何時もよりも豪華なバスに揺られて2時間ほど。
到着し建物の中へと誘導されて目隠しを外せば……劇場かコンサートホールのロビーっぽい場所にいた。
とても広く、木で出来た高そうな机や椅子が置かれている。
下には赤を基調としたカーペットが敷かれていて。
客席へと繋がるであろう扉は三つほどあった。
今はかたく閉ざされており、誰も入れない。
時計を見れば……午後7時か。
今日も仕事……ではあるが……あるのだが……。
「……」
「「「――! ――?」」」
今回はどうも仕事が妙な気がする。
今までのものとは違い、少し……専門的な人間が多いような気がする。
それもその筈であり、集められた人間たちを見ればTVで見たような人間もいた。
雑誌や新聞でも見た気がする人間もいる。
その人間たちに共通するのが――音楽の才能だ。
ピアニストにヴァイオリニスト。
歌手であったり、ミュージシャンだったり……そんな感じだ。
外国人のような存在もいるが。
一応は日本国籍を持つ者ばかりだろう。
自分だけが全くと言っていいほどその方面の才能がない人間である気がするが……まぁいいか。
「おや? 貴方は……」
「ん?」
声を掛けられて振り返る。
すると、白髪に丸い眼鏡を掛けた高年の男性が立っていた。
その装いはきっちりとした黒いスーツ姿で。
背は小柄ではあるが、顔つきとぴしっとした立ち姿から凄く似合っていると思った。
向こうは俺の事を知っているような顔をしているが……誰だったか。
「……あぁ! すみません……えっと、井上隆……さん、ですよ……ね?」
「あ、はい」
「あぁやはり……いえ、そうかなぁとは思ったんですが。初めてお会いした時と違って、お顔が……その……若々しくなっていたので……あぁ! いえ、別に以前が老けていたとかそういう意味ではなく!」
「あ、はい」
男の人は必死に手を振って言葉を選んでくれていた。
やはり、傍から見れば若く見えているのか。
そう思いながらも、どうしても目の前の男性を思い出せなかった。
彼は俺の訝しむような視線に気づいてくすりと笑った。
「分かりませんよね。何せ、会ったのはたった一度だけですから……まぁ私はよく覚えてますがね。ふふ」
「……失礼ですが、名前をお聞きしても?」
「あ、そうでしたね……では、自己紹介を……私は
「…………あぁ、そういえば……鬼瓦部長に言われて……」
思い出した。
10年前、まだ俺が前職で働いていた頃だ。
鬼瓦部長にスタンバトンによる教育的指導をされていた時。
あの人が俺に対して才能やらセンスを磨く為に芸術に触れろと言ったことがあった。
『会社の為、俺の為に、もっと使える人間になるのならぁ……必要だよなぁ? うーん?』
『はい』
『うし! それじゃ、俺とお前の約束だ! 約束は死んでも守るもんだよなぁ井上ぇ? 次の企画立案までに芸術の才を身に付けとけ、出来なきゃ……はは!』
『はい』
そうして、適当に調べて僅かな休日を使って音楽のコンサートを見に行っていた。
その一つが、東京の有名な楽団によるチャリティー演奏会だった。
確か、その時の指揮者はこの人で……終わった時に偶然会って話してたな。
『はぁぁぁ……ぁ……どうも』
『……』
『……失礼ですが、貴方は?』
『井上隆です』
すごく疲れたようなため息をついていた。
顔を見れば、目の下にクマもあった気がする。
特段、関わろうとは思っていなかったが。
ため息ばかりついていた上に、扉の前で立っていたのでジッと見ていれば。
何故か、俺が彼にお話をしに来たとでも思われたのか。
自己紹介からのコンサートの出来などを聞かれて……あぁ。
「……あの時、私は貴方の言葉で……救われました」
「そうですか」
「ふふ……まさか、私の事を全く知らず。剰え、指揮者の知識も経験も無いというのに……一度見ただけで、私の指揮に迷いがあると言い当てたのは、貴方が初めてでした……あの時は、正直、プロとして怒りも覚えましたが……冷静になって、素人にすら見破られるようでは、私の指揮では誰も感動させられない。そう思って、アレから更に研鑽を積み……自慢になってしまいますが、人間国宝の候補にもなったんですよ? ふふ」
「凄いですね」
「……あまり、驚かれないんですね……ふふ、変わりませんね」
石塚さんは嬉しそうであった。
まるで、有名人として扱われないのが新鮮だとでもいいいたげだ。
俺は別にどうでも良い事だと思いながら、仕事が始まるのを待つ。
すると、石塚さんが俺に対して音楽の道に進んだのかと聞いてきた。
「いえ、フリーターです」
「……? そう、なんですか? てっきり、この場にいるという事は、音楽を仕事にしたのかと……周りの方々も恐らく私と同じであると思いますが……先日、八咫烏のAさんという方から是非にとオファーがありまして……まさか、今回公演を行うという楽団の演奏を聴くだけで……3000万の報酬を頂けるとは……正直、怪しくは思いましたが、八咫烏さんは正式な国営企業でしたので……それに、前金という形で1000万は先に受け取りましたし……あ、す、すみません! べらべらと。わ、私、どうも不安になると口が……は、はは」
「……そうですか」
報酬については俺は聞いていなかった。
が、確かに前金として1000万円は貰っていた。
それも銀行振り込みであり、名義は八咫烏ではなく別のものになっていた。
“国費”としての金で、調べてみようかと思ったが……やめた。
あまり詮索するのはよくない気がした。
ただの勘であり、どうでも良い事だからだ。
石塚さんは不安げにそわそわしていた。
俺はそんな彼の話に相槌を打ち――ブザーが鳴る。
「「「……!」」」
瞬間、堅く閉ざされていた扉が開かれて行った。
全員が扉に視線を向ける。
すると、中から仮装パーティでつけるような仮面をつけたスタイルの良い女性たちが出て来た。
彼女たちは全く同じ動きで会釈をする。
そうして、会場の方へと手を指し示した。
《間もなく、公演が始まります。お越しの方々は、速やかにお席についてください》
「「「……っ」」」
何処からともなくアナウンスが流れた。
誰かがごくりと喉を鳴らした。
そうして、おずおずと動き始める。
一人、また一人と会場へと入っていく。
石塚さんを見れば滝のように汗を掻いていた。
「……大丈夫ですか?」
「え? あ、あぁ……少し怖いですが……いえ、行きましょうか」
「はい」
石塚さんと共に並び歩いていく。
女性の一人は俺に視線を向けてにんまりと笑っていた。
俺はそれをスルーして中へと入り……おぉ。
「これは……何とも……神秘的な」
「……凄いですね」
会場へと足を踏み入れば、その全貌に思わず驚いてしまった。
二階席は存在しない。
その代わりに壁や天井らしきものは見えない。
まるで、宇宙の中かのように無数の星々が見えていた。
空気もとても澄んでいて、全員が神秘的な光景に目を奪われていた。
俺たちも周りを見ながらも、適当な席に腰を下ろす。
席はふかふかであり、気持ちよくて……眠くなりそうだ。
「……眠ってはいけない。そして……魅了されてもいけない、でしたね……どういう事なんでしょうか」
「……ルールを守ればいいだけですよ……絶対に」
「え、あ、は、はぁ……?」
石塚さんは首を傾げる。
俺は前を向きながら、今回の仕事について考えた。
今回の仕事は――“音楽団の公演を鑑賞する事”だ。
仕事のようで、仕事には思えない内容だが。
今回のお客様にとっては見て聞いてもらう事に意味があるんだろう。
スゴロクの時と同じであり……まぁいいか。
ルールを守る事は絶対だ。
今回の人選は今までと違ってプロ中のプロが多い。
恐らくは、拘りのようなものが強いんだろう。
何故、俺まで参加させてくれたのかは分からないが……まぁいい。
ルールは3つある。
1つ目は、公演中に眠ってはならない。
2つ目は、音に魅了されてはならない。
3つ目は、公演中に席を立ってはならない。
以上であり、特にこれといって難しそうな要素はない。
気を付けるポイントでいえば、魅了されてはならないという点か。
曖昧なように思えるが、恐らくはとてもシンプルなんだろう。
例えば、魅了されるというのが文字通り……心を奪われる、というのなら分かりやすい。
「……」
精神的な要素が求められるんだろう。
この点でいえば、二回目に受けた仕事に似ている。
心を許すな、そういう類の仕事なんだろう。
他の音楽家であれば、豊かな感性を持っているから危険だとは思うが。
俺にはこれといって音楽の才は無い。
そんな人間でも、魅了される音楽なのか……まぁ、どうでもいいか。
俺は静かに待つ。
会場に入った人間はざっと数えて……まぁ50名ほどか。
1000人は余裕で入りそうなほどに席はある。
オーロラのような幕が引かれていて、薄っすらと舞台が見えている。
客先に座っている人間はほとんどが先頭らへんに集中していた。
恐怖や不安よりも、興味や好奇心が勝ったんだろう。
俺と石塚さんの周りは誰もいない。
「「……」」
小声で話す人々の声が聞こえる。
俺は宇宙空間のようなステージをボケっと眺める。
隣では、石塚さんがずっともじもじとしていて…………始まるな。
ブザーが再び鳴り響く。
鳴りやめば、背後の扉が閉じられた音が聞こえた。
振り返れば、扉そのものが消えていた。
《たdIいmぁよりi――“鼓動”――kOぅ演を――kaいsi――SiまSぅ》
「「「……っ!」」」
ノイズ交じりのアナウンス――ぶつりと消えた。
そうして、オーロラの向こうで無数の何かが出現したのが分かった。
ゆっくりとオーロラのカーテンが晴れていく。
そうして、現れたのは――人だ。
「「「――」」」
綺麗な黒を基調とし金の刺繍の入ったスーツを纏い。
白い手袋をはめて、顔をすっぽりと覆う黒いマスクを被っていた。
目も口も見えない。完全に顔を覆っているそれ。
大勢が舞台にいて、それぞれに楽器を持っていた。
一見すれば普通の人間と楽器だが……妙な感じだな。
人からはまるで生気を感じない。
そこにいて、今から演奏を行う存在なのに。
人形のようであり、オブジェのようだ。
逆に楽器からは……生命のようなものを感じる。
まるで……一つ一つが生きているかのように感じる……何でだろうか?
「……」
自分で自分の感覚に疑問を抱く。
何故、生きているなんて思えたのか。
まるで、分からない。
意味が不明で………………まぁ、いいか。
「「「――」」」
指揮者と思われる人間が前に立つ。
そうして、客席に対して優雅に一礼する。
俺たちはジッとその光景を見つめる。
石塚さんをチラリと見れば、静かに見つめていた。
先ほどまでの緊張が嘘のようだ……流石はプロだな。
「……」
指揮者は白いタクトを上げる。
アレは何で作られているのか。
そんな事を考えていれば、タクトが挙げられて――振られる。
演奏が始まる。
楽器の音色が穏やかに流れていく。
ゆるやかな音色であり、ひどく落ち着くメロディーだった。
「これは……っ」
「……」
上手い――素人でも分かるほどには。
穏やかでありながら、優しさと温かみが感じられる。
まるで、母親の腕に抱かれるような……何言ってるんだ?
自分の中で訳の分からない例えが浮かんだ。
そんな事を考えている間にも、心に沁み込むような音色が響いていく。
会場全体に優しく響き、身も心もほぐすような音楽だ。
まるで、一流の施術師によって心と体をマッサージされているような……何を?
「……」
自分で自分じゃないように思えて来た。
勝手に変な例えが浮かんでくる。
これは魅了されかけているのか。
たらりと汗が流れて、少しだけ口角が上がったのが分かった。
不思議な音色だ。
こんなにも人に寄り添い美しい響きだが……恐怖を感じる。
底なし沼へと引きずり込まれるようだ。
恐ろしい点は、自分が引きずり込まれていると自覚しづらい事か。
やはり、今回の仕事も普通じゃない。
そんな事を思って……ん?
前の席の方で変化が現れる。
一人の男性の頭がふらふらと揺れており、何だろうと見ていれば……うとうとしている?
眠り掛けていた。
まだ始まってそんなに経っていないのにだ。
寝不足だったのか、有名人であればあり得る事だ。
そんな時にこんなにも気持ちが穏やかになる音色を聞かされてしまえば――何かが見える。
ゆらゆらと揺れていた男性。
その動きがピタリと止まり、男性が天を仰ぎ見た。
すると、体から白い何かがゆっくりと出て来た。
それは上へと上へと煙のように上がっていく。
見れば、男の人の体が徐々にしぼんでいっているように見える。
髪の毛も抜けたり白くなっていっていた。
まるで、体の中の水分……いや、生命力を吸い取られて行くように……。
やがて白い何かが出るのが収まった。
そうして、男の人を見れば枯れ木のようのに細くなっていた。
恐らくは、眠ってしまって……まぁ仕方ないか。
「……っ」
石塚さんを見る。
すると、彼は眉間に皺を寄せながら音楽団を見ていた。
恐らく、先ほどの光景は見ていなかったのか……凄い集中力だ。
俺は石塚さんの集中力に感心する。
そうして、眠気を誤魔化しながら俺は音楽団の公演を――楽しんでみる事にした。