マコラマコマコ 異戒神将ミサカ!   作:モリーマ

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ミサカはプリンアラモードで手を打ちます

「ふははははは! 緑ビーム攻略完了! ミサカに同じ技は二度通用しません! これが転生チートというものですぅぅぅぅぅ!!」

 

 一〇〇三一号の高笑いが、床も壁も『原子崩し』によってあちこち抉られた実験室へ響き渡っていた。

 

 つい数分前まで右手を消し飛ばされて泣き喚き、麦野が再び指先を向けただけで命乞いじみた悲鳴まで上げていた少女とは思えないほどの変貌であり、事情を知らない人間が現在の姿だけを見れば、最初から第四位を圧倒していた強者だと勘違いしかねない。

 

 もちろん実態は、痛い目に遭うまでは怯え、適応して安全だと分かった瞬間に際限なく増長するという、非常に分かりやすい精神構造の持ち主である。

 

「いやぁ、惜しかったですね第四位さん! 最初の一発は非常に痛かったです! しかしながら二回目以降は完全無効! これはもうミサカの判定勝ちどころか一本勝ちと言って差し支えないのではないでしょうか、とミサカは公平中立な立場から試合結果を総括します!」

 

 公平でも中立でもなかった。

 

 麦野沈利は返事をしない。

 

 先ほどまで『原子崩し』を撃っていた自分の掌と、完全に無傷で立っている一〇〇三一号とを交互に見比べており、その表情からは普段の苛立ちも嘲笑も一時的に消えていた。

 

 出力を上げても通じず、複数同時に叩き込んでも結果は変わらない。壁や床へ外れた攻撃は本来の破壊力を発揮している以上、『原子崩し』そのものが弱まったわけでもなく、ただ一〇〇三一号へ触れたものだけが、接触した端から攻撃として成立しなくなり、細かな緑の残光へほどけて消滅していく。

 

 理屈が分からないのは、麦野だけではなかった。

 

「……適応は単純な耐久性上昇ではない」

 

 監視室では、一人の研究員が画面に記録された二射目の映像を何度も巻き戻しながら呟いた。

 

「対象に接触した『原子崩し』そのものが維持できなくなっている」

 

「第一位のときと同じだ。攻撃を耐えているわけじゃない。現象に対する反応自体が変質している」

 

「問題は、どこまでだ?」

 

 その一言で、監視室にいる何人かの研究員が同時に顔を上げた。

 

「何が?」

 

「この適応に上限があるのかどうかだ。一種類の現象へ適応した後、別種の現象を与えた場合、最初の適応は維持されるのか。それとも新しい適応へ置換されるのか」

 

「……累積する可能性を見たいのか?」

 

「ここまで来て確認しない理由があるか?」

 

 あった。

 

 後になって考えれば、かなりあった。

 

 しかし、その時点の研究員達の頭を占めていたのは、一〇〇三一号が明らかに危険な存在へ変化しつつあるという警戒心より、目の前で観測されている未知の現象を可能な限り多く記録したいという研究者としての欲求だった。

 

「異なる作用方式を連続投入する」

 

「具体的には?」

 

 研究員の視線が監視室の後方へ向き、その先にいたフレンダ、絹旗、滝壺の三人が揃って微妙な表情を浮かべる。

 

「……何な訳?」

 

 フレンダが嫌な予感を覚えたように眉を寄せた。

 

「超こっち見ないでほしいんですけど」

 

 絹旗も同意する。

 

 滝壺だけは、いつもの眠たげな顔を変えない。

 

 研究員はマイクを一度切ってから三人へ向き直った。

 

「追加の能力検証へ協力してほしい」

 

「結局、それ私達もあそこへ入れって話?」

 

「そうなる」

 

「私は超聞いてませんよ」

 

「こちらも、こうなるとは予想していなかった」

 

「それ絶対に安心材料じゃないですよね?」

 

 絹旗の指摘は正しかった。

 

「第四位の攻撃はすでに無効化された。同一能力を繰り返しても追加データは得られない。そこで異なる攻撃方式を順次試し、適応が累積するか確認する」

 

「順次って」

 

 フレンダが自分を指差した。

 

「まず私?」

 

「爆発物を使ってくれ」

 

「私は?」

 

「近接戦闘。可能なら『窒素装甲』による攻撃と防御の双方を確認したい」

 

 最後に研究員は滝壺を見る。

 

「君には対象のAIM拡散力場を追跡してもらう。先ほどの高出力攻撃で施設側のセンサーが一部不安定になっている。実験室内で対象を見失った場合の位置確認も頼みたい」

 

「わかった」

 

 滝壺だけが即答した。

 

「え、行くの?」

 

「うん」

 

「滝壺が行くなら結局私達だけ残るのも変な訳よ……」

 

「私は超嫌なんですけど」

 

 そう言いながらも、三人とも『アイテム』として仕事を請け負っている以上、最終的には実験室へ向かうことになった。

 

     ◆

 

「ふふん」

 

 実験室では、一〇〇三一号が両手を腰へ当てたまま、未だに完全勝利の余韻へ浸っていた。

 

「第四位ともあろう者が完全沈黙とは、ミサカも少々やり過ぎてしまったでしょうか。まあ敗者にも尊厳は必要ですので、これ以上の追及は――」

 

 側面の扉が開き、一〇〇三一号が振り向くと、そこからフレンダ、絹旗、滝壺の三人が順番に入ってくる。

 

「…………」

 

 一〇〇三一号の笑顔が少しだけ固まった。

 

「研究員さん」

 

『何だ』

 

「なぜ増えたのでしょうか、とミサカは非常に嫌な予感を覚えながら説明を要求します」

 

『第二段階へ移行する』

 

「移行しなくて結構です」

 

『異なる攻撃現象への反応を確認する』

 

「しなくて結構です」

 

『実験を続行する』

 

「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 しかし、スピーカーの向こうにいる研究員は抗議を無視した。

 

『まず爆発物』

 

「結局、私な訳ね」

 

 フレンダが小さく肩を竦め、一〇〇三一号はその動きを見ただけで即座に数歩後退した。

 

「待ってください。爆発物とは具体的にどの程度の――」

 

「まあまあ。ちょっと派手な花火みたいなものって訳よ」

 

「その手に持っている物体から導火線らしきものが見えるのですが」

 

「気のせい気のせい」

 

「絶対に気のせいではありません!」

 

 一〇〇三一号がさらに後退した瞬間、足元で小さな電子音が鳴った。

 

 恐る恐る視線を下げると、いつ設置されたのか分からない小型の爆発物が床へ張り付いている。

 

「結局、もう遅い訳よ」

 

「卑怯ぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 爆発した。

 

 猛烈な閃光と熱、それに鼓膜を震わせる破裂音が一〇〇三一号の周囲を一瞬で満たし、衝撃波が検査着と髪を激しく煽る。周辺の軽い備品や破片がまとめて吹き飛ばされるほどの爆圧だったが、一〇〇三一号自身の身体はほとんど押し動かされなかった。

 

 それも当然だった。

 

 一方通行との戦闘で、一〇〇三一号はすでに圧縮された空気の塊や衝撃波に近い作用をまともに受け、そのたびに方陣を回して適応を重ねている。さらに、飛散する破片や高速の投射物についても経験済みであるため、フレンダの爆発が生み出した機械的な圧力や飛散物は、見た目ほどの有効打にはならなかった。

 

 問題は、その先だった。

 

「熱っっっっっっ!?」

 

 一〇〇三一号が両腕で顔を庇いながら、その場で飛び跳ねた。

 

「熱い熱い熱い熱いぃぃぃぃ!! 何ですかこれ!? 爆風が効かないのに、なぜ熱い部分だけ律儀に仕事をしているんですかぁぁぁぁ!? ミサカは爆発という現象の複雑さへ断固抗議しますぅぅぅぅ!!」

 

 空気の衝撃も飛散物も彼女をほとんど傷つけなかった一方で、爆薬の燃焼によって生じた高熱だけは未経験だった。腕や頬の皮膚が赤く腫れ、一部には明確な火傷が浮かび上がっている。

 

 フレンダは少し目を丸くした。

 

「結局、爆風はほとんど効いてないのに、そこだけ普通に焼ける訳ね」

 

「実況してないで助けてください! ミサカが焼けています!」

 

「でも生きてるじゃん」

 

「生きていれば何をしてもいいという思想を今すぐ捨ててください!」

 

 ガコン――!

 

 頭上の方陣が回転した。

 

 焼けた皮膚が見る見るうちに正常な状態へ戻り、一〇〇三一号を苦しめていた熱傷の痛みも消えていく。

 

 一〇〇三一号が腕を見下ろし、その向こうでフレンダも同じ場所を見た。

 

「…………まさか」

 

「じゃ、もう一個」

 

「待っ――」

 

 二発目が爆発した。

 

 一〇〇三一号は反射的に顔を庇ったが、今度は違った。

 

 爆風の圧力はもともと有効打にならず、飛散物も同様に身体へ損傷を与えない。そこへ先ほど新たに適応した高熱と燃焼まで加わったことで、炎が身体へ押し寄せても皮膚を焼くところまで作用せず、結局、一〇〇三一号は爆発の中心で検査着と髪を激しくはためかせているだけだった。

 

 煙が薄れ、何事もなかったように立っている一〇〇三一号の口元が、徐々に持ち上がっていく。

 

「…………ふ」

 

「え」

 

「ふふふ」

 

「ちょっと待つ訳よ」

 

 一〇〇三一号が胸を張った。

 

「爆弾攻略完了ぉぉぉぉぉ!!」

 

「いや早くない!?」

 

「一回焼けば十分です! ミサカは非常に学習効率の高い人間ですので!」

 

「そういう学習じゃないと思うんだけど!」

 

 一〇〇三一号自身は「爆弾」という大きな括りで攻略したつもりになっているものの、実際には以前から成立していた空気衝撃や飛散物への適応へ、今回新たに経験した熱・燃焼への適応が加わったにすぎない。しかし、そんな慎重な区別をするほど今の彼女は謙虚ではなかった。

 

「残念でしたねフレンダさん! もうあなたの花火ではミサカを止めることはできません、とミサカは勝利宣言を行います!」

 

「一回焼かれたくせに、結局ものすごく腹立つ訳よ……」

 

 フレンダが顔を引き攣らせる横から、今度は絹旗が一歩前へ出た。

 

「超どうでもいいので、次は私でいいですか?」

 

 一〇〇三一号が振り返る。

 

 小柄だった。

 

 見た目だけなら一〇〇三一号よりさらに幼く見えるため、完全に調子へ乗っていた彼女の脳内では、その瞬間に絹旗への危険度評価が一段階どころか数段階ほど下方修正された。

 

「……ふ」

 

「何ですかその超失礼な笑いは」

 

「いえいえ。ただ、第四位と爆弾を攻略した後ですので、ミサカとしても少々心苦しいと申しますか」

 

「超腹立ちますね」

 

「無理はなさらなくても――」

 

 絹旗が消えた。

 

「…………え?」

 

 次の瞬間、一〇〇三一号の眼前へ移動した絹旗が、窒素を纏わせた拳を突き出した。

 

 一〇〇三一号も反射的に右拳を出す。

 

 拳と拳が衝突する――その直前、一〇〇三一号の拳は絹旗の身体へ届くより先に、目に見えない分厚い何かへ叩きつけられた。

 

「いっっったぁ!?」

 

 殴った側の拳から手首、肘、肩へと強烈な反動が駆け抜け、一〇〇三一号は思わず右腕を引いた。

 

「何ですかこれぇぇぇぇ!? 見えない壁があります!」

 

「これが『窒素装甲』です。超舐めないでください」

 

 絹旗が踏み込み、今度は窒素装甲によって補強された打撃を一〇〇三一号の腹へ叩き込んだ。

 

「ぐぼっ!?」

 

 身体が持ち上がって後方へ押し飛ばされたものの、床を滑って壁へ激突する部分については、すでに適応済みの衝撃や圧力が大部分を占めているため、それ自体が致命的な損傷へ繋がることはなかった。

 

 だが、腹部を包み込むように直接作用した高圧窒素と、『窒素装甲』固有の圧迫作用までは未経験だった。

 

 一〇〇三一号は腹を抱え、涙目で蹲った。

 

「お、お腹……お腹が……とミサカは人体の急所を狙う少女の容赦のなさへ戦慄します……」

 

「超さっき私を舐めてた報いです」

 

「舐めてません」

 

「舐めてました」

 

「ほんの少しだけです」

 

「認めてるじゃないですか!」

 

 ガコン――!

 

 方陣が回転し、一〇〇三一号の腹部を締めつけていた痛みが消えると、右腕に残っていた痺れも同時に引いていく。

 

 絹旗が僅かに目を細めた。

 

「……またですか」

 

 一〇〇三一号がゆっくり立ち上がった。

 

「絹旗さん」

 

「何ですか」

 

「もう一回お願いします」

 

 先ほどまで腹を抱えて蹲っていたにもかかわらず、一〇〇三一号の顔にはすでに妙な期待が浮かんでいた。

 

「……何でちょっと嬉しそうなんですか」

 

「大丈夫です。今度はいける気がします」

 

「その台詞で超嫌な予感が増したんですけど」

 

 一〇〇三一号は答えず、床を蹴った。

 

 先ほどとまったく同じ、素人丸出しの大振りな右拳に対し、絹旗も同様に『窒素装甲』を展開し、目に見えない高圧窒素の層を身体の周囲へ形成する。

 

 拳が触れた。

 

 今度は止まらなかった。

 

「――え?」

 

 一〇〇三一号の拳が窒素の層へ沈み込み、先ほどなら完全に弾き返していた圧力が拳を止めきれず、接触した部分から周囲へ押し退けられるように崩れていく。

 

 絹旗の目が見開かれた。

 

 一〇〇三一号も目を見開いた。

 

 なぜなら、本人は壁を殴るくらいのつもりで思い切り拳を振り抜いていたからである。

 

 窒素装甲を抜けた拳の進路上には、絹旗の腹があった。

 

「…………あ」

 

「…………え」

 

 一〇〇三一号は全身へ力を込め、足を踏ん張り、腰を捻り、肩の動きを止め、肘まで無理やり曲げながら、壁を陥没させるだけの勢いを乗せていた拳を、絹旗の腹部まで数センチというところでどうにか停止させた。

 

 実験室が静まり返った。

 

 絹旗が自分の腹の前で止まっている拳を見て、一〇〇三一号も同じ場所へ視線を落とし、少し離れたフレンダまで二人の間に残された僅かな隙間を凝視した。

 

 数秒後、一〇〇三一号の額から冷や汗が流れた。

 

「あ、あやうく……」

 

「何ですか」

 

「あやうく絹旗さんを『絹☆旗』さんにするところでした、とミサカはギリギリで取り返しのつかない未来を回避したことに安堵します」

 

「何ですかその超縁起でもない名前!?」

 

「……何でか分からないけど」

 

 少し離れた場所で、フレンダが自分の胴体を両腕で抱いた。

 

「結局、私まで妙な寒気がする訳よ」

 

「気のせいです」

 

「絶対気のせいじゃない訳よ!」

 

 絹旗は一〇〇三一号から数歩離れると、自分の腹と、先ほど拳が止まった位置を交互に見比べ、頬を僅かに引き攣らせた。

 

「……今の、もし止めてなかったらどうなってたんですか?」

 

「…………」

 

「何で黙るんですか。超答えてください」

 

「今後とも末永く『絹旗さん』として生活していただきたいとミサカは心より願っております」

 

「だから何が起きるところだったんですか!?」

 

 監視室では、研究員の一人が額へ手を当てた。

 

「窒素装甲まで突破した」

 

「適応が残っている。原子崩しも、爆発由来の作用も、拘束も失われていない」

 

「累積している……」

 

 その言葉を口にした瞬間、何人かの研究員がようやく僅かな違和感を覚え始めていた。

 

 しかし、まだ止めなかった。

 

『次。複合条件へ移行する』

 

「まだやるんですか!?」

 

 一〇〇三一号が叫んだ。

 

 スピーカーの向こうにいる研究員は、その抗議を無視して指示を続ける。

 

『滝壺理后。対象の位置を追跡。フレンダは罠を配置、絹旗は近接で動きを制限。第四位は――』

 

「やるわよ」

 

 今まで黙っていた麦野が低い声で言い、一〇〇三一号の肩が跳ねた。

 

「あ、まだいたんですか緑ビームおばさん」

 

「殺す」

 

「ヒィッ!」

 

 思考停止から復帰した麦野の目は、先ほどまでとは別の意味で据わっていた。

 

 滝壺が一〇〇三一号のAIM拡散力場へ意識を向ける。

 

「追えるよ」

 

「じゃ、行く訳よ」

 

 フレンダが指を鳴らした。

 

     ◆

 

 そこからしばらく、実験室は戦闘というより、一〇〇三一号一人を相手にした大掛かりな捕獲競技のような様相を呈した。

 

 フレンダが床や壁、天井近くに仕掛けた爆発物を次々に起動し、煙と炎によって視界を奪う。

 

「右、三メートル」

 

 滝壺が淡々と位置を告げる。

 

「了解な訳よ!」

 

 一〇〇三一号が煙の向こうから飛び出した瞬間、フレンダの爆発物が足元で起爆した。

 

「ふはははは! 効きませ――ぶべっ!?」

 

 空気の衝撃、飛散物、熱と燃焼という、それまでの爆発で一〇〇三一号が実際に経験した作用はいずれも有効打にならず、爆炎の中からそのまま飛び出したところで、本人が調子に乗って足元を見ていなかったため、自分の足をもつれさせて顔から床へ突っ込んだ。

 

「自分で転んだのは適応できないみたいですね」

 

 絹旗が冷静に指摘する。

 

「今のはノーカウントです!」

 

「何のカウントですか」

 

 一〇〇三一号が立ち上がる。

 

 その背後へ絹旗が回り込み、『窒素装甲』を纏った拳を叩き込むものの、一〇〇三一号の身体へ高圧窒素が触れた瞬間、その作用はすでに以前と同じだけの拘束力を維持できなくなっており、本人は僅かによろめいただけで踏み止まった。

 

「もう効きません!」

 

「超厄介ですね!」

 

 一〇〇三一号が振り返り、絹旗が即座に距離を取ったところへ、今度は麦野の『原子崩し』が横から飛ぶ。

 

「ヒィィ――」

 

 反射的に悲鳴を上げた一〇〇三一号だったが、緑色の光は頬へ触れた端から細かな残光へ崩れ、そのまま何の損傷も与えず霧散した。

 

「……ふ」

 

「その顔やめろ」

 

「何も言ってません」

 

「顔で言ってンだよ!」

 

 第二射、第三射と続けて放たれても結果は変わらず、一〇〇三一号の身体へ触れた『原子崩し』だけが、まるでそこから先へ存在することを拒絶されたようにほどけて消えていく。

 

 麦野の目つきが凄まじくなった。

 

「ふふふ」

 

「笑うなァ!!」

 

「笑ってません!」

 

「めちゃくちゃ笑ってる訳よ!」

 

 フレンダが横から突っ込む。

 

 一〇〇三一号がそちらを見る。

 

「フレンダさんももう効きませんよ?」

 

「だったらこれは?」

 

 フレンダが天井から何かを落とした。

 

「何で――」

 

 大きな捕獲用ネットが一〇〇三一号の全身を包み、そのまま床へ転がした。

 

「能力じゃない!?」

 

「結局、爆発だけが私の仕事じゃない訳よ!」

 

「卑怯ですぅぅぅぅ!!」

 

「暗部に正々堂々を期待されても困る訳よ!」

 

 一〇〇三一号は網の中でもがいた。

 

 これはまだ経験したことのない拘束方法であり、単純な網そのものには先ほどの金属拘束具への適応がそのまま通用するわけではなかった。

 

「研究員さん! 新手の拘束です! これは契約違反では!?」

 

『そんな契約はしていない』

 

「研究員さぁぁぁぁん!!」

 

 絹旗が近づく。

 

「超今のうちですね」

 

「待ってください! 集団リンチです! ミサカは法治国家における集団暴行の問題性を――」

 

 絹旗が網ごと押さえ込み、さらにフレンダが端を固定すると、一〇〇三一号はしばらく必死にもがき続けた。

 

「ぐぇっ……離してくださいぃぃぃ!」

 

 やがて。

 

 ガコン――!

 

「あ」

 

 フレンダの顔が引き攣った。

 

「…………ふ」

 

「その笑い方、本当に嫌な予感しかしない訳よ」

 

 一〇〇三一号が両腕を広げる。

 

 網が千切れたのではない。

 

 先ほどまで身体の自由を奪っていた網の締め付けそのものが一〇〇三一号の動きを止められなくなり、彼女は衣服を脱ぐ程度の気軽さで隙間からするりと抜け出した。

 

「拘束攻略完了!」

 

「また増えたぁ!?」

 

 フレンダが叫び、絹旗も思わず後退する。

 

「これ、超まずくないですか?」

 

「うん」

 

 滝壺が短く答えた。

 

 監視室の研究員達にも、ようやく同じ疑問が生まれ始めていた。

 

 麦野の『原子崩し』は通じない。フレンダの爆発を構成する既知の作用も通じず、絹旗の『窒素装甲』も突破され、拘束手段を変えても最初に一度有効だっただけで、方陣が回った後にはそれすら一〇〇三一号を止められなくなる。

 

 有効な新手を見つけたつもりになるたび、その方法自体を使えなくしている。

 

 滝壺の『能力追跡』だけは今も一〇〇三一号の位置を正確に捉えていたが、どこにいるのか分かったところで、そこへ叩き込む有効な攻撃も、動きを止める拘束も順番に無力化されている以上、位置情報そのものは状況を変えてくれない。

 

「待て」

 

 研究員の一人が低く呟いた。

 

「これ以上、新しい手段を使ったらどうなる?」

 

 隣にいた研究員は答えなかった。

 

 答える必要がなかった。

 

 モニターの向こうでは、一〇〇三一号が両手を腰へ当て、完全に調子へ乗っている。

 

「ふはははははは! 見ましたか! 第四位! 窒素装甲! 爆弾! 拘束! すべて攻略済みです! ミサカの前にアイテムはもはやアイテムではありません! 攻略済みコンテンツですぅぅぅぅ!!」

 

「超腹立ちますね!」

 

「結局、私までまとめて言われる筋合いはない訳よ!」

 

「まだやりますか!? 次は何ですか!? ミサカは寛大ですので新しい問題を出しても構いませんよ!」

 

 一〇〇三一号は両手まで広げ、完全に次の挑戦者を待ち受ける側の態度で実験室を見回していた。フレンダと絹旗が露骨に嫌そうな顔をする一方、麦野だけは凄まじい目つきで彼女を睨み続けている。

 

 その様子をモニター越しに見ていた監視室では、先ほど声を上げた研究員が、今度ははっきりと首を横へ振った。

 

「……駄目だ」

 

「何が?」

 

「もう新しい攻撃を試すな」

 

「どういう意味だ?」

 

 研究員は、画面の中で得意げに胸を張る一〇〇三一号を指差した。

 

「俺達はさっきから、こいつへの対抗手段を試しているんじゃない。対抗手段を一つずつ潰すための教材を与えている」

 

 監視室が静まり返った。

 

 ようやく理解した。

 

 相手が強いから、もっと強い攻撃を試す。違う方法なら効くかもしれないから、別の手段を使う。その発想を続けるほど、一〇〇三一号にとっては「まだ適応していない現象を順番に経験できる」という結果になる。

 

「実験終了だ」

 

 責任者が決断し、マイクを手に取って実験室への回線を開いた。

 

『実験を終了する。アイテムは攻撃を停止。一〇〇三一号も行動を停止しろ』

 

「…………」

 

 一〇〇三一号が止まった。

 

 監視室では何人かの研究員が僅かに安堵したが、その安堵は長く続かなかった。

 

「お断りします」

 

『何?』

 

 一〇〇三一号は胸を張った。

 

「今さら自分達の都合で一方的に終了ですか? ミサカは右手を吹き飛ばされ、爆破され、腹を殴られ、網まで被せられたのですよ? それを劣勢になった途端に『はい終わり』で済ませようとは、あまりにも虫が良すぎるのではないでしょうか、とミサカは勝者として厳正に抗議します!」

 

「誰が劣勢だァ!!」

 

 麦野が吠えた。

 

「緑ビームが効かない方です」

 

「テメェ……!」

 

「事実を述べただけです」

 

 絹旗が小声で呟く。

 

「超やめた方がいいですよ、麦野」

 

「何?」

 

「いや、その……今の一〇〇三一号に『原子崩し』撃っても超意味ないですし」

 

 麦野の目が絹旗へ向き、絹旗が僅かに肩を縮めた。

 

「そ、そうそう! 結局ここは実験終了が一番合理的な訳よ!」

 

 フレンダも慌てて援護する。

 

「麦野が弱いとかじゃなくて! 相性! 結局ただの相性問題な訳!」

 

「フレンダ」

 

「はい」

 

「余計ムカつく」

 

「何で!?」

 

 滝壺も麦野の袖を軽く引いた。

 

「むぎの、やめよう」

 

「滝壺まで……」

 

「いま攻撃しても、たぶんまた消える」

 

「…………」

 

 麦野のこめかみに血管が浮いた。

 

 だが、三人とも分かっていた。

 

 現時点では、少なくとも自分達がすでに見せた手札の範囲で一〇〇三一号を止める方法がない。

 

 一方、一〇〇三一号はその空気を、完全に「敵側が降伏協議へ入った」と解釈していた。

 

「ふふん。ようやく戦力差を理解したようですね」

 

「テメェは黙ってろ!」

 

「敗者側が勝者へその口の利き方はいかがなものでしょうか」

 

「ふざけんじゃねェぞ!!」

 

 麦野が一歩前へ出る。

 

 絹旗が反射的に前へ回った。

 

「麦野、超待ってください!」

 

 フレンダも横から腕を掴もうとする。

 

「結局今はやめとく訳よ! ね!? 後で! 後で考えればいいから!」

 

「離せェ!!」

 

「離したら撃つじゃん!」

 

「撃って何が悪い!」

 

「効かないのが問題なんですってば!」

 

 絹旗のあまりにも正直な一言で、麦野の動きが一瞬止まった。

 

 一〇〇三一号が鼻で笑った。

 

「ふっ」

 

「今笑ったわね?」

 

「気のせいです」

 

「絶対笑ったでしょうが!」

 

「第四位ともあろう者が幻聴ならぬ幻笑に悩まされるとは、ミサカは心よりお見舞い申し上げます」

 

「殺す!!」

 

「超煽らないでください!!」

 

 絹旗の悲鳴が響いた。

 

 その光景をモニター越しに見ながら、監視室の研究員達は頭を抱え始めていた。このまま言葉だけで止めるのは難しく、かといって武力で止めようとして新しい現象を使えば、また一つ適応を増やす可能性がある。

 

 しばらく誰も妙案を出せなかったところへ、一人の研究員が小さく口を開いた。

 

「……プリンを出す」

 

 周囲の研究員が一斉にそちらを見る。

 

「またか?」

 

「前回は効いた」

 

「……やれ」

 

 研究員がマイクを取った。

 

『実験を終了して、こちらへ戻ればプリンを出す』

 

「…………」

 

 一〇〇三一号の動きが止まった。

 

 実験室にいる全員が、そのあまりにも分かりやすい反応を見た。

 

 一〇〇三一号の眉がぴくりと動く。

 

 しかし今回は、すぐには屈しなかった。

 

 すでに一度プリンで買収されたという自覚くらいはある。何より現在の彼女は、アイテム四人を相手に完全勝利したという認識によって、人生でもそうそうないほど自尊心が膨張していた。

 

「……研究員さん」

 

『何だ』

 

「ミサカはプリン一つで言うことを聞くほど安っぽい人間ではありませ――」

 

『普通のプリンじゃない』

 

 一〇〇三一号が止まった。

 

 研究員は淡々と続ける。

 

『プリンアラモードだ』

 

「…………」

 

 沈黙。

 

 麦野が眉を顰め、フレンダも絹旗も滝壺も、一〇〇三一号を見る。

 

 一〇〇三一号は数秒間、極めて真剣な表情で虚空を見つめた。

 

「……内容を確認します」

 

『プリン。生クリーム。果物。アイスも付ける』

 

「…………」

 

 さらに沈黙した後、一〇〇三一号は咳払いを一つしてから、何事もなかったように胸を張り直した。

 

「まあ、そこまで研究員側が敗北を認め、誠意ある停戦条件を提示するというのであれば、ミサカも勝者としていつまでも弱者を追い詰める趣味はありません」

 

「誰が敗北したって?」

 

 麦野の声が低くなった。

 

 一〇〇三一号は聞かなかったことにする。

 

「ミサカは勝者の余裕を持って、寛大にも研究員及びアイテム各位のこれまでの非礼を水に流し、実験終了を受諾することにします」

 

「ふざけんじゃねェェェェ!!」

 

 麦野がとうとう爆発した。

 

「何が寛大よ! 何が勝者よ! 調子乗ってんじゃねェぞクソガキ!!」

 

 一〇〇三一号が振り返る。

 

 先ほどまでなら悲鳴を上げていたところだが、今は違った。

 

「おやおや」

 

「その顔やめろ!」

 

「敗者ほど結果を受け入れるのに時間が必要だとは聞きますが、まさか第四位ほどの方がここまで――」

 

「ぶっ殺す!!」

 

「麦野、超駄目です!」

 

 絹旗が今度こそ身体ごと麦野の前へ入り込み、フレンダもおっかなびっくり反対側から腕へ触れた。

 

「結局落ち着く訳よ! 今撃ってもまたキラキラ消えるだけだから!」

 

「離せ!」

 

「嫌な訳よ! というか今の麦野を離したら絶対シャレにならない訳!」

 

「むぎの」

 

 滝壺も静かに近づいた。

 

「プリンに任せよう」

 

「何で私がプリンに負けたみたいになってンのよ!?」

 

「安心してください」

 

 一〇〇三一号が、慈悲深い者を演じるように片手を上げた。

 

「今回は特別に、緑ビームおばさんの敗北について公に言い触らすことは控えて差し上げ――」

 

「誰がおばさんだァァァァァ!!」

 

 一〇〇三一号は麦野から視線を外した。

 

「……研究員さん。プリンアラモードはどちらでしょうか」

 

『案内する』

 

「では急いでください。アイスが溶ける前に到着する必要があります、とミサカは極めて重要な時間的制約を指摘します」

 

 数秒前までの勝敗論争は、完全に頭から消えていた。

 

 一〇〇三一号は軽い足取りで出口へ向かう。

 

 その背中を、麦野沈利が言葉だけで人間を殺せそうなほど凄まじい目つきで睨みつけていた。

 

 フレンダはその顔を見て、そっと絹旗へ耳打ちする。

 

「結局、あのクローン、次にプリンが効かなかったらどうする訳?」

 

「超考えたくありません」

 

「むぎのも怖い」

 

 滝壺が付け加える。

 

「それも超考えたくありません」

 

 一方、そんな三人の不安など知る由もなく、一〇〇三一号は出口の向こうで待っているプリンアラモードへ思考のすべてを切り替えていた。

 

「プリンに生クリーム、果物、アイス……ふふふ。ミサカは本日の激戦に対する正当な戦勝報酬を受領します」

 

「戦勝報酬じゃない!」

 

 背後から麦野の声が飛んできたが、一〇〇三一号はもう振り返らなかった。

 

 緑ビームおばさんも、爆弾娘も、窒素装甲も、追跡能力も、今となってはすべて過去の話であり、少なくとも本人の中では完全攻略済みとして処理されている。

 

 現在の最大の問題は、プリンアラモードに載っている果物が何種類なのか、それだけだった。

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