死の執政に、粥を一匙   作:いくと

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※本作は原神Ver.7.1魔神任務(第七章第四幕「冥府へのレクイエム」)までのネタバレを含みます。
※最終話です。今回はトイヴォとロノヴァ、二人の視点でお送りします。


第12話 死んだことにして、生きる

 目を覚まして、最初に、炉の向こうを見た。

 この人が来てから、朝いちばんにすることが、ふたつ増えた。息をしているか、確かめること。それから、まだそこにいるか、確かめること。

 ロノヴァは、そこにいた。

 毛皮に埋もれて、目を開けていた。金色の目が、僕を見ていた。

 僕より先に、起きていたのだ。

「……いつから、起きてたの」

「夜明け前から」

「何してたの」

「お前の糸を、見ていた」

 ロノヴァは、何でもないことのように言った。

「細った?」

「髪一本の、半分。……昨夜のスープのぶんで、戻った」

 僕は、少し笑った。

 朝、目を覚まして、最初に相手を確かめる。それをしていたのは、僕だけではなかったのだ。

 

 外では、まだ風が鳴っていた。昨夜ほどの唸りではなかった。夜半には、やむ。

 僕は、炉の前に、座り直した。

 言う言葉は、決まっていた。昨夜、言うと約束した。

 なのに、喉が、少しだけ詰まった。

「おはよう、ロノヴァ」

 ロノヴァは、すぐには答えなかった。

 熾火の残る炉のほうを、一度、見た。それから、僕を見た。

「……おはよう」

 小さな声だった。

 この人が初めて目を覚ました朝に、僕は、おはようと言った。それから毎朝、言った。言わなかったのは、この人が出ていった朝だけだ。返事がないのは、いつものことだった。いつものことだと、思うようにしていた。

 何度目のおはようだったのか、僕は数えていなかった。

 数えておけばよかった、と思った。

 炉に薪を足そうとして、手が震えて、一本、取り落とした。

 ロノヴァは、それを見ていた。

 何も言わなかった。けれど、目の端が、ほんの少し、やわらかかった。

 

   ◇

 

 吹雪は、昼を過ぎても続いた。

 わたしは、小屋の壁の向こうへ、意識を伸ばした。

 六つの糸は、岸の向こうの木立にいた。火を焚いて、身を寄せ合っている。執行官の糸は、石に喰われて細いまま、途切れずに続いていた。

 吹雪がやめば、あの者たちは戻ってくる。

 命じられているのは、わたしを連れ帰ることだ。生死を問わず。連れ帰れないなら、せめて死を見届けなければ、あの者たちの仕事は終わらない。手ぶらで戻れば、次の者たちが来る。黒い線を辿って、湖へ。湖に何もなければ、線の始まりへ。

 ——あの家へ。

 

 死んだものとして、扱う。

 火の国で、わたしは一度、ある取引の帳尻を、その言葉で合わせた。扱われた者が、それからどうしたのか。わたしは、その先を見なかった。

 見るのは、終わりまでだった。

 終わりの先は、わたしの管轄ではなかった。

 

「トイヴォ」

 小鍋を雪で洗っていたトイヴォが、振り返った。

「死の執政は、死ぬ」

 トイヴォの手から、小鍋が落ちかけた。

「湖の、湧き口で。……あの者たちが、見届けられるように」

「……死ぬの」

「死なない」

 わたしは、言った。

「死んだことに、する」

 トイヴォは、黙って、わたしを見ていた。

「……それ、嘘?」

 嘘のつけない人間の、問いだった。

「嘘では、ない」

 わたしは、脇腹に手を当てた。当て布の下で、まだ、何かが漏れ続けていた。わたしを形づくっていたもの。天理の影として、死を執り行うための力。

 漏れていくのを、わたしは、ずっと押さえてきた。押さえて、取り戻そうとしてきた。取り戻せば、わたしは、死の執政に戻る。

「押さえるのを、やめる。……死の執政は、あそこで、終わる。嘘には、ならない」

「……君は?」

 トイヴォが、聞いた。

 問われて、わたしは、答えを持っていなかった。

 死の執政でなくなったわたしを、何と分類すればいいのか。帳面の、どの欄に書けばいいのか。

「……分からない」

 トイヴォは、少し考えて、それから、言った。

「じゃあ、ロノヴァでいいよ」

 当たり前のことのように。

「最初から、僕はそう呼んでたし」

 

 吹雪は、夜半にやんだ。

 夜明け前、トイヴォは、わたしを背負って、湖に出た。

 空は、澄んでいた。風は、どこにもなかった。昨日までの白が嘘のように、湖は、平らに、静かに、どこまでも広がっていた。

 湧き口は、すぐに分かった。

 氷の下に、細い糸が集まっている。その真ん中だけ、氷が黒かった。薄い氷の下で、水が、ゆっくりと動いていた。

 トイヴォは、その十歩ほど手前で、わたしを下ろした。

 わたしは、トイヴォの腕につかまって、立った。

「……離れていろ」

「やだ」

 トイヴォは、腕を離さなかった。

 わたしは、それ以上、言わなかった。

 

 押さえていた手を、離した。

 脇腹から、黒いものが、ほどけていった。

 羽根だった。

 あの日、空から落ちたときと同じ。わたしの輪郭がほどけて、黒い羽根になって、こぼれていく。一枚、また一枚。やがて、数えきれないほど。

 羽根は、風もないのに、湧き口のほうへ流れていって、氷の上に落ちた。薄い氷の割れ目に落ちたものは、黒い水に、音もなく沈んでいった。

 一枚こぼれるたびに、何かが、わたしから離れていった。

 死を執り行うための力。天に立つものの脈を聞く耳。終わるべきものを、終わらせる手。

 帳面が、一枚ずつ、軽くなっていくようだった。

 どこまで、ほどけるのだろう、と思った。

 ほどけ切ってしまえば、どこであろうと同じことだ。——あの日は、そう思った。

 今は、そう思わなかった。

「ロノヴァ」

 わたしの腕をつかむ手に、力がこもった。

 わたしは、その手を、握り返した。

 小屋では、握り返さなかった手だった。

 そこで、ほどけるのが、止まった。

 

 気がつくと、湧き口のまわりは、黒い羽根で埋まっていた。

 氷の割れ目に沿って、沈みきれなかったものが、水の縁で、ゆらゆらと揺れていた。

 誰が見ても、ここで何かが終わったと分かる景色だった。

 わたしは、脇腹に手を当てた。

 ひびは、閉じていなかった。けれど、もう、何も漏れていかなかった。

 職務のぶんは、ほどけきった。残っているのは、ほどけば、わたしごとほどけるものだけだった。

「……ロノヴァ」

 トイヴォが、わたしの顔をのぞきこんだ。

「まだ、いる?」

「いる」

 わたしは、答えた。

 トイヴォは、わたしの手を握ったまま、氷の上に、へたりこんだ。わたしも、引かれて、一緒に座りこんだ。

 天に立つものの脈は、今も、どこかで打っているのだろう。わたしには、もう、聞こえなかった。

 糸だけは、まだ見えた。トイヴォの糸。氷の下の、魚の糸。見て、記録すること。職務のうち、それだけが残った。

 それから、ほどけなかったものが、ひとつ。

 わたしが、死そのものであること。捨てられないと言ったものは、やはり、捨てられなかった。

 

   ◇

 

 島へ戻るあいだに、また風が出てきた。湖の上じゃ、風は止まらない。おばあちゃんの言ったとおりだった。

 昼になるころには、僕の足跡は、粉雪に均されて、どこにもなかった。

 羽根だけが、残っていた。あの日の雪原と同じに、雪は、あの羽根だけは埋めなかった。

 

 昼すぎ、岸のほうから、黒い点が近づいてきた。

 僕とロノヴァは、島の岩陰から、それを見ていた。

 点は、六つだった。

 六つとも、自分の足で歩いていた。よかった、と、また思った。

 六つの点は、湧き口の手前で止まった。

 ずいぶん長く、動かなかった。

 ひとつが、しゃがみこんだ。羽根に触れたのだろう。あの羽根は、触れたら崩れる。煤のように、灰のように。

 それから、五つの点が、岸のほうへ戻りはじめた。

 ひとつだけが、島のほうへ歩いてきた。

 僕は、岩陰で、息を殺した。ロノヴァの手を、握っていた。

 点は、湖の半ばで、止まった。

 遠すぎて、顔は見えなかった。

「……あの執行官だ」

 ロノヴァが、小さく言った。

「石が、糸を喰っていない。……今は、使っていない」

 点は、そこに立ったまま、島の枯れ松のほうを見ているようだった。

 それから、片手を、軽く上げた。岸で刃を止めたときと、同じ仕草だった。

 やがて、背を向けた。

「……行った」

 ロノヴァが、言った。

 僕は、長い息を吐いた。

 

 家まで、三日かかった。

 ロノヴァは、ときどき、自分で歩いた。僕が背負った日のほうが、多かった。

 帰りは、来たときの黒い線の上を歩いた。新しい黒は、古い黒に紛れた。線の外へはみ出す枝先は、来たときより、ずっと少なかった。

 背負い袋の中で、鉄鍋と小鍋が触れ合って、こつん、と鳴った。

 

 二晩目の野営で、火を挟んで座っていたとき、ロノヴァが、小さく言った。

「……寒い」

 僕は、顔を上げた。

 この人が寒いと言うのを、僕は、聞いたことがなかった。

「寒いの?」

「……分からない。これが、寒い、なのかもしれない」

 ロノヴァは、黒い指を、火にかざした。

 僕は、自分の毛皮を広げて、ロノヴァの隣に座り直した。一枚の毛皮に、ふたりでくるまった。

 肩が、触れた。

 ロノヴァの肩は、まだ、雪のように冷たかった。

 ロノヴァは、離れなかった。

 やがて、その頭が、僕の肩に、そっと載った。

 重さは、ほとんどなかった。

 それでも、確かに、そこにあった。

 僕は、火の番をしながら、朝まで起きていた。眠れなかったのではない。眠るのが、もったいなかった。

 

 三日目の夕方、木立の向こうに、家が見えた。

 家を囲む黒い輪は、出たときのままだった。

 戸を開けた。

 家の中は、冷えきっていた。暖炉の灰。梁から下がった干し草の束。棚の上に、二つ並んだ器。その隣の、黒い茎の鉢。

 ロノヴァは、戸口で立ち止まっていた。

 棚の鉢を、見ていた。糸を見ているのだと、分かった。

「……根は?」

「続いている」

 ロノヴァは、言った。

「細い。……だが、続いている」

 僕は、先に中へ入って、振り返った。

「おかえり、ロノヴァ」

 ロノヴァは、戸口に立ったまま、動かなかった。

 帰る、とこの人は言った。命の終わるところへ、と。あのときの帰るは、嘘だった。

 ロノヴァの唇が、動いた。

「……ただいま」

 

 家に入ると、ロノヴァは、まっすぐ奥の寝床のほうへ行った。

 枕の上に、おばあちゃんの服が、袖の端の揃わないまま、畳んであった。

 ロノヴァは、それを見下ろしていた。

「……揃えなかったのか」

「うん」

 僕は言った。

「君が畳んだ形だったから」

 ロノヴァは、何も言わなかった。

 黒い指で、袖の端に、そっと触れた。揃えようとして、やめた。

 あの朝と、同じ手つきだった。今度は、出ていくためではなかった。

 

   ◇

 

 帰った夜、灯りを落としてから、トイヴォが言った。

「おやすみ、ロノヴァ」

「……おやすみ」

 おやすみは、朝にまた顔を合わせる者どうしの言葉だ。答えても、もう、嘘にはならなかった。

 

 次の日、トイヴォが、棚の奥から、古い帳面を出してきた。

 祖母が、毛皮や干し肉の取引を書きつけていたものだという。後ろのほうの頁は、白いまま残っていた。

「使って。記録するのが、君の仕事なんでしょう」

 わたしは、それを受け取った。

「……ありがとう」

 トイヴォが、目を丸くした。

 わたしも、自分の口から出た言葉に、少し驚いた。なぜ礼を言う、と何度も問うてきた言葉だった。

 紙の帳面に、自分の手で字を書くのは、初めてだった。字は、団子と同じで、揃わなかった。

 

 トイヴォは、輪の外の樅の木に、小鳥の餌台を打ちつけた。窓のそばの椅子から、ちょうど見える高さに。

 わたしは、粥の炊き方を教わった。焦がした。三度目も、焦がした。トイヴォは、焦げた粥を、おいしいと言って全部食べた。

 

 冬のあいだ、わたしは、毎晩、帳面をつけた。

 ——トイヴォの糸。夜のあいだに、髪一本の半分、細る。朝、粥のあとで、戻る。

 ——棚の根。細い。昨日と、同じ。トイヴォが、毎朝、水をやる。

 ——家の輪。北の縁が、指一本ぶん、広がった。

 ——小鳥。三羽。輪の外の餌台で、パン屑を食べていた。

 ——玉ねぎを、黒くなるまで焼いた。火には、くべなかった。甘くなった。

 ——トイヴォの手に、あかぎれ。軟膏を塗った。痛く、ならないように、と言った。

 ——団子を包んだ。わたしの団子は、まだ、三角になる。

 終わりのほうの何行かを、帳面に書くべきことかどうか、しばらく考えた。

 消さなかった。

 

 終わりを書くための帳面に、わたしは、続いていくものを書いていた。

 トイヴォは、言ったとおりにした。食べて、寝て、また起きた。

 生かす者、とわたしは書いた。その欄は、冬のあいだに、帳面でいちばん長くなった。

 

 雪が、ゆるんだ。

 軒から、水の落ちる音がするようになった。

 ある朝、目を覚まして、わたしは、まず棚を見た。

 根の糸が、太っていた。

 昨日よりも、確かに。

 寝床を出て、棚の前に立った。

 黒い茎の根もとの、湿った土の割れ目から、緑色のものが、のぞいていた。

 爪の先ほどの、小さな芽だった。

 わたしは、それを見ていた。

 わたしがいなければ、春まで、もつ。——わたしは、そう記録した。

 

 水差しを取った。

 手が、ためらった。わたしの手は、終わらせるための手だった。

 それでも、水を落とした。土が、黒く湿った。

 芽は、枯れなかった。

 糸は、水を吸って、また太った。

 帳面を開いて、書いた。

 ——記録を、改める。わたしがいても、もった。

 それから、暖炉のそばで毛皮にくるまって眠っている人間の名前を、呼んだ。

「トイヴォ」

 トイヴォが、目をこすりながら、起きあがった。

 わたしは、棚の鉢を、指さした。

「……春だ」

 置いてこなかった答えを、ようやく、置いた。

 トイヴォは、寝ぼけた顔のまま、棚の前まで来た。

 鉢をのぞきこんで、それから、動かなくなった。

 何も言わなかった。

 それから、袖で、目をこすった。寝ぼけて、こすっているのではなかった。

「……おばあちゃんの、タイムだ」

 トイヴォは、そう言って、笑った。笑いながら、泣いていた。

 その顔を、どの欄に書けばいいのか。わたしは、もう、探さなかった。

 

   ◇

 

 道の雪が締まるのを待って、町へ出た。

 出がけに、戸口で、ロノヴァが言った。

「……気をつけて」

 僕は、戸口から、すぐには動けなかった。

 気をつけて、は、行ってしまう人にかける言葉だと思っていた。帰ってくる人にも、かけていい言葉だった。

 

 南門に、チモフェイが、槍を持って立っていた。

 僕を見て、チモフェイは、すぐには何も言わなかった。それから、通行の帳面を開いて、何かを書きつけた。

「……トイヴォ。辺境の猟師」

 書きながら、チモフェイは言った。

「冬のあいだ、あんたは一度も門を通らなかった。帳面の上じゃ、行方知れずだ。……今日、通ったから、それも消える」

「……ほかのことは」

 チモフェイは、帳面から顔を上げなかった。

「北東の湖で、死の執政が、氷の下に沈んだ。湧き口のまわりに、黒い羽根が散っていたそうだ。触れれば崩れる羽根が。——報告は、皇都へ行った。女皇陛下のところまで、だとさ」

 僕は、息を止めた。

「『見届けた』と書いたのは、執行官さまだ。第十一位の、公子さま。湖の島も見た、誰の姿も見えなかった、とも書いてあったそうだ」

 チモフェイは、静かに言った。

「公子さまは、皇都へ戻る途中で、この門を通った。詰め所で、茶を一杯だけ飲んでいった。……吹雪の中で、氷が薄い、止まって、って叫ぶ声がして、おかげで湖に落ちずにすんだって、笑ってた。氷釣りには慣れてるつもりだったんだけどね、って。誰の声かは、言わなかった。女と一緒にいた民のことは、報告のどこにも書いてなかったそうだ」

 チモフェイは、そこで、少しだけ黙った。

「それから、このあたりには、いい腕の猟師がいるんだね、ってさ。女皇様には、嘘はひとつも書いてないよ、とも。……俺は、黙ってた」

 僕は、何も言えなかった。

 チモフェイは、帳面を閉じた。

「死んだやつによろしく、ってのは、おかしいからな。言わないでおく」

「……チモフェイ」

 僕は、言った。

「蜂蜜って、どこの店のが、おいしいですか」

 チモフェイは、目を丸くした。

 それから、声を出して笑った。

「東の通りの、二軒目だ。……あそこのが、いちばんうまい」

 

 毛皮と干し肉を売って、塩と、布と、ランプの油を買った。

 それから、東の通りの二軒目で、蜂蜜を買った。

 帰りに南門を通ると、チモフェイは、こちらを見ないまま、言った。

「気をつけて帰れ」

 ロノヴァを拾った日にも、この門で、同じことを言われた。

 

 家に戻ったのは、何日かあとの夕方だった。

 戸を開けると、暖炉に、火が入っていた。

 ロノヴァが、鍋の前に立っていた。

「ただいま」

 ロノヴァが、振り返った。

「……おかえり」

 鍋の中で、燕麦の粥が、ふつふつと煮えていた。

 少しだけ、焦げた匂いがした。

 

   ◇

 

 翌朝、トイヴォは、わたしより先に起きていた。

「おはよう、ロノヴァ」

「……おはよう」

 わたしが答えるようになってから、百と九回目のおはようだった。

 トイヴォは、数えていなかったと言った。わたしは、答えなかったぶんも、最初の朝から数えている。

 卓の上に、器が、二つ並んでいた。

 トイヴォは、町で買ってきた蜂蜜の瓶を開けて、わたしの粥に、ひと匙、落とした。

 金色が、白い粥の上で、ゆっくりと広がった。

「輪、広がってる?」

 匙を取りながら、トイヴォが聞いた。

 わたしは、帳面の、昨夜の頁を思い出した。

「北の縁が、指一本ぶん」

「そっか」

「……いつか、この家の糸が、細りすぎる日が来る」

 わたしは、言った。記録の言葉で。隠さずに。

 トイヴォは、粥をひと口食べてから、言った。

「そしたら、鍋を持って、一緒にどこか行こう。行った先で、ご飯を作るよ」

 あまりにも簡単に言うので、わたしは、すぐには答えられなかった。

「……それも」

 わたしは、粥をすくった。

「悪くは、ない」

 トイヴォが、笑った。

 

 死の執政は、北東の湖で死んだ。

 女皇の国の記録には、そう書かれている。

 わたしの帳面にも、同じことを書いた。

 その下に、一行、足した。

 ——ロノヴァ。今朝も、トイヴォと、粥を食べた。甘かった。




これにて本編は完結です。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
このあと、本編の途中から分かれるIFルート(全5本)を掲載する予定です。
二人のその後について、アンケートを置いています。よろしければ、お答えいただけると嬉しいです。

本編はここで完結です。このあと、トイヴォとロノヴァが鍋を持って旅に出る続編「旅路編」を書こうか考えています。読んでみたいと思いますか?

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