特別試験初日の朝、私はいつもより少しだけ早く目を覚ました。
目覚ましが鳴るより前に意識が浮上した理由は、自分でも分かっている。
今日から七日間、昨日までとはまったく違う時間が始まるからだ。
私はベッドの上で身体を起こし、枕元に置いていた銀色の携帯を手に取った。
時刻を確認すると、まだ余裕がある。
通知欄にはいくつかのメッセージが届いていたが、
その中で最初に目に入ったのは清隆からのものだった。
『起きてるか』
送られてきた時刻を見ると、ほんの数分前だった。
私は少しだけ笑いながら返信する。
『起きてる。清隆こそ早いね』
既読がつくまで、それほど時間はかからなかった。
『念のため確認しただけだ』
『彼女の心配してくれたんだ』
『寝坊されたら困る』
『そういう言い方しかできないの?』
送信してから、私は携帯を胸元へ下ろした。
付き合い始める前だったら、こんなやり取りをするなんて想像もしなかった。
私にとって綾小路清隆は、最初から少し変な男だった。
目立たないようにしているくせに、必要なところでは妙に目につく。
普通に振る舞おうとしているのに、その普通さが逆に不自然で、
何かを隠していることだけはずいぶん前から分かっていた。
だから興味を持った。
そして、もっと知りたいと思った。
その結果、自分のほうまで見抜かれた。
自分もまた、必要以上に実力を見せてこなかったことを。
最初に指摘された時は少し腹が立った。
人の秘密を勝手に見抜かないでほしいと思ったし、
それを言うなら清隆のほうがよほど露骨に隠しているだろうとも思った。
でも、それがきっかけになった。
人前では言えないことを、二人なら話せた。
自分がどこまでできるのか。
どうして隠しているのか。
何を考えているのか。
そういう話をしているうちに、
いつの間にか私は彼のことをもっと近くで知りたいと思うようになっていた。
今では、単なる興味とは違う。
恋人として隣にいる。
それでも今日からは、恋人である前に試験のパートナーだ。
私はベッドから降りて支度を始めた。
服を整え、髪を確認し、最後にもう一度携帯を見る。
新しいメッセージが届いていた。
『準備できたら連絡しろ』
『了解。ちゃんと彼氏っぽいところあるじゃん』
少し考えたあと、もう一つ送る。
『今日は絶対負けないから』
今度の返信は少しだけ遅かった。
『そのつもりだ』
私はその言葉を見て、自然と気持ちが引き締まるのを感じた。
今日は自分の力を隠していられる日ではない。
そして、隣にいるのは清隆だ。
いつもなら、誰かに自分の能力を見せることには少し抵抗がある。
でも彼の前なら違う。
少なくとも今日だけは、私がどこまでできるのか見せてやりたいと思っていた。
寮を出て校舎へ向かう途中、冬の朝の空気が頬を刺した。
吐く息が白くなる。
途中で何人かの生徒とすれ違ったが、
その中に試験参加者らしい緊張した表情をしている者もいた。
校舎へ入ると、指定された参加者は通常の教室ではなく、特別棟へ移動するよう案内された。
私は案内表示に従って廊下を進む。
その途中で、前方に見慣れた背中を見つけた。
清隆だった。
周囲にはまだ何人か生徒がいる。
私は一瞬だけ声を掛けようとしたが、やめた。
学校では今まで通り。
綾小路と松下。
それが二人で決めたことだった。
私は少し距離を空けたまま歩き、清隆もこちらを振り返ることはしなかった。
それなのに、不思議と離れている感じはしない。
同じ場所へ向かっていると分かっているからだろうか。
それとも、昨日までより少しだけ関係が変わったことを意識しているからだろうか。
指定教室へ入ると、すでに何組かの参加者が集まっていた。
龍園とひより。
一之瀬と神崎。
坂柳と白石。
私は教室の中を一通り見てから、自分たちの指定席へ向かった。
清隆が先に座る。
私はその隣の席へ腰を下ろした。
「おはよう、綾小路」
「ああ、おはよう」
人前では普通に。
ただそれだけのやり取りだった。
けれど、私は少しだけ可笑しくなった。
数十分前まで携帯では清隆と呼んでいたのに、今は綾小路と呼んでいる。
たった一つの名前を使い分けるだけなのに、秘密を共有している感じがして妙に楽しい。
「なんだ?」
清隆が小声で聞いてくる。
「別に」
「そうか」
「少しくらい気にしてよ」
「気にしたから聞いた」
「そういう意味じゃないんだけど」
私が小さく返すと、清隆はそれ以上何も言わなかった。
少し離れたところから視線を感じた。
誰かと思って見ると、ひよりがこちらを見ていた。
目が合う。
ひよりは穏やかに微笑むと、軽く会釈した。
私も同じように返す。
ただ、それだけだった。
なのに、なぜか少し気になった。
あの子は清隆と親しい。
それくらいは知っている。
本の話をしたり、一緒に過ごしたこともあると聞いている。
今までならそこまで意識しなかった。
でも自分が清隆の彼女になった今では、少し話が違う。
もちろん、いきなり嫉妬して敵視するつもりはない。
そんなのは自分でも格好悪いと思う。
それでも、ひよりがこちらを見ていた理由くらいは気になった。
私がそんなことを考えている間に、教室前方の扉が開いた。
複数の教師が入ってくる。
その中には茶柱先生もいた。
「全員揃っているな」
教師の一人がそう言うと、参加者たちの会話が止まった。
教室前方のモニターへ、特別試験初日の説明が表示される。
今日の内容は基礎能力測定。
学力。
記憶力。
論理的思考。
判断力。
身体能力。
そしてペア連携。
初日は他ペアとの直接的な対戦ではない。
それぞれの能力を数値化し、その結果が明日以降の組み合わせや課題難易度に反映される。
つまり今日は単なる前座ではない。
ここでの結果が今後に影響する。
教師の説明を聞きながら、私は横目で清隆を見る。
彼も画面を見ている。
いつもの無表情。
でも、たぶんもう全部理解している。
「なお、本試験では各ペアに一台ずつ専用端末を支給する。
課題の内容、獲得ポイント、他ペアとの取引情報などはすべて端末を通して管理される」
教師の合図で、机の上に置かれていた端末が起動した。
私たちの画面にもペア名が表示される。
綾小路清隆。
松下千秋。
その並びを見た瞬間、少しだけ変な気分になった。
苗字だけ見れば普通の試験ペア。
でも私にとっては、それ以上の意味がある。
「初日の総合順位については全課題終了後に発表する。それでは第一課題を開始する」
画面が切り替わった。
最初の課題は学力測定だった。
制限時間は四十分。
一人ずつ別々に問題を解き、二人の合計点がペア得点になる。
問題数は多い。
難易度も高い。
通常の定期試験より明らかに厄介だった。
私は最初の問題を読み、すぐに解き始めた。
ここで少し迷った。
どこまでやるか。
いつもなら、満点を取る必要はないと考える。
九割取れる問題でも七割か八割に抑える。
それで十分だから。
でも今日は違う。
清隆と二人で勝つための試験。
しかも結果は今後へ影響する。
私は一度だけ深く息を吐き、答えを書き始めた。
いつもより速く。
いつもより正確に。
問題を読み、必要な情報だけを抜き出して処理する。
途中で難しい問題が出ても、立ち止まりすぎない。
後回しにできるものは後回し。
時間配分を崩さない。
私は自分でも分かるくらい、普段とは違う速度で解いていた。
ふと隣が気になる。
もちろん覗くことは禁止されている。
それでも鉛筆の動く音くらいは分かる。
清隆は私よりさらに速い。
本気。
少なくとも普段よりずっと出している。
私は少し悔しくなった。
あんなに余裕そうにやられると、こっちまで意地になる。
私はさらに集中した。
四十分後。
終了の合図が鳴る。
私は手を止め、肩の力を抜いた。
「どうだった?」
小声で聞く。
「悪くない」
「何点くらい?」
「結果が出れば分かる」
「そうじゃなくて感触」
「ほぼ解けた」
やっぱり。
私は少しだけ頬を膨らませたくなった。
「私も結構できたんだけど」
「知ってる」
「なんで?」
「解答速度が速かった」
「見てたの?」
「見なくても音で分かる」
「怖いんだけど」
私は呆れながらも、内心では少し嬉しかった。
清隆はちゃんと私を見ている。
それも能力まで含めて。
次の課題は記憶力だった。
画面に表示された複雑な図形、数字、文字列、人物情報を一定時間で記憶し、あとで答える。
これも得意なほうだ。
私は集中して覚える。
数字をただ並べるのではなく、意味のある塊へ変換する。
位置関係と特徴を結びつける。
人物情報は顔と性格をセットにする。
制限時間が終わり、画面が切り替わる。
問題へ答えていく。
ほとんど迷わない。
そして採点。
私の正答率はかなり高かった。
少しだけ得意になって清隆を見る。
「どう?」
「高いな」
「でしょ?」
「オレより二問少ない」
一瞬黙った。
「……清隆、今の言い方ちょっと腹立つ」
「聞かれたから答えた」
「そこは素直に褒めればいいの」
「十分高い」
「遅い」
私は小声で言いながら、思わず笑ってしまう。
対抗心はある。
でも嫌ではない。
むしろ楽しい。
誰かと本気で競うなんて、今までほとんどなかった。
自分の力を見せること自体を避けていたから。
それなのに清隆相手なら、もっと上を目指したくなる。
次の論理課題では、二人同時に一つの問題を解く形式だった。
画面には複数の人物と条件が表示される。
誰が嘘をついているか。
誰がどこにいたか。
どの順番で行動したか。
条件を組み合わせて答えを導き出す。
私は画面を見ながら整理する。
「二番と四番の発言は両立しない」
清隆が言う。
「うん。でも四番が嘘だと六番も矛盾する」
「なら二番が嘘」
「そうすると一番と五番が成立する」
「三番は?」
「それは真でいい」
「同じ考えだ」
二人で答えを入力する。
正解。
次の問題。
今度は私が先に気づいた。
「待って。この条件、全員が一回ずつ移動したとは書いてない」
清隆が画面を見る。
「確かに」
「同じ人が二回動いてもいいなら答え変わるよ」
「その前提でやり直す」
数十秒後。
正解。
私は思わず清隆を見る。
清隆もこちらを見る。
説明しなくても、次に何を考えるべきか分かる。
妙に噛み合う。
付き合っているから、というだけではない。
たぶん元々似ているところがある。
人前では一歩引く。
周囲を見る。
必要な時だけ動く。
そういう部分が。
ただ、完全に同じではない。
だから面白い。
清隆が見落とすところに私が気づくこともある。
私が詰まったところを清隆が処理することもある。
どちらか一人で全部やるより、ずっと速い。
午前の最後は判断力テストだった。
複数の選択肢から、その場で最も利益が大きい行動を選ぶ。
ただし、途中で条件が変わる。
最初は安全な選択肢が、次の瞬間には不利になる。
私は少し苦戦した。
変化自体には対応できる。
でも清隆はその先を読んでいる。
今の利益だけではなく、次の条件変更まで想定して選ぶ。
私はそれを見て、初めて少しだけ差を感じた。
普段からすごいとは思っていた。
でもこうして同じ課題を横でやると分かる。
思考の速度が違う。
視野の広さが違う。
私は優秀だと思っている。
実際、周囲よりできるほうだと思う。
でも清隆はそのさらに上にいる。
かなり上。
その事実を認めるのは、少し悔しかった。
昼休憩。
参加者は専用の休憩スペースへ移動した。
全員同じ部屋だが、ペアごとに席が分かれている。
私は清隆の向かいに座り、軽い昼食を取る。
「午前どうだった?」
「問題ない」
「私は判断力のところ少し負けた気がする」
「負けた?」
「清隆に」
「競争だったのか」
「勝手に競ってるの」
「そうか」
相変わらず反応が薄い。
私は飲み物を一口飲んでから、少し声を落とす。
「清隆ってさ」
「なんだ?」
「やっぱりすごいね」
「急だな」
「同じ問題やると分かる。普段どれだけ隠してるの?」
「千秋も同じだろ」
「私はそこまでじゃないよ」
これは素直に言えた。
悔しいけど。
清隆は少しだけ私を見る。
「能力の種類が違う」
「慰め?」
「事実だ」
「具体的には?」
「千秋は人間の反応を見るのが上手い」
「清隆も見てるじゃん」
「見方が違う」
私は少し興味を持った。
「どう違うの?」
「オレは行動や情報から考えることが多い。千秋は感情から読む」
「それって褒めてる?」
「褒めてる」
今度は即答だった。
私は思わず黙った。
少しだけ顔が熱くなる。
「……急にちゃんと褒めるのずるい」
「褒めろと言ったのは千秋だろ」
「そうだけど」
私は視線を逸らす。
清隆はこういう時に限って変なところで素直だ。
本当にずるい。
その時、近くから声が聞こえた。
「綾小路くん」
一之瀬だった。
私は顔を上げる。
一之瀬はいつもの明るい笑顔でこちらへ歩いてくる。
「午前の課題、どうだった?」
「それなりだ」
「松下さんも?」
「まあまあかな」
私は笑って答える。
一之瀬は私たちの机を見る。
二人で座っているだけ。
別に何もおかしくない。
試験ペアだから当然だ。
それでも一瞬だけ、一之瀬の視線が私と清隆の間を行き来した気がした。
気のせいかもしれない。
「午後は身体能力もあるみたいだね」
「そうみたいだね」
「お互い頑張ろうね」
「うん」
一之瀬はそう言って戻っていった。
私は何となくその背中を見る。
「仲いいね」
清隆へ言う。
「一之瀬と?」
「うん」
「普通だと思うが」
「ふうん」
「何かあるのか?」
「別に」
私は少しだけ飲み物を強く握った。
自分でも分かる。
ちょっとだけ嫉妬している。
でも今は試験中だ。
余計なことを考えている場合じゃない。
そう思った直後、別の方向からも視線を感じた。
椎名だった。
また目が合う。
今度は椎名のほうから近づいてきた。
「お疲れさまです」
「お疲れ」
「松下さん、かなり順調そうですね」
私は少し驚く。
「分かる?」
「なんとなくですが」
ひよりは穏やかに微笑む。
それから清隆を見る。
「綾小路くんと息が合っているように見えます」
私は一瞬、返事に困った。
「まあ、ペアだからね」
「そうですね」
ひよりはそれ以上追及しなかった。
でも、やっぱりこの子は見ている。
私たちのことを。
どこまで気づいているのか分からない。
少しだけ警戒したほうがいいかもしれない。
午後の最初は身体能力測定だった。
短距離走。
反応速度。
持久力。
バランス。
投擲。
複数の項目を測定する。
男女差は補正されるため、単純な筋力だけで決まるわけではない。
私は普段より真面目に取り組んだ。
ただし、ここは清隆の独壇場だった。
露骨に異常な記録を出すことは避けているようだったが、それでも高水準。
特に反応速度。
速い。
機械の合図とほとんど同時に動いているように見える。
私は少し離れたところから見ながら、思わず感心した。
龍園も清隆を見ている。
楽しそうな顔。
何か企んでいる顔だ。
あの男は清隆の実力をある程度知っている。
だから今回も絶対に何か仕掛けてくる。
椎名はその隣で静かに見ていた。
一之瀬と神崎も。
坂柳も当然。
そして白石。
私は白石を見る。
相変わらず穏やかな表情。
自分の順番になれば真面目に課題をこなす。
記録は悪くない。
でも飛び抜けてもいない。
学力課題も同じだった。
目立つ成績ではない。
普通より少し上。
そのくらい。
でも、なぜか引っかかる。
学校が坂柳のペアに選んだ理由が見えない。
「松下」
清隆の声で我に返る。
「何?」
「次だ」
「あ、うん」
私は自分の課題へ向かった。
午後最後の課題として用意されていたのは、二人一組で行うペア連携試験だった。
それまでの課題とは違い、単純に個人の能力を測るものではない。
片方が専用端末に表示されたコース全体の地図を確認し、
もう片方が実際にそのコースへ入る。
移動する側には地図を見ることが許されておらず、
案内役の指示だけを頼りに複雑なコースを突破しなければならない。
通路には複数の分岐だけでなく、進行を妨げる障害物や減点対象となる仕掛けも配置されている。
しかも、案内役が確認できる地図にも一部判別しづらい箇所が存在するらしく、
ただ画面に書かれている内容を読み上げるだけでは高得点には届かないように作られていた。
二人の合計タイムだけでなく、誤った指示の回数、停止時間、
障害物への接触、罠による減点まで加味される。
つまり求められているのは、情報処理の正確さと判断速度、
それに何より相手を信用して即座に動けるかどうかだった。
「最初はどうする?」
私は端末を手に取りながら清隆へ尋ねた。
「千秋が地図を持て」
「私から?」
「ああ。そのほうがいい」
理由まで聞く必要はなかった。
午前中の課題を通して、清隆は私の記憶力や状況整理能力をある程度把握している。
私も自分が最初に案内役を担当することに異論はなかった。
「分かった。それじゃ、最初は私ね」
開始位置へ向かう清隆の背中を見送りながら、私は端末へ表示された地図を確認した。
想像していたより複雑だった。
いくつもの通路が不規則に交差し、その途中には障害物を示す記号や、
進入すると減点される区域が表示されている。
さらに、一部の通路は見た目こそ近道に見えるものの、途中で行き止まりになっていたり、
時間経過によって通行できなくなる箇所まで設定されている。
適当に最短距離だけを追えばいいというコースではない。
私は全体を一度見渡してから、
清隆が立っている現在位置とゴールまでの経路を頭の中で組み立てた。
やがて開始を告げる電子音が鳴る。
「最初の分岐を右へ進んで」
私が指示を出すと、清隆はほとんど間を置かずに動き始めた。
画面上の位置表示が滑るように進んでいく。
「そのまま十五メートルほど直進して、二つ目の角を左」
「了解」
短い返事だけが返ってきた。
私は位置表示を追いながら、次の経路を確認する。
普通なら、案内役から一つ指示を受けるたびに少し慎重になってもおかしくない。
地図を持っていない以上、間違った方向へ誘導されても自分では判断できないからだ。
けれど清隆には、それがない。
私が右と言えば右へ進み、左と言えば左へ曲がる。
必要以上に確認を取らず、判断をこちらへ委ねている。
「次の通路に障害物がある。右側に回避用のスペースがあるから、そこを通って」
「障害物の高さは?」
私は表示を拡大する。
「一メートルくらい。飛び越えても減点にはならないみたい」
「分かった」
返事が聞こえた直後、位置表示の速度がほとんど落ちなかった。
私は思わず画面を凝視する。
清隆は障害物を迂回していない。
おそらくそのまま越えたのだろう。
「……早いね」
思わず口から漏れた。
「次は?」
通信越しの声は普段とまったく変わらない。
「ちょっと待って。今確認してる」
私はすぐに気持ちを切り替え、次の分岐を見る。
「この先は三方向に分かれてる。中央は罠があるから入らないで。左へ進んで、そのあとすぐ右」
「左のあと右だな」
「うん。そのルートが一番早い」
清隆は再び迷わず動いた。
私は次々と経路を指示していく。
おかしいくらい順調だった。
もちろん、私自身も大きな間違いをしていない。
それでも、指示を受ける側に少しでも躊躇があれば、そのたびにタイムは失われる。
清隆にはそれがほとんどなかった。
私の言葉をそのまま受け入れている。
それは、単に彼が自分の能力へ自信を持っているからではない。
案内役である私の判断を信用してくれているからだ。
そう考えると、不思議なくらい嬉しかった。
自分が頼られている。
それも、あの清隆に。
しかし、すべてが完璧に進んだわけではなかった。
ゴールまで残り三分の一ほどになったところで、地図上に少し分かりにくい地点が現れた。
二つの通路が並んでいる。
どちらからでもゴール方向へ進めるように見える。
ただし片方には小さな警告表示が重なっており、それが進入禁止を意味するのか、
単なる注意表示なのかがすぐには判別できなかった。
私は画面を拡大する。
右か左か。
清隆は分岐の前で止まっている。
「千秋?」
「待って。ここ、表示がちょっと分かりにくい」
制限時間は減り続ける。
焦って適当な指示を出せば、ここまで積み上げてきたタイムを一気に失う可能性がある。
私は地図全体をもう一度確認した。
左のルートは一見安全だが、その先で大きく迂回している。
右のルートは短い。
問題は警告表示だった。
私は別の地点に使われている記号と比較し、その意味を推測する。
進入禁止ではない。
おそらく足元に障害があることを示す注意表示。
ならば、右でいい。
「清隆」
「聞いてる」
「右へ行って」
私はそう告げた。
確信が百パーセントあったわけではない。
それでも、現時点の情報から最も可能性が高いと判断した。
清隆は理由を聞かなかった。
本当にいいのかと確認もしない。
そのまま右へ進んだ。
私は位置表示を見つめる。
数秒後、警告区域を通過した。
減点表示は出ない。
正解だった。
思わず肩の力が抜ける。
その後は大きく迷う地点もなく、清隆はほとんど速度を落とさないままゴールへ到達した。
終了を知らせる表示と同時に記録が表示される。
かなり速い。
現時点の暫定記録の中でも上位だった。
私は端末を持ったまま小さく息を吐いた。
「お疲れ」
コースから戻ってきた清隆へ声を掛ける。
「ああ」
「途中で一回止めちゃったけど、それ以外はかなり良かったと思う」
「判断は合っていた」
「結果論だけどね」
「結果が合っていれば問題ない」
簡単に言う。
けれど私は、さっき清隆が迷わず右へ進んだことを覚えていた。
私が間違えていたら、清隆もそのまま減点されていた。
それでも疑わなかった。
「清隆って、ああいう時確認しないんだね」
「案内役は千秋だったからな」
「だからって普通は少しくらい聞かない?」
「聞いている時間も減点になる」
「そういう意味じゃなくて」
私は苦笑した。
たぶん、本人は本当にそれだけの理由だと思っている。
でも私には、それ以上のものを感じてしまう。
少なくとも清隆は、私の判断を任せるに足るものとして扱ってくれた。
それで十分だった。
今度は役割を交代する。
清隆が地図を持ち、私がコースへ入った。
入口に立つと、案内役の時とはまったく見え方が違った。
目の前には複数の通路が伸びている。
どこが近道なのかも、どこに罠があるのかも分からない。
自分がさっきまで持っていた情報が、今度は完全に清隆の手の中にある。
開始音が鳴る。
「真っ直ぐ進め」
清隆の声が聞こえた。
私はすぐに走り出した。
「次の角を左」
「分かった」
曲がる。
「そのまま十メートルほど進め。中央に段差がある」
「中央?」
「ああ。少し右へ寄れ」
私は清隆の指示通りに位置をずらす。
直後、床の中央部分に低い障害物があるのが見えた。
避ける。
「通過した」
「そのまま進め」
清隆の指示には無駄がなかった。
説明が必要なところだけ少し詳しく伝え、それ以外は方向だけを短く言う。
私はそれで十分理解できる。
いつ曲がるのか。
どこで速度を落とすのか。
どこならそのまま走っていいのか。
清隆の声だけで判断できた。
途中で大きな分岐へ差しかかる。
「右へ」
私は迷わず右へ進んだ。
数メートル進んだところで、清隆の声が少し強くなる。
「止まれ」
私は反射的に足を止めた。
靴の先からわずか数十センチ前。
床に色の違う区画がある。
端末を持っていない私には詳細は分からないが、おそらく罠だ。
あと半歩進んでいたら、そのまま踏み込んでいた。
「危なかった」
「左側から抜けられる」
「了解」
私はすぐに進路を変える。
清隆は罠を見つけたことを誇るでもなく、私が止まれたことを褒めるでもない。
ただ次の指示を出す。
それが逆に心地よかった。
私も余計なことを考えずに動ける。
信頼していい。
少なくとも、この試験の中では。
そして考えてみれば、それはコースの中だけではない。
私はずっと清隆が何かを隠していると思ってきた。
清隆も私が実力を伏せていることを知っている。
普通なら、秘密を持っている者同士は警戒し合う。
けれど今は違う。
互いに隠しているものがあると知った上で、それでも相手へ自分の行動を預けている。
少し変な関係だと思う。
恋人であることまで含めれば、なおさらだった。
「千秋、次の分岐を左。そのあとしばらく直進だ」
「分かった」
私は走る。
身体能力では清隆に敵わない。
それは自分でも分かっている。
だからといって、ここで無理をする必要はない。
清隆の指示通りに正確に動く。
余計な減点を避け、速度を落としすぎない。
それでいい。
やがて最後の直線が見えてきた。
「そのまま走れ。ゴールまで障害はない」
「了解」
私は残っていた力を使って加速した。
ゴールラインを越える。
終了音が響く。
少し息を弾ませながら振り返ると、清隆が端末を持ったままこちらを見ていた。
画面には結果が表示されている。
暫定一位。
私は思わず笑った。
「一位だよ」
「ああ」
「もう少し嬉しそうにしたら?」
「まだ全員終わってない」
「それは分かってるけど、暫定でも一位なんだから少しくらい喜んでいいでしょ」
「千秋が喜んでいるなら、それでいいんじゃないか」
「清隆も一緒に取った一位なんだけど」
私はそう言いながらも、気分は悪くなかった。
むしろ嬉しかった。
一人で取った点数ではない。
私が案内して清隆が走り、清隆が案内して私が走った。
片方だけでは成立しない。
自分たち二人で取った結果だ。
それまで私は、誰かと協力するということを少し面倒に思うこともあった。
自分でできることなら自分でやったほうが早い。
誰かへ説明し、相手の判断を待ち、失敗したらその分まで背負うくらいなら、
最初から一人で処理したほうが楽だと思うこともある。
でも清隆となら違った。
自分の考えを全部説明しなくても通じる。
必要なところだけ伝えれば動いてくれる。
そして清隆の指示なら、私も余計な不安を抱えずに動ける。
これは思っていた以上に大きな強みかもしれない。
全ペアの試技が終わり、最終結果が画面へ表示された。
一位は、私たち綾小路・松下ペア。
二位は坂柳・白石ペア。
三位が一之瀬・神崎ペア。
四位は龍園・椎名ペアだった。
「本当に一位だったね」
私は結果を見ながら言った。
「連携項目では差がついたな」
清隆が画面を確認する。
私も詳しい得点内訳を見る。
私たちは移動時間が最短だっただけではない。
誤誘導による減点もなく、停止時間もかなり少ない。
互いに役割を交代した二回とも、ほとんど同じ水準の成績を出している。
偶然ではない。
二人とも相手の情報を信じ、そのうえで自分の役割へ集中できた結果だ。
「結構いい感じじゃない?」
「悪くない」
「そこは素直に相性がいいって言えばいいのに」
「実際、連携はしやすかった」
「それ、かなり褒めてる?」
「そうなるな」
私は少し笑った。
清隆にしては十分だ。
それから改めて順位表へ目を戻した。
二位の坂柳・白石ペア。
坂柳が高得点を取ること自体は意外ではない。
むしろ当然に近い。
気になったのは白石のほうだった。
「坂柳さんたち、二位なんだね」
「ああ」
「白石さん、今日の個人成績ではそこまで目立ってなかったよね」
私は得点詳細を開く。
学力、記憶力、判断力、身体能力。
どれも悪くない。
ただし、一位を争うほど突出した数字ではない。
ところが、ペア連携だけは違った。
「連携点、高いね」
「かなり高い」
清隆も同じ部分を見ていた。
坂柳と白石のペアは、私たちほどの速さではなかったものの、ほとんどミスをしていない。
しかも片方だけが優秀だった形ではなく、役割を交代した二回とも安定した記録を出している。
「坂柳さんが指示する側なら分かるけど、逆でもほとんど落ちてない」
「白石の判断が正確だったということだ」
「でも、個人課題では目立たない程度に抑えてたようにも見える」
口にしたあと、自分でもその考えが少し気になった。
抑えていた。
なぜ、自然にそう思ったのだろう。
私は少し離れた場所へ目を向ける。
白石は坂柳の隣で何か話していた。
いつもの穏やかな笑顔を浮かべ、相手の話に丁寧に頷いている。
特別試験で二位になったというのに、誇らしげな態度を見せるわけでもない。
悔しそうでもない。
まるで予定通りに一つの課題を終えただけのようだった。
私が見ていることに気づいたのか、白石がこちらへ顔を向ける。
目が合った。
白石は少しだけ微笑み、丁寧に会釈した。
私も反射的に同じように返す。
それだけだった。
けれど、昨日までとは見え方が違う。
ただおっとりした女子。
そう思っていた。
今でも表面上は何も変わらない。
でも今回の結果を見てしまうと、その穏やかさそのものが妙に気になってくる。
「清隆」
「なんだ?」
「白石さんって、やっぱり何か隠してると思う?」
清隆はすぐには答えなかった。
白石の様子と得点表を交互に見たあと、静かに口を開く。
「可能性はある。ただ、今の時点では断定できない」
「だよね」
「目立たないことと、能力がないことは同じじゃない」
その言葉に、私は少しだけ苦笑した。
それを私たちが言うのかと思ったからだ。
「なんか、私たちが一番言っちゃいけない台詞じゃない?」
「だからこそ分かることもある」
「それはそうだけど」
私はもう一度白石を見る。
彼女はすでにこちらから視線を外し、坂柳との会話へ戻っていた。
いつもの穏やかな笑顔を浮かべながら、誰よりも自然にその場へ溶け込んでいる。
その姿を見ていると、今まで気に留めていなかったこと自体が少し不思議に思えてきた。
本当に普通の生徒なら、それでいい。
学校がたまたま坂柳の相方として選んだだけかもしれない。
けれど、もし違ったら。
もし白石飛鳥もまた、自分の力を必要以上に見せずにここまで過ごしてきた人間なのだとしたら。
私は無意識のうちに、銀色の携帯を握り直していた。
この試験で警戒すべき相手は、
分かりやすく前へ出てくる龍園や一之瀬、坂柳だけではないのかもしれない。
むしろ、本当に厄介なのは、
私たちと同じように目立たない場所から盤面を見続けてきた人間なのではないか。
そんな考えが頭をよぎったものの、今はまだ確かめる材料が足りなかった。
私は白石から視線を外し、隣にいる清隆を見る。
少なくとも今日一日で一つだけ確かなことがある。
私と清隆は、思っていた以上に連携できる。
言葉が少なくても互いの意図を汲み取り、必要な時には相手へ判断を委ねることができる。
それは個人能力の高さとは別の、二人で戦うための強さだった。
そして明日からは、その強さが本当に通用するのかを試されることになる。
全課題終了後、教師から翌日の説明があった。
「初日の結果をもとに、明日から対戦形式の課題へ移行する」
モニターに組み合わせが表示される。
私は自分たちの名前を探す。
すぐに見つかった。
綾小路清隆・松下千秋。
対戦相手。
龍園翔・椎名ひより。
やっぱり。
簡単には終わらない。
隣を見ると、清隆も画面を見ている。
龍園は少し離れたところからこちらを見て、楽しそうに笑っていた。
椎名は静かに私たちを見る。
目が合う。
今度は笑顔だけではない。
少しだけ真剣な目。
たぶん向こうも分かっている。
明日からは、ただの能力測定じゃない。
直接の勝負になる。
教室を出たあと、私は清隆と少し距離を空けて歩いた。
人が少なくなったところで、清隆が足を止める。
「少し話すか」
「うん」
私たちは校舎脇の人目につきにくい場所へ移動した。
昨日と似た場所。
でも今日は、昨日より疲れている。
私はベンチへ座ると、軽く息を吐いた。
「疲れた」
「そうだな」
「清隆も疲れるんだ」
「人間だからな」
「なんか安心した」
私は少し笑う。
清隆も隣へ座る。
しばらく沈黙。
私は銀色の携帯を取り出し、今日の結果を見る。
一位。
悪くない。
いや、かなりいい。
「ねえ」
「なんだ?」
「今日の私、どうだった?」
「よかった」
「それだけ?」
「学力も記憶力も高かった。論理課題ではオレが見落とした条件にも気づいた。連携も問題ない」
私は少し驚いた。
「ちゃんと見てたんだ」
「ペアだからな」
「それだけ?」
少し意地悪く聞く。
清隆は私を見る。
「恋人だからでもある」
今度こそ私は完全に黙った。
予想していなかった。
清隆からそんな返しが来るなんて。
「……それ反則」
「何がだ?」
「普段何も言わないくせに、急にそういうこと言うの」
「聞かれたから答えた」
「そういう問題じゃないの」
私は顔が熱くなっているのを誤魔化すため、携帯へ視線を落とした。
清隆は本当に分かっているのか分かっていないのか分からない。
でも。
嬉しい。
すごく。
私は少しだけ身体を寄せる。
肩が触れる。
今日一日、試験の中ではずっと隣にいた。
でも、それはペアとして。
今は違う。
恋人として隣にいる。
「清隆」
「なんだ?」
「今日、私結構頑張ったよね」
「ああ」
「じゃあ、ご褒美ほしい」
清隆が少し考える。
「何がいい?」
「自分で考えて」
「難しいな」
「試験より難しい?」
「種類が違う」
私は思わず笑った。
「本当にそういうところだよね」
少し迷ってから、私は清隆の腕へ自分の腕を絡ませた。
人が来たらすぐ離れる。
それくらいならいい。
「これでいいや」
「それがご褒美なのか?」
「私がいいって言ってるんだからいいの」
「そうか」
清隆は拒まない。
私は少しだけ肩へ頭を預ける。
数分前まで龍園との対戦を考えていたのに、今だけは忘れる。
七日間ずっと緊張していたら持たない。
こういう時間があってもいい。
「清隆」
「なんだ?」
「今日やってみて思ったんだけど」
「何を?」
「私たち、結構相性いいよね」
「試験の話か?」
「それもだけど」
私は少しだけ顔を上げる。
「全部」
清隆は何も言わない。
でも離れない。
それで十分だった。
私はまた頭を預ける。
しばらくして、清隆が口を開いた。
「明日の龍園戦は簡単じゃない」
「分かってる」
「龍園は最初からオレを狙う」
「だろうね」
私は腕を絡ませたまま答える。
「じゃあ、狙わせればいいんじゃない?」
清隆が少しこちらを見る。
私は続ける。
「龍園くんは清隆のこと知ってる。だから絶対、清隆を中心に考える。だったら私は、その外から動ける」
「ひよりがいる」
「うん」
私は椎名の顔を思い出す。
今日何度もこちらを見ていた。
あの子は私を軽く見ていない。
たぶん。
「椎名さんは私を見ると思う」
「そうだろうな」
「じゃあ、清隆は龍園。私は椎名さん」
「単純な一対一にはならない」
「分かってる。でも役割としてはそれでいい」
私は少し笑う。
「清隆だけが陰の実力者だと思われるのも癪だしね」
「千秋も表へ出るか」
「必要ならね」
昨日、自分で言った。
本気を出す。
今日はその第一歩だった。
でも明日はもっと必要になる。
龍園とひより。
二人とも簡単な相手じゃない。
特にひより。
あの静かな目。
こちらを観察していた。
たぶん彼女も何か考えている。
私は清隆の腕から少しだけ身体を離し、銀色の携帯を握り直した。
「明日、勝とうね」
「ああ」
「私、清隆の足引っ張りたくないから」
「引っ張ってない」
「今日の話じゃなくて」
私は少し真面目な声になる。
「これからも」
清隆は少しだけ考えたあと、静かに答えた。
「オレも千秋一人に任せるつもりはない」
私はその言葉を聞いて、自然と笑った。
どちらかが守る側で、どちらかが守られる側ではない。
どちらか一人が全部やる関係でもない。
私には私のできることがある。
清隆には清隆のできることがある。
そして、足りないところは互いに埋めればいい。
恋人としても。
試験のパートナーとしても。
今はそれでいい。
私たちは少し遅れて寮へ戻った。
別れる直前までは、いつも通り誰かに見られても問題のない距離を保つ。
それでも自分の部屋へ戻ったあと、携帯を見るとすぐに清隆からメッセージが届いていた。
『今日はよくやった』
私は画面を見たまま少し笑った。
さっき直接言えばいいのに。
そう思いながら返信する。
『ありがと。清隆もね』
少し迷ってから、もう一つ送った。
『明日は私が助ける番だから』
既読がつく。
返事。
『期待してる』
私はその言葉を何度か読み返した。
清隆は簡単に人へ期待するタイプではない。
だからこそ、その一言が重かった。
明日は龍園翔と椎名ひより。
清隆のことを知る男と、私たちのことを静かに見続けていた女の子。
今日のように単純な能力測定だけでは済まない。
相手を読み、相手に読まれ、そのさらに先を考える必要がある。
それでも不安だけではなかった。
むしろ少し楽しみだった。
これまで私は、自分の力を隠しておくことを賢い選択だと思っていた。
けれど清隆と並んで戦うなら、隠しているだけでは意味がない。
必要な時に使ってこそ、隠してきた価値がある。
そして何より、今日一日を通して分かったことがある。
清隆は私を単なる補助役として見ていない。
一緒に戦う相手として見ている。
それなら、私も応えたい。
綾小路清隆の隣にいる松下千秋が、ただの彼女ではないことを。
明日、龍園とひよりに見せればいい。
私は携帯をベッド脇へ置き、翌日の試験内容を頭の中で整理しながら横になった。
七日間の特別試験は、まだ初日が終わっただけだった。
けれど私にとっては、自分の本当の力を誰かのために使うことを選んだ最初の日であり、
これまで陰に隠してきた自分が、清隆と共に少しずつ表へ出ていく始まりの日でもあった。