そこに存在していた事実ごと削り取られたように消えていた。

 

「――――ッ!?」

 

 痛みには、身体で起きた異常を脳が理解するまでの、ごく僅かな時間差がある。

 

 一〇〇三一号は、自分の右腕の先にあるはずのものが存在しないことを目で確認し、その異常な断面を認識し、そこから猛烈な痛覚信号が叩き込まれた瞬間、拘束具が悲鳴を上げるほど全身を大きく反らせた。

 

『ぎ――ぎゃああああああああああああああああ!? 痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!! 手! ミサカの手ぇぇぇぇぇぇ!! 無い! 本当に無いんですけどぉぉぉぉ!? 研究員さんんんん!! 聞いていた話と違うどころか説明そのものを聞いていません、とミサカは猛烈な激痛の中から医療班の即時投入を要求しますぅぅぅぅぅ!!』

 

 右腕をどうにか胸元へ引き寄せようと必死に身体を捩るものの、拘束された胴体も四肢もほとんど動かず、額には一瞬で脂汗が浮かび、見開いた目からは生理的な涙まで滲んでいる。

 

 その様子を見ていた麦野は、最初こそ興味もなさそうだったが、一〇〇三一号が予想以上に派手な悲鳴を上げ始めると、口元へ薄い笑みを浮かべた。

 

『へえ。いい声で鳴くじゃない』

 

『誰のせいですかぁぁぁぁぁ!!』

 

 監視室では、フレンダが面白いものでも見つけたようにモニターへ顔を近づけた。

 

「うっわ、本当に吹っ飛んだ訳よ。結局、ここまでやるなら最初からそう言えばいいのに。まあ、言ったら本人が絶対逃げる訳だけど」

 

「フレンダ、超楽しそうに言うことではありませんよ。能力検証というより、これでは超人体実験そのものじゃないですか」

 

「元から人体実験じゃないの?」

 

「そういう身も蓋もないことを言っているんじゃありません」

 

 滝壺は二人のやり取りには加わらず、画面の中で泣き喚く一〇〇三一号をじっと見つめてから、ごく短く感想を口にした。

 

「いたそう」

 

「超見れば分かります」

 

 一方、研究員達は一〇〇三一号の悲鳴には構わず、失われた右手と頭上に浮かぶ方陣、脳波や生命反応の変化を同時に追跡しながら、次々と計測結果を読み上げていた。

 

「損傷を確認」

 

「生命維持に問題なし」

 

「方陣は?」

 

「まだ動きなし」

 

 その報告が終わるより先だった。

 

 ガコン――!

 

 重く、どこか機械じみた音が実験室へ響き、監視室の研究員達が一斉にモニターへ顔を上げる。

 

「何、今の?」

 

「超変な音ですね」

 

「上」

 

 滝壺が画面を指した先では、一〇〇三一号の頭上に浮かんでいた方陣が、一つ分だけ回転していた。

 

 一〇〇三一号自身も泣きながら動きを止め、その直後、失われていた右手首の断面から異常な変化が始まる。肉が徐々に盛り上がるような生物学的な再生ではなく、欠落していた部分そのものが、まるで最初から存在していた形を参照して復元されるように輪郭を取り戻し、骨格、筋肉、血管、皮膚という区別すら認識できない速度で一つの手へ収束していった。

 

 数秒後には、一〇〇三一号の右手が完全に元へ戻っていた。

 

「……は?」

 

「…………超再生?」

 

 フレンダと絹旗がほとんど同時に声を漏らし、滝壺も普段より明らかに注意深い目で画面を見つめるなか、実験室の麦野も再生した右手から視線を外せずにいた。

 

『……超回復?』

 

 一〇〇三一号は麦野の声など耳に入っていないらしく、再生した右手を何度も開閉し、五本の指が揃っていることや手首が問題なく動くこと、先ほどまで身体を焼いていた激痛まで完全に消えていることを確かめていたが、その途中で別の異変にも気づいた。

 

 手首、上腕、胴体、腰、脚を押さえつけている拘束具から、先ほどまで感じていた強い圧迫感が消えている。

 

 一〇〇三一号が試しに右腕へ力を込めると金属製の留め具が軋み、少し強く引いただけでガキンという音とともに外れた。驚きながら左腕でも同じことを試せば結果は変わらず、腰を捻れば胴体の固定具が外れ、両脚へ力を込めれば足首まで拘束から抜け出せたため、彼女は自分でも状況を理解できないまま十字架状のフレームから床へ降り立った。

 

 監視室で研究員達が一斉に声を上げた。

 

「拘束解除!?」

 

「いや、解除操作はしていない!」

 

「固定力が通じてない!」

 

「これもだ! 第一位のときと同じだ!」

 

 最後の言葉へフレンダが敏感に反応し、絹旗も研究員へ向き直った。

 

「……第一位?」

 

「何の話ですか? 詳しい説明を超省略されている気がするんですが」

 

 研究員達は答えず、フレンダ達を置き去りにしたままモニターと計測機器へ視線を戻した。

 

 そのころ一〇〇三一号は、再生した右手を胸の前まで持ち上げてしばらく無言で眺めた末、その手をゆっくりと握り締めていた。

 

『……痛かった』

 

 麦野が眉を上げる。

 

『あ?』

 

 一〇〇三一号が顔を上げると、目元にはまだ涙が残っていたものの、その表情に浮かぶ感情はすでに恐怖だけではなかった。

 

『今のは痛かったですよぉぉぉぉぉぉ!! と、ミサカは荒ぶりますぅぅぅぅぅ!! 右手ですよ!? 右手が丸ごと無くなったんですよ!? いくら生えたからって痛かった事実は消えないんです! ミサカは緑ビームおばさんに損害賠償を請求します!!』

 

『誰がおばさんだァ!』

 

『そこです! 反応するところはそこではありません!』

 

 麦野の額へ青筋が浮かぶ一方、監視室ではフレンダが吹き出した。

 

「結局、元気じゃん」

 

「さっきまで右手がなかった人間の超元気さじゃないですよ」

 

「でも治ってる訳よ」

 

 フレンダはそう言いながらも、今度は先ほどより明らかに真剣な目で画面を見ていた。

 

 失われた右手が瞬時に復元され、先ほどまで本人を完全に固定していた拘束まで通用しなくなっている。本人の様子を見ても単なる痛覚遮断や幻覚とは考えにくく、それが何を意味するかまでは分からないにせよ、最初に聞かされていた「オリジナルとは異なる能力を発現した可能性」という説明が、予想していたより遥かに大きな話らしいことだけは三人にも理解できた。

 

 その横では研究員達がさらに慌ただしくなっていた。

 

「損傷完全修復」

 

「前回と同一だ」

 

「拘束への反応まで変わった」

 

「第一位戦と同じプロセスだ。損傷、回転、修復、その後に――」

 

「だから第一位って何な訳?」

 

 フレンダが再び問い掛けたが返答はなく、実験責任者らしき研究員はそのままマイクへ手を伸ばした。

 

『第四位。同条件でもう一度撃ってくれ』

 

 麦野より先に、一〇〇三一号が反応した。

 

『はぁぁぁぁぁぁ!? 必要ありません! ミサカは十分確認しました! 痛いです! とても痛いです! 同じことを二回やる必要性を一切認めません!!』

 

『同一現象への反応を確認する必要がある。第四位、先ほどと同程度の出力で頼む』

 

 麦野は一〇〇三一号を見た。

 

 一〇〇三一号も麦野を見る。

 

 指先へ再び緑色の光が集まり始めた瞬間、先ほどまで怒りに満ちていた一〇〇三一号の表情が、見事なまでに一秒で恐怖へ戻った。

 

『ちょっ、待ってください。さっきは言い過ぎました! おばさん発言は撤回してもいいです!』

 

『遅ェよ』

 

『緑ビームおばさん! やめろぉぉぉぉぉぉ!!』

 

『撤回してねェだろうがァ!!』

 

 緑色の閃光が一直線に走り、一〇〇三一号が反射的に顔の前へ掲げた両腕へ直撃した。

 

 ところが、先ほどなら肉を一瞬で消し飛ばしていたはずの『原子崩し』は、一〇〇三一号の皮膚へ触れた瞬間、その接触点から輪郭を失った。

 

 何か硬いものへぶつかって弾かれたのでも、防壁によって止められたのでもない。腕へ触れた先端そのものが細かな緑色の残光へほどけ、彼女の身体へ食い込むより早く攻撃としての形を失いながら、空気の中へ溶けるように霧散していった。

 

 一〇〇三一号は両目を固く閉じ、いつ襲ってくるとも知れない激痛を待ち続けていたが、いくら待っても何も起こらないため、恐る恐る片目を開いた。

 

 両腕はそのまま残っており、再生したばかりの右手も五本の指も皮膚も、何一つ損なわれていない。

 

『…………あれ?』

 

 撃った側の麦野も、片手を前へ出した姿勢のまま動きを止めていた。

 

『……は?』

 

 監視室では研究員達が一斉に計測値へ目を走らせ、その横でITEMの三人もモニターへ身を寄せる。

 

「今……消えた?」

 

「超防いだというより、攻撃そのものが途中で消失したように見えましたけど」

 

「きえてた」

 

 一〇〇三一号はまだ完全には信用できないらしく、右手から左手、胸元、腹部まで順番に触って確かめていたが、どこにも傷がなく、先ほどのような痛みもないと理解した途端、その表情は見る見るうちに変化していった。

 

『…………ふ』

 

 麦野の眉が動く。

 

『ふふ』

 

『……何笑ってんの?』

 

『ふははははははは!』

 

 監視室で絹旗が顔を顰める。

 

「超嫌な予感がします」

 

「私も」

 

 フレンダはむしろ身を乗り出した。

 

「私はちょっと面白くなってきた訳よ」

 

 一〇〇三一号は完全に調子へ乗っていた。

 

『やっぱり! やっぱりそうです! ミサカは理解しました! これはチートです! 今度こそ本物の転生チートが仕事を始めたんです、とミサカは運営への評価を星一・五から一時的に三へ上方修正します!!』

 

『何言ってんのか分かんないんだけど』

 

『もう怖くありませんよ緑ビームおばさん!』

 

『だから誰がおばさんだっつってんでしょうがァ!!』

 

『今度はミサカの番です!』

 

 一〇〇三一号が床を蹴った。

 

 体術の心得など欠片もなく、構えも重心の置き方も知らず、拳の握り方さえ格闘技を学んだ人間が見れば眉を顰める程度のものだったが、その身体が隔離室の壁や防爆隔壁を拳で変形させられることだけは、本人もすでに十分理解している。

 

『必殺ぅぅぅぅ! ミサカパァァァァンチ!!』

 

 右腕を大きく振りかぶる動作はあまりにも露骨で、普通なら見てからでも十分に回避できるような一撃だった。

 

 まして麦野沈利は、暗部の実戦で何度も死線を潜ってきた人間であり、能力だけに頼って立っている第四位ではない。それでも、一〇〇三一号が拳を振り抜こうとした瞬間、技術的な分析より先に積み重ねた戦闘経験が警鐘を鳴らした。

 

 構えはない。軌道も読める。間合いの取り方さえ素人同然――それでも、この拳だけはまともに受けるべきではない。

 

『チッ!』

 

 麦野が身体を大きく横へ逃がした直後、一〇〇三一号の拳が鼻先を掠め、そのまま勢いを殺せないまま背後の壁へ叩き込まれた。

 

 ドゴォン――!!

 

 爆発でも起きたような轟音とともに壁面が大きく陥没し、拳を中心として放射状の亀裂が広がり、砕けた表面材が細かな粉塵を巻き上げながら床へ落ちていく。

 

 一〇〇三一号が壁へ拳をめり込ませた姿勢で止まる一方、監視室ではフレンダが半ば口を開け、絹旗がモニターと研究員を交互に見比べ、滝壺も普段より僅かに目を見開いていた。

 

 麦野もまた、ほんの一瞬だけ目を見開いた。

 

 技術も何もない、素人丸出しの大振りな拳だったはずなのに、それが自分の鼻先を掠めた直後、背後の頑丈な壁をあっさりと陥没させている。もし先ほど戦闘経験に従って身を引いていなければ、あの拳がまともに自分へ叩き込まれていた――その事実を理解するまでに、一秒も必要なかった。

 

 だが、その驚きは長く続かなかった。

 

 むしろ、理解したからこそ腹が立った。

 

 昨日は第三位を取り逃がし、守るよう依頼された研究施設まで潰された。その失態のせいで、本来なら鼻で笑って断るはずだったくだらない能力検証へまで引っ張り出され、そこで待っていたのは御坂美琴と同じ顔をしたクローンで、そのクローンから散々「おばさん」と呼ばれた挙げ句、自分の手加減した『原子崩し』が通じなくなった途端に調子へ乗って殴りかかってきたのである。

 

 ふざけるな。

 

 誰に向かって調子に乗っている。

 

 驚きは瞬く間に純粋な苛立ちへ塗り潰され、麦野のこめかみに、はっきりと青筋が浮いた。

 

『……調子に』

 

 一〇〇三一号が壁から拳を引き抜き、勝ち誇った顔で振り返ろうとする。

 

『乗ってんじゃねェぞ、クソガキがァァァァ!!』

 

 研究員からの出力指定など、その瞬間には麦野の頭から完全に消えていた。

 

 複数の緑色の光点が一斉に麦野の周囲へ生まれ、監視室の研究員が慌ててマイクへ怒鳴る。

 

『待て! 出力を上げるな! 指示していない!』

 

 だが麦野は聞いていない。

 

『さっきから好き勝手ほざきやがって……誰に喧嘩売ってンのか、思い知らせてやるわァ!!』

 

 一〇〇三一号の顔から、つい数秒前まで浮かんでいた笑みが完全に消え、麦野の周囲で増えていく緑色の光点を見た途端、今さら本能的な危機感が蘇った。

 

『ちょ、待っ、それさっきより絶対強いやつですよね!? 研究員さん! 実験条件を守らせてください! 緑ビームおばさんが超絶怒っていますぅぅぅぅぅ!!』

 

『死ねェェェェェ!!』

 

『ヒィィィィィィィ!?』

 

 次の瞬間、実験室を染め上げるほどの緑色の閃光が一斉に放たれた。

 

 先ほどの検証用とは比較にならない出力で放たれた複数の『原子崩し』が、それぞれ僅かに異なる軌道を描きながら一〇〇三一号へ殺到し、反射的に頭を庇った右腕へ最初の一本が触れる。

 

 その瞬間、緑色の光は先端から崩れた。

 

 肉を焼き切ることも腕を貫通することもなく、皮膚へ触れた地点を起点として攻撃そのものの輪郭が細かな粒光へ分解され、その勢いまで失いながら周囲へ霧散していく。続いて肩へ届いた二本目も、胴体へ向かった三本目もまったく同じ現象を起こし、麦野がどれほど出力を引き上げても、何本重ねても、一〇〇三一号へ直接触れた『原子崩し』だけは身体へ作用するより先に形を失っていった。

 

 しかし、激昂した麦野が放った光のすべてが完全に同じ一点へ収束したわけではなく、一〇〇三一号を僅かに外れた射線は、そのまま背後の壁や床へ突き刺さって施設材を容赦なく抉り飛ばした。

 

 轟音とともに大量の建材が砕け、爆ぜるように舞い上がった粉塵が一〇〇三一号の姿を完全に覆い隠す。衝撃で複数の監視カメラが激しいノイズに沈み、測定用センサーにも異常値が殺到したことで、監視室からはもはや麦野の攻撃の中心にいた一〇〇三一号がどうなったのか確認できなくなった。

 

「麦野!」

 

 絹旗が思わずモニターへ向かって叫ぶ。

 

「超やりすぎです!」

 

「うわ……結局、普通ならあれ跡形も残らない訳よ……」

 

 さすがのフレンダも僅かに笑みを引かせ、滝壺も何も言わずにノイズだらけとなった画面を見つめている。

 

 研究員達も一斉に端末へ向かった。

 

「正面映像が死んだ!」

 

「予備カメラへ切り替えろ!」

 

「生体モニターは!?」

 

「ノイズが酷い、判定できない!」

 

「対象の状態を確認できません!」

 

「第四位! 勝手に出力を――」

 

『うるさい』

 

 麦野は苛立ったまま言葉を切った。

 

 連続照射が止んだ実験室には、抉り取られた床や壁から立ち上る大量の粉塵が残り、緑色の残光がその中へぼんやりと滲んでいる。

 

『ったく……くっだらない実験に付き合わせやがって』

 

 麦野は乱れた髪を片手で払いながら、一〇〇三一号がいたはずの場所を睨んだ。

 

『最初からこうしときゃ終わってたでしょうが』

 

 返事はなかった。

 

 監視室でも、誰もすぐには言葉を発しなかった。

 

 やがて換気によって粉塵が薄れ始め、その向こうにぼんやりと人影らしき輪郭が浮かび上がった。最初は崩れ残った設備なのか人間なのかさえ判別できなかったそれが、煙の流れとともに次第に鮮明になり、やがて両腕も胴体も両脚も何一つ欠けることなく、二本の脚で立っている少女の姿へ変わっていく。

 

 髪や衣服には周囲から巻き上がった粉塵が付着しているものの、その身体には火傷どころか傷一つ見当たらず、一〇〇三一号は麦野の全力に近い連続射撃を受けた場所へ、何事もなかったように立っていた。

 

「…………は?」

 

 誰が漏らした声なのか、監視室では一瞬分からなかった。

 

 フレンダは半ば口を開けたまま固まり、絹旗も研究員へ問い掛けることすら忘れ、滝壺も僅かに目を見開いたまま一〇〇三一号を見つめている。

 

 そして最も長く動きを止めたのは、麦野沈利だった。

 

 自分が何を撃ったのかは、自分自身が一番よく分かっている。

 

 研究員から指示された手加減した一射ではない。出力指定を無視し、苛立ちのまま複数の『原子崩し』を叩き込んだ。それが弱かったはずなどなく、実際、一〇〇三一号から外れた光は壁も床も簡単に抉り飛ばしている。

 

 能力そのものが不発だったわけでも、自分が狙いを誤ったわけでもない。それなのに、その中心にいた少女だけが、傷一つ負わずに立っている。

 

『…………は?』

 

 麦野の口からようやく出たのは、それだけだった。

 

 怒鳴り声ではなく、つい先ほどまで燃え上がっていた苛立ちさえ一瞬どこかへ抜け落ち、目の前の現実をどう処理すればいいのか分からなくなったような声だった。

 

 一〇〇三一号の方は、最初こそまだ自分でも信じられないらしく、恐る恐る右腕を撫で、次に左腕、胸元、腹部まで確かめていった。穴も開いていなければ焼けてもおらず、何より痛みがまったく存在しないうえ、今回は頭上の方陣さえ回転していない。

 

 先ほどの一撃ですでに『原子崩し』への適応そのものが成立していた。

 

 出力を上げても、複数を重ねても、少なくとも同じ現象である限り結果は変わらない。

 

 一〇〇三一号にはその理屈までは分からなかったが、自分が完全に無傷であり、正面の第四位が珍しく言葉を失っているという二つの事実だけは、誰に説明されるまでもなく理解できた。

 

『…………ふ』

 

 口元が上がる。

 

『ふふふ……』

 

 麦野は反応しない。

 

 一〇〇三一号は、その沈黙を自分に都合よく解釈した。

 

 第四位が完全敗北を認め、何も言い返せなくなっている――たぶんそうだ、いや絶対そうに違いないと、数秒前まで命乞いじみた悲鳴を上げていた事実さえ本人の中ではすでに遠い過去へ追いやられていく。

 

『効きません!』

 

 麦野はまだ答えない。

 

 一〇〇三一号の胸がさらに反る。

 

『全っ然効きませんよ緑ビームおばさん! とミサカは第四位攻略完了を高らかに宣言しますぅぅぅぅぅ!!』

 

 監視室で絹旗が片手で顔を覆った。

 

「超学習しませんね、この人」

 

「さっき殺されかけたばっかりな訳よ?」

 

 フレンダは呆れながらも、ここまで来るとむしろ楽しそうだった。

 

 一〇〇三一号は止まらない。

 

『しかも先ほどより出力を上げたにもかかわらず結果はゼロ! 右手一本すら奪えませんでした! 第四位さんには今後一層の努力を期待します、とミサカは圧倒的上から目線で激励します!』

 

『…………』

 

 麦野は何も返さず、自分の掌へ一度だけ視線を落とし、そこから確かに『原子崩し』を撃ったという当たり前の事実を確認するように眺めた後、もう一度一〇〇三一号へ目を戻した。

 

 やはり無傷だった。

 

「……むぎの」

 

 監視室で滝壺が静かに画面を見つめた。

 

「止まってる」

 

「超固まってますね」

 

 絹旗も、普段ならまず見られないものを観察するような目で麦野を見た。

 

「結局、麦野をここまで黙らせるなんて、あの子ちょっとすごい訳よ」

 

 そんなアイテムの反応など一〇〇三一号には聞こえておらず、麦野が完全に思考を止めている状態さえ自分の勝利によるものだと信じ切った彼女は、いよいよ我慢できなくなったように両手を腰へ当てた。

 

『ふははははは! 緑ビーム攻略完了! ミサカに同じ技は二度通用しません! これが転生チートというものですぅぅぅぅぅ!!』

 

 第四位は答えなかった。

 

 それを一〇〇三一号は、完全勝利の証明だと受け取った。

 

 もちろん実際には、自分の『原子崩し』が出力も射数も無関係に通用しなかったという事実へ、麦野沈利の認識がまだ追いついていないだけだったのだが、今の一〇〇三一号にそんな慎重な可能性を考慮するだけの謙虚さは、もう欠片も残っていなかった。

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