陰の実力者たちの特別試験   作:カツカレー!

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第6話 笑顔の向こう側

特別試験五日目の朝、私は寮の部屋で携帯を眺めながら、

昨日の一之瀬との会話を思い返していた。

 

一之瀬が清隆に好意を抱いていること自体は、それ以前から何となく察していた。

 

私と清隆が付き合っていると知った時の反応もそうだったし、

試験中に清隆へ向ける視線にも、単なるクラスメイトへ向けるものとは違う感情が混じっていた。

 

それでも本人の口から聞くのと、私が勝手に推測するのとでは重みが違う。

 

清隆に何度も助けられ、一緒にいることを心地よく感じ、もっと近くにいたいと思っていた。

 

そして私と清隆が並んでいる姿を見た時、

想像していた以上に苦しくなったことで、自分の気持ちに気づいた。

 

一之瀬はそう話してくれた。

 

正直に言えば、複雑だった。

 

清隆を好きなのが自分だけなら何も考えずに済む。

 

けれど実際には椎名がいて、一之瀬がいて、

もしかすると私がまだ気づいていない誰かまでいるのかもしれない。

 

それを考えると、気持ちが完全に落ち着いているとは言えなかった。

 

ただ、不思議と一之瀬を嫌いにはならなかった。

 

昨日の会話を通して、むしろ以前より話しやすくなった気さえする。

 

同じ人を好きだからこそ、無理に仲良くなる必要はない。

 

かといって、敵になる必要もない。

 

私は清隆を譲らない。

 

一之瀬も、自分の気持ちまで無理に消す必要はない。

 

それでいいのだと思う。

 

携帯が短く震えた。

 

画面を見ると清隆からメッセージが届いていた。

 

『今日の集合時間が十五分早まった』

 

私は学校側からの通知を確認する。

 

確かに変更されていた。

 

『見た。ありがとう』

 

送信したあと、少し考えてもう一つ入力する。

 

『朝から彼女の予定確認してくれるなんて優しいじゃん』

 

数秒後に返信が届いた。

 

『全参加者に通知されている』

 

私は思わずため息をついた。

 

『そういうところだよ』

 

今度は既読だけがつき、返事は来なかった。

 

付き合い始めてから少しずつ会話は増えたと思う。

 

それでも清隆は清隆だった。

 

私は携帯を鞄へ入れ、予定より少し早く部屋を出た。

 

指定教室へ到着すると、参加者の大半はすでに集まっていた。

 

清隆は昨日までと同じ場所に座っている。

 

私はその隣へ向かった。

 

もう二人の関係を隠す必要がほとんどなくなったため、

以前のように周囲を確認してから距離を取ることもない。

 

「おはよう、清隆」

 

「ああ、おはよう」

 

自然に名前で呼ぶ。

 

昨日までは、人前でそう呼ぶたびに少しだけ意識していた。

 

今日はもう、それほど緊張しなかった。

 

慣れるのは思っていたより早いらしい。

 

私が席へ座った直後、少し離れたところから視線を感じた。

 

一之瀬だった。

 

目が合う。

 

一瞬だけ気まずくなるかと思ったものの、

一之瀬は昨日までと変わらない笑顔を見せ、小さく手を振ってきた。

 

私も軽く手を上げて返す。

 

普通だった。

 

少なくとも表面上は。

 

ただ、私には分かる。

 

一之瀬が私の隣にいる清隆まで見てから、ほんの少しだけ目を細めたことを。

 

昨日すべて話したからといって、気持ちが一晩で消えるはずはない。

 

それでも笑っている。

 

私は以前から、一之瀬の笑顔を単純に明るい性格の表れだと思っていた。

 

けれど昨日の試験で人間関係を観察し続けたことで、少し見え方が変わった。

 

笑っているから楽しいとは限らない。

 

笑っているから傷ついていないとも限らない。

 

相手を安心させるために笑うこともあれば、自分が苦しいことを気づかせないために笑うこともある。

 

一之瀬は、その使い分けが自然すぎるのかもしれない。

 

「一之瀬を見てるな」

 

突然清隆に言われ、私は顔を戻した。

 

「気づいたの?」

 

「あれだけ見ていればな」

 

「清隆も一之瀬のこと見てた?」

 

「千秋が見ている方向を確認しただけだ」

 

「それならいいけど」

 

「何がいいんだ?」

 

「何でもない」

 

私は少し笑った。

 

こういう反応をしている自分が、少しずつ恋人らしくなっている気がする。

 

以前の私なら、誰が誰を見ているかなんて試験に関係しない限り気にしなかった。

 

今は違う。

 

もっとも、そんなことばかり考えていられるのも教師が来るまでだった。

 

予定時刻になると複数の教師が入室し、前方のモニターへ五日目の課題が表示された。

 

「本日は、これまでの対戦結果を一度リセットした全ペア共通課題を実施する」

 

昨日までとは形式が変わるらしい。

 

私は姿勢を整え、説明へ集中した。

 

「現在まで各ペアは個別対戦を中心に得点を競ってきた。

しかし本日の試験では、主要四ペアすべてが同一の課題へ参加する」

 

画面に四組の名前が並ぶ。

 

綾小路清隆・松下千秋。

 

龍園翔・椎名ひより。

 

一之瀬帆波・神崎隆二。

 

坂柳有栖・白石飛鳥。

 

ようやく四組が同じ盤面へ並ぶことになる。

 

「本日の課題は、午前と午後の二段階に分けて実施する。

午前は情報収集、午後はその情報を用いた推理課題だ。

ただし、午前中に各ペアが得た情報は完全には共有されない」

 

教師が端末を操作すると、複雑なルールが表示された。

 

午前中、四ペアは校舎内に設置された複数の調査地点を巡る。

 

そこで短い課題を突破すると、午後の最終問題を解くために必要な情報を一つ得られる。

 

ただし全情報は合計二十四。

 

一つのペアが獲得できるのは最大八つ。

 

つまり、一組だけでは絶対に全情報を集めることができない。

 

午後の推理課題に挑戦する際には、他ペアと情報交換する必要が生じる。

 

「情報は無償で公開しても構わない。また交換条件を設定してもいい。

ただし虚偽の情報を作成することは禁止する。

取得した情報の一部を意図的に伏せて伝えることは認められる」

 

説明を聞いて、私はすぐに試験の本質を理解した。

 

午前は単純な情報争奪戦。

 

午後は交渉と推理。

 

そして誰に何を教えるのかまで含めた心理戦になる。

 

「昨日とはまた違うね」

 

私は小声で清隆へ話しかけた。

 

「昨日の結果も利用される」

 

「どういう意味?」

 

「誰が誰を信用するかだ。昨日、一之瀬と神崎は複数ペアとの交渉を経験している。

オレたちはその連合を崩した。少なくとも互いの交渉傾向はある程度知られている」

 

確かにそうだった。

 

それだけではない。

 

龍園はこちらの実力を知った。

 

椎名も私を警戒している。

 

坂柳については清隆との間に以前から因縁がある。

 

そして白石だけが、依然としてほとんど何も見えてこない。

 

私は坂柳の隣へ目を向けた。

 

白石はいつものように穏やかな表情で説明を聞いている。

 

緊張しているようには見えない。

 

退屈そうでもない。

 

ただ静かに画面を見ている。

 

その視線が一度だけこちらへ動いた。

 

私と目が合う。

 

白石は小さく微笑み、丁寧に会釈した。

 

私は反射的に会釈を返す。

 

それだけだった。

 

それでも気になる。

 

昨日までの試験を通して、白石は一度も明確な失敗をしていない。

 

圧倒的な一位を取るわけでもない。

 

逆に足を引っ張ることもない。

 

坂柳と組んでいるから結果が良いのだと言われれば、それで説明できそうにも見える。

 

だからこそ不自然だった。

 

学校側は清隆と私を組ませた。

 

龍園とひよりを組ませた。

 

一之瀬と神崎を組ませた。

 

それぞれ理由が見える。

 

なら、坂柳の隣に白石を置いたことにも理由があるはずだった。

 

「開始する」

 

教師の声とともに午前の情報収集が始まった。

 

最初の一時間、私たちは比較的順調に動いた。

 

学力問題は清隆が中心になり、記憶や文章読解は私が担当する。

 

二人で解いたほうが早いものは相談し、分担できるものは迷わず分ける。

 

初日とは違い、今では役割を決めるための時間さえほとんど必要ない。

 

清隆が問題を見た瞬間に私へ回せば、私も自分のほうが向いていると判断されたことを理解できる。

 

逆に私が清隆へ端末を渡した時も、理由を説明する必要はなかった。

 

午前課題の半分を消化したところで、私たちは情報を五つ獲得していた。

 

悪くない。

 

私は一覧を確認する。

 

『人物Aは午後三時から四時まで西棟にいた』

 

『赤い鍵を使用できる人物は三名』

 

『第二倉庫へ入った人物は二人』

 

どれも断片的だ。

 

単体では意味が分からない。

 

午後になれば、これらを組み合わせて何かを特定するのだろう。

 

「あと三つ取れるね」

 

「ああ。ただし高難度の地点を狙ったほうがいい」

 

「情報の価値に差がある?」

 

「可能性は高い。取得難度が同じなら、地点ごとに課題難易度を変える理由がない」

 

私も同意だった。

 

端末の地図を見る。

 

残っている高難度地点は二つ。

 

一つは三階。

 

もう一つは別棟。

 

近いのは三階だった。

 

「こっち行く?」

 

私が指し示す。

 

「いや、別棟へ行く」

 

清隆は即答した。

 

「遠いよ?」

 

「三階はすでに誰かが向かっている」

 

私は周囲を見る。

 

姿は見えない。

 

「分かるの?」

 

「少し前に坂柳と白石が階段方向へ進んだ」

 

「見てたんだ」

 

「ああ」

 

私は何となく口元を尖らせた。

 

「坂柳のこと、よく見てるよね」

 

「対戦相手だからな」

 

「白石も?」

 

「ああ」

 

正論なので文句は言えない。

 

それでも、私は少し意地悪をしたくなった。

 

「坂柳って可愛いよね」

 

「そうだな」

 

清隆は何の警戒もなく答えた。

 

私は立ち止まりかけた。

 

「清隆」

 

「何だ?」

 

「今の質問、彼女が何を求めてたか分からなかった?」

 

「容姿の評価を聞いたんじゃないのか?」

 

「そうだけど、そうじゃないの」

 

本当に難しい。

 

清隆は少し考えた。

 

「可愛いと答えないほうが良かったのか?」

 

「そこまで言われると、もうどっちでもいい」

 

私は呆れながら歩き出した。

 

すると清隆が私の横へ並ぶ。

 

「千秋も可愛いと思う」

 

今度は私のほうが完全に足を止めた。

 

「……今それ言う?」

 

「言わないほうがいいのか?」

 

「言っていいけど、急すぎる」

 

「なら問題ないな」

 

清隆は普通に歩き続ける。

 

私は数秒遅れて追いかけた。

 

顔が熱い。

 

本当にずるいと思う。

 

恋愛の空気を読むことは苦手なくせに、たまにとんでもない直球を投げてくる。

 

「待ってよ」

 

私は追いつくと、誰も近くにいないことを確認して清隆の制服の袖を掴んだ。

 

「どうした?」

 

「別に。ちょっと嬉しかっただけ」

 

「そうか」

 

「そこで終わるんだ」

 

私は笑った。

 

こういう時間があるから、試験がどれだけ面倒でも少し楽しく感じるのかもしれない。

 

別棟の高難度課題へ到着すると、そこにはすでに先客がいた。

 

一之瀬と神崎だった。

 

「あ」

 

一之瀬も私たちへ気づく。

 

一瞬だけ清隆を見てから、私へ笑いかけた。

 

「松下さんたちもここ?」

 

「うん。高難度だから良い情報あるかなと思って」

 

「私たちも同じ」

 

神崎が端末を確認する。

 

「この地点は二組同時に挑戦できる。先着順ではない」

 

つまり奪い合う必要はない。

 

私は少し安心した。

 

「じゃあ別々にやればいいね」

 

「そうだな」

 

それぞれの端末へ同じ問題が表示された。

 

内容は、複数の図形と数字の規則性を見つけ、最後の空欄へ入る数値を答えるものだった。

 

清隆が問題を読み始める。

 

私は別方向から規則を探す。

 

数列だけではない。

 

図形の辺の数。

 

位置。

 

色の違い。

 

複数の規則を組み合わせている。

 

「清隆、偶数番だけ見て」

 

「分かった」

 

私は奇数番を確認する。

 

三十秒ほどで一つの規則に気づいた。

 

「奇数番は図形の辺の数を足してる」

 

「偶数番は前二つの差だ」

 

二つを組み合わせる。

 

最後の数字が出る。

 

入力。

 

正解を知らせる表示が出た。

 

ほぼ同時に、一之瀬たちの端末からも電子音が鳴った。

 

「同時くらい?」

 

一之瀬が笑う。

 

「たぶんね」

 

私は答えた。

 

問題を解き終えたことで、それぞれへ新しい情報が送られる。

 

私たちが得た情報は、

 

『午後三時二十分、西棟二階にいた人物は青い鍵を所持していなかった』

 

だった。

 

また断片的だ。

 

一之瀬側の情報は当然見えない。

 

「これだけじゃ何のことか全然分からないね」

 

一之瀬が苦笑する。

 

「午後まで分からないようにしてるんだろうね」

 

「情報交換が必要になりそう」

 

その言葉を聞きながら、私は一之瀬の表情を見る。

 

昨日とは違う。

 

少なくとも試験中は、完全に気持ちを切り替えているようだった。

 

一之瀬は強いと思う。

 

昨日、自分が清隆を好きだと認めた。

 

その清隆が私の隣にいる。

 

それでも、今日になれば対戦相手として普通に向き合っている。

 

私は一之瀬ほど上手くできるだろうか。

 

もし逆の立場だったら。

 

清隆が一之瀬と付き合っていて、自分が隣からそれを見ることになったら。

 

想像しただけでかなり嫌だった。

 

「松下さん?」

 

考え込んでいたことに気づかれた。

 

「何でもないよ」

 

「そう?」

 

「うん。それより午後は負けないから」

 

「私たちも負けないよ」

 

いつもの笑顔。

 

でも今の私は、その奥に何があるのか少しだけ分かる。

 

全部ではない。

 

それでも以前よりは見える。

 

一之瀬と神崎は次の地点へ向かうことになった。

 

別れ際、一之瀬が清隆へ声を掛ける。

 

「綾小路くん」

 

「何だ?」

 

「昨日の試験、松下さんすごかったね」

 

突然私の話だった。

 

「そうだな」

 

清隆が答える。

 

「一之瀬たちの連合を崩せたのは千秋の判断が大きい」

 

私は少し驚いた。

 

一之瀬も驚いたようだった。

 

「ちゃんと本人にも言った?」

 

「言った」

 

「そっか」

 

一之瀬は私を見る。

 

少しだけ羨ましそうに。

 

それでも笑う。

 

「大事にされてるんだね」

 

私は何と答えればいいのか迷った。

 

謙遜するのも違う気がする。

 

だから素直に頷いた。

 

「うん。たぶんね」

 

「たぶんなんだ」

 

一之瀬が笑う。

 

「清隆、分かりにくいから」

 

「それは少し分かるかも」

 

二人で笑った。

 

清隆だけが何の話をされているのか分からないような顔をしている。

 

それがまた少し可笑しかった。

 

午前中の残り時間で、私たちは最大数となる八つの情報を確保した。

 

龍園たちも八つ。

 

一之瀬たちは七つ。

 

坂柳たちも八つ。

 

数だけを見れば三組が同率だった。

 

しかし価値はまだ分からない。

 

昼休みを挟んだあと、午後の最終課題が公開された。

 

画面に表示されたのは、一件の架空事件だった。

 

午後三時から四時の間に、校内に設置された保管庫から機密資料が持ち出された。

 

登場人物は八人。

 

保管庫を開けるには赤と青、二種類の鍵が必要。

 

二つの鍵を同時に使った人物、あるいは複数人が協力した可能性もある。

 

午後三時から四時までの各人物の行動を特定し、

最終的に誰が資料を持ち出したのかを回答する。

 

制限時間は九十分。

 

誤答は一回まで。

 

情報交換は自由。

 

私は自分たちが持っている八つの情報を並べた。

 

足りない。

 

明らかに足りない。

 

特定の人物について空白がある。

 

赤い鍵の移動経路も分からない。

 

「誰と交換する?」

 

私は清隆を見る。

 

「一之瀬たちがいい」

 

少し意外だった。

 

「龍園じゃなくて?」

 

「龍園は情報を伏せてこちらを誘導する可能性が高い。

嘘は禁止されているが、重要な前提だけ隠すことはできる」

 

「坂柳は?」

 

「さらに危険だ」

 

「それは分かる」

 

私は苦笑した。

 

「じゃあ一之瀬さんたちと?」

 

「ああ。昨日の交渉結果から考えても、一之瀬は不利になるほど情報を隠すことはあっても、

相手を誤認させるような渡し方は避ける可能性が高い」

 

合理的な判断。

 

分かっている。

 

でも少しだけ気になる。

 

「清隆」

 

「何だ?」

 

「一之瀬さんを信用してるんだ」

 

「試験上の判断だ」

 

「分かってるけど」

 

清隆が私を見る。

 

「千秋は嫌なのか?」

 

真正面から聞かれた。

 

私は一瞬迷った。

 

「嫌じゃない」

 

嘘ではない。

 

「ただ、ちょっとだけ嫉妬した」

 

自分でも驚くほど素直に言えた。

 

清隆は少し考える。

 

「一之瀬と情報交換することに?」

 

「そういう言い方されると自分でも馬鹿みたいに聞こえるからやめて」

 

「ならどういう意味だ?」

 

「清隆が一之瀬さんを信用してるって言ったから」

 

「一之瀬以外にも信用している人間はいる」

 

「分かってるって」

 

私はため息をついた。

 

「理屈じゃないんだよ。私だって試験なら一之瀬さんと組んだほうがいいと思ってる。

でも、ちょっとだけ気になる。それだけ」

 

清隆はしばらく私を見る。

 

「分かった」

 

「本当に?」

 

「ああ。今後は言い方に気をつける」

 

予想していなかった。

 

私は少しだけ笑った。

 

「清隆、成長した?」

 

「何の話だ?」

 

「恋人として」

 

「比較対象がないから分からない」

 

「私は成長したと思うよ」

 

そう言ってから、私は端末を操作する。

 

「じゃあ一之瀬さんたちに交渉しよ。試験は試験だから」

 

「分かった」

 

情報交換の申請を送る。

 

数分後、一之瀬と神崎がこちらへ来た。

 

四人で端末を囲む。

 

「全部公開はしない」

 

神崎が最初にはっきり言った。

 

「こっちも同じ」

 

私が答える。

 

「まず不足している人物情報を交換しよう」

 

清隆が提案する。

 

神崎が頷く。

 

一之瀬は二人のやり取りを聞きながら、必要なところだけ口を挟む。

 

私も情報を整理する。

 

こちらが欲しいのは人物CとFの行動記録。

 

向こうが欲しがっているのは赤い鍵に関する情報。

 

交換条件が成立する。

 

一之瀬たちから情報が二つ渡される。

 

人物Cは三時十分から三時四十分まで南棟にいた。

 

人物Fは三時二十五分に西棟へ入った。

 

これでかなり見えてきた。

 

私は自分たちの一覧へ追加する。

 

その時、一之瀬が私の携帯へ目を向けた。

 

「松下さん、その携帯ずっと使ってるよね」

 

「うん」

 

「綺麗だね」

 

「ありがとう。結構気に入ってる」

 

何でもない会話だった。

 

ところが次の瞬間、一之瀬が清隆へ尋ねた。

 

「綾小路くん、松下さんの携帯のケースの色とか覚えてた?」

 

清隆は普通に答える。

 

「銀色だろ」

 

一之瀬の笑顔が少しだけ止まった。

 

私も一瞬反応できなかった。

 

「よく覚えてるね」

 

一之瀬が言う。

 

「普段から見ているからな」

 

清隆は本当に何気なく答えた。

 

私は顔が熱くなるのを感じた。

 

一之瀬はそんな私を見る。

 

「……そっか」

 

またあの笑顔。

 

でも今度は、明らかに少し寂しい。

 

神崎が端末から顔を上げた。

 

一之瀬を見る。

 

何も言わない。

 

ただ、気づいている。

 

私も気づく。

 

一之瀬は笑っている。

 

でも、その笑顔の向こう側では傷ついている。

 

私は少しだけ罪悪感を覚えた。

 

それでも、清隆が私の携帯の色を覚えていることを嬉しいとも思った。

 

二つの気持ちが同時にある。

 

誰かが悲しんでいるからといって、自分まで嬉しいことを否定する必要はない。

 

分かっている。

 

それでも少しだけ複雑だった。

 

「一之瀬」

 

神崎が静かに呼んだ。

 

「情報を整理するぞ」

 

「あ、うん」

 

一之瀬はすぐに切り替える。

 

「ごめん。続けよう」

 

そこからは完全に試験の顔へ戻った。

 

四人でそれぞれの情報を照合し、犯人候補を絞っていく。

 

最初は人物Bが怪しく見えた。

 

しかし一之瀬たちの情報を加えると、Bには青い鍵を入手する機会がない。

 

次に人物F。

 

午後三時二十五分に西棟へ入り、保管庫へ近づける。

 

ただし赤い鍵を持っていたという証拠がない。

 

「人物Dは?」

 

私が聞く。

 

「三時十五分まで赤い鍵を所持していた」

 

神崎が答える。

 

「そのあと?」

 

「不明だ」

 

「じゃあDからFへ渡った可能性があるよね」

 

「接触情報が必要だ」

 

清隆が言う。

 

私は自分たちの情報をもう一度確認する。

 

ない。

 

一之瀬たちにもない。

 

ここで詰まる。

 

「残りの情報持ってるの、龍園か坂柳だよね」

 

「そうなる」

 

私は端末を見る。

 

龍園との交換。

 

坂柳との交換。

 

どちらも嫌だった。

 

「龍園のほうがまだマシ?」

 

私が聞く。

 

「情報の性質次第だ」

 

清隆が答える。

 

その時だった。

 

別のペアから情報交換の申請が届いた。

 

送信者は坂柳・白石ペア。

 

私は思わず清隆を見る。

 

「向こうから来た」

 

「予想より早いな」

 

交換内容を見る。

 

坂柳たちは、人物DとFの接触情報を持っていると提示してきた。

 

まさにこちらが欲しい情報。

 

代わりに要求しているのは、人物Aの行動記録と青い鍵に関する情報。

 

「どうする?」

 

一之瀬が聞く。

 

清隆は少し考えた。

 

「受ける」

 

「罠じゃない?」

 

私が聞く。

 

「情報自体に嘘はない。問題は、向こうがなぜこちらの不足情報を知っているのかだ」

 

私はその言葉で気づいた。

 

そうだ。

 

私たちは坂柳たちに、自分たちが何を持っているのか教えていない。

 

なのに向こうは、こちらが今必要としている情報を正確に提示してきた。

 

偶然なのか。

 

それとも。

 

「白石?」

 

私は無意識に名前を口にした。

 

清隆は答えなかった。

 

交換自体は成立させる。

 

坂柳たちから送られてきた情報には、午後三時十八分、

人物DとFが西棟一階で接触したと記されていた。

 

これで赤い鍵がDからFへ渡った可能性が成立する。

 

私は情報を整理する。

 

青い鍵。

 

赤い鍵。

 

保管庫。

 

西棟。

 

時刻。

 

かなり答えへ近づいた。

 

ところが清隆はまだ入力しない。

 

「何かある?」

 

私が聞く。

 

「一つ足りない」

 

「何?」

 

「Fが保管庫を開けたとして、資料を持ち出した証拠がない」

 

確かに。

 

入れることと、持ち出したことは別。

 

「共犯?」

 

一之瀬が言う。

 

「可能性はある」

 

神崎も同意する。

 

私は人物一覧を見直す。

 

誰かがFから資料を受け取った。

 

その可能性。

 

保管庫を出たあと、Fはどこへ向かったのか。

 

情報がない。

 

「龍園くんたちが持ってるかも」

 

私が言う。

 

今度は交渉するしかない。

 

龍園への情報交換申請を送る。

 

数分後、龍園と椎名が現れた。

 

「随分人数増えてんな」

 

龍園が笑う。

 

「一時的に協力してるだけ」

 

私が答える。

 

「で、何が欲しい?」

 

「人物Fの三時三十分以降の行動」

 

清隆が答える。

 

龍園はすぐに笑った。

 

「やっぱりそこまで来てやがったか」

 

「持っているのか?」

 

「あるぜ」

 

龍園は条件を提示する。

 

こちらが持っている人物EとHの情報。

 

妥当。

 

交換する。

 

龍園から渡された情報は、

 

『人物Fは午後三時三十五分、西棟裏口で人物Hと接触した』

 

だった。

 

私はすぐに自分たちの情報を見る。

 

人物H。

 

私たちが持っていた情報には、

 

『人物Hは午後三時四十分以降、校舎外へ出ている』

 

とある。

 

繋がった。

 

Fが保管庫を開ける。

 

資料を持ち出す。

 

Hへ渡す。

 

Hが校舎外へ運ぶ。

 

私は清隆を見る。

 

「FとH」

 

「ああ」

 

最終回答欄には、実行犯と持ち出し役の二名を入力できる。

 

私たちは答えを確定した。

 

一之瀬と神崎も同じ。

 

龍園たちも、おそらくすでに答えへ辿り着いている。

 

あとは坂柳たち。

 

結果が表示される。

 

私たちの回答は正解。

 

一之瀬たちも正解。

 

龍園たちも正解。

 

そして坂柳たちも正解していた。

 

四組すべてが正解。

 

しかし順位は回答時間によって決まる。

 

一位。

 

坂柳・白石。

 

二位。

 

綾小路・松下。

 

三位。

 

龍園・椎名。

 

四位。

 

一之瀬・神崎。

 

私は画面を見たまま少し固まった。

 

「坂柳さんたちが一位?」

 

「ああ」

 

清隆も見ている。

 

回答時間を見る。

 

私たちより四分以上早い。

 

しかも、坂柳たちは途中でこちらへ情報提供していた。

 

つまり自分たちの推理を完成させたあと、あるいは完成直前の段階で、

こちらが必要としている情報まで把握していたことになる。

 

「清隆」

 

「分かっている」

 

私は坂柳の席を見る。

 

坂柳は満足そうに微笑んでいる。

 

その隣。

 

白石もいつものように穏やかに笑っている。

 

目が合った。

 

白石は小さく頭を下げた。

 

私は今度、すぐには返せなかった。

 

何となく感じていた違和感が、少しずつ輪郭を持ち始めている。

 

白石は本当に坂柳の指示に従っているだけなのだろうか。

 

少なくとも今日の試験結果を見る限り、そう考えるには不自然な部分が増えていた。

 

試験終了後、私は一之瀬と一緒に教室を出た。

 

清隆は教師から追加説明を受けるため少し残っている。

 

神崎も同じだった。

 

結果的に、私と一之瀬だけが先に廊下を歩くことになった。

 

「今日は負けちゃったね」

 

一之瀬が言う。

 

「私たちも二位だから勝ったって感じしないけどね」

 

「坂柳さんたち、すごく早かったね」

 

「うん」

 

私は白石のことを考えている。

 

でも今は一之瀬に話す必要はない。

 

少し歩いたところで、一之瀬が突然笑った。

 

「松下さん」

 

「何?」

 

「綾小路くん、携帯の色まで覚えてるんだね」

 

またその話だった。

 

私は少しだけ恥ずかしくなる。

 

「私もびっくりした」

 

「知らなかったの?」

 

「わざわざ聞いたことないし」

 

「そっか」

 

一之瀬は前を向く。

 

笑っている。

 

でも私は、今度は見逃さなかった。

 

「一之瀬さん」

 

「何?」

 

「無理して笑わなくていいよ」

 

一之瀬の足が僅かに遅くなった。

 

「え?」

 

「私の前では」

 

私は少し迷いながら続ける。

 

「清隆の話してて嫌な気持ちになったなら、別に笑わなくていい。昨日あれだけ話したんだし」

 

一之瀬はしばらく何も言わなかった。

 

やがて小さく息を吐く。

 

笑顔が少しだけ消えた。

 

「……松下さんには分かっちゃうんだね」

 

「全部じゃないよ。でも少しは」

 

「そっか」

 

今度の声は、さっきまでより自然だった。

 

「ちょっとだけ、羨ましかった」

 

「携帯の色?」

 

「それもあるけど」

 

一之瀬は苦笑する。

 

「綾小路くんが松下さんのことを普段から見てるんだなって分かったから」

 

私は黙って聞く。

 

「昨日もそうだった。松下さんのことをちゃんと評価してて、頼ってて、今日も自然にそういう話が出てきて」

 

一之瀬は一度言葉を止めた。

 

「私が欲しかったものを、松下さんはもう持ってるんだなって思った」

 

胸が少し痛んだ。

 

「ごめん」と言いたくなる。

 

でも、それは違う。

 

私は一之瀬から何かを奪ったわけではない。

 

清隆と付き合うことを選んだ。

 

清隆も私を選んだ。

 

その結果として、一之瀬の気持ちが叶わなかった。

 

誰かが悪いわけではない。

 

「一之瀬」

 

「うん?」

 

「私も逆だったら絶対嫉妬する」

 

一之瀬が少し驚く。

 

「もし清隆が一之瀬さんと付き合ってて、私のことより一之瀬さんのことばっかり見てたら、

たぶん今みたいに笑ってられないと思う」

 

「松下さんでも?」

 

「するよ。普通に」

 

私は少し笑った。

 

「昨日も言ったけど、私だって余裕ないから」

 

一之瀬は少し黙ったあと、今度は本当に自然な笑顔を見せた。

 

「ありがとう」

 

「何でお礼?」

 

「分からないけど、ちょっと楽になった」

 

「ならよかった」

 

私たちはまた歩き始めた。

 

それ以上、清隆について話すことはなかった。

 

一之瀬の気持ちをどうすればいいのか、私には分からない。

 

消してあげることもできない。

 

だからといって、私が清隆から離れるつもりもない。

 

できることがあるとすれば、無理に笑わなくてもいい相手くらいにはなれるのかもしれない。

 

校舎を出たところで、清隆から携帯へ連絡が入った。

 

『終わった。どこにいる?』

 

私は立ち止まる。

 

一之瀬も画面を見て、誰からなのか分かったようだった。

 

「綾小路くん?」

 

「うん」

 

「行ってあげて」

 

「いいの?」

 

「うん。私は神崎くんを待つから」

 

私は少し迷った。

 

でも変に遠慮するほうが一之瀬も嫌だろう。

 

「じゃあ、また明日」

 

「うん。またね」

 

私は一之瀬と別れ、清隆のいる場所へ向かった。

 

少し離れた校舎脇の通路で清隆を見つける。

 

私が近づくと、清隆は携帯をしまった。

 

「遅かったね」

 

「追加説明があった」

 

「何か重要なの?」

 

「明日から坂柳たちとの直接対戦へ移る可能性が高い」

 

私は足を止めた。

 

「やっぱり?」

 

「ああ。今日の結果と、三日目に提出した警戒対象が一致している」

 

いよいよ来る。

 

坂柳と白石。

 

私は今日の結果を思い出す。

 

「白石、やっぱりおかしいよね」

 

「ああ」

 

清隆も今回は即答した。

 

「今日、向こうから送ってきた情報。私たちが何を持ってなくて、

どこで詰まってるか分かってないと、あんなに都合よく出せない」

 

「坂柳が読んだ可能性もある」

 

「でも清隆は白石さんを疑ってる」

 

「まだ断定はしない」

 

「清隆らしいね」

 

私は少し笑う。

 

それから自然に清隆の隣へ並んだ。

 

今日は人目につきにくい場所だったので、私は迷わず彼の腕へ自分の腕を絡ませる。

 

「清隆」

 

「何だ?」

 

「今日の私どうだった?」

 

「何の評価だ?」

 

「試験も含めて全部」

 

少し欲張った質問だと思う。

 

清隆は何を答えるのか考えているようだった。

 

「試験では問題なかった。人物情報の整理も早かったし、

一之瀬たちとの交渉でも余計な情報を出していない」

 

「うん」

 

「一之瀬とも上手く話しているようだった」

 

私は少し驚く。

 

「見てたの?」

 

「別れる時に少しな」

 

「聞こえてた?」

 

「内容までは聞こえていない」

 

それならいい。

 

一之瀬が自分の気持ちを私へ話したことまで、勝手に清隆へ伝えるつもりはなかった。

 

「じゃあ全体的には合格?」

 

「ああ」

 

「彼女としては?」

 

清隆がこちらを見る。

 

「何を評価すればいい?」

 

「そういうところから説明しなきゃ駄目?」

 

「基準が分からない」

 

私は少し考えたあと、身体を寄せた。

 

「今日、他の女の子に嫉妬した彼女をちゃんと安心させられたかどうか」

 

「それなら問題は解決したと思っている」

 

「一之瀬さんを信用してるって言ったやつ?」

 

「ああ」

 

「まあ、ちゃんと説明してくれたから合格かな」

 

「そうか」

 

「それと」

 

私は少しだけ笑う。

 

「私のこと可愛いって言ったから加点」

 

「あれも評価対象なのか?」

 

「重要だよ」

 

清隆は何も言わなかった。

 

でも私の腕を振りほどくこともない。

 

私はそのまま肩へ頭を預けた。

 

数日前まで、こうして誰かへ甘える自分をほとんど想像したことがなかった。

 

私はもっと自立しているつもりだったし、恋人ができても必要以上にべったりすることはないと思っていた。

 

実際には違った。

 

清隆が近くにいれば触れたくなる。

 

褒められれば嬉しい。

 

別の女の子を褒めれば少し腹が立つ。

 

自分でも意外なくらい単純だった。

 

でも、それも悪くない。

 

「明日、坂柳さんたちと戦うんだよね」

 

「可能性は高い」

 

「負けたくないな」

 

「今までの相手より厄介になる」

 

「坂柳さんがいるから?」

 

「それもある」

 

清隆は少し間を置いた。

 

「白石の能力が読めない」

 

私も同じことを考えていた。

 

今日までずっと、白石は目立っていない。

 

それなのに坂柳とのペアは一度も大きく崩れていない。

 

そして今日、四組全員が同じ問題へ挑んだ時、最も早く答えへ辿り着いた。

 

坂柳がすべてを考えた可能性はある。

 

それでも、白石が何もしていないとは思えなかった。

 

むしろ逆かもしれない。

 

目立たないようにしながら、必要なところだけ動いている。

 

私自身がそうしてきたからこそ、その可能性を考えてしまう。

 

「もし白石も私たちと同じだったら面白いね」

 

私が言うと、清隆は少しこちらを見る。

 

「実力を隠しているという意味か?」

 

「うん。私も清隆も隠してきたでしょ。白石さんもそうだったら、

今回の試験って本当にそういう人ばっかり集められてることになる」

 

「学校側が意図している可能性はある」

 

「だよね」

 

私は白石の穏やかな笑顔を思い出す。

 

おっとりした話し方。

 

丁寧な敬語。

 

誰かと競おうとしているようには見えない態度。

 

もしあれがすべて本当で、そのうえで能力まで高いのなら厄介だ。

 

もしあれ自体が、自分を目立たせないために身につけた振る舞いなのだとしたら、もっと厄介だった。

 

「怖い?」

 

清隆が突然聞いてきた。

 

私は少し考える。

 

「少しね」

 

正直に答えた。

 

「でも楽しみでもある」

 

「そうか」

 

「だって、今まで私って本気で誰かと競うことあんまりなかったから」

 

必要がないと思っていた。

 

本気でやれば目立つ。

 

目立てば面倒な役割が増える。

 

それなら適度に優秀な生徒として過ごしていたほうが楽だった。

 

でも今回の特別試験で変わった。

 

椎名と本気で問題を競って楽しかった。

 

一之瀬の人間関係を一つずつ見て崩し方を考えるのも楽しかった。

 

清隆と二人で答えへ辿り着いた時は、一人で高得点を取るより嬉しかった。

 

自分にも、こんな気持ちがあったらしい。

 

「だから白石が本当にすごいなら、戦ってみたい」

 

私は清隆を見る。

 

「一人だったらちょっと嫌だけどね」

 

「オレがいる」

 

当たり前のことのように言われた。

 

私は一瞬だけ黙った。

 

そのあと笑う。

 

「うん」

 

腕に少し力を入れる。

 

「だから大丈夫」

 

清隆と同じことができなくてもいい。

 

私には私のやり方がある。

 

清隆が広い盤面を見れば、私はその中にいる人間を見る。

 

私が感情の変化から拾った小さな違和感を、清隆が論理として組み立ててくれる。

 

そうして二人で一つの答えへ辿り着けばいい。

 

今日の試験では、その形がさらに自然になっていた。

 

そして試験の外でも、私は少しずつ変わっている。

 

ひよりが清隆を好きかもしれないと知った時は、ただ不安だった。

 

一之瀬の気持ちを知った時には、嫉妬だけではなく相手の苦しさまで考えられるようになった。

 

だからといって清隆を譲る気はない。

 

むしろ以前より、自分がこの人の隣にいることを大切に感じている。

 

誰かを好きになることと、誰かに勝つことは本来別の話なのだろう。

 

それでも私にとって今の特別試験は、その二つが奇妙なくらい同時に進んでいた。

 

自分の実力をどこまで出せるのか。

 

清隆の隣でどこまで戦えるのか。

 

そして恋人として、自分がどこまで素直になれるのか。

 

そのすべてを試されているような気がする。

 

私は清隆の肩へ頭を預けながら、明日の対戦相手になるであろう二人を思い浮かべた。

 

坂柳有栖と白石飛鳥。

 

一人は誰もが実力を知っている天才であり、

もう一人は誰も本当の実力を知らないかもしれない少女だった。

 

これまで清隆と私が利用してきた最大の武器は、相手から実力の全体像を知られていないことだった。

 

しかし次の相手も同じ武器を持っているのだとすれば、今までとは前提そのものが変わる。

 

相手の隠しているものを見つける前に、こちらがすべてを見抜かれる可能性だってある。

 

それでも、今の私は逃げたいとは思わなかった。

 

むしろ白石が何を隠しているのか、自分の目で確かめてみたかった。

 

そしてもし彼女が本当に私たちと同じように陰へ身を置いてきた人間なのだとすれば、

その時こそ、この特別試験が私と清隆を同じペアへ選んだ理由まで少し見えてくるような気がしていた。

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