朝の6時。
起床の時間であり、布団を畳んでカーテンを開ける。
体をぼりぼりと掻きながら、朝食の準備をする。
冷蔵庫から材料を取り出し、それで簡単な調理をしていく。
バターを鉄鍋に入れて中火で熱し、薄切りベーコンをかりっとする手前まで焼く。
その上に卵を一つだけ入れて、少しの水を入れてから蓋をする。
ガラスから見える感じでほどよく黄身が白っぽくなったら火を止める。
軽く塩コショウをまぶしてから、フライで取って皿に盛る。
後はレンチンした昨日の残り物の白ご飯を取り出し器に入れたりして……。
次々と簡単なものを並べていく。
イチを見れば、テレビを前足でぽんぽんと叩いている……見たいのかな?
「……よし」
テーブルに全てのものを並べた。
後は昨日の飲みかけのお茶のペットボトルを冷蔵庫から出しておけば……完成だ。
半熟のベーコンエッグに塩コショウをしたもの。
そして、即席の味噌汁に増えるワカメを少しだけパラっとしてお湯を注いだもの。
昨日の残りの冷や飯をチンして器に盛り。
賞味期限ぎりぎりの豆腐にチューブのショウガを垂らして醤油をかけただけのもの。
質素だが、朝であれば十分すぎる量だろう。
「ふあぁ……はぁ」
「わん!」
「ん……はい」
「わふわふ!」
イチの皿にドッグフードとミルクを入れる。
イチはお腹が空いていたのかすぐに食べ始めた。
俺も席につき、テレビのリモコンをつけて……ニュースか。
「いただきます」
手を合わせてから箸を掴む。
そうして、飯を食べながらニュースの内容を見る。
《昨晩、〇〇県××市にて大規模な火災が発生。民家10棟が全焼する被害が確認されています。警察は火元から故意による放火だと断定し――》
「……放火か……物騒だな」
民家10棟も燃えたらしい。
死人も出ていて、中にはまだ学生の……ん?
《被害に遭われたのは――と“細川守さん”16歳と“北川次郎さん”16歳――》
「…………この前の……可哀そうだな」
何気なく見ていれば、明らかにこの前の収穫で一緒に働いた子たちだった。
ニュースが切り替わり、通り魔の事件も出て……あれ、これも?
事件にて死亡した被害者たち。
それらはほとんどがあの時の学生たちだった。
全員ではなく、覚えている限りでは7人だが…………まぁいいか。
死んだ者は仕方がない。
不幸な事故や事件はどこにでもある。
深く考える事はあまりしたくない。
だからこそ、俺は飯を食べ進めていき……ふぅ。
「ごちそうさまでした」
「わん!」
「……ジャーキーも食べる?」
「わん!」
「はいはい……ん?」
近くに置いてあったビーフジャーの袋を取る。
そうして、一つ取ってからイチに渡して……端末が震えているのが見えた。
俺は袋を床に置き、すぐに端末を取った。
誰なのかと確認すれば……不明?
「…………まぁいいか」
俺は取り敢えず通話を許可した。
そうして、耳に端末を当てて……ノイズだ。
ノイズが走っていて、回線が乱れていた。
向こうでぼそぼそと声が聞こえるが……。
《ネェ――イマ――――ド、コ?》
「家にいます」
《イエ――――ワカ、ァ――タッ――》
端末の向こうの人はそう言ってぶつりと電話を切った。
俺は暫く端末を見てから、新手の詐欺かと考えて……まぁいいか。
「……仕事は無いし……散歩に行くか」
「……わん!」
俺は立ち上がる。
そうして、服を脱いで着替えていき――
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」
「……ふあ、ぁぁ……おはようございます」
「おはようさぁん」
河川敷を歩きながら、通行人のおじさんに挨拶をする。
おじさんは片手を上げてから、そのまますれ違った。
欠伸を掻きながら、俺は川を見つめる。
釣りをしたり、石きりをしていたり……平和だな。
イチは舌を出してとことこと前を歩いていた。
リードはしてない。
しようとしたら嫌がるからだ。
だからこそ、自由に歩かせていた。
不便は無いし周りの人にも迷惑をかけない。
賢いからこそ、問題は無いと判断して……ん?
ポケットから音が鳴る。
電話であり……また不明だ。
「はい」
《イマ――――ド、コ――――ネェ》
「今はぁ……河川敷です」
《ワカ、ッタ――――ソコニ、イ、イ――――テ?》
「え、嫌ですけど……切れた」
勝手に電話を掛けてきて場所を聞き、あげくそこにいろと言われた。
何がしたいのかと思ったが……まぁいいか。
「よっと、とと……よっこいしょ……遊ぶ?」
「わん!」
俺は河川敷をずるずると滑り降りていく。
そうして、適当なところで腰を下ろした。
ポケットからゴムのボールを出してイチの前で振れば、イチは尻尾をぶんぶんと振っていた。
俺はボールが川に落ちないように軽い力でボールを投げた。
イチはそれを追いかけていき……ふぅ。
「……何が来るんだ……どうでもいいか」
「――わん!」
「偉い偉い……はい」
「わふ!」
ボールを受け取りまた投げる。
それを繰り返していく。
受け取り、投げて、受け取り、投げて……ずっとだ。
イチは楽しそうだからいい。
俺も気晴らしになるからいい。
俺はイチの走る姿をボケっと眺めて…………ん?
「……影……あれ?」
急に暗くなった。
俺は上を見上げて――視線が合う。
『――――』
「……どうも」
俺を上から見下ろしているその人は恐らくは女性だろう。
身長は目算で2メートルを超えて……3メートルまではないか?
凄く背が高く肉付きがいい体をしていた。
が、肌は恐ろしいほどに白い。
まるで雪のような白さで、その上、純白のワンピースを着ているからこそ目が錯覚しそうになる。
腰まで伸ばした長い黒髪で、前髪も伸ばされていて顔はよく見えない。
しかし、髪の隙間から見える目は真っ赤であり大きく見開かれていた。
先ほどからふしゅふしゅと鼻息のようなものが聞こえる……興奮しているのか?
こんなにも大きい女性が立っているんだ。
さぞ目立つだろうと思って周りを見れば……誰も見ていない?
近くを通るランナーも、自転車に乗った学生もスルーしていた。
まるで、この女性が見えていないようだった。
俺はそれらを確認し……お客様のような存在だと思った。
「わん!」
「……よしよし……見える?」
「わん!」
イチが嬉しそうに吠えていた。
そうして、デカい女の人の周りを走る……悪い方ではないのか?
『――――』
「……電話の人は……貴方ですか?」
俺が質問すれば、女性は静かに頭を下げる。
それは良かったと思って、俺は川を見た。
互いに無言であり、静かに時間が流れていく。
ただぼけっと景色を眺めて……あぁ。
「……何かご用件が?」
『――――』
女性は俺を見下ろすだけで何も言わない。
流石に何もアクションが無ければ察する事も出来ない。
どうしたものかと思って……イチが急に走り出した。
「あ……すみません」
俺は断りを入れてから立ち上がる。
そうして、走っていくイチを追った。
何やら、橋の方へと向かっている。
追いかけて、追いかけて……イチが止まった。
「わん! わん!」
「……此処を掘れって? 何で?」
「くぅん?」
イチが前足を動かしてしきりに地面を示す。
掘れという意味なのは分かるが、理由は何なのか。
そう思って――女性が俺の横をすぅっと通り過ぎていく。
『――コ、コ――コォ――コォ?』
「…………分かりました」
俺は訳が分からなかったが、取り敢えず掘ってみる事にした。
道具は持っていないからこそ、手で掘る事になる。
両手で地面を掬って掘っていく。
掘って、掘って、掘って…………何だこれ?
地面の下には何かが埋まっていた。
出して見れば、それは箱らしきものだと分かった。
それなりの大きさであり、汚れた包帯のようなものが巻かれていた。
女性に視線を向ければ、目を歪めて笑っていた……開けろって事か?
イチを見れば、イチも目を細めて笑っていた。
無言の圧力を感じながら包帯を取っていく。
そうして、包帯を全て取ると……木箱に……札か。
明らかに、いわくつきの感じがする。
それっぽい札が張られているからだ。
ご丁寧に南京錠まで嵌められていた。
が、札も南京錠もボロボロであり、軽く触れてみて……壊れた。
「……これは」
蓋をぱかりと開ける。
すると、中には古そうな女性を模した人形が入っていた。
箱などを地面において人形を両手で持つ。
金髪であり、赤い服を着ている。
青い目をしていて笑っていた。
見るからに西洋の人形だろう。
箱は劣化していたのに、中の人形は新品のように綺麗だった。
そして、見ていれば不思議と心臓がドクドクと強く鼓動する。
薄っすらと黒い靄のようなものが見えて……穢れか?
ずっと持っていればどんな事になるか分からない。
今でも少し精神が乱れているように感じるからだ。
一時的に箱に戻そうとすれば……無い?
箱や包帯が消えていた。
見れば、地面に泥の塊ようなものが……まぁいいか。
「……で、これをどうしろと?」
『――――』
女性を見る。
すると、ゆっくりと移動を始めた。
その移動方法は独特であり、スライドするように動いていた。
よく見れば足元が霧のようになっている。
その光景を見ていれば……振り返って来た。
『――コ、ナイ――――コナ――――ィィ?』
「あ、はい。行きます」
「わん!」
またしても圧を感じた。
だからこそ、俺は女性を追っていく事にした。
#
あれからどれほど経ったか。
恐らくは4時間ほど経っているんだろう。
歩いて歩いて、電車にも乗った。
女性はやっぱり周りには見えていないらしい。
イチ用のペットケースをレンタルし、イチにその中に入ってもらう。
今時、お金さえ払えばペットも公共の乗り物を利用できるのは助かる。
女性は隣に座っているが見えてない。そう、彼女だけは見えていないんだ。
イチもそうだが、俺と人形もバッチリと周りには見えている。
ひそひそと話すおばさんたちの声が薄っすらと聞こえる。
女児用の人形を大切そうに持っているおっさんに向けられる視線……まぁいいけど。
電車を降りてからも、ペットケースを畳んで駅のロッカーに預けた。
田舎の方でも、最近ではロッカーが設置されているのは助かる。
女性を見れば、そのままスライド移動で何処かを目指していっていた。
そうして、暫く女性についていき歩いていた。
……が、問題なのはその道中だった。
急にカラスに襲われて人形を奪われたり。
奪われないようにバッグに人形を入れれば今度はひったくりにバッグを盗まれたり。
あらゆる方法で人形を奪われる目にあった。
が、何とか人形を追いかけて取り返し……疲れた。
「……」
『――――』
体中ぼろぼろだった。
傷もあり、血も出ていた。
喉も乾いていて、1時間ほど前に自販機で3本目の水を購入した。
イチにもしっかりと飲ませながら俺たちは得体のしれない林の中を彷徨っていた。
道から外れて、何処かの林の中へと入り。
鳥なのか獣なのかも分からない鳴き声を聞く。
不気味な声であり、林中に響き渡っていた。
今はまだ明るい筈だが。
異常なほどに木々が成長していて陽があまり差し込んでこない。
薄暗くじめっとしていて……何処まで進むんだ?
人形をしっかりと持ちながら道なき道を進む。
草を掻き分けて、異様に広く感じる林の中を進み……何かが蠢いた。
「ん? あれ……!」
足を止める。
女性はそのまま先に行くが、俺は進めない。
何故ならば視線の先には……熊がいた。
それも普通の熊よりも遥かにデカい熊だった。
通常の三倍以上はある巨体に、体毛は真っ白で。
立てば更に大きく見えて爪は血のように赤く眼も真っ赤だった。
よく見れば体中に傷跡がある。
まるで、歴戦の強者のような風格で――此方を見た。
「……」
「わふ?」
俺はその場でジッとする。
明らかに普通には見えない熊だが。
慌てて良い事が無いのは共通だろう。
目を逸らす事無く、ただその場で立つ。
その間も、熊は俺の元へとのそのそと歩いて来る。
チラリと女性を見れば、足を止めて遠くから俺の事をジッと見つめていた。
助けてはくれないんだろう。
そう思っていれば至近距離に熊の顔が近づく。
「――」
「……っ」
鼻を鳴らしていて俺の匂いを嗅いでいた。
全身の匂いを確かめていて、俺はただジッとして――熊が人形を噛む。
「……!」
軽く噛んで人形を持ち去ろうとした。
俺は咄嗟に力を込めて人形を取り返した。
瞬間、熊から殺気のようなものを感じた。
「――――ッ!!!!」
「……すみません」
熊は怒ったように叫ぶ。
空間が激しく振動したかのように思える声だ。
仕事のルールが適用されない状況だ。
明らかに危機的状況で――関係ない。
これも仕事だ。
お金は貰っていない。
が、一度引き受けたのなら――
『死んでも、仕事を果たせや――井上ぇ』
「死んでも――果たす」
俺は一歩も引かずに熊の目を見つめる。
すると、熊は威嚇するのをやめた。
そうして、立ったまま俺を見つめてきて……姿勢を戻す。
熊はそのまま俺が来た道へと歩いていく。
のそのそと熊の足音が聞こえて……いなくなった。
瞬間、ぶわりと汗が噴き出してきた。
死が間近に迫っていて、一歩間違えればあの世行きだった。
が、何とか生きていて……何とかなった。
「……よし」
俺はそのまま歩き出す。
そうして、女性の下まで行き――
「はぁはぁはぁはぁ……ん?」
アレから歩き続けた。
1時間は経過していただろう。
これは最早、林ではなく森だったんじゃないかと思って……開けた場所についた。
木々が無い。
代わりにヒマワリが沢山咲いていた。
綺麗であり、女性はひまわり畑の中心に立っていた。
俺はひまわりを傷つけないように進み……これは……墓?
『う、うぅ……ひぅ……ぅ、ぅぅ』
「……?」
女性の傍には墓がある。
立派な墓だが名前は削り取られていた。
そして、その近くには白装束の少女がいた。
背を此方に向けてうずくまって泣いている。
何故、墓の前に少女がいるのか……まぁいいか。
「あの……これ」
『ぇ、誰――誰ぇぇぇ?』
少女が俺の声に反応して振り返る。
すると、その顔が露になった。
肌は焼け焦げていて、片目は潰れていた。
もう片方の目も飛び出している。
体の一部がただれていて、膿が出ていたり蛆が湧いていた。
唇は無く歯がむき出しになっていた。
病気というよりは……戦争映画で見たような……まぁいいか。
「……これを」
『……! リンちゃん! リンちゃんだ!』
少女に人形を差し出せば、彼女は嬉しそうな声を出して人形を受け取る。
瞬間、俺の体にあった不調が綺麗になくなった。
少女が嬉しそうに人形を抱きしめれば、人形から出ていた黒い靄が消えていく。
まるで、少女の想いが人形の穢れを祓ったように感じた。
暫く、少女を見ていれば彼女は俺を見つめて来た。
そうして、一生懸命に笑みを作る。
『ありがとう。優しいおじさん!』
「どういたしまして。じゃ、ぁ――――…………」
俺が帰ろうとすれば、意識が揺らいだ。
頭を押さえるが視界が大きく揺れる。
立っていられず、そのまま地面に倒れた。
呼吸が苦しくなっていき、視線を上にあげれば――女性が笑っていた。
『ア、リガ――――ト、ウ――――ネェ――――』
#
「――い。おぉい。あんちゃん。あんちゃん! おいってば!」
「……ん、ん?」
声が聞こえた。
目を開ければ……夕暮れ?
周りを見れば、何処かのバス停っぽい。
田舎にあるような謎の小屋のような場所で。
どうやら、意識を失って眠っていたのか。
声を掛けてくれた人を見れば、畑仕事をしていそうなお爺さんだった。
「こんなところで寝てたら風邪ひくぞぉ? ほら、そろそろバスも来るしよぉ」
「あ、はい……バスって駅まで行きますか?」
「んあ? そりゃ行くけど……アンタ、狐にでも化かされたかい? カカカ」
「あぁ……まぁ……」
「カカカ! そりゃ幸運だね! 帰ったら宝くじでも買いな! ほんじゃあね!」
「わん!」
お爺さんはイチの頭を撫でてそのまま帰っていく。
俺は頭を下げてお爺さんを見送り……ん?
何かを俺は膝の上に置いていた。
見れば、小さな箱があった。
これは何かと思って開けてみれば……小判?
多くは無いが、丁寧に紙で包まれた小判の束が入っている。
恐らくは本物であり……これは?
小判とは別に、小さな色紙で作られた袋らしきものもある。
開けてから中身を確認して……種か。
「ヒマワリ、かな……まぁいいか」
「わん!」
種を袋へと戻す。
そうして、箱もしっかりと閉じておいた。
すると、バスのエンジン音が聞こえてくる。
見れば、こっちに向かって来ていて……目の前で止まった。
俺は立ち上がる。
そうして、中へと入って一応ペットも乗っていいかと尋ねる。
すると、問題ないと言われて俺たちは乗り込む。
《出発しまぁす》
「ふぅ…………今日はもう遅いし……何処かに泊まるか」
「わふ」
イチの頭を撫でる。
駅の近くにペットも泊まれるホテルがあった筈だ。
女性についていきながら看板を見たが。
個室限定でペットも温泉に入れると書いていたのを覚えている。
イチも俺の考えが分かったのか、嬉しそうに笑っていた。
「……綺麗だなぁ」
窓から見える景色。
茜色の空の下に広がる田んぼ。
田舎ならではの景色であり、のどかで静かで心が落ち着く。
何処にでもある景色でも、日本人にとって馴染みのある景色なんだろう。
こういう場所も、偶にはまぁ……悪くはないな。