今日も……仕事だ。
「……?」
「「「……っ」」」
午後11時過ぎ、参加者は俺を含めて――20人。
バスに揺られてやってきた場所。
何処かの港にある倉庫であり、Aさんもそこで待機していた。
先ほど説明は受けたが……妙に今回の参加者たちは顔色が悪い。
「「「……」」」
「……」
後ろを振り返る。
すると、妙な連中が立っていた。
色の統一感は無いがきっちりとしたスーツに高そうなコートを羽織った男達。
八咫烏の職員ではなさそうで、マスクなどはしていなかった。
マフィアのような強面ばかりであり、リーダーらしきオールバックの壮年の男は煙草を吸っていた。
異様な空気だ。
彼らは何者なのか。
そもそも、人間らしさがまるで感じられないが……どうでもいいか。
まだ、何も始まっていないのに怯えている参加者たち。
何故なのかは分からないが……まぁいい。
見たところ、浮世離れしたような人間と思えた。
清潔感が無かったり、目が濁っていたり。
ぶつぶつと文句のようなものを垂れ流している人間もいた。
まるで、“無理矢理に参加させられた”ような人たちだと思ったが……まぁいいか。
Aさんは腕時計を見ていた。
そして、後ろに控える人間たちを見てから――パンと手を叩く。
「それでは皆様――業務を開始してください」
「はい」
「「「……!」」」
俺以外の人間たちは返事もせずに走り出す。
必要なものは持って行ったのでまぁ大丈夫だろうとは思うが……まぁ、いいか。
俺も倉庫を出ていこうとした。
手にした地図と胸ポケットに入れたペン。
背中には四角く妙な感触のしたリュックを背負っていた。
背中越しに少しひんやりとしている気がする。
お客様に渡す荷物が入っているようで、今回の仕事は――荷物を運ぶだけだ。
制限時間は5時間。
それまでに地図に書かれた場所まで荷物を運ばなければならない。
距離にすればおよそ15キロほどで……まぁ何も無ければ徒歩でも余裕で着くだろうな。
スーツの男達は道を開けていた。
無表情であり、闇のような光の無い目で俺をジッと見ていた。
俺はそのまま彼らの前を通り過ぎて――
「――良い一日を」
「……どうも」
リーダーらしき男が声を掛けて来た。
チラリと見れば、くしゃりと顔を歪めて笑っていた。
笑っているだけなのに、ひどく不気味に見えるのは何故か。
まるで、俺の心を見透かしているようで……まぁいいか。
俺はそのまま倉庫を出る。
すると、シャッターは自動で閉まっていった。
振り返れば――“スーツの男達が消えていた”。
「……」
Aさんは深々とお辞儀をしている。
俺はそれを一瞥してから歩き出す。
ただ荷物を運ぶだけ、それだけの仕事。
まぁ何かしらはある気がする。
俺はそんな事を考えながら、霧の濃い闇夜の港を歩いて行った――
「……」
少し歩く速度を上げて歩き続けて……およそ30分ほどか。
支給された時計で時刻を確認しながら、俺は渡された地図を常に確認する。
今回の仕事においては、彼方から指定されたルートは無い。
おのおのが地図を頼りに、目標地点を目指していくことになる。
それぞれが自由なルート進んでいるだろうが、俺は最短距離で向かっていた。
今回の仕事にもルールが存在する。
1つ、支給されたポケベルが鳴れば“19106”とメッセージを送らなければならない。
2つ、何が起きても絶対に荷物を捨てて仕事を放棄してはならない。
3つ、時間内に目標地点に辿り着いていなければならない。
4つ、車やバイクなどの乗り物を使ってはならない。
以上だが……Aさんが妙な事を言っていた。
『何が起きても、諦めてはいけません……そう、何があっても……そうすれば、必ず……』
「……」
その言葉の意味は分からない。
が、諦めない事は仕事でもゲームでも基本中の基本だ。
Aさんの忠告はしっかりと胸に留めておくが……ポケベルが鳴る。
「……」
ポケットから出す。
そうして、ボタンを押して――番号を送る。
《――♪》
何かのメロディーが流れた。
そうして、視界が――ブレる。
「……っ」
体がふらついて、頭を押さえた。
一瞬の不調だった。
が、すぐに元に戻る……まぁいい。
ポケベルを戻し、再び進む。
空気が冷たく、人の声は聞こえない。
霧が出ていて、細い道に点々とある街灯の灯だけが頼りだ。
パチパチと光が点滅し、虫の鳴き声がひどく不気味に聞こえた。
コンクリートの壁に囲まれた道を俺は黙って進む。
ポケット越しにポケベルに触れる。
今回の仕事においてこれは重要になるんだろうと思う。
地図にはメッセージ用の番号はメモされている。
送る時に忘れても問題はない。
今回もちゃんとルールが存在するので問題はない筈だ。
……このペースで行けば、3時間以内は確実だな。
俺はそんな事を考えて……“3つの橋”が現れた。
「……」
赤い橋、青い橋、黄色い橋。
形は同じで長さも……同じだろうか。
霧が濃くなって先は見えないが、それなりに長さはあるのか。
街頭に薄っすらと照らされたそれらはこの街の異物のように俺の目には映った。
明らかに街の景観に合わない橋。
名前も無ければ、記憶にも無い不気味な人工物だ。
ゆっくりと近づいて、下を見る……真っ赤な水だ。
血のように真っ赤であり、泡のようなものが出ては消えてを繰り返している。
臭いはしないものの、明らかに長く見ていて気分の良くなるものじゃない。
妙な橋に不気味な色をした水の流れる川。
得体のしれない違和であり、悪夢のような光景だと感じた。
泳いでいくのは論外だ。
真面な水ではないからこそやめておいた方が良い。
橋を渡らずに向こうへと行く方法も現時点ではないように思える。
横へ逸れても、何処かで向こうへと渡れる保証はないからだ。
明らかに此方に三つの選択肢を与えてきている。
まるで、選ぶ事に意味があると言いたげで……。
「…………」
俺は少し考えた。
周りを見てヒントがあるのかと思った。
が、それらしきものは一切ない。
「……あぁ……なら――いいのか」
ヒントは無い、ルールにも書かれていない。
だが、Aさんは諦めるなと言っていた。
それはほぼルールと同じだと俺は感じた。
だからこそ、今回の仕事について“一つ仮説”を立てた。
実際にそうであるかは分からない。
仮説が外れていれば、確実に俺は此処でゲームオーバーだ。
が、明らかにこの橋を渡った方がいいと何かが告げている気がする。
回り道をしたとすれば、時間的な余裕がなくなるかもしれない。
明らかな選択肢を選ばなければ、どうなるのかは未知数だ。
それならば、実際に――“行ってみればいいだけだ”。
俺は足を進める。
そうして、何の迷いもなく――“青い橋を渡る”。
歩いて、歩いて――“橋からバキバキと音が鳴る”。
「……!」
俺は走ろうとした。
が、橋は一瞬で崩落した。
ガラガラと橋が崩れていった。
俺は必死に手を伸ばす。
しかし、薄っすらと見える先へは届かない。
浮遊感、そして体がぞわりとした。
体が凍り付き、恐怖がわっと沸き上がる。
そうして、空に浮かぶ赤い月を見つめながら、そのまま血のように真っ赤な川へと――落ちた。
「――!」
冷たい――想像よりもかなり。
手足を動かす。
すぐに水面へと上がろうとした。
手を伸ばして――何かに足を掴まれた。
ガガガと無数の手が俺の体を掴む。
掴まれた箇所が一気に凍っていくような感覚を覚えた。
そうして、ものすごい勢いで水底へと引きずり込まれていく。
「……!」
息が出来ない――苦しい。
必死にもがく。
が、抵抗力が冷たさによって薄れていく。
意識が朦朧とし、心臓が激しく鼓動する。
無数の笑い声に、無数の視線。
痛みに、冷たさ――恐怖。
我慢できずに――口を開いた。
瞬間、赤い水が体の中に入っていく。
体が侵食されて行くような感覚。
途轍もない不快感だ。
呼吸は出来ず、ただただ苦しみを感じ続ける。
「――――…………」
苦しい、苦しい、苦しい苦しい――
苦しい苦しい苦し苦し苦し苦し――――
苦苦苦苦苦苦苦苦苦苦苦苦――――――………………
…………――――目を開く。
「……」
周りを見れば……やっぱりだ。
橋の手前くらいか。
ポケベルでメッセージを送ったところだ。
時計を確認すれば……時間が戻っている。
仮説は正しかった。
荷物や地図も持っていて、ポケベルでメッセージを送った状態と全く同じだ。
今回の仕事は……“面白い”、かもしれない。
俺は僅かに口角が上がったのを感じた。
そうして、そのまま橋へと向かう。
「……?」
青い橋は元に戻っていた。
が、水面を見れば……浮いている。
服装も背格好も同じだ。
全て――“俺と同じ”だ。
アレは本物なのか。
それとも……まぁいいか。
俺は残った二つの橋を観察する。
赤い橋と黄色い橋で――俺は赤い橋に向かう。
すたすたと歩いていき…………渡れたな。
どうやら、赤い橋が正解だったようだ。
俺は地図を確認し、そのまま真っすぐに進んでいく。
改めて周りを見る。
すると、少しだけ街並みが……異様に感じた。
先ほどまでの普通の街並みから一変し。
まるで、昭和の時代のような街並みになっていた。
古めかしい木造の建物や時代遅れのポスター。
すれ違う人間の服装や髪形もどこか……。
「「「――!」」」
「……」
彼らには俺が見えていないようだった。
まるで、幽霊にでもなったような気分だ。
不思議だと感じながらも、俺はそのまま進んでいき……ん?
ゆっくりと足を止めた。
すると、普通の街には存在しないような――巨大な壁が立ちふさがっていた。
コンクリート製であり、その高さは軽く30メートルはありそうだった。
扉らしきものはなく、横にずっと続いていた。
先へと進まなければいけないのに、どうやって進めばいいのか。
俺は周りを見て――足元を何かが通っていく。
思わず視線を向ければ……鼠か。
鼠は一瞬、俺の顔を確認する。
真っ赤な目がジッと見ていた。
そうして、“空いていた穴の中”へと入っていった。
見れば、それは下水道へと繋がるマンホールの穴だった。
簡易的な立ち入り禁止の柵は立てていたが。
俺が入る為に開けたかのように柵の一部がのけられていた。
俺は地図をもう一度確認する。
すると、地図の形が変わっていき……下水道の道か?
何故か、今度は下水道の道が示された。
つまり、此処を通れという事だろう。
俺は少し考えて――穴へと向かう。
「……」
梯子に足をかけて、下へと降りていく。
梯子は少し湿っていて、下へ降りるほどに臭いがしてきた。
生活排水の臭いだが……まぁ問題はない。
そのまま、下へと降りる。
暗い。先が見えないほどの闇が広がっていた。
不気味な音が響いていて、ひどい臭いもしていた。
「……?」
足に何かがあたった。
下を見れば……何故か足元には“ライト付きのヘルメット”が落ちていた。
手に取ってから、俺はそれを頭に装着しライトをつける。
少しだけ周りが見えるようになり、俺はまたしても口角を上げた。
「……と」
また、ポケベルが鳴る。
俺はすぐにメッセージを送る。
メロディーが鳴り響き、俺はそれを戻した……よし。
地図を確認し、向かうべき方向へと向かう。
何と無しに地図を見ていたが……妙なものが見えていた。
赤いマークのような何かが地図を見る度に見えていた。
それはまるで、現在地を示しているかのようだった。
これも、今回の仕事でつかえる“アイテム”……いや、“機能”のようなものなのか。
「……便利だな」
俺はそんな事を考えながら進んでいく。
横を見れば、緑色の汚水のようなものが流れていた。
空き缶や瓶に、煙草にレジ袋。
何故か、小動物の死骸や……人らしきものも流れていっている。
色々なものが混ざり合ったかのような悪臭だ。
こんなところに専用のマスクもせずに長時間もいれば、普通は死んでいる筈だが……まぁいいか。
水のじゃばじゃばと流れる音、蝙蝠の鳴き声。
かさかさと虫が這う音に鼠の鳴き声。
臭いも相まって常人であれば逃げ出すような不快度だ。
中々に、それっぽい場所だと思って……道だ。
「……」
真っすぐに続いている道。
そして、斜め横へと続いている新たな道。
後は、上から光がさしていて梯子があった。
選択肢だ。
ヒントも無い、ほぼ運が試されるようなものだ。
ポケベルが鳴り、俺はメッセージを送る……セーブだ。
「……ふふ」
楽しい。
何故か、笑みが零れる。
理不尽なように見えて、正解が用意されている。
死ぬような体験をしても、セーブがあれば問題ない。
そうだ。
これは、俺が大好きな――“ゲーム”だ。