クロスアンジュ 天使と竜の輪舞~愛するミスティ・ローゼンブルムと共に~ 作:田中_jack
映画かDVDで、ミスティ編でも作って欲しいです。
その悔しさを、この作品に込めています。
「黄金のタッグチーム」である私達4人はプロデューサーのケマル・縁部理桜(えんぶりお)氏と、その恋人のマギー教官と共に12月24日より、日本に10日間の予定で移動しました。
12月24日夕方、日本の東京にある幹部学校校内の会議室にて、宇宙医科大学校校長のシルヴィオ・ベルルスコーニ氏が、幹部学校校長の君塚博氏との会談後、同席していた宇宙医科大学校の一年生の担任、マギー教官の勧めと同伴で、両学校校長が私達の宿泊先のホテルを訪れ、ホテルのレストランで夕食を共にして、今後の情勢変化などを議論しました。
そこでは後に実現する、2119年にフランスなど動乱を予測する驚く程の想定と結論が私達4人から出されました。
私ことリデル、ミスティ、アルベルトとヒルダの私達4人を含めて、その恋人達の親密度は更に向上していきました。
ヴィヴィアンらが宇宙医科大学校に入学し、私達も後輩を迎え指導する2年生になります。
新キャラも加え、宇宙医科大学校の同期生らを含めて、どのように発展していくのか??
恋も仕事も学業も益々ヒートアップ、大発展の予感??
「黄金のタッグチーム」である私達4人は、2111年の1月から3月まで、宇宙医科大学校の教官として赴任された、茨城県の女子学生らを「戦車道の教育」をすることで有名な軍人、蝶野亜美陸軍大尉に対して、ラグナメイルやパラメイルなどの「教育指導」をしつつ、学業や「政府広報」、イベント等をこなしていた。
逆に、私達4人ら同期生は、蝶野亜美陸軍大尉より、戦車などの操縦や各種陸上装備の整備など、陸軍関係の「教育指導」を受けていた。
宇宙医科大学校は宇宙軍系列の学校であるので、陸軍の教官が配置され教育を受ける機会は生徒や他の教官にとっても本当に貴重なのだ。
また、この学校の教官は生徒らと共に戦闘にも参加するので、ラグナメイルやパラメイルなどの操縦はもちろん、自動二輪、パラシュート降下や航空機の操縦なども出来るようにならなければならず、蝶野亜美陸軍大尉も最初は本当に戸惑っていた。
それでも、3ヶ月で出来るようになったので、本当に適応力がある方である。
校長のベルルスコーニ氏が彼女を賞賛しただけでなく、ケマル・縁部理桜(えんぶりお)氏も、恋人で私達の担任でもあるマギー教官も、彼女の適応力を褒めていた程だ。
もっとも、ケマル・縁部理桜氏は、蝶野亜美陸軍大尉を別の視点からも「賞賛に値する人物」として軍などの広報関係者に「売り込み」「働きかけ」を行っていた。
何か意図があるのか??
2111年3月11日は東日本大震災発生から100年の節目の日だ。
東京にて、「黄金のタッグチーム」である私達4人は日本連邦政府主催の慰霊式典に参加した。
その後、3月11日から13日まで、阿倍野大統領の参加したイベント等に同行した。
一緒にこのようなイベントの参加することで、阿倍野大統領への側面支援と支持率上昇のそして知名度アップの一挙両得、一石三鳥の効果を、阿倍野大統領側も、ケマル・縁部理桜氏もマギー教官も狙っていた。
私達4人も「恋も仕事も学業も益々ヒートアップ」の大ハッスル状態になってきたのだ。
その効果もあってか、4月の「春の園遊会の参加」などを阿倍野大統領から直接要請され、引き受けることになったのだ。
我々の、更なる大発展の予感がしてきた。
2111年3月15日、宇宙医科大学校の卒業式。
6年生が卒業したが、全員、何故か「大学校付属病院」に予備役中尉に任官してそのまま所属することになった。
私やミスティの一番上の兄や姉も、その中に含まれていた。
何かを感じる「人事配置」だ。
2111年4月8日。
宇宙医科大学校の入学式。
ヴィヴィアンらが宇宙医科大学校に入学した。
ドラゴンの世界より、女の子のミイ(本名 ヴィヴィアン)と、そのパートナーとなる男の子のミハイル・プーチンが、「お兄さんお姉さんと一緒」で時々ゲスト出演していた関係もあってか、宇宙医科大学校に入学してきたのだ。
それも、留学生としてではなく、正式に生徒として。
「お兄様、お姉様、今後とも宜しくお願い致します。」
ヴィヴィアンと、そのパートナーとなる男の子のミハイル・プーチンが、入学式直後に、私とミスティ、アルベルトとヒルダに挨拶してきた。
この二人、運動神経も良いので、ラグナメイルやパラメイルなどもすぐに自由自在に乗りこなすだろう。
「こちらこそ宜しく。良い医者、良い戦士になりそうだ。」
私はヴィヴィアンと、ミハイル・プーチンを褒めた。
「うん、本当に期待していますわ。」
ミスティも褒めた。
「うん、頑張れよ。君達ならば大丈夫。」
アルベルトが励ました。
「うん、可愛い妹や弟が出来たような気分だわ。」
ヒルダが喜んだ。
なにしろ、この二人は、入学早々、1年生の1組で、共にクラス長になることが決まった・
のだ。出来が良いね。
入学式直後の4月18日。
東京にて春の園遊会が開催され、「黄金のタッグチーム」である私達4人を含めた、「ケマル・縁部理桜関係者」が招待された。
胸には、既に頂いた旭日章と、ドラゴンの世界から頂いた龍一等ダイヤモンド章を付けて。
もちろん、ケマル・縁部理桜氏、マギー教官、ヴィヴィアン、ミハイル・プーチンもその中に含まれていた。
そして、何故か蝶野亜美陸軍大尉も含まれていたのだ。
この時、天皇皇后両陛下から、私とミスティに次のようなお言葉を賜った。
「お二人共にまだまだお若いのに、宇宙医科大学校の生徒の身分で既に数々の武功を立てられ、本当にご苦労様です。
お二人の関係を含めて、今後ますますのご発展、繁栄は間違いないでしょう。
この世界の見方からすれば、身につけておられる龍一等ダイヤモンド章のデザインは本当に斬新ですね。
赤や紫の色合いと、様々な色や形のダイヤモンドを使用されているとは、これだけでも超高級品であることが良く分かります。
頂いた勲章に負けないよう、これからも一層の精進されて下さいね。
ローゼンブルム王国国王ご夫妻や田中大臣夫妻にも、宜しくお伝え下さい。」
と、暖かいねぎらいの言葉を賜ったことを、今でも昨日のように覚えている。
本当に感激しました!!
ミスティも大喜びでした!!
アルベルトやヒルダに対しては、
「お二人は本当に厳しい環境の中、次々に大きな成果を挙げられましたね。
特にヒルダさんには、長年の念願であった家族と再会されたことを本当に嬉しく思います。」
とお喜びのお言葉を賜った。
ヒルダは、感動の余り涙を浮かべ、ただただ、「有難うございます。」
と言うのが精一杯であった。
タスクやアンジュリーゼに対しては、
「ジュライ元皇帝陛下の深いお考えの基礎として、モモコ連邦の大統領に就任されたジュライ大統領閣下に宜しくお伝え下さい。お二人の幸福を願っております。」
と、天皇皇后両陛下公認のカップルであることを宣言されたのだ。
この事は、ノーマ解放に向けても、極めて大きな「成果」であったのだ。
ケマル・縁部理桜氏、マギー教官、ヴィヴィアン、ミハイル・プーチンに対しては、
「次々に新しい物事に挑戦して実現させる姿勢は、実に尊いものです。
今後ともご発展、ご繁栄をお祈り申し上げます。」と、これまでの成果を高く評価頂いたのだ。
代表して、ケマル・縁部理桜氏が、
「今後とも、斬新な挑戦を続け、ますますご満足頂ける成果を目指します。」
と、更なる大成果を約束した。
ドラゴンの世界からは遺伝子治療に詳しい宮廷医師ドクター・ゲッコー教官、異星人からはプレデアス星系よりジョロイ・タツナミ教官、アンドロメダよりマルチ・ルリュイ教官などに対しては、
「これからも、地球の未来のため、ご助力、ご尽力下さい。」とのお言葉を賜った。
代表して、ドクター・ゲッコー教官が、
「本日のご招待、誠に有難うございます。
今後ともご期待に添えるよう、粉骨砕身の覚悟で教育や医療の向上に向けて尽力申し上げます。」と感謝の奏上を述べた。
最後に、蝶野亜美陸軍大尉には、
「女子学生らに対する戦車道の数多くの教育実績、本当に有難うございます。
国防と教育の融合をはかる試みには、頭が下がる思いです。
これからは宇宙医科大学校の教育にもお力を貸して下さい。」とのお言葉を賜った。
蝶野亜美陸軍大尉は、「頭の下がる思いです。」と恥ずかしげに返答したのだった。
この後、半年ほどは「順調な学園生活」を楽しむことが出来た。
そのため、教育や訓練などに集中することが出来たのだ。
救急救命士などの緊急医療の資格も認定を受け、軍医としての道に向けて、また一歩前進した。
また、海や山にも、生まれて初めて「純粋なレジャー」を楽しむ目的で、王国の別荘を借りて楽しむことが出来たのだ。
これら全てが、後の「第一次ガリア帝国動乱」に大いに役立つことになる。
2111年11月8日の午後1時。
エンデラント連合のミュンヘン郊外の高級ホテルにて、志木田茂雄外務大臣と私の父である田中隆男大臣が、アーセナル・シュワルツネッガー大統領と、リィザ・ランドック首相兼外務大臣と会談した。
「黄金のタッグチーム」である私達4人を含めた、「ケマル・縁部理桜関係者」も招待された。
招待よりも、むしろ「警備」の目的であったのは公然の秘密だ。
ここで、重大な事件が発生した。
会談の途中で、コーヒーブレイクとなり、コーヒーや紅茶などが会議室隣の控室に入ったのだが、その時のメイドらが怪しい行動をしたのだ。
この時点で、怪しい諜報員が10人程度、マークされていた。
私は、その行動を見破り、こう言った。
「君達の行動は既にばれている。毒入りの飲み物や武装したメイドなどは要らないよ。
大人しく捕まるのだね。
ガリア帝国オーストリア地区軍管区情報組織所属のロドリゲス中尉殿とハーニャ少尉殿!!」
私達は一斉に拳銃や自動小銃を構えた。
ロドリゲス中尉が私に飛び掛かったが、私はナイフを立てつつ、機関拳銃で発砲、応戦した。
ロドリゲス中尉は倒れた。
ハーニャ少尉は手榴弾を構えた。
アルベルトは彼女に発砲した。
ミスティとヒルダは、ラグナメイルを呼び出し、遠隔障壁攻撃を要請、直ちに実行され、週榴弾の爆発は拳1つ以下に縮小、完全に封じ込められ、被害を免れた。
これが、私達にとって最初の近接戦闘であり、かつ、諜報対処行動でもあった。
直ちに調査が行われ、偽のメイドが持ち込んだコーヒーや紅茶などには、青酸カリやトリカブトの毒、月夜タケなどの猛毒エキスが入っていたことが判明した。
これらを口にしたら、確実に殺されていたのだ!!
緊急速報として、これらの事実を直ちに公表し、報道された。
午後1時30分頃、これらのテロ攻撃が放送された直後。
「周囲に対して警戒と戦闘態勢!!」
エンデラント連合の警備兵や憲兵、警察などを含めて、直ちに動き出した。
日本連邦の軍や警察を除けば、これ程の迅速な対応が出来る軍隊や警察はないだろう。
その時だった。
かつてノーマを取り締まっていた、元検疫官の集団1000人によるミュンヘンを中心としたテロ活動と、ガリア帝国の諜報員やラグナメイルなどによる攻撃が一斉に開始されたのだ!!
私達も含め、エンデラント連合の警察や軍、日本連邦軍なども直ちに戦闘体制をとり、戦闘に加わった。
これが後世の歴史家が「第一次ガリア帝国動乱」と呼ぶ、動乱の始まりだった。
口の悪い人は、「第三次ミュンヘン一揆」とも呼んでいるが。
元検疫官の集団1000人は、そのほとんどは11月8日の夕方までに全員が逮捕され、支援要員など直接加わらなかった500人程度の人員も翌日までに全員逮捕された。
そのうち、射殺された者や自殺した者もいたが、ドラゴンの世界で奥義により「全員甦生させられて」、尋問の対象になった。
また、ガリア帝国の諜報員やラグナメイルなどによる攻撃は、短時間ではあったが熾烈を極めた。
即、戦闘となったのだ。
ミサイル迎撃から空中戦まで何でもあり、の戦いが1時間の短い時間に凝縮されたような戦闘が発生した。
何だ、この戦闘は??
ここで、敵の黒い特殊ラグナメイルが半ダースほど見掛け、戦闘にもなった。
なかなか手強いチームだ。
その隊長は「サリア」と名乗っていた。
「勝ちたいのならば、私達を倒して行きなさいよ、この筋肉ゴリラのクズ!!」
と、第一印象は、挑発的できつい性格であり、きつい言動を平気で言う女であった、と感じた。
それに対して、アンジュリーゼは「この豚ども!!」と言って、怒り狂ったように発砲していた。
エンデラント連合の陸軍が、緊急作戦計画「ドナウ作戦」により、1個軍36万人をドレスデンからプラハに向けて侵攻を開始する準備を、もう1個軍36万人をミュンヘンからウィーンに向けて侵攻を開始する準備を、戦闘開始から10時間で準備が完了した。
また、ベルギーのブリュッセル周辺に駐屯している1個軍36万人を、わざと首都ベルリンまで緊急移動させ、「更なる戦闘継続の意思」を示した。
更に、日本連邦軍の地域統合軍2個が、エンデラント連合側とローゼンブルム王国側の双方から進撃ずべく、エンデラント連合の国境付近や旧ユーゴスラビアにも展開した。
ここまでの全てが、わずか10時間程度、11月8日の午後11時59分までの行動だった。
そして、11月9日の午前零時、エンデラント連合と日本連邦の連名で、ガリア帝国に対する最後通牒を突きつけ、発表した。
それは、国家謝罪と関係者全員の引渡し、旧チェコ、旧スロバキアと旧オーストリア全域の占領と賠償金100兆円を毎月支払うなど、厳しい内容であった。
また、11月8日夕方に無許可で旧セルビア共和国のベオグラード付近のドナウ川を航行した、ガリア帝国の皇太子夫妻が乗った船(正式には直系の皇太子ではなく、腹違いの皇太子)が、ミュンヘンのテロ攻撃などに対して怒り狂ったベオグラード市民らによって拿捕され、強制的に占拠、皇太子らの身柄が拘束された事件も発生した。
この事件の指導者の中に、後にジルと結婚することになる、ノーマ解放戦線の下部組織、バルカン同盟の指導者であったチトー氏がいた。
エンデラント連合と日本連邦は、12時間以内にこれらの要求を受け入れなければ、ガリア帝国全土の占領と、全ての軍人や王族を含む政治家や公務員などの逮捕と軍法会議での裁判をすると警告した。
愚かな事に、ガリア帝国はこれをこけおどしとして、反論した上で、エンデラント連合の降伏と旧ユーゴ諸国の引渡し、ガリア帝国の皇太子夫妻が乗った船の拿捕に関わった全ての関係者の逮捕と処刑を要求した。
もう、やるしかなかった。
11月9日午後1時、エンデラント連合と日本連邦との合同軍は、ガリア帝国の首都ウィーンを包囲、同日午後5時にはプラハを占領した。
王族や政府首脳の多くはルーマニアに逃れ、トランシルバニア地方の自治権とルーマニア、モルドバ、ウクライナ3カ国のガリア帝国への編入を宣言した。
そして、ポーランドが「大ポーランド構想」を発表、ベラルーシと連邦を組むことを公表した。
また、ポーランドはスロバキアの占領の許可をエンデラント連合と日本連邦に求めてきたが、両国は時期尚早としてそれを拒否し、スロバキアを占領した後でならば交渉を開始することにした。
11月9日夕方6時に、ガリア帝国は国家分裂と敗北を避けるために停戦に応じた。
停戦交渉は、11月9日の夜7時より、世界遺産に登録されているウィーンのシェーンブルン宮殿で開始された。
交渉の結果、マナの使用範囲をルーマニア、モルドバ、ウクライナ3カ国には拡大しないこと、プラハとウィーン周辺は自由地帯としてマナの使用を強制しないこと、ノーマの迫害をやめること、そして5年以内にマナを段階的に使用縮小して、廃止することで合意した。
11月10日、午前4時をもって、第一次ガリア帝国動乱は終結した。
その日のうちに、双方の軍部隊は撤退した。
その戦果を手土産に私達は王都ジェノヴァに凱旋帰国、11月11日にはヒルダの誕生日パーティーに出席したのだった。
今回は大学1年生の3学期から2年生の秋までを描きました。
ようやく、サリアが登場しました。
「黄金のタッグチーム」である私ことリデル、ミスティ、アルベルトとヒルダの私達4人を含めて、宇宙医科大学校の同期生らは、どのように今後発展していくのか??
2年生の冬、そしてそれ以降はどうなるか??
次回をお楽しみに。