バシャバシャと響く雨音。
車が暴風によって揺られて、時折、閃光と共に雷鳴が轟く。
音の間隔は狭く、近くで落ちている気さえするが……まぁ大丈夫だろう。
大きな台風が迫っていて、豪雨に暴風で街は大変だった。
幸いにも、街には専用の大型避難シェルターが幾つもある。
建物に関してはほとんどが災害対策は完備されていて、俺の家も……まぁ問題は無いだろう。
夏は台風が多いが、今年は昨年よりも遥かにひどい。
数はそれほどではないが、突発的に勢力の大きい台風がぽつぽつと出現している。
それも意地の悪い事に、日本にもっとも影響が出るルートで進行し。
進む速度がゆっくりだから、俺を含めた日本中の市民が困っていた。
墓参りに行くまでは、至って静かな夏だと思っていたが……今年は死人がでるかもしれないな。
毎年、台風が来たとしても死人だけは出ていない。
怪我人はいても死者が出たというニュースは聞かなかった。
主要な施設も無事であり、土砂災害でもそれほど大きな被害は無かった筈だ。
日本の完璧な災害対策が世界中から賞賛されていたらしい。
多くの外国人たちは“日本の神秘”だとも言っているようだが……まぁいい。
「「……」」
Aさんが車を運転し、俺は……仕事へ向かっていた。
何でも、今回も緊急の仕事だという。
依頼主であるお客様がかなり癖の強い方らしく。
今までも何度か依頼は受けていたらしいが……あまり良い成果を出せていなかったらしい。
『そろそろ成果を出さなければ……此方としてもまずいのが現状です』
『まずいとは?』
『……仕事においてある一定の評価を頂けない場合……契約の解除。並びに、ペナルティがあると思って頂ければ……』
声色は変わっていなかった。
震えてもいなかったからこそ恐怖は無かったんだろう。
しかし、契約の解除と謎のペナルティとやらは重大そうな気がした。
前職でもノルマが達成できなければ罰を受ける事は当たり前だった。
鬼瓦部長による再教育であり、それを受けた人間は……いや、どうでもいいか。
兎に角、Aさんとしてはそろそろ成果を上げたいんだろう。
お客様の機嫌を損ねる事も、最終的に契約が切れる事も本意じゃない。
無感情に見えても、そういった熱意は自然と感じられた。
一応、斎藤さんにもこの依頼の話は以前にしたらしい。
本来が1000万円のところを1500万につりあげて交渉したと言う。
が、彼らはそれを断り、他の経験のある方々もほとんどが受けなかったらしい。
Aさん曰く……“かなり人を選ぶ仕事”だという。
ルミ先輩はどうなのかと質問したが……返事は無かった。
恐らく、好みなどもあるのかもしれない。
そう思いながら、俺はAさんから事前に仕事の説明を受けた上で……参加する事を承諾した。
達成報酬は更に上げて……2000万円。
前日に参加したグループもその値段を提示したらしい。
中には、この仕事を何度か経験した者も混ざっていると教えてくれた。
昨晩、派遣されたバイトの数は50名。
経験者を含めての人数らしいが、俺が緊急で追加されるという事は……まぁそういう事だろう。
Aさんの口からは、“悪い意味で予想通り”だと聞かされた。
相当に大変な仕事なんじゃないかと思ったが……仕事の内容自体は恐ろしく簡単だった。
今回の仕事は……“鏡の部屋の中で6時間過ごす事”らしい。
立っていてもいい、横になっていてもいい。
荷物の持ち込みは腕時計以外禁止ではあるが。
それでも、好きな体勢で何をしていてもいいらしい。
ただ、意識を断ってはならない。
意識がある状態で、鏡の部屋で6時間過ごさないといけないというもの。
ルールは4つだ。
1つ目、時間が経過するまで部屋から出たいと願ってはならない。
2つ目、部屋の中で意識を手放してはならない。
3つ目、声が聞こえてくれば如何なる理由があろうとも否定してはならない。
4つ目、鏡を傷つけてはならない。
不思議なルールだと思ったが……まぁどうでもいいか。
「……」
車の窓から外の景色を見る。
今回は目隠しもイヤーマフも無しだった。
そのままでいて良いと言う事で……イチはもう寝たかな。
ペットホテルに預けて来たが。
今回は少しだけ不安そうな顔をしていた気がする。
何だか、行かない方が良いと言われているような気もしたが……まぁいいか。
腕時計で時刻を確認する……午後10時20分。
車は嵐の中を進んでいく。
山道を進んでいて、Aさんは慣れた手つきで車を飛ばしていた。
道中で軽い土砂崩れもあったが、華麗なドライビングテクで躱していた。
「……」
マスクをしながら運転しているが……見えているのかな?
気にはなるが、今は聞かない方が良いだろう。
不用意に話し掛けて集中を乱したら、最悪の場合、事故に繋がる。
此処は黙って彼女の運転に命を預けるのが最適だ。
それが一番良いと思って、俺はなるべく静かにしていた。
車は進んで、進んで、進んで……トンネルか。
大きなトンネルが見えて来た。
見れば、工事中の看板が立てかけられていたが。
脇の方に退けられており、Aさんは気にする事なくトンネル内に入っていった。
トンネルに入れば、車のエンジン音と風の音。
雨音が響いて混じり合い、不気味な音を奏でていた。
窓を見ていれば、ドンドンと叩くような音までする。
車の中と外の温度に差があるのか霜が出始めて……ん?
「……」
窓を見ていれば、手形やら顔が浮かび上がって来た。
叫んでいる顔や恐怖に染まった顔で……俺は無言で窓の霜を手で拭いた。
「……」
霜は少し経てば元に戻る。
もっと怖い顔になって……指でなぞって笑顔にして見た。
「……」
何故か、窓がドンドンと叩かれまくった気がした……まぁいいか。
窓から視線を逸らし前を見る。
トンネルの中は真っ暗であり、車のヘッドライトの光だけが頼りだ。
何処まで続いてるのか。
俺はそんな事を考えて…………光だ。
前方から赤い光が見えて来た。
小さな光で、それが段々と大きくなっていき――俺は目を瞑る。
「……?」
ゆっくりと目を開いた。
すると、そこは……何処だ?
車の窓から空を見る。
大きく真っ赤な月が輝いている。
雨は降っておらず、風もそよぐ程度か。
枯れたというよりは、炎によって炭化したような木々が無数にある。
よく見れば、地面は赤い砂のようになっている。
車はそんな砂を巻き上げて進んでいた。
「……」
目を凝らして木を見つめる。
何かが吊るされていて……あぁ。
吊るされているのは……人間のようだ。
全裸の人間であり、首を吊っていた。
頭には袋を被せられている。
そんな死体が幾つも存在し、地面にも転がっていて……何かいる。
「「「――」」」
全裸の人間かと思った。
が、その体は異常なまでに青白い。
肩や腕や足には毛が生えているが、全身が毛だらけという訳でもない。
此方を向けば、人の顔はしていなかった。
顔が前に突き出していて、口から涎がだらだらと垂れている。
テレビで見たハイエナに似ている気がするが、獣としてのほんの少しの知性や理性さえも感じない。
白濁とした目に、鋭利な爪と牙。
ぼさぼさの髪と尖った耳と長い腕。
口元は血と肉と脂でべたべたであり、それらが此方をジッと見ていた。
確実に見ている。
新しい獲物と思ったのか……が、それらはすぐに目を逸らした。
「……」
死体を貪り喰っている。
もしかしたら、ハイエナのような腐肉食なのか……まぁ、どうでもいいか。
「そろそろ到着します。準備を」
「あ、はい」
俺は脇に置いていた荷物を確認する。
車の中に置いていく事になり、端末もポケットから出しておく。
前方を見れば、屋敷……いや、宮殿か?
赤い砂漠に建てられた大きく広い宮殿。
白亜の宮殿であり、明かりがぽつぽつと灯されていた。
Aさんは宮殿に繋がる門を潜り、そのまま中を進んでいく。
進んで、進んで、進んで…………車が停まる。
Aさんが先に出てから、後部座席の扉を開けてくれた。
俺はすぐに外に出る……寒いな。
冷たい空気だ。
凍えるほどではないが、薄っすらと寒さを感じる。
宮殿の中に通じる大きな扉が一つ。
鉄の扉であり、何かの絵が描かれていた。
それは多くの人間が向き合うように描かれている。
同じような仕草をしていて、その上には……鏡か?
天に掲げられた大きな鏡。
それらが扉の上に描かれていた。
よく見れば、対面する人間たちはまるで……合わせ鏡のようで……まぁいいか。
「……!」
俺が扉を見つめていれば――扉がゆっくりと開き始めた。
音を立てて開かれて行く扉。
見れば、中から誰かが歩いて来ていた。
誰なのかと見ていれば……女性?
「ようこそ、主と共に首を長くしてお待ちしておりました」
「え、あ、はい」
現れたのは真っ白な布で体を包んだ女性らしき声の方だ。
口元はレースのようなもので隠されているが。
声は綺麗で耳心地が良く、薄っすらと見える顔の輪郭もとても整っていた。
僅かに見える肌は少し浅黒く、目は銀色に輝いていた。
身長は170くらいと高めで、腕や体には銀色の装飾品を身に纏っていた。
足元が見えないほどに布が垂れている。
が、全くと言っていいほど歩きづらそうには見えない。
人のように話して、人のような姿をしているが…………まぁいいか。
女性は暫く俺を見つめていた。
そうして、ゆっくりとAさんに視線を向ける。
「……此方の方が?」
「はい。井上隆様です」
「あぁ、そうですか……ふふ、御高名はかねがね承っております……さぁ、それでは此方へ」
「あ、はい」
女性は前を歩いていき、俺たちはそんな彼女の背を追う。
宮殿の中へと入れば、恐ろしく豪華絢爛な内装に少し驚いてしまった。
高そうな巨大な白い彫像に、嫌に目を惹く絵画など。
頭上のシャンデリアは銀で作られていた。
壁や柱には細かい彫刻が施されていて、金や宝石も埋め込まれていた。
が、それよりも気になるのは……鏡が多いな。
無数の鑑が飾られている。
そして、それらは合わせ鏡のように対となるように置かれているように見えた。
彫像や絵画に関しても、対となるように置かれていて……まぁいいか。
宮殿の中へと入れば、扉は勝手に閉まっていった。
それを一瞥してから、微笑む女性についていく。
別の扉が開かれて、そのまま廊下を進んでいく。
途中で、階段があってそれを上り、そこからまた廊下を進み。
螺旋階段を上がっていき、廊下を進んで……あぁ。
まるで、迷路のように感じた。
廊下を進んで階段を上り、今度は降りたかと思えばまた上がって……。
扉を開けてもらい中へと入り……ん?
「……行き止まり?」
「ふふ」
入った部屋は崖になっていた。
正方形の空間であり、下には暗く深い穴が続いていた。
壁に目を向ければ、本棚になっていて、無数の本が敷き詰められていた。
行き止まりかと呟けば、女性はそれを否定し……壁の本が飛んできた。
それらがまるで道となるように空中に浮いていく。
何百何千、何万という本がどんどん前に飛んできて……あっという間に橋になった。
「さぁ、此方へ」
「あ、はい」
「……」
Aさんと共に女性を追う。
本の橋は思っていたよりも頑丈そうだった。
崩れる気配は無く、俺たちはそのまま橋を渡って、また扉を潜って先へと向かった。
歩いて、歩いて、歩いて……不思議な扉の前に辿り着く。
全面鏡面のように磨き上げられた扉。
俺たちの姿がはっきりと映っていた。
女性はその扉へと近づき……指で円を描いた。
瞬間、扉の中からガチャガチャと何かが動くような音が聞こえる。
暫く待っていれば、扉は勝手に開かれて行って……ん?
薄暗い部屋の中。
奥がハッキリと見えず、まるで闇が続いているようだ。
相当に広い部屋なんだろうが、その部屋の中には……無数の姿見が置かれていた。
「さぁ、どうぞ」
「あ、はい」
女性に促されて部屋の中に入る。
すると、扉は勝手に閉じられた。
薄暗い部屋の中には、青い火の球が無数に浮かんでいた。
それらは鏡の中から出てきている。
気になって鏡の中を見て……え?
「……どうか、されましたか?」
「え、あぁ……いえ、何でもないです」
「ふふ、そうですか」
一瞬、そう、ほんの一瞬……“鏡の中に知らない人間がいた”。
苦悶の表情で倒れていた。
血の泡をふいていて、ぴくぴくと痙攣している事から死んではいなかったんだろう。
しかし、目から光が完全に消えていた。
まるで、魂が抜け落ちたかのような表情をしていた。
瞬きをすれば消えていて、先ほどのは何かと考えて…………まぁどうでもいいか。
女性は、そのまま奥へと行く。
そうして、一つの姿見の前で止まった。
「……此方の前に立っていただけますか?」
「あ、はい」
俺は言われた通り、鏡の前に立った。
女性は、俺の背中にそっと手を触れる。
「そのまま、鏡の中の自分を見つめて下さい……決して目をそらさず、決して拒む事無く……ふふ」
「あ、はい」
俺は指示通り鏡の中に映る自分を見つめる。
ただジッと見つめ続けるが変化はない。
もう仕事が始まったのか、そう思って――――“鏡の中の俺がにやりと笑った”。
「え」
一瞬、驚いてしまった。
が、その瞬間に…………気づいた。
「……あぁ」
周りを見る。
薄暗さは変わらないが、ちゃんと見えてはいる。
あの女性は勿論の事、Aさんまでもがいなくなっていた。
いや、それどころか……空間そのものが一変していた。
周囲にあるのは――鏡。
全てが鏡であり、俺が無数にいるように映っていた。
あらゆるところに俺がいて、まるで自分が自分を見ているかのようだった。
鏡が全面に張られているだけで、椅子も無ければ外に出る為の扉も無い。
光源となるものは無く、真っ暗な筈なのに鏡に映る己がハッキリと見えていた。
不思議な空間であるが、息苦しさなどは感じなかった……まぁいいか。
「よっこいっしょ……ふぅ」
俺は取り敢えず、その場に座る。
よく目を凝らして腕時計を確認すれば……ちょうど11時か。
これから6時間であり、出られるのは……午前5時か。
何も無いのは退屈だ。
薄暗い空間でやる事が無いのは中々に苦痛かもしれない。
しかし、やる事が無くとも思考する事は出来る。
適当にこれからの事や発売予定のゲームの事でも考えていればいい。
「ふあぁ……ねむ」
大きく欠伸をする。
こうも暗いと眠ってしまいそうだが……まぁどうとでもなるか。