誰にでも出来る簡単な仕事(大嘘) 作:V3
「「「……」」」
「……何でずっと見てるの?」
「それはぁ……先輩しか頼る人がいないからじゃないですかぁ? ミーもですがぁ!」
「はぁ?」
「……怪我は、痛みませんか?」
「ん? あぁ大丈夫……慣れてるから」
「……?」
食事の提供は進む。
出して待って、連れていかれて。
ベルが鳴ればオーダーを聞きに行き、オーダー通りの食事を用意し……その繰り返しだ。
案の定、別室に連れていかれた人たちは帰ってこなかった。
先ほど、厨房の窓から恐る恐るお客様がいる部屋を覗き込んでいた人が何やら驚いていた。
何でも、“何かの肉料理”がお客様たちの前に置かれていたらしい。
オーダーを聞きに言った時に何ともいえない不思議な匂いがしていたから本当だったと思った。
そして、マイケルも気になって見たらしいが……。
『あんな肉料理、初めて見ましたぁ……それに、何の肉なのかも分かりません……き、気になりまぁす!』
『仕事が終わったら聞いてみれば?』
『Oh! 名案でぇす!』
明るい人だと思いながら、俺たちは休憩していた。
他の人たちはお客様の元にいながらも、俺たちの事をチラチラと見ていた。
全く同じ食事であれば、同じことを聞いていたと思う。
俺たちの真似であり、質問を終えて帰れば彼らも一緒に厨房に戻ってきていた。
全く異なるメニューを言われた人間も勿論いたが。
その慌てようは凄まじかった。
必死の形相で俺にアドバイスを求めて来たが、流石に下手な事は言えない。
俺が質問した訳でもない上に、俺の担当でもないからだ。
……そもそも、手を上げていたままのお客様もいた気がするしな。
『うーん。貴方の担当のお客様はまだ手を上げてたんですよね? 質問すべき事が残ってたと思うので……悪いですけど、自分で考えてくれます?』
『……! クソ!』
中にはプロの料理人らしき人もいたが、今回のケースは稀だ。
ぶつぶつと言いながら必死になって考えていたが、彼らはお客様を待たせ過ぎていた。
結果、バトラーがやって来て彼らにスペシャルな何かを与えると言った。
『い、嫌だ!! 嫌だぁ!! 助けて、助けてくれぇぇぇ!!!』
『助けてぇぇぇ!!! いやぁぁぁぁ!!?』
彼らは必死に助けを求めていた。
が、誰も助けてあげる事は出来ない。
彼らは俺に詰め寄って来て無能だの冷血漢だと罵声を浴びせてきて殴られもした。
別に何とも思っていないので黙って受け入れていれば。
彼らは急に直立の姿勢になり、意思に反してバトラーの後をついていった。
最後に彼らは鬼の形相で俺を睨んできて、呪詛のような言葉を吐き捨てていって……可哀そうだな。
それからは、どんどんアルバイターの数は減っていき……15人か。
残っている人間たちは俺たちの真似をしていた人たちだ。
中にはこの仕事の法則性に気づいたような人間もいた気がする。
そろそろ、ラストの料理なんじゃないかと思って……あ、ベルが鳴ったな。
「うし、行こうか?」
「はい! 先輩!」
「「「……っ」」」
俺たちは担当のお客様の元へ向かう。
俺たちとは違い、他の人たちの表情は完全に死んでいた……まぁいいか。
担当の方の元へと向かいオーダーを聞く。
すると、二人はゆっくりと手を上げていく。
「――タマゴ」
「――チ」
「……」
Aさんが卵で、Bさんが血だった……最後にこれか。
変わった注文だと思いながら、必要な事を質問する。
味付け、何の血か、他にも念の為に聞いていき……なるほどな。
全ての質問に対してYesという解答はない。
モールスは無しで……ただ、音が聞こえていた。
波の音は小さく、人のはしゃぐ声が聞こえていた。
その声は馴染みのある声で……俺だな。
人生でそんなにはしゃいだ声を出した記憶はないが。
恐らく、自分の声だと認識は出来る。
人がメインで、それも俺に関わる事を伝えるようなメッセージで……理解した。
俺が静かに頷けば、お客様たちは手を下げていった。
恐らく、俺が分かってくれたと確信してくれたんだろう。
完全に下げられたのを確認し一礼する。
「……少々、お待ちください」
「「……」」
俺は厨房へと向かう。
扉の前へといき手で扉を押し開けて……ん?
「……あ、先輩!」
「……どうだった?」
先にマイケルが厨房にいた。
何時もなら俺の方が先だったが……まさか?
「……オーダーが違っていました……お二人共……“塩水”デース……どう思いますか?」
「……さぁ? 多分、引っかけだと思うけど……大丈夫?」
マイケルは最初は不安そうな顔をしていた。
俺が心配そうに見ていれば、彼はハッとして自らの頬を叩いた。
そうして、二ッと笑ってから顎に指を添えて考えていた。
諦めていない顔であり、真剣に考えていて……何かを思いついたようだった。
「そう、質問! 質問をした時に、海で……あの時は……確かに、波の音が……あの時も……あ、でも、水の滴り落ちる音が……1、2、3、4、5……い、いえ、それでも精確にはぁ?」
マイケルはほぼ答えに辿り着いてそうだった。
彼の言葉から俺も大体の予測を立てた。
「……あぁ、そういう感じのか。まぁ確かに」
「――難しく考える必要はありませんよ?」
「……!?」
見れば、厨房の中でバトラーが立っていた。
何の用かと見ていれば、バトラーはマイケルに視線を向ける。
「ただ、作ればいい……塩水ですよ。ただ、二つの素材を……ご主人様の求めるものに近い味……ご主人様は寛大ですから、ね……アレを完璧に作るなんて、学者や研究者でも無理ですからねぇ……試練において、絶対的に不可能な事は決して、ね? ……さて、気は楽になりましたか?」
「……! あ、ありがとうございまぁす!」
「ふふ、いえいえ……美味しく、育って下さいね?」
「……?」
バトラーはそれだけ言って厨房から――消えた。
マイケルはマジックだと騒いでいたが俺はバトラーの言葉を考えた。
何故、アドバイスのようなものをしたのか。
明らかに手助けであり、何か狙いがあるのか。
美味しく育つという意味は……まぁいいか。
「バトラーさんの言葉が本当なら、携帯で調べればきっと……あ! ありましたぁ! ……そうデース! これデース!! 分かりましたぁ!!」
「……頑張ってね」
「はい!!」
マイケルはきらっと白い歯を輝かせて笑う。
自信ありであり、これなら俺から言う事は何も無い。
俺たちは早速、作業を始めた。
先ずは材料となる卵と切れ味のいい包丁だ。
皿を出して卵を三つ持つ。
そうして、コンコンと叩いてから皿の上に卵を三つ落とした……完成。
そして、小皿の上に指を翳し包丁を持って――軽く指を切る。
「……」
ぽと、ぽとっと血が滴り落ちていった。
質問した時に聞こえた波と俺のはしゃぐ声。
五秒ほど聞こえたそれはぱたりと止んでいた。
そして、2秒ほど経過してから全く同じ内容の音が聞こえて来た。
それを繰り返していて、その繰り返した回数は……三回。
三滴だけ垂らして置いてあった布で指を包む。
暫く抑えて指から布を取れば……傷が消えてる?
「……まぁいいか」
俺は卵と血を垂らした皿を手に持つ。
そうして、お客様の元へと行き――怒声が響いた。
「なぁ!? おい!! 何でアイツらと同じじゃないんだ!? 変えてくれよ! なぁ!?」
「「――」」
「意味わかんねぇよ!? せ、せめて! 変えられないなら質問に答えろやぁ!! “闇の光”って何だよ!? どこにいるんだ!? それは何だぁ!? おい!!」
「「――」」
「あああぁぁぁぁぁ!!? さっきから何だよこ、このぉ!? 暗くて、深くて、光が、ない!!? 不安を掻き立てるような不気味な音はぁぁぁぁ!? お、俺はぁ? 何で、何で音だけで景色が、光景がぁぁぁ!? ああああぁぁぁぁぼんぼん叩きやがってぇぇぇぇ!!!」
発狂したように暴れる男。
他の何名かの人間たちも恐怖の表情で何度も質問をしていた。
誰しもがオーダーの意味を理解していない。
単純に考えればいいだけなんだ。
”俺たちの常識”ではなく、“お客様たちにとっての常識”でだ。
デカい声だったから大体の事は分かった。
お客様のオーダーは闇の光。
彼に聞こえている暗くて深くて光が無い光景が浮かぶ謎の音。
そして、ぼんぼんと叩くような音……深海で光る生物、それを叩いただけのものでいい。
お客様たちは明らかに人外だ。
そして、不思議と落ち着く香りや時々発する波の音、そして歩いた時の水の音……多分だけど、海から来た感じじゃないかな?
この仕事において重要なのは提供するものが“料理”ではなく“食事”である事だ。
料理人であれば、何かしらの調理工程を踏まえた上で作るものを料理というだろう。
が、これは結局のところ“調理”ではなく“簡単な作業”をする事を求めている。
卵を割る、ただ焼く、混ぜる、叩く……その程度でいいんだ。
俺の担当の方々はどこまでも人を感じたいのだろうか。
卵は俺のおすすめであり、この場合は何時も食べている鶏の卵でいい。
簡単な作業を挟む必要があるからこそ、そのまま出すのではなく生卵の状態でお出しする。
血はそのまま人の血……いや、俺の血だ。
手を上げている間は質問が出来るのではなく、手を上げている間は確認すべき事が残っているという事だろう。
手を下げれば、確認すべき事はない。または、もう既に答えを理解しているという事だと思う。
食事の提供でもそうであり、自らの料理である事を示す前に勝手に置いてはならない……ただ、それだけだ。
後は音の種類や回数なんかも重要だ。
聞こえる回数が、そのまま必要な量を表していたりする。
音で全てを表している。ただの波の音なら砂浜や海そのものを表しているのかな?
他に質問をするまでもなく、手を下げていたので他の可能性は無い事は理解できたしな。
が、他のお客様は明らかに優しめのオーダーをしている気がする。
怒鳴っている人の担当なんて正にそうであり、闇の光なんて妙な言い方をしているがさっきから答えを言い続けていた。
あれ自体が答えだと気づければ……お?
「おやおや」
「ひぃ! く、来るなぁ!」
バトラーがいつの間にか男の背後に立っていた。
男は顔面蒼白で後ろに下がる。
が、そこはお客様のいるテーブルで――派手な音を立ててテーブルが倒れた。
「「――!」」
「あ、あぁ、そ、その、す、すみ」
「――粗相、ですね」
「ひぃ! いや、これは――ぐぎゃぁ!? こ、これぇ!?」
男が土下座しようとした。
が、それよりも早くにバトラーが最初に出て来た部屋から海藻らしきものが伸びて来た。
それがあっという間に、男の首や手足に巻き付いたかと思えば――そのまま奥の部屋へと吸い込まれて行った。
「アアアアァァァァ――――…………」
男の叫びが遠ざかっていき――バタリと扉が閉じられた。
「「「……っ」」」
「……ご主人様、失礼致しました。少々、活きが良すぎたようですね」
「「――」」
「……それでは、アレの用途はそのように……皆様、さぁお食事のご準備を」
バトラーは明るい口調で全員に作業に戻るように言う。
彼が指を鳴らせば、倒れたテーブルも燭台も全て時を戻したかのように戻った……凄いなぁ。
バトラーの声を聞いても、俺とマイケル以外は動かない。
ほとんどが涙目であり、足が震えていた。
俺に視線を向けてきて助けを求めてきているが……と。
俺は皿を持っていき、彼女たちが手を上げるのを見て……ん?
手を上げる速度が……順番……?
…………いや、違うな。うん。
俺は“そのまま”それぞれの料理をお客様の前に置く。
そうして、そのまま厨房へと帰っていき――肩を叩かれた。
「……何でしょうか?」
「おや、振り返りませんか。ふふ、聞いていた通りルールに忠実な方のようですね。大変よろしい事です」
振り返る事無く背後に立つバトラーに何の用かと聞く。
すると、彼は指をつぅっと動かして俺の耳に触れて来た。
そうして、顔を寄せてきて低音のイケボで囁いてきた……こそばゆいな。
「本当に……あれで、良かったのですか?」
「……?」
「品は? それぞれの――オーダーされた品でしたか?」
「……あぁ」
何を言いたいのかと思っていれば、間違っていないかの確認だった。
バトラーは俺の耳を指でこねながらくすくすと笑う。
「ご主人様は、貴方様に大変ご興味があるようでしてぇ……本来、このような贔屓は許されないのですがぁ……今なら、食事を取り換える事を許可しましょう」
「……いや、ダメでしょう?」
「ふふふ、いいえ、私が許可します。何故ならば、貴方は他の人間とは異なる……“特異な魂”をお持ちですから。こんなところで、消費するのは少々勿体ないのですよ。ですので、ね? さぁ、改めてお考えになりましょう」
「……」
バトラーは俺の肩に手を置く。
そうして、“一度だけのルール違反を許す”と言って――
「――いや、大丈夫です。では」
「……! ふ、ふふ……ふは!」
俺はそのまま厨房の扉を開けて中に入る。
許可しようと言っても、それはあの方の独断だ。
本当に許してくれるかは分からない。
いや、そもそも間違っていないのに取り換える必要なんてないしな……何がしたかったんだろう?
俺はそんな事を考えながら、皆が帰って来るのを待ち――
#
「いやはや、今宵の食事も大変素晴らしかったです。ご主人様も大変お喜びになられていましたよ。くくく」
「ど、どうもデース」
「どうも」
「「「……っ」」」
最後の食事の提供が終わった。
結局、残ったのは俺とマイケルと男女五人だけだった。
マイケルは大切な包丁を持ちながら笑みを引きつらせていた。
お客様たちは既に帰っていて、俺たちとバトラーだけだった。
バトラーは俺たちに対して拍手をしながら、近くに立ったAさんから封筒に入った札束を受け取る。
「それでは、此方が今回の報酬になります」
「Oh! こ、こんなに……100万円以上あるのでは!?」
「まぁ、あるんじゃない? 良かったね」
「う、うぅ……でも、もう次は嫌デース」
「はは、そうおっしゃらずに機会がありましたら、是非次も、ね?」
「……この人、怖いデース」
「「「……っ!!」」」
「おや? 何かぁ……急ぎの用でもあったのでしょうか?」
マイケルは涙目で金を握りしめていた。
他の五人は金を奪うように持って走り去っていった。
開け放たれた扉の先には帰りのバスが停まっている。
兎に角、今日の仕事もこれで終わりだ。
マイケルとはルインの交換をし、この後に出会った記念に一緒に飲む事になった。
マイケルはアニメや漫画にゲームが大好きなようで。
俺が平均的な日本人として正しいゲームの知識を――
「あぁ少しお待ちを」
「……ん? 何か?」
「いえ、少し気になった事がありまして……最後の食事の提供で……何故、“入れ替わっていない”と?」
「いれ、かわって……? What?」
「…………あぁ、やっぱり、そうだったんですね…………いや、別に特別な理由は何も。ただ」
「ただ?」
俺は鼻に指をあてた。
「匂いがですね……お二方共少し違ってて、動作は違っても、匂いの位置は変わってなかったので……多分なんですけど、お二人共生まれが違うのかなぁって……はい」
「……! ふ、ふふ、ふふふ……なるほど。分かりました……よろしければ、是非とも貴方様の口からお名前を伺っても?」
「……井上隆です」
「井上様ですね。覚えました……もし、海に行くことがあれば、貴方様がよろしければぁ……素敵なディナーでも?」
「――遠慮します」
「えぇ!? 勿体ないデース! 未知の味デース! ……あ!? そういえばあの料理を! 肉料理について是非!」
「ふふ、フラれてしまいましたか。これはこれは、まぁ……時間はまだありますからね」
バトラーは舌なめずりをした。
マイケルは少し引いていて、俺も少し身の危険を感じたが……まぁいいか。
バトラーは引いているマイケルを指でちょいちょいっと誘う。
マイケルは恐る恐るバトラーに近づいて何かを耳打ちされていた。
マイケルはバトラーから何かを聞いてどんどん顔色を悪くしていく。
そうして、顔面蒼白でガチガチと歯を鳴らしていた。
バトラーは目を細めて笑っていて……何?
「何を言われたの?」
「い、言えませぇん!! 絶対に!! これはミーのお墓まで持っていきまぁす! うぷ!」
「……あ、そ……どこ行く? そういえば、美味しいとんかつの店が」
「に、肉は嫌デェェェス! ミーはベジタリアンになりましたぁ!」
「……あ、うん」
マイケルと共に帰りのバスに向かう。
何故か、マイケルは譫言のように「肉は、肉はぁ」と何かを恐れていたが……野菜の専門店ってあるのか?