クロスアンジュ 天使と竜の輪舞~愛するミスティ・ローゼンブルムと共に~ 作:田中_jack
第1話 私とミスティ
土曜日、朝の午前4時30分。
私、リデル・田中はベッドの上で目を覚ました。
少々、昨夜の疲れが残っているようだ。
「ふう、昨日の夜は首脳会議後の晩餐会で、挨拶だけで100人の首脳などの対応をしたからな。」
そして、隣に寝ている妻のミスティに目を向けると、その愛らしい顔をこちらに向けて、まだ眠っているようだ。
私は、そっとミスティに顔を近づけて、妻の口に唇を重ね、抱きしめてキスをした。
妻は、それで目を覚ます。
「おはよう、ミスティ。」
「おはよう、あなた。」
実に、ラブラブな愛の形が、今日も私と妻を包み込む。
毎日が、ミスティとの愛の日々だ。
こう言えることがどれだけ幸せなことか。
そして私とミスティは、ゆっくりとベッドから起きる。
今年は西暦2130年である。
私、リデル・田中は2100年生まれ、妻のミスティ・田中(旧姓:ローゼンブルム)と同い年である。
今現在、私は政治家をしている。
それも、日本連邦大統領だ。
世間では、「22世紀のナポレオン」などと揶揄する声もあるが、政治的、軍事的な実績はともかく、私は少なくともナポレオンほどの好色ではない。
妻で大統領夫人となった、ミスティ一筋だ。
世界は、地球の外からの異星人らとの交易や交流、ノーマ解放後の復興支援や人道支援、「もう一つの地球」であるサラマンディーネ姫の世界などドラゴン族の復興支援、ドラグニウムの回収と無害化などの課題を抱えている。
それでも、世界は皆、今は明るい。
世界は誰もが希望を持ち、勇気を持って未知の宇宙探査や惑星開発、深海資源採掘、エネルギー開発などに勤しんでいる。
そうだ、世界は自らの失敗だけではなく、「もう一つの地球」「パラレルワールド」などの「失敗」「文明の滅亡」から多くを学び取ったのだ。
まずは、私とミスティがどのような世界状況の中で生まれ、出会ったのかをご紹介しよう。
先にも触れたが、私、リデル・田中は2100年生まれ、妻のミスティ・田中(旧姓:ローゼンブルム)も同じ年の生まれだ。
ちょうど、2100年は、「ローゼンブルム王国」が「日本連邦」の一部になった年である。
つまり、今年で満30周年になる。
私は、日本連邦の日本国東京の生まれ、ミスティは、ローゼンブルム王国の生まれだ。
私の家族は、医者の両親と兄2人、姉2人の三男として生まれた。
幸い、双子の妹と、下に弟、妹がいるので、4男4女の子持ち家族であった。
名前の「リデル」は、田中家がイギリスのハート家と親戚関係で、戦略家のリデル・ハートが先祖の一人であったため、その名にあやかったのである。
一方、ミスティも、これは偶然だろうか、王家の両親と兄2人、姉2人の三女として生まれた。
双子の兄と、下に弟、妹がいるので、4男4女の子持ち王家であった。
だから、兄弟など家庭環境が似ていることで、出会った時からすぐに家の事などで話しが合い、「ウマが合う」ことになったのだろう。
ただ、一点だけ、私との家庭環境が違う点がある。
それは、ミスティの母親が、後妻であった点である。
ローゼンブルム王国では、国王が即位前に結婚した先妻との間に2男2女をもうけた後、残念なことに2098年に亡くなられたのだ。
その後、2099年に国王は再婚し、ミスティを含めて2男2女をもうけたのだ。
さて、次に私とミスティが出会った頃のお話をしよう。
私とミスティが初めて出会ったのは、2102年4月、2歳の時である。
日本連邦の「国立ローゼンブルム大学 付属幼稚園」に共に入学したのだ。
彼女の最初の印象は、ミスティは可愛い、活発な女の子だったことを今でも鮮明に覚えている。
そこで3年間、一緒に過ごし、5歳の時に「国立ローゼンブルム大学 付属小学校」に共に入学したのだ。
だから、私とミスティは「幼なじみ」である。
私の両親は、共に医者であると同時に、意外にも皇室などへの血統や家系のつながりも深い。
また、そして政府の審議委員会や医療法人の経営などにも携わっていたので、推薦される形で連邦の上院議員選挙に立候補して、政務次官や厚生労働大臣などにも就任していた。
一方、ミスティの家庭は、為政者特有の、王家特有の悩みを抱えていた。
ローゼンブルム王国では、多くの王家が悩むお世継ぎ問題では既に長男が皇太子となり、既に決定したようなものであった。
だから、ミスティは王家の後継者としては育てられず、むしろアイドル的な王女として育てられたのは間違いない。
しかし、王家は別の深い悩みを抱えていた。
王国は財政や社会の破綻から日本連邦などの支援を受け続けたのだが、財政難には勝てなかったのだ。この影響は当然、王家にも深く大きな問題を与えた。
最早これまでと、2099年に国王が再婚したことをきっかけにして、国王は王国の将来を日本連邦との合併にかける決断をしたのだ。
そして、ミスティが生まれた2100年に、「ローゼンブルム王国」が「日本連邦」の一部になったのだ。
もっとも、国王の本音は「国が貧しくて、国王といえども贅沢の一つすら出来ないのはいやだ」という、随分身勝手な理由もあったようだが。
それとは別に、ローゼンブルム王国は、当時、一部の国や地域で採用された、経済や社会の破綻を立て直すために、最先端とみられた情報や金品の送信技術である「マナ」と、マナを扱えない「ノーマ問題」が大きな問題として浮上したのだ。
ローゼンブルム王国は「マナ」を試験導入はしたものの(携帯電話やスマートフォンが少し通話接続できるレベルのイメージ)、財政や社会の破綻から本格的な導入などはあきらめざるを得ず、日本で開発され、世界の大部分の地域で普及しつつあった、マナを上回る全く別の情報や金品の送信技術「Jモード」を採用した。
また、何故かローゼンブルム王国は「マナ」を扱えない人の割合も多く、隣国のミスルギ皇国、ガリア帝国、エンデラント連合のように「ノーマ問題」を強引に弾圧や迫害によって解決することは不可能であった。
元々、ローゼンブルム王国は統一された規格や政治を嫌う風潮もあり、この風潮が後に日本連邦への一部になることで更なる発展の道を歩むことになる。
話題休閑。
私とミスティとの話に戻ろう。
私とミスティは、2105年4月、5歳の時に「国立ローゼンブルム大学 付属小学校」に共に入学した。
入学当初から、私とミスティは同じクラスだった。
この事が、後の「大事故」の際、大きなプラスに働くとは、入学時には私もミスティも、夢にも思っていなかったのだ。
既に、運命の歯車は高速回転で容赦なく、天の意向を実行しようとしていたのだ。
次回は、主人公の私とミスティが「大事故」に巻き込まれる場面です。