夜の12時過ぎ……何処かのビル内。
「「「……」」」
「――♪」
集められた30人の男女。
青を基調とした警備員の制服を支給されて、全員が警棒や変わったライトを携帯していた。
邪魔になるリュックなどは預けたが、端末などはポケットに入れている。
今日も仕事だ。
周りの人間はやる気が無さそうなのがほとんどだが……1人はやけに楽しそうだな?
Aさんからは勿論、事前に業務の内容などは説明された。
今回の仕事は……文字通り“警備”だ。
警備と言っても無線でやり取りしたり、適度に上に報告したりする必要はない。
ただ、二人一組でそれぞれのエリア内を巡回するだけだ。
巡回といっても基本的にはただ歩くだけで。
別に設備のチェックやら人がいるかどうかの確認はしなくていい。
やる事といえば、暗闇から現れる“残留者”をルールに則って対処するだけだ。
ルールは4つある。
1つ、業務終了の放送が入るまで、担当エリア外に出てはならない。
2つ、残留者を見つければライトを当てなければならない。
3つ、携帯するライト以外で、業務遂行者が勝手にエリア内の照明をつけてはならない。
4つ、稀に現れるライトで消えない残留者に対しては警棒にて還す事。
以上であり、残留者とやらは一目で分かるような見た目をしているらしい。
基本的にはライトを当てれば勝手に消えるようだが。
稀にそれで消えない存在に対しては警棒を使用するようにAさんは言っていた。
そして、支給された変わったライトには……使用限界がある。
「……」
ちらりとライトを確認する。
側面には電子式のメモリのようなものがある。
今はマックスの状態で緑色に光っている。
バッテリー式であり、フルで使用すれば使える時間はたったの3時間らしい。
業務が完了するまでの時間は……およそ5時間。
確実につけっぱなしでの使用は想定されていない。
バッテリーを使い果たせば、侵入者を撃退する方法は無くなり……そういう事だろう。
侵入者に対してのライトの照射は一瞬でも構わないらしい。
それで撃退は出来るとAさんは言っていた。
つまり、見つけて照射するを繰り返すだけなら……まぁいけるだろう。
考えて使わなければならない。
そう思いながら、俺たちはAさんの合図と共に移動を開始する。
受付から離れて奥へと行けば、左右に合計で六つのエレベーターが設置されていた。
それぞれがボタンを押してエレベーターを待ち……着いた。
「「「……」」」
「……? ふふ」
「……どうぞ」
それぞれがペア同士で乗っていく。
俺もペアとなる女性と同じエレベーターに乗り込む。
俺たちの他に四人乗り込む形になる。
乗り込めば、勝手にボタンが点灯。
他の人間たちが戸惑っていたが、そんなの関係ないと勝手に扉は閉まる。
そうして、そのまま上昇していった。
「「「……」」」
「――♪」
エレベーター内は無言だった。
誰もかれもが黙っている。
ただ一人、俺のペアとなる人だけは耳にワイヤレスのイヤホンを指して指を鳴らしていた。
女性であり、外国人では無いだろうが髪は赤く染めていた。
髪はショートで剃り込みを入れている。
身長は高めであり170はありそうだった。
宝塚でいそうな端正な顔立ちに、すらっとした体つきはモデルのようだった。
ちらりと見えた名札には名前が入っていて……
エレベーターは次々と人を送り出していく。
最後は俺と伊達さんだけが残った。
すると、彼女はそのタイミングでイヤホンを外して……ニコっと俺に微笑みかけて来た。
「君がぁ……例の井上君、だよね?」
「……例の……井上です」
「ハハ! やっぱり! 僕は伊達。伊達留美亜……実はこう見えても、君よりは……ちょっと先輩なんだよ?」
「へぇ……よろしくお願いします」
「ふふ、すごくクールなんだね……でもね。この仕事をするのなら誰よりも――ホットでいた方が良いよ?」
「……?」
何を言っているのかと思っていれば――エレベーターが止まる。
「言葉より実際に体験してもらった方が早いかもね! さぁ行こうか!」
「あ、はい」
伊達先輩は俺の手を優しく引く。
まるで、王子様のような人だと思いながら外に出れば……おぉ。
ビルの最上階。
まん丸とした月がハッキリと見えていた。
異様にデカく見えるが……とても綺麗だ。
周りを見れば、ほのかに足元のライトが白く光っているが。
それでも、奥まではハッキリと見えないほどに薄暗い。
何故か風が吹いていて、妙に冷たく感じる。
不気味で異質な空気を感じる。
恐らく、此処も真面な空間ではないんだろう。
俺が考えていれば、伊達先輩がくすりと笑った。
「恐怖と不安。それらは自分の能力、パフォーマンスを著しく落としてしまう。だからこそ、恐怖も不安も――熱気で吹き飛ばしてしまおうよ!」
「ん?」
伊達先輩はにかっと笑う。
どういう事かと思えば――いる。
先輩の背後からどろどろとしているヘドロのような何かが迫っていた。
巨大であり目は穴が空いていた。
胸には汚れに塗れて少し腐敗した社員証のようなものを下げていた。
うめき声のようなものを上げている。
手を伸ばしていて、先輩の頭を――先輩がノールックでライトを照らした。
「――――…………」
「おぉ」
「さぁ! 行こうか! 君と僕の――ショータイムだ!」
先輩はライトをくるくると回す。
そうして、天井に手を掲げて――ぱちりと指を鳴らした。
先輩は廊下を駆けていく。
俺はそんな先輩を追っていった。
「――♪」
先輩を見れば、ステップを踏みながら――歌っていた。
ガチャガチャと扉が一気に開いた。
そうして、中からヘドロの化け物たちが飛び出す。
苦悶の表情で穢れに満ちた存在たちで、殺気を放ちながら先輩に襲い掛かる。
ぐねぐねと不規則な動きであっという間に先輩を包囲。
危険だ。そう思って――先輩がライトを回す。
「タタタタタ――♪」
先輩は蛇のように動く化け物へと精確にライトを照射した。
チカチカと連続でライトの光を浴び。
化け物たちは悲鳴をあげながらジュっと音を立てて消えていく。
先輩の慣れた動きで感心していれば、俺も化け物の気配を感じた。
すぐにライトを掴んで、死角へと照射した。
化け物はそのままジュっと消えていき――先輩が笑っていた。
「井上君! 君も僕と一緒に――踊ろう!」
「あ、はい」
先輩が俺に腕を伸ばす。
俺はそんな先輩へと駆け寄り――手を掴む。
先輩はそんな俺の手を引く。
あっという間に腰に手を回してリードしてくれた。
先輩とのダンスであり、廊下の長さは異様なほどに長くなる。
化け物たちのうめき声が響いていた。
無数の敵意や悪意が混ざり合った冷たい空間。
扉の先、窓の近く、至るところから化け物たちの気配を感じる。
そんな中で、先輩と俺は踊りを踊って――ライトを照射。
「「「――!!」」」
流れるように化け物を還す。
不意を突こうとも死角に回ろうとも。
先輩は踊りを踊りながら精確に光を浴びせていく。
俺も先輩の動きに合わせてライトを照射していった。
「回って!」
「はい」
先輩が手をピンと伸ばす。
俺は先輩の指示通りにその場で回転。
そのまま俺はライトをつけて化け物へと一瞬の合間に連続で照射した。
化け物たちは消えていき、先輩は優雅に舞っていた。
気づけば俺の足も勝手にステップを踏んでいた。
何故かは分からない。
意図も不明だ。
無駄のように見えて、合理性の欠片も無い。
こんな事をしても体力を使うだけだ。
俺の脳はそう判断している。
が、体は勝手にリズムを刻んでいた。
心が熱い。
心臓がドクドクと強く鼓動する。
恐怖じゃない、沸騰するような熱に興奮し。
燃えるような衝動が、俺の心と体を――突き動かす。
「――♪」
「は――はは」
口から勝手に声が漏れた。
瞬間、化け物たちの気配が強まる。
無数の化け物が闇から忍び寄ってくる。
口から吐しゃ物のように穢れた何かを吐き出していた。
ヘドロで塗れた腕を振り回し、何かを叫んでいた。
先輩は化け物の攻撃を風に舞う木の葉のように躱す。
そうして、ショーのスターが持つ小道具のようにライトを操り連続で照射――が、消えない。
「「「――!!!」」」
「ふふ、そうだね!」
化け物は、先輩へと腕を広げて襲い掛かる。
先輩はひらりと回転しながら避けた。
身軽だ。まるで、軽業師だ。
空中で回転しながら、腰につけた警棒を取る。
くるくるそれを回しながら、ステップを踏んで化け物たちに迫り――叩いた。
「タッタッタタタ♪」
「「「――――!!!」」」
リズムに合わせて警棒を振るう。
まるで、ドラマーにでもなったかのように。
瞬間、化け物はボシュっと音を立てて蒸発した。
俺の顔面に化け物の残骸の一部がぶち当たる。
べちょべちょで牛乳を雑巾で拭いて腐ったような臭いだった。
俺はそれを片手で拭い――死角から迫った化け物をライトで祓う。
先輩は先へ先へと行ってしまう。
俺もタップを踏みながらそんな先輩を追っていった。
廊下はくねくねとウェーブし、平衡感覚も狂いそうだった。
が、先輩の足取りもテンポも全く衰えない。
寧ろより激しく情熱的になっていった。
俺はそんな先輩の笑顔と迸る汗を見て――楽しくなった。
薄暗く不気味な異界のような場所で、先輩の綺麗な歌声が響く。
不気味で危険で死が隣で微笑むような場所がまるで――コンサートホールのように感じる。
先輩は坂のようになった廊下を滑っていく。
そうして、廊下の先へとたどり着く。
そうして、両開きの扉を勢いよく蹴って開けた。
俺も一緒になって、その空間へと飛び込む。
ゴロゴロと転がりながらも何とか止まる……此処は?
広い円形になった空間だ。
座り心地の良さそうなソファーと机が置かれていた。
全面の窓の方には巨大なスクリーンだけがあった。
無数の奇妙な棒状のオブジェと中央にある黄金の螺旋階段。
シアタールーム、休憩スペース。
そう感じる不思議な空間で――先輩がステップを踏む。
そうして、棒のようなオブジェの一つを掴んで回り始める。
なまめかしく情熱的なダンスで、足元のライトも白から赤に変わる。
激しく点滅していて、先輩は目を細めて笑っていた。
ぶわりと天井の消火装置から何かが噴き出す。
『――――』
一言で表すのなら――影。
視認しづらいが、影のように薄っすらと見える。
体がまるでローブのようにはためき、手には死神が持つような鎌を持っていた。
顔は無く、笑い声が響いていた。
冷気のようなものを放ちながら、高速で先輩の周りを飛んでいた。
先輩を無数の影のような存在たちが取り囲む。
高速で動き、規則性が無い。
ライトの照射が難しい相手だ。
不気味な声で笑いながら、化け物たちは――先輩が俺にウィンクをしてきた。
「はい」
俺は動き出す。
瞬間、化け物たちは先輩に襲い掛かる。
先輩は敵へとライトを連続で照射して消そうとした。
一体だけが消えた。が、他はライトから逃れて先輩に迫り――俺が後ろからライトを照射した。
化け物は消えた。
残った存在は取り乱す。
出鱈目に振った鎌を先輩は体をのけ反らせて回避した。
化け物に隙が生まれた。
先輩はその隙を使って棒を蹴って跳躍。
空中で身を翻しながら、慌てて迫って来た化け物に対して――照射。
『――――…………』
影のような化け物は四散。
綺麗に着地し、つま先で床を撫でる。
そうして、先輩は再び俺の手を取る。
互いに手を取り合って踊る。
仕事をしている。それなのに、俺たちは踊っていた。
狂ったように、狂気に染まったかのように――踊り明かす。
無数の化け物の気配を感じる。
足元の真っ赤なライトは激しく点滅していた。
俺と先輩は笑って――ライトを回す。
迫りくる化け物たち。
踊りながら、敵へとライトを照射。
化け物を消しながら、一瞬の判断で警棒を振るう。
互いに背を預けて、互いに背を超えて。
短い時間で俺たちは――心を通わせた。
「さぁ! 上がるよ!」
「はい」
先輩に手を引かれる。
そうして、黄金の螺旋階段を駆け上がっていく。
俺たちは階段でステップを踏みながら上がっていく。
が、時折、階段の板に化けた化け物がいた。
足を踏もうとすれば口を開けて来る。
しかし、先輩はフェイントを躱してそのままライトで消す。
俺も先輩のようにステップを応用したフェイントをかける。
化け物たちは金切り声を上げながら、歯ぎしりをしていた。
先輩にとってはそんな音ですらBGMにでも聞こえているのか。
先輩は頬を紅潮させて笑いながら上へと上がった。
「到着! あは!」
「はは……ん?」
先輩が手を上に掲げた。
瞬間、周りから強い気配を感じた。
見れば――ヘドロがものすごい勢いで流れてきていた。
「「「――――!!!!」」」
Hのようになったガラスの床の二階部分。
扉をぶち破って濁流のようにヘドロの化け物たちが押し寄せて来る。
色々なものが混ざり合っていた。
殺意と恨みを感じる。
無数の顔がヘドロの中から出ていて不気味な叫びをあげていた。
血のような真っ赤な涙を流し、救いを求めているようだった。
おぞましく感じる一方で、何故か親近感を覚えた……まぁいいか。
勢いのままに左右から迫ってくる。
急いで階段に戻ろうとする。
が、下からも迫ってきていた。
ライトを一気に照射するか。
いや、あの数なら長時間の照射しか。
いや、そうしたら――先輩が柵に上った。
先輩は二ッと笑う――把握した。
「飛ぶよ!」
「あ、はい」
先輩は両手を広げてジャンプした。
俺も先輩とは反対の柵を越えて――ダイブ。
瞬間、襲い掛かって来た化け物たちは互いに衝突した。
ぐちゅぐちゅと音を立ながら、一つの巨大な塊になる。
俺たちはそのまま落下しながら――光を照射した。
「「「――――!!!!」」」
化け物たちが叫び声をあげた。
そうして、そのまま化け物たちは――ボシュっと蒸発した。
そのまま俺たちは下へと落下していき――ふかふかのソファーに弾かれた。
「いて」
「120点!」
俺はごろごろと床を転がる。
先輩は器用に側転しながら着地し。
そのまま俺へと駆け寄り、手を差し伸べてくれた。
「まだ――いける?」
「はい」
俺は先輩の手を取る。
そうして、化け物たちのうめき声や叫び声をBGMとし再び躍る。
《――!!!? ――!!》
見れば、スクリーンに映像が流れていた。
そこに映るのは他の参加者たちだった。
悲鳴を上げながら逃げまどい。
ライトを振り回していた。
闇から忍び寄る化け物たち。
参加者はそのまま頭を掴まれて画面外に連れていかれた。
バキバキと骨が砕ける音が響く。
画面が切り替わり、ヘドロに塗れた参加者が映る。
また変わり、今度はトイレに籠っている参加者で背後には不気味な笑みを浮かべる青白い肌の女が――関係ない。
《残業!! 残業!! 残業!! 残業残業残業残業残業残業!!!!》
頭に爆音で響く声。
怒鳴り声のようなもので、なじみ深いワードだ。
化け物たちは鳴き声を上げながら体を震わせていた。
俺と先輩はその声を聞きながら――笑った。
「あはは!」
「は、はは」
先輩は何も見てない。
先輩には嫌な音など聞こえていない。
自分が楽しめる事に全力を出していた。
こんなにもおぞましく狂気に満ちた世界で、だ。
俺もその先輩の姿を見て――“楽しみたくなった”。
汗を流して手足を動かす。
お世辞にも俺のダンスは上手くはない。
が、体を動かす事で先輩が笑って血が沸騰する。
楽しい、楽しい、楽しい楽しい楽しい楽しい――愉快だ。
「「――――!!?」」
一瞬だけ外を見た。
すると、窓ガラスの残骸と共に上から何かが落下していった。
同じ警備員の制服を着ていて苦悶の表情を浮かべて――どうでもいい。
足元のライトは激しく点滅する。
そうして、化け物たちも声をあげていた。
周りを飛び回りながら、俺たちは――“熱狂に染まっていった”。
#
《本日の業務は終了しました。受付へとお戻りください。お疲れさまでした》
アナウンスが流れる。
無事に仕事を達成できた。
今まで襲い掛かって来た化け物たちの気配も消えている。
バッテリーの残量を調べれば……15パーセントは残っているな。
先輩と共に背中を合わせて座っていた。
外を見れば、朝日が昇っていた。
とても眩しくて俺は目を細める……はぁ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……はぁぁ」
「ふぅ……お疲れ様!」
先輩と俺は汗だくだった。
拳を向けて来たので、俺はその拳に自らの拳を打ち付けた。
先輩は立ち上がり伸びをする。
そうして、徐に警備服の上着のジッパーを下ろした。
下は黒いチューブトップ姿で、腹筋が少し割れていた。
気持ちの良い笑顔に汗。
まるで、青春とでもいいたげで……まぁいいか。
先輩と俺はエレベーターの場所へと戻る。
あんなにも迷路のようだと思ったが……すぐに戻って来られた。
何故か、既にエレベーターは開いていた。
中へと入れば、自動で扉は閉まる。
そうして、下へと向かって動き始める。
「「……」」
俺と先輩は黙っていた。
が、俺は気になって……先輩に質問した。
「……この仕事、気に入ってるんですか?」
「んー? まぁね! 楽しいじゃん!」
「そうですか……俺と同じですね」
「え!? そうなの!? ふふ、それは何だか……嬉しいね!」
先輩はにかっと笑う。
キラキラとした黒い瞳に少し尖った八重歯。
何かに似ていると思って……あぁ。
「イチか」
「イチ? ……ま、いっか!」
先輩は片手を差し出してきた。
俺はその手を見つめる……あぁ。
手を軽く服で拭う。
そうして、掴めば先輩はぎゅっと握って来た。
「これからよろしくね! 井上君!」
「はい。よろしくお願いします……伊達先輩」
「はは、かたいなぁ! ルミって呼んでよ! そっちの方が私は好きなんだ!」
「はい。ルミ先輩」
「……ま、いっか! ハハ!」
先輩は今度は端末を取り出す。
そうして、ルインを交換しようと言い出して……まぁいいか。