トリコの世界に転生したら、ブルーニトロに改造人間にされた話 作:あまんと
洞窟の外。どこまでも広がる空の下、しんと静まり返った地上で、2人は対峙していた。
「……嬢ちゃん」
次郎は、真剣な、底の知れない目でレイを見つめていた。超人的な五感を持つ次郎には、先程、洞窟の中の生物たちが恐怖をしながら死んでいった気配がありありと伝わっていたのだ。
「なにかやむを得ん事情があったのかもしれんが、お主が放った殺気で洞窟内の生き物が大量に死んだ……その事実について、どう思っておる?」
次郎の声に怒りはなかったが、その双眸には冷徹な鋭さがあった。
けれど、レイはその問いにすぐには答えず、ただ静かに暗い洞窟の入り口の方へと視線を向けた。そして、トコトコと無言でそちらへ歩み寄ると、地面にペタンと膝を突き、洞窟の奥に向かって深く頭を下げた。
「……ごめんなさい。食べるわけでもないのに、何の意味もなく死に至らしめてしまった。本当に、身勝手なことをした。……謝って済む問題でもないけど、この謝意は、これからの私の行動で示していくから、どうか見ていてください」
次郎に謝っているのではない。戦うわけでもなく、食べるわけでもないのに、自分の力の暴走に巻き込まれて命を落としてしまった洞窟の中の生物たちへ、真っ直ぐに謝意を伝えていたのだ。
グルメ時代の前───血を流し合う戦争の時代に生き、明日の食糧すら保障されない壮絶な飢餓をリアルに経験してきたレイだからこそ、命を無意味に消費することの罪深さを、誰よりも痛烈に理解していた。
レイはきゅっと唇を噛み締め、立ち上がって次郎を真っ直ぐに見据えた。
「だから次郎、お願い。私のこの力が二度と暴走しないように……あなたの技で、ノッキングで封じてほしいの」
それは、己の力を恐れ、同時に命への責任を背負おうとする、汚れのない強固な瞳だった。
次郎はしばし沈黙した。ゴツゴツとした岩場に吹き付ける夜風だけが、冷たく2人の間を流れていく。次郎は、レイの表情の奥にあるものをじっと見つめた。値踏みするように観察し、彼女の言葉が本心かどうかを測るように、しばらく動かなかった。やがて、次郎はゆっくりと息を吐いた。
「お主のことは、IGOの会長───イチちゃんから聞いとるよ。ブルーニトロに改造され、八王をその身に宿しちまった娘がおるとな」
次郎の声には、先程までの警戒を少しだけ緩めたような響きがあった。
「確かに、お主は今のままでは、人間界の生態系を壊しちまいそうだからのう。その力、少し抑えさせてもらおう」
次郎の人差し指が伸びる。そして、首筋を指で突かれた瞬間、身体中の細胞が一斉に沈黙するのを感じた。
「すごい……暴走する感覚が、完全に消えた……」
「お主の力の一部をノッキングした。これで不用意に外に殺気が漏れることはないじゃろう」
レイは自分の両手を見つめた。さっきまで内側から突き上げていた熱が、嘘のように静まっている。
しかし、すべての力が消えたわけではなく、暴走しがちな細胞だけを封じ込めた状態だ。頭の中が驚くほどクリアだった。
これなら人間界にいる間、力が暴走して無秩序に生物を殺してしまう可能性は減ったはずだ。現時点での最大の懸念が消えたことに、レイは心の底から安堵していた。
「で、ワシに頼みがあるんじゃろ?」
すべてを見透かしたような問いかけに、レイは自分の両手から次郎へと視線を戻した。少しはにかみながらも、その瞳にはこれ以上ないほどの熱を込めて、真っ直ぐに願いを口にする。
「うん。厚かましいお願いなのは分かってるんだけど……私がこの力をちゃんと制御できるように、修行をつけてほしいの! お願い、次郎!」
次郎は短い間、レイの顔をじっと見る。それから、ふっと鼻で笑った。
「へっへっへ。実はな、イチちゃんに言われとったんじゃ」
彼は懐から年季の入った徳利を取り出すと、親指でポンと栓を抜いた。芳醇な酒の香りが夜風に混ざる。美味そうに口に含み、喉を鳴らした。
「『もしその娘に会うことがあったら、面倒を見てやってくれ』とな。ワシもあの青いトカゲ共は嫌いじゃし、他ならぬイチちゃんの頼みじゃ。引き受けてやらんでもない」
だが、次郎は徳利を下げると、ニヤリと不敵に笑ってレイを顎で示した。
「じゃがな、ワシも暇ではない。実際にどれほどの覚悟を持ってワシの前に立っているのか、言葉だけではお主という人間をまだ信用できん。美食屋の世界では、本気の程度は拳で示すもんじゃからのう」
次郎は、その場にぽんと徳利を置いた。力を抑え込んだ状態のまま、レイがどれだけ動けるかを見てやろうという腹積もりなのだろう。
「まずは、お主の実力を見せてもらわんとな」
そして、次郎は自身の身体を数箇所、鋭い指先で突いた。
パキパキ、と衣服の奥で筋肉が弾けるように鳴る。次郎の背筋がスッと伸び、その体躯が一回りも二回りも大きく膨れ上がった。自身の身体にかけられていたノッキングを一部解除したのだ。
「ここでやるの?」
「構わんよ」
その圧倒的な威容を前にして、レイはフッと不敵な笑みを浮かべた。
「了解……いくよっ!」
狙うは速攻の一撃。一龍との修行を思い出しながら、まずは牽制と目眩ましを兼ねたレーザーを放つため、両手を精密なコントロールが可能な、竜王の触手へと変形させる。更に、爆発的な瞬発力で一気に間合いを詰めるため、脚部を馬王の脚へと切り替えようと、体内の細胞へ意識を集中させた。
しかし、同時に異常が起こる。カチリ、と脳内で何かが外れる音がした。レイの意図した竜王や馬王のイメージが、突如として内側から激しく掻き消される。
ノッキングで固く閉じられていたはずの力の一部が、他のすべて強引に押し退けて表層へとしゃしゃり出てきたのだ。
「〜っ!?あ、ガ、ア……ッ!?」
凄まじい野生の衝動がレイの肉体を駆け巡る。
骨が鳴る音と共に、レイの両手両脚がフサフサとした野性味あふれる毛を持つ異形へと変質し、指先からは岩盤をも容易く引き裂くような漆黒の爪が鋭く伸びる。
さらに、鮮やかな水色のロングヘアが怒髪天を突くように毛羽立ち、小さく開いた口元からは、獲物を噛み砕くための白く鋭利な牙がスラリと覗いた。
ノッキングを力技でこじ開け、レイを内側から塗り替えたのは───狼王ギネスの細胞だった。
「グルルルル……!」
レイの口から、本人の意思とは無関係に、地を揺るがすような咆哮が響き渡る。
しかし、その獰猛な唸り声の奥には、不思議と敵意は感じられなかった。むしろ、どこか楽しげな弾むような熱量が満ち満ちている。
制御の利かない野生の本能に引きずられるまま、レイは鋭い爪が伸びる獣の腕を大きく振りかぶった。肉体の変質が、素人の足裁きを補って余りある突進力へと変換されている。そのままの勢いで、次郎の胸元へ容赦のない一撃を叩きつけた。
「おっと」
次郎は瞬時に両腕でガードを固めたものの、圧倒的な質量と衝撃波までは相殺しきれない。凄まじい風圧と共に、次郎が真後ろへと弾き飛ばされ、背後の巨大な岩盤へと激しく叩きつけられた。バキバキと岩盤に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
「流石は八王じゃな。ちと、ノッキングが甘かったか」
狼王の細胞はそれだけでは止まらない。さらに追撃を仕掛けようと、レイの獣脚が再び大地を蹴り、次郎へ向かって空中から躍りかかった。
(だめ……止まって……ッ!!)
レイは、自分の意識を必死にかき集める。次郎が求めたのは、レイ自身の『覚悟』だ。ただ宿る力に振り回されて暴れるだけなら、それは一龍が危惧した、ただの危険なバケモノと何も変わらない。先程、無駄に命を奪ってしまった洞窟の生物たちへの謝意を、行動で示すと誓ったばかりではないか。
魂をすり減らす勢いで、レイが肉体に強烈なブレーキをかけようとする。
だが、流石は狼王。圧倒的な力でレイの制止を振り払おうとした。拮抗して、再びレイは、意識を持っていかれそうになる。
───その瞬間、レイの意識のさらに奥深くで、何かが一瞬だけ、目を覚ました。
彼女の奥底に潜む正体不明の強大な影。その圧倒的な存在が、レイの精神にほんの一瞬だけ力を重ねた。
(私の身体で───これ以上勝手に暴れるな……ッ!!!)
劣勢になろうとも、狼王の細胞は、誇り高く猛々しく抵抗を続けた。それでもレイは、揺るぎない覚悟を力技でねじ込み、遂に、その暴走を強硬に抑え込んだ。
空中で、レイの爪が次郎の鼻先数センチでピタリと止まる。獣の腕が、ギリギリと音を立てて小刻みに震えていた。
「……ほう」
岩盤に背を預けたまま、次郎が不敵にニヤリと笑う。
直後、次郎が大きく息を吸い込み───勢いよく吹き出した。
「ノッキングブレス」
次郎の口から放たれた目に見えない空気の衝撃が、空中のレイを正面から包み込む。その瞬間、レイの全身の筋肉、神経、そして狼王の細胞までもが、まるで時間が止まったかのように完全に硬直した。
空間ごと固まったかのように、レイは攻撃の姿勢のまま宙で動きを止められ、そのまま地面へと垂直に落下する。指一本動かせない。
身動きの取れないレイの元へ、次郎が一瞬で歩み寄る。その動きからは、一切のダメージを感じさせなかった。
スッと伸びた人差し指が、再びレイの体へと優しく触れた。トン、と小気味よい音が響き渡る。
「ぷはっ……!!」
今度こそ狼王の細胞が完全に鎮まった。同時に硬直も解け、毛羽立っていた水色の髪がしなやかに戻り、牙が消え、手も脚も元の綺麗な少女の素肌へと巻き戻っていく。レイは激しく息を吐き出しながら、その場にへたり込んだ。
「うぅ……ごめん、他の力を使おうとしたのに、なんか狼のやつがめちゃくちゃしゃしゃり出てきちゃって……次郎、大丈夫だった?」
息を乱しながら、岩盤を背にする次郎を心配そうに見上げるレイ。
しかし、次郎は怒るどころか、和やかな笑顔を浮かべていた。
「いや、いいもんを見せてもらったわい。八王の細胞に飲み込まれかけながらも、最後は自分の意志で止めて見せたな。……それに、随分と懐かしい気配も感じさせてもらったしのう」
次郎は衣服についた岩の粉をパッパと払う。彼の脳裏には、かつて幼き日の自分を育てた狼───狼王ギネスの姿がよぎっていた。
次郎は完全に毒気を抜かれ、置いていた徳利を拾い、揺らした。しかし、中身はとっくに空っぽだった。
「ふぅ。本物には圧倒的に劣るとはいえ、八王の相手はちと疲れたわい。……あーあ、大事な酒も切れちまった。なぁ、嬢ちゃん」
次郎はニヤリと笑い、レイの頭をポンと叩いた。
「あの鞄の中身、酒じゃろう?修行の前に、ちょっと付き合ってくれんか。嬢ちゃんも腹減ったじゃろう」
どうやら次郎に認めてもらえたらしい。レイは少し安堵したように息を吐き、小さく笑った。
「ふふっ、いいよ。おツマミはなにがあるの?」
「残念ながら、ツマミはないのう」
「あっ、じゃあじゃあ、鞄の中にフグ鯨が入ってるから、それをツマミにしよう」
次郎が怪訝そうに眉をひそめる。レイは何を思ったのか、鞄を開けて中のフグ鯨を取り出した。
「ほう、お主フグ鯨を捌けるのか。ってこれ全部毒化しとるじゃないか!?」
「次郎なら毒化したフグ鯨くらい食べられるでしょ?私ですら食べられるし」
「食えるか!死ぬわ!」
次郎が本気で拒否する。レイは思わず吹き出しそうになった。
「お主に比べりゃワシの胃袋は普通じゃよ。……よし、なら酒に合う美味いツマミを、そこらでササッと狩ってくるとするかのう!」
次郎はそう言い残すと、軽やかな足取りで岩場の向こうへと消えていった。
その後、私と次郎は、次郎が獲ってきたムカデミア・ナッツをツマミに、ささやかな宴を開くのだった。
グランドノッキングやらダメージノッキングやら次郎は色々チート技持ってるけど、息吹きかけるだけでノッキングできる謎技が1番チートだと思う。