誰にでも出来る簡単な仕事(大嘘) 作:V3
プロニートの朝は早い――と言ってかれこれ5年目だ。
35歳となり、そろそろ定職につかなければならない頃。
が、俺は四畳半のボロアパートでゲーム三昧だ。
高校卒業から30までは真面に働いていたものの、前職は俗にいうブラックな会社だった気がする。
始発に乗って片道2時間の勤務先へと向かい。
朝から明け方まで鬼のような業務を熟し、ミスをしなくても上司にはしこたま叱られた。
理不尽な叱り方だと思いつつも、こんなもんかと思いながら日々を過ごしていたが。
ある時に、学生の頃に夢中になってしていたゲームを久しぶりにして俺はこう思った。
――あ、仕事よりゲームがしたい、と。
そう思ったが最後であり、退職届を書いて上司へと持っていった。
秒で破り捨てられたが、念の為にと100枚ほど書いてきたので良かった。
58枚目でようやく諦めたのか、3カ月間、ちゃんと働けば退職していいとお許しを貰った。
その三カ月間は家にも帰る事ができないほどの仕事量だった。
仕事をしながら殴られて、仕事をしながら頭を叩かれた。
休みの日も仕事を任されて、寝る間もないほどの仕事漬けだった。
俺は三カ月間が終わればゲームが出来るからまぁいいかと考えて……あっという間だったなぁ。
『何時でも帰って来いよ!』
『うっす』
鬼のような上司が最後に見せた笑顔。
別に嫌いな人ではなかったけど好きなわけでもない。
金が無くなったら選択肢の一つとして考えておく、そういうつもりで返事はしておいた。
そして、布団に寝転がりながら思ったのは――
「金……ないな」
ちらりと見れば狭い部屋に無数に存在するソフトの数々。
最新のゲーム機は勿論の事、それなりに良いテレビも買った。
退職金なんてものはなかったから、貯蓄はそれなりにあっても底はしれている。
食費や光熱費、その他諸々もばかには出来ない。
中でも、最近はあほみたいな税金のせいで金は川の流れのように消えていく。
生きづらい時代であり、ニートには風当たりがきびしいのだ。
そろそろ、働くべきなんだろうが。
まだまだやりたいゲームは山ほどある。
中でも、レアゲームと呼ばれるものは今すぐにでもやりたい。
クソゲーであろうとも関係ないのだ。
ゲームをする時間を確保しつつ、それなりの金も必要。
が、その二つを得る為の理想的な仕事というのは驚くほどに少ない。
存在はしているだろうが、そのほとんどは闇より生まれし闇の……いや、いい。
「……さて」
体を起き上がらせる。
考えても仕方ない事だ。
思考するだけでは無駄であり、行動を起こさなければ意味はない。
カーテンを開けて日光を浴びる。
そうして、ポストを確認しに向かう。
「…………ん?」
怪しげな宗教のビラに、近くのスーパーのチラシ。
その中で異彩を放つ一枚のチラシ。
真っ白な紙には色々な事が書かれているが。
端的に言うのならばこれは――求人だ。
「……誰にでも出来る仕事……一回の仕事で最低でも10万の報酬を約束。拘束時間は長くても12時間ほど……ほぉ」
危険な匂いがこれでもかと漂ってくるが。
よく見れば、国営企業からの正式な仕事と書かれている。
求人を持ちながら、充電している端末を拾って検索して……あるな。
「フェイクじゃないな……ほぉほぉ」
つまり、反社でも犯罪関係でもない。
ちゃんとした仕事ということだ。
他の検索候補を見れば、危険やら絶対に受けるなとか書いているが――よし。
「履歴書は……スーツもいるな……ペンは」
#
国営企業である“八咫烏”へと応募をし――即採用された。
書類選考と簡単な面接が一週間の内に終わり、面接の当日には採用が告げられた。
何故か、採用と同時に分厚い書類にサインを求められた。
ご丁寧に拇印も押した上に、宣誓のようなものまでして……不思議だったなぁ。
全員が黒いスーツにマスクをしていた。
完全に顔を隠していて声もボイチェンで変えていた。
契約書の内容は全て目を通したが、主に職務中に発生する可能性のあるアクシデントに関するものだった。
業務に関しては他言無用の上に、違反行動により発生した損害等に関しては八咫烏は責任を負わないと。
SNSに関しても、国から監視が義務付けられるようになって……まぁいい。
「「「――」」」
今日がバイトの初日であり、広い会議室のような場所には30名ほどが集まっていた。
比較的、若い人間が多いが年配の方々もいる。
性別も不問だったようで、化粧をしている女性やら仲間同士でくっちゃべっているヤンキーのような集団もいる。
多種多様であり、本当に誰でも出来る仕事なんだと改めて思った。
俺はそんな人間たちを見ながらも、携帯ゲームを堪能し――扉が開かれた。
カツカツとヒールの音を響かせながら入って来た女性。
ダイナマイトボディーであるが、やはりマスクで顔を隠していた。
彼女は台の前で止まり、綺麗に一礼する。
「……おはようございます。本日、皆さまへの業務のご説明を担当させて頂きます――Aと申します」
「……A?」
「え? コードネーム的な?」
「やっべ、いかにもって感じじゃん!」
Aと名乗った女性。
会議室がざわざわとし始めるが、女性はそれらを無視して説明を始めようとした。
俺は持ってきたメモ帳とペンを取り出し――Aが俺を見てきた。
「メモは不要です」
「……?」
メモは不要とはどういう事かと考えたが。
誰でも出来る仕事ならば単純作業の部類か。
そう考えてすぐにメモ帳とペンを戻した。
「……では、業務の説明を始めます。先ず、皆さまに行っていただくことは――」
#
「「「……」」」
現在、俺はモップを持って――掃除をしていた。
業務の説明を受けて、目隠しをされてバスに乗せられた。
体感で1時間ほど経ち、到着したのは何処かの山の中にある旅館だった。
看板はなく、外観はボロボロであり人の気配はまるでしない。
それなりの広さであり、今回はこの施設の床掃除が業務らしい。
ただ掃除する訳じゃない。
幾つかのルールを守って業務を行う事になる。
先ず一つが私語厳禁、二つ目が床だけを見る事。
三つ目が何があっても持ち場を離れるな。
最後が職員が来るまで常に汚れを拭き続けるようにというものだ。
謎のルールだと思ったが、それが決まりなら守るだけだ。
それぞれが五名のグループを作って各場所で床掃除を行っている。
此処は何も物が無い木の板が敷き詰められただけの謎の部屋だ。
五人がいても窮屈に感じないほどには広い部屋で。
俺の他にも、男のヤンキーが二人に年配の男性が一人、気弱そうな少女が一人いる。
恐らく1時間ほど無心で床をモップで拭いているが……ヤンキーが舌を鳴らす。
「はぁ、だる」
「……! おい」
「大丈夫だって! 誰も見てねぇよ! たく、なぁにがルールだよ……なぁ、アンタらもそう思うだろう?」
「「「……」」」
「チッ、しかとかよ……にしても、ここは何だぁ?」
「知らねぇよ。床ばっか磨くなんて……あぁ落ちねぇ!」
ヤンキーたちはルールを無視している。
他の人間たちの表情は見えないが、空気からして……怯えているな。
ヤンキーは壁に背を預けて何かを取り出したようだ。
カチッという独特の音からして……煙草か。
「……はぁぁ……あぁ? 何だよ?」
「は? 何がぁ? ……いや、何言ってんだよ!」
「「……?」」
急にヤンキー二人の会話が噛み合わなくなった。
段々と語気が荒くなっている。
遂には苛立ち始めて、部屋の外に出ていってしまった。
俺は何とも思っていないが、他二人は手を止めていた。
「「ぎゃああああああ!!!」」
「「……!?」」
「……」
悲鳴だ。
鬼気迫る声だった。
何かあったようで……まぁいい。
二人は手をまた動かし始める。
が、ガチガチと歯を打ち鳴らす音が微かに聞こえる。
俺はゲームの事を考えて――
「隆! 隆! おーい!」
「……」
隆と叫んでいるおばさんの声……母さんだ。
隆は俺であり、母さんが俺を呼んでいた。
八咫烏の人から連絡を貰って来たと。
緊急の用件らしく、すぐに玄関の方に来いと言っている。
言い方も、独特なイントネーションも母さんのそれで……まぁいい。
「隆!! 隆ぃぃ!! ひぃ! な、何!? だ、誰かぁぁぁ!! いやぁぁぁ!!!」
「……」
母さんが襲われている。
鬼気迫る声だ。
助けに行きたい気持ちはある。
が、契約を結んで俺は働いている。
ルールは絶対だからこそ、母さんを助けには行けない。
俺は無心でモップで床を拭いて――カラカラとモップを落とす音がした。
「お、お母さん! 待って! 行かないで!!」
「……!?」
少女の声で、次の瞬間には部屋の外に飛び出していた。
そうして、少し待てば――絶叫。
「……っ」
「……」
確実にこの旅館には何かある。
危険な何かであり、罠のようなものが張り巡らされている。
残ったおじいさんは必死に声を押し殺していた。
俺は早く仕事を終えて家に帰りたいと考えて……ん?
「「……?」」
何か……焦げ臭い。
木が焼ける臭いで、部屋の中に白い煙が充満していく。
そして、パチパチと木が焼ける音が聞こえて来た。
部屋の中がどんどん熱くなっていく。
見れば、視界の端が赤く光っていた。
「……! 火事だ!! おい、アンタ! 逃げるぞ!!」
「……」
「おい! おいって! あぁくそ……俺は行くからな!!」
おじいさんが俺に声を掛けて来た。
が、俺はそれを無視して掃除をする。
おじいさんは諦めて部屋の外へと出ていってしまった。
暫く待つ……絶叫は聞こえない。
罠ではなかったのか。
だとすれば、これは本当に火事なのか。
逃げなければ焼け死ぬ。
そう思ったが…………まぁいい。
「……」
ルールは絶対だ。
契約を結んだ以上、持ち場を離れる事は許されない。
俺は無心で蒸し暑い空間で掃除を続ける。
拭いて、拭いて、拭いて――
#
「お疲れさまでした。此方、今回の報酬になります」
「ありがとうございます……失礼ですが、他の方々は?」
「……次回もよろしくお願いします」
契約時間を完了し、迎えに来た職員と共に外に出た。
外に出れば外は真っ暗で、俺と職員の方以外、誰もいなかった。
気になって聞いたが教えてはくれないようで……まぁいい。
渡された封筒の厚みはそれなりだ。
万札だとすれば……恐らく30万はあるだろう。
「帰りも目隠しをお願いします」
「分かりました」
封筒を鞄に入れる。
そうして、渡された目隠しをつける。
職員の方に手を引かれながら、俺は思った。
――これはいい仕事だ、と。