「レインドット様、こちらへどうぞ」
「ああ。ありがとう」
スネージナヤ・パレスで、ダニカは客人であるレインドットを案内する
通路には規則正しくメイドが並んでおり、彼女たちは凛とした顔をしているが、少し肩が震えている
「怖いのかい?」
「……ええ。しかし、貴女は女皇陛下の客人ですので。仕事を果たすまでです」
「それは良い心がけだ」
そんなことを話しているうちに、女皇の待つ談話室前に到着する
「女皇陛下はこの奥でお待ちです。私はここで失礼いたします」
「ありがとう。素敵なメイドさん」
一礼してから去っていくダニカ
扉が開かれ、中に女皇が座っていた
「やぁ。アナスターシャ。お招き感謝するよ」
「そんなにかしこまらなくていいわ。座りなさい。お茶を用意したの」
レインドットは女皇の言葉通り席に着き、一度紅茶に口を付ける
「ふむ…中々いい茶葉を使っているようだね」
「ええ。客人には最大限おもてなししてあげなければいけないもの」
ただ紅茶を飲んでいる筈なのに空気は張り詰めている
「そろそろ…本題に入ろうか」
「そうね。お互い、ただお茶を飲みに来たわけではないでしょう?」
カップを置き、向かい合う
「今回、私がここに来た理由だが…女皇に一つの提案をしよう」
「提案?」
「ああ。条件さえ飲んでくれれば、私はロノヴァを打ち倒すことさえ協力しよう」
レインドットは自身の仲間でさえ打ち倒すことを提示する
ナベリウスも止めることは無く傍観している
つまりこれは2人の同意の元行われていることだということだ
「……条件を先に聞きましょう」
「簡単なことだ。カナメをこちらに引き渡し…「断るわ」……やはりそうか…」
レインドットが言い終わる前に女皇は答えを出す
答えは拒絶
レインドットもある程度予想していたのか特段驚いたような顔はしない
「君は…天理に抗うためなら彼も捨てるものだと思ったが…まだ情のようなものでもあったのか」
「そういうわけではないわ。私は、自分の目的のために自分の………部下を犠牲にしたくないだけ」
「なら、今日の話し合いは終わりだ。君にはこれ以上のリターンは望んでいないのでね」
レインドットは席を立ち、その場を後にしようとする
その時、やけに大きく食器の音が響いた
「いいでしょう。貴女の意志を尊重するわ。私は間違った期待を抱いていたようね」
「絶対的な力をもつ天空の島に、尊重なんてものはないもの。今から私が話す情報には見返りを付けなくていいわ。ささやかな贈り物とでも考えて頂戴」
「……君からそれほどの贈り物が出てくるとは思えないが…」
「そう考えるならそれでもかまわないわ。天空の島がスネージナヤについて情報の面でも慎重であることが分かっただけでも収穫はあったもの」
「……まるで、天空の島がスネージナヤを相手として見なしているような言い方じゃないか」
「別にそんなつもりはないわ。でも…もし、もし相手とすら見ていないならここで私とお茶を飲み終えるまで話すという選択肢も取れるのではないかしら?」
黙り込むレインドット
脳内でナベリウスが語りかけてくる
『たしかに…今の私たちの行動は品位に欠けるものだったわ…』
「そうだね。では、もう少しお茶を楽しもうかな。……その贈り物とやらを楽しみながらね」
「ええ。是非そうして頂戴」
再度席に着き、紅茶を口にするレインドット
「それで?贈り物とやらはアスモダイの情報かい?」
「ええ。私とカナメが吹雪の魔物の討伐へと赴いていた時のことよ」
吹雪が酷くなり、女皇とカナメだけで進むことになった
そして、吹雪の魔物の目前で、ある2人の人影を見たのだ
「その片割れがアスモダイだと?」
「ええ。こちらを振り返ったから間違いないわ」
「なら…そのもう片方が新たな主…」
『レインドット?変なことを考えないでちょうだい?』
「分かっているよ。愛しのナベリウス…それで?もう片方の方は教えてくれないのかい?紅茶を飲むには良い話の種がないと」
「……旅人…この国を訪れている異邦の旅人に瓜二つだったわ」
レインドットの顔が真面目な顔になる
先程までは脳内で話すだけだったナベリウスも空中にウィンドウを出して顔をのぞかせた
「……これは…なるほど…つまり歪みの正体は…」
『レインドット?』
「分かっているさナベリウス。アナスターシャ、女皇よ。それを見て、君はどう思った」
「最初は特に違和感は覚えなかったわ。カナメの顔を見て、私の顔を見た時、憎悪を全面に移して襲ってきたことくらいかしら…でも、スネージナヤ・パレスで旅人と謁見した際に、1つの仮説が浮かんだの」
「2人の旅人は全くの別人…同じ顔の人間が2人存在していると?」
「ええ。吹雪の魔物の元で出会した旅人は、異常なほどまでカナメに執着していた。本来なら手こずることもなかった討伐も、彼女とアスモダイを相手取った結果、不要な消耗をしたわ」
そこまで聞いて考え込むレインドット
そのレインドットの顔を女皇はじっと静かに見つめる
「……この話は、天理による制約にも抵触しない。今から話すことは他言無用で頼むよ」
レインドットの口から話されたのはカナメの出自
そして、今のカナメはアビスによって造られた言わば偽物のようなもの
そして、アスモダイの離反によってカナメを中心とした無数の世界が繋がりかけていること
「私達もアスモダイが管理を放棄したから発生したことだと思っていたが…なるほど…」
「つまり、私が見た旅人は、別の世界から来たということかしら」
「その認識で概ね間違いない」
女皇の呼吸が、一瞬乱れる
だが、すぐに平静な態度を取り戻す
「これが君の言う…贈り物か。恐れ入ったよ。カーンルイアの母よ」
「お世辞は良いわ。私の方も1つ、分かったことがあるもの」
「カナメのことは隠し通すには…ロノヴァが自由にさせすぎたな。あんな物言いをするから生真面目に感じるかもしれないが、ああ見えて気ままな女だ。意外にもカナメが稀に発明するものを楽しみにして自由にさせていたんだ」
「…私もたまに彼の発明品には驚かされるわ。何処かの誰かのせいでこの頃は見れなくて残念に思っているわ」
「……どうやら、またその誰かが殺戮を行ったらしい…残念だが楽しいお茶会もここまでのようだ」
レインドットはまだ中身が残っているカップをソーサーに置く
「私も、同僚の後片付けをしなければいけない」
そして、席を立とうとした時、ある違和感に気づく
「…ほう…時間の流れが…」
椅子から離れ、長机の周りを歩く
そして、少し離れたところに手を当てた時、それは空を触るのではなく、なにかの障壁に触れた
「まさか…君が六つの神の心を集めたのは…私に対抗するためだったのか…」
レインドットは再び席に戻る
今回は穏やかなお茶会の雰囲気ではない
「そうだろう?氷の魔神よ」
女皇…アナスターシャがしたことは少ない
神の心によって強化された氷元素で時空を凍らせ、談話室内の時間の流れを遅くした
そして、カナメ達がロノヴァを煽り、死の権能を使わせ、天空の島の監視までにレインドットに蘇生させないこと
「さぁ、蘇生していいわよ?今の貴女の責務でしょう?」
「……してやられた…と言うべきだね。素直に賞賛するよ。氷の魔神よ」
この行いは僅かに天理への反抗とも読み取れる
今のレインドットの脳内には天空の島からの司令が響き渡っている
『ちょっと、レインドット?見逃すの?』
「ロノヴァと私たちは言わば共犯とも言える。ロノヴァの死の権能が奪われた以上…天空の島の監視もより一層強くなっているはずだ。生の権能まで奪われたくはない」
『なぜそんな言い訳のようなことを…本当に氷の魔神を見逃すつもり?』
「今日はここまでにしよう。これ以上いてもホストを困らせてしまう」
「おもてなしが行き届かず、申し訳ないことだわ」
「「生の執政」という身分をさておき、「魔女R」、あるいはカーンルイアの「黄金」の立場から言わせてもらえば…もしかしたら…スネージナヤは大きなことを成し遂げてしまうかもしれないと、そう思わされているよ」
そう言って、レインドットは談話室を後にする
スネージナヤ・パレスの中、レインドットの脳内にナベリウスが小言を言い始める
『ちょっと、異議ありよ!スネージナヤはこの件以降、間違いなくエスカレートするはずだわ…』
「ん…?なんて言った、ナベリウス?通信状況があまり良くないらしい」
『はぁ…あなたという「魔女」は…』