誰にでも出来る簡単な仕事(大嘘) 作:V3
深夜1時……何処かの山の中。
「「「……」」」
灰色の作業服を着た俺を含めた6人の男たち。
手には水が入ったポリタンクとそれに着脱が出来る手動式のハンドシャワー。
簡素なポリバケツに、専用の洗剤に専用のブラシなどの掃除道具を入れている。
リュックも背負っていて、中にはお供え用の酒などが入っている。
今日の仕事は……主に“掃除”だ。
祠の掃除であり、合計で30ある祠を6人で手分けして掃除していく。
Aさんからは業務内容などについて事前に説明されたが……他の5人は“先輩”らしい。
60代……いや、70代か?
傷だらけの顔をした人、狐のようなしゅっとした顔の人。
全員が目に光は無いが、焦点はあっている。
ボロボロの帽子を被っていたり、レンズが片方とれているメガネなど。
変わった風貌の人間だらけだ。
背は俺よりも小柄だが、纏うオーラが……普通とは違う気がする。
『今回は……そうですね。井上様は斎藤様とペアを組んでください。分からない事は彼にお聞きを』
「……」
Aさんが去った今、山の中には俺たちしかいない。
山道を歩いていき……分かれ道だ。
「……じゃ、俺たちはあっちだから」
「終わったら、“月光のビール”と“近字の焼き鳥”だからな斎藤さん……坊主も来るか?」
「……あぁ……お邪魔じゃなければ」
「うん、分かった。じゃ、またな」
「はい」
斎藤さんを除く他のメンバーが左右の道に分かれる。
ちらりと斎藤と呼ばれた男を見つめた。
彼の目は……恐らく見えていない。
目が白く濁っている。
明らかに業務にさしつかえるように感じたが……奇妙だな。
「行くぞ」
「あ、はい」
斎藤さんはそのまま真ん中の道を歩いていく。
ある程度は舗装されているとはいえ、明らかに石や木の枝が転がっている。
それなのに、一切、けつまずく事無く歩いている。
見えていない筈なのに、見えているかのような歩き方だった。
彼は俺の前を歩く。
明らかに、背中に視線を送っているが何も言わない。
寡黙な人なのか、それとも……まぁいいか。
今回の仕事は30ある祠の掃除で、俺たちはその内の10箇所を担当する。
ルールは勿論あって、今回のルールは5つだ。
1つ、30全ての祠を掃除しなければならない。
2つ、掃除する必要のない祠を掃除してはならない。
3つ、獣の声が聞こえれば必ず、地蔵に酒を一杯と米を備えなければならない。
4つ、“祟り獣”に見つかってはならない。
5つ、正しい道を歩め。
以上であり、祟り獣というのが気になった。
Aさんに質問すれば、穢れにより本来の力を失い血肉を喰らうようになった化け物らしい。
声によって人を惑わし、迷った人を襲い喰らうらしい。
獣の声はそのままの意味で、鳴き声が聞こえたら進むのをやめて周囲にある筈の地蔵へと供え物をする。
たったそれだけであり、後は斎藤さんと共に祠を10箇所掃除すればいいだけだ。
……掃除する必要のない祠は……まぁ見れば分かるらしいしな。
「「……」」
俺たちは無言で山道を歩いていく。
険しいというほどではないが坂ではある。
お年寄りには大変じゃないかとも思ったが……全然いけそうだな。
呼吸が乱れていない。
一定のペースで進んでいる。
まだ歩き始めたばかりというのもあるだろうが……若々しい、そんな気がする。
俺たちは歩く。
歩いて、歩いて、歩いて……気づけば、周りには濃い霧が立ち込めていた。
空気はひんやりとしている。
凍えるほどではないが、寒さを感じる。
山道には等間隔に石灯篭が置かれている。
その中には赤い火が灯っていた。
小さな光源であるが、それでも道しるべにはなっている。
それを頼りに進んでいき……斎藤さんが止まる。
どうしたのかと思っていれば、彼は前に指を差す。
「これだ」
「……はい」
前を見れば、祠らしきものがあった。
大きさは、俺の胸より少し下くらいまでだ。
木で出来ていて、中には何かが入っている気配がする。
黒い泥のようなもので汚れていた。
斎藤さんは早速、道具を地面に置いてから必要なものを取って掃除を始める。
俺も片側をやろうとして――
「中は開けるな」
「……はい」
中を開けるな、確かにそう言った。
理由を聞いても良かったが。
彼は一切此方を見ない。
恐らくは、無駄な事は聞くなと言いたいんだろう。
それならそれで構わない。
必要な事を聞けるだけで十分だった。
俺はそう思いながら、掃除を開始した――
#
あれから山道を歩き続けた。
坂を登ったり下りたりを繰り返していた。
時折、犬やら猫やら鳥やらの鳴き声が聞こえてきたが。
斎藤さんがすぐに気づいて、供え物の酒を慣れた手つきで準備していた。
やはり、Aさんの言っていた通り、ベテランなんだろう。
そう思いながら、俺は黙って彼の背を追いかけて――――“迷った”。
「……」
確かに、目と鼻先に彼はいた。
が、草の音が聞こえて一瞬だけ目をそらしてしまった。
すぐに視線を前に戻したが、彼の姿は消えていた。
完全に孤立してしまったようだ。
が、ルールを守っていれば問題はない筈だ。
供え物も、十分に持っていて、掃除用の水も沢山ある。
俺はそう考えて早速、石燈籠の光を頼りに道を進んでいった。
「……」
掃除が出来た祠の数は3つ。
その道中で、祟り獣とやらの声らしきものも聞いた。
少女の助けを求める声であったり、化け物に襲われる人間の叫び声だ。
前者は助けを求めているからこそ、そっちの方向には進まなかった。
そして、後者はこっちへ来るなと言っていたので逆にその方向へと進んだ。
そういったやり方には慣れている。
つまり、その声が言う事の反対をすればいい、それだけだ。
何も難しい事は無い、そう考えて――背筋がぞくりとした。
「……!」
俺は周囲を見る。
周囲には木ばかりが生い茂っていて何もない。
姿を隠せるものは何も――あった。
大きな木。
落雷か何かで黒焼け焦げて、折り重なるように倒れたそれら。
その隙間になら入れる。
そう思って、俺は急いで穴の方へと向かった。
少しだけ手で土を掘ってから、足を先に入れて中に入る。
背中のリュックや手に持った荷物を当てて音を出さないように気をつける。
その間も、何かが近づいてきている気配がする。
心臓の鼓動が早くなっているのがその証拠だ。
「……」
何とか隙間の中に体を隠した。
そうして、落ちている葉っぱなどをかき集めて隙間を覆い隠す。
少しだけ隙間を空けておき外を確認して――鈴の音が聞こえた。
しゃん、しゃん、しゃんと鳴っている。
歩いている音であり、道の先から何かが来ている。
一体何かと見ていて――それは姿を現した。
「――――」
全長4……いや、5メートルはある巨体。
体に巻き付かれた腐敗した紐。
辛うじて繋がっているだけのそれには無数の鈴がつけられていた。
元は白かったであろう着物はボロボロで、血や黒い泥によって赤黒く変色していた。
髪のようなものが地面まで伸びている。
その髪は人間とはかけ離れていて、無数の花が咲いていた。
血のように真っ赤な花……“彼岸花”だ。
顔は無い。
ぐずぐずに溶けている。
目も口も耳も鼻も、腐り果てて溶けてしまっていた。
鼻をつくような腐臭がここまで漂って来る。
何かを探すように、植物の根のような手を前に伸ばしている。
俺は息を潜めながらそれを見つめる。
「――――」
「……!」
化け物が足を止めた。
そうして、ゆっくりと此方を見て来る。
何かを考えていたが、足を動かして此方の方に向かってきた。
ゆっくり、ゆっくりと近づき……すぐ近くで止まる。
「……」
俺は静かにする。
呼吸音すらも極限まで小さくした。
心臓の鼓動だけが激しく鳴っていた。
化け物の息遣いだけが響き、俺はジッと――化け物が叫んだ。
瞬間、化け物の体からどす黒い何かが放出される。
俺は咄嗟に息を止めた。
が、肌に触れたそれが俺の体に鋭い痛みを生じさせる。
まるで、塩酸でもかけられたかのような焼けるような痛みだ。
しかし、その反面、体が氷のように冷たくなっていく。
「……」
それでも、俺はジッと息を潜めて耐える。
耐えて、耐えて、耐えて……化け物がようやく歩き出した。
しゃん、しゃん、しゃん。
鈴の音がどんどん遠ざかっていく。
背筋が凍るような感覚も薄れていき……いなくなったな。
俺はすぐに木々の隙間から這い出た。
そうして、黒い靄の中から出る。
作業服の袖捲り、体を確認すれば、薄っすらと黒いシミのようなものが出来ていた。
「……」
靄から出れば不調は収まった。
が、あまり何度もあれに触れるのは良くない気がする。
俺はアレには絶対に気をつけようと思いながら、再び道へと戻り進み始めた。
山の中をたった一人で進んでいく。
道中で祠を掃除し、獣の声が聞こえれば地蔵に酒を供えた。
鈴の音が聞こえて来れば、隠れ潜んで化け物をやり過ごした。
結果、掃除できた祠の数は……6箇所か。
斎藤さんの方はどれくらい進んだのか。
もし、既に終わっていれば……いや、それはないな。
終わっていれば、恐らくはこの霧も晴れる気がする。
作業が終わっているのに留めている必要は無いからだ。
だから、きっとまだ祠の掃除は続いていて……。
「にゃあーーーーー」
「……違う」
明らかに、猫の鳴き声を人間の男が真似ただけだ。
声は低く、野太かったからこそ分かった。
見れば、地蔵らしきものはあったが……俺はそのまま進んでいく。
進んで、進んで、進んで……見つけた。
祠だ。
汚れている……いや、黒く染まっているのか?
これは汚れじゃ……ない。
これ自体が、既に汚染されているように感じる……今までの祠とは見え方が異なっている。
歪な感じだ。
まるで、本来の祠とは別の目的で存在しているかのような――声が聞こえて来た。
「――い。おーい! 井上! いるなら返事をしろぉ!」
「……斎藤さん?」
明らかに斎藤さんの声だった。
呟くように言った彼の名前。
静かだったからか、彼の耳に届いたようで――
「祠はあるか? あるならさっさと掃除してくれ! こっちは最後の1つをやっておいた! それで仕事は終わりだ!」
「…………」
「……どうした? 何を考えてるんだ? 早くしろ! 俺は腹が減って――」
斎藤さん――ではない“何か”が喋っている。
彼ではない。
少ない交流でもはっきりと分かる。
俺は道の先へと進もうとし――鈴の音が聞こえた。
「……!」
「まずい! アイツだ! 隠れられる場所はあるか!? 何処でもいい! 隠れるんだ!」
斎藤さんの声をする何かが叫ぶ。
周囲を見れば、隠れられそうな場所は幾つかあった。
木々の隙間に、木の葉の山。
捨てられたドラム缶らしきもの。
隠れる事は出来る。
そして、斎藤さんの声を発する何かは偽物でも――化け物の気配だけは本物だ。
確実に危険が迫っている。
鈴の音がハッキリと聞こえてきていた。
考える時間はない。だからこそ――俺は鈴の音へと走る。
一か八か、外れていれば死ぬ。
死ねば全て終わりだが――それなら仕方がない。
「……」
俺は走る。
鈴の音はどんどん強くなっていく。
近づいている気配がしていて、心臓はどんどん高鳴っていく。
それでも俺は鈴の音がハッキリと聞こえる方向へと走って…………消えた?
「はぁはぁはぁはぁ……ふぅ」
どうやら、賭けに勝ったらしい。
あの偽物は隠れろと言っていた。
つまり、反対の事をするのなら隠れてはいけない。
が、確実にあの化け物はすぐ近くに迫っていた。
隠れてはいけない。
なら、化け物がいない方向に進むしかない。
あの声と音が人を惑わすものならば……そう思っただけだ。
俺は汗を拭う。
そうして、そのまま道の先へと進み……いた。
「……」
斎藤さんだ。
祠らしきものを掃除している。
背を向けていて俺に気づいていないのか。
そう思っていれば――彼は立ち上がる。
「……行くぞ」
「はい」
彼はそのまま道具を持って歩き出す。
間違いなく本物だ。そう思っていれば――彼が足を止めた。
「……アレと遭遇したか」
「……はい」
「……そうか……此処にいるって事はそういう事だな……行くぞ」
「……? はい」
彼は振り返らない。
何かを一瞬考えたようだったが。
すぐに歩みを再開した。
俺たちは何も語らう事無く歩いて行って――建物を発見した。
大きな神社のような建物。
鳥居らしきものを潜れば、石燈籠の火が青く変わる。
斎藤さんは真っすぐに進み、扉を開けて土足で中に入る。
ついていけば――無数の祠が鎮座していた。
「これは……斎藤さん?」
「……やってみろ」
斎藤さんは俺に道を開けてくれた。
やってみろとは、そういう意味だろう。
俺は神社の中に入り、無数の祠を見ていく……そうだな。
どれも、微妙に形が違う気がする。
中には全く同じに見えるものもあった。
だけど、大切なのはきっと……俺は奥の端にあった小さな祠の前で立ち止まる。
「これです」
「……そうか。なら、仕事だ」
「はい」
その祠は明らかに今までのものよりもみすぼらしく感じた。
作り自体も、まるで子供が作ったかのような荒さだった。
が、明らかに他の祠は綺麗な状態だった。
これだけが泥で汚れていた……ただ、それだけだ。
斎藤さんは疑問も否定もしない。
ただ肯定し、掃除を始めて………………終わった。
これで俺たちの仕事は終わったのか。
そんな事を考えていれば――鈴の音が聞こえた。
「……!」
「……行くぞ」
斎藤さんが片づけを終えて神社の外に向かう。
俺は道具を片付けてから、そのまま外に出て――“何かがいた”。
『――』
「……」
「……?」
白い着物に鮮やかな青い帯を巻く何か。
純白の紐に黄金色の鈴を三つつけた首飾りをしていた。
手は植物の蔓のようなものが伸びている。
着物の至るところから花が咲いていた。
頭部があるべき場所も、無数の花が咲き誇っている。
確認できるだけで……白をベースに赤い斑のついた薔薇に、黒い百合……。
異形であるが、恐れは感じない。
寧ろ、親しみや温かさすら感じるほどには穏やかな空気を感じる。
いるだけで空気が浄化されている、そんな感じだ。
柔らかく、全てを包み込むような……頭を下げた。
『――』
頭に音が聞こえる。
何を言っているのかは分からない。
が、何となく……お礼を言っているような気がした。
「……! これは」
体が淡い光を発し始めた。
まさかと思って袖を捲れば……シミが消えている?
いや、シミだけじゃない。
疲労感や少しあった倦怠感なども消えていた。
絶好調の状態に近い……贈り物の、ようなものか?
俺は袖を戻す。
そうして、俺自身も感謝を伝える為に頭を下げていた。
声は聞こえない。
伝わっているのかも分からない。
暫く頭を下げていれば、しゃんと鈴の音が一回だけ聞こえた。
ゆっくりと顔を上げれば……いない?
「……?」
消えていた。
そして、霧も晴れていた。
石燈籠の火も、何かが現れた時は青い火だったが……赤い火に戻っている。
ふと気になって振り返れば……ない。
神社が消えていた。
荒れ果てていて、残骸の山になっていた。
「……」
「……仕事は終わりだ。報酬を貰って……酒と飯だ」
「あ、はい」
斎藤さんは歩き出す。
今までと同じ不思議な仕事ではあったが。
何故か、今までのもののような強い狂気は感じなかった。
最後に現れた何かがあまりにも穏やかな空気を纏っていたからか……まぁいいか。
俺は斎藤さんの背を追いかける。
彼は無言であり、帰りもきっと何も喋らないんだろう。
別に、彼と特別仲良くなりたいとは思っていない。
が、この手のタイプは珍しく思う。
「……」
彼の背を見つめる。
俺よりも背が低くとも、その背はいやに――広く見えた。