霧深き山の中を探索する。
周囲には木々ばかりで、お宝らしきものは――西村さんが声をあげた。
「あ、アレはぁ!? まさかぁ!?」
「「「……?」」」
西村さんが何かを見つけて駆けだした。
俺たちは彼の後を追いかけて……これは……。
木に立てかけられたギターらしきもの。
少し古そうであり、翼のようなデザインだが傷だらけだった。
俺以外の人間もそんなに喜ぶほどのものかと西村さんを見る。
すると、彼は俺たちの視線に気づいてギターの説明を始めた。
何でも、このギターは90年代に一世を風靡したバンドが使っていたギターで。
傷だらけなのはパフォーマンスがド派手過ぎてついた勲章のようなものらしい。
本物かどうか分かるのかと聞けば、そのギターにしかない刻印と独特な血の跡がついてる筈だという。
「……あ! あった! 本物だ! やっぱり! くぅぅすげぇぇ!」
「……そのボロいギターがそんなに嬉しいの?」
「はぁぁ!? ボロいって……まぁそりゃ見かけは古いけどよぉ。これ! マニアに売れば軽く50……いや、100万はするんだぜ!?」
「え? 100万? こんなのが……信じられない」
「うーん。正直、僕も音楽界隈には疎いので……携帯があれば調べられたんですけどねぇ。はは」
「くぅぅ! 見る目がねぇなぁ! ま、まぁ、これは俺が持って帰るとして……い、いいんだよね? 井上君?」
「え、あぁ……まぁ問題ないと思いますよ。多分」
「そ、そっかぁ……うぅぅラッキー!」
西村さんはギターに頬ずりする。
俺たちはそれを見てくすりと笑った。
……今回の仕事において私物の持ち込みは許可されなかった。
今、何となく分かったが……調べさせない為だろう。
この山には確かにお宝が沢山ある気がする。
このギターも西村さんの言う事が本当なら100万円の価値がある。
つまり、お宝を集めていけば基本報酬を大きく上回る額になるかもしれない。
破格の仕事であり、恐らくはもっと他にも価値あるものが眠っている……が、ほとんどがその価値には気づかない。
恐らくは、全員が価値があると判断できるものは少ないかもしれない。
一部の人間が知る類のお宝で。
どれだけ価値があろうとも、ほとんどの人間が価値を見出さなければ……そういう事だろう。
「……」
今回の仕事には罠がある。
簡単に自分自身が価値があると判断して供物として捧げる訳にはいかない。
それをすれば取り返しのつかないミスを犯してしまう。
それを避ける為にも、一刻も早く全員が納得するものを探す必要がある。
俺たちは再び歩き出し探索を――フクロウの声が聞こえた。
「「「……!?」」」
「皆さん、陣形を」
「お、おぅ!」
俺たちは互いに背中を合わせる。
そうして、円を描くようにそれぞれの方向を見た。
これが集団においてフクロウを探す為の成功率の高い陣形だ。
それぞれが一部の場所を注視する事で意識の分散を防ぐ。
勿論、これは互いに信頼する事が重要だが――山田さんが声をあげる。
「い、いた! あそこ!!」
「「「……!」」」
山田さんが指を向ける。
俺たちはすぐにその先を見て……いた。
「――」
煤を頭から被ったように真っ黒な体で、黄金の瞳をしている。
くるくると頭を回していてジッと此方を見ていた。
不気味であり、俺たちは暫くそれを見つめて――それが飛び立った。
「……い、いけたのか?」
「た、多分? は、はは」
「ふぅ……もしも、見つけられなかったら、どうなってたのよ……あぁもうぅ。煙草吸いたい」
「良くない事は確かデース」
「まぁチームで動いている限りは大丈夫よ……多分」
「……」
口々に不安やらを口にしている。
俺はそれを黙って聞きながらも、ここで止まっている訳にはいかないと足を進める。
全員が俺についてきてくれて……何だ?
妙に落ち着かない。
視線を感じる気がする。
何時もの視線ではない。
もっと恐ろしいような……まぁいいか。
俺は進む。
そうして、周辺を見渡して――
#
アレから何度もフクロウは現れた。
その度に陣形を組んで対処して……何とかなっているな。
宝探しを続けている。
先ほども西村さんのお眼鏡にかなうものが見つかり……三人の喜ぶ声が聞こえる。
「は、はは……すげぇ、すげぇや……まさか、こんなにお宝がぁ!」
「ふ、ふふ。全部持って帰れなくても、これだけあれば……僕の人生にもツキが!」
「最高よ! 最高最高ぅ! 何よぉ怖がらせるだけでぇ……良い仕事じゃないのぉ!」
三人はお宝の山を抱えて嬉しそうだった。
西村さんはギターやら自転車やら謎の置物やらで。
大田原さんはプラスチックケースに入ったカードや何かの記念メダルや古そうなフィギュアなど。
山田さんはファンシーな動物のようなぬいぐるみや小さめの腕時計にバッグやらドレスやらで。
俺たちには分からないが、本人的には涎が垂れるほどのお宝らしい。
「た、確かに、此処にはお宝が沢山……ミーもこれだけ集められました!」
「わ、私も……ぐ、ぐふ! 雅様のファンクラブ会員限定の世界に10個しかない超高級首輪に、雅様のサイン入り生写真集……ど、どれもコアなファンなら数百万の……うひぃぃ♡」
「……まぁ、俺もお宝を見つけたけど……ふふ」
俺の手にはゲームのソフトが幾つもあった。
全てが絶版になっているものや限定100個しか生産されていないものなど。
マニアの間では、超高額の値段で取引されているものばかりだ。
間違いなく、基本報酬を大きく上回るお宝たちで……でも、駄目だ。
これだけでは足りていない。
いや、足りていないというよりは……条件を満たせていない。
それぞれが分かるものしか持ちえていない。
自分自身しか正しい価値を認識できないものばかりだ。
これでは意味がなく、このままでは……ん?
『――』
「……?」
足を止める。
声のようなものが聞こえた気がした。
俺が急に止まって全員がどうしたのかと聞いてきた。
俺は声に導かれるように足を動かす。
崖に注意しながら、草を掻き分けて進む。
進んで、進んで、進んで…………小さな箱?
「……これも、お宝?」
「あ、開けてみなさいよ!」
「で、でも、もしも爆弾とかだったら」
「そ、それは怖いデース」
「……いや、流石にあからさまなデスゲームみたいな事はしないんじゃないの? ねぇ?」
「あぁ……まぁ、多分……開けますね」
一本の枯れた木の前に置かれた木で作られた箱。
鍵はついておらず、見ようによっては宝箱に見える。
俺は全員の視線を受けながら、その箱の前で膝をつく。
そうして、持っているゲームソフトの箱たちをそっと横に置く。
両手をゆっくりと広げて、慎重に箱に触れた。
ゆっくり、ゆっくりと箱を開けていき、中から出て来たのは――金貨の山だった。
「うわぁぁ!? こ、これ!? す、すげぇ! 本物かぁ!?」
「い、いや、そんな訳……こ、これ? 鑑定書じゃない!? え、本物じゃないの!?」
「こ、この量だったら間違いなく、かなりの額になるんじゃ……下手したら何千万円にも」
「「「……っ」」」
全員がごくりと喉を鳴らす。
まるで、獲物を狙う肉食獣のようだ。
争いが起きそうな流れだが、これは供物として最も最適な――声が聞こえた。
全員が振り返る。すると、そこには……あぁ。
「おいおい、マジかよぉ。じゃ、それが……正真正銘の宝って事かぁ?」
「すげぇなぁ! あの女に言われた通り、つけてきて正解だったぜ!」
霧の先から出て来た人間たち。
ガタイの良い男たちが四人で。
その手には刀や槍などの武器が握られていた。
手には鑑定書のようなものを握っており、アレもお宝なんだろうが……まずいな。
明らかに、彼らは……誰かを手にかけている。
刃物の血は拭いているが。
服の方に返り血がついていた。
その量からして確実に……彼らの目は血走っていた。
手慣れているのか。
それとも、ここで初めて経験したのか。
何方にせよ、もめたか何かで手を掛けた。
タガが外れた人間たちであり、間違っても争いになってはならない。
少なくとも、大きなものを持っている西村さんは逃げる時に遅れるのは確実だ。
奴らは笑いながら近寄って来る。
そうして、1人が笑みを浮かべながら手を向けて来た。
「なぁ、それさぁ……俺にくれよ」
「な!? 何言ってんだ!? これは俺たちが!」
「そ、そうよ! 大体、横取りなんていい大人が何考えてんのよ!」
「う、うぅ、こ、此処は穏便にぃ」
「お、落ち着いて話をしましょう! お腹が空いてるのでぇすかぁ!? おにぎりはぁ……ないデース」
全員が必死に抵抗する。
柳さんだけは俺の隣に立ちどうするか聞いてきた……仕方ないか。
俺は彼らを押しのけて前に出る。
そうして、殺気を放つ男に対して……宝を差し出した。
「どうぞ」
「なぁ!? 井上君!?」
「アンタ本気なの!?」
西村さんと山田さんが抗議する。
が、俺は男の目を見つめて箱を差し出し続けた。
すると、男はにんまりと笑って箱を奪い取った。
「ふふ、お前は賢いなぁ……そんじゃ、頑張れよ。くくく」
男は箱を持って去っていく。
他の連中も男を追いかけて去っていき……いなくなったな。
俺は静かに息を吐く。
そうして、抗議してくる二人を押しのけてゲームソフトの方へと戻り拾い上げる。
「本当に良かったのか? アレがあれば最悪……」
「アレを売れば相当なお金になったのに……チッ」
「……行きましょうか」
説明してもいいが。
恐らく、二人も何となくは気づいているだろう。
あのまま抵抗していればどうなっていたか。
此方の方が人数は多くとも、彼方は武器を持っている。
確実に死人は出ていただろう。
犠牲を出さないのであれば、差し出す選択こそが最適だ。
……それに、時間はまだある。
かなり経ってはいるが。
まだ可能性はあるだろう。
そう自分に言い聞かせながら、俺は探索を再開した。
#
「「「……」」」
探索を終えて……俺たちは帰って来た。
山の中を歩いているからこそ、迷うのではないかと思ったが。
頭の中で帰ろうと考えれば、勝手に道が分かったような気がした。
思うままに進んでいけば、自然と元の場所についていた。
霧はかなり晴れてきていた。
鈴の音は聞こえなかったのでまた時間はあるだろうが……まぁいいか。
帰ってくれば、既に他のグループも帰ってきていた。
見れば、他のグループも大量にお宝を抱えていた。
それぞれが値があるのだろうがよく分からないもので。
分かるものもあるが、全員が分かるかどうかは不明だ。
ルミ先輩もいる。
が、見たところ手ぶらで欠伸をしていた。
泉春子さんは大量の絵画や油絵などを傍に置いている。
よく見れば、絵画の下に何かが………………まぁいいか。
俺たちもあの後、色々と探して回ったが……仮説が正しいかだな。
外れていればやりようはある。
が、もしも仮説が外れていれば……まぁなんとかするしかない。
そう思いながら、俺たちは祭壇から少し離れた場所で腰を下ろした。
「ふぅ……大量大量……でも、何を捧げようか?」
「デブ、アンタが捧げて来なさいよ。値打ちものなんでしょう?」
「え!? い、いやぁ、僕のものはぁ……ま、マイケルさんの包丁とかいいんじゃないですか!?」
「えぇ!? こ、これはぁ出来たら渡したくないのでぇすがぁ……柳さん?」
「え? 何で私を見るのよ……こ、これはあげないわよ!」
「あ、いえ、大丈夫デース」
「……殺すわよ?」
全員で話しながら何を供物として捧げようか話し合う。
が、俺は誰かが先に供物を捧げてくれないかと待ち……動き出した。
ルミ先輩のグループじゃない。
泉春子さんのグループの人間で、その手には……アレは何だ?
見たところ、ガラス細工のようだ。
綺麗なものであり、よく見れば金色にも光っているように見える。
鮮やかな工芸品であり、高そうには見えるが……祭壇にそれを置いた。
「お願いします!」
若い男は手を叩いて礼をする。
楽しそうであり、自信がありそうだった。
同じグループの人間たちもニコニコと笑っている。
すると、待機していた双子が動き出す。
静かに頭を下げたままで待機し――低い鐘の音が響く。
重く苦しく、地鳴りのような響き方だ。
恐ろしく威圧的な音で――“工芸品がドロドロに溶けていった”。
「え? これは、どういう……え? え? え?」
「「「……!?」」」
空から何かが降って来た。
供物を捧げた男が振り返り――絶句した。
そこには3メートルもありそうな巨漢の鎧武者が立っていた。
赤黒い鬼の牙のようなものをあしらった面頬をつけていて。
少しだけ見える肌は青白く亀裂が走っていて目は白く濁り切っていた。
凄まじく怒気を孕んだ鎧武者が腕を横に振るう。
瞬間、背中の大太刀が鞘から飛び出し上へとあがる。
空中でくるくると回るそれを鎧武者は見る事無くキャッチした。
若い男は震えていた。
が、体が動き出してその場で膝を屈していた。
「え、あ、え? な、なに、これ!? ね、ねぇ!? どうなって!? ひぃ!」
「「――」」
双子がぶつぶつと何かを言っている。
すると、男の体には赤い縄のようなものが巻き付いているのが見えた。
男は両手を後ろで組まされて、頭を下げたまま叫んでいた。
鎧武者は男の横に立ち、大太刀を上に振り上げた。
全員が理解した。
これから何が行われるのかを。
理解していながらも、誰も男を助けには行かない。
否、行かないのではなく――行けないのだ。
男は泣き叫ぶ。
必死に周りに助けを求めていた。
見れば、男は失禁している。
それらを俺たちやAさんたちはジッと見つめていた。
鎧武者はかちゃりと大太刀を動かし――振り下ろした。
瞬間、切れ味のいい刃が男の首を通過し……ころころと首が転がった。
「ひぃぃ!?」
「う、うぷ! うおぇぇぇぇぇ」
マイケルは悲鳴をあげる。
転がって来た首と目があった山田さんは盛大に吐いていた。
この場にいるほとんどの人間が恐怖を実感していた。
双子はいつの間にか移動している。
一人は虚空から盃を出して、男の切られた首の下に盃を添えた。
もう一人は転がっていった首を拾い上げて祭壇の方に行った。
盃は男の首の断面から流れた血で満たされた。
それを両手で持って祭壇へと置き、首も一緒に捧げられた。
瞬間、鐘ではなく鈴の音が響いた。
盃の血が吸い上げられて行く。
霧の先へと流れて行って、首もそのまま風に流されるように飛んでいった。
俺たちはその光景を見つめたまま黙って……。
「「……」」
双子は元の位置に戻る。
そうして、静かに頭を下げた。
鎧武者も頭を下げて、そのまま祭壇の近くにて待機していた。
見れば、男の肉体はそのまま地面の中へと引きずり込まれて行った。
何事も無かったように戻る。
が、先ほどの光景は忘れようとも忘れられない。
あの男は死に、失敗は己自身が供物となる事で許された。
全員が求めるもの以外を捧げればどうなるかを理解した。
だからこそ、誰もが声を荒げながら何を捧げるべきかを話し出す。
「な、なぁ!? どうするんだぁ!? 井上さん!!」
「し、死ぬの!? 失敗したら首を……そんなの嫌よ!!」
「僕はまだ死にたくない!! まだやりたい事が沢山……井上さん! 何とかしてください!」
三人が藁にもすがる思いで俺を頼って来る。
俺はそんな三人を見て……。
「全員が持っているもの……その中で、全員が価値があると認識できるもの……何かありますか?」
「え? それはぁ……お、俺の自転車はどうだぁ!?」
「……ごめん。私にはよく分からない……わ、私の時計は? これ、有名なブランドだから」
「ぼ、僕にはただの時計にしか」
「はぁ!? 何でよ!! それくらい分かるだろう! センスが終わってんだよ!」
「で、でも!! 分からないものは分からないんですよ!!」
全員が互いのセンスの話をする……そこだ。
俺は手に持っているゲームソフトの箱を持つ。
そうして、全員に見るように伝えた。
「このゲームソフト……幾らなら買いますか?」
「え、い、いや……俺はゲームには興味が無いから」
「私も……別に」
「ぼ、僕はぁ……でも、1万円とかなら、そこまでは」
互いに違った価値観を持っている。
だからこそ、本当の価値を俺が知っていたとしても……此処では意味がない。
「これが50万円するって言っても……信じられませんよね?」
「「「……っ」」」
俺の言葉で全員がようやく理解したようだった。
そう、この仕事においての上等な供物とは――全員が上等なものであると判断できるものだ。
たった1人が価値あるものと言い張っても意味は無い。
全員が全員、高い金を払ってでも欲しいと思わせるものである必要がある。
だからこそ、上等な供物を捧げろというのは……難しいんだ。
「全員がほとんど変わらない価値をつけられるとすれば……札束に、金銀財宝、宝石の類……それくらいでしょうね」
「だったら……やっぱり、あの時に渡した金貨があれば……どうするのよ。アレさえあったら、私たちは!」
「やめろよ! アンタも見ただろ。アイツらの……あの姿を」
「……っ! で、でも!」
西村さんの言葉で山田さんは思い出したようだ。
そう、此処へと戻る途中で俺たちはまた彼らと会った。
が、その時の彼らは……変わり果てた姿になっていた。
刃物で斬られて、槍で心臓を突かれて。
互いに殺し合ったような状態で息耐えていた。
西村さんは冷静にあの金貨の箱を探したが……何故か、それは見つからなかった。
誰かが持って行ったのか。それとも、“彼女”が…………どうでもいいか。
兎に角、今持っている物の中には……条件を満たせるものは無い。
手詰まりの状態だ。
だからこそ、西村さんはもう一度探しに行こうと提案し――鈴の音が響く。
「な!? もうそんな……ど、どうすればぁ」
「い、嫌よ。死にたくない、死にたく……うぷ!」
「やだ、やだよぉ。こんなところで、なんて」
三人は頭を抱えて震える。
もうおしまいだ、もうどうする事も出来ないと譫言のように呟く。
柳さんを見ればギュッと拳を握っていた。
彼女も怖い筈なのに……凄いな。
誰もが口を閉ざした。
どうしようもない状況で、俺以外の人間が顔を伏せていて――マイケルが顔を上げた。
「先輩……ミーが行きます」
「……何を持って行くつもりなの?」
「それは勿論、この超絶レアな一品デース!」
マイケルは桐箱に入った包丁を掲げる。
そうして、聞いてもいない包丁の情報を全員に聞こえるように話し出した。
これは1本で200万の価値があり、人間国宝を賜った職人が作りあげた一品で……俺はマイケルの肩に手を置く。
「やめておいた方がいいよ」
「……っ! でも、でも! 誰かが行かないと……ミーが何とかしないと」
マイケルの手は震えていた。
彼だって勝算があるなんて思っていないんだろう。
無意味な事で、無駄な事でしかない。
ただ、誰も行かないからこそ、自分の命をチップとして賭けようとしている。
そんな事は誰も望んでいない。
俺はマイケルに対して淡々と事実を伝えた。
「マイケル。意味のない事はしない方が良い。無駄でしかないんだ。だから」
「それでも! ミーが行かなければ……行かなきゃ、きっと……先輩はきっと……何とかするつもりなんでしょう?」
「「「……!」」」
マイケルの言葉に三人が俺に視線を向けて来た。
何とかするつもり……マイケルは俺を高く評価してくれているようだ。
「まぁ……うん」
「……それはダメです。何故かは分かりませんが……きっと大変な事になるとミーは思います」
「……何で、マイケルは……そこまで俺の心配を? 俺は別にマイケルに何かした覚えは」
「――友達だからデース!!」
マイケルは俺の目を見つめてハッキリと言ってきた…………あぁ…………そういう事か。
「友達を心配する事に理由なんていりませぇん!! ミーは先輩が大好きです!! それに、先輩にはまだまだ返しきれない恩がありまぁす!! だから、だからぁ!! ミーは先輩に……この仕事を辞めて貰う為に……もしも、もしもミーが仕事を果たせたら、今度こそ先輩は!!」
マイケルは目に涙をためて叫ぶ。
怖がっている。恐怖を感じていた。
が、必死になって笑顔を浮かべて俺を安心させようとしている。
本気で俺の身を案じ、本気で普通の生活に戻って欲しいと願っていた。
少し戸惑いを覚える。
今までの人生でこんな想いを伝えられた事は無い。
友達と呼べるような存在はおらず。
こんなにも真っすぐな目を向けられた事も無い。
初めてであり、どう反応するのが正しいのか分からなかったが…………ダメだな。
俺はマイケルの肩からを手を離す。
マイケルは分かってくれたかという顔をする。
俺はそんな彼を見つめて――
「皆さん。マイケルを抑えておいて下さい」
「え?」
「今から俺が――仕事を果たして来ますので」
「「「……!」」」
俺の言葉を聞いて三人が動き出す。
そうして、マイケルの体を拘束した。
マイケルは暴れる。
が、流石に三人がかりでは拘束を抜け出す事は出来ないようだった。
「先輩!! 先輩!! 何で、どうして!!」
「……友達って言ってくれたよね……ありがとう……そんな事を面と向かって言ってくれたのは……マイケルが初めてだったよ」
「……! 先輩、何を!」
「心配してくれる理由は分かった。今回、参加した目的も……でも、俺はマイケルの願いには応えられない……俺は、自分でも不思議なんだけどさ……この仕事を気に入っているんだ……だから、君はそこで見ていてくれ」
「……! ダメです。ダメデース! 行ってはダメデース! ダメだァ!!」
マイケルは叫び続ける。
俺はゲームソフトを地面にそっと置いた。
そうして、必死で叫んでいるマイケルを見る事無く祭壇――ではなく、鎧武者の方へと近づいていった。
無数の視線を感じる。
他の人間たちが話し合いをやめて俺を見ていた。
何をするのか、突破口があるのかと……あぁ、あるよ。
たった一つだけ。
そう、たった一つの……抜け道が。
「――」
「……」
俺は鎧武者の前に立つ。
見上げれば彼はジッと俺を見つめて来た。
俺はそんな彼に対して――“右腕を差し出した”。
「……お願いします」
「――」
鎧武者が――動き出す。
俺の横に立ち。
大太刀を上に構えた。
マイケルが叫んでいた。
が、俺はその声には応えない。
宝を探せばいい。
宝の中から供物を捧げよ。
が、宝は別に山の中で見つけてくる必要はない。
宝ならば――“この体でも事足りる”。
「ダメだァァァァァ!!!!」
「――!」
マイケルの叫び。
俺は小さく笑って――大太刀が俺の腕を切断した。
くるくると空中で俺の腕が舞った。
俺はゆっくりと上を見上げて――腕をキャッチした。
「……痛いなぁ」
血がぼとぼとと流れている。
俺はふらふらと歩きながら片腕を――祭壇に捧げた。
全員が息を呑むのが分かった。
そうして、こう思った筈だ――“それを差し出せるのか”、と。
瞬間――鈴の音が響き渡る。
『――――――!!!』
「「「……!?」」」
晴れつつある霧の向こうで何かが揺らめいていた。
九つの何かが揺れていて、青い二つの光が見えている。
それが天を仰ぎ見て、威厳ある声を響かせた。
この場にいる全員が呼吸を忘れるほどの雄叫びで――腕に熱を感じた。
見れば、傷口から蒸気のようなものが出ていた。
傷口が焼かれるように塞がっていく。
やがて出血は完全に止まり、断面があった中心を見れば……何だ?
「……?」
何かが埋め込まれているように見える。
よく見れば鼓動しているようだった。
謎の黒い粒で…………まぁいいか。
俺は皆の元に戻る。
三人は喜ぶに喜べない微妙な表情で――マイケルが走って来た。
そうして、手を振り上げて――自分の顔を殴りつけた。
「……え?」
「うぐ、痛い、デース……でも、足りないデース……ミーはまた、先輩に……人として、男として……友達として不甲斐ないデース」
「マイケル……井上。その……ありがとう……また、借りが出来ちゃったね。それも、一生かけても返せない借りが……ごめん」
マイケルは涙を流し、柳さんも顔を伏せて震えていた。
俺はそんな二人を見つめて……笑った。
「気にする必要ないですよ。俺は俺が出来る事を……仕事を果たしただけですから」
「……っ! それはぁ!」
「マイケル。言わないで……お願い」
「ですがぁ……う、うぅ……分かりました」
「……?」
二人は何を考えたのか。
分からなかったが……まぁいい。
片腕を失った。
これで、俺は二度と右腕を手に入れる事が出来ない。
恐らくは、移植しようとしても無理なんだろう。
ゲームをする上で、腕が一本ない事は不便でしかないが……まぁ何とかなるだろう。
俺がそんな事を思っていれば――他のグループがもめ始めた。
「お願い! 行って!! 腕があれば私たちは!!」
「何でだよ!? お前が行けよ!!」
「腕じゃなくてもいいからさ!? 目でも何でもいいからさぁ! なぁ!?」
同じチームメンバーで争っている。
それも、体の一部を捧げろと他の人間に強要していた。
中には大金を払うと言い出す者もいて……あれ?
いつの間にか、泉春子さんとルミ先輩がいなくなっていた。
どこに行ったのかと思っていれば――悲鳴が聞こえた。
見れば、男の人が女の人の髪を乱暴に掴んでいた。
そうして、強引に鎧武者の方に連れて行こうとしていた。
それを見ていた別の人間が男の頭を殴りつけて……始まった。
人間同士の争いだ。
殺し合いとも呼べるだろう。
此方に来るかとも思ったが……来ないな。
何故かは分からないが。
他のグループは此方を意識していなかった。
俺たちはただ声も出さずに醜い争いを見つめて――
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……こ、これで、俺は、助かるんだ。ひ、ひひ」
「「「……っ」」」
アレからグループ同士で殺し合いが始まり……1人だけになっていた。
その手には死体から切り取った腕や足がある。
男はボロボロで辛うじて生きている状態だった。
無数の死体が転がっている。
顔がぐちゃぐちゃになっていたり、棒のようなもので腹を刺されたり。
首をハサミで抉られたりで……ひどいな。
チームメンバーが吐き気を堪えているのが分かる。
惨い惨状だと思いながら、男がそれを捧げたのを見て――鐘の音が響く。
「…………ぇ?」
「――」
男が間の抜けた声を出した。
その背後には既に鎧武者が立っていて――男の首を刎ね飛ばした。
くるくると空中で男の首が飛ぶ。
それを双子の一人がキャッチし、もう一人は男の倒れた首の断面の下に盃をさっと置いた。
「どうして……何で……」
「……アレに価値は無い……他でもない、あの人が……そう思ったからですよ」
「え?」
アレがもしも自分の手足だったら話は別だ。
自らの意思で斬り落としたのであれば、周りが認める価値が付く。
が、他者から強引に奪ったものであれば。
本人にとっては上等とは程遠い、くれてやることが出来る程度のものになりさがる。
上等なものとは、自分を含めた全員が認めるものだ……ただ、それだけの話だ。
これで終わりか。
そう思っていれば……二人が戻って来た。
「井上くぅん! お宝みつけたよぉ! じゃーん!」
「へあ!? ここここ小判の山ぁ!?」
「鑑定書つきぃぃぃ!? 他にもあったんですかぁ!?」
「あ、あの女。こんなギリギリで……運が良すぎるでしょ!? むかつくぅぅ!!」
ルミ先輩の手には箱があった。
彼女が嬉しそうに開けば、中には目が眩むほどの輝きを放つ小判の山があった。
鑑定書付きであり、それが無くても誰もが本物だと分かるものだった。
泉春子さんの手にも箱があり――“彼女が、にやりと笑った”。
二人は互いに祭壇へと進み――箱を置いた。
泉春子さんの持ってきた箱が勝手に開いていき……あれは。
「……!? あ、あああ、あれって……金貨じゃないですかぁ!?」
「えぇ!? あの子が見つけたのか!?」
「嘘でしょ……どんだけ運が良いのよ! クソクソ! ファック!」
全員が上等なものだと認識した。
小判は勿論の事、金貨については元々知っていたので誰もが正しい価値を認識している……鈴の音が鳴る。
二人は静かに頭を下げる。
霧の先でまたもや大きな何かが見えて――霧が晴れて行った。
「「「――」」」
空は雲一つなく、白い輝きを放つ太陽が。
鈴の音が何度も鳴り響いた。
そうして、鎧武者と双子が静かに頭を下げて――消えて行った。
青空の下にはもう何も無い。
祭壇も無ければ、参加者たちの無惨な死体も無い。
ただ見晴らしの良い開かれた山の上で俺たちは立っていた。
「……あ、れ? 死体が……え?」
「どういう……い、いや、もういい……終わったのよね?」
「は、はは……つ、疲れた」
三人がその場に座り込む。
全身汗まみれであり、笑っているが泣いてもいた。
似た者同士何だと思っていれば……誰かが抱き着いてきた。
「井上くぅぅぅん! 凄い凄い!! やっぱり君は――さいっっっっこうだよぉぉぉ!!」
「え、あ、はい」
ルミ先輩に頬ずりされる。
尻尾でもあれば大きく左右に揺れているのか。
そんな事を思っていれば、泉春子さんが俺の前に立ち……薄く笑っていた。
「…………死なないでくれて、安心しました……本当に」
「え、あ、はい」
Aさんたちも近づいて来る。
その手には報酬が入った袋が握られていた。
他の方も大きなジュラルミンケースのようなものを持っている……何時の間に?
「お疲れさまでした。此方、今回の皆様の基本報酬になります」
「「「……っ」」」
全員がおずおずと金を受け取る。
そうして、チラチラと俺を見て来た……何だ?
「そして、只今より換金を受け付けますが……どうなさいますか?」
「……こ、これ! 全部、金にしてくれ!」
「ぼ、僕もぉ……あ、やっぱりこれだけは別で!」
「わ、私は……これとこれとこれとぉ」
三人が品を渡し、Aさんは男に指示をしてケースを開けさせた。
そこには札束がぎっしりと入れられていた。
Aさんは見ただけで金額を計算したようで、それぞれに値段を伝える。
三人はその金額に納得し、Aさんから追加の金を袋に詰めて貰った。
三人は袋と手に入れた品を持って俺の前まで小走りでやってきた。
西村さんはボロボロと泣いていて、大田原君も泣いて鼻水を垂らしていた。
「そ、その……本当にありがとう!! 井上君のお陰で俺はぁ……名刺あとで渡すからさ!! 何か困ったら連絡してよ! いや、何時でもいいからさ! ね?」
「あ、はい」
「ぼ、僕も! 名刺とかはないですが、後で連絡先を教えるので……何かあったら呼んでください!!」
「あ、はい」
「……一応、御礼は言っておくけど……いや、ごめん。今のは無いわね……本当にありがとう……もう二度とこんな仕事しないけど……今日の事は忘れないから。連絡先は……ごめん、ちょっと信用できないから渡せないけど……困ったことがあったら、東京にある帝王ホテルにいる柳瀬っていう支配人に連絡して、私の名前を出したら、少しくらいなら力になってくれると思うから……それだけ」
「……あ、はい」
三人は頭を下げてくれた。
Aさんが下に帰りのバスがあるからそれに乗っていてくれと伝えた。
三人はそれを聞いてやっと帰れると安堵し……行ってしまった。
Aさんは俺たちの方に視線を向けて来た。
「……そちらは?」
「…………全部デース」
「…………私も」
「かしこまりました」
二人は全てを換金した。
その金額はそこそこのもので……え?
二人が金の入った袋を差し出してきた。
俺は訳が分からないといった顔で二人を見る。
「……このお金は先輩のものデース」
「そうよ。アンタのお陰だから」
「……? 何で? 今回はグループで参加して、全員が頑張ってたじゃん。俺一人が二人の取り分を受け取る理由なんてどこにも」
俺が受け取れないと伝えようとすれば――二人はずいっと押し込んできた。
「「一度渡した金は戻せない」」
「…………あぁ…………うん、分かった…………ありがとう」
よく覚えていたなと感心する。
二人はしてやったり顔で……俺は袋から400万を取り出す。
「はい」
「……? 何よ」
「それは先輩に渡したお金デース!」
「うん。だから、俺が自分の金を二人に渡した……正直、全部貰うのは目的も理由もよく分からなくて納得できないし……これで、良しって事にしない?」
「「……」」
それぞれに200万を渡す。
すると、二人は不服そうな顔をしながらも受け取ってくれた……よし。
「あ、俺は全部持って帰るので……入れるの手伝ってくれる?」
「勿論デース!」
「袋は持ってあげるから。歩きにくいでしょ?」
「あ、どうも」
二人の好意に甘えながら、俺たちは帰ろうとし……俺は足を止めた。
「泉さん……質問してもいいかな?」
「……どうぞ」
泉春子さんに視線を向ける。
彼女は全ての絵を換金していた。
多くの札束を受け取っていて袋に詰めている。
此方は一切見ていなかった。
「あの金貨の入った箱……どうして――最初に出さなかったの?」
「「……?」」
「………………何の事ですか?」
泉春子さんは手を止めた。
そうして、俺の方に視線を向けて首を傾げる。
確証はない。
ハッキリとは見えなかった。
が、確かに、あの画の山の中に一つだけ箱のようなものがあった。
彼女が換金したものの中には箱らしきものは無かった。
だからこそ、俺はそう質問したが…………まぁ俺の勘違いか。
「……ごめん。気のせいだった……じゃ」
「……そうですか。それでは――また」
「……ふふ♡」
泉春子さんとルミ先輩の視線を受けながら。
俺とマイケルと柳さんは歩いていく。
今日も仕事は無事に終わり、また明日からも仕事が待っているのか。
そんな事を考えて俺は…………まぁいいか。
#
マイケルと柳さんと別れて家に帰り。
慣れない片手での調理や食器の洗浄。
体を洗ったり、風呂を掃除したりして……眠りについた。
眠っていれば、妙に体が熱くなっていく気がした。
寝苦しかったが起きる事は無く。
悪夢のようなものを見た気がするがあまり覚えてはいない。
何か巨大な……柔らかい何かに包まれて……恐ろしく冷たい手に肌を撫でられて……。
甘い匂いで頭がくらくらとし……そのまま体をゆっくりと溶かされて行くような……後は分からない。
そうして、朝目覚めれば――“生えていた”。
「……何これ?」
「わん!」
切断された筈の腕。
失った筈のそれが……生えている。
が、元の腕ではない。
人の手とは思えないほどに白く。
女性のような柔らかくでしなやかな腕だった。
水を弾くほどの美しい手であり、自分のものではないと心が叫んでいた。
綺麗な細長い指に汚れ一つない爪だ。
まるで、バグと思えるほどに俺には合っていない美し過ぎる手だ。
腕だけで見惚れてしまうほどであり、見ていると頭が熱っぽくなっていくのが分かった。
袖を捲って切断面を見れば……おぉ。
無理矢理に繋げたような跡がある。
血管のようなものが浮き上がっていた。
植物の根のようなものが中で伸びているようにも見える
俺の元々の肌の色が徐々に侵食されているようにも……。
「まぁいいか……ふあぁぁ……ご飯にしようか」
「わん!」
俺は布団から起きる。
そうして、カーテンを開けて朝日を浴びる。
今日も普通の日常が始まると思えば……腕が返事をするように疼いた気がした。