トリコの世界に転生したら、ブルーニトロに改造人間にされた話 作:あまんと
私は現在、IGOの本部に厄介になっていた。なんせブルーニトロと八王に関連のある危険生物だ。立場としては完全に監視対象。外泊の許可を得た時以外は、必ずIGO本部に帰らなければならなかった。
IGOでの私の日常は、一龍に戦闘の基礎を教わる修行の日々。そして、空いた時間にIGOの施設で、このグルメ時代の歴史や複雑な社会制度を勉強する毎日だった。
一龍の修行は本当にためになる。けれど、一龍はIGOの会長だ。多忙なため、常に私に付きっきりで修行をつけてもらえるわけではなかった。
私の細胞は飢えていた。どんなに美味な食材を食べても、どこか物足りなさを感じてしまうのだ。一刻も早く地球のフルコースを食べたい!私に埋め込まれた八王の細胞は、常にそう叫んでいた。
確かに、トリコたちについていけば、地球のフルコースはいずれ手に入るだろう。それも小松が調理する完全なフルコースをだ。だが私は、それまで待つことができそうにもなかった。
(私は早く強くなって、一足先にフルコースを捕獲しに行く……!)
故にもっと頻繁に、一龍のような強者に修行をつけてもらいたいと考えていた。
そんな折、フグ鯨が10年ぶりに、産卵のために浅瀬へやってくるという情報を手に入れた。
「一龍、フグ鯨が出現するって本当!?」
「なんじゃ、知っておったのか。マジじゃよ。うまいぞ〜、フグ鯨は」
吉報だった。フグ鯨が来るということは、ノッキングマスター次郎と会えるかもしれない。
「よっしゃ獲りに行ってくる!」
「わっはっは!フットワーク軽いのう!ワシの分も頼んだぞー!」
フグ鯨の味にも興味津々だったので、すぐに私はIGOの許可を得て、フグ鯨の産卵地である『洞窟の砂浜』へと向かった。
次郎を物で釣れるとは思わないが、一応道中で最高級の清酒を買って行くことも忘れない。
そして、それから1日ほど走って目的地に到着した。フグ鯨の産卵場所である洞窟の砂浜は地下深くにあるため、地上にある洞窟の入り口から地下へ進んで行くか、海を潜って行くしかない。海を潜るルートは、深海1000mまで潜らなければならず、通常ならば選択不可であるが、私は数ヶ月前まで深海で眠っていた身。深海1000mを泳ぎ切るなど大した問題ではなかった。
冷たい暗黒の海をしばらく泳ぐと、前方にうっすらと幻想的な光が見えてきた。洞窟の砂浜が近いのだろう。更に少し泳ぐと、白い大きな魚の姿が見えた。フグ鯨が巨大な群れとなって優雅に泳いでいるようだった。
さっそくフグ鯨を捕獲しようとしたが、私はノッキングができない。フグ鯨は少しでも恐怖や衝撃を受けると、一瞬で体内の毒袋が破裂して全身が黒く毒化してしまうのだ。
しかし、ふと気がついた。私の中には、グルメ界の頂点に君臨する八王の細胞があるということに。
───いくら毒が強力といっても人間界の食材。フグ鯨の毒なんて私には効かないのでは?
そう思った私は、泳いでいるフグ鯨を1匹、両手で優しく掴む。当然のように、フグ鯨は毒化してしまったが、気にせずに大きく口を開いて齧り付いた。
───結論、私はアホだった。
フグ鯨は、毒化しても味自体は変わらないため、非常に美味だった。しかし、完食したわずか数秒後、この世のものとは思えない凄まじい吐き気と頭痛が私を襲った。水中でガクガクと身体を折り曲げて苦しみながら、私はそのまま意識を失った。
◇◇◇
「やった……!やりましたよトリコさん、ココさん!最後の1匹、毒袋の除去成功です!」
デビルオロチをはじめとする数々の凶悪な猛獣達と血みどろになって戦い、トリコ達は遂に、フグ鯨の産卵場所に辿り着いた。
そして、トリコとココは協力してフグ鯨を10匹捕獲することに成功する。しかし、フグ鯨を毒化させずに調理することは非常に難しく、頼みの綱のココも事前の死闘によって本調子ではない。急遽、料理人である小松が代わりに包丁を握り、捌くことになった。
プレッシャーに震えながらも果敢に挑んだ小松だったが、10匹中9匹を失敗し、ダメにしてしまう。だが、後がなくなった最後の最後、小松の神がかった包丁さばきによって、ついにフグ鯨の調理に成功する。それまで白かった魚体から一転、完璧に毒袋を除去された個体はまばゆい黄金の輝きを放ち、その場にいる全員が息をのむほどに美しかった。
「やるじゃねーか小松!さあ、さっそく食っちまおうぜ!」
一切の毒が回っていない、フグ鯨の極上の刺身を口に運んだトリコ達は、その至高の味に大歓喜していた。過酷な地下洞窟を命がけで突破し、最後の1匹を奇跡的に調理し終えて、無事にその絶品を味わい尽くした───まさにその直後だった。
「ん?なんだ……?浅瀬の方から、妙な匂いが近づいてくるな」
フグ鯨を食べ終えて、一層鋭くなったトリコの嗅覚が、水飛沫と共に漂ってきた異様な匂いを捉えた。
何か、底知れない危うい匂い。檻の中にいる猛獣が、今にも暴れ出しそうな、計り知れないプレッシャーがそこにはあった。
ただ事ではない気配に、トリコとココが瞬時に身構え、波打ち際へと鋭い視線を走らせる。
「トリコさん!な、何かが流れてきます!」
小松が悲鳴のような声を上げた。だが、ざばぁん、と穏やかな波に揺られて白い砂浜に打ち上げられたのは、恐ろしい猛獣などではなかった。
「……あれは、人間? いや、女の子か……?」
波打ち際の砂浜で、1人の少女が大の字になって完全にのびていた。
身長は170センチほどあるだろうか、濡れて肌に張り付いた服の上からでも分かる細身。そして何より目を引くのは、鮮やかな水色のロングヘアだった。額から小さな角を生やしているという不思議な特徴はあったが、全体的に戦闘に向いていない華奢な肉体をしており、どう見てもあの地下洞窟を自力で突破してきたようには見えない
(何故こんなタイミングで、こんな場所に打ち上げられてくる……?)
トリコは全身の筋肉を緊張させて警戒していた。横に立つココも、目の前の少女を凝視している。目の前の少女は、あまりにも不可解だったのだ。
しかし、小松はこちらの緊張など気にもせずに、砂浜でぐったりと濡れている少女を心配して、真っ先に声をかけに走っていった。
「大丈夫ですか!? もしもーし! こんなところで寝てたら溺れちゃいますよ!」
「う、う〜ん……ここは……」
少女は重い瞼を開いて目を覚まし、不思議そうに辺りをキョロキョロと見回している。
「良かった、気がついたんですね。お水、飲んでください!」
「あ、ありがとう……」
小松が差し出した水筒を、少女は受け取って喉を潤す。
「お前、なんでこんな危険なとこで気絶してたんだ?」
トリコが鋭い視線のまま尋ねた。すると少女はバツが悪そうに目を逸らして、気まずげな雰囲気を醸し出す。
「え〜と、毒化したフグ鯨を食べてしまいまして……」
「あ? なんつった?」
トリコの聴力をもってしても聞こえないほど、モゴモゴとした小声だった。
「……毒化したフグ鯨食べちゃった」
どこか恥ずかしそうに、少女は言った。トリコは一瞬呆気に取られた後、声を荒らげた。
「猛毒だぞ!?そんなん食えるわけねーだろ!ココですら、フグ鯨の毒には抗体がねーんだ!」
「いや……トリコ、彼女は嘘は言っていないみたいだ」
ココが額に冷や汗を流しながら、信じられないものを見る目で女を凝視する。ココは相手の放つ電磁波から、嘘をついているか見分けることができる。そのココが、嘘はついていないと言ったのだ。
それでも信じられなかった。ココの目を欺く術でも持っているのだろうか。
「私の名前はレイ。お水ありがとう!……それとごめん!本当はもっと話したいんだけど、ちょっと急ぎで探している人がいるから!」
レイと名乗る少女は、軽く砂を払って立ち上がると、何でもないことのように言った。
「えっ、1人で大丈夫ですか!?」
心配する小松に、少女はニカッと笑ってみせる。
「うん、大丈夫だよ。じゃあまた会えたらよろしくね!」
言うが早いか、少女は再びざばんと海に飛び込んだ。そして、二度と水面に上がってこなかった。
「おい、溺れちまったんじゃねーか!?」
トリコが慌てて海に飛び込もうとするが、ココがその肩をガシッと掴んで止めた。ココの顔からは、冷や汗が流れていた。
「待て、トリコ。彼女の電磁波が、もの凄い速度で海の底へ消えていく」
ココは息を呑み、暗黒の深海を見つめる。
「彼女は……深海1000メートルを、生身で潜ってここまで来たっていうのか……?」
◇◇◇
目を覚ますと、トリコ達がいた。はじめて本物と出会って少し興奮はしたが、今の私には他にやるべきことがある。次郎を追わなければならないのだ。
トリコ達がこの場にいるということは、次郎は既にフグ鯨の捕獲を終えて、洞窟の外に出てしまっているだろう。
フグ鯨の毒にも無事適応できたようだし、トリコ達とは少しだけ会話を交わして、すぐに地上へ戻ることにした。
再び深海を泳いでいると、前方からなにかがこちらに迫っていることを察知した。
(あれは、GTロボ……)
美食會の副料理長、スタージュンが遠隔操作するロボットだ。
今の所、私に美食會と敵対する理由は無い。将来、地球のフルコースを捕獲する際に競合する可能性もあるが、できるだけ美食會の、特に三虎とは敵対したくはなかった。強すぎるのだ、あの男は。
だから、水中でペコリと頭でも下げて、無難に済ませようと思ったのだが───そうは問屋が卸さなかった。
私の細胞が、目の前の存在を殺せと命令してくるのだ。だんだんと強烈な殺意が溢れ出してくる。なんとか理性で抑えようとしていると、突然、脳内にある光景が流れてきた。
───我が子を出産するために必要なエアが、熟す前にかすめ盗られてしまう光景。
───自身の背中で大量の殺戮が行われ、更には身体の一部であるニュースまでも無慈悲に切り落されてしまう光景。
───美しい花畑が荒らされ、自身の大きすぎる身体の大切なエネルギー源であるアースが、盗み去られてしまう光景。
八王達は思った以上に、あのクソトカゲのことが大嫌いなようだった。
分かっている。前から迫ってくるあいつは偽物だ。血も通っていないただのガラクタ。
しかし私は、全身から湧き上がるドス黒い殺意に既に支配されてしまっていた。
「死ね」
瞬間───洞窟内にいる全ての生物は、自身の絶対的な死を悟った。
深海から湧き上がった圧倒的捕食者のオーラ。抗うことすら許されないその絶対的な恐怖は、脆弱な生物たちの精神を容易く狂わせていく。ある猛獣はその場に崩れ落ちて気絶し、まだ洞窟の奥に残っていたある2匹の生物は、肌を突き刺すような絶望感に襲われながらも、本能に従って即座に決死の臨戦態勢を取った。そして、あまりのプレッシャーの凄まじさに耐えかね、洞窟内の2割の生物が、恐怖のあまり自ら命を絶った。
同時に、深海の時間が異常な速度で狂い始める。空間そのものが超加速の渦に巻き込まれ、迫り来ていたトカゲの紛い物は、何が起きたのかを認識する暇すら与えられず、一瞬にして数万年の時を経たかのようにパサパサと風化し、完全に消滅した。
ガラクタが消え去ると同時に、私はハッと正気に戻った。
全身を支配していた殺意が急速に引いていく。それと引き換えに、細胞の変質によって限界まで鋭敏になった感覚が、私の暴走が引き起こした結果を容赦なく伝えてきた。
「ごめんなさい……」
食べるわけでもないのに、この洞窟内にいた多くの無抵抗な生物の命を奪ってしまった。その冷酷な事実が、私の心にズシリと重い罪悪感を刻みつける。
奪ってしまった命への深い悔恨を抱えながら、私は一刻も早くこの場を離れるように、地上へ向けて必死に水を掻いた。
ざばぁ、と激しい水飛沫を上げて、ようやく地上へと這い上がる。
夜風を浴びながら、手土産の清酒を抱え直して次郎を探そうとした───だが、その必要は微塵もなかった。
「……ほう。嬢ちゃんだったか。あのとんでもない殺気の主は」
海岸の岩場に、その男は立っていた。酔っ払いの面影は、そこには一切ない。ただ静かに立ち、『暴獣』としての冷徹な眼光を、真っ直ぐに私へと向けている次郎がいた。その視線には、異常な殺気を放って現れた私に対する、剥き出しの警戒が満ち満ちていた。