生暖かい風が流れる。
汚物や腐った肉の臭いが混ざり合い、鼻を通して脳を腐らせていくように感じる。
吐き気はある。が、不思議と頭痛などはない。
ただ不快に感じるだけで、体は至って健康だ。
下水道の中を進んでいく。
細く狭い道であり、身を屈めて慎重に進んでいった。
ヘルメットのライトで先を照らすが、見えないほどには道が続いていた。
アレから何度も選択し、何度もコンティニューを繰り返し……45回目か。
無数のゴキブリに襲われて――死んだ。
無数の鼠に体の内側と外側を喰われて――死んだ。
死んで、死んで、死んで死んで死んで……およそ1時間30分ほど。
死を何度も体験し、その度にセーブをしたポイントへと戻る。
地図にはその度にメモを書き込み、最適な行動を考えて進む。
絶対に進めない道を記録し、可能性のある道を示す。
トライ&エラーであり、慣れればこのスリルが楽しくなってくる。
また選択をした。
今度は、5つの土管から選択し進んでいる。
既に4回失敗していて、残された選択は1つだけだった。
これで先へ進める、そう思う一方で……妙な胸騒ぎも感じていた。
「……」
ライトで先を照らしながら進む。
真っ暗闇であり、風の音が人のうめき声のように聞こえる。
不気味な音が心に恐怖を沸き上がらせていく。
心臓の鼓動が少しずつ早まっていき、俺はたらりと汗を流す。
地図を確認すれば、そろそろ先に進める頃で――音が聞こえた。
「……!」
ガタガタガタという音。
土管を叩くような音で、それが此方に近づいて来ていて――引き返す。
確実に選択を誤った。
此処も失敗だ。
間に合うかは分からないが俺は来た道を引き返していく。
その間も、土管を叩く音はどんどん近づいてきていた。
汗が噴き出す。
心臓の鼓動がハッキリと聞こえるほどに鳴っていた。
俺は屈んだ姿勢から四つん這いとなり這っていって――振り返る。
「―――ッ!」
「――ぁ」
振り返った瞬間に――見えた。
全身が元は白かったであろう毛に覆われていた。
が、ヘドロのようなもので汚れていた。
真っ赤に輝く目はぎょろぎょろと動いていた。
口は花のように開いていて、触手のようなものが伸びていた。
四つの手とも足とも言えるものを動かして素早い動きで接近してきていた。
金属同士を擦り合わせるような奇怪な声を上げながらそれは真っすぐに向かって来る。
間に合わない。
確実に捕まる。
そう思ったからこそ――止まる。
瞬間、そいつは俺を四つの器官で拘束する。
至近距離で大きく口を開けた化け物の顔が迫る。
奴はだらだらと涎を垂らしていて、それが顔にかかれば激しい痛みに襲われた。
じゅぅっと音が鳴り、皮膚がただれていく。
強い痛みと熱であり、奴はカタカタと顔を揺らして、そのまま無数の触手を俺の顔に――――…………
…………――――目を開く。
周りを見れば――死体が転がっていた。
バラバラになっている死体。
穴だらけで何かの液体に塗れた死体。
ゲル状になっている死体らしきもの。
様々な俺の姿を死体が転がっていた。
その中に、顔が判別できないほどにぐちゃぐちゃになった死体が増えていた。
俺はすぐに地図に書き込む。
全ての土管が不正解だった、と。
「……」
此処以外に、通れる道はない。
他に選択肢らしきものはなかった。
戻るという選択肢もあるが……それはない。
答えを二つも用意して、その一つの先にダミーを仕掛ける手法は取らないと思えた。
それをしてしまえば、この時間が無駄になる。
ゲームとしての難易度も跳ね上がってしまう。
そもそも、セーブをさせたのであれば、恐らくはこの近くに……ん?
俺は一部の壁に目を向ける。
その部分だけが新しく塗ったかのように綺麗だった。
他は変色していたり汚れているが……近寄って触れる。
「……これは……脆いな」
コンクリートじゃない。
まるで、砂のような感触だった。
指を押し込めば、簡単に穴が空いた。
そうして、指を抜けばそこを起点として壁の一部が崩壊し――新しい通り道が出来た。
地図を確認すれば……なるほど。
新たなルートが開拓された。
不自然に別のルートと隣接していたとは思っていたが……隠しルートか。
「……ふふ」
面白い。
本当にゲームのようだった。
俺は穴の中を通っていく。
中を潜って、暫く進んで…………別の空間に出た。
「……此処は」
無数の――檻。
15メートルはあるコンクリートの壁。
等間隔に作られた檻。
薄暗い空間であり、冷凍庫のように冷えている。
まるで、監獄だ。
しかし、これほどまでに異質な監獄は見たことが無い。
檻には扉が無く、鍵らしきものもない。
それどころか、上の方の檻には通路も無ければ梯子も掛かっていない。
一度入れたら、二度と出す事はない。
永遠に入れておく為だけに作られた、そういう感じだ……まぁいいか。
「……」
薄っすらと見える檻たち。
それらを観察しながら先へと進んでいく。
中には誰かが入っている。
囚人の服を着ていて、ぶつぶつと何かを言っていて――がしゃりと音がした。
「出してくれぇぇぇ! 出せぇぇぇ!!」
「……あぁ」
檻を掴んで出せと叫んでいる男。
それは今回の仕事の参加者の一人だった。
間違いはない。確実に参加者の一人で……俺が見えていないのか?
虚ろな目をしていた。
焦点があっておらず、ただ出せとずっと叫んでいた。
足を止めてよく見れば……近くに看板が立っていた。
警戒しながら近づいて見れば……罪か。
【虐め・自殺教唆・誹謗中傷――】
「出せェェェェ!!!」
男は必死に出せと叫ぶ。
が、俺はそれを無視した。
段々と声が増えていく。
気になって一人一人を確認していけば……参加者たちだ。
それぞれの牢屋の前に看板が立っていた。
そこには一枚の紙が貼られていて、罪と明記されたそこには……囚われた理由に納得がいくようなことが書かれていた。
未成年への暴行に犯罪グループへの勧誘。
薬物売買に集団リンチや誘拐に……。
見ていて気分の良いものじゃない。
が、薄っすらと俺の目には何かが見え始めた。
『――』
白い靄のように見える何か。
いや、透明に近い何かか。
参加者たちが入っている檻をジッと見つめている。
くすくすと笑っていて、手にした棒のようなもので彼らを突けば――叫び声が響く。
「いぎゃあああぁぁぁ!! やめでぇぇぇぇ!!! いだいぃぃぃぃ!!!」
『――! ――!!』
見えない何かは棒を何度も押し付けた。
参加者たちはそれを受けて泣き叫ぶ。
が、彼らは檻から一切手を放さない。
いや、放さないのではなく……放せないんだろう。
透明に近い何かは楽しんでいた。
それらは俺など一切見ていない。
ただただ、捕えられた彼らをいたぶって楽しんでいる。
悪い存在には見えない。
敵意も感じなかった。
恐らく、化け物ではなく……人、だったものか?
「……」
何故かは分からないが……ホッとした。
その光景を見た事で安心したように感じた。
何故かは分からない。
分からないが、棒をついて檻の中の存在が絶叫する事で――救われたような気がした。
「……あぁ、そうか」
此処は牢獄じゃない。
捕えられた人間にとっては牢獄だろう。
が、あの透明に近い存在たちにとっては――動物園に近いのか。
見世物であり、愛玩の対象ではないが。
すっきりとさせてくれる場所なんだろう。
そう勝手に納得しながら俺は先へと進んでいく。
進んで、進んで、進んで――扉だ。
「……」
錆び塗れの鉄の扉だ。
奥から不気味な音が聞こえてくる。
不安を煽るような音で……ノブを握る。
ゆっくりと回して開いていく。
中へと入って扉を閉めれば、ガチャリと鍵をした音がした。
ノブを回そうとして――ガチャガチャと音が響く。
「……?」
ドンドンと激しく叩く音もした。
そうして、舌を鳴らした男の声も聞こえて……静かになった。
今のは何だったのか、考えてみるが……まぁいいか。
謎の音や声は忘れる。
扉から視線を外せば、そのタイミングでポケベルが鳴った。
俺はすぐにメッセージを送る……セーブか。
視線を前に向ける。
部屋全体が真っ赤な光に包まれている事で全貌はハッキリと見えていた。
目の前には三つの歪な道が続いていた。
道には柵も無ければ手すりも無い。
道を踏み外せば奈落の底であり、部屋を彩る赤い光が不安を掻き立てる。
ゴゥゴゥと機械の駆動音も響いていた。
見れば、巨大な斧が振り子のように動いていたり、道の途中でトゲが出てきたりしていた。
他にも、炎が噴き出したり……何かいる。
「……」
上を向き、壁の方に視線を向けた。
すると、ガラスのようなものがあり、人影のようなものが見えた。
立ちながらジッと此方を見つめている。
何十人もいて、俺の事をジッと見つめている。
観客のようであり、ゲームをプレイする人間を見る……そういう事か。
俺は地図を見つめる。
地図はまたしても変わっていく。
そうして、三つの歪な道だけが存在し。
その先こそがゴールであると示した。
時間を確認すれば、まだまだ余裕はある。
俺は地図を折りたたみポケットに入れる。
そうして、静かに笑って――駆けだした。
振り子のような斧を突破。
時間差で出現する地面から出るトゲを――超える。
炎をすらも回避して、そのまま罠を突破していく。
簡単だ。簡単すぎる。
「――はっ!」
ゲームをやっていれば、何の障害にもならない。
俺は汗を流しながら笑みを深める。
そうして、横を見れば目の前に――いた。
「アアアァァァァァァ」
「――あぁ」
螺旋のように無数の歯を生やしたそれが大きく口を開け。
ガラスのような目は細められている。
蛇のように舌がうねり、得体のしれない存在が迫って来て――――…………
#
「…………」
俺は壁に背を預けて座る。
ポケベルが鳴ってメッセージを返し……また時間を無駄にした。
何度も何度も、俺は挑戦をした。
失敗を繰り替えしながらも、記録をしていった。
トライ&エラーを繰り返しながらも、着実に前へと進んでいた。
が、あるところまで進めても……その先へはいけない。
見えない何かに襲われる。
かまいたちのようなものだ。
風の音がしたかと思えば……戻っていた。
ため息を零す。
そうして、周りを見れば……死体だ。
山のように積み重なった自分の姿をした死体たち。
焼け焦げ、切り刻まれて、ミンチになり。
苦悶の表情であったり、そもそも頭と体が分かれていたり……。
死体、死体、死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体――だから、どうした?
どうでもいい。
ただのオブジェだ。
失敗の結果であり、今の俺には――関係ない。
此処は現実じゃない。
死すらもただの経験に過ぎない。
どんなに苦痛を伴おうとも、どれほどの不快を味わおうとも――“生きている”。
生きているのならそれでいい。
生きているのなら、それは完全な失敗にはならない。
まだ続いていて、ゲームは――“終わってなどいない”。
「……ふぅ」
余裕はまだある。
が、考える時間だけで軽く30分以上は消費した。
その結果、残り時間は……2時間ほどか。
ただ考えるだけでも、セーブは更新される。
同じ時間には戻れないという事だ。
ちゃんとした作りで、諦めなければ問題ないとは思ったが……焦りは出そうだ。
改めて地図を広げる。
細かくメモをしていっているが。
やはり、どのルートを通っても途中でゲームオーバーになる。
色々とやり方を変えても意味は無かった。
挑戦した回数は軽く200回は超えているだろう。
つまり、どのルートで行っても、現状では……意味はない、か。
「……」
俺は顎に指を添えて考える。
明らかな選択肢を用意しておきながらどのルートも正解じゃない。
前のように壁に何かを細工しているのかと思ったがそれも無い。
巧妙に隠したり、発見を困難にさせるもの……その可能性は限りなくゼロに近いだろう。
理不尽に塗れたものはない。
確実に、冷静に思考すれば分かるようになっている筈だ。
今までも経験からそれだけは分かる。
だからこそ、絶対に攻略に必要な要素が隠されている筈で…………いや、そういえば…………音?
「この音は……何処から……いや、そういえば……」
俺は一つの考えに思い当たる。
まさかと思って、ギリギリまで道の方へと近づく。
そうして、あまり見ていなかった道の下に続く空間を見た。
すると、真っ赤な光に照らされて――無数の歯車が見えた。
「……あぁ、そういう……ふふ」
無数の歯車によって仕掛けが動いている。
ひどくゲーム的で、ひどくありがちな設定だ。
見える範囲でギミックが動いているところを見せる演出。
そして、それを見せているのであれば……それが答えなのかもしれない。
つまり、あの歯車を――止めればいい。
「……」
俺は道から離れる。
そうして、必要なものを……認識した。
適当に近くに転がっていたそれを掴む。
ずるずると足を引っ張っていく。
そうして、道の下へと――落とす。
手足を広げて落下したそれ。
歯車にぶち当たり、そのまま微かにぐちゅぐちゅと音が聞こえて……変化はない。
「……よし」
俺は別のものを取りにいく。
此処に山のように存在するものたち。
俺にとっては必要がないものたちで、それらを俺は――“捨てるだけだ”。
落として、落として、落として、落として……。
もっと、もっと、落としていく……変化はない。
まだ足りない。だからこそ、もっともっと……“捧げる”。
変化が起きるまで、仕掛けが止まるまで……捧げる。
いらないものだ。俺にとっては価値が無いもの……。
ただ骨と肉と皮がついているだけのそれらを……捧げよう。
捧げて、捧げて、捧げて、捧げて――――“足りない”。
全て、捧げた――それでも足りない――ならば――“この身も、捧げよう”。
「……」
俺は崖に立つ。
崖に背を向けた。
そして、静かに目を閉じて――落ちる。
浮遊感。そして、耳に響く風の流れていく音。
全身がぞわりとし鳥肌がたつ。
心が一気に冷える感覚。
落ちる、落ちる、落ちる――落ちていく。
終わりがない、まだか、まだか。
風の音に混じり、拍手のような音が聞こえる。
歓声であり、歓迎であり、歓喜であるのか。
心臓の鼓動が激しくなる。
脳の中がノイズに塗れて、強い吐き気がこみあげて――――“ぐしゃり”。
「……」
戻った。そして――“音が、死んだ”。
動いていない。止まっている。
仕掛けは作動しておらず無音だった。
ガチャリと音がして、何処かの扉が開いた音が聞こえた。
先へ進め。
そういう事だろう。
俺はそう考えて、真ん中の道を進んでいく。
進んで、進んで、進んで、進んで…………また、扉だ。
「……」
迷いはない。
俺はノブを掴んで――回す。
扉を開ければぎぃっと音がした。
重い扉を完全に開けて中へと入れば……あぁ。
上へと繋がる――“エスカレーター”が一つ。
周りは真っ暗闇だ。
何も見えない、冷たい空間だった。
俺は扉を閉めようとし――何かが足を出してきた。
「……?」
「おっとぉ……へへ、すいませんねぇ」
扉を押し開けて入って来たのは……参加者だ。
猫のように目が細く。
にやにやと笑っていた。
ヘルメットの下から見えるのはくすんだ金髪。
だらしなく着崩した紺色のスーツ姿の若い男だ。
耳にはピアスを開けていて、浅黒い肌の下にはタトゥーが彫られていた。
中肉中背のひょうひょうとした口調の男であり……あぁ、ずっとつけてたのか。
男は口笛を吹きながら周りを見る。
「へぇ、こりゃまたすげぇやぁ……地図では……あぁ、この先がゴールっすね!」
「……ずっといたの?」
「え? あぁ、まぁそうっすね……最初に見た時に、アンタだけはなぁんか他とは違うなぁって思いやしてねぇ……ついていけば、このイカれたゲームも楽勝だって思いやして……まさに、正解ってやつっすね! へへ……あ、もしかして怒ってます?」
男は人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
前職でもこういった手合いはいた。
違いがあるとすれば、この男が常にポケットに忍ばせている……ナイフのようなものを掴んでいる事か。
確証はない。
が、確実に口答えをする奴は容赦なく傷つけるタイプの存在だろう。
「……いや、いいよ」
「へへ、そっすか……じゃ、俺はお先にぃ!」
彼はそのままエスカレーターに乗ろうとした。
俺は咄嗟に彼に――動きが止まる。
「――」
声が出ない。
いや、体が動かせない。
まるで、体中を鎖で縛られているかのようだった。
視線だけが彼を捉えていて――“彼はエスカレーターに乗った”。
「――♪」
「……」
彼は鼻歌を歌っていた。
彼の頭には既に俺はいない。
暗闇の先を見つめていて二度と振り返る事は無い。
ゆっくり、ゆっくりと彼は闇の中へと…………消えた。
瞬間、体が動くようになった。
声も出せる状態になっていた。
俺はエスカレーターを見つめて……まぁいいか。
「……」
周りを見る。
他に何かは無いかと周囲を探索し……あった。
エスカレーターを無視して奥へと進めば梯子があった。
上へと続く鉄の梯子で、俺は地図を確認してからポケットに入れる。
そうして、リュックのベルトを確認してから……上っていく。
カッカッカと鉄を叩く音だけが響く。
無音の空間で、ただただ上だけを見て上っていく。
選択肢はもうない。
罠もないと思えた。
梯子だけが“正解”で…………音が聞こえた。
「……?」
上るのを止める。
そうして、視線を横へと向ければ……いた。
「――」
さっきの彼だ。
エスカレーターから離れて――“浮いていた”。
白目を剥き、泡をふいている。
手足を動かしていて、俺に対して手を振っていた。
踊りのようなものも踊っていて、ひどくコミカルで……あぁ。
その首にはさびついた鉄枷がつけられていた。
鎖が上から伸びていて、手足には五寸釘のようなものが打ち込まれている。
そして、細い糸のようなものが釘から伸びていた。
闇の先を見つめれば、巨大な何かが彼を操っていた。
白い手袋だけが見えていて、大きな一つ目が闇の中で浮かんでいた。
ジッと俺を見つめていて、笑うかのように歪む。
彼は手を動かしていた。
が、糸はぶつりと切れて……彼は宙づりになる。
下にはエスカレーターは無い。
何も無い闇だった。
彼はぽたぽたとまたぐらから小便を垂らし……闇へと消えていった。
「……まぁ……いいか」
俺は再び上を目指す。
上って、上って、上って、上って、上って……………………見えた。
闇の先に光が見える。
まるで、そこに天国でもあるかのようだ。
俺は光を見つめながら、慎重に上っていく。
近づいていくほどに光は強くなっていく。
俺は目を細めながら、光の先へと上り――――
――――目を開ける。
「……」
「「「……」」」
目の前には――最初にいたスーツの男達が座っていた。
畳の上であり、何処かのお屋敷の中のようだ。
外へと繋がる障子戸は開け放たれていた。
外は真っ暗であり、石燈籠の火が優しく灯っていた。
大きな池には白い輝きを放つ月が映っていた。
体を確認すれば……清められている。
風呂に入って服を洗濯したかのような。
いや、それ以上に清らかな存在になったかのように感じる。
この不思議な空間が影響しているのか……まぁいいか。
視線を戻す。
すると、あのリーダーらしき男が笑みを浮かべて――俺に手を伸ばす。
「――貰おうか」
「はい」
俺はリュックを下ろす。
そうして、視線で開けてもいいかと問いかけた。
すると、彼は静かに頷く。
ジッパーを開けて中身を確認する。
中からは冷気が漏れ出していて……これは……。
中に入っていたのは…………酒瓶だった。
何も書かれていないただの酒瓶。
しかし、やけに不思議なものを感じる。
俺はそれを両手で持ちながら、目の前の存在に渡そうとし――彼は真っ赤な盃を出してきた。
「……」
視線で彼は注げと言ってくる。
俺は静かに頷いて、蓋に手で触れる。
すると、蓋は泡となって勝手に消えてなくなった。
俺はしっかりと両手で持ちながら、盃へと酒を注いでいった。
透き通るような透明度で……綺麗だ。
日本酒だろうが、此処までの透明度のあるものを見たことが無い。
注いでいるのに、見えないほどに透明だ。
が、月の光によってまるで黄金かのように一瞬だけ光って見える。
何故か、どれだけ注げばいいのか体が理解していた。
注ぐのをやめれば、彼は愛おしそうに盃を見つめて……静かに飲む。
「…………美味い」
「……そうですか」
彼はくしゃりと笑う。
そうして、また盃を出してきた。
俺は無言で酒を注ぐ。
酒を注ぎ終わり、彼を見つめる。
すると、彼は俺に視線を向けてきて……盃を差し出してきた。
「飲んで……くれるかな?」
「……有難く、頂戴します」
俺は酒瓶をそっと横に置く。
酒を受け取ると伝えれば、脳内に何故か作法のようなものが浮かんできた。
俺はその場で一度手を叩く。
静かに両手を出して、しっかりと盃を受け取った。
受け取る際に、親指以外の指を揃えておく。
盃をしっかりと下から両手で支えながら、親指は盃の縁に添えておく。
「……」
姿勢を正しながら、ゆっくりと盃を口に近づける。
一口飲み……美味い。
想像を絶するほどの美味さだった。
表現ができないほどに不思議な味わい。
複雑に見えてシンプルにも感じる味わいだが。
人間の言語では表現できないほどに、この酒の味は完成されていた。
二口、三口――飲み切る。
口をつけた部分を見つめる。
そして、静かな動作で親指と人差し指、中指で綺麗に拭く。
清めであり、それを素早く終わらせてから……お客様へと盃をお返しする。
お客様は盃を受け取る。
そうして、口を歪めて笑っていた。
「良きかな、良きかな……人の子よ――息災でな」
「「「――」」」
「……!」
周りのお客様が立ち上がる。
すると、雷鳴のようなものが轟き――彼らの姿が変わった。
目の前のお客様は白い髭や逞しい眉を生やした翁のような仮面を被っていた。
体の大きさは3メートルほどになっている。
手足は無くなり、スーツから緑を基調としたボロボロの着物に変わっていた。
一本の歪な形をした木の杖のようなものが足の代わりとして床に伸びていた。
全身に荒縄を巻きつけて、さび付いた刀のようなものが体中に刺さっていた。
周りの人間たちは白を基調とした装束を纏い。
首から上は綺麗になくなっていて、代わりに腹のあたりに赤い紐でそれぞれ変わった仮面をつけていた。
腰には刀を差しているが鞘は無く。
赤さびに塗れた抜き身の刀を一本差しているだけだった。
彼らは徐に手を上げる。
そうして――――パンと打ち付けた。
「……」
「お疲れさまでした。此方、今回の報酬になります」
港に立っていた。
目の前にはAさんが立っている。
その手には今まで以上に分厚い封筒が掲げられていた。
恐らく、1000万以上はあるかもしれない。
俺はそれを受け取る。
自分を見れば、いつの間にか預けていた筈のバッグを下げていた。
俺はその中に金の入った封筒を入れる。
Aさんは手を帰りの車に向ける。
そうして、俺を先導しようとし――俺が止めた。
「……何か?」
「……こういう仕事って……また、ありますか?」
Aさんは俺の言葉を受けて考える。
そうして、少しためてから――“ある”と言った。
「……そうですか」
「……他には?」
「いえ、大丈夫です」
「……では、此方へ」
Aさんは車へと歩いていく。
俺はしっかりとバッグを持ちながら、ゲームをクリアした――“余韻に浸っていた”。