「……よし」
右手にぴっちりと特注のアームカバーを嵌める。
手の甲までが黒を基調とし掌と指の方は白い。
通気性も良く、着け心地も違和感はない。
新しい腕となって暫く……日常で支障が出始めた。
妙に視線を感じるようになった。
それは普段から感じるものではなく、人の視線だった。
腕を露出させていれば、嫌でも視線を感じる。
男であろうともよからぬ視線を向けて来るのだ。
これは放置していても良くないだろうと思っていれば……Aさんがその事について連絡して来た。
『井上様の右手に相応しいものを此方でご用意させて頂きます』
無料であったからこそ特に拒否はしなかった。
腕の情報を渡すべきかと思っていれば、僅か1日でそれは届いた。
きつくもなく緩くもない丁度いい着け心地だ。
まるで、最初から俺の腕の情報を知っていたようだが……まぁいい。
俺は立ち上がる。
そうして、荷物を持ってイチと共に外に出ていく――
#
早朝の時間。
快晴であり、まだまだ夏だ。
お盆ではないが、俺は先祖が眠る墓地へとやって来た。
大きな山の近くの霊園であり、無数のお墓が建っている。
先祖の墓は中心の方であり、道具を持って歩いて行けば……あぁ。
「……」
壊されていたり、荒れていたり。
前まではそこにあった墓が無い。
恐らくは、管理していた人間がいなくなったのか。
仕方のない事だとは思う。
土地を離れた人間であれば、気軽に来る事も出来ないだろう。
今ではそういうサービスもあるとは聞くが……まぁ俺には関係ないか。
歩いて、歩いて、歩いて……あった。
道具を置き、手早く作業を始める。
桶に汲んだ水を墓石に掛ける。
そうして、ブラシで汚れだけを擦り取っていく。
あまり強くやれば逆に墓石のコーティングが剥がれてしまう。
あくまでも目立つ汚れだけをとっていき……水をかけて洗い流す。
花が添えられていたが。
すっかりしおれてしまっていた。
俺はそれを回収し、持ってきた新しい花を供えた。
後はお供え物を置き、ライターで線香に火を灯し……よし。
「……」
墓の前に立つ。
そうして、目を閉じて静かに手を合わせる。
思う事は何も無い。
先祖に報告する事も……特にないな。
ただ来るべきだからこそ来ているだけだ。
先祖の墓であり、手入れはされていた……母さんか父さんが来たんだろう。
花と“祖父”が好きだったメーカーのビールを一缶。
それと、これも祖父が好きだった酒饅頭を二つ。
会った事も無い祖母へのお供えものは無難にリンゴにした。
……亡くなって……もう20年か。
生前の記憶はよく覚えている。
あまり人と話す方ではなく、周りからは変わり者だと言われていた。
“人の友達”は全員死んだと言っていたか。
祖父の家は実家から近く、会わないのは失礼かと思って定期的に家には行っていた。
すると、祖父はよく誰かと話をしていた。
誰もいない、気配すら感じなかった。
が、祖父は楽しそうに話していたのを覚えている。
少しだけ興味があった。
だからこそ、誰と話をしているのかと俺は聞いた。
すると、祖父は笑みを浮かべて――
『神様ってやつだ。それも、儂と同じ変わり者の……酒と饅頭が好物のな。カッカッカ』
『へぇ』
あの時は真に受けてはいなかった。
子供を揶揄う為のジョーク程度に思っていた。
が、今になって思えば……本当だったのかもしれない。
「……」
前職を辞めて……色々な事があったなぁ。
ゲームがしたかった。
その為のお金が必要だった。
だからこそ、手っ取り早く稼げる仕事程度の気持ちで今の仕事を始めた。
簡単だった。
どれだけリスクが高くとも、考えて行動すれば何一つ問題は無い。
不可能も理不尽も無い。
だからこそ、自分にとっての天職とさえ思っていた。
たった一日で何百万も稼ぎ。
その金でゲームを山ほど買う。
遊んで、遊んで、遊んで…………まだだ。
まだ、俺は満たされていない。
どれだけ好きなゲームを遊ぼうとも。
俺は真の意味で幸福には至っていなかった。
それはきっとまだまだしたいゲームが山ほどあるからだ。
そして、今の仕事においても同じであり……“楽しいゲームがしたい”。
心が震えるほどに、笑みが自然と零れるほどの。
血が沸騰するほどに興奮し、どれだけの時間を掛けようとも飽きる事が無いほどの。
そんなまだ出会っていない最高のゲームを……いや、俺は――“満足したいんだ”。
きっと、俺はそれだけを成したいんだ。
このいつ終わるかもしれない人生で。
たったそれだけが井上隆としての俺の願いなんだろう。
理不尽な世界で生き、無感情のままに生きた。
ただそれがもっとも効率が良い事だと信じて……これからだ。
失った時間は元には戻らない。
だからこそ、残りの人生で俺は俺自身の願いを――“叶えたい”。
「…………あ、自分語りだ……ごめん、爺ちゃん」
俺は爺ちゃんに謝る。
こんな話なんて爺ちゃんは聞きたくなかっただろう。
血は繋がっていようとも、爺ちゃんはもうこの世にいない。
生者の世界の出来事なんてどうでもいいだろう。
俺は小さく息を吐き、道具を片付ける。
墓地で共同で使われている木桶にブラシ。
線香用のライターはポケットに入れた。
しおれた花はも桶の中に入れておいた。
イチを見れば、丘の上で蝶々と戯れていた。
「……ふっ」
俺はそのままイチの方へと……ん?
少し歩いて……気配を感じた。
足を止める。
そうして、振り返れば…………何かいる。
「あぁぁぁ……あぁ?」
「……」
先祖の墓石の上に座り、俺が持ってきたビールと饅頭を手に持つ男……男か?
赤を基調とした着流しに、唐草模様の半纏。
それに、夏なのにボロボロの赤いマフラーを首に巻いていた。
顔はマフラーをグルグルに巻いているせいで全く見えない。
マフラーと一体化したように大きく口を開けるようにそれが動いていた。
身長は170より下くらいか。
下駄を履いていて、肌は全身に包帯を巻いているせいで見えなかった。
謎の何かは今にも饅頭を食べようとしていた。
が、俺の視線に気づいて此方を見て来る。
お供え物だと気づいてくれたのかそう思って――食べた。
「んーやっぱこれだなぁぁ……あぁぁぁ」
「……」
「……んだよ。ジロジロと見やがって……失礼な奴だな」
「……いや、それ……お供えものなんですけど?」
「あぁぁぁ? だから何だよ? ちゃんと聞いたっつぅの!」
「聞いた……あぁ……なら、いいです」
「お? 物わかりが良いじゃねぇか。そんじゃ頂きまぁぁす……んーこれにビールを……かぁぁぁ! しみるぅぅぅ!」
謎の方は饅頭とビールを美味そうに味わっていた。
先祖の墓石に座っている事を注意した方がいいかと思ったが。
まぁ聞いているならいいかと俺は自分の中で納得した。
そうして、頭を下げてイチの方へと行こうとし――呼び止められた。
「何か?」
「まぁまぁ、そう慌てんなよ……よっと。饅頭とビールはお前が持ってきたんだよなぁ?」
「え、あ、はい」
「そうかそうかぁ。なら、お前はアイツの血縁者って事だ……見えてるみてぇだし……うし! ついて来い!」
「え?」
彼はそのまま背を向けて歩き出す。
どういう事かと思っていれば、わんという声が足元から聞こえた。
見れば、いつの間にかイチが座っていた。
「……」
「あぁぁ? なにぼさっとしてんだよ! さっさと来いよぉ!」
「あ、すみません。道具を片付けてから」
「あぁ? もう片してやっただろう?」
「え? ……あぁ……どうも」
俺は自分の手元を見た。
すると、いつの間にか道具が無くなっていた。
マジックのようだが、こういう事もあるんだと納得する。
そうして、ぷんぷんと怒っているマフラーの方を追って――
「もうすぐだからよぉ。止まるんじゃねぇぞぉ」
「あ、はい」
「わん!」
霊園から離れて暫く。
山の方へと歩いて行ったかと思えば、道から逸れて歩き出した。
道なき道であったが、前を歩くマフラーの方のお陰で何故か枝などの障害物は勝手に退いてくれた。
この方の力なのか、勝手に道が出来て行くのだ。
不思議な光景を見ながらついていき……アレか?
「うし、主様のご帰還だぁ」
「……」
「どうだぁ? 中々立派な屋敷だろう? ふふふ」
「え、あぁ…………はい」
「……わふ」
目の前に建っている屋敷らしきもの。
元々は立派だったんだろうが、壁中に植物のツタが這っていた。
戸や窓もツタが貫通していて、屋根からもツタが飛び出している。
庭と池もあると自慢気に紹介されて見れば……あぁ。
庭は庭とは呼べないほどに荒れていた。
謎の植物や花で小さなジャングルのようになっていた。
池を見れば、オタマジャクシがおぞましいほど泳いでいる。
見た事もないほどにでっぷりと太った大きな蛙が岩の上で座っていて、何故か俺の事をジッと見つめていた。
「……」
「ゲェェェェ」
ジッと見ていたら鳴き声を発した。
独特な鳴き声であり、俺は思わず頭を下げてしまった。
「お? すげぇな上様に気に入られるなんてな」
「うえ、さま?」
「あぁ殿様みてぇに偉そうだから上様だ! 良いネーミングセンスだろ?」
「あ、はい」
「わふ」
彼は相当に自信家なんだろう。
そう思っていれば、彼は家の中に案内してくれるようだ。
大股で歩きながら、大地主のような笑い声をあげている。
面白い方だと思いながら、俺は不思議なお方のお屋敷の中へと入っていった。