誰にでも出来る簡単な仕事(大嘘) 作:V3
「ふ、あぁぁ……ねむ」
「よ、よろしくお願いします! よろしくお願いします!」
「「「――!」」」
今日も今日とて仕事だ。
が、緊急の仕事ではなく、他にも雇われた人たちがいる。
見れば、以前、一緒に仕事をした現役女子高生の泉春子さんがいた。
今日はかっちりとしたスーツ姿で……まぁ俺もだけども。
周りの人たちに挨拶している。
如何にもやる気満々だった。
……ちょっとだけ自信が出たのかな?
彼らにとっては彼女は先輩のようなものなんだろう。
色々と張り切るのはいいけど……まぁいいか。
周りを見れば、今回の仕事場は何処かの空港のようだった。
何処かのというのは、俺の記憶の中には無い空港だったからだ。
妙に空が灰色のようで、空気もやけに薄く感じる。
空港ではあるが、飛行機らしきものは一台もないしな。
貸し切り状態であり、人数も100人はいるんじゃないかと思う。
無数のコンテナハウスが等間隔に並んでいる。
事前に説明された仕事は、あの小さなコンテナハウスに二人ずつ入って行うらしい。
何でも、この空港にやって来るお客様の審査をやるようだ。
事前に渡された資料を見ながら、その人間をチェックする。
ただし資料と違う姿や状態、格好をしているからといって弾く事はしない。
違う何かを“全て”メモしてから、それを専用の機械に通すだけだ。
ルールはある。
一つ目は、間違いはもれなく記入しなければならない。
二つ目は、お客様を怒らせてはならない。
三つ目は、お客様の好意は必ず受けなければならない。
四つ目は、間違いのない正しきお客様は職員自らが赤い扉を潜って外へとお連れする事。
五つ目は、お客様からの呼び出しがあれば必ず青い扉を潜らなければならない。
ルールを守れば、一人のお客様を終えれば10分間の休憩が必ずある。
その間であれば飲食物の飲み食いは自由だ。
基本的にはお客様を怒らせない範囲での私語や相談、質問の類は自由らしい。
間違いを報告した後は、そのお客様は青い扉から外へと出ていってもらう。
何故かは知らないけど、間違いが発見できる数は最大でも三つまでのようで……ゲームみたいだなぁ。
何時もよりルールは多いが……まぁいいか。
《それでは皆様、それぞれの番号のコンテナハウスへお入りください》
「……行くか」
「……よ、よし!」
俺は三番と書かれたコンテナハウスへと向かう。
立っていた場所からはすぐ近くで……目があう。
「あ! 井上さん! もしかして、三番ですか!?」
「え、うん。君も?」
「そ、そうです! あぁ良かったぁ」
「何が?」
「ふぇ!? い、いえ、そ、その、井上さん、凄く頼りになるから、そのぉ……うぅ」
「……?」
何を言ってるんだろう。
意味が分からないと思いながら、俺は彼女を無視して扉を開けた。
彼女はハッとして俺の後から入室する。
部屋の中に入れば、そんなに物はないが綺麗なものだった。
木のデスクが一つあり、パイプ椅子が二脚。
今回は強化ガラスのような仕切りは無く。
お客様が入ってくる扉の方には座り心地の良い椅子が置かれていた。
審査をするというよりは、ちょっと変わった面接会場のようだ。
左右にはそれぞれ、青い扉と赤い扉があった。
パイプ椅子に座る。
そうして、デスクに置かれたものを確認する。
書きやすそうな上等な紙のメモ帳が一つ。
高級そうな万年筆が一本。
ガラス製の少し大きめの灰皿が一つ。
ジッポーライターが一つ。
メモ帳の紙を何処かに転送する為の専用の小さな機械が一つ。
そして、お客様の情報が書かれているであろう薄い紙束が一冊だ。
「……手順も書いてるな。機械の操作方法……簡単だな」
「ぅぅ、大丈夫、大丈夫……頑張るぞ」
紙をセットして青いボタンを押すだけで送れるらしい。
送った後の紙は、ライターで火をつけて灰皿の上で処理するとも書かれていた。
パラパラと資料を捲りながら、頭の中にお客様の情報を入れていく。
お客様の数は50人ほどで、テンプレートのようなもので情報が簡潔に書き込まれている。
これなら、質問の内容自体も特に考える必要は無いだろう。
横では泉春子さんが頬をパチパチと叩いて気合を入れていて――スピーカーから声が聞こえて来た。
《時間となりました。お客様がお見えになります。皆様――“間違いが無いように”》
「「……」」
俺は資料を泉春子さんの方に置く。
彼女は姿勢を正して扉の方に視線を向けた。
すると、お客様用の扉がノックがされて……ゆっくりとお客様が入って来た。
「……!?」
「どうもぉぉこんにちはぁぁ」
「ようこそ、どうぞお掛けになってください」
「はぁぁいぃぃ」
入って来た人物。
豪華な身なりであり、派手な紫色のドレスを纏っていた。
帽子も羽のようなものがついている。
が、その容貌は服装よりも目をひく。
でっぷりと肥え太っていて、目や鼻、口に至るまでがアンバランスだった。
昔、子供の時に書いたへのへのもへ字だ。
にんまりと笑えば、更に顔が歪になっている。
俺は早速、質問をしようとし――お客様の笑みが消える。
「……泉さん」
「へ? あ! す、すみません! そ、その……す、素敵なドレスですね!」
「…………」
お客様は無言だった。
泉さんは焦ってまた何かを言おうとした。
俺は咄嗟に彼女の足を踏みつけた。
彼女は口元を両手で抑えて俺を睨んでくる。
俺はそれを無視して――
「とても特徴的なお顔をされていますね。特に口元の動きは印象に残るほどだと思いました」
「……!?」
「……! あらぁぁぁそぉぉぉ? うふふふぅぅ」
「えぇ、目に関してもただの一般人よりも遥かに大きく強い目力を感じます。貴方様の顔は一度見れば絶対に忘れません、はい」
「ふふふふぅぅぅそんなそんなぁぁぁぁ」
「え、え、え?」
泉春子さんは困惑する。
明らかに褒めていない口ぶりで言った事で相手が機嫌よくし出したからだろう。
別に難しい事じゃない。
相手の身なりを見れば明らかに金をかけた装いをしている。
それはつまり、肉体を金をかけて隠しているという意味で。
服装やら帽子を褒めたとしても逆効果だ。
逆に、顔に関しては整形どころか化粧すらもしていない。
絶対的な自信があるからであり、後は見たままの感想を伝えればいいだけだ。
決してけなすような言い方や嘘でかためた褒め方はしてはいけない。
本心からの言葉で、それは良い部分だと思わせる言い方をすればいいだけだ。
まぁそんな事はどうでもいい。
俺は早速質問を始める。
すると、泉春子さんもハッとして慌てて資料を読み始めた。
「お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「マチエですぅぅ」
「お若く見えますが、ご年齢は?」
「56歳でぇぇぇすぅぅぅ」
「出身地は何処ですか?」
「アメリカのぉぉぉぉシアトルでぇぇぇすぅぅぅ」
「……ありがとうございます。少々お待ちを」
「え? あ、あの」
俺は万年筆を持つ。
そうして、さらさらと彼女の間違いを三つ書いていく。
泉春子さんは目を瞬かせるだけだった。
俺は何の相談もせずに紙を機械にセットしてボタンを押し……よし。
「それでは、我々からは以上です。お時間を取らせて申し訳ありませんでした。どうぞ、青い扉より先へお進みください」
「はぁぁいぃぃぃ」
マチエさんは立ち上がる。
そうして、にんまりと笑ってから頭を下げる。
そのまま青い扉を開けて外へと出ていってしまった……ふぅ。
扉が完全に閉じられた。
俺は書いた紙をライターで燃やす。
「あ、あの! さっきの方は、何処が間違いだったんですか!?」
「ん? あぁ……先ず指だね」
「ゆ、指?」
「そう、指。右手の中指がなかったでしょ?」
「え? い、いや、その」
「後は、ドレスの裾についた黒いシミだね」
「し、シミ!? え、でも、そんな事はどこにも」
「え? 書いてるでしょ? 38ページ目の写真下の6行目だよ。ドレスはおろしたてて新品同様って」
「……! ほ、本当だ」
指に関しても記載がある。
病気も怪我もなく、五体満足であると……ん?
スピーカーからノイズが発生する。
何事かと思っていれば……声だ。
《お客様からのお呼び出しです。4番、12番、32番のスタッフは速やかに青い扉より向かって下さい》
「……? 何かあったんでしょうか?」
「さぁ? まぁどうでもいいでしょう」
早速のお呼び出しだ。
どんな事をするのかは気になるが。
別にそれは呼び出された時に考えれば良い事だ。
俺は欠伸を掻きながら、燃えて灰になった紙の残骸を見つめる。
「……あぁ、そんでさ? 最後の間違いは出身地……シアトルじゃなくて、シカゴだよ。これは分かりやすいよねぇ。はは」
「……! ど、どうして……いつ、読んだんですか?」
「え? さっきだよ。時間あったじゃん」
「さ、さっきって五分もなかった気が……何者なんですか?」
「ただのおっさんだよ……ほら、次が来るよぉ」
「あ、はい!」
俺たちは姿勢を正す。
そうして、次のお客さんを待ち――
「う、うぷ!」
「大丈夫?」
お客さんの審査もこれで25人目が終わった。
色々、個性的なお客さんたちばかりで。
はきはきと喋る存在もいれば、最初からイライラしている存在もいた。
泉さんは余計な口を挟まない事に徹していて、完全に俺一人で質問などをしていたが。
お客様からの“好意”なるものは代わりに引き受けてくれていた。
先ほどもお客様が明らかに何かの虫のまる焼きを渡してきたが。
泉春子さんはそれを笑顔で食していた。
絶対にまずいだろうと思っていたが、彼女の顔色からしてマジでまずかったんだろう……まぁどうでもいいけど。
「……そ、それにしても……うぷ……わ、私たちは、呼び出し、あ、ありませんね。へ、へへ」
「……あぁ……うん、まぁそうだろうねぇ」
「……?」
俺は何となく呼び出しの要因を理解した。
法則があり、お呼び出しで一度呼ばれたグループは――“二度目は絶対に呼ばれない”。
微かに隣のコンテナハウスからガタガタと揺れる音が聞こえた。
悲鳴も聞こえて来たので……まぁそういう事なんだろう。
泉春子さんは感覚が鈍いっぽい気がする。
全然、気づいていない様子だ。
それどころか、安心すらしていて……まぁいいか。
お茶を飲む。
乾いた喉を潤してから、天井を見つめる。
次のお客さんを待ち……来たな。
扉をノックする音。
入室を許可すれば……へぇ。
「失礼するよ……はは、今回の職員さんは随分とまぁ可愛らしいねぇ」
「……! い、井上さん! この方は!」
「……どうぞお掛けになってください」
「あぁそうさせてもらうよ」
"白く変わった形の杖"をつきながら現れた白髪の男性。
良い歳の取り方をしたであろう柔和な表情の老人だ。
小柄な男性であり、青い瞳が綺麗だと思った。
パリッとした紺色のスーツに赤いネクタイだ。
資料に載っていた通りの人物。
俺は幾つか質問をしていった。
「お名前は?」
「酒井だ。酒井真一。仕事は……まぁ土地開発関係だね」
「ご出身は何方で?」
「昔は香港に住んでいたが、今は日本の北海道に住んでいるよ」
「……その杖は……いつ頃から使われていますか?」
「ふむ。そうだねぇ……まぁ忘れてしまうほど長くかな」
「……なるほど……ご家族はいらっしゃいますか?」
「家族は……妻、だけだねぇ……ずっと、一緒だよ」
「……そうですか」
「……!」
質問をして間違いは……発見できない。
恐らく、これ以上質問しても意味はないだろう。
酒井さんは両手で杖を優しく撫でていた。
赤い扉だと考えていれば、泉春子さんが俺の服を引っ張って来た。
視線を向ければ、彼女が資料を俺へと向けて来る。
一文を指さしていて……あぁ。
『結婚はしていない』
「……ふふ」
彼女はどや顔をしている。
俺はまぁ一応は確認しておくべきだと思った。
「……質問をよろしいですか?」
「ん? あぁ構わないよ」
「それでは……そちらが、奥様ですか?」
「……ぇ?」
俺は杖の方を手で示す。
泉春子さんは目を白黒させていた。
が、酒井さんも少し驚いた顔をして――
「……ふふ……あぁ、そうだよ」
「……奥様との思い出はありますか?」
「思い出……さぁどうだったかなぁ。何せ――杖、だからねぇ」
「……ぇ」
「……分かりました。ありがとうございます」
酒井さんは杖を撫でながら嬉しそうに笑う。
が、その瞳はひどく狂気的に感じた。
泉春子さんは困惑していたが……決まりだな。
俺は席を立つ。
そうして、酒井さんと一緒に赤い扉へと向かおうとし――泉春子さんが立ち上がる。
「わ、私がご案内します!」
「……いいの?」
「は、はい! 私、信じてますから。それに……お役に立たないと!」
「そう、じゃ、よろしくね」
「はい!」
「ふふ、すまないね」
泉春子さんは酒井さんの手を取る。
そうして、そのまま赤い扉を潜って外へと出ていく。
俺はそれを見送って……行ったな。
「さて……お?」
次は誰かと考えていれば――スピーカーから声が聞こえて来た。
《全てのお客様の審査が完了しました。速やかに外へと出てください》
「……行くか。んー! はぁ」
椅子から立ち上がる。
そうして、腕を上げてバキバキと骨を鳴らす。
勤務時間は何時より短かったが、座りっぱなしで少し疲れた。
荷物をバッグの中に仕舞い、それを手に持ってから入って来た扉を開けて外に出る……お?
ぞろぞろと他の人たちが出てきていた。
隣のコンテナボックスからでもあり、読みが外れたかと思った。
今日は全員いけたんだなぁと…………ん?
「こん、にちは」
「仕事が、終わった」
「早く家に、かえ、ろう!」
「「「はは、はは、はは、は!」」」
「あぁ……まぁ、いいか」
目を開いてずっと笑っている。
動きも妙にかくついていた。
明らかに様子がおかしいが俺にはどうでも良い事だ。
そんな事を考えて――泉春子さんの姿を見つけた。
棒立ちであり、俺は彼女の傍までいって声を掛けた。
すると、彼女はびくりとしてこっちを見て来る。
「え、あれ、私……そうだ! これ!」
「……何これ?」
「え、えっと、お守り? みたいで、酒井さんが私にって……い、いりますか?」
「いらない。持っときな」
「あ、は、はい!」
彼女は石ころに赤い紐を括りつけた何かを大切そうにポケットに仕舞う。
変わった子だと思っていれば、スタスタとAさんが歩いてきた。
「……お疲れ様です。此方、今回の報酬です」
「どうも」
「あ、ありがとうございます! ……あ、あれ? 他の人たちは」
「……また次回もよろしくお願いします」
Aさんは頭を下げて去っていく。
他の人間たちは封筒は受け取っていないが。
満面の笑みで停まっているバスに歩いて行った……まぁどうでもいいだろう?