…………――――目を開ける。
「……此処は……」
周りを見る。
斎藤さんたちがいた。
話をしており、ルミ先輩は俺に手を振って来た。
地面を見る……水?
赤い水だ。
真っ赤であり、まるで血のように感じる。
上を見れば――空だ。
真っ赤な空であり、青い月が浮かんでいる。
異様な光景が広がっていた。
日本どころか世界でもこんなものは見れらない。
まるで、別世界であり……何だ?
水の上を何かが流れていく。
見れば、それらは……骨?
人間の骨もあるが、動物の骨もある。
無数の骨が漂っていた。
木のようなものが生えているが恐ろしく白い。
生気がまるで感じられない死に絶えた木々だ。
花が無ければ葉も無い。
天高く伸びる白い木が何本か生えていた。
空気が淀んでいる。
腐臭というよりは……死臭に近い。
長く留まる事は危険だろう。
そう感じる世界で……斎藤さんが手招きをしてきた。
俺は急いで彼の元に駆け寄る。
全員で輪を作った。
「……俺とお前で行動する。田中と佐々木はそいつを見張れ。笹川と岸部は個別でやれ」
「「「了解」」」
「えぇ? 私は井上君の近くがいいんだけどなぁ……ふふ、嘘嘘! じゃ行こうか! おじいちゃん♡」
「「……」」
ルミ先輩たちは駆けだす。
斎藤さんも俺に視線でついて来いと言ってくる。
彼は走り出し、俺は彼を追いかける。
速い。とても老人の動きには見えない。
迷いなく木々を躱して進んでいっている。
水の中であろうとも関係なしで……でも、問題ない。
俺は彼を追いかける。
すると、何かを気配を感じる。
『――』
「……?」
「構うな」
「はい」
斎藤さんに言われてスルーする。
周りを飛んでいる冷たい何か。
それらが俺の頭に直接語りかけて来る。
行ってはならない、すぐに引き返せと。
俺のハンマーにも触れてきて奪おうともしてくる。
俺はハンマーを振るってそれらを追い払う。
見えない冷気のような何かは空気のように消えた。
が、ハンマーが薄っすらと凍り付いていた。
「アレが理外者だ。話すな見るな感じるな……奴らは存在しない」
「はい」
斎藤さんは此方を見る事無く走る。
チラリと遠くを見れば、ルミ先輩たちが見えた。
彼女たちの方が俺たちよりも早く。
纏わりついている理外者の数も多そうだ。
ルミ先輩はハンマーを軽々と振るいながらそれらを打ち消していた。
「無理に追い払わなくていい。これを着ている限りは死なない」
「分かりました」
体力を温存しろということか。
そう感じて、俺はハンマーで敵を払うのをやめた。
瞬間、見えない存在たちは俺の体に纏わりついてきた。
頭に触れて、頬に触れて、手に触れて……冷たい。
まるで、冷たい氷を押し付けられているようだった。
そこを起点として体が冷えていく。
感覚が死んでいくようで――
「言った筈だ――存在しないってな」
「……! なるほど」
俺は斎藤さんの言葉を理解した。
つまり、この冷気すらも――ありはしない。
偽物であり、幻覚と同じだ。
俺はそうであると認識する。
そうして、手の感覚が死んでいく中でも俺は前だけを見て走る。
冷たさも痛みも――存在しないんだ。
走って、走って、走って――見えて来た。
山のように巨大な大岩。
漆黒のように黒く、大岩の表面には無数の白い木が絡みついていた。
視線を下げれば……あれは?
大岩が穴のようなものを塞いでいる。
その隙間から黒い何かが噴き出している。
それは今まで何度も見て来たものだ。
「穢れだ……寿命を削り、肉体を腐らせて、星を蝕む……魂がある限り、消える事が無い……がん細胞のようなものだ」
「穢れ……へぇ」
塞いでいるから抑えられているだけで。
恐らくは、あの大岩が無くなれば一気に噴き出すんだろう。
あんなものが俺たちがいる世界まで来れば……まぁいいか。
ルミ先輩たちは先についていた。
そうして、大岩の周りの杭をハンマーで打ちこんでいた。
田中さんと佐々木さんは慣れた手つきで打ちこまれた杭に縄を巻く。
笹川さんや岸部さんも、理外者を振り払いながら縄を巻いて行っていた。
俺たちも遅れて杭の前に辿り着く。
杭を見ればカタカタと揺れている。
ゆっくりと下から出てきているようだった。
「打ちこめ」
「はい」
俺はハンマーを振りあげる。
そうして、勢いのままに――叩きつけた。
瞬間、甲高い音が鳴り響く。
そうして、周りの理外者たちが悲鳴のようなものをあげる。
斎藤さんは縄を巻き付けて、視線で俺にもう一度打ちこめと促す。
俺は無言でハンマーを打ち付けた。
瞬間、更に甲高い音が鳴り響き――杭の表面に白い文字のようなものが浮き上がる。
「よし、次だ」
「はい」
俺たちは走る。
理外者たちは俺たちを執拗に追跡し。
俺たちの体に触れてくる。
鋭い痛みに、倦怠感まで出て来る。
思わず吐きそうなほどで――まやかしだ。
全て偽物。
己にそう言い聞かせて、重くなっていると錯覚している足を動かす。
どれだけ疲れていて、どれだけ辛く感じようとも――体は動いている。
感覚に惑わされてはならない。
俺はそう自分に言い聞かせる。
そうして、別の杭の前に立ち――ハンマーを叩きつけた。
音が響く。
その度に、理外者たちは苦しむような声を出していた。
「……っ」
「耳を傾けるな」
理外者たちの絶叫が激しい頭痛を齎す。
心臓がバクバクと鼓動し、何故か、絶望を感じた。
が、斎藤さんの言葉を聞いて――正気に戻る。
走る。走って、走って――杭の前に立つ。
杭を打ち込み、縄を結ぶ。
縄が目の前にあっても、斎藤さんは飛ぶ事無く通過した。
縄はまるでホログラムのようであり、未知の何かで作られているのか。
走って、次へと向かい――その繰り返しだ。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も――繰り返す。
杭は想像以上に存在していた。
縄はまだあるのかと見れば――減っていない。
髪のように長さが増している。
それを一瞥し、俺は作業に集中する。
斎藤さんを追ってはいるが。
何故か、俺は杭の場所が分かっていた。
頭で理解しているんじゃない。
心がそこに行けと告げていた。
走って、走って――足が掴まれた。
「……!」
視線を向ければ――手だ。
『――ナンデ――ドウシテ――シナセテ――』
骨の手で、俺の足を掴んでいる。
無数の人の手が出ていた。
顔を出した頭蓋骨はカタカタと揺れている。
俺はハンマーを振るって骨を吹き飛ばす。
瞬間、理外者たちが叫び――体の内が焼けるような痛みを発した。
「――ッ!!」
思わずその場で――吐血。
大量の血を吐き出した。
本物の痛みで、眩暈がして――偽物だ。
「来い!」
「は、い」
俺はハンマーを持つ。
そうして、再び走り出した。
斎藤さんは走りながら、自ら飛び出る骨の手を躱していた。
俺も何とか躱し、触れそうになればハンマーで蹴散らし――体の内で激しい熱を感じた。
「カハァ! ……どうでも、いい」
関係ない、偽物だ。
この痛みも苦しみも――どうでもいい。
視界が真っ赤に染まる。
それでも俺は走り続けた。
そうして、次々と杭を打ち込んでいく。
音が響き渡り、空間が激しく振動する。
見れば、大岩がゆっくりと沈んでいっていた。
作業が進んでいる。
このペースでいけば――達成できる。
俺は小さく笑う。
楽しい、楽しい……これもゲームだ。
「は、はは」
「……」
俺は血の涙を流しながらハンマーを振るった。
痛みも苦しみも、悲しみも絶望も。
全てが本物のようで、全てが実在しているようだ。
リアルな体験で、普通の人生では得られないものだ。
しかし、全ては偽物であり虚像で――だから、ゲームなんだ。
クソのような人生。
理不尽に塗れた世界だ。
正解を探しても、全てが間違いだと教えられた。
何をやっても評価はされず、正しい事をする事は当たり前でしかない。
人としての正しい行動。
人としての正しい思考。
常識で行動する事が人としての正しき道……クソゲーだ。
正しい行動をしても、非難される事はある。
正しい思考を持っても、軽蔑される時は来る。
常識なんて曖昧なものは、相対する人によって変わっていく。
人生はクソだ。
泥水を啜り、生きる為に理不尽に従う。
声を上げれば力で抑え込まれて、弱者であれば発言すら許されない。
多数の意見が正義で、少数の意見は悪とされる。
ゲームだ。
ゲームだけなんだ。
明確な悪が存在し、絶対的な正義が存在する。
何を成せばいいか、何を得ればいいのか。
道があり答えがあり……最高じゃないか。
ゲームの中には現実に存在するような理不尽は存在しない。
どれだけ多くの選択肢があろうとも答えは一つだけなんだ。
間違っても、何度でも挑戦できる。
諦めなければ何時の日かは辿り着ける。
「は、はは――ハハハ!!」
「……! おい!」
俺は笑う。
そうして、理外者たちを蹴散らし――走り出す。
斎藤さんを追い抜く。
そうして、骨のトラップを回避していった。
飛んで、転がり、ステップを踏んで――これでいい。
正しい、正しいんだ――間違っていない。
正しい攻略の仕方だ。
クリアの為に必要な動きだ。
効率的に杭を打ち込んでいき――気持ちが良い。
俺は笑う。
笑って、最後の杭を――打ちこんだ。
今まででもっとも高い音が鳴り響く。
斎藤さんがスライディングで杭に近づき縄をかける。
すると、岸部さんが走って来た。
「これで最後だ! 札を――ッ!!」
大岩が塞ぐ穴の隙間から――穢れが噴き出す。
それが俺たちに襲い掛かって来た。
周りが見えなくなる。
呼吸も出来ない。
どんどん体が弱っていくような感覚を――誰かが俺の手を掴む。
「小僧――お前がやれ」
「……! はい」
斎藤さんだ。
その手には札が握られていた。
俺の手に札を握らせて――俺を強引に外へと投げ飛ばした。
ゴロゴロと水の中を転がる。
そうして、呼吸を再開して立ち上がった。
穢れが赤い空へと上がっていく。
元いた場所を見れば――いない。
斎藤さんと岸部さんが消えていた。
周りを見れば、ルミ先輩たちも消えている。
俺だけで、俺しかおらず――だから何だ?
消えただけだ。
死んだかもしれないだけだ。
俺がやる事に変わりはない。
後は札を貼るだけでいい。
それしかやる事は残っていないんだ。
だったら――
『――――ヤ、レ――――』
「はい」
俺は歩き出す。
ハンマーを片手で引きずりながら大岩へと歩いていく。
理外者たちはそんな俺へと襲い掛かって来る。
体に触れれば激しい熱に襲われた。
燃えるような痛みで――どうでもいい。
肌が焼け焦げていく。
焦げ臭い肉の臭いがする。
足元から骨が手を伸ばしてきて――俺の肉を抉って来た。
噛みつき、引き剥がし。
想像を絶する痛みに、意識がバチバチと弾ける。
足が重くなりそうになり、引き返せという声が強く響き――どうでもいい。
「――!」
大岩から激しい熱が放出される。
凄まじい熱気であり、体に残った肉がぽろぽろと剥がれていく。
視界が潰れて何も見えなくなる。
喉も焼かれて呼吸も出来ない。
足の感覚も消えて、まるで無で――――どうでも、いい。
肉体は死んだ――偽物だ。
感覚が消失した――偽物だ。
何も感じない、何も無い――動いている。
見えずとも、動いていないように感じても。
俺の意思は動いている。
真っすぐに大岩へと進んでいて、着実に近づいている。
声はずっと響いている。
来るな、去れ、意味はない、と――関係ない。
仕事だ。
契約なんだ。
金を貰う為に、俺はこれを引き受けた。
一度引き受けた仕事を投げ出す事は許されない。
どんな理由でも――どんな事が起きても――――俺は――――
『――シゴトヲ――ハタセ――』
俺は進む。
魂を削るような絶望的な叫びを浴びながら。
無の世界で足を進める。
進んで、進んで……進んで……
進ん、で…………進ん…………で…………札を前に…………“貼った”。
『――――――!!!!!』
「うぅ!?」
瞬間、おぞましいほどの叫びが響き渡る。
空間。いや、全てが激しく揺れていた。
あらゆる負の念が叫んでいる。
それを直で俺は聞き、俺の心は、その、まま――――…………
…………――――声が聞こえる。
遠くから、俺を呼んでいる声。
誰なのか……いや、そもそも……此処は……冷たい。
顔に何かが触れている……何度も……。
少しぬちゃっとしていて……経験があったような……?
ゆっくりと引き上げられて行く。
どんどん光が見えてきて、その中に吸い込まれて行って――目を開ける。
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ……わん!」
「……イチか……まぁいいか」
イチが寝ている俺の顔を舐めていた。
見れば近くに――ルミ先輩がいた。
「起きたね……どう? 体の調子は」
「……まぁ……はい」
「ふふ、問題なさそうだねぇ……と、これ、今回の報酬だってさ! やったね!」
ルミ先輩が近くに置かれた紙袋を叩く。
俺は仕事は無事に達成されたんだと認識した……そういえば……。
「斎藤さんたちは……?」
「あぁ……そう、だね……うん。言わないと、だね」
「……もしかして……」
ルミ先輩は深刻そうな顔をする。
ギュッと拳を握っていて、今にも泣きそうな顔をしていた。
俺はまさかと思ってルミ先輩を見る。
「皆、穢れに飲み込まれてね……私は助かったけど……おじいちゃんたちは……っ」
「……そうですか」
俺は斎藤さんたちが死んだと認識した。
悲しいのかは……分からない。
ただ、惜しい人たちを失くしたとは思った。
もしも、生きていたのならこれからもっと仕事について――戸が開かれた。
戸を開けた人たちと視線があう。
一人は仏頂面で、他はニコニコとしている。
俺は口を小さくあけて茫然としていた。
「……起きたか」
「お疲れー。ふぅいい湯だったぁ」
「酒と食事もあるからねぇ。くぅぅ仕事終わりは最高だねぇ!」
「………………」
入って来たのは浴衣姿の――斎藤さんたちだ。
五体満足であり、湯気が出ているから温泉に入って来たと分かる。
幽霊でもゾンビでもない。
生きていて、俺の傍にドカッと座って……ルミ先輩を見る。
「ん? どうしたの?」
「………………別に」
「ぷ、ふふ……拗ねないでよぉ。ごめんってぇ! お詫びにデートしてあげるからさぁ。ね?」
「いりません」
「えぇ? そこは泣いて喜んでよぉ……傷つくなぁ」
「すみません」
「……お邪魔だったかぁ?」
田中さんが頭を掻く。
斎藤さんはため息を零していた。
俺は頭を下げて斎藤さんたちに謝る。
「ふふぅん。ま、井上君も起きた事だしぃ……私たちは温泉に行ってきまぁす! じゃあねぇ」
「あ、はい」
「「「……」」」
ルミ先輩はイチを連れて出て行った。
何故、イチがついていったのかは分からないが……まぁいいか。
ルミ先輩の足音が遠くなっていく。
やがて、気配が消えて……斎藤さんは俺に声を掛けて来た。
「お前……あの時の事、覚えてるか?」
「……何の事ですか?」
「……一瞬、お前は人が変わったように機敏に動いていた……アレは、お前の意思か?」
「………………分かりません」
俺は正直に答えた。
人が変わったというのがどの時の事なのか。
俺としては何時も通りに動いていたつもりだった。
斎藤さんには俺に変化が起きたように見えたようだが……。
斎藤さんはジッと俺を見つめる。
白濁とした視線からは威圧感があり……彼は頷く。
「まぁいい……暫く、此処で休め……八咫烏からの頼みだ。出て行ってもいいが……やめておいた方が良い」
「ま、体は無事でも、あそこに入ったからねぇ。温泉に入って、美味しいもの食べれるし……旅行だと思っていなよ」
「そうそう! 三日くらいだからね。井上君の大好きなゲームも用意してくれてるってさ! 良かったね」
「ありがとうございます」
皆さんにお礼を伝える。
すると、俺の元気な顔が見れたからと全員が立ち上がる。
それぞれに部屋が宛がわれているようで。
何かあればスタッフに聞いて来てくれと言った。
俺は頭を下げて……斎藤さんが去る前に声を掛けて来た。
「何でしょう?」
「……アレは……お前の知り合いか」
「アレ……あぁ、ルミ先輩ですか? いえ……皆さんの方が詳しいと思ってましたが……」
「「「……」」」
全員が険しい表情をする。
俺は首を傾げて何だろうと思っていた。
すると、斎藤さんは「そうか」と言う。
「……アレには深入りするな」
「……何故ですか?」
「……さぁな……ただ心の底から楽しんでこの仕事をするような奴は……信用したくねぇ。それだけだ」
「……そうですか」
「あぁ、そうだ……テメェも、そうはなるなよ……じゃあな」
斎藤さんはそれだけ言って戸を閉じた。
彼らの気配が遠くなっていき……俺は再び布団に寝転がる。
「楽しむな、か…………何でだ?」
よく分からない。
楽しい仕事なら、楽しいと思うのは普通だろう。
俺にとってこの仕事は天職で。
ずっと続けていたいと思えるほどに俺は……あぁ、そういう事か。
「…………まぁいいか」
仕事は仕事だ。
楽しむ、楽しまないは関係ない。
お金が貰えて、納得しているのであれば――どんな仕事でもやりたいよ。