翌朝。
甚兵衛は目を開ける。
「……」
重い。
胸。
一匹。
腹。
一匹。
足元。
一匹。
昨日はいなかったくせに。
今日は三匹そろっている。
甚兵衛。
「戻ったな」
胸の鼠。
『おきた』
「起きた」
腹の鼠。
『あさ』
「朝だな」
足元。
『きゃく』
甚兵衛。
「……」
昨日。
最後に書いた木札。
客。
覚えていたらしい。
鼠。
『きゃく』
別の鼠も。
『きゃく』
三匹目まで。
『きゃく』
甚兵衛。
「朝から圧かけるな」
『きゃく』
「分かったって」
身体を起こす。
三匹が布団の上を転がる。
今日は。
昨日より少しだけ。
仕事に行くのが怖い。
昨日までは。
見ていた。
今日は。
客を相手にするかもしれない。
失敗するかもしれない。
金を間違えるかもしれない。
甚兵衛。
「……」
鼠。
『こわい?』
甚兵衛。
「ちょっと」
鼠。
『なんで』
「分からないことするから」
鼠。
『きけばいい』
甚兵衛。
「……」
作兵衛と同じことを言う。
「そうだな」
顔を洗う。
井戸水。
冷たい。
眠気が飛ぶ。
物置へ戻る。
昨日の木札。
その上。
今日。
客。
何を欲しい。
何に使う。
どれくらい。
いつ使う。
誰が決める。
甚兵衛。
「……」
その下。
小さく。
勝手に決めない。
分からなければ聞く。
「よし」
店へ。
今日は藤吉が先にいる。
「おはようございます」
藤吉。
「おう」
甚兵衛。
箒。
掃く。
入口。
土間。
奥。
昨日覚えた紙を横目で見る。
一つ。
名前。
分かる。
二つ。
分かる。
三つ目。
少し迷う。
甚兵衛。
「……」
触る。
厚み。
表面。
指に引っかかる感触。
「これ」
名前を言う。
藤吉。
「合ってる」
甚兵衛。
「よし」
足元。
鼠。
『せいかい』
甚兵衛。
「お前は採点しなくていい」
藤吉。
「何て?」
「正解って」
「鼠の方が偉そうだな」
鼠。
『えらい』
甚兵衛。
「調子に乗るな」
少しして。
作兵衛。
弥助。
来る。
店が開く。
朝の最初。
戸口。
「ごめんよ」
昨日の男。
帳面用の紙を買った男。
甚兵衛。
「あ」
男。
「お」
こちらを見る。
「昨日の坊主」
甚兵衛。
「おはようございます」
作兵衛が奥から。
「甚兵衛」
「はい」
「やってみろ」
甚兵衛。
「……はい」
喉が少し乾く。
男が笑う。
「俺が相手か」
甚兵衛。
「お願いします」
「なんで客に頼むんだ」
「あ」
弥助。
後ろで吹き出す。
甚兵衛。
「……いらっしゃいませ」
男。
「おう」
「今日は何を」
「昨日の紙」
昨日。
帳面。
米。
毎日使う。
枚数がいる。
少し薄い方。
甚兵衛。
棚を見る。
「あちらの」
男。
「そう、それ」
甚兵衛。
「何枚です?」
「二十」
「二十」
紙を取る。
数える。
一。
二。
三。
四。
途中。
客が外を通る。
声。
気になる。
でも。
数を切らない。
十。
もう一度。
十一。
十二。
二十。
揃える。
端。
合わせる。
包む。
紐。
結ぶ。
昨日より。
少し速い。
最後。
結び目。
「……」
少し緩い。
藤吉が横から。
指で。
とん。
結び目を押さえる。
それだけ。
甚兵衛。
「あ」
もう一度。
締める。
藤吉。
何も言わない。
甚兵衛。
「これで」
男。
「おう」
一拍。
「いくらだ」
甚兵衛。
「……」
止まる。
紙。
分かる。
用途。
分かる。
包める。
でも。
値段。
まだ覚えていない。
一瞬。
言ってしまいそうになる。
たぶん。
これくらい。
でも。
昨日。
迷ったら止めろ。
甚兵衛。
「すみません」
藤吉を見る。
「値段、お願いします」
藤吉。
すぐ答える。
甚兵衛。
復唱。
「——です」
男。
懐から。
銭。
出す。
机。
ちゃり。
ちゃり。
数枚。
そのあと。
紐に通した銭。
甚兵衛。
受け取る。
重さ。
音。
指。
一枚。
二枚。
三枚。
途中。
男。
「合ってるぞ」
甚兵衛。
「自分で数えます」
男。
「信用ねえなあ」
甚兵衛。
「あなたじゃなくて、自分が」
男。
「なるほど」
作兵衛。
「店も困るからな」
甚兵衛。
「はい」
最後まで。
数える。
合う。
「ありがとうございました」
男。
「おう」
紙を持って出る。
甚兵衛。
息を吐く。
弥助。
「紙二十枚売るだけで戦帰りみたいな顔するな」
甚兵衛。
「初めてなんです」
「売れたじゃねえか」
「値段分かりませんでした」
作兵衛。
「分からなかったから聞いた」
甚兵衛。
「はい」
「それでいい」
甚兵衛。
少し。
肩の力が抜ける。
木札。
出す。
客。
初。
紙。
二十。
値段。
聞いた。
銭。
自分で数えた。
弥助。
「また書いてる」
甚兵衛。
「忘れるので」
「お前の木札、そのうち店より場所取るぞ」
甚兵衛。
「その時考えます」
鼠。
『いっぱい』
甚兵衛。
「お前は増やすな」
次。
しばらく。
仕事。
荷。
紙。
紐。
人。
朝が進む。
その途中。
店へ。
一人。
着物の質が。
今までの客より少しいい。
派手ではない。
でも。
布。
仕立て。
足元。
金を持っている。
甚兵衛にも。
少し分かる。
男。
「頼んでいた分を」
作兵衛。
「できてる」
奥。
まとまった荷。
出す。
紙。
量が多い。
甚兵衛は。
邪魔にならない位置。
見る。
男。
確認。
「これで全部?」
「全部」
「いくらだ」
作兵衛。
金額。
男。
懐へ手を入れる。
そして。
机の上へ。
置く。
かち。
軽い音。
甚兵衛の目が。
止まる。
小判。
一枚。
「……」
前世でも。
知っている。
本。
博物館。
時代劇。
小判。
金。
一両。
実物を見ると。
思っていたより小さい。
そして。
薄い。
これ一枚で。
どれほどの物が買えるのか。
まだ。
実感がない。
男。
「これで」
作兵衛。
小判を見る。
すぐには取らない。
「今日の金か」
男。
「ああ」
「朝の相場でいいか」
甚兵衛。
「……?」
男。
「今はいくらだ」
作兵衛。
数字を答える。
男。
眉。
少し動く。
「昨日より悪いな」
「今日はな」
「昨日替えておけばよかった」
「それは昨日言え」
男。
「分かってたらそうしてる」
作兵衛。
「みんなそう言う」
笑い。
甚兵衛。
分からない。
一両。
なのに。
昨日より悪い。
何が。
悪い。
小判そのものは。
変わっていない。
男も。
作兵衛も。
当然のように話している。
甚兵衛だけ。
置いていかれる。
男。
支払い。
計算。
不足でも。
余りでもなく。
何かを別の勘定に回す。
最後。
「じゃあ頼む」
「毎度」
男。
帰る。
戸。
閉じる。
甚兵衛。
「……」
小判を見る。
作兵衛。
「何だ」
甚兵衛。
「それ」
「小判」
「はい」
「一両」
「そうだ」
「一両ですよね」
作兵衛。
「さっきからそう言ってる」
甚兵衛。
「なのに昨日より悪い?」
作兵衛。
止まる。
藤吉。
「ああ」
弥助。
「そこか」
甚兵衛。
「そこです」
作兵衛。
小判をつまむ。
「甚兵衛」
「はい」
「これ」
「一両」
「そう」
作兵衛。
机に置く。
その横。
銭。
一枚。
もう一枚。
「じゃあ一両は銭でいくらだ」
甚兵衛。
「……」
前世の知識。
頭に浮かぶ。
一両。
何千文。
でも。
時代によって違う。
相場でも違う。
正確に。
今。
ここで。
何文になる。
知らない。
甚兵衛。
「決まって……」
止まる。
作兵衛を見る。
「ない?」
作兵衛。
「決まりはある」
甚兵衛。
「ある」
「でも、その通りにいつも替えるわけじゃない」
甚兵衛。
「……?」
弥助。
「金」
小判。
指す。
「銀」
「銭」
別々に指す。
「全部、値が動く」
甚兵衛。
「お金なのに」
藤吉。
「金も銀も銭も金だ」
甚兵衛。
「余計分からなくなった」
弥助。
「俺も最初はそうだった」
甚兵衛。
「本当に?」
「たぶん」
足元。
鼠。
『たぶん』
甚兵衛。
「お前は入ってこなくていい」
作兵衛。
「要するに」
小判。
指。
「金一両を」
銭。
指。
「銭に替えた時」
「昨日と今日で、同じだけ来るとは限らん」
甚兵衛。
「毎日?」
「動く」
「朝と夕でも?」
「大きく動く日はな」
甚兵衛。
「……」
木札。
出そうとする。
作兵衛。
「まだ書くな」
手。
止まる。
「はい」
「まず聞け」
甚兵衛。
「はい」
作兵衛。
「お前、飯屋に入った」
「はい」
「飯を食った」
「はい」
「代を払う」
「はい」
小判。
持ち上げる。
「これ出す」
甚兵衛。
「……」
想像。
飯。
汁。
漬物。
小判。
一枚。
店の親父。
甚兵衛。
「嫌な顔される」
弥助。
「たぶんな」
鼠。
『たぶん』
甚兵衛。
「お前はいい」
作兵衛。
「嫌な顔どころか」
「店によっちゃ困る」
甚兵衛。
「釣りが出せない」
「そう」
「じゃあ小判持ってても」
「使えない?」
作兵衛。
「使えないわけじゃない」
「だが普通の飯を食って、ぽんと一両出す奴はいない」
弥助。
「そんな奴来たら、まず何者だって見るな」
甚兵衛。
「……」
前世。
財布。
一万円札。
高い。
でも。
飯屋なら。
嫌がられることはあっても。
普通に使える。
しかし。
これは。
その感覚で考えてはいけない。
甚兵衛。
「じゃあ」
「先に崩す」
作兵衛。
「両替する」
「小判を銭に?」
「必要ならな」
「銀にも?」
「する」
甚兵衛。
「金から銀」
「金から銭」
「銀から銭」
作兵衛。
「逆もある」
甚兵衛。
「……」
頭が。
少し重い。
「全部の組み合わせ?」
弥助。
「考えるな」
甚兵衛。
「今それ言います?」
「顔見りゃ分かる」
作兵衛。
「両替屋がある」
甚兵衛。
「そこで替える」
「そう」
「今日の相場で」
「そう」
「手数料も」
「取る」
甚兵衛。
「……」
ようやく。
木札。
出す。
作兵衛。
「今は書け」
甚兵衛。
「はい」
金。
銀。
銭。
別。
交換。
両替屋。
相場。
変わる。
手数料。
甚兵衛。
書く。
止まる。
「同じ一両でも」
作兵衛。
「うん」
「昨日銭に替えた時と」
「今日替えた時」
「受け取る銭の数が違う」
「そう」
甚兵衛。
「一両なのに」
「一両だ」
「でも違う」
「違う」
「でも一両」
「一両」
甚兵衛。
「……」
弥助。
「深く考えるな」
甚兵衛。
「商売するなら考えないと駄目ですよね」
弥助。
「そうなんだよな」
甚兵衛。
「面倒くさい」
作兵衛。
「覚えろ」
「はい」
しばらく。
甚兵衛は小判を見る。
小さい。
薄い。
でも。
高い。
そして。
そのままでは。
日々の飯や。
小さな買い物には。
使い勝手が悪い。
価値がある。
それだけでは。
便利とは限らない。
甚兵衛。
「……」
足元。
鼠。
『きらきら』
「触るなよ」
鼠。
『かたい』
「齧るな」
『かじらない』
「昨日紙食おうとしただろ」
『かみ、やわらかい』
「基準そこ?」
作兵衛。
「ちょうどいいな」
甚兵衛。
「何がです?」
「行くぞ」
「どこへ」
「両替」
甚兵衛。
顔を上げる。
「今?」
「今」
弥助。
「店は?」
作兵衛。
「藤吉」
藤吉。
「はい」
作兵衛。
小判を懐へ。
甚兵衛。
「俺も?」
「見た方が早い」
「はい」
木札。
しまう。
鼠。
一匹。
ついてくる。
甚兵衛。
「お前も行くの」
『いく』
「何しに」
『きん』
「金見てどうする」
『みる』
甚兵衛。
「齧るなよ」
鼠。
『かたい』
「硬いからじゃなくて」
作兵衛。
「何言ってる」
甚兵衛。
「小判を齧るなと」
作兵衛。
「鼠は金なんぞ食わん」
甚兵衛。
「紙は食おうとしたので」
鼠。
『かみ、おいしい』
甚兵衛。
「商品でそれ言うな」
外。
町。
朝より。
人が増えている。
作兵衛の後ろ。
歩く。
甚兵衛。
今日は。
道より。
人の手を見る。
魚屋。
女。
銭。
置く。
八百屋。
男。
銭。
数える。
茶屋。
二人。
支払い。
ちゃり。
銭。
子供。
小さな菓子。
銭。
甚兵衛。
「……」
小判を。
誰も出していない。
銀も。
ほとんど見ない。
日々の。
小さな支払い。
銭。
作兵衛。
歩きながら。
「見てるか」
「はい」
「何を」
「金」
「どの」
甚兵衛。
「みんな銭」
作兵衛。
「そうだな」
甚兵衛。
「小判持ってても」
「飯」
「菓子」
「小さい買い物」
「毎回あれ出せない」
作兵衛。
「出す奴はいないな」
「だから」
「使う前に」
甚兵衛。
「使いやすい金にする」
作兵衛。
「そういうことだ」
甚兵衛。
「……」
一つ。
前世の言葉が浮かぶ。
外貨。
為替。
でも。
少し違う。
同じ国。
同じ町。
それなのに。
金。
銀。
銭。
それぞれが。
違う物差しで動いている。
甚兵衛。
「ややこしいなあ」
作兵衛。
「生きてるうちに慣れる」
甚兵衛。
「その言い方、長いな」
少し先。
店。
両替屋。
外からでも。
分かる。
銭。
金属。
帳場。
秤。
小さな皿。
算盤。
紙。
帳面。
人の声。
作兵衛。
入る。
「よう」
中。
男。
顔を上げる。
四十を過ぎたくらい。
細い目。
手元。
止まらない。
客と話しながら。
銭を数えている。
「待て」
作兵衛。
「急がん」
甚兵衛。
端。
立つ。
見る。
男。
銭。
まとめる。
別の客へ。
「これで」
客。
受け取る。
「昨日より高いな」
男。
「今日はこれ」
「向こうじゃもう少し」
「なら向こうで替えろ」
「遠い」
「知らん」
客。
ぶつぶつ。
でも。
払う。
甚兵衛。
「……」
客。
出る。
男。
作兵衛を見る。
「何だ」
「金」
「どれ」
小判。
出す。
男。
受け取る。
甚兵衛。
目。
動く。
ただ。
一両だと見て。
終わりではない。
男。
表。
裏。
縁。
見る。
指。
重さを確かめる。
甚兵衛。
少し前に出る。
男。
ちら。
「坊主」
甚兵衛。
「はい」
「そんなに見ても、小判は増えんぞ」
甚兵衛。
「何見てるのか覚えてます」
男。
「俺が?」
「はい」
男。
少し。
口の端。
上がる。
「面白い坊主だな」
作兵衛。
「最近来た」
男。
「働いてんのか」
甚兵衛。
「はい」
「なら覚えろ」
小判を机へ。
「本物か」
甚兵衛。
「はい」
「削られてないか」
「……はい」
「重さがおかしくないか」
「はい」
「そういうのも見る」
甚兵衛。
木札へ手。
作兵衛。
「あと」
甚兵衛。
引っ込める。
男。
笑う。
「書くのか」
作兵衛。
「何でもな」
両替屋。
「忘れるよりいい」
帳面。
開く。
「今日なら」
相場。
言う。
甚兵衛。
数字。
頭。
入れる。
作兵衛。
「朝より下がったな」
甚兵衛。
顔を上げる。
男。
「少し動いた」
作兵衛。
「いつ」
「さっき」
「何で」
「銀が動いた」
甚兵衛。
「……」
朝。
店で聞いた数字。
今。
違う。
本当に。
一日の中で。
変わった。
作兵衛。
「手数料は」
男。
答える。
作兵衛。
「高い」
「嫌なら持って帰れ」
「向こうは」
「知るか」
「昨日は」
「昨日の相場で今日替えるか?」
作兵衛。
「替えてくれるなら」
男。
「帰れ」
作兵衛。
笑う。
甚兵衛。
「……」
交渉。
相場がある。
でも。
それだけではない。
手数料。
相手。
馴染み。
量。
急ぐか。
他へ行くか。
作兵衛。
「もう少し」
両替屋。
「ここまで」
「端」
「駄目」
「長い付き合いだろ」
「だからここまでだ」
作兵衛。
「……」
甚兵衛。
その顔を見る。
冗談。
半分。
本気。
半分。
作兵衛。
「分かった。それで」
両替屋。
「毎度」
計算。
銭。
用意。
音。
じゃら。
じゃら。
じゃら。
甚兵衛。
見ている。
小判。
一枚。
だったものが。
銭。
たくさん。
になる。
数える。
まとめる。
確認。
袋。
男。
「坊主」
甚兵衛。
「はい」
「持ってみるか」
「いいんです?」
作兵衛。
「持て」
甚兵衛。
両手。
出す。
袋。
乗る。
「っ」
重い。
思っていた以上。
「重っ」
両替屋。
笑う。
「金は軽かったろ」
甚兵衛。
「はい」
「銭にするとこうなる」
甚兵衛。
袋を見る。
「同じ価値なのに」
両替屋。
「今日の相場でな」
甚兵衛。
顔を上げる。
「今日の」
「ああ」
「明日なら?」
両替屋。
「明日聞け」
甚兵衛。
「上がるかも」
「ある」
「下がるかも」
「ある」
「同じかも」
「ある」
甚兵衛。
「……誰も分からない?」
両替屋。
「先のことならな」
甚兵衛。
「じゃあ」
「商売してる人は」
「毎日これを見る?」
両替屋。
「見る奴は見る」
「見ない奴もいる」
「でも大きい金を動かすなら知らんでは済まん」
甚兵衛。
「何を見るんです」
両替屋。
指。
一つ。
「今日の相場」
二つ。
「昨日からどう動いたか」
三つ。
「他所はどうか」
四つ。
「手数料」
五つ。
「相手が信用できるか」
甚兵衛。
「……多い」
両替屋。
「商売だ」
甚兵衛。
「全部分からない時は?」
両替屋。
「分かる奴に聞け」
甚兵衛。
「その人が間違ってたら」
「別の奴にも聞け」
「嘘ついてたら」
「信用するな」
甚兵衛。
「信用できるか分からなかったら」
両替屋。
止まる。
甚兵衛を見る。
「最初から大きく賭けるな」
甚兵衛。
「……」
作兵衛。
横。
黙っている。
両替屋。
「小さくやれ」
「見ろ」
「覚えろ」
「何度も来い」
「違ってたら次から直せ」
甚兵衛。
「……はい」
「それとな」
「はい」
「分かってないくせに分かった顔するな」
甚兵衛。
止まる。
昨日。
道。
店。
今日。
金。
同じ。
甚兵衛。
「怖いです」
両替屋。
「何が」
「知らないのに」
「知ってるつもりになるの」
男。
「なら、まだ大丈夫だ」
甚兵衛。
「?」
「知らないって言える間はな」
作兵衛。
「ほら」
甚兵衛。
「はい?」
「昨日俺も似たようなこと言っただろ」
甚兵衛。
「作兵衛さんより分かりやすかったです」
作兵衛。
「お前」
両替屋。
笑う。
店を出る。
袋。
甚兵衛。
持つ。
じゃら。
じゃら。
歩くたび。
重い。
鼠。
足元。
『おもい?』
甚兵衛。
「重い」
鼠。
『きん、ひとつ』
「もう金じゃなくて銭いっぱい」
鼠。
『ふえた』
甚兵衛。
「数は増えた」
『おかね、ふえた?』
「増えてない」
鼠。
袋を見る。
『いっぱい』
「いっぱいだけど増えてない」
鼠。
『?』
甚兵衛。
「分かる」
『?』
「俺も最初そう思った」
作兵衛。
「何だって」
甚兵衛。
「小判一枚がこんなに増えたから」
袋。
持ち上げる。
「金が増えたのかって」
作兵衛。
「増えてない」
「はい」
「むしろ」
少し。
考える。
「両替代は払った」
作兵衛。
「そう」
「だから」
甚兵衛。
「交換しただけで、少し減ってる」
「そういうことだ」
甚兵衛。
「……」
なんだか。
損した気がする。
でも。
銭にしなければ。
使いづらい。
甚兵衛。
「便利にするために金を払う」
作兵衛。
「そうとも言える」
「高い金を持ってればいいわけじゃない」
「そうだな」
「使う場所に合ってないと」
「困る」
「……」
歩く。
飯屋。
店先。
湯気。
飯。
汁。
匂い。
腹。
鳴りそう。
甚兵衛。
「作兵衛さん」
「何だ」
「ここで飯食うなら」
袋。
「こっち」
「そう」
「小判なら」
「出すな」
「そこまで?」
「店の親父に嫌われたいなら出せ」
甚兵衛。
「やめます」
作兵衛。
「小判一枚渡して、飯一膳食って」
「さあ釣りを出せって言われても困る」
甚兵衛。
「そりゃそうか」
飯代。
小さい。
小判。
大きい。
価値だけではなく。
大きさ。
使い道。
必要な細かさ。
違う。
甚兵衛。
「……」
手。
木札へ。
袋。
両手。
塞がっている。
「書けない」
作兵衛。
「覚えろ」
甚兵衛。
「忘れます」
「店まで持たせろ」
「はい」
鼠。
『わすれる』
甚兵衛。
「黙れ」
店へ戻る。
藤吉。
「どうだった」
甚兵衛。
袋。
どん。
置く。
「一両は、一両じゃなかったです」
藤吉。
「一両は一両だ」
甚兵衛。
「でも銭にすると違う」
弥助。
「それも一両だ」
甚兵衛。
「分かってます」
「分かってない顔してるぞ」
「頭では分かってます」
作兵衛。
「腹で分かってない」
甚兵衛。
「たぶん」
鼠。
『たぶん』
甚兵衛。
「お前は本当に黙れ」
木札。
出す。
忘れる前。
書く。
金。
銀。
銭。
それぞれ。
同じ金。
でも。
別。
両替。
必要。
相場。
毎日。
変わる。
一日の中でも。
動くことあり。
手数料。
あり。
店によって。
条件。
違うことあり。
大きい金。
日常では使いにくい。
飯。
小さい買い物。
銭。
甚兵衛。
止まる。
下。
今日。
一番。
分かったこと。
書く。
価値がある。
と。
使いやすい。
は。
同じじゃない。
甚兵衛。
「……」
作兵衛。
横から見る。
「妙な書き方だな」
甚兵衛。
「違います?」
「いや」
作兵衛。
少し考える。
「合ってる」
甚兵衛。
「昨日の紙も」
「?」
「高いやつが、その客に一番いいわけじゃなかった」
「ああ」
「昨日の道も」
「?」
「近道でも」
「荷が大きいと通れない」
「人の邪魔になることもある」
作兵衛。
「そうだな」
甚兵衛。
小判。
思い出す。
「今日の金も」
「高いものを持ってれば便利なわけじゃない」
作兵衛。
甚兵衛を見る。
「……」
「お前」
「はい」
「そうやって全部繋げるのか」
甚兵衛。
「覚えやすいので」
作兵衛。
「まあ」
「忘れないなら好きにしろ」
甚兵衛。
「はい」
昼。
飯。
弥助。
甚兵衛の前。
飯椀。
指す。
「じゃあ問題」
甚兵衛。
「はい」
「この飯」
「はい」
「一両」
甚兵衛。
「高すぎます」
「正解」
鼠。
『せいかい』
甚兵衛。
「お前は参加するな」
弥助。
「何て?」
「正解って」
「鼠にも分かったか」
甚兵衛。
「こいつは飯しか見てません」
鼠。
『ごはん』
甚兵衛。
「ほら」
弥助。
「ある意味一番正しいな」
飯を食う。
汁。
漬物。
腹。
満たす。
甚兵衛。
「……」
一両。
もし。
何も知らず。
最初の日。
小判を一枚だけ持って。
飯屋へ行っていたら。
どうした。
たぶん。
前世の感覚で。
金なんだから使えるだろう。
そう思った。
そして。
困らせた。
甚兵衛。
「知らないって怖いな」
弥助。
「飯食いながら何言ってる」
甚兵衛。
「何でもないです」
午後。
紙。
一種類。
値段。
教わる。
甚兵衛。
復唱。
覚える。
でも。
すぐ。
「これは銭で払う値段?」
作兵衛。
「そう」
「銀で払われたら」
「換算」
「小判なら」
「買う量による」
「その日の相場」
「見る」
「手数料は」
作兵衛。
「お前」
甚兵衛。
「はい」
「一つ覚えるたびに三つ増えるな」
甚兵衛。
「俺も困ってます」
弥助。
「昨日より知らないこと増えたな」
甚兵衛。
「はい」
足元。
鼠。
『いっぱい』
甚兵衛。
「いっぱい」
作兵衛。
紙。
指す。
「だから昨日言った」
甚兵衛。
「?」
「値段は後」
甚兵衛。
「……」
紙一枚。
値段。
一つ。
それだけを覚えればいいと思っていた。
違う。
どう払う。
何で払う。
どの相場。
どれだけ買う。
まだ。
他にもある。
甚兵衛。
「店って面倒ですね」
作兵衛。
「今さらか」
甚兵衛。
「昨日も言った気がする」
「明日も言うぞ」
甚兵衛。
「嫌だな」
夕方。
店を閉める。
物置。
三匹。
木札。
昨日。
店。
今日。
金。
並べる。
鼠。
『いっぱい』
甚兵衛。
「また増えた」
最初の鼠。
『わかった?』
「少し」
二匹目。
『しらない?』
「いっぱい」
三匹目。
『たいへん』
「そうだな」
木札。
見る。
金。
銀。
銭。
相場。
手数料。
両替。
重さ。
使い方。
甚兵衛。
「……」
前世。
金。
百円は。
明日も。
百円。
千円札を。
百円玉十枚に替えても。
合計は同じ。
少なくとも。
普通に暮らしていて。
そこを毎朝気にする必要はなかった。
ここでは。
違う。
金を持つ。
だけでは。
足りない。
今日。
いくらなのか。
何に替えるのか。
どこで替えるのか。
何に使うのか。
見る。
考える。
甚兵衛。
筆。
持つ。
明日。
銭。
数える。
釣り。
間違えない。
その下。
相場。
毎日見る。
さらに。
一つ。
なぜ動く。
甚兵衛。
「……」
鼠。
『なぜ?』
「そう」
『しらない?』
「知らない」
鼠。
『きく?』
甚兵衛。
「聞く」
『あした?』
「明日」
鼠。
『たぶん』
甚兵衛。
「そこは確定」
鼠。
『たぶん』
「確定」
三匹。
『たぶん』
甚兵衛。
「……」
鼠の鳴き声。
「チチッ」
「チッ」
「チチッ」
人が聞けば。
ただの鼠。
甚兵衛には。
完全に遊ばれている。
「お前ら」
三匹。
見る。
「明日の朝飯減らすぞ」
沈黙。
一匹。
『……かくてい?』
甚兵衛。
「覚えやがった」
鼠。
『たぶん』
「寝ろ」
灯り。
消す。
暗い。
木札。
今日。
一両。
甚兵衛は。
布団へ入る。
少しして。
胸。
一匹。
腹。
一匹。
足元。
一匹。
「……やっぱり重い」
胸。
『きんより?』
甚兵衛。
「銭袋よりは軽い」
鼠。
『じゃあ、いい』
「よくない」
返事。
ない。
三匹は。
もう。
丸くなっている。
甚兵衛。
「自由だな……」
目を閉じる。
今日。
小判一枚。
銭。
いっぱい。
同じ金。
同じではない。
知らないこと。
また増えた。
でも。
昨日と同じ。
分からないことが増えたなら。
次に。
何を聞けばいいか。
少しだけ。
分かる。
甚兵衛。
「……相場か」
明日は。
そこからだ。