午前1時を過ぎて、始まりの時を待つ。
手には先端に油を染み込ませた棒を持ち。
服装は平安時代のような赤を基調とした服に黒い冠と呼ばれるものを身に着けていた。
顔前面には血文字で何かを書き込んだ布のようなものを貼られていて。
Aさんからは絶対にこれを取ってはいけないと念押しされた。
「……」
今日の仕事は……“行進への参加”らしい。
今いる場所は有名な商店街の入り口で。
ほとんど人は通らないが、何時もと違って人は存在していた。
こんなおかしな格好をしていたら、通報されるんじゃないかと思ったが。
通行人たちはチラリと見るだけで、特に何も言わずに去っていく。
まるで、おかしなところは無かったというような反応だった。
警察官も通っていったが、特に職務質問される事も無く……まぁいいか。
行進の参加はアクシデントでもない限りは3時間ほどで終わるらしい。
ルールは勿論あるが……まぁ問題は無いだろう。
1つ目、自らの正体がバレてはならない。
2つ目、お酒は飲み過ぎてはならない。
3つ目、全ての台に燈を灯さなければらない。
4つ目、最後まで行進に参加しなければならない。
以上だ。
正体がバレてはいけないというのは、この垂れている布も関係しているんだろう。
視界が悪くなるのではないかと思ったが。
不思議な事にこれを着けていても前は見えていた。
まるで、透けているように見えるのだ。
凄いものだとは思ったが……まぁいい。
酒については、行進をしている方々からやその時々で貰う事があるらしい。
全部、飲めるのならそれでもいいが。
かなり強いらしく、全てを飲んでいれば最悪、意識を失ってしまう危険性があるらしい。
俺が動かなければ行進は止まり、今回の仕事は失敗となる。
重要な仕事のようであり、今回の事に関しては不測の事態とAさんは言っていた。
本来、お役目をする筈の存在がいなくなり。
その結果、行進に参加されるお客様からのご提案によって俺が代理として参加する事になった。
他の行進に参加する方々が俺が誰であるかは知らない。
だからこそ、絶対に正体を明かしてはならないと言っていた。
……一応、フォローをしてくれるお客様については聞いているけど。
「……」
お爺さんの見た目をしているらしい。
子供ほどの大きさで、杖をついているお爺さんだ。
特徴的だからこそすぐに分かると言っていた。
『助けてくれるかは分かりませんが……万が一の場合はお客様を頼ってください』
Aさんはそう言っていたが……まぁいい。
助けてくれずともやる事は変わらない。
そう思いながら、俺は商店街の入り口に設置されている時計を見つめて――カチリと針が動いた。
低い鐘の音のようなものが響く。
除夜の鐘の音のようであり、空気が一変したかのような……ん?
「……?」
周りを見る……いない。
先ほどまでいた酔っぱらいが消えている。
道の端で寝ていた筈だ。
いや、それどころか霧が出始めていた。
急であり、空気が少しひんやりとしていて……何かが歩いてきた。
「「「――」」」
無数の影だ。
霧の先、交差点の方から歩いて来る集団。
俺は棒を握りしめながら待つ。
待って、待って、待って……おぉ。
姿を現した集団。
一言で表すのなら……異形だ。
人とは異なる姿をした集団。
以前のテーマパークの時とはまた違う。
日本の妖怪のような姿をした方々だった。
首が長い蛇の顔をした着物を着た何かや大きな蜘蛛のようで腹部を上げれば逆さの化粧をした男の顔がある何か。
地面を川のように泳いでいる河童のような体中に鱗の生えた何か。
ひらひらと宙を舞う人の顔の皮で作られたような長い布……それも生きているっぽいな。
血まみれの大きな達磨や人の骨で作ったような車輪に獣の骨を中心につけた何か。
真っ黒な布で体をすっぽりと覆いその布中に生きているように動く動物の顔をつけた何か。
他にもぞろぞろと歩いて来ていて……百鬼夜行みたいだな。
太鼓や鐘の音が聞こえている。
見れば、俺と同じような姿をした何かが鳴らしていた。
一見すれば人のように見えるが……違うな。
「「「……」」」
人の姿を真似た何かだ。
それ以上は分からないが、何となく……いや、別にいいか。
妖怪のような一団は俺の前で止まる。
俺は彼らへと頭を下げた。
すると、彼らもまた俺に対して頭を下げて来た。
「――ヒヲ」
「……はい」
先頭を歩いていた人の姿をした何か。
それが持っていた鉄の箱を開けた。
その中には、轟々と燃える青い火の玉があった。
蓋を開ければ中の火の球が外に出てきて、俺は言われるがままにその火へと棒の先端を当てる。
すると、棒の先端に火が燃え移り、火の玉から松明の先端の火に変わる。
人型の何かを見れば、体がぽろぽろと砕けていく。
それは瞬く間に人の姿から……ただの土くれになった。
俺はそれを見つめていた。
が、急に地響きのようなものが聞こえて顔をあげた。
「「「ススメ、ススメ、ススメ――イザ、イザ!」」」
「あ、はい」
どんどんと足音を鳴らす方々。
俺は彼らが手で示す先へと足を進めた。
商店街であり、中へと入れば……あれ?
「……?」
商店街の雰囲気ががらりと変わっていた。
シャッターは赤く塗りつぶされていて、黒い塗料で太陽のマークが書かれている。
先もそうなっていると思うが、壁のように霧が濃くなっていて見えなくなっていた。
唯一、Aさんから教えられた石の台が置かれているのが見える。
あの先端に燈を灯せばいいらしい。
「「「――」」」
「……」
ゆっくり、ゆっくりと後方の方々の歩調に合わせて進む。
両手で松明を持ちながら、慎重に進んでいった。
進んでいけば、最初の台が迫り――さっと燈を灯した。
ぼわっと青い炎が噴き出す。
瞬間、先を覆っていた霧が晴れて行った。
先が見えて、台も確認できる。
見れば、シャッターには同じマークが塗られていた。
他にも装飾品などが変わっていて、石の鳥居のようなものまで商店街の道に出来ていた。
これは何か、空間そのものが変わったのか……まぁいいか。
俺は進んでいく。
まるで、部隊を導く旗手のように。
進んで、進んで、燈を灯し……誰かが立っていた。
「「「――」」」
無数の異形。
だが、その姿は小さく幼そうに見えた。
手には小さな徳利を持っていた。
霧の先から駆けてきて――俺の前に一人が立った。
「ドウゾ」
「あ、はい」
一つ目で舌の長い一本足の異形。
それが俺に徳利を差し出してきた。
悪意を感じなかったからこそ受け取る。
他の方々を見れば、受け取った徳利の中身を飲んでいた。
ルールでは、飲み過ぎてはいけないと言われた。
つまり、数杯程度なら問題ないのだろう。
そう思って、布が完全に捲れないように少し手で避けながら徳利の中身を飲み……。
「……ありがとうございます」
「オヤクメ、ガンバッテ!」
「はい」
一本足の異形はそのまま飛び跳ねながら霧の先へと走り去ってしまった。
俺は口元を指で拭ってから行進を再開する。
酒は……確かに強めだ。
一杯でも酔っぱらった感じがする。
恐らく、飲めても3杯程度が限界かもしれない。
それ以上を飲めば意識を保っていられる自信は無い。
なるべく、酒を拒めるのならそうしようと思いながら、俺は真っすぐに進んでいった。
#
「「「――! ――?」」」
「……」
段々と話声が聞こえるようになってきた。
後ろでも話しているが、街中からも声が聞こえる。
商店街の姿は完全に変わってしまっていた。
まるで、昔の時代の日本家屋が並ぶ大通りのようになっていた。
提灯には灯が灯っている。
窓らしき部分では影だけが見えていたが。
戸を開けて外に出て来る存在も見えていた。
人ではない。
これらも異形のように見えるが、姿はハッキリと見えない。
まるで、姿を俺の目では正しく認識できていないような違和感。
が、確かにそこにいて細い腕を伸ばして……手を振っている。
それらを見ていれば、屋台のようなものまで出始めた。
屋台の店主らしき存在たちは、色々なものを後ろで歩く存在たちに渡していた。
トカゲの丸焼きや蛙の天ぷらに、マグロの目玉らしきものを串に刺したもの。
その他にも酒瓶と盃を持って彼らに酒を飲ませていた。
俺の方にも来たが、俺はそれは不要だと断る。
彼らは首を傾げてはいたが、特に気にする事無く後ろの彼らの方へと向かう。
やはり、全てを受け入れる必要はない。
この場所での飲み食いに関しては完全に自己判断によるものだ。
何と無しに見ていたが、断っている存在もいたからな。
単純な好き嫌いであろうとも断れるのであれば問題ない。
そう判断して断って……燈を灯す。
更に先へと繋がる道の霧が晴れた。
俺はそのまま真っすぐに進んでいき――何かが肩に触れた。
「おい、お前ぇぇ……何でぇぇ飲まねぇんだぁぁ?」
「……お役目に集中したいので」
「あぁぁぁ? 集中だぁぁぁ……あぁぁぁ確かにぃぃぃそれはぁぁぁ重要だなぁぁぁ?」
肩に触れた何か。
ちらりと見れば……頭だ。
頭が俺の肩に乗っかている。
そして、別の頭が俺の前に寄って来た。
見れば、首が異様に長い上に幾つも頭がついていた。
が、人の顔ではなく動物を模した青銅の仮面のようなもので顔を隠していた。
真っ暗闇の目の先から俺を疑うような視線を感じる。
彼はくねくねと首を動かし、ずりずりと体を引きずって俺の前に立つ。
見れば、体が青銅のようなもので覆われていた。
自由に体が動かせないのか、青銅の体で地面を擦っていた。
彼は器用に後ろを向きながら動いていた。
あくまでも疑うだけで俺の行動を妨害する事は無い。
俺は彼を見つめながらどう切り抜けるかを考えて……頭の一つが盃を咥えていた。
「飲めよぉぉぉぉ」
「いえ、お役目を」
「飲めよォォォォォ飲め飲め飲め飲めのぉぉぉぉめぇぇぇぇ」
彼はずいっと盃を差し出して来る。
もう一度断ればどうなるかは分からない。
が、彼から殺気のようなものを感じる。
もしも拒めば強引に布を剥がされる恐れがある。
俺はそう考えて……盃を片手で受け取る。
顔を背けて布を少しだけずらして飲む。
すると、一気にアルコールが俺の脳みそをとろけさせようとしてきた。
俺は何とか耐えながら、空になった盃を返そうと――別の頭が酒を盃の中に注いだ。
「もっと! もっとぉぉぉぉ飲めるよなぁぁあぁぁ? ああああぁぁ?」
「……」
「あぁぁぁぁぁああああ? あああああぁぁ? あぁぁぁ……嫌って、かぁ?」
「…………」
六つの頭が四方八方から俺を見つめる。
明らかに疑っている視線だ。
一杯だけではダメであり、もっと飲んでみろという事らしい。
どうすればこの酒を断れるか。
考えて、考えて、考えて――――酒を頭からかぶる。
「あああぁぁぁぁ何ぃぃぃぃぃぃ?」
彼は驚いていた。
俺は彼が怒る前に盃を差し出して――
「浴びるように――飲ませて頂きました」
「……ふ、ふは、ふひは……面白い奴だなぁぁぁぁ気に入ったぁぁぁぁぁぁ」
彼はそう言って俺から盃を受け取る。
そうして、そのまま俺の前から退いて後ろへと戻っていく。
俺は何とか切り抜けたと――彼が俺の耳を舐めて来た。
「……!」
彼が仮面の口をカタカタと言わせる。
そうして、濃厚な酒気を吐息と共に吐き出した。
横を見れば、闇のような目が俺を捉えていた。
「なぁぁんかぁぁぁ……人間っぽいなぁぁ?」
心臓が強く鼓動する。
彼はゆっくりと長い舌で俺の布を捲ろうとし――衝撃音がした。
何が起きたのかと見れば、頭の一つが大きくのけ反っていた。
ゆっくりと頭を戻してから、彼はカタカタと音を鳴らした。
彼の視線を辿ってみれば……あぁ。
「やめいやめいぃ。
「あぁぁぁぁ? 生息子をぉぉぉぉぉ?」
「そうじゃそうじゃ。初心も初心。人の子と遊ぶのが大好きな生息子じゃよ。分かったらほれ、後ろにさがれぃぃ」
「ああぁぁぁぁあああああぁぁぁ……分かったぁぁぁぁ」
青銅の何かは言われるがままに後ろに戻っていった。
助けてくれた方に視線を戻す。
すると、その人こそが今回の――お客様であると分かった。
子供ほどの身長しかなく。
頭は異様に大きく、顔は老人のように皺だらけで。
蓑のようなものを羽織っており、使い古した草履をはいていた。
口を開ければ歯は真っ黒であり、手には鳥を模したような大きな杖を持っていた。
彼は無言で俺の隣に立つ。
そうして、小声でそのままこっちを見ずに歩けと言う。
「……聞いていたよりも……若いのぉぉ。お陰であやつも納得させられたわい」
「……ありがとうございます」
「おぉ? 何の事やら……ほれ、そろそろ“
「そうしき……?」
俺は何の事かと考えて……また霧の先から何かが現れた。
今度は白装束に赤い帯を巻いている姿の見えない何かたち。
それらが俺を追い抜いて後方の彼らへと走り寄る。
何かを渡していて……ん?
「おぉおぉ、これはまぁた見事な花よのぉぉ。どうもありがとうのぉぉぉ」
『――!』
「おぉおぉ、次に会う時はよろしゅうのぉぉ」
「……菊とユリ」
お客様が受け取っていたのは仏花と呼ばれるものだった。
菊とユリの2種類の花束だ。
改めて後ろを見れば、全員がそれを受け取っていた。
俺にもそれが渡されて、思わず受け取ってしまった。
お客様が葬式と……いや、きっと別の意味か……この式の最後は恐らく……。
俺は考えながら歩いていく。
左右を見れば、多くの何かが手を振っていた。
姿はハッキリとは見えない。
が、嬉しそうで楽しそうで……喜んでいるのか?
異様には感じるが恐怖はない。
それは恐らく、全員が楽しそうに声を上げているからか。
そんな事を思って……台の前に立った。
「おぉ」
「大きいのぉぉ」
今まで以上に大きな台だ。
まるで、これが最後と言わんばかりだ。
オリンピックの聖火台のようにも見えるそれで……お客様が杖をそれに向けた。
「ほれ、最後の燈じゃ……よろしくのぉ」
「……はい」
俺は台の方へと寄る。
そうして、燈を灯すべき場所へと松明を翳して――燈が勢いよく昇っていく。
全員がそれを見つめる。
上へ上へと燈は昇っていく。
そうして、台へとたどり着いて――巨大な青い炎が噴き上がった。
「「「――――!!!」」」
「……すご」
「ほっほっほ。よぉぉ燃えておるわぁぁぁ絶景かな絶景かなぁぁ」
お客様を含めて全員が雄叫びを上げていた。
これが最後なのかと見ていれば――炎が空へと舞い上がっていった。
青い炎がぐるぐると渦を巻く。
そうして、その色が黒へと変わっていく。
見れば暗い空の色が血のように真っ赤になっていき――それは姿を現した。
巨大な――“黒い太陽”。
無数の目があり、全てが俺たちを見下ろしている。
黒い炎を噴かせているが、それは穢れではないと断言できる。
黒く闇のようであるが……ひどく心が安らぐような気さえした。
真っ赤な空で浮かぶ巨大な黒い太陽。
見下ろしているその目は菩薩のように優しげであった。
彼は目を細めて笑い――後ろから声が聞こえて来た。
「……! 燃えて」
「ああぁぁぁぁぁ!! 俺が一番乗りだぁぁぁぁ!!!」
手を広げて燃える事を喜んでいる存在。
やがて、一人また一人と火が燃え移っていく。
全身が火だるまになっている。
が、全員が同じように――喜んでいた。
痛みは無いのか。
安らぎを感じているのか。
この式の意味は何か、俺は……いや、いい。
「……」
俺は松明をギュッと握る。
火は既に消えている。
が、それでも俺はしっかりとそれを持って――天へと掲げた。
火はどんどん広がっていく。
辺り一面が火の海と化していた。
見れば、お客様も燃えていて――彼が笑った。
――ありがとう、人の子よ。
――――最期に会えた人間が君で良かった。
――――――――これで我らは心置きなく、生まれ変わる事が出来る。
「――っ!」
火が俺に燃え移る。
体が炎に包まれて――温かい。
心が安らぎ、抱かれているようだった。
視界では火の粉が舞っている。
それらを見ていれば、無数の火の粉がパチパチと弾けて……空へと昇っている。
まるで、星だ。
火の粉が流れ星のように見える。
黒い太陽は笑っていた。
その目には俺が映っていた。
俺は松明を掲げ続けて――――
『――――アリガトウ――――』
「……!」
お客様たちの声が心に響く。
そうして、炎の勢いが一気に増して俺の体は――――…………
…………――――目を開ける。
周りを見れば、何処かの山の中だった。
ベンチに座っていてちゃんとした駐車場の敷地内だ。
崖に落ちないように作られた木の柵の向こうで……朝日だ。
「……」
「綺麗ですね」
「……そう、ですね」
綺麗に輝く朝日が見える。
隣を見ればAさんが座っていた。
彼女の膝の上には紙袋が置かれている。
「……着替えさせてくれたんですか?」
「……すみません」
「あ、いえ……ありがとうございます」
「「……」」
Aさんと共に昇りゆく朝日を眺める。
俺たちは暫くの間、黙っていて……Aさんが声を掛けて来た。
「井上様は……地球というものを……どう思っていますか?」
「……どう……まぁ無くなったら困ります……ゲームが出来なくなるので」
「……命に代えても、守りたいと思えますか?」
「……? いや、それは……まぁ、守って何か……やってもいいと思える事があれば」
「…………そうですか」
Aさんはおかしな質問をしてきた。
俺はどういう心境なのかと思って――Aさんが紙袋を渡してきた。
「今回の報酬になります……少ないですが、3000万ほど」
「おぉ……ありがとうございます」
俺はAさんから紙袋を受け取る。
すると、Aさんはベンチから立ち上がった。
「それでは、私はこれで。帰りの車は彼方に」
「あ、はい。お疲れさまでした」
Aさんは頭を下げてから去っていく。
俺はまた朝日の方に目を向けて……。
「理由があれば……か」
「……」
Aさんがぼそりと呟いた。
何かを企んでいるような気がしたが…………まぁいいか。