縁側に案内された。
眺めが自慢だと教えられたが……確かに良いな。
木々の隙間から陽光が差し込み。
ぽつぽつと咲いている色とりどりの花。
統一感は無く、自分で考えて植えた訳じゃないんだろう。
が、不思議と景色と調和していて絵になりそうだと思った。
空気が澄んでいて、緑と陽の香りが心を安らげてくれる。
暑すぎず、寒すぎず。
目を閉じて横になればすぐに眠りについてしまうだろう。
俺は目を細めながら、小鳥の囀りと木の葉の揺れる音を聞き……足音が聞こえた。
「ほら、茶だ」
「ありがとうございます」
マフラーの方が帰って来た。
その手にはお盆があり、少しだけ欠けた湯飲みが二つ。
そして、お茶菓子であろう緑色の饅頭が三つ置かれていた。
彼は俺の隣に座り、湯飲みを渡して来る。
俺はそれを受け取って、口をつける……苦いな。
とても渋い。
目が覚めるほどの苦みで……でも、美味しいな。
「ハ、ハ、ハ、ハ!」
「……」
イチが外で駆けまわっていた。
その傍には少し大きめの蛙がいっぱい飛んでいた。
遊んでもらっているようで……咀嚼音が聞こえて来た。
「あぁぁぁぁ……うめぇぇ」
「……」
見れば、三つあった饅頭が……無くなっていた。
俺の為じゃなく、自分で食べる為のものだったようだ……まぁいいか。
俺は濃厚な苦みの茶を啜る。
体の心からぽかぽかとしてくる不思議なお茶で……温まるなぁ。
「……お前、名前は?」
「井上です。井上隆」
「……じゃ、やっぱり、アイツの……明久っていたよな? 井上明久」
「明久…………多分、祖父の事だと思います。はい」
「祖父……へぇ、お前、明久の孫か……確かに、どことなく面影があるな。特に、俺を見てもあっさりとしてるとことか。はは」
「あぁ……そうですか」
俺は茶を飲みながら、相槌を打つ。
マフラーさんは己について自己紹介を始めた。
「俺の名前は……まぁゴトビキとでも呼べや。こう見えても、れっきとした神様ってやつだ。どうだぁスゲェだろ?」
「え、あ、はい。凄いですね」
「……嘘が下手だなお前。明久と同じだ……まぁ何となくは感じてたが……お前、いろんな輩と縁を持ってるな?」
「いろんな輩……そうなんですね」
いろんな輩と神様に言われたら……多分、お客様たちの事なんじゃないかと思った。
仕事の事は他言無用なので話せない。
例え神様であろうともどうなるかは分からないからだ。
そう思っていれば……。
「……いや、話せよ。問題ねぇから、仕事だろ? ほら、色々ととち狂った事させるアレだろ? 俺は一応関係者だから問題ねぇよ。心配なら、ほら……あぁAだったか? メッセージ送って見ろよ」
「繋がるんですか、此処?」
「あぁ? 問題ねぇよ」
「……それじゃ」
俺はポケットから端末を取り出す。
そうして、Aさんにメッセージを送ろうとし――メッセージが届いた。
少し驚いて確認すればAさんだった。
内容を開いてみて……あぁ。
《お客様とその縁者の方であれば、話す事は問題ありません》
「………」
「……何してんだ? 周りなんか見て」
「あ、いえ……まぁいいか」
何処かで監視しているのかと思ったが。
気配は感じない。
気にしても仕方ないかと悟り、俺は彼から質問される事に答えていく。
今までやっていた仕事。
そして、貰ったものや起きた出来事。
仕事を続けていく上で出会った人間たちや貰った金を何に使ったか。
答えて行けば、彼は茶を啜りながら何かを考えていた。
「……こんな感じです……何か?」
「あぁ? あぁ……ま、お前も色々と苦労してんだなぁってな……たく、親父殿も年甲斐もなくはしゃぐわけだ」
「親父殿……?」
「あぁ? こっちの話だよ……はぁ、明久の孫が、ねぇ……」
俺は彼に仕事の事を打ち明けた。
何か起こるかと心配はしたが……何も無いな。
「……お前、仕事が気に入ってんだろ?」
「え、あ、はい」
「辞める気はねぇんだよな?」
「え、あ、はい」
「じゃあ、そうだな……この仕事について、何処まで知ってんだ?」
「え、あぁ……正直、何も?」
「はは、ま、そりゃそうだ。説明する義務なんてねぇしな……親父殿に何か言われるかもしれねぇが……明久の野郎には世話になったからな。少しだけ教えてやるよ」
ゴトビキさんはそう言って茶を一気に飲む。
そうして、体を此方に向けて今まで謎だった仕事について教えてくれた。
「先ずは、その仕事ってやつがどういう風に世の中に関わっているのか……お前、この国が異常だってことには気づいてるか?」
「異常…………凄く発展してる事とかですか?」
「はは、上出来だ……そう、この国はある日を境に異常な発展を遂げて来た。喜ばしい事だからこそ、普通の人間なら深くも考えねぇだろうよ……実際は、自然な発展じゃなく……俺たちが関わってんだよ」
「……? どういう事ですか?」
ゴトビキさんは軽く説明してくれた。
世の中にいる超常の存在。
神や悪魔や怪異やら、呼び方は様々あるものの。
総じて力ある存在とは、信仰を必要としないらしい。
そういった存在は常に力を使える場所を探している。
「有り余ってんだよ。使いたくて仕様がないってやつだ。だからこそ、気まぐれに災害を起こしたり、気まぐれで疫病をまき散らして、また気まぐれで知恵を授けたり、またまた気まぐれで英雄を作ったり……そんな奴らと八咫烏は契約してんだ」
「…………もしかして、契約の内容は…………日本が発展する為の?」
「当たり! そうさ。日本っていう小さな島国の利の為の契約だ。俺たちは試練って呼んじゃいるが、それの結果次第で、俺たちはこの国に利益を与えてやるんだ。土地を豊かにし、疫病を退けて、災害を防ぎ、天才を生み出して……どうだ? すげぇ関わってるだろ?」
「え、あ、はい」
思った以上に、八咫烏とお客様たちはずぶずぶだった。
国営企業という役割自体も納得がいくだろう。
つまり、俺たちは報酬を貰って仕事をし、八咫烏は利益の程度によって国から報酬を受け取る。
お客様は試練によって満足すれば、求める結果を与えると……凄いな。
上手い仕組みだと思った。
誰も損はしない。
ただ、死んだ人間は多いように感じるが……それ自体も何とかなっているんだろう。
何度か死んだ人間を見かけた事はあった。
マッシュヘッド君が最初であり、それから何となくは理解していた。
「……死んだ人間……試練で脱落した人間は……どうやって元の生活に?」
「あぁ? お前、分かってたのか…………あぁ、分かってますよ。それは流石に……へいへい」
「……ん?」
ゴトビキさんは俺の背後に視線を向けて話している。
俺は振り返ったが……何もいない。
何と話しているのかと思って……。
「……まぁそれは俺の口からは言えねぇよ。言ったら、親父殿に殺されちまうよ……ただ」
「ただ?」
「……まぁ、もしもお前の仲間がへたこいて、それで何食わぬ顔で帰って来ても……変わらずに接してやれ……例えそれが今までと違うって思っても……そいつは紛れもなく、そいつの一部さ」
「いち、ぶ?」
「おっといけね……兎に角だ! 深く考えんな。少なくとも、お前に死相は出ていねぇからよ……ま、俺の診断なんて当てにならねぇがな。ガハハ!」
「……ふっ」
俺は笑った。
笑うところじゃなかったかもしれないが。
何故か、ゴトビキさんの言葉が面白かった。
彼は話し終えて庭を見つめる。
イチは蛙たちと遊んでいて楽しそうだった。
小鳥たちの穏やかな囀りも聞こえている。
平和で、のどかで……こういう日も、やっぱり良いな。
「……聞かねぇのか」
「え? 何を……」
「明久の事……お前の爺さんの事さ。気にならねぇのか?」
「あぁ……まぁ……特には」
「何だそれ……はは、テメェも人にあまり関心がねぇタイプってか。益々、アイツに見えてきやがるよ」
ゴトビキさんは木漏れ日の先を見つめる。
その顔は見えないが、声色からして昔を懐かしんでいるように感じた。
「……アイツは変わり者でな。初めて俺と会った日も特に驚きもしねぇでな。黙って酒と饅頭を渡してきやがった……神様じゃなくてな。ただ遊びに来てくれた客だろってな、おかしいだろう?」
「はい。おかしいです」
「ハハ、だろう? そっから、アイツに興味が湧いてな。暇さえありゃアイツの家に通ったもんだ。神が人と花札にメンコに独楽回しに……アイツは遊ぶ事が好きな人間だったよ。最初は能面みてぇに笑わねぇ奴だと思ったが、次第に笑うようになってな……今思えば、アイツも退屈してたんだろうなぁ。ダチがいなくなって、誰もテメェを理解してくれなくて……見たくないもんまで見えちまう人間ってのは、総じて周りから気味悪がられるもんだ。ガキでもジジイでも関係ねぇからなぁ」
「そうですか」
ゴトビキさんは語る。
そういう人間にも接してくれる変わり者は確かにいると。
でも、そんな人間はそう多くはいない。
そういう人間とばかり付き合って、いざその人間がいなくなってしまえば。
後は孤独な道が永遠と続くんだと。
「金があろうとも……縁が切れちまえば、何も無いのと同じだ……お前には、俺たちじゃなく……人との繋がりはあるのか?」
「……あります。少ないですけど」
「へぇ……そいつは良い事だ。明久の野郎もそれが聞けて喜んでるだろうよ」
「……爺ちゃんがいるんですか?」
俺は周りを見る。
気配は感じない。
が、何処かにいるのかと思って――ゴトビキさんが笑った。
「ガハハハ! お、お前、面白い奴だなぁ!?」
「え、何がですか?」
「な、何がって、くくく……あぁ愉快愉快。お前、やっぱりアイツの血を引いてるわ……残念だけどよ。アイツは此処にはいねぇよ。とっくに天に還っていっちまったさ。死んだ人間の魂が現世にいるのなら、そいつは悪霊か後悔があるかだけさ……少なくとも、死んですぐのアイツには欠片も後悔はなかったよ」
「……爺ちゃん。何か言ってました?」
「ん? そうだなぁ……あぁ、言ってたな。確か――“満足した”だったか?」
「……へぇ」
ゴトビキさんは嬉しそうだった。
爺ちゃんは未練も後悔も無かった。
最期まで楽しかったようであり、やりたい事が出来たんだろう。
良い人生であり、俺が望むべき人生だ。
正直、羨ましいとさえ思ったが……まぁいいか。
「どんな事が起きようとも、どんなにひでぇ目に遭おうとも……結局、終わりが良ければそれでいいんだ。ほら、映画と同じだ! 過程が意味不明で滅茶苦茶でどうしようも無かったけど、終わってみたら全員が満足してりゃ……良かったって思っちまえるもんだ」
「あぁ……サムライ・デッド・スマッシュみたいな」
「お! お前、あれ見たのか!? はは、すげぇな。俺も見たが、アレは五本の指に入る迷作だぜ! 特に、死んだ筈の相棒が五回も蘇ってきたのはギャグかと思っちまったよ!」
「……神様も映画を見るんですか?」
「あぁ? それどういう意味だよ! 俺たちだって生きてんだぜ? 人が作るもの程度、俺たちだって楽しめんだよ……ま、俺は神の中でも変わりもんだからよ。親父殿や他の連中みてぇに試練なんか欠片も興味はねぇけどよ」
ゴトビキさんはごろりと寝転がる。
そうして、ぶつぶつと試練の事に対する不満を口にしていた。
「大体なぁ!? 何で人の利益の為に力を使う必要があんだよ! 人も人だぁ! テメェで苦労する事をやめて楽な道を選びやがった! 人の歴史ってのは全部が全部、正しいもんじゃねぇんだよ。間違いもあって、とんでもねぇ失敗だってしてらぁ。ただな、そういう事もあったからこそ色んな発見と成長があったんだ! それをお前ぇ、神の力で何十年も掛けて得られる成長をまぁ……自業自得ってもんだよ。ケッ!」
「自業自得……何の事ですか?」
「…………あ、やべ…………今のは聞かなかった事にしろ。いやマジで」
「あ、はい」
ゴトビキさんは少し焦っていた。
汗でも大量に掻いていると思えるほどに慌てている。
先ほどの自業自得とはどういう意味か……まぁいいか。
「兎に角よ……お前はそんな奴にはなってくれるなよ」
「……? どういう意味ですか?」
「どういう意味だぁ? はは、間抜けが……テメェの本当の願い。それを神なんぞに叶えさせるな! そういうこったよ」
「俺の本当の願い……?」
「あぁそうだ。あるんだろ? どうしても叶えたいって願いが……いいか。これは忠告でもお節介でもねぇ。井上明久っていう俺にとっての最高の人間にお前が似てたから言うだけだ……祈るくらいならいい。けど、絶対に神になんかにくれてやるな。一生の願いってのは人生を懸けて挑むからこそ意味があんだよ……お前、ゲームは好きだろ?」
「え、あ、はい」
「なら、俺の言ってる意味は分かんだろう? チートを使って、グリッチを使って、最初から攻略サイトの情報を見て……そんなんでクリアしたってつまんねぇだろう?」
「あぁ、それは確かに……分かります」
俺はゴトビキさんの言葉にしっかりと頷く。
すると、彼は笑って俺の胸に拳を当てる。
「死ぬ気でだ。最悪、それで死んだっていい……テメェの力で、叶えてくれよ。俺は……いや、明久もきっとそう願う筈だ」
「爺ちゃんが…………分かりました」
俺はしっかりと頷く。
重い言葉であり、これだけは曖昧な答えは出来ない。
しっかりと胸に刻み、俺はこの言葉を覚えておこうと思った。
「……うし。なら、俺から言う事はもうねぇよ……はぁぁ! 久しぶりに人間と話したぜ! 満足満足……さて、そろそろ、お前を帰してやらねぇとな」
「もうそんなに経ちましたか?」
「あぁ? あぁ……ま、人の感覚じゃ分からねぇわな……兎に角、ありがとな。明久の孫に会えてスッキリしたぜ……これでこれからも、俺は俺として生きていける……お前も、お前らしく生きて行けよ?」
「俺らしく……まぁ……はい」
「ははは! 分かってねぇだろう? くくく、まぁいいさ……ほら、呼んでるぜ」
「え? 何が……っ……あ、れ?」
何やら声が聞こえる。
俺を呼ぶ声で、遠くから響いている。
それを認識すれば、頭がくらくらとして視界が揺れ始めた。
見れば、イチが俺の足元に駆け寄って来る。
ゴトビキさんはイチの頭を撫でてから、俺の頭に手を置いて――――…………
…………――――目を開ける。
周りを見れば、霊園の近くの丘の上だった。
空はすっかり茜色で、かなり時間が経ったと分かる。
傍ではイチが俺の顔を見下ろし……もう一人が俺を見下ろしていた。
「……Aさん?」
「お目覚めになられましたか……体に違和感はありませんか?」
「え、あぁ……大丈夫です」
Aさんが膝枕をしてくれていた。
俺はお礼を言ってから頭を上げた。
「そうですか……此方を」
「……これは?」
Aさんが葉っぱに包まれた何かを渡して来る。
それを受け取って中を開けば……草色の饅頭か?
「あるお方が、それを井上様にと……仕事では無いのでお金はありませんが……」
「……いえ、ありがとうございます」
俺は一つを手に取り口に入れた……美味いな。
素朴な味で、どこか懐かしささえ覚える。
昔、何処かでよく食べていたような味だ。
思い出せないが…………まぁいいか。
「……食べますか?」
「よろしいのですか?」
「はい」
「……では」
Aさんはそうい言ってマスクに手を掛ける。
すると、口元だけが開いてAさんは饅頭を小さな口で食べた。
「……美味しいですね……懐かしい味がします」
「そうですか……良かったです」
何故か、自分の事のように嬉しかった。
不思議な感覚だ。
それもきっと、爺ちゃんの友達に会えたからか。
お酒と饅頭が好物の親しみやすい神様。
何処にでもいて、人に一番近い……そんな感じがした。
「「……」」
俺とAさんは丘の上から霊園を見下ろす。
無数の墓地は人が生きた証か。
時が経てば、此処にある墓たちも無くなる時が来るんだろうか。
どんなに頑張って生きても、覚えている人間がいなくなれば……。
『――俺がいる』
「……!」
声が聞こえた。
ゴトビキさんの声だ。
周りを見るが……誰もいない。
気のせいだったのか。
それとも…………まぁいいか。
例え、自分が死んで誰もから忘れられても。
俺は最期に満足したと言える人生を歩みたい。
爺ちゃんがそうであったように、俺も……これが俺の生きる目的なのか。
「……ふふ」
「わん!」
「…………」
饅頭を食べる。
無性にビールが飲みたかった。
が、今は手元には無い。
帰りに“三つ”買って帰ろうと思えば、風が優しく俺の頭を撫でた気がした。