タクシーの運転手に料金を支払い……降りる。
「はい! 気を付けてね!」
「どう……おぉ」
「……?」
タクシーもドアを自動で閉める。
そうして、もの凄いスピードでバックしてそのまま去っていった。
マイケルは首を傾げてタクシーを見ていた。
イチを見れば、俺の事を見つめている……まぁいいか。
「えぇっと、確かぁ……こっちデース!」
「うん」
「わん!」
マイケルは地図を見ながら歩き出す。
今日はバイトは休みであり、俺が行こうと思っていた――“お祓いに来た”。
俺はすっかり忘れていたが、マイケルは俺の発言を覚えていたようで。
色々と探してくれた結果――“獄門寺”という場所に行く事にした。
獄門寺は長野県の山中に存在する寺だ。
どこの宗派かは書かれていなかったが、主に除霊などを行っているらしい。
悪縁を断ち良縁を結ぶ事も出来ると書かれていた……料金は高かったけど。
かなり人気のある寺のようで、クークルのレビューでも1万以上ついている中での満点だった。
逆に胡散臭い気もしたが……まぁどうでもいい。
ただ、マイケルは来る前に俺に確認して来た。
何でも、獄門寺には毎日何千人もの悩みある人間が訪れるという。
そんな人間たちは大体が強い悪霊に憑りつかれているらしい。
獄門寺にお祓いや除霊で行くのなら、相応の覚悟を持って行くべし……らしい。
つまり、何でもないのに来るなという事だ。
もしも、冷やかしなどで来れば逆にとんでもないものを貰ってしまうと。
脅しのように聞こえるが、普通に考えればあり得る事だ。
しかし、確実に何かは憑いてそうなのでそれは問題ないだろう……多分。
マイケルには無理についてこなくてもいいと言ったが。
マイケル自身も最近、妙に見られているような感覚があるらしい。
特段、不快感やストレスは感じないらしく。
寧ろ、見られていると思える事で忘れものに気づいたり。
視線によって出かける前に念入りに家のチェックをした結果。
乗る筈だったバスに遅れて、逆に事故に遭わずに済んだなどがあるらしい。
『悪霊ではないと思いますがぁ……調べて貰って! お礼を言いたいデース!』
律儀だと思った。
まぁそれならそれでいいかと考えた。
イチはまぁ置いていくのはどうかと思ったのと……妙に今日は離れてくれなかったからな。
何時もなら行儀がいいのに。
ホテルにも預けられないくらい暴れられた。
まるで、俺も連れて行けと言われているようで……うん。
全員で寺までの道を歩いていく。
木々が空を隠すほどに伸びていた。
道は舗装されているが、この先は車では通れないほどに細い。
くねくねと蛇のように曲がっていて、全員が黙々と足を進めて…………階段を見つけた。
「……おぉ」
「す、凄いデース」
「くぅん」
見上げるほどに長い石階段だった。
微かに門らしきものが見えるが小さい。
一体何段あるのかと考えて……まぁいいか。
俺は考えるくらいならさっさと上った方がいいと考えて上り始める。
マイケルも慌ててついてきて、全員で獄門寺を目指して――
#
「ひぃ、ひぃ、ひぃぃ……よ、ようやく、デース」
「……疲れたね」
「わん!」
「そ、そうは、見えない、デース……ふぅ」
鞄から水の入ったペットボトルを出す。
そうして、蓋を開けてイチに飲ませた。
マイケルは額の汗を拭いながらも獄門寺の立派な赤門を見つめていた。
綺麗な赤色であり、めちゃくちゃデカかった。
鬼のような顔つきの大きな像らしきものが左右で立っている。
まるで、地獄の極卒のようだと思った。
門の先を見れば、何やらわらわらと大勢の人間がいた。
恐らくは、アレらはお祓いなどでやって来た客だろう。
レビュー通り、軽く千人は超えてそうだった。
アレだけの人数のお祓いが終わるのを待つとなれば、一体、どれくらい時間が掛かるのか……まぁいいか。
「……ひ、人が多いという事は、そ、それだけ力のある方がいるという事デース!」
「うん、そうだね……でも……妙に、黒いものが……煤?」
「ん? 何の事ですかぁ?」
「ううぅ!」
門の先にいる大勢の人。
それらを覆うように黒い煤のようなものが舞い上がっているように見える。
それらはまるで、仕事の時に遭遇した化け物が出していたような……いや、それよりはまだマシか?
よく分からない。
が、人体に良いものでは無いだろう。
見ればイチも歯をむき出しにして威嚇している。
マイケルには見えて無さそうだが……まぁいいか。
何故かは分からないが。
あれらを見ても微塵も恐怖も不安も無い。
何度も仕事を達成した事で慣れたのか、それとも……まぁ、いい。
俺は一歩を踏み出す。
門を潜れば――水の雫が落ちるような音が聞こえた。
「……?」
何かに触れた気がした。
が、振り返っても何も無い。
マイケルは首を傾げていて、イチは俺を心配そうに見上げていた……気のせいかな。
俺はそのままマイケル達と共に人の群れに向かう。
近づいていくごとに、黒い煤のようなものがハッキリと見えて来た。
それらは形を成していて、人のように見えたが……化け物に近いな。
亡者のような声だった。
恨みつらみ、嘆きに哀しみ。
明らかに聞くだけで心が壊れそうな音を発していた。
それらは他のよくないものと共鳴しているようだった。
互いに傷つけ合い。
互いに殺し合い。
互いに恨みあい。
そんな負のサイクルが出来上がっていて――無数の視線を感じた。
「「「――――ッ!!!!!!」」」
「ん?」
黒い煤のようなそれらが俺を勢いよく見て来た。
そうして、不快な叫び声を上げながら――襲ってきた。
視界を覆いつくすほどの黒い煤のようなそれら。
吸い込むだけでよくない事が起きるそれらが迫りくる。
マイケルは気づいていない、イチは吠えていた。
俺はただ無数の悪霊のような何かの狂気的な顔を見つめて――瞬間、俺の体から何かが出て来た。
『――――』
清らかな音――鈴の音か。
一瞬だ。
一瞬だけ白い腕やら獣のような何かが出て来る。
樹木のようなものであったり、龍のような何かであったり何かの触手のような何かで――それらが怨霊たちを喰い尽くす。
その場にいた全てが一気に平らげられて行った。
数の暴力だったそれらが、瞬きの合間に消滅した。
目を瞬かせれば、全てが終わった後で……何だ?
「……」
俺は周囲を確認する。
すると、黒い煤のような何かは見えなくなくなっていた。
今まで死人のような顔でぶつぶつと何かを言っていた人たち。
ハッとしたように顔を上げたかと思えば、腕を回したり飛び跳ねたりして――喜び始めた。
「え!? あれ!? 何か……体が軽くなった!? 嘘!?」
「頭に響いていた声が消えてる!? も、もしかして、これが獄門寺の力!?」
「す、すげぇ!!! 今まであった体の痛みが消えてる!! こ、これで仕事が出来るぞ!!」
「「「うぉぉぉぉ!!!」」」
「……な、何が起きているんですかぁ? ふ、不思議なパワーが?」
「わん!」
「……さぁ?」
全員が歓声を上げる。
そうして、両手を擦り合わせて拝んでいた。
一人、また一人と寺を後にしていき…………俺たちだけになった。
やはり、先ほどまで見えていた黒い煤のようなものが悪霊なのか。
俺に対して襲いかかって来たそれらを謎の存在が蹴散らした。
恐ろしいほどの力の差で、俺自身、何が起きたのか理解できないが……まぁいいか。
「……行こうか」
「え、あぁ……はい!」
「わん!」
待たずに済んだと喜びながら本堂へと向かう。
扉はかたく閉ざされていたが、そろそろ開くんじゃないかと思って――扉が開き始めた。
ベストタイミングだった。
そう思って――武装した僧兵のような人たちがぞろぞろ出て来た。
「え!? え!? えぇぇぇ!?」
「わふ?」
「……?」
俺たちの周りを取り囲んだお坊さんたち。
その手には槍を持っていた。
全員がもの凄く警戒していて、俺へと視線を向けている。
何でだろうと思っていれば――本堂から何かが出て来た。
それは腰の曲がった老婆だった。
白装束であり、手には真っ赤に輝く数珠を握っていた。
札のようなものをつけた首飾りを下げている。
歯抜けであるが、その黒い目はしっかりと俺を見つめている。
老婆は手を震わせながら俺を指さす。
「お、お前ぇ……一体、何を――連れて来たぁ!?」
「……さぁ?」
「我らをたばかる気かぁぁ!!! 門を潜る前……いや、我らの領域に足を踏み入れた瞬間に感知した。途轍もない神気に、おぞましいほどの力ぁ……知らなかったでは済まされんぞ!!」
「知りませんでした」
「き、貴様ぁぁ!!! ……ひぃ!?」
老婆は一歩後ろに下がる。
その目は俺を見ているようで、別の何かを見ているようだった。
俺は振り返ったが……見えないな。
ただの背景であり、何もいない。
俺は怯える老婆に向き直る。
そうして、バッグから金の入った封筒を取り出した。
「すみません。仕事をお願いします」
「し、仕事!? な、何をさせる気で」
「――お祓いをお願いします」
「ひゃああああああああ!!!?」
「「「
お婆さんは腰を抜かす。
ガタガタと震えながら、両手で顔を擦っていた。
「わ、私に、し、死ねというのか?」
「言ってません」
「り、理解していないのか!? お前が結ばされた縁に!! お前に与えられた寵愛に!? 気づいていないのか!?」
「……あぁ……まぁ……はい」
「……っ! ふ、ふふ……お、面白い。なら、一つ、試してやろう……ついてこい」
「「……?」」
「……わふ」
緋沙子と呼ばれたお婆さんは立ち上がる。
やっとお祓いを引き受けてくれたのかと思ってついていく。
マイケルも慌ててついてきて、イチは何やら目を細めていた。
「「……」」
お婆さんに案内された場所には――小さな箱が置かれていた。
それっぽい赤黒い液体に塗れた何か。
ゲームでよく見るそれっぽい札が貼られていた。
部屋の周りを見れば、獣のような何かによって引っかかれた跡が壁や床中にある。
まるで、染みついているかのように赤黒い液体が飛び散っていた。
マイケルは少しだけ顔色を悪くしている。
イチは舌を出してにこにこと笑っていた。
「……これは?」
「く、くく、祓えとお前は私に言ったな……あぁ、祓ってやろう。我が寺に眠りし――“呪物”によってな」
「じゅ、ぶつ……何ですかぁそれ?」
「さぁ?」
「……わふ」
お婆さんは説明する。
目の前に存在する箱は遥か昔の時代に存在した怪異の一部を封じたものだと。
伝承では疫病を振りまき、数多の神職者を屠って来たと。
最早、通常の手段では調伏する事が叶わなくなったそれは祟り神に近い。
だからこそ、当代の6名の陰陽師たちによって封印の儀が行われた。
三日三晩の寝ずの儀式に怪異は封印されて、現在ではこの寺によって管理されている。
怪異は今も生きている。
そして、定期的に餌を欲しているらしい。
完全なる封印は叶わず、何十代も前から結ばれた契約によって定期的に――悪霊を喰わしているらしい。
悪霊以外にも、呪いなども喰うようだ。
お婆さんが言うには、拘りの強い存在のようで。
俺についている何かも、きっと満足するだろうと言って――部屋から出て行った。
ガチャリと鍵を閉められた音がした。
ガチャガチャと幾つもの錠を嵌めているようだった……え?
「お前についた何かが、どれほどのものかは私でさえも分からん……が、それに眠りし存在は正に上位の存在。生半可な神霊では、喰われて終わりよ……く、くくく」
「……何で閉じ込めたんですか?」
「何故って? それは勿論――此方に被害が及ばないようにさ!」
「「……」」
「くぅん」
お婆さんはケラケラと笑っている。
死ぬ事は無いと言っている。
食べるものは決まっていて、今では人間を喰らう事はしないと。
ただ、神職者は例外らしい。
だからこそ、終わるまでは外で結界を張って待っている言った……あぁ。
「さぁ!! 封を一時的に緩めるぞ!! 今回はサービスしてやる!! 金はいらないよ!!」
「こ、怖いデース……でも、ちょっとワクワクしてまぁす!」
「わん!」
「……まぁいいか」
俺は呪物とやらに視線を向ける。
すると、お経のようなものが聞こえ始めた。
瞬間、箱がカタカタと揺れ始める。
中から黒い何かが噴き出していて、マイケルはごくりと喉を鳴らし――箱が開かれた。
『――――』
「ひぃ!」
「……わふ」
何かが出て来た。
巨大な手をしていて、目は黄色く光りギラギラとしている。
涎をだらだらと垂らしていて、途轍もない腐臭を放っていた。
鼻が曲がりそうであり、それはビキビキと顔の肉を裂きながら無理矢理に笑う。
全身が灰色の毛で覆われているのか。
赤黒く変色した鋭利な爪の生えた腕を俺へと伸ばし――鈴の音が聞こえた。
『――――』
見えない……が、何かが立っていた。
現れた化け物を取り囲むように立っている。
天から見下ろしているかのように静かで。
一言も発する事無く、ただジッと化け物を見つめていた。
瞬間、化け物はびくりと体を動かし――笑みが消えていった。
ぎょろぎょろと目玉を動かしている。
先ほどまで放っていた殺気や黒い何かが収まっていく。
伸ばしていた手は小刻みに震えていた。
周りの存在たちはただジッと化け物を見下ろしていた。
化け物は、時を戻すかのように箱に入っていく。
ミチミチという肉の音が響き、真っ赤な鮮血が飛び散る。
化け物は痛々しい悲鳴を上げていて、周りを囲んでいた何かが箱をジッと見つめていた。
化け物が無理矢理に箱に戻される
開いていたそれが勝手に閉じられた。
そうして、破られた札が元に戻り――最初には貼られていなかった血のように真っ赤な札も貼られた。
瞬間、心が震えるほどの威圧感は綺麗さっぱり消えた。
淀んでいたように感じていた空気も……まぁいいか。
「……なんて書いてるんだ?」
「おぉ、マジックでぇす!」
「……わん!」
新たに貼られた札に何と書いているのが読めない。
日本語のようでまるで違う文字だった。
俺はそれをジッと見つめて――バキリと何かが壊れる音がした。
「「「緋沙子様!?」」」
「……ん?」
何だろうと思って扉の方を見る。
すると、扉が勝手に開いていった。
帰っていいのかと思って扉を潜る。
すると、お坊さんたちに抱き抱えられながら白目で泡を吹くお婆さんがいた。
彼女はカタカタと体を震わせて――にぃぃっと笑った。
「お祓い、出来た――もう、大丈夫――幸せ、問題、ない」
「……そうですか。ありがとうございました」
「もう、来ないで、ね――必要、ない、から、ね――は、はは」
「……し、白目を剥きながら喋っていまぁす……That's so spooky!」
「……わん!」
お婆さんは白目で泡を吹きながら笑う。
お坊さんたちはお婆さんに何かがついていると叫び――目から血を流して倒れた。
「ぐ、あああぁぁ――さよう、なら」
「お元気、で――は、はは」
「「「はは、はは、は、は、はは」」」
お坊さんたちは立ち上がる。
そうして目から血を流しながら笑って手を振る。
マイケルは目に涙を浮かべながらガタガタと震えていた。
イチは嬉しそうに目を細めて笑っている……まぁいいか。
俺は頭を下げる。
そうして、帰っていく。
マイケルが怯えているが……。
「……お腹空いたね……何食べる?」
「え!? あ、あの……そ、そば」
「うん。じゃ、そばにしようか……イチは?」
「わん!」
「ビーフジャーキーかな……分かった」
「え、え、え、え、え?」
俺はポケットから端末を出す。
そうして、帰りのタクシーを手配した。
寺の外に出て歩いていき門から出て――ばきりと音がした。
見れば、鬼のような顔をした像に亀裂が走っていた。
「こ、これは……た、祟り?」
「……経年劣化かな」
「わん!」
もう来る事はない。
だからこそ、別にどうでもいいと階段を降りていく。
来た時と違って、やけに空気が美味しく感じる。
足取りも羽のように軽い気がした。
これもお祓いの効果かと思って――端末が震える。
「……」
端末を出して確認した。
すると、メッセージが一件入っていた。
《――タノ、シ、カッ、タ?――》
「……」
返事はしない。
俺たちを見ている何かからのメッセージだ。
別に返事をせずとも――“全て知られる事”だ。