誰にでも出来る簡単な仕事(大嘘) 作:V3
Aさんから報酬を貰った。
封筒を開ければ……500万円が入っていた。
山から“全員”で降りて、街へと戻り一番近い駅で下ろして貰った。
近くの公衆トイレで作業服を脱いで私服に着替えた。
作業服はくれるというのでバックに詰め込み先輩たちを待てば……中々に独創的な格好だった。
穴だらけの上着に、煤汚れた元は白かったであろうTシャツ。
ダメージ加工というにはあまりにも傷だらけのズボンを履いていた。
靴に至っても、ガムテープで補修した跡がある。
おまけに指抜きの軍手を全員がつけていて……まぁいいか。
「「「……」」」
男6人、報酬の袋を手に持ち――着席。
狭い屋台で肩を寄せ合いながらコの字のベンチに座り、さわやかな笑みを浮かべる店主に注文を伝えた。
屈強な体つきのお兄さんで、汗に塗れながら笑顔で焼き鳥を焼いていた。
炭がパチパチと焼けて、焼き鳥の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
全員が今日の報酬から金を抜き、焼き鳥を食べている。
“近字”という屋台店であり、変わっていると思ったのが人が来なさそうな深夜1時過ぎから営業している事だ。
もう既に3時になろうとしているが、店を畳むような気配はしない。
場所も場所であり、広い公園の真ん中あたりだ。
後ろには小さな噴水があり……変わってるな。
「……」
人通りが少ない。
民家が近くに無いのは良い事だが。
こんな場所で店を開いて客は来るのか。
少し心配にはなったが……まぁいいか。
「へい! お待ち!」
「どうも」
俺の分がようやく焼けた。
皿の上には、モモやネギマやぼんじりなどが並べられていた。
ちゃんとタレと塩を別々の皿で分けてくれている。
ありがたいと思いながら、俺は先ずモモ串を手にする。
熱々であり、ゆっくりと口に運び……美味い。
醤油ベースの甘めのタレがとてもいい。
ニンニクが利いていて後味も悪くなかった。
肉もほどよく柔らかくてジューシーだった。
これはご飯があれば進むだろう。
そう思って――斎藤さんが俺のコップにビールを注いでくれた。
「……飲め。奢りだ」
「ありがとうございます」
ビールが並々と注がれたコップを持つ。
酒は別に好きという訳じゃない。
前職では吐いても飲まされていたほどだからだ。
辞めてからはジュースかお茶くらいだったが……ゆっくりと口をつけた。
静かに飲んでいき……美味いな。
のど越しが良く、泡もクリーミーだ。
さっぱりとした苦みと上品な麦の甘みが心地いい。
よく冷えていて、暑い日にこれを飲めば気持ちが良いな。
チラリとビールの瓶を見れば……これが月光のビールとやらか。
俺は焼き鳥を食べる。
しっかりと咀嚼し、ビールを流し込む……うん、美味い。
俺が焼き鳥とビールを楽しんでいれば……視線を感じた。
顔を上げれば、先輩たちが俺を見ている。
ニヤニヤとしていて……何だろう?
斎藤さんを見れば、グラスを揺らしながらくすりと笑う。
「……お前、ちゃんと飯は食えるんだな」
「……? どういう意味ですか?」
斎藤さんの白く濁った瞳。
何も映っていない筈のそこには確かに俺が映っていた。
彼はビールの注がれたグラスに口をつける。
そうして、静かにグラスを置いてからくしゃりと笑う。
「いや……俺の経験上、仕事が出来ちまう奴ってのは……何かしら欠陥を抱えてるって相場が決まってんだ……だから、飯は真面に食えるんだなって思っただけだ」
「そう、なんですか? へぇ」
俺はビールを飲みながら流石は経験者だと思った。
すると、ボロボロの変わった帽子を被る先輩がくしゃりと笑う。
「そうそう。真面な奴じゃあんなの続けられないからさ! 俺なんてほら……頭、こんなんになっちまったからさ!」
「……おぉ」
先輩が帽子を取った。
すると、まるで虫でも這っているかのように皮膚の中を何かが蠢いていた。
俺は思わず声を出してしまった。
それは何かと聞いてしまったが、先輩曰く、これのお陰で記憶力は上がったらしい。
「田中ちゃんはまだマシだよぉ? 俺なんて今じゃ何食っても妙な味がすんだからさ!」
「妙な、味?」
「そうだよぉ? こんな美味いビールに焼き鳥もね? 美味い! って感じてるのに、味がねぇ……何とも言えないっていうか。想像を超えてるっつぅのか……舌もほら、べぇ……な? 正直、ブルっちまうよ! ま、慣れたら面白いけどな! ハハ!」
「……なるほど」
顔中傷だらけの先輩がべぇっと舌を見せてくれた。
その舌は不自然なほどに青くなっていた。
まるで、流れる血が変質しているように感じる。
「佐々木さぁん。そんな事言ったら近字君が怒るよぉ? ねぇ?」
「いえいえ、分かってますから! 気にしないでくださいよ!」
「ハハ、悪いねぇ。まぁ、此処の焼き鳥の味っつぅのはよぉくココと舌に染みてるからさ! ね?」
「はは、調子いいんだからなぁもう……あ、因みに俺は笹川っていうの! そっちのヘンテコメガネが岸辺さんね?」
「おいおい! 誰がへんてこだよ! おしゃれって言えって! なぁ? 坊主には分かるだろう?」
「あ、はい」
「「「ハハハハ!」」」
彼らは楽し気に酒を飲んでいた。
恐らくは、他の二人も何かしら体にあるのか……まぁいいか。
変わったボロボロの帽子を被っているのが田中さん。
顔中傷だらけなのが佐々木さん。
狐のようにしゅっとした顔の人が笹川さんで、レンズが片方とれているメガネをかけているのが岸辺さんだった。
賑やかな人たちだと思いつつ、俺は機嫌が良さそうな斎藤さんに質問する。
「……この仕事は長いんですか?」
「……30年か……最初の数年だけ真面目にやって、後は年に1,2回だけだがな」
「……そうですか」
30年のキャリアは凄いと思った。
最初の数年だけが本気でやったと言っても、その数年でも続けられた事は凄い。
俺は別にこの仕事を苦には感じずとも、多くの人間が業務を達成できずに消えたのは知っていた。
だからこそ、常人からすれば凄い事ではないかと最近になって思い始めていたが……。
「……お前は、何で……この仕事を始めたんだ」
「なるべく時間を掛けないで纏まったお金が欲しかったので」
「…………それだけか?」
「え? はい」
「「「はぁぁ……」」」
俺が即答すれば、黙って聞いていた四人が驚いたような声を出した。
斎藤さんも微妙な顔をしている……何で?
「……まぁどうでもいいが……別に、此処じゃなくてもいいんだろう?」
「……まぁ特に拘りはないです」
「なら、マシな仕事につけ……忠告だ」
「何でですか?」
「……お前、正気か?」
斎藤さんは少し困惑したような顔をした。
すると、田中さんたちが彼を宥める。
「まぁまぁ……井上君だったよね? 君は俺たちと比べたらまだまだ若いんだ。経歴に傷もないってんならちゃんと福利厚生のしっかりした仕事の方がいいんじゃないの?」
「そうだよ? 少なくとも、でかいリスクは無いんだからさ」
「……でも、短時間で効率よく稼げるので、はい」
「「「……はぁぁ」」」
四人ともため息か感心なのかも分からない声を出す。
その目は、まるで、こいつは本当に同じ人間かと訴えかけているようだった。
斎藤さんは焼き鳥を乱暴に食べた。
そうして、ビールを豪快に煽り――ドンとグラスを叩きつける。
「……金、か……やっぱり、お前も、どこか狂っているみてぇだな……向いてるよ。実際な」
「ありがとうございます」
「ただな。これだけは言っておいてやるよ……あまり、“客を喜ばせすぎるな”」
「……? どういう意味ですか?」
「そのままだ……客にだって心がある。今回みてぇに“真面目な客”ばっかじゃねぇって事だ」
「……あぁ……そうですね」
俺が納得したかのように呟けば、斎藤さんは鼻で笑う。
そうして、斎藤さんは自らの目を指さした。
「この目はな。仕事で失ったようなもんだ……そして、仕事で手に入れたとも言える」
「…………見えているんですか」
「あぁ、見えているさ。少なくとも、失う以前よりも鮮明に見えているよ……見たくないもんまで見えちまうがな」
斎藤さんは笑う。
俺はちらりと焼き鳥屋の店主を見る。
彼は俺たちの話が理解できないようで首を傾げていた……まぁ話している訳ないか。契約だし。
「……つまり、仕事を続けていれば……俺にも何かが起きると?」
「さぁな。そんな事は俺たちは知らねぇ……ただ、奴らは気に入った奴には印をつけたがる。いらねぇもんまで与えて来るだろうさ……お前はその時、断ることなんて出来ねぇよ。絶対にな」
「分かりました」
斎藤さんの忠告は確かに聞いた。
これから続けるのであれば肝に銘じよう。
そういう意味で分かったと伝えれば、斎藤さんは舌を鳴らす……何で?
「……まぁどうでもいいさ……死ぬのも生きるのも、てめぇの運命だ……俺たちだってな。元々、死ぬ事に恐怖なんか無かったが……今では、誰よりも死を恐れている」
「……だから、年に1,2回なんですか?」
「そうだよぉ。少なくとも、掃除に関しては俺たちがいなきゃ出来ないってんで重宝されてんだよぉ?」
「こう見えても愛されちまってるからねぇ。体は至って健康! 見た目よりも、肉体は若々しいぜぇ?」
「「「ハハハ!」」」
皆さんは健康でいられる事は嬉しいと言っていた。
俺は酒を飲みながら、皆さんを見つめる。
お客様をあまり喜ばせるな。
そして、この5人に起きたであろう体の変化。
俺にも起こっている事はあるが……今後、よりはっきりとした変化が起きるかもって事だな。
それが良い事に繋がるのか。
それとも、最悪な何かを招く事になるのか……まぁ、そうだな。
「……別に、いいか」
「「「……」」」
俺はぼそりと呟く。
田中さんたちからは視線を感じる。
が、怒りや侮蔑ではない。
憐れみでも無ければ……ただの関心か。
斎藤さんはもう俺には視線を向けない。
黙って焼き鳥を食べながらビールを飲んでいた。
俺もビールを飲み干して――斎藤さんが瓶を揺らす。
「……どうも」
「……」
グラスを持てば、彼は視線を向ける事なく注ぐ。
寡黙で、必要以上の事を喋らない人だが……落ち着くな。
他の方たちもそうだ。
妙な安心感を覚える人たちだと思った。
「あの」
「「「ん?」」」
全員が手を止めて俺に視線を向けて来る。
俺はゆっくりと端末をポケットから出した。
「ルイン……やってます?」
「………………何だ?」
「「「……?」」」
ルインをやっているかと聞けば、全員が首を傾げていた。
俺は静かに取り出した端末をポケットに戻す。
先輩方は何事もなかったかのようにビールを飲んでいた……世代ってやつか。