柳さんは無事に帰って来た。
何故か、鼻血をぼたぼたと垂らして帰ってきたが……まぁいいか。
マイケルを呼び、買い出しを頼めば。
マイケルの部屋にも地図とメモ書きが置かれていたらしい。
誰がどの部屋に入るのか分からない上に、役割もその場で決めたが。
何故か、それぞれの役割に相応しいものがそれぞれの部屋に……まぁいいか。
マイケルは緊張していたが、やる気を出して向かった。
地図を見せて貰ったが、何やらマークのようなものが書かれていた。
この道にこれがある方向に行けやら、これがあればこっちを通れなど……まるで、宝探しみたいだと思った。
『行ってきまぁす!』
覚悟を決めたマイケルを見送り、二人で待つ。
柳さんは不安げであったが、俺は特に心配はしていなかった。
恐らくは、問題ない筈だ。
暫く、時間が経ち……マイケルが帰って来た。
『お待たせしましたぁ!』
マイケルは箱を抱えていた。
白地であの不気味な男の顔がプリントされた箱だった。
マイケルに聞けば、その箱の中身は――リンゴらしい。
マイケルが言うには、店までの道のりはとても奇妙なものだったらしい。
目印らしきものはあったが、間違えそうに何度もなったようだ。
その上に、途中の道には不自然な崩落があったという。
渡るには今にも崩れ落ちそうな腐りかけの板の上を歩くしかないものもあったとか。
少し先を見れば頑丈そうな橋も掛かっていたが、目印は置いてなかったからこそ覚悟を決めたらしい。
地図のメモを信じて進んでいき……何とか店らしき場所に辿り着いたと教えてくれた。
店には誰一人として他の客はいなかったようだ。
広い店内には様々な果物が置かれていたらしいが。
メモにはリンゴを60個、買えと書かれていたらしい。
取り敢えず、60個入りのリンゴの箱が置かれていて。
念の為に、箱を開けて確認してリンゴであると判断し。
そのまま、レジに立っていたあの管理者の鍵男に支払いをどうすればいいか聞けば……何故か、マイケルの地図を受け取ったらしい。
地図と引き換えに、マイケルはリンゴを手に入れた。
帰りは大丈夫だったのかと聞けば、何故か、体が勝手に動いて……気づけば家の前に立っていたらしい。
それを聞き、恐らくは、柳さんとマイケルの役割は行くまでが業務の範疇なんだと理解した。
辿りつけば、それで業務は達成される。
だからこそ、二人は無事に帰って来られらた。
マイケルはあの鍵男が、このケースに入ったリンゴを――全て食べるように言っていたと教えてくれた。
『何でも……食べないと危ないっと言ってましたぁ……うーん?』
マイケルの言葉を聞いて柳さんは怯えていた。
が、それならば食べた方が良いと俺は確信した。
だからこそ、大きな皿を取って来てリンゴをそれぞれの皿に20個ずつ配る。
机を囲みながら全員が皿を見つめる。
俺はちらりとタイマーを確認する……止まっているな。
タイマーが止まっているのなら、10時間ではないんじゃないかと普通は考える。
12時間を超える業務は契約違反だ……が、恐らくは違う。
タイマーが止まっているというよりは、恐らく……時間、そのものが影響を受けている可能性がある。
明らかに、日本に存在しないような特異な場所。
冬のようにひんやりとした空気が流れていて。
動物の鳴き声も、元々いる筈の住人の気配すらしない。
今までも同じような体験はしていた。
しかし、確証を得られなかったが。
今、確信を持てた気がする。
恐らく、此処は俺たちがいるべき場所じゃない……異界、または別の世界……まぁ、どうでもいいけど。
時の流れ方は俺たちの世界のそれとは違うだろう。
恐らく、あのタイマーが止まっている限り。
現実世界でも、10時間を経過する事はない。
無限のように感じても、一秒すら経過していないのかもしれない。
「リンゴ20個って……皮付きで? 嘘でしょ……」
「うーん。やっぱり、ミーがアップルパイにでもしてぇ……あぁ、でもぉ……」
「……」
二人はリンゴに気を取られていてタイマーに気づいていない。
もしも、時が止まっていると知ればどうなるか。
間違いなく、混乱する可能性が高い。
そうなれば、確実にそれぞれの役割に支障が出る。
俺は少し考えて……黙っておくか。
「……そういえば……妙に、お腹が減ってきてない?」
「え? そうで……お、おぉ? 確かに、お腹も喉も、何だかぁ」
「……た、食べて、いいの、よね? い、いや、もう食べた方がぁ!」
柳さんは目を血走らせていた。
そうして、そのままリンゴを一つ手に取り――食べた。
「んん!! あまぁぁい!! はぁにぃこれぇ!!」
「え!? ど、どれ……っ!!? す、凄いデース!! こんなにスイートなリンゴは初めてデース!!」
「……へぇ」
二人はそのままバクバクとリンゴを食べていく。
まるで、何かに憑りつかれたかのように無心になって食べていた。
俺も体が勝手に動いてリンゴを一つ取り――齧る。
「……!!」
食べた瞬間に、脳内に電流が走った。
甘い、途轍もなく甘い。
まるで、上等な蜂蜜や果糖を混ぜ合わせたかのような……それでいて、全くしつこくない。
瑞々しくジューシーで、乾いた喉が潤う。
僅かだが、食欲も満たされて――足りない。
「美味しいデース!! 美味しいデース!! もっと、もっともっとぉぉ!!」
「はぐ! あぐ!! ぐぁん!! んんん!!! さいっこぉぉぉぉ!!」
「美味い……美味い……美味すぎる」
俺たちは大きなリンゴを次々と食べていく。
皿に山盛りだったリンゴはどんどん減っていく。
全く飽きが来ない。いや、どんどん欲しくなる。
俺たちは次々にリンゴを手に取り口へと運んでいく。
もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっと――――
――――リンゴを全て平らげた。
「ふぅぅ……満腹、デース」
「げっふ……太る……いや、果物はノーカウント……ふ、ふひ」
「……」
二人は満足そうにしていた。
タイマーを見れば相変わらず時間は止まったままだ。
突然、襲い掛かって来た飢餓感。
リンゴを食べれば自然と収まったが。
もしも、リンゴを手に入れる事が出来なかったらどうなっていたのか……まぁいいか。
後は、鐘とやらだけだが――聞こえる。
「おぉ?」
「な、何?」
「……鐘だ」
鐘の音だ。
重く頭に響くような音色だった。
俺たちはそれを聞いて、すぐにベッドへと向かう。
階段を上がっていき――突然、強い睡魔に襲われた。
全員が足元をふらつかせる。
が、ギリギリ意識を保てる程度だ。
俺たちは手すりにつかまりながら階段を上がっていった。
そうして、互いに声を掛け合うこともせず。
そのまま部屋に入り、ベッドの上に横たわる。
すると、更に強い睡魔に襲われて――――…………
…………――――意識が戻った。
「……」
目を開ける。
すると、部屋の天井だった。
ベッドから出る。
そうして、部屋から出れば――二人も出てきていた。
「せ、先輩!」
「い、いけたのね。よ、良かったぁ」
「……取り敢えず、下に行こうか」
俺たちはリビングへと向かう。
ソファーに座ってから、俺はチラリとタイマーを確認する……時間が進んでるな。
それも、一気に3時間ほど進んでいる。
合計で4時間ほど経過したという事で……不思議だな。
「……ね、ねぇ? 何か……き、聞こえない?」
「……争う声、悲鳴、お、怒ってます……どうしたんですかぁ?」
「……取り敢えず、この家からは出ない方がいいよ」
「「……?」」
二人は首を傾げる。
そろそろ、何かが来ると思って――外へと繋がる扉が激しくノックされた。
「「……!?」」
「静かにね」
俺は指を口にあてて静かにするように伝えた。
すると、部屋の前にいる何かがガチャガチャとノブを回していた。
が、鍵はしっかりと閉めているので問題はない。
「開けて!! 開けてよ!! お願い!! 何か食べるものを頂戴!! ねぇ!! ねぇってば!!」
「……せ、先輩……食べるものとは……冷蔵庫にあるんじゃ?」
「……そうだね」
謎の女はバンバンと扉を叩く。
今回のルールでは、10時間が経過しないと街から出られないが。
あぁやって自由に外を出歩くことは出来る。
が、外を出歩く行為は……恐らく、“無駄”であり“消費”でしかないと思った。
「お願い!! ねぇ!! ねぇってば!! 耐えられないの!! 死にそうなのぉぉ!! 他の二人はもお……」
「せ、先輩……食べ物くらいなら、分けてあげても」
「――意味がないと思うよ?」
「え? それはどういう――っ!?」
ドアから女の気配が消えた。
が、家の周りを走る音が聞こえて――バンと窓を叩く音が響く。
「いる。いるよね? いるんでしょ!! いるいるいるいるいるいるいる――出せェェェ!!!」
「「ひぃ!!?」」
「……あぁ」
曇りガラスだったが、女の体は赤く染まっていた……血かな。
考えられる事は異物を見つける事は出来たがゴミ捨てで失敗した。
ゴミがどうなるのかは分からないが……まぁ生きているのなら買い出しに進む筈だったのか。
が、明らかな外から聞こえる悲鳴を聞いて買い出しをする人間が行けなくなった。
結局、買い出しに行く前に飢餓に襲われて……“化け物”に、なったと。
「Daせぇぇぇeeeえええeee!!! dAsぇぇぇEEEeeeAAAああぁぁぁ!!!!」
「「ひぃ!?」」
化け物は窓を乱暴に叩き始める。
その度に手の形の真っ赤な跡が出来上がる。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――気が付けば家全体から叩く音が聞こえた。
全てのガラスに真っ赤な手の跡がつく。
まるで、何十人もが一斉に窓を叩いているようだった。
天窓も扉のドアも窓ガラスも全て――笑っていた。
ケタケタと笑い始める。
この世に存在する者の笑い方じゃない。
何処までも不気味で何処までも……まぁいいか。
「せせせせせ先輩!!! 窓!? 窓がぁぁぁ!!」
「ここここ壊されるんじゃぁぁぁ!!?」
「あぁ、まぁ……大丈夫じゃないかな? 分からないけど」
「「ひぃぃぃ!!!」」
二人は互いに抱きしめ合って涙を流す。
暫く窓を乱暴に叩いていた何かは――消えた。
「「……ぇ」」
文字通り、霧のように消えた。
気配もしなくなっている。
見れば、窓についていた筈の真っ赤な何かも無くなっていた。
脅威が去ったので安心したかと2人を見て……ん?
「……仲良いね」
「え!? あ!?」
「――っ!! 触るなぁぁぁ!!」
「ぶばああぁぁぁ!!!?」
顔面に強烈な右ストレートを喰らったマイケル。
彼は鼻血を出しながら伸びていた。
痛そうだと思いながらも、俺は次の業務が始まるまでゲームでもしようと――
「待ちなさいよぉぉぉぉ!!! おかしいいでしょぉぉ!!?」
「え、何が?」
「何がって!? あ、アンタね!? 頭おかしいんじゃないの!? ひ、人がぁ!! き、消えて!!」
「うん、消えたね。良かったね」
「……!! 嘘でしょ……真面なのは、私だけ!?」
「み、ミーも、デース」
マイケルは柳さんに服を掴まれて揺さぶられていた。
柳さんの金切り声にマイケルの助けを求める声を聞きながら――ゲームを起動する。
《キリングレェェェス!! 皆殺しぃぃぃ!! ひゃっはー!!》
「やめろ馬鹿ァァァ!!!」
「え?」
電源を連打されて強制終了させられた。
柳さんは必死になってヘッドバンギングを始めて……変わった人だなぁ。
「どうしてぇぇぇぇぇ私ばっかりこんな目にぃぃぃぃぃ!!! いやぁぁぁぁ!!!」
「み、ミーも涙が止まりませぇん。主に、頬の痛みと頭痛で……へ、へへ」
「……」
「ソフトを選ぶなぁぁぁぁ!!」
「え?」
柳さんは狂ったように叫ぶ。
マイケルは遠い目をしながら、女の人の名前を呟き始めた。
そんな二人を見ながら、俺は……コーヒーでも淹れてあげるか。
「コーヒー飲む人」
「「……」」
俺の声を聞いて二人がぴたりと動きを止めた。
そうして、すんとしながら手を上げる。
「ブラックで」
「……砂糖とミルクを沢山」
「はい」
俺は豆を取りに行く。
柳さんはテレビをつけてアニメを見て、マイケルは料理本の雑誌を見始めた。
やっぱり、コーヒーは人を落ち着かせる効果があるんだと俺は思いながら――
「……」
また1時間が経過した。
奇妙な合図が鳴り響き、俺たちはすぐに行動した。
3分が計られる中で、俺は異物を探す。
3つまでは見つけた。
が、最後の1つが見つからない。
時間は2分を経過していた。
が、特段――焦る事は無い。
「「「けけけけけけけけけけけけけ!!!!」」」
「……」
不気味な鳥たちの鳴き声が響く。
部屋のライトも不自然な赤い色で点滅し始めた。
不安を煽る声に光の連続。
チクタクチクタクと少女のような声も聞こえてきて……あぁ、声か。
先ほどから気になっていた。
声や音やら、部屋のあちこちから聞こえているが。
そういえば、あの謎の異物も声を発していた。
今までの仕事でも、視線を感じる事は多々あったが……そうだな。
「……」
俺は片手をあげる。
そうして、不気味な音が鳴り響く中で。
己の人差し指を徐に掴み――折った。
「――!」
「――動いたな」
一瞬だ。
ほんの一瞬、音や光が止んで――あるものが揺れた。
思えば視界にずっとあったそれ。
が、位置などは全く移動していなかった。
だからこそ、気にもかけていなかった。
その下には何も入らない、そう思い込んだ――テレビのリモコンを持ち上げる。
「――――♪」
「……これか」
テレビのリモコン。
その裏に貼られたぴったりの大きさのシール。
俺の認識では、どこかに何かを置いているものと思っていた。
もしくは、発見が可能なレベルで隠していると思っていた。
まさか、リモコンの裏にあるシールとは考えが及ばなかったが……まぁあり得る話ではあったな。
シールの端を摘まめば、面白いくらいに簡単に剥がれた。
剥がせば、不気味な男の叫び声が聞こえる。
俺はそれをそのままゴミ袋に投げ捨てて――音が鳴った。
《GOOD!》
「……よし」
これで俺の役割は終わった。
俺はゴミの口を縛ってから柳さんを呼びに行く。
部屋の前に立ちノックをすれば、すぐに出て来た。
その顔は不安そうではあったが、最初の時と違って迷いはなさそうだった。
「地図は?」
「あ、ある……それじゃ、行って……きます」
「うん、気を付けてね」
彼女は先に下へと降りる。
そうして、靴を履いてからそのまま扉を開けて外に出る。
……俺の考えが正しければ……この回で終わりだろう。
そんな事を考えて……誰かが外にいるな。
「「「――!! ――!?」」」
「……参加者か」
どうやら、業務をせずに外に出ているらしい。
柳さんの声が聞こえない事から……やっぱり、空間そのものが……まぁいいか。
雑誌を読もうとすればドアがノックされた。
そうして、若い男の声が聞こえる。
「おい! いるか!? いるなら返事をしてくれ! ……俺たちは街の外に行く! 此処はやばい気がする!! だから、もしもいるんだったらお前たちもさっさと此処から逃げろ! ……じゃあな! 伝えたからな!」
「……」
集団が歩き去る音が聞こえた。
どんどん音は小さくなって……行ったか。
戻るように言う事も出来たかもしれない。
ルールに違反する行為ではないからだ。
が、あの化け物の襲撃を考えれば外に出る事は控えた方が良い。
……まぁ今回の件を考えれば……ただの演出の可能性もある。
何となく、この仕事についての理解も出来始めている。
だからこそ、主に受ける仕事の大半が――ゲーム的な要素を含んでいると勝手に思っている。
「……」
俺としては非常に分かりやすい。
ルールがあって、それを守れば仕事が達成できる。
考える要素があろうとも、そんなものはどんな仕事でもある。
ハッキリとしているのは正解が用意されている事だ。
それさえあれば、どのようなリスクがあろうとも俺にはデメリットにならない。
達成できれば正当な報酬が貰える。
正解が用意されていて、100%の理不尽は存在しないんだ。
それだけで十分で……何で、他の人間たちは……。
「……まぁ……いいか」
俺は雑誌を読みながら、腹が鳴ったのを確認した。
今の柳さんならすぐに帰って来るだろう。
マイケルも問題はない筈だ。
俺は今日の仕事の達成で得られる報酬の事を考えて……いや……うん、そうしよう。
#
業務が終了し、アラームが鳴り響く。
二人共、疲れたような重い息を吐いていた。
俺たちはすぐに外に出て……他にも達成できた人間はいるみたいだった。
ぞろぞろと出て来る人たち。
最初の人数から大きく減ってはいるが。
恐らくは30人以上はいるように感じる……まぁいいか。
バスが停まっている場所まで戻った。
すると、Aさんを始めとするスタッフたちが待ち構えていた。
「皆さま、お疲れさまでした。お一人ずつに本日の報酬をお支払いさせて頂きます。どうぞ、スタッフの前にお並び下さい」
「「「……」」」
Aさんが拡声器を持って前に立つ。
その傍には屈強な体つきの黒服たち。
俺たちを除く達成者たちが死人のような顔で列を作り始めた。
俺たちも列に並び待つ。
待って、待って、待って…………報酬を受け取る。
「お疲れ様です」
「どうも」
列から退き、二人を待つ。
すると、二人もすぐに報酬を受け取って俺の方に走って来た。
喜んではいる。
が、恐怖がまだ抜けきっていない様子だった。
何か声を掛けた方が良いかと思ったが……まぁいいか。
俺は封筒から札束を抜く。
そうして、その場で素早く数えていった。
マイケルと……柳さん……よし。
「はい」
「「……え?」」
俺はマイケルに300万。
柳さんに100万を渡した。
すると、二人は目を瞬かせていた……何で?
「……! だ、駄目デース!! こ、これは、先輩が……受け取れませぇん!」
「わ、私だって……いや、欲しいけど……何を企んでんのぉ!?」
「……? 別に? ただ」
「「ただ?」」
俺は説明する。
マイケルへの300万は日頃、世話になっているお礼だと。
イチの事は勿論、俺を態々誘って遊びに連れて行ってくれる。
これからも迷惑をかける事は絶対にあるだろう。
だからこそ、お返しと今後の事を考えてこれくらい渡すのは当然の事だと考えた。
そして、柳さんへの100万はこの間に断りもなく着替えさせた事へと謝罪の気持ちだ。
本来であれば捕まっても文句は言えないが、これで手打ちにして欲しいという気持ちだった。
「……足りなかった?」
「――ち、違いまぁす!! 足りないんじゃなくてぇ!? そもそも、お礼なんて言うほどの事じゃぁ!?」
「わわわ私だってねぇ!? べべべ別に裸を見られるくらい……う、うぐ……ど、どうってこと……き、気にしてないからぁ!」
二人は顔を真っ赤にして首を高速で横に振る。
何をそんなに慌てているのかと思いつつ、まぁそれならそれで理解は出来ると思った。
「……あ、そう……でも、もう出しちゃったから……受け取ってくれない?」
「「う!?」」
俺は無言で二人に金を出す。
二人は目を泳がせながらもじもじと手を弄っていた。
俺は決して金を戻さない。
一度、渡すと言った金を戻す行為はしてはならない。
暫く、二人がもごもごしているのを見て……二人がゆっくりと金に触れた。
両手でしっかりと受け取る。
俺は金から手を離し静かに頷く。
二人は拝むように金を持っていた……大げさだな。
「……この御恩は一生忘れませぇん……必ず、絶対に……このお金は返しまぁす! ファミリーに誓って!」
「わ、私も! 絶対に……で、でも、何時になるかは分からないけど……それでも! 返すからぁ!」
「うん、分かった」
二人は何度も何度も頭を下げて来る。
俺は欠伸をして……あぁ、帰りは別か。
「……」
見れば、黒塗りの高級車が一台止まっていた。
その傍でAさんが俺に対してお辞儀をしている。
俺は二人をチラリと見てから手をあげる。
「じゃ」
「は、はいデース! あ、それと指は絶対に病院でぇ!」
「ま、またね……て、私まだルインの交換を!? ちょ!?」
後ろで何かを言っている。
が、疲れているのでそのままAさんの待つ車に乗り込む。
ぎゃぎゃあと騒いでいる声が聞こえるが、Aさんはそのまま運転席に乗りエンジンをつけた。
静かに車は走り出し、俺はモノクロのような世界を見つめる。
「……ん?」
ふと、自分で折った指に違和感を覚えた。
テーピングを解き、包帯も剥がしていき……あぁ。
痛みは消えていて、折れた筈のそれも元に戻っていた。
しかし、指にはいつの間にか小さなキーホルダーのようなものが巻き付いていた。
モノクロのキーホルダーであり、銀色のゴムのように柔らかい輪っかがついている。
それはあの不気味な男を模したキャラクターのものだ。
目を細めて弧を描くように笑っている。
嬉しそうであり、喜んでいて……俺も小さく笑った。